ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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サブタイを付けたいけどお洒落なのが思いつかない…



準備

 【ヘファイストス・ファミリア】を後にしたラプラス達は、昼食を済ませた後、北西のメインストリートをそのまま進み、摩天楼(バベル)に向かって進んでいた。昼時であっても摩天楼(バベル)周辺は人々の往来が止まず、オラリオの栄華と発展を表していた。

 

「たまには外で食べるのも悪ないなー」

「この面子で食べるのも珍しいしね」

 

 摩天楼(バベル)に近づくにつれて、付近にいる人々は殆どが冒険者となっていた。昼夜を問わずダンジョンには進めるが、この時間帯の冒険者達は午前中で冒険を切り上げ、換金をしているもの、これからダンジョン攻略に挑むものなど様々な人々が見受けられた。

 

「よーし着いたなー。早速エイナたんを見つけてと」

「あそこにいるぞ」

「はやっ!」

 

 摩天楼(バベル)に入るとすぐにエイナを見つけたラプラス。うりうり、とロキが肘を突いてくるが、無視してエイナの元へと向かった。

 

「チュール」

「あれ、ラプ君!どうしたの、こんな時間に」

 

 ラプラスはロキとフィンを指すと、今日ギルドを訪れた目的を伝えた。

 

「……なるほど、そういうことね。そしたら、個室が空いてるからそっちでお話ししよう。ロキ様達を呼んできてくれる?」

 

 こくこくと頷いたラプラスはフィンとロキを呼ぶと、エイナに連れられ、ギルドにある個室へと通された。

 

 

 

 

 

 

 ロキ、フィンに挟まれ、対面にエイナが座ると、ラプラスは居心地が悪そうに呟いた。

 

「……何も悪いことしてないのに、怒られている気分だ」

()()()悪いことしていないんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」

「どこか含みがあった気がするが……」

 

 訝しげにするラプラスを気にも留めずにエイナは始めにフィンとロキに資料を差し出した。

 

「これがギルドに登録されているラプラスさんの情報です。間違いはないですか?」

 

 その羊皮紙には、ラプラスの冒険者としての基本情報である、Lvや最高到達階層、二つ名などが記されていた。ロキはその紙を手に取り、ラプラスとフィンにも軽く確認させると、再び机の上に戻した。

 

「んー、大丈夫やな、間違いない」

 

 ありがとうございます、と一言置き、フィンの方に体を向けるとエイナは資料のLvの場所を指差した。

 

「ラプラスさんは現在Lv.3。本来ならば、24階層の中層以降も適正基準は超えているのですが……」

「なにせ、ブランクが長いからね」

 

 言い淀んだエイナに続けてフィンが言葉を紡いだ。こくり、と頷くエイナはフィンと考えを同じくしていることを確信した。エイナはちら、とラプラスを一瞥すると、話を続ける。

 

「適正Lvはあくまでも目安。ダンジョンは本当に何が起こるかわからない場所です。ですので、ラプラスさんには暫くは適正Lv.2までの中層を主な攻略場所としてもらおうと思っています」

「僕も、それがベストだと思うよ、君は何か思うところはあるかい?」

 

 フィンもエイナの意見に賛同する。ラプラスは話を聞いている間はじっと自らのLvが示された場所を見つめていたが、フィンから確認を求められ、顔を上げた。

 

「いや、おれはそれで構わない」

 

 ふう、と息をついたラプラスは今日はこれで終わりか、とすぐに帰ろうとするのだが、両脇に座っている団長と主神が全く動かないために疑問を口にした。

 

「む、どうした。もう終わりではないのか?」

 

 頭の後ろに手を組んでいたロキは少し笑うと、前屈みになり、ぽん、とラプラスの肩に手を置いた。

 

「まあまあ落ち着きいや。ラプラスぅ、お前一人でダンジョン行けると本気で思てんの?」

「……?」

 

 頭にハテナを浮かべるラプラスに対し、ロキは真剣な顔になると、彼を挟んで座るフィンに説明を促した。

 

「いいかい、ラプラス。君はダンジョンに行く際には必ずL()v().()4()以上の実力のある人を同伴とすること。一人でダンジョンに行くということは決して無いようすると約束してくれ」

「それは構わないが、何故Lv.4以上なんだ?おれは自分の実力がLv.3の冒険者の中でも最下層にいることくらいわかっているが……」

 

 フィンの言葉に対するラプラスの疑問は最もだった。ラプラスはおよそ三年前にLv.3にランクアップしたものの、それからは一切ダンジョンに行ってはいなかった。通常経験値(エクセリア)は、ダンジョンに挑戦し、危険を乗り越え、自らの器を昇華させていくことで得ていくものである。しかし、ダンジョンに行かず、あくまで自主練習でのみ戦闘経験を行なってきたラプラスは、三年間という年月があるものの、他の冒険者と比べて圧倒的に経験値(エクセリア)の蓄積が少ないのは自明のことであった。

 

「おれを止めることなど並のLv.3なら易々と……いや、Lv.2でも小規模のパーティであれば比較的余裕を持って可能だと思うのだが……」

 

 ダンジョンに向かわなかった三年間の月日ははラプラスから向上心や貪欲さ、冒険者として必要な欲を、牙をすっかり覆い隠してしまっていた。彼の自虐的な様子を見て、フィンは一瞬息を呑むが、ラプラスには気取られないように努めた。

 

「……とにかく、君にはLv.4以上の子を付けさせる。君は格上に頼み事をすることに特に物怖じするような性格じゃないし、問題ないだろう?」

 

 自分に対する評価の高さに納得はしていないようだったが、その条件をラプラスは呑んだ。

 

「うし、ならこれが最後や。……ラプラス、ちょっと隠れて手ェ出し」

 

 ロキはエイナやフィンからは見えないように手のひらにのる程度の小さな箱を取り出すと、ラプラスを呼ぶ。なんだなんだ、とラプラスが素直に手を出すと、ロキはこそこそと箱を開いた。すると中には美しく輝く銀の指輪が一組入っており、ロキはそのうちの一つを絶対にエイナに見せないように彼の左手の人差し指に嵌めた。そして、箱の中にもう一つ入っている指輪をラプラスに渡すと、そのまま彼の耳元で何かをひそひそと伝え始めた。

 

「む、なんだって?」

 

 またロキの悪巧みか、とフィンは困った顔で考えていた。エイナは何をしているのか全くわからなかったが、彼の団長の渋い顔を見て、少なくとも良いことではないのだなと感じていた。ラプラスはロキの話を聞きながら、自分の人差し指の指輪を見つめていたが、話が終わると、本当にやるのか、と彼女に聞き直す。ええからええから、とロキが返すと、ラプラスは正面に座るエイナの方を向き、じっと目を見つめると姿勢を正した。

 

「どうしたの?ラプ君」

 

 エイナもラプラスに合わせて姿勢を正すと、彼の黒曜石のような瞳を見つめ返す。すると、彼は自らの手のひらを上に左手を差し出した。そして、一度ゆっくりと手を閉じると、次の瞬間、

 

「【開け】」 

 

 白い魔法陣が小さくラプラスの手のひらの上で現れると、その中から指輪がパッと現れる。それを人差し指と親指で掴むと、エイナの目をジッと見つめ、口を開いた。

 

 

 

「美しい姫君()()()よ、どうかこれを受け取ってくれ」

 

 

 

 きっかり五秒沈黙が訪れた部屋。

 先に根を上げたのはわざわざ魔法まで使って指輪を差し出し、まるで舞台のような口説き文句を言い放ったラプラスだった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!もういいだろう!!ロキ!!おれは十分やったぞ!!」

「ぶははははははは!!うひ〜〜!!お腹痛い!!お腹痛い!!ホントにやりおったコイツ〜〜!!」

 

 爆笑するロキ。机に突っ伏してだんだんと拳を叩きつけている。その隣に座るラプラスの顔は、ふい、とロキと反対を向いている。その色はまるで林檎のように真っ赤に染まっていた。最後に蚊帳の外であったフィンは片肘をつき、呆れた顔をしていた。三者三様の【ロキ・ファミリア】に対して、エイナは先程から全く動いていなかった。顔を伏せてはいるが、ぴくりとも動いておらず、まるで置物のようだった。

 

「ひ〜ひ〜、あ〜笑ったわ〜。あれ、エイナたんどしたん?驚きすぎて声も出んの?」

 

 その様子にロキが立ち上がり、態々エイナの後ろに回ると彼女の表情を覗き込む。

 

「エイナたん、可愛いなあ〜……あ?」

 

 顔を上げたエイナは笑っていた。これ以上ないほど美しい微笑みだった。

 

「お話は以上ですか?ロキ様?」

 

 エイナの微笑みを見た瞬間、ラプラスは冷や汗をドバドバと流し始め、フィンの服の裾をそっと掴む。

 

「……チュール、その……」

 

 申し訳なさそうに相手の顔色を窺うラプラス。こんなにもへりくだった彼を見るのは久しぶりのことで、隣にいたフィンは思わず身を乗り出した。

 

「ロキ様、ロキ様が今まで街中で見つけた女の子を口説いて奢り続けた結果、ツケがあるお店が何件もギルドに苦情を出していることを団長のフィン・ディムナ氏に伝えておきますね」

「ちょっ!!??エイナたん!?言ってる言ってる!!」

「どういうことかな?ロキ」

 

 ニコニコと微笑むエイナは、主神ロキが今までファミリアに隠して来た秘密を堂々と打ち明かした。ロキが無類の女性好きであることはオラリオでは周知のことであるが、彼女は時々団員のいないところで見栄を張って自らの持ち合わせ以上の出費をしてしまうこと。また、そういった高額な店に引っかかることがあったのだ。その際、都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】に直接ではなく、ギルドに苦情が来るのだが、ロキ本人が団員にそれが伝わる前に処理していたため、全く問題になっていなかったのだった。それをエイナは赤裸々に告白したのである。

 とんでもない暴露をされたロキはエイナの肩を揉みながら、ちらと横目で見ると、そこにはこれまたニコニコと微笑みながらも、放つオーラが笑みを浮かべる人のそれではないフィンがいた。その隣では、フィンを刺激しないよう限りなく気配を消したラプラスもいたが。

 

「ロキ、今日は幹部を集めて話し合いだね」

「ひい〜〜!!」

 

 いややいややと泣き崩れるロキ。そんな女神を尻目に、エイナは更に口を開いた。

 

「そういえばラプ君も二ヶ月前の【ロキ・ファミリア】の遠征の時、ホームの正面を怪しい薬で吹っ飛ばして、たくさん苦情貰ってたよね。なんとか遠征に行ってる人達が帰って来るまでに直せて、事後処理もできたけど、大変だったよね」

「……!?チュール!!??それは言わない約束だっただろ……!!」

「君もかい?ラプラス」

 

 続けてラプラスもフィン達幹部に隠していたことを暴露される。それは二ヶ月前にホームで起きた爆発事故のことだった。【ロキ・ファミリア】ホームの正面ロビーを吹き飛ばした薬は、本来人に飲ませるつもりだったらしく、とんでもないものを生み出したラプラスはそのレシピを記憶から消し去り、更にそれをロキに黙ってもらうことで暫く弱みを握られ、小間使いにされていた。しかし同時に、近隣住民からの苦情が相次ぎ、ギルド職員であるエイナにも多大な迷惑がかかっていたのだった。

 

「やっぱり、君の研究室は取り壊そうね」

「……!!」

 

 最早言葉も出ず放心状態のラプラス、わんわん泣き崩れるロキと、酷い有様だったが、これを物の数瞬で行った当のエイナは何事もなかったかのように、ラプラスが机に置いたままだった指輪のことについてフィンと話し始める。

 

「先程は彼らが不躾なことをしてしまって、本当に申し訳ない」

「いえいえ謝らないでください、ディムナ氏!私の方もつい言い過ぎてしまい……」

「いや、彼らにはこれくらいのお灸が丁度良いさ。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!……ところで、この指輪なんですけれど……」

 

 エイナは指輪を手に取ると、様々な角度から見つめ、光にかざしたりしたところ、一つの疑念が浮かんだ。

 

「君の思っている通り、これは魔道具(マジック・アイテム)さ」

「やはり普通の指輪ではありませんか……

「さっきはふざけてしまったが、これは本当に君に送るものでね。是非着けていて欲しい」

 

 フィンの言葉にエイナは驚く。

 

「本当に頂いて宜しいんですか?」

「ああ、その指輪はラプラスの行動を制限する上で欠かせないものだからね」

 

 疑問を浮かべるエイナに、フィンは話を続けた。

 

「この指輪は同じ指輪をしているものが近づくと熱を持つようになっていてね。あ、もちろん火傷等の心配はないから安心して欲しい。彼がもし万が一勝手にダンジョンに行こうとした時、君が受付にいる時はその指輪で存在を感知できるようになっている。ダンジョンに彼が向かおうとしている時は、必ず君に声を掛けてから向かうようにして欲しいんだ」

 

 フィンの説明を聞き、エイナは指輪をそっと自らの左手の人差し指に嵌めた。

 

「これ、ぴったりです」

「……以前うちのホームに来たことがあったそうだね。その時、ロキが測っていたらしいんだ」

 

 うちの測定に間違いはないでー!と意気込んでいたロキだったが、本当に寸分違わずその指輪はエイナに合っていた。

 

「さすがロキ様ですね……」

「あはは、僕も見て驚いた。彼女にそんな特技があったなんてね」

 

 お互いに顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。そして、これで話はおしまいだねと、フィンは未だに心ここにあらずといった様子のロキとラプラスを無理やり立たせると、退出を促した。エイナは彼らに先立って扉を開けており、最後にフィンが出ようとしたところで、本日はありがとうございましたとお礼を言うと、彼はそこで立ち止まった。そしてじっとエイナを真っ直ぐ見つめた。小人族(パルゥム)の彼はエイナから見ても頭一つ分以上小さく、見た目だけは少年のようである。しかし、実際は都市でもトップクラスの実力者であり、さらに数々の修羅場を経験して来た人生の先輩でもある。そんな彼に見つめられたエイナは、彼から何を言われるのかと少し緊張した。

 

「彼を、ラプラスをよろしくお願いします」

 

 小人族(パルゥム)の生きる伝説。『勇者』と呼ばれる彼が、一ギルド職員に頭を下げた。当然、エイナはその状況に困惑した。

 

「な、ディムナ氏!頭をお上げください!こんな所を他の方に見られたら……!」

「いや、すまない。……本当に彼は良い担当者(アドバイザー)を得た。彼の担当者(アドバイザー)が君で良かった」

 

 心底ほっとしたようなフィン。その言葉にエイナは真っ直ぐ彼を見つめ直すと一礼した。

 

「こちらこそ、私などを頼って頂き、担当者(アドバイザー)冥利に尽きます。彼のことは是非お任せください!」

 

 容姿淡麗なエイナのふわりとした笑顔に、思わずフィンも笑みが溢れる。

 

「ところでさっきはあんな風に茶化してしまって悪かったね。今度はもっと厳かに彼から指輪を受け取るのはどうだい?」

 

 僕の親指が疼くんだ、と突然フィンがさらりと冗談を言うと、エイナは先ほどのことを思い出し、顔を真っ赤にした。

 

「ディムナ氏!!」

 

 折角先ほどの出来事は忘れられそうだったのに!と恥ずかしさから立ち止まってしまったエイナ。あはは、とお茶目に少年のような笑みを浮かべるフィンは、先を歩いていたラプラスとロキにすぐに追いつく。そしてエイナの方をちらと振り向き、形だけの謝罪のポーズをする。子供のような外見である小人族(パルゥム)の彼にそんなことをされては毒気も抜かれてしまう。ふぅ、と苦笑したエイナはロキ達に追いつく為、少し歩くペースをあげるのだった。

 

 

 

 その後、ギルドから帰っていくラプラス達を見送ったエイナはふと人差し指を見つめる。そこには彼と同じ位置に嵌められた銀の指輪が眩しくも優しい輝きを煌めかせていた。




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