ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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呪眼

 ボールスの協力を取り付けたラプラスは、リヴィラの冒険者たちがベルの捜索に向かう前に、目ぼしい場所を探索に向かった。

 リューにもこのことを伝えるべきだと考えたが、彼女が野営していた場所は既にもぬけの殻だった。

 

「くそ……よりにもよって神が行方不明なのが不味いな……」

 

 神は本来ダンジョンに足を踏み入れる事を許されていない。

 彼らは頑なにその理由を話すことはないが、かつてロキにその話をしたときに告げられたのは、気付かれてはならない、だった。

 一体何に気づかれてはならないのかなどの謎は尽きず、その後も折を見ては知り合う神にそのことについて聞いていたのだが、終ぞ答えを得ることはなかった。

 

「……()()()

 

 スッとラプラスは右手を両目にかざす。

 

「『そして、祝福は反転する』」

 

 普段は沈むような黒い彼の瞳孔は、魔力を帯びた青い光を湛えていた。

 ホームでのガレスとの訓練、18階層に至るまで、そして昨日の食人花と戦った際にも用いていた青き瞳。それは彼が背負う【呪詛(カース)】の一つ、『呪夭蒼眼(ビトレイ・グラム・サイト)』。本来加護を与え、人類と寄り添う妖精の残した底知れぬ絶望に、魂まで侵された呪いである。その呪眼は、自らの魔力と引き換えに、視界と視力を大幅に向上するだけではなく、出力を上げる事で魔力の流れを読み取り、モンスターの魔石の位置までも特定することを可能とする。ラプラスの得意とする戦法『反射(カウンター)』や正確無比な狙撃はこの【呪詛】によって補われている。

 しかし、大いなる力には大いなる代償が伴う。『呪夭瞳魂(ビトレイ・グラム・サイト)』を発動する際、ラプラスは全ての基本アビリティが弱体化する。さらに、脳への負担も酷く、思考を遮る程の頭痛が常時彼を蝕む。出力を上げれば上げるほどそれは顕著になり、魔力の流れを見るほどに酷使すると、ステイタスは殆ど0に近くなる程に弱体化してしまう。

 そして、妖精の怨みは魂にまで刻み込まれている。即ち、この【呪詛】を背負っている時点で彼は普段からとあるデメリットを受けているのだった。

 それは、ありとあらゆる魔法、呪詛、スキル、状態異常に耐性を持つというもの。一見すると呪詛や状態異常などに対する強力なメタになると思われるが、これは彼に施される()()()()なども例外ではない。神の奇跡を体現するような治癒魔法、味方を鼓舞し能力を増幅させるスキル、彼はそれらの恩恵を殆ど受けることができない。それはポーションなども例外ではなかった。このデメリットによって、かつての上層や中層での戦いで『耐異常』スキルを得ることが出来なかったラプラスは、強力な【呪詛】や『耐異常』スキルを貫通するほどの状態異常に対して、多少耐性があるものの、解呪や回復に時間がかかり、より長くその影響を受ける体質になってしまった。また、ポーションも効きが非常に悪いため、より攻撃を喰らわないよう、彼が前線から一歩引き、射手になるのも必然であった。

 この【呪詛】はロキにさえ『最高に悪趣味』と言わしめ、事情を知らぬ者には、これはスキルであり呪いである事は他言せず、デメリットに関しても、余計な詮索を受けないように徹底した。その結果、リューやエイナ、【ファミリア】の幹部を除き、彼の眼に関して詳しく知る者はいなくなったのだった。

 

「あそこか……」

 

 絶え間なく襲う締め付けるような、響くような不快感を催す痛みは、最早彼にとっては日常であった。かつては使う度に胃の中身をぶちまけ、幻覚や幻視、幻聴さえ起きる程だったが、使()()()()()というシンプルな方法で、彼はこの弱点を克服していた。ラプラスはリヴィラとは反対方向、モンスターの群れとは違う、魔力が不自然に集まり、蠢く場所を特定し、そこへ向かった。

 見下ろす先では、ベルが冒険者達に囲まれ、リンチを受けているようだった。一見すると、囲まれた冒険者たちの輪の中でベルが一人酔っ払ったかのようにふらつき、時折転がっているように見えるが、瞳を通して映し出された景色には、人型に象られた見えない男がベルを痛ぶっている様子がはっきりと捉えられていた。近くにヘスティアの姿は見えなかったが、このくだらない催しを早く終わらせてから集まる冒険者から話を聞き出せば良いと、その蛮行を止めに向かった。

 

「おっと、それ以上は藪蛇だぜ。ラプラス君」

「……何の真似ですか、神ヘルメス」

「いやー、ちょっとばかし神の悪戯心がくすぐられてさ。折角だ、面白いものも観れると思うし、特等席で見ていきなよ」

「生憎ですが、そんな悪趣味はありません。今すぐにでも……」

 

 彼の前に立ち塞がったのは、彼をこの場所へ連れてくる事に賛成した神、ヘルメス。そして、神に付き従う【万能者】であった。ラプラスは気まぐれなヘルメスだけではなく、合理的で、清廉なアスフィさえも自らに敵対する様子に、少し苛立たしげに呟いた。

 

「アンドロメダ、貴方も止めるべきだ。貴方の作品があんなことに使われていいのか?あんなもの試練ではなく、ただの憂さ晴らしだぞ」

「……申し訳ありませんが、主神の言う事ですので」

「……そうか、なら押し通る形でも良いのか?目の前に主神(エモノ)を置いて、俺の相手が出来るのか?俺は今、何もかも()()()()()()

 

 より一層ラプラスの瞳が青く輝き、アスフィは身構える。格下(Lv.3)とは思えない不気味なオーラを漂わせるラプラスに、アスフィは最大限の警戒をする。

 一触即発の雰囲気が漂う中、その空気を打ち破ったのもまた、底のしれない男神であった。

 

「まあまあ、そう怒らないでくれよ。何も殺そうとまでは考えちゃいない。これもベル君の成長を思ってのことなんだよ。その証拠に、ごらん……」

 

 ヘルメスはラプラスに眼下を見るように促す。

 その光景に思わず、ラプラスは驚愕の表情を浮かべる。

 先程まで、明らかに痛ぶられていただけだったベルが、何も見えていないにも関わらず、相手の動きに対応し始めていたのだった。

 

「これは……」

「くくく、やはり素晴らしいよ、これこそオレたちが求めていたもの……」

 

 眼下の出来事に集中し、ヘルメスの呟きはラプラスの耳には届かなかった。

 

「どういうことだ……?『神秘』を打ち破るスキルでも持っているのか……?」

「……いいえ、私の【漆黒兜(ハデス・ヘッド)】に不備はありません。あるとするならば、彼の……」

 

 ヘルメスはベルの想像以上のポテンシャルに歓喜しながら、隣で食い入るようにそれを見つめるラプラスを確認した。

 

(君も、想像以上のようだね……)

 

 ヘルメスが品定めするようにラプラスを見ていると、ベル達のいる広場が騒がしくなっていた。

 見ればベルのパーティメンバーや【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が助太刀に加わっていた。遠くの方からはヘスティアも走り寄ってきている。単独で行動していたリューも鎮圧に動いており、ラプラスが加勢に行かなくとも既に場の収集がつき始めていた。

 

「どうやら、ここらでお開きみたいだ。ほら、面白いものが見れただろう?」

「……神は本当にタチが悪い」

 

 ヘルメスは喜びの声を隠さずにラプラスに話しかける。苦虫を潰したような表情で、決してその言葉を否定しなかったラプラスに対して、ヘルメスは更に笑みを浮かべるのだった。

 その様子を見ていたアスフィは眼下の少年と、そして目の前にいる青年、二人のこれからを思うと、つい溜息を零すのだった。

 その時、彼らはダンジョンでは本来あり得ないものを感じ取る。

 

「やめるんだ」

 

 それは、ベルを助ける為にヘスティアが発した神威だった。

 ダンジョンには本来神は存在してはいけない。

 何故か、気づかれてはならないからだ。何に、()()()()()()()()()に。

 地面、それだけではなく階層全体が地響きを立て揺れ始める。さらに、天井に亀裂が走る。それはまさにモンスターが生まれる予兆であった。

 

 

「……おっと、こいつは予想外」

「ヘルメス様、身の安全を確保してください!」

 

 ヘルメスは普段の飄々とした態度に少しの焦りを発した。アスフィはそんな主神に喝を入れている。そんな二人を尻目にラプラスは非常に嫌な予感を感じ取っていた。

 

「神ヘルメス、これも貴方の戯れか?」

「流石のオレでも、ここまでは出来ないさ」

「状況の説明をお願いします、ヘルメス様!」

「ダンジョンの暴走さ。ダンジョンはこんなところに閉じ込めている神を恨んでいるのさ」

 

 亀裂はどんどん大きくなっていく。

 揺れが一際大きくなった瞬間、亀裂から黒い物体が降下する。

 

『オオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!』

 

 本来モンスターが生まれぬ安全地帯に黒き怪物が誕生した。

 

「アスフィ、リヴィラの冒険者達に応援を要請してこい」

「あれと戦うつもりですか!?」

「アンドロメダ、どうやらそれしか手はなさそうだぞ」

 

 黒いゴライアスが産まれ落ち、すぐにヘルメスは冷静に眷属に命令をかける。アスフィは真っ先に逃走の準備をしようとしていたが、ラプラスの示す場所を見て顔を顰めた。

 17階層へと繋がる唯一の道は崩落により閉ざされていた。

 彼らは完全にダンジョンに閉じ込められたのだった。

 

「〜〜っ!! 生きて帰れなかったら恨みますからね!!ラプラス、貴方はそのろくでなしを守りなさい!」

 

 アスフィは憎まれ口を叩きながらリヴィラに向かった。ラプラスは、その剣幕に少し気圧されながらもヘルメスに近づく。

 

「アスフィは怒ると本当に怖いな〜」

「笑い事ではありません。ダンジョンが明確に神に対して殺意を抱いているなら、貴方も他神事ではないのですから」

「おや、てっきりアレにオレを差し出すのかと思ったよ」

 

 ヘルメスは意地悪そうにラプラスに問いかけた。ラプラスはそれを歯牙にかけず、眼下で活動を開始した『階層主』を見つめていた。

 

「先程のことは気にしていません。貴方の掌で踊らされたことなど、もう両手で数えきれないほどですから」

「へぇ……」

 

 意外そうにその横顔を見るヘルメス。あの【勇者】に育てられた彼ならば、合理的な判断もしかねないと頭の隅で考えていた。しかし、返ってきた答えは温和なものであった。戯れに彼と過ごした地上での時間も存外良い関係を築けたのだとヘルメスは思うのだった。

 

「なら、君はどうするんだい?【ロキ・ファミリア】の秘蔵っ子。【識者(しきしゃ)】の二つ名を持つ君の考えを聞かせてほしい」

 

 神は青く輝くその瞳。一人の青年に、その先に映るものを問いかけた。


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