ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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今回は短めです



迷宮突入

 『黄昏の館』を後にしたラプラスが向かった先は、『豊穣の女主人』だった。彼はそこで自らが持ちうる伝手に協力を取り付けるため、この場所を訪れていた。

 

「頼む、リュー。おれと共に来てくれ!」

 

 未だ開店前の『豊穣の女主人』では、店員達が準備に勤しんでいた。

 時刻は太陽が西に傾き、ヘルメスの宣言した時間は刻一刻と迫っていた。

 

「また来たニャー! コントは他所でやれニャ! 今忙しんだニャ!」

 

 アーニャはラプラスに向けてしっしっと手を振るが、お構いなしに店内に入っていった彼はリューを真っ直ぐ見つめて言い放った。

 

「今回は特別だ。頼む、ダンジョンに同行して欲しい」

 

 その言葉にリューは僅かに目を見開いた。リューは彼がダンジョン攻略に復帰することを知っていたが、それはあくまで【ファミリア】での話。勿論、他の誰よりも心配している自信はある。しかし、稽古をしたり何かと世話を焼いているが、所詮は【ファミリア】に属していない一個人には無縁のことだと考えていたからだ。

 

「貴方の【ファミリア】は今遠征に出ている。何故このようなタイミングでダンジョンになど……」

 

 リューが訝しむのも当然だった。遠征とは行うだけで【ファミリア】に多大な恩恵をもたらす一方で非常にリスクを伴うものである。遠征に向かった団員達のことを考えるならば、地上に残る者達は彼らの成功と無事を祈ることが一番の貢献となるのだ。

 

「あいつらを助けに行く。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)に部隊がやられている。【ロキ・ファミリア】だけならまだしも、今回は神ヘファイストスの眷属達も被害を被っただろう。彼らに解毒薬を届けに行く」

「それは貴方ではなくても良いのではないですか? 貴方の【ファミリア】は優秀だ。一日や二日では死者は出ないでしょう。焦らずに待つのが得策だと普通は考える」

 

 やはりリューもわざわざラプラスがダンジョンに行くことに疑問を覚えた。いくら彼が家族思いの人物であっても、この選択は合理性に欠けるのは明白だった。

 ラプラスはリューの意見を聞き、少し表情を曇らせるが、彼女の隣にいたシルを一瞥した。

 

「……ベル・クラネルとそのパーティが現在中層で遭難している。おれはその救助クエストに参加する」

「ベルさんが……!」

 

 ラプラスの放った言葉にシルは動揺した。と同時にリューはラプラスを睨みつけた。

 

「貴方らしくない。シルを味方につければ私が動くとでも思ったのか」

「……そうだ、こんな手を使ってでもおれはダンジョンに向かいたい。……おれの尊敬する冒険者に言わせれば()()()()()んだ」

 

 じっとリューを見つめるラプラス。闇を溶かしたかのような深い黒の瞳は彼女の姿を映すかのように澄んでいた。暫しの沈黙の後、静寂を破ったのは彼女の方だった。

 

「……わかりました。貴方に同行しよう。但し、ダンジョンでは私の言うことを全て聞いてもらう。勝手な行動をした場合、貴方には金輪際この店を立ち入らせない」

 

 ありがとうリュー、とお礼を言い、準備が出来次第迎えに来ると言い残し、店内から去っていく彼の背中を見送るリューとシル。深いため息をついたリューにシルは目を伏せて懇意する。

 

「ごめんね、リュー。さっきはああ言っていたけど、ベルさんを助けて欲しい」

 

 先ほどから小さく震える彼女の願いに、心優しいエルフの彼女ははっきりと告げた。

 

「シルの頼みなら私は断りません。私もクラネルさんには死んでほしくない」

 

 それに、とリューは続けた。

 

「あの人は私が折れるまでずっと頼み込むつもりでしたよ」

 

 全く困った人だと苦笑するリューに、シルも思わず小さく笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜、闇の帷に都市は包まれ、摩天楼、西の門前の中央広場は昼間よりも人影が疎らだった。

 集合予定時刻よりも早く着いたラプラスはリューを連れてギルド本部へと向かっていた。

 

「何故彼女に真っ先に了承を取らなかったのですか。彼女は間違いなく反対するでしょう」

 

 腰まで届くフードのついたケープに身を包み、ショートパンツと腿を覆うロングブーツに装束を変え、自らの素性を悟られぬよう振舞うリューは、長い木刀と二刀の小太刀を揺らしながら前を進むラプラスに問いた。

 

「諸々の準備に手間取ってな。……『魔法』の領域から出していた物が多すぎたな、普段からもっと整理しておくべきだったか……」

 

 ぶつぶつと言いながら先を急ぐラプラスはリューの質問に投げやりに答え、ギルド本部の入り口をくぐった。

 

「あ、ラプ君……と……? え、もしかしてリオン氏……ぅむぐっ!?」

 

 思わずリューの正体を叫んでしまいそうになるエイナに対し、大慌てで彼女の口を塞ぐラプラス。シーっと指を口の前に持ってくると、混乱していたエイナは訳もわからずコクコクと首を振るのだった。

 落ち着いた頃に解放されたエイナは一つ大きく深呼吸をしてラプラスを見やった。

 

「びっくりさせないでよ、ラプ君。どうしたの突然。まさか……デート!?」

「そんなわけないだろう、少し頼みがあって来たんだ」

「なんだ良かったぁ。んん! それでどんな要件? 【ロキ・ファミリア】について追加情報はこれといって無いんだけど……」

 

 声を潜めて話すラプラスに、エイナは努めて明るく振る舞った。まるで、知りたくないことから目を背けるように。

 

「チュール、ダンジョンに行く。ロキからは了承を得た。あとはお前が許可さえしてくれればいい」

 

 書類を見ていたエイナは動きを止め、ラプラスの方を向く。

 彼は普段愛用している【ファミリア】の紋章が刺繍されたロングコートに加え、机の上に置かれた腕にはモンスターの攻撃にも耐えうる素材で出来た手甲を着けていた。

 じっとこちらを見つめるラプラスはいつにも増して真剣な顔つきだった。

 彼のその表情に、エイナは自分の声が震えぬように努力する他なかった。

 

「……どうしても行くの?」

「ああ、あいつらも助けて、クラネルも助ける。心配するな、リューもアンドロメダもいる。なにせおれは彼女の言うことを聞かないと『豊穣の女主人』を出禁になるらしい」

 

 それは困るな、と笑う彼。胸が締め付けられるような思いから、エイナはその後ろで佇むエルフに目をやるが、彼女の空色の瞳と一瞬目が合うも、コクリと首を縦に動かすと、すぐにフードに隠れてしまった。

 

「待っていてくれ。必ず戻る」

 

 ラプラスははっきりと告げる。こちらがどれだけ心配しているのかきっと彼はわかっていないのだろう。だが、そんなにも渇望した瞳を向けられてはエイナに選択肢はなかった。

 

「戻るだけじゃダメだよ。無事に帰ってきて、お願いだから」

 

 決して悲しい顔だけはしまいと、エイナは強く思った。彼女も冒険者ギルドの職員である。冒険者の再びの旅路に水を差してはならないと、痛む心を無視して彼女はラプラスの冒険を、その再開を肯定した。

 今にも涙が零れ落ちそうな彼女の潤む瞳を見つめたラプラスは小さく頷くと、踵を返しギルドを後にした。

 彼の後ろにいたエルフは、終ぞ言葉を発することはなかったが、エイナに向かって少し会釈すると彼の後を追った。

 エイナはその背中に深くお辞儀をして、彼らの冒険の安全を心から祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

「遅いよ、ヘルメス!」

 

 結局ラプラス達が集合場所に着いたのは定められた時刻の少し前だった。エイナの説得にもう少し時間が掛かると踏んでいた彼らだったが、実際に話したエイナは決して強く引き留めることはなかった。

 

「チュールは思ったよりもすんなり許してくれたな。もっと猛反発されると思ったのだが」

 

 ラプラスはエイナの説得があまりにも上手くいったことに拍子抜けした様子だったが、もうすぐダンジョンに行けるということもあり、どこか弾んだ声音をしているようだった。

 その様子に小さくため息を吐くリューは、コツンと彼女の木刀で彼の足を小突くと注意を促した。

 

「はぁ……全くつくづく鈍感な方だ……シルや彼女に託された願いもある。既に攻略は始まっています。くれぐれも私の言うことは絶対遵守で、浮ついた行動を取らないように」

 

 凄みを効かせた彼女の鋭い視線に、ラプラスは思わずたじろいだ。

 今回の探索は彼らだけではなく、神二柱に【タケミカヅチ・ファミリア】の団員もいる。ラプラス達にとっては取るに足らないモンスター達も、彼ら彼女らからすれば恐ろしい脅威である。

 あくまでも、護衛と救助が最優先であることを忘れてはならないと、気を引き締め直す。

 

「よし、これで全員集まったね。ところで、あの子は……」

 

 今回の冒険者依頼(クエスト)の依頼主であるヘスティアが逸る気持ちを抑えられずに早く出発しようと号令をかける。と、ラプラスと彼の後ろに控える人物に気がついた。

 

「彼女は助っ人です。俺の同行の条件であるLv.4以上も満たした強力な冒険者です。ご心配なく」

 

 一歩ヘスティアにの方へ歩み出た彼女は澄んだ空色の瞳を向け、スッと再びラプラスの後ろへと戻っていった。

 

「まあこの際猫の手でも借りたい状況だ。よろしく頼むよ、助っ人くん」

 

 それでは出発だ、とヘスティアの掛け声で捜索隊はバベルを後にし、広大な地下迷宮へと進んでいく。

 

 その姿をバベルの最上階から見下ろしていた女神は、その瞳に蒼い夜空を揺蕩わせ薄く微笑んでいた。


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