ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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不穏な足音

 ラプラスが光の場所に到着した時、リューは既に十体もの食人花(ヴィオラス)と戦闘を開始していた。その後ろにはボロボロになったレフィーヤと先程キャンプ地に送り届けたベルがいた。彼らは目の前の華麗な戦闘に気を取られ、背後からの脅威に全く気づいていなかった。

 

「くっ…!」

 

 ラプラスは今にもレフィーヤ達を丸呑みにせんとする食人花(ヴィオラス)に向かって最速で矢を放つ。

 魔力に反応し、リューと戦っていた食人花(ヴィオラス)もラプラスを視認した。

 

「ラプラス!追いついたのですね」

「リュー、こいつらは打撃が効かん。それと先程のように魔力に反応する。レフィーヤ達は俺が守る、派手なのを頼むぞ」

 

 彼らは背中合わせに言葉を交わすと、自らの役割を果たす為に再び食人花(ヴィオラス)に立ち向かう。

 

「『今は遠き森の空……」

「大丈夫か、お前達」

 

 リューは並行詠唱を行いながら、十一体もの食人花(ヴィオラス)の群れをその速度で翻弄する。ラプラスは流れ弾のように飛んでくる触手を矢の迎撃でもって完璧に抑えつつも、要所で食人花(ヴィオラス)達にもヘイトを買わないギリギリなところを狙い撃ち、詠唱の手助けをしていた。

 まるで、昔からそうやって戦ってきたかのように彼らの連携は完璧なものだった。言葉を交わすこともなく、お互いがどのように動くのかわかっているかのような信頼を、レフィーヤとベルは彼らの間から感じ取るのだった。

 

「すごい……」

 

 どちらからともなく呟かれたその言葉はリューの魔法の衝撃によってかき消された。

 

「派手にやりすぎだろう」

「やりすぎましたね……」

 

 細切れになった食人花(ヴィオラス)を尻目にラプラスはリューの元に行くと、言葉を掛けた。その煙の向こうでキラリ、と極彩色に光るものがあった。

 

「……!!」

 

 どん、とリューの肩を押す。その場所には、最期の力を振り絞り、襲い掛かってきた食人花(ヴィオラス)がいた。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 左腕を喰われながら、ラプラスは雄叫びをあげる。魔法によって傷つき、脆くなっていた外殻を突き破り、体の内側から最後の食人花(ヴィオラス)を絶命させたラプラスは、灰に還る食人花(ヴィオラス)の前で尻もちをついた。

 

「大丈夫ですか、ラプラス!?」

「ああ、それよりあいつらを手当てしてやれ。どうせ俺は効きが悪い」

 

 食人花(ヴィオラス)に喰われた左腕は消化液や牙の影響でボロボロになっており、最も深手を負っているように見えたが、ラプラスはベルとレフィーヤの回復を優先した。

 

「申し訳ありません、私の油断が招いた事故です」

「気にするな、鈍っていたのはお互い様だろう」

 

 リューはラプラスの言う通り、明らかに格上の相手と戦い、傷ついているベルを回復させながら、ラプラスに謝罪する。ラプラスも、無事だった右手からポーションを出すと、煙を上げる左腕にかけた。

 

「だ、大丈夫ですか、ラプラスさん!?」

「ああ、レフィーヤ。無事で良かった。ところでどうしてこのような所にいるんだ?」

 

 レフィーヤは助けて貰って申し訳ないとぺこぺこお辞儀をする。その向かいでは、リューも先程送り届けたばかりのベルが何故このような辺境にいるのか問い詰めているところだった。

 

「クラネルさん、先程私達は貴方を送り届けたばかりですが、どうしてこのような所にいるのです。夜の森は危険だとそう伝えたのですが」

「ち、違うんです、同胞の人!私が悪いんです。誤解なさらないでください、その人は悪くない……私を助けてくれました」

 

 レフィーヤは咄嗟にベルを庇う。実際、彼女が事情も説明せずに彼を追いかけ回してしまったことがこの騒動のきっかけだった。彼が謂れを受ける必要はなかった。

 

「クラネルさん、申し訳ありません。早とちりでした。貴方のような同胞と出会えて私は嬉しいですよ」

 

 リューはマスクを外し、レフィーヤに向かって微笑みかける。

 レフィーヤはその顔をどこかで見たことがあると思い出そうとしていた。ラプラスと仲が良く、落ち着いた佇まいのエルフに、心当たりがあった。

 

「あ、貴方は……」

「レフィーヤ!」

 

 レフィーヤが彼女に問いかけようとした時、アイズがこちらに向かって走ってきていた。

 

「【剣姫】…彼女がいれば大丈夫でしょう。ラプラスをお願いします。私は少し気になることがあるので……」

「待て、俺も行く」

「貴方はその傷を治してください。深入りはしませんので心配は要りません」

 

 ラプラスはまだ治っていない腕を抑えて、リューに着いて行こうとするが、彼女に諌められる。リューは足早にその場を去ると、入れ替わりでアイズがやって来た。

 

「レフィーヤ、ベル、ラプラスも……!何があったの?」

「リヴェリアー!いたよー!って……ラプラス!?どうしたのその腕!?」

 

 アイズの後ろからティオナ、ティオネもこちらに向かって来ていた。ティオナはラプラスの腕を見るや否や飛びついて怪我の心配をする。

 

「いたたたたたたたたたたたた、離れろティオナ、まだ治りかけだ」

「何でこんな無茶したのー!ポーションないから摩ってあげるね!」

 

 摩擦で煙が出そうなほどラプラスの左腕を撫でるティオナ。その様子に、初めてアマゾネスの押しの強さを見たベルは気圧されているようだった。

 

「ここは私とリヴェリアに任せて、あんた達はその子達を送ってやんなさい」

「すまん、ティオネ任せるぞ」

 

 ティオネは妹達の様子に怪我の心配はなさそうだと呆れながらも、彼女らにラプラス達の護衛を任せ、付近の警戒に戻っていった。

 

「もーホントになんでこんな怪我してるのさ。食人花(ヴィオラス)と下水道で戦った時、安全に倒せてたじゃん」

 

 ティオナはラプラスの腕を心配しながらも、何故このような怪我を負う必要があったのかを聞いた。以前、オラリオ地下の下水道を調べた際、ラプラスは食人花(ヴィオラス)との戦闘経験を積んでいた。基本的に打撃が効かず、魔力に過敏に反応するため、魔法の火力で倒すのも一苦労な食人花(ヴィオラス)だが、弓矢による一撃であれば、安全に倒せるとラプラス本人が証明したのだった。しかし、それが出来たのは日頃からアーチャーを自称する彼と、弓の扱いも随一であるリヴェリアだけであったのだが。

 ラプラスはニヤリと笑うと、漸く治り始めた左手に握っていたものをティオナに見せる。

 

「これだ」

「ん、うわ、魔石じゃん!まさかそれを取るために……」

「ああ、敢えて喰わせた。リューが削っていてくれたしな」

「もう、こういうことしちゃダメだよ!ティオネもフィンにすんごく怒られてたんだから!ラプラスのこともちゃんと怒ってもらうからね!」

「えー……昨日と今日で二日連続、地上も合わせたら三日連続で怒られることになるのだが」

「自業自得でしょ!」

 

 野営地に戻るまで、彼らの喧騒は続き、案の定フィンにこってりと絞られたラプラスは魔石を没収されかけたが、欠片だけでも譲ってくれと泣き縋り、爪の先程度の極彩色の魔石を手に入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その夜、ラプラスは一人天幕を出ていた。

 見張りの者に挨拶をし、18階層が一望できる高台に来ていた。奇しくもそこは、前日ベルとヘスティア、そしてアイズが訪れた場所でもあった。

 

「……」

 

 ラプラスはデッキから18階層を見下ろし、ただそこに佇んでいた。18階層には昼夜の概念が存在し、天井にある巨大なクリスタルが一定の時間で輝くことでそれを示すが、未だ空のクリスタルは光を蓄える気配がなかった。

 ダンジョンの中とはいえ、安全地帯(セーフティエリア)とはいえ、モンスターの中には夜の闇に溶け込み、行動するものもいる。普段なら怪物の雄叫びや冒険者の戦闘音が何処からか響いてきても良いものだが、それらも一切聴こえないほど、辺りは静寂に包まれていた。

 

「一人で行動するのは、感心しませんよ」

 

 後ろから声をかけられ、ラプラスは振り向いた。そこには、緑の戦闘衣に身を包み、彼をここまで導いたリューがいた。彼女はラプラスの隣にやってくると、その行動に苦言を呈した。

 

「……見張りの者には話をつけてある」

「だからといって夜に行動するのは危険だ。ダンジョンでは何が起こるかわからないのですから……」

 

 リューの話を聞いているのかいないのか、ラプラスはただ遠くを見つめている。その様子に、彼女はひとつため息をつく。

 

「……眠れなかったのですか?」

 

 一瞬その瞳が揺れる。ラプラスはその疑問に答えることはなかった。

 

「実質ダンジョンでの初めての戦闘でしたからね、あの食人花は。興奮してしまうのも無理はない」

「何でもお見通しか」

 

 見事にここにきた理由を当てられ、ラプラスは観念したかのように軽く息をついた。リューはそんな彼を見つめ小さく笑みをこぼす。

 

「ふふ、貴方のことだからですよ。ずっと見てきましたから」

「そうか……」

 

 思えば、【ファミリア】の面々以外で初めて交流を深めたエルフはリューだった。初めて出会った頃とはすっかり変わってしまった彼らの立場ではあるが、確かにそこには変わらないものもあった。

 

「あー! こんな所にいたー!」

「……バレたか」

 

 突然、大声を張り上げる来訪者。それは野営地からずっとラプラスを付けていたティオナであった。

 

「バレたかじゃないよー! 気づいてたんならどっか行っちゃわないで!」

「ティオナならすぐに追いつくと思ったからな。まあそう怒るな」

 

 彼女は天幕を出た直後のラプラスに声を掛けようとしたのだが、一瞬目を離した隙に撒かれてしまったのだった。リューが彼の後を追い始めたのは、ティオナを撒いた後であり、彼はまさか自分がそんなにつけられているとは思ってもみなかったのだった。

 

「そんな事より、ねえ二人でなにコソコソしてたの?」

 

 ティオナはラプラスを挟んでリューのいる反対側にやってくると、静かにしかし明らかな怒気を孕んだ目で彼らを見つめた。

 

「誤解です、ティオナさん。私達に特にやましい事など……」

「どうかなー。リューさん、昼間の水浴びの時、ラプラスと一緒に帰って来たよね?」

「……あの時はクラネルさんもいましたよ」

「怪しいー! 何でちょっと言うの躊躇ったの!」

 

 ラプラスを挟んできゃいきゃいとやり取りする彼女達。ラプラスは彼女らの話題の中心が自分である事を気にもかけず、何故自分が巻き込まれているのか、とげんなりした表情を浮かべていた。

 

「もう、リューさんは地上にいる時、ラプラスと一緒にいられるでしょ! ダンジョンの中だったらいいじゃん!」

 

 ぐい、とラプラスの右腕が引っ張られる。突然の出来事に彼はなす術なく(実際抗うことなど出来ないが)ティオナの胸に抱かれるような体勢になる。ふに、と周りに対してコンプレックスにしている彼女の胸にラプラスの顔が当たる。何時もなら照れ隠しに吹き飛ばされるのだが、頭に血が昇っているからか気付いた様子はなかった。

 

「それを言うなら貴方は普段一つ屋根の下にいるではないですか! 彼は()()ここに来たのです!」

 

 今度は左腕をリューに引っ張られる。左腕をかき抱くように包み込み、覆い被さる形で彼女にもたれかかるラプラス。全身に彼女の温もりを感じる程に密着しているのだが、こちらもてんでその事を気にする様子はなかった。

 

「わかったわかった! 地上に戻ったら何か埋め合わせするから許してくれ! 俺の身が保たない!」

 

 このままでは物理的に身を引き裂かれる恐れを感じ、ラプラスは彼女らに止めるよう求める。その声が届いたのかは定かではないが、彼女らは落ち着きを取り戻し、睨み合う形になる。

 

「む、朝か……」

 

 しばらくその状態が続いていたが、朝を告げるクリスタルの光が停戦を促した。

 

「綺麗……」

「ええ、素晴らしい景色です」

 

 彼女達もその様子にすっかり毒気を抜かれたようで、ラプラスはホッと息を吐く。

 

「ごめんね、リューさん。言い過ぎちゃった」

「こちらこそ、我を忘れていました」

 

 仲が深まったようで何よりであるとラプラスはうんうん頷いていたが、突然彼女達が両腕に抱きついてきたことで頭に疑問符を浮かべた。

 

「最初からこうすれば良かったね!」

「意固地になってはいけませんね」

 

 そのまま野営地の方へ彼女らに腕を取られて向かうラプラス。

 もう一人で出かけるなんて言わないから許してくれ、と心の中で謝罪するのだった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、連日のラプラス、ベートの届けた解毒薬の効果もあり、危機を脱した【ロキ・ファミリア】の面々は18階層を発とうとしていた。

 

「それじゃあ、君は後発組に着いてくる事。くれぐれも昨日のような無茶はしないように。……あと明け方、何を騒いでいたの?」

「十分反省している。それについては聞かないでくれ、俺はもう疲れた……」

 

 ラプラスはフィンと共に、先発組の出発の準備を見守っていた。彼らは一昨日産まれ出た階層主とこれから戦うのである。遠征の最後の難関であるその戦闘に向けて、彼らにも緊張が走っていた。

 

「いつか君にも指揮を取らせる時が来るかもね」

「いつも思うのだが、過剰評価だろう。俺などに気を割く必要はない」

 

 ラプラスは自分の現状を痛感していた。今の自分は情けで【ロキ・ファミリア】(都市最強派閥)にしがみつく浮いた存在。寧ろ、何故幹部の面々や一部の人々はこんなにも落ちぶれた自分を見捨てないでいるのか、周りが思っている以上に、彼自身が疑問に思うのは当然だった。

 

「僕は君を買っているんだよ。確かに、危うさを孕んでいるのは間違いない。でも、君は自分で思うよりも価値のある人間さ。そう自分を卑下するものじゃない」

 

 その言葉にラプラスは何も返すことが出来なかった。それと同時に、年長者、そして高みに至った者の余裕を垣間見て、昨日、リューがベルに対して同じことを言っていたことを思い出した。

 

(自分を卑下することはない、か)

 

 地上で燻っていた気持ちに少し整理がついた気がした。ここに来た時もどうしても負い目のようなものを感じていた。フィンのその言葉は、それを見透かすように、自らの枷を解くような言い回しはこれが団長の懐であり、【勇者】の器足る所以であるとラプラスは感じるのだった。

 

「さて、そろそろ出発だ。君もパーティに戻るといい」

 

 フィンに促され、ベル達のいる天幕へと戻ろうとするが、その前に一人の人物を訪ねるのだった。

 

「邪魔するぞ、コルブラント」

「おお〜、ラプラスではないか!随分と早い再会だったな」

 

 ラプラスは遠征に帯同していた【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブラントの元を訪れていた。遠征直前まで手入れしてもらっていた武器のお礼をしに来たのだった。

 

「助かったぞ、間に合わせてくれて。お陰で安全にここまで来れた」

「はっはっは!手前が打った武器ではないが、それを手入れ出来る者も都市にそうはいまい。これからダンジョンに行くのなら定期的に持ってくるのだぞ」

「要件はそれだけだ。長旅ご苦労だったな」

 

 それだけ言い残すと、ラプラスは去ろうとする。

 しかし、天幕から出ようとした所を、腕を首に回され捕まったラプラスは話が長くなることを覚悟した。

 

「おいおい、それだけか。手前の土産話を聞いていこうとか、もっと何かないのか」

 

 相変わらず押しの強い姉気分にラプラスは少し気になっていたことを話した。

 

「それならば……ベル・クラネルのパーティにいるあの赤髪の冒険者の事が知りたい。【ヘファイストス・ファミリア】なのだろう?精霊の血がどうとか……」

「ヴェル吉か?ふむ、彼奴は自分の血族を嫌っておるが……お主ならば吹聴したりはせぬだろう。その通り、あやつの本名はヴェルフ・クロッゾ。先祖が精霊の血を分け与えられたその末裔だ」

「クロッゾ……!?クロッゾといえば、かのラキア帝国の魔剣製造貴族か……」

「あやつは先祖返りというのか、強力な魔剣を打てるのだが、どうにもその才を振るおうとせんのだ。困ったやつだのう」

 

 ラキア帝国かつての栄光、現在は製造出来る者が居なくなったため、衰退してしまったが、一兵卒に至るまで地形を変えるほどの威力を誇る魔剣を携えた魔剣部隊のことは、少し歴史に詳しい者であれば有名な話であった。特に、エルフの森を焼き払ったとされるその魔剣は現在でも一部のエルフ達から忌み嫌われていた。

 昔、魔剣をよく使うラプラスの戦い方をどう思うかリューやエイナに聞いたところ、特に思うことはないと知り、拍子抜けした事があった。エルフの中でも、様々な考え方があることをラプラスは知ったのだった。

 

「おぬしもそうだが、どうにも精霊から愛された者は難儀な性格をしておる。神の領域に至るには、全てを賭してもまだ足りないというのに……」

 

 グッと腕に力が込められる。【キュクロプス】と呼ばれる彼女のその片目にはギラギラとした炎が揺らめいていた。

 

「……精霊に限った話ではないが、愛というものは得てして傲慢なものだ。それは神を見ればわかるだろう」

 

 するりと拘束を抜けたラプラスは今度こそ天幕から出ようとする。

 

「また頼むぞ。今後は他の武器の修理も積極的に頼むかもしれん」

「そこは断定してもらわねば、こちらも商売なのでな」

「お前の所は高いから何度も通えるか」

 

 ハハハと笑い飛ばす椿を残し、ラプラスは今度こそベル達のいる天幕へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「これはどういうことだ?」

 

 天幕に辿り着いた頃、その周辺では【タケミカヅチ・ファミリア】の面々と、ベルとヘスティアを除いた【ヘスティア・ファミリア】のパーティが慌ただしそうにしていた。

 

「何があったんだ?」

「ラプラス殿!それが、ヘスティア様とベル殿が行方知れずなのです!ヘルメス様とアスフィ殿も朝から見かけませんし、何かあったのではと……」

「リヴィラの街に買い物にでも行ったのかとも思ったんだが、どうやらそういうわけでもないらしい……」

 

 ラプラスが事情を伺うと、【タケミカヅチ・ファミリア】の命と桜花が状況を説明する。どうやら一部の人物が出発の時間にも関わらず、未だ姿を見せていないようだった。ラプラスはリューのことならば心配しなくとも平気だと言おうとしていたのだが、神が行方不明だというのは非常に良くない状況だった。

 

「ですが、ヘスティア様もベル様も朝はいたのです!間違いなく何かトラブルに巻き込まれたに違いありません!」

 

 小人族(パルゥム)のサポーターは頻りに事件性を訴えるが、そもそも事件であるのか、ダンジョンにおいて無力な神を連れてどこへ行ってしまったのか、犯人の狙いも皆目検討がつかないのだった。

 

「ふむ、うちの団長風に言うなら『親指が疼くな』」

「え?」

「俺もこれは何か作為的なものだと思うぞ。直感だがな。何か彼らのこれまでの行動で思い当たる節はあるか?どんなに些細なことでもいい」

 

 彼らはそれぞれ記憶を辿り、リリがある事を思い出す。

 

「そういえば、先日リヴィラに行った時、以前ベル様と揉め事を起こした方を見かけました。その時は何とか仲裁があったのですが、あるいは……」

「ふむ、リヴィラは無法地帯の実力主義……たった一ヶ月でここまで来て、当の本人は冒険者のルールも知らずに平然としている。それに対する嫉妬、もしくは反発といったところか?あくまで想像だが」

「ですが、犯人はわかっても今ベル様達がどこにいるのかがわかりません……」

 

 妙に説得力のあるその話に思わず耳を傾ける彼らであったが、犯人とその動機がわかった所で救出の手立てがないのだった。

 しかし、ラプラスはすぐにある人物を思い当たった。

 

「わかった。俺は街の代表であるボールスに掛け合ってくる。あの男は見た目は奇抜だが、義理堅い性格だ。そのようなことには加担していないはずだからな。そちらも何かわかれば俺に構わずすぐに動いてくれ」

 

 すぐに天幕を出てリヴィラに向かう。後発組と帯同するのは時間的に厳しくなりそうだと考えながら、一刻も早く神だけでも見つけ出さなければならないと道を急ぐのだった。

 街の顔役でもあるボールスの店は、リヴィラの代表ということもあり、交通の便の良い場所にある。武器のコレクターでもある彼の店は、非売品であっても一見する価値のあるリヴィラでも有数の店だった。

 そんな繁盛している店に、ラプラスはまるで常連のように入っていく。

 

「邪魔するぞ。久しいな、ボールス。早速だが、幼女のような神とレコードホルダーの冒険者を探して欲しい」

「おいおい何だ何だ急に!てめえ、俺様が誰かわかって……って【自宅警備員(ニート)】!?【ロキ・ファミリア】はもう出発したんじゃなかったのか!?」

「それとは別件だ、現在行方不明者がいてな。リヴィラには来てないそうなのだが、心当たりはあるか?」

 

 旧知の間柄のように早々と用件を捲し立てるラプラス。そんな彼に、ボールスは腐っても【ロキ・ファミリア】であり、無碍には出来ないと心底面倒そうな顔をするのだった。事情を聞いたボールスはカウンターで頬杖をつきながらシッシッと厄介ゴトを持ってきた彼を追い出そうとする。

 

「知らねえよ、そんな神も奴も来てねえ。そもそもここはリヴィラだぜ。モンスターにでも食われちまったんじゃねえのか?」

「ボールス、アイズから聞いたのだが、『階層主(ウダイオス)』のドロップアイテムを譲ってもらったそうだな」

「て、てめえ俺を強請る気か!?」

「とんでもない、これは交渉だ。俺は【ファミリア】の中でもアイズに話を通せる方でな。もし協力してくれたらその事をアイズに伝えて、深層の更にレアな素材も口通りが良くなるかもしれんな」

「こいつ……足元見やがって……!!」

「それはお互い様だろう、ボールス」

 

 雑な態度を取られたラプラスは、それでも薄く笑みを浮かべながら、昨日アイズに直接聞いたことをボールスに伝えるのだった。

 頭に青筋を浮かべながらも、ボールスは渋々了承し、ラプラスはリヴィラの街に残っている冒険者達の協力を得ることに成功するのだった。


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