ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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ベル君甘いもの苦手なの可愛いね♡



魔弾

 ベルが目を覚ましたのは、18階層に滞在する【ロキ・ファミリア】の野営地だった。

 目覚めたベルは【ロキ・ファミリア】団長であるフィンより、【ロキ・ファミリア】が階層主(ゴライアス)から逃げおおせた彼らを発見、保護し傷の手当てまで行っていたこと、更に彼らの野営地にしばらく滞在しても良いとの許可を得ることとなった。

 ベル達は初めての中層挑戦にも関わらず、『地下の楽園(アンダーリゾート)」まで到達という偉業を成し遂げたのだ。

 彼らを甲斐甲斐しく看病していたアイズ、そんな付きっきりの看病を受ける彼らに対して面白くない感情を抱いたのは、彼女と同じ【ロキ・ファミリア】の者達だった。あのアイズからあんなにも関心を向けられるなど、身内の自分達ですら味わったことがないというのに……と、様々な感情が入り混じった微妙な敵意をベルに浴びせ続けていた。

 更に追い討ちをかけるように、ティオナやティオネといった幹部ですらベルに対して興味があるという。彼の与り知らぬところで、殺意の波動が向けられるのであった。

 

「えー、アルゴノゥト君来てるんだー!」

 

 レフィーヤから運び込まれたベル・クラネル達の説明を受けていたティオナは、歓声をあげ、ベルの18階層到達を嬉しそうに喜んだ。ベルとミノタウロスとの戦いを見ていた彼女は、彼がこの短期間で既に18階層までやって来た事を自分のことのように喜ぶのだった。

 

「あーあ、ラプラスもあの子の戦い見れたらなー」

「まだ言ってんのあんた。あいつもダンジョンに行けるようになったんだから、もっと節度を持ちなさいって言ってるでしょ」

「だって楽しみなんだもん〜、ラプラスと一緒にダンジョン行くの」

 

 えへへ、と頬を染め相好をくずすティオナに、ため息を吐くティオネだったが、その表情はどこか柔らかいことを隣にいたレフィーヤは感じ取っていた。

 

「それで、そのベル・クラネルはどこにいるの?」

 

 せっかく良い気分になっていたのに、その名前を聞いた途端レフィーヤは水を刺されたように、不機嫌そうに彼の居場所を説明した。

 

「先ほどまで団長達と面会していたようですけど……」

「そっか、後で会いに行こー」

 

 姉妹はレフィーヤに別れを告げると、上機嫌に自分の武器を置きに天幕の方へと向かっていった。

 ますます機嫌を損ねるレフィーヤ。自らに振り分けられたキャンプの仕事に戻りながら、その頬を膨らませる。

 

「アイズさんだけじゃなく、ティオナさん達まで……」

「まあまあ、そんなに張り詰めなくても……」

 

 ラウルは殺気立つ【ロキ・ファミリア】の主に男性団員の中でも殆ど唯一周りを宥め、落ち着けていた。

 彼女に一声かけたラウルは再び下級団員達の輪の中に連れ込まれ、不満をぶつけられ、振り回されている。

 

「意外です。ラウルさんも他の男の人達と一緒に、面白くないって言うと思っていたのに……」

「それはラウル君が苦労人というか、そんなこと思っている余裕がないからじゃない?」

 

 むすっと唇を尖らせるレフィーヤに答えたのは、彼と同じ第二軍構成員のヒューマンであるナルヴィだった。

 彼より年下であるナルヴィの全く遠慮のない言葉に、思わず苦笑いするレフィーヤ。

 

「……私とラウルはほぼ同期なんだけど」

 

 そこに鍋を火の上でかき回していた猫人(キャットピープル)のアキが口を開いた。

 

「私達がこの【ファミリア】に入団した時、アイズはもうLv.2だったのよね」

「は、八歳でLv.2の最速到達記録を達成したっていう、あ、あの噂の……?」

 

 信じられないことを聞いたように、一緒に話を聞いていた治療師(ヒーラー)のリーネが声を震わせた。

 

「そう。自分達よりずっと小さい女の子が、モンスターをどんどん斬っていっちゃうの」

 

 その頃を思い出すように、アキは苦笑する。

 

「ラウルはもう震えあがっちゃって、その頃から『さん』付け。アイズが大きくなっていく姿をずっと見てたしね」

 

 未だに振り回されてげんなりしている同期の青年をアキはちらっと見やる。

 アキの話を聞き、ラウルが他の団員とは違った視点でアイズを見ていることを知るレフィーヤ。そこでふと疑問に思ったのが、アイズよりも先に冒険者となるも、今は活動を休止している、先程のアマゾネス姉妹との会話にも出てきたヒューマンの彼のことだった。

 

「……ラウルさんがアイズさんを尊敬しているのはわかったんですけど、ラプラスさんも何かそういうエピソードがあるんですか? 確かアイズさんよりも前に【ファミリア】に所属していたんですよね?」

 

 やっぱり、先に団員になった先輩だからとか? と、続けるレフィーヤ。しかし、その疑問にアキは口をつぐんだ。ナルヴィやリーネも何も言わなかった。レフィーヤが【ロキ・ファミリア】に入団した頃には既にラプラスはダンジョンに行くことはなく、今と変わらぬ生活を送っていた。この場でダンジョンに向かっていた頃のラプラスを知らないのは彼女だけだった。

 

「……まあ、一番の原因は()()()()()でしょうけど、ラプラスにも色々あったのよ。詳しい事は私達にも知らされていないけど、あの子がダンジョンに行かなくなったのも.それ相応の理由があるとだけ聞かされているわ」

「あの出来事……?」

 

 リーネは顔を俯かせながら、レフィーヤの疑問に答える。

 

「ラプラスさん、五年ほど前に突然行方不明になったんです。ちょうどアイズさんがランクアップした頃に…。誰もが予想外で、ロキですらお手上げになってしまって、正式に死亡扱いまでされていたんですけど、その後一年ほど経ってから突然姿を現したかと思ったら、ダンジョンに行かなくなって、そのまま現在に至るんです」

 

 あの頃は『闇組織(イヴィルス)』もまだ活発だったしねと、昔を振り返るアキ。レフィーヤがその話を聞いたのは初めてだった。昔、それとなくラプラスに聞いた時にはぐらかされてしまったきり、そのような出来事があったと彼女に伝えることはなかったのだ。

 

「もちろん、色んな神や人がこの出来事に興味を示したわ。でも、本人も団長やロキですらもこのことについて話すことはなかったの」

 

 ラプラスがダンジョンに行かなくなった最大の理由とされる空白の一年間について、その詳細を知っているのは主神であるロキ、団長フィン、そして幹部の中でもリヴァリアとガレスのみだという。かつてその理由を問い質しに行ったティオナやベート達ですら、終ぞ明かされることはなかったと聞く。本人もその事について他言することはなく、毎日の話題に事欠かない迷宮都市では、彼がダンジョンに行かなくなったことに疑問を抱くものは少なくなっていった。そうしていつしかラプラス・アルテネスはダンジョンに行かないという結末だけが残り、その理由について考えるものはいなくなっていた。

 

「理由を知る人はいない……ですか」

「そうね、あの子が周りの団員から距離を置き始めたのはそれくらいからだったかしらね……。行方不明になる前と後でまるで別人のようだったのよ。今じゃ信じられないと思うけどどあの子も昔はもう少し可愛げがあったのよ。それこそ、今ここに来ているあの白兎君みたいに顔を赤くしたり、もっと表情豊かだったわね」

「確かに、特にレフィーヤたちは今のラプラス君しか知らないもんね」

 

 アキが朗らかに笑うと、その言葉にナルヴィも同意する。

 

「で、でも、きっと昔も優しい方だったんでしょうね……」

「リーネはベートさんにもそうだけど、なんか優しいよねー」

 

 リーネは彼のことを擁護するが、ナルヴィがそれを茶化す。

 今では基本的に淡々としているラプラスだが、彼女らの思い出に残る彼は、瞳を輝かせて自分だけではなく、周りの団員達にもいつも手を差し伸べる、そんな性格だった。例え、それが後から冒険者になり、自らのLv.を易々と超えていった者達の手であっても。

 遠い日の記憶に思いを馳せたアキは、思い悩むエルフの少女に笑みをこぼす。

 

「ふふ、アイズのことなら心配ないわよ、レフィーヤ。貴女がこの【ファミリア】に来てから丸くなったもの。前より、ずっと笑うようになった」

 

 だから心配しなくても大丈夫だと心の中を見透かされたレフィーヤは赤面してしまった。

 鍋に入れる果物の皮剥き作業に没頭すると、ナルヴィやリーナにもくすくすと笑われてしまう。

 

(ま、まあ、私達とアイズさんの間には、深い絆がありますし?)

 

 他宗(よそ)者が割り込めるほど甘いものではないと、自信をつけたレフィーヤ。

 作業を続けるうちに、先程の会話で気になったことが頭に浮かぶ。

 

(でも、あの白髪の少年()のような性格だったとしたら、一体何があったらダンジョンに行かないなんてことになるのだろう)

 

 そして、ラプラスが昔、Lv.1でミノタウロスを倒すあの少年のようだったのだとしたら、果たしてダンジョンに行かないなんて状態に耐えることが出来るのだろうかと、思考したところで、あの少年の顔がチラつき考えが霧散する。レフィーヤは勝手に宿敵認定しているあの少年に複雑な感情を抱き、作業により一層力を入れ、先ほどまで考えていたことはすっかり忘れてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

「彼等は仲間のために身命をなげうち、この18階層まで辿り着いた勇気ある冒険者達だ。同じ冒険者として、敬意を持って接してくれ」

 

 18階層に『夜』が訪れる。

 この階層の天井には巨大なクリスタルがあるが、それは定期的な周期で明滅を繰り返す。つまり、この階層には昼夜が存在するのだ。

 森が暗闇に包まれる中、【ロキ・ファミリア】野営地では団長であるフィンの声が響いていた。

 中央に煌々と光る魔石灯を置き、それを輪になって囲む団員達は、一斉に配られた杯を掲げる。

 

『乾杯!』

 

 ささやかな宴が催される中、そこにはベル達の姿もある。彼の仲間であるヴェルフとリリも回復し、この場に加わっており、アイズに連れられ人気のないところに参加していた。

 フィンから言外に揉め事を避けるように釘を刺された男性団員達は、一先ず私怨に満ちた殺気を引っ込め、上級冒険者である自尊心と、都市最大派閥の一員であるという自負を持って、ベルに対する不満を上書きした。

 

「それにしてもあやつ等、随分と賑やかなものじゃなぁ」

「ははは、そうだね」

 

 首脳陣が位置取る上座の正面では、アイズと共に、ベルとその一行が騒ぎ声を上げていた。見れば、ベルは雲菓子(ハニークラウド)と呼ばれる甘い果物に悪戦苦闘しており、それを巡って何やら盛り上がっているようだった。

 

「むぐむぐ、ティオネ! あたし達も早くアルゴノゥト君のところに行こうよー!」

「食べながら話すな!? どうせ足りなくなったらまた食べ出すんだから、先に食事を済ませておきなさいよ! ところで団長、一献いかがですか?」

「ああ、頂こうかな」

 

 ティオネがフィンに注いでいる赤漿果(ゴードベリー)と呼ばれる果物は、熟し方によって酒のような風味をもたらし、上級冒険者達はこれを果実酒のようにして飲むのが嗜みであった。

 ティオナは急いで何杯目かわからないおかわりをかき込むと、フィンに尺をしていたティオネを引き連れ、ベルの下へと向かう。

 

「アルゴノゥト君ー!」

 

 昼間の内に既に顔を合わせていた彼女らは、早速ベルに対して、その能力のや成長の秘密を疑問にぶつけてきた。

 

「ねー、どうやったら能力値オールSにできるの?」

 

 能力値のことに触れられたベルは冷や汗をびっしり額に浮かべながら、何とか追求を逃れようとするが、彼をここに連れてきた憧憬は、興味津々といった様子でこちらに耳を傾けており、パーティの鍛冶師(スミス)は、先輩に絡まれており、こちらを気にしている余裕はない。サポーターの方に助けを求める視線を送っても、逆に睨まれてしまう始末であった。

 ここに彼に助け舟を出すものはおらず、フィン達もこの光景にため息を吐きながらも、止めることはなかった。

 ベルがあまりの状況に意識を飛ばしそうになる、その直前、

 

『ぐぬぁあっ!?』

 

 野営地の外の方角から、幼い少女らしき悲鳴が届いてきた。

 ベルにとって最も聞き馴染みのあるその声に、彼は我先にと一目散に駆け出していく。

 彼らが駆け出し、アイズ達もその後に続く。

 見張り役の団員達が俄かに慌ただしくなる中で、ベル達だけではなく、【ロキ・ファミリア】の彼らにとっても予想外の客人が訪れることとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 時は、少し前に遡る。

 『階層主(ゴライアス)』が現れたのと同時に、17階層のモンスター達は一斉に冒険者達に襲いかかってきた。

 16階層まで、安定して進行していたラプラスら捜索隊も、その圧倒的な物量に何度か危機に陥ることもあり、一つ先のルームへと進むのにも、時間が掛かるようになっていた。

 

「ひぃ〜、どうしたっていうんだい!? 急にモンスター達が暴れ出したぞう!?」

「ふむ、『階層主(ゴライアス)』の誕生に感化されて、モンスター達が一時的に凶暴化しているようです。急いでこの階層を抜けたいところですが、幾分、数が多いですね……」

 

 次々と襲いくるモンスター達にヘスティアは思わず悲鳴をあげる。ラプラスは彼女達神の安全を最優先に確保するために、飛びかかってくるモンスターの迎撃を繰り返す。

 前方から波のように押し寄せる怪物は相も変わらずリューが片っ端から斬り伏せてはいるのだが、如何せん数が多く、彼女だけでは捌ききれずに撃ち漏らしてしまうモンスターの数も徐々に増えていた。

 

(いくらリューがLv.4とはいえ、この量、それにこの後には『階層主』も控えている……と、なると)

 

 剣、斧、槍、刀と、次々と得物を変えながら応戦していたラプラスは、一瞬考えを巡らせると、後方で中距離遠距離問わず、遊撃を行なっていたアスフィに自らの作戦を手短に伝える。彼女はそれに同意すると、ヘルメスとヘスティアの二柱に、少し下がるように伝える。サポーターの千草に自分の後ろにいるように釘を刺した彼は、前方で壁のように押し寄せるモンスター達を細切れにするリューに向かって声を上げた。

 

「リュー! ()()()()()! これで一気に押し通る!」

 

 その言葉に彼女は一瞬此方に目をやると、前線から退き、ラプラスの背後まで後退する。

 

「一度下がってくれ、命、桜花! 前方に道を切り開く」

 

 そう言った彼は、先程まで握っていた短剣と槍を虚空へ消すと、左手を掲げ、その手に何処かから取り出した白色に淡く輝く弓を携えた。

 それは、派手な装飾がなされるわけでもなく、とても簡素な形をしていたが、極限まで機能美を追求したかのように美しく、ただ透き通るように白い弓であった。しかし、その美しさに反してその弓には、矢を番えるための弦が存在しなかった。

 さらに、ラプラスは右手に弓とは対照的に派手な意匠が施された、赤い刀身の魔剣を取り出す。この二つを手に取った彼は弓を構える。

 

「『魔剣接続』」

 

 徐に呟いた彼に呼応するかのように、白い一筋の光が、弓の末弭から元弭まで降りていく。その光を弦のように引くと、本来矢があるべき場所に魔剣を番えた。

 魔剣を弓矢として撃ち出す。

 本来の用途からかけ離れた運用をしているにも関わらず、その魔剣は元々これが本来あるべき姿であるかのように、正確に照準を怪物の群れに合わせていた。

 

「弾けろ」

 

 ヒュッという風切り音が鳴る。真っ直ぐ怪物達の群れに突き刺さるように放たれた魔剣は、次の瞬間轟音と共に巨大な爆風を巻き起こす。その余りの威力に、顔を覆った彼らが目を開けると、そこに広がっていたのはまるで地獄の蓋を開けたかのような惨状で、灼熱の業火を一身に浴びた怪物達は塵すら残さず、跡形もなく消え去り、余りの高熱に迷宮の壁面は所々赤く溶け出していた。

 

『!?』

 

 その威力に絶句するヘスティアや、【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。ヘルメスはその威力に感心しており、アスフィは頭痛を抑えるように手を額にかざす。

 と、ふらりとよろけるラプラス。直ぐに彼の元へ駆け寄り、肩を貸したのはリューだった。

 

「……満足しましたか? これは貴方も相当魔力を使う筈。お陰でモンスターは一掃できましたが……ここまでする必要はなかったのでは?」

 

 リューは様子を窺うために、俯く彼の顔を覗き込む。前髪で表情はわからなかったが、彼は口元に笑みを浮かべていた。

 

「あぁ、最高だ。やはりダンジョンに来て良かった。こんなものオラリオではとてもじゃないが使えないからな」

 

 満足そうに呟くラプラスにため息を吐いた彼女は、呆れたと言わんばかりに肩を貸すのを辞めると、周りの警戒に戻ってしまう。

 

「……瞳、青くなっていますよ」

 

 去り際にそう残したリューの方を見ると、ラプラスは自分の目に手をかざした。

 

「……仕方ないだろう、こんなに心躍るんだぞ」

 

 すると入れ違いにヘルメスが近づいてきた。

 

「やあ、すごいなラプラス君。それが彼の有名な『魔弾』かい? こんな所でお目にかかれるとは、噂通りの凄い代物だね」

 

 先程の一撃で一先ず脅威は去り、怪物達の進撃も落ち着きを取り戻した。弓を消したラプラスに、戯けたように笑いかけるヘルメス。ヘスティアも初めて間近で見た魔剣の威力に驚くと共に、ラプラスの話に興味が湧いたようだった。

 

「それがヘファイストスと話していた()()ってやつかい?」

 

 ヘスティアの問いに、ラプラスは出発前の出来事を思い出す。

 ラプラスは【ミアハ・ファミリア】ホーム『青の薬舗』で、協力要請をした際にヘファイストスがその場に居たため、その足で【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶場へ向かい、椿に調整を依頼していた長弓『フライクーゲル』を受け取っていた。

 第一等級武装『フライクーゲル』

 それが、彼の主武装(メインウェポン)となる弓の名であった。

 上質なミスリルで造られたその弓は弦を持ち主の魔力を用いて形成し、矢であろうとなかろうと、如何なる形の得物であっても射出することができる特殊武装(スペリオルズ)である。さらに、魔力操作に長けた者であれば、魔力を矢にあたる武器に付与することでその威力を上げることもできる、オラリオでも屈指の性能を誇る弓であった。

 彼はその弓に相応しい矢として魔剣を用いて扱うことを考案し、魔力を付与させた魔剣を最大出力で撃ち出すことにより、その威力を底上げすることに成功した。

 勿論、矢として用いた魔剣は使い捨てとなってしまうこと、魔力の消費が激しいことや、所謂『クロッゾの魔剣』やオリジナルの超長文魔法などと比較すると、やはり威力は見劣りしてしまうなどのデメリットはある。しかし、例え低品質の魔剣であってもある程度の高威力に出来る点や、彼の持つ『魔法』との相性の良さから、ラプラスがよく使用する技であった。

 彼が普段から愛用する『魔法』、その名も【道化の悪戯箱(イリミテイブル・ヴォイド)】。

 主神の名に恥じぬこの『魔法』は、世にも珍しい無詠唱魔法であり、事前に亜空間に転送された物を両手が塞がっていない時に限り、凡そ手に取ることができるサイズのものであれば何でも出し入れすることができる非常に使い勝手の良い魔法だ。生物でなければ、武器や回復アイテムなどの様々な物を運搬出来ること、消費魔力も少ない事から、かつて【ファミリア】の遠征部隊にも、Lv.1ながら帯同していた事もある程重宝される、破格の性能を誇る。

 通常必要な『魔法』の詠唱と、魔剣の近距離でなければ扱えないという両者の短所を打ち消すことのできるこの戦法は『魔弾』と呼ばれ、かつての闇組織(イヴィルス)殲滅作戦などにも使われたことで恐れられた。

 

「俺はこれでも狙撃手ですので。神ヘファイストスの眷属にしか、これの調整は頼めません」

 

 再び剣を握りしめる彼の姿に、ヘスティアは疑問符を浮かべる。

 

「でも君はこれまで全然弓を使ってなかったじゃないか。どうして普段から弓を使わないんだい?」

 

 彼女の最もな疑問に、ラプラスはふふん、と得意げになって答えた。

 

「神ヘスティア、主神(ロキ)曰く、『真の射手(アーチャー)は弓を使わない』のだそうです。おれも射手の端くれならばと、弓だけではなく様々な武器を使えるように訓練してきました」

 

 それ、騙されてないかい、というヘスティアの呟きは彼の耳に届いておらず、ラプラスは自信ありげに剣を振るう。

 ヘスティアが、ベルには変なことを吹き込まれないようにしようと心に刻む頃、一行は17階層最後の砦まで歩みを進めていた。

 

「この先が『階層主(ゴライアス)』のいるルームになります。もう生まれてしまっている以上、なるべく戦闘を避け駆け抜ける他、道はありません」

 

 アスフィの言葉に、皆気持ちを引き締める。

 捜索隊の目の前には、大口のように彼等を待ち受けるルームの入り口があった。

 

(待っててね、ベル君……)

 

 眷属の無事を祈るヘスティア。

 彼女達は、この旅の最後にして最大の難関へと挑むのであった。

 


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