ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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アンダーリゾート

「まさかラプラスも着いて来てくれるなんて思わなかったな♪」

 

 いつにも増して上機嫌なティオナはラプラスの顔を覗き込んだ。

 【ヘスティア・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】幹部の異色の大所帯は18階層に存在する冒険者の街、リヴィラを訪れていた。

 あの後、深夜まで熱弁していたティオナはこってり絞られ、レフィーヤは満身創痍で自らのテントに帰り、ラプラスもまた、何が起きたのかさっぱり理解しないまま、自らの野営地へ戻ったのだった。その際、リヴィラへと向かう旨を伝えられ、18階層脱出までの猶予が1日あり、行動を制限されているラプラスはティオナの誘いを受けることにしたのだった。

 

「フィンもそれくらいなら、と了承してくれた。俺自身、久しぶりのリヴィラは楽しみだ」

 

 ラプラスも内心喜びを抑えきれない様子だった。

 先導する形になった彼らの後ろでは、ベルを巡って神と眷属が争っていた。彼の腕を取り、挟んで口論してるが、間に挟まれたベルは顔を真っ赤にして困惑している。ティオネ、アイズもその近くにいるのだが、どうにも微笑ましげにしている様子だ。ティオネはフィンと共に来れなかったことを嘆いていたが。

 

(うう〜あたしもラプラスにくっついてみようかな…)

 

 一方で、それを横目に見ていたティオナは、自分も隣の彼にアピールするべきか悩んでいた。

 現在は彼を独り占めの状態であり、普段ダンジョンに篭りがちな自分とは違い、地上でどんどん仲を深めているハーフエルフの受付嬢や、最近呼び方が変わり、また急接近しているように思えるエルフも、ダンジョンにラプラスと一緒に来た時は驚いたが、今は姿が見えない。

 ティオナ自身、実質これはデートのようなものであり、自分のターンが回ってきていることを自覚していた。

 

「はぁ……あんたねえ、とっとと手でも握りなさいよ。なんでそう奥手なのかしら」

 

 その様子を見ていた姉は煮え切らない態度に痺れを切らしたようで、ズンズンと近づいてくると、強引にティオナの手を取り、ラプラスに絡ませた。

 

「「……!?」」

 

 ティオナは思わずお節介な姉に対して文句を言おうとしたが、一瞬見えた動揺を隠せないラプラスの表情に覚悟を決め、そのまま進むことにした。

 流石のラプラスも驚いた様子で視線を落とすが、当のティオナは耳まで真っ赤にしながらも、決して腕を離さないのだった。

 ラプラスは腕に感じるティオナの鼓動とその赤面に思わず面食らった様子だったが、少し身じろぎすると、黙ってこの状況を受け入れるのだった。

 その様子に疲れたように肩を落とすティオネ。お互いに意識しあっているのが見え見えなのに、進展しない彼らの関係は、アマゾネスの彼女からしたら何とも焦れったく思えてしまうのだった。

 

「おやおや、ラプラス君も青春してるんだねえ。これは俺のアドバイスも無駄じゃなかったってことだ」

「神ヘルメス、貴方のそのアドバイスのせいで此方がどれ程苦労しているかお分かりですか??」

「ラプラスは何でも言うこと聞いちゃうから……」

 

 初々しい彼らの様子を見ていたヘルメスはそうごちるが、ティオネとアイズは思わず神に対して口を挟まずにはいられなかった。

 ハハハ、と笑い飛ばす主神に対して、アスフィは謝り倒すことしか出来ないのだった。

 

「それにしてもここは何も変わっていなくて安心した。見てみろティオナ、ポーションで家が買えるぞ」

「ほんとにいつ見ても高いよねーこの街」

「おう、にいちゃん、文句言うなら他所に行け……って【大切断(アマゾン)】!?【ロキ・ファミリア】!?」

 

 ラプラスは店先に並ぶポーションの値段を見て呟くが、店主はその隣にいる人物を見て驚いた様子だった。【ロキ・ファミリア】幹部が男と腕を組んで店に来たら誰でもそうなりそうだが。

 

「はいこれ、深層の魔石とドロップアイテム。あと、ポーションなんかも見せて頂戴」

 

 ティオネが店主に向かって深層の強力なモンスター達から採取した素材を差し出す。

 今回リヴィラに来た目的は観光ではなく、持ちきれなくなったアイテムをここで換金し、少しでも荷物を減らすことにもあった。遠征は59階層まで進むことができ、『エニュオ』や『精霊』といった新たな脅威を目の当たりにしたが、それはそれとして彼ら冒険者は何もするにも金が必要だ。

 

「はぁ!?こんだけ魔石とドロップアイテムがあるのに50万ヴァリス!?あんた足下見てんじゃないわよ!?殺されたいの!?」

 

 余りにも法外な値段を提示され、ティオネは怒り狂っていた。彼女は今日来れなかった団長から出来るだけ高くこれらのアイテムを買い取ってもらうように命じられていたのだ。

 

「あたしはこれをなるべく高く売るよう団長に仰せつかっているのよ!あんまり舐めたことするなら腕の一本や二本覚悟してもらうわよ?」

「おいおい、だったら地上まで我慢すりゃいいだろ?団長様に宜しく伝えといてくれよ、ここでは売れませんでしたってな」

「あぁ?」

「あ、すんません、でもほんとにこれが限界で……」

 

 リヴィラの街は冒険者達が作り上げた実力主義、そして無秩序の街。それは例え上級冒険者であっても態度は変わらないのだった。流石に都市でも最強クラスの者に目を付けられては勢いも衰えてしまうが。

 

「店主、80万ヴァリスでどうだ?……ティオネ、これ以上は無理だろう。無いよりはマシだと思った方がいい」

 

 ラプラスは本当に手を出しかねない雰囲気のティオネを諌め、何とか交渉をまとめる。普段なら交渉上手なティオネだが、心労が重なり、いつにも増して暴力的だった。

 何とも不運な店主に助け舟を出し、ヴァリスをティオネが受け取り店を後にしようとすると、漸く店主が彼のことを思い出したようだった。

 

「……お前まさか【自宅警備員(ニート)】か?ダンジョンに行かないって話だったが……」

「いや、そのまさかだ。俺も漸く冒険が出来る」

 

 去り際に、店主は彼の瞳の中に、仄かに青く輝く光を見た。

 

 

 

 

 

 

「さて、ベル君。オレはこの時を待っていたんだ。君と二人きりになれたこの時をね」

 

 ラプラス達がリヴィラから帰ってきてから少し経った頃、ヘルメスはベルのテントを訪れていた。

 

「ヘルメス様……僕に何か?」

「本当はラプラス君も誘ったんだけどね、用事があるからと断られてしまったんだ。君は一緒に来てくれるよな?」

 

 神の悪戯に一匹の兎が巻き込まれようとしている頃、ラプラスは森の中にいた。

 

「良いのか? ティオナ達は水浴びに行ったようだったが」

「ええ、私は正体を隠してここに来ています。それに、あの場所には明るい時間に行きたかったので」

 

 18階層までの道のりを殆ど一人で切り開いたリューは、ラプラスを誘い、ある場所を目指していた。

 彼も18階層に来た時から行こうとしていた場所であり、自ずとどこへ向かっているのかはわかっていた。

 

「……ですが、どうしてもというなら仕方ありませんね。ええ、これは仕方のないことです」

 

 ぶつぶつと何か呟くリューの様子に気付かぬラプラスは、彼女の企みに為されるがまま付いていくのだった。

 

「今からここで水浴びをします」

「気をつけろ、リュー。近くに【呪詛(カース)】使いがいる」

 

 まさに秘境と言えるほどに、ひっそりと隠されたようにある水辺に着き、最初にその言葉を耳にした時、ラプラスは幻聴かと思い、思わず周囲を警戒した。その横でリューは羽織っていたマントを外し、マスクも外し始めていた。

 

「おいおいおいおい、待て待て待て。正気か?本当に【呪詛(カース)】を喰らったんじゃないよな?」

 

 ラプラスは急いで樹の影に隠れ、リューに声をかける。彼女は見たこともないほどに動揺している彼を尻目に、一枚ずつ衣服を脱いでいくと、ゆっくりとその身を水に浸けた。

 

「……どこまで見ました?」

「見ていない」

「嘘です」

「本当だ」

「嘘」

 

 リューはくすくすと嬉しそうに彼に問いかける。ラプラスは自分が完全に遊ばれていることを自覚しながらも、全く太刀打ち出来ないことを悟っていた。

 

「……背中が少し見えた」

「ほら、やっぱり」

「勘弁してくれ」

 

 ぱしゃり、と水が跳ねる音。木漏れ日に煌めく金の髪。木の葉の擦れる音。瑞々しく流線形を描くその姿はまるで絵画を切り抜いたようだった。そこが怪物の巣窟であることを忘れてしまうほど、美しい幻想を一瞬彼は見ていた。

 

「やはり、またここに来れて良かった」

「……貴方は……」

 

 暫くして、彼はぽつり、と呟いた。

 リューは返す言葉を詰まらせるが、それでも彼の心からの言葉に安堵するのだった。

 

「うわああああああああああ!!」

 

 と、そこに闖入者が現れた。

 酷く取り乱した様子の彼は、自分がどこに迷い込んでしまったのかわかっていない様子だった。

 そんな彼に向かって反射的にナイフを投擲するリュー。

 

「一名様、ご案内だ」

「え、うわああああ!?誰ですか!?」

 

 ギリギリのところでそのナイフを弾いたラプラスは、そっとベルの目を塞ぐ。

 ラプラスのいた方向と丁度真逆の方から茂みを抜けてやって来たベルは、まさかこんな所でエルフの水浴びを見てしまうとは思っても見なかったようだ。

 

「……クラネルさん、弁明は後で聞きます」

「リューさん!?ごごごごごめんなさいぃぃぃ!!」

「脇目も振らずこちらに向かってくるとは、純粋そうだが、意外とそうでもないのか?」

「この声、ラプラスさんですか!?何も見えません〜〜!?」

 

 全く状況が掴めておらず、混乱しているベルに対し、茶化すように言葉を掛けるラプラスは、今のうちにと、リューを促す。

 リューが支度を終えた頃に、漸く目から手を離したラプラス。その頃にはベルも幾らか落ち着きを取り戻していたのだった。

 

「本当に申し訳ないです」

「はあ、クラネルさん。貴方はもう少し疑うことを覚えた方がいい」

「神ヘルメス、恐れ入るな。うちの女性陣を怒らせたらどうなるかわかった上でそのような事をされるとは」

「そして、反省というのはこういう者がするのです」

 

 すっかり小さくなり、涙目のベルはしどろもどろになりながらも、ヘルメスに唆されて覗きに加担したこと、それがバレてしまいここまで逃げてきてしまった事を話した。

 リューはため息をつきながらも、ベルに対して忠告だけで済ませ、何やら不穏なことを宣う男の後頭部を思い切りどついた。

 あまりにもスムーズに行われた制裁に、自分の反省が足りていなかったらと、冷や汗と恐怖が止まらないベルに対して、リューはある提案をした。

 

「クラネルさん、貴方にも少し付き合って頂きます」

 

 行きますよ、とダウンしていたラプラスを起こすと、着いてくるよう促すリュー。

 どのような粛清がされるのかと戦々恐々とするベルに対して、ラプラスは肩の力を抜くように言った。

 

「何も取って食おうというわけではないぞ。少し寄りたい所があるだけだ」

「それじゃあ、あの許して頂けるんですか?」

「許すも何も、貴方に非はありません」

「でも、僕が嘘をついているとか……」

「自分を卑下するのはやめなさい、クラネルさん。貴方の悪い癖です」

 

 少し面食らったようにするベル。ラプラスは純粋すぎるが故に全てを背負おうとしてしまう少年の眩しさに少し目を細めた。

 

「……着いたか」

 

 森が少し拓けた場所にそれはあった。長年使われていないことがわかる様々な武器が突き刺さる丘のような場所。しかし、とても綺麗な状態に保たれているそれらは、ここに頻繁に通う者がいることを示唆していた。

 

「あの、ここは……」

「私のかつての仲間たちの墓です」

 

 道中で摘んでいた花を置くリュー。そして、彼女は自らの過ちとその末路をベルに語り始めた。

 

「私は、恥知らずで横暴なエルフです。結局同胞以外に肌を晒さず、仮面を被り続けてしまった」

「リューさん、自分を卑下する言葉はやめてください。僕も怒ります」

 

 その言葉に、リューだけでなく、口を挟まずに聞いていたラプラスも目を丸くする。

 

「これは一本取られたな、リュー」

「今のクラネルさんのように、エルフのしきたりを嫌悪しながらも、自ら壁を作り変われなかった私ですが、そんな私を叱って、手をとって、握ってくれる人達がいました」

 

 話の途中で手袋を外すと、ラプラスの方を一瞥し、そっとベルの手を取るリュー。突然の出来事にベルは顔を赤くする。

 

「クラネルさん、貴方は優しい。私の尊敬に値する人だ」

 

 辺りが暗くなり始めた頃、ベルを野営地に送り届けた後、ラプラスはリューと共にいた。

 

「手を握っているのを見たのはシル以来だ」

「嫉妬ですか?」

 

 驚いたような、それでいて少し嬉しそうにリューはラプラスに問いかけた。昼間の話はいつかベルの耳にも届いたことであり、そして本心であった。

 何も言ってこなかったラプラスがその時何を考えていたのか、リューは知っておきたかったが、彼はそんな彼女の複雑な心境を一蹴した。

 

「まさか、寧ろ嬉しかったよ。クラネルが、あんな風にリューを受け入れてくれて」

「私は、嫌われたりはしていないでしょうか」

「それこそあり得ないな。彼は聡い。どんな気持ちであの場所を案内したのかなんて、言葉にせずともわかっているはずだ」

 

 目を細めて、ベルのいる方を見つめるラプラス。その様子にリューは見覚えがあった。

 

「……彼は眩しいですか?」

「なぜ?」

「初めて会った時、アイズ・ヴァレンシュタイン氏に同じ瞳を向けていましたよ」

 

 はは、と乾いた笑いをこぼすラプラス。

 

「もう、そんな感情も感傷も無いのかもしれないな。俺の冒険はとっくに終わったんだよ」

「それならば何故、六年前に主神であるロキや、貴方が最も尊敬している【勇者】との約束を破ってダンジョンに行ったのですか?『二十七階層の悪魔』で私達を助けに来たのですか?」

 

 リューは自分がどのような答えを欲しているのかわかっていなかった。それは、彼の胸の内に隠している言葉を待っているかのようだった。しかし、口をついて出てしまったその問いの答えは得ることができなかった。

 突然、彼らの近く、東の方角から一条の光が奔った。

 異変を感じ取った彼らは直感のままにその場所に向かって走っていた。

 

「リュー、答えはまた今度だ。今は……」

「ええ、先に向かいます。貴方は増援を……いえ、【ロキ・ファミリア】ならばその心配もないでしょう。急いで来てください」

 

 レベル差もあり、かつスピードに特化しているリューは瞬く間にラプラスを置いて異変のあった東へ向かった。

 たった一つのレベルの差が、絶望的なまでの差を知らしめていた。


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