その日、ラプラスは珍しい人物に相談を持ちかけられていた。
「……というわけなんです! ラプラスさん! アイズさんが他所の【ファミリア】の誰ともわからない男と歩いていたんです! ラプラスさんから、注意してあげてください!」
その人、エルフのレフィーヤ。アイズに憧れる魔導師なのだが、今日の彼女は非常にご立腹な様子だった。理由は簡単で、アイズが見知らぬ男と一緒にいるところを目撃したからだ。アイズが大好きな彼女のことだ、ショックは計り知れなかったのだろうが。ラプラスはある疑問を投げかけた。
「ふむ、レフィーヤがアイズを心配しているのはよくわかった。だが、何故おれに話したんだ? それこそ、ベートやティオナ達に言った方がいいのではないか?」
「ダメですよぅ……ベートさんに言ったら相手が死んじゃいますし、ティオナさん達は絶対冷やかしに行きますもん!」
「……確かに」
ラプラスの脳裏にはアイズのことが大好きな狼人が見知らぬ誰かにガンを飛ばす姿と、下世話なアマゾネスの姉妹がちょっかいを出している姿がよぎった。
「ふむ……アイズが易々と【ファミリア】の情報を教えるとは思えんが、一応釘は刺しておくか。だが、あまり期待はしてくれるな」
ラプラスはそもそも自分も他の【ファミリア】とは懇意にしている立場なため、アイズにこれと言った注意をするつもりはなかった。そして、アイズが【ロキ・ファミリア】に関して情報を漏らすなんてことが起きるとも全く考えてはいなかった。しかし、それをレフィーヤにそのまま伝えては相談された意味がない。数瞬考えた彼は、彼女達にとって悪くない案を思いつくとポンと手を叩いた。
「よし、レフィーヤ。お前はアイズと修行するといい」
「はい〜!?」
そもそもレフィーヤはアイズが取られたように感じたことからわざわざ相談してきたのだろうと考えたラプラスは、レフィーヤが驚いて固まっていることに気付かずに淡々としていた。
「レフィーヤはアイズと一緒にいたいんだろう?ならば、早速頼みに行ってくるといい。アイズのことだ、嫌な顔はしないだろう」
「……ほ、本気ですか、ラプラスさん!?」
「いい案だと思ったのだが……」
レフィーヤの強い語気に途端にしゅんとした表情を浮かべるラプラス。こういう所がアイズさんと似ているんだよなぁとレフィーヤは思いつつも、ため息を吐き、その案を受け入れた。
「はぁ……わかりました。……頼んでみます!」
「ふむ、健闘を祈る。……もしダメだったら遠慮なく言ってくれ。おれのツテでその分の補填はさせてもらう」
「あ、いえ、そこまでしてもらわなくても!でも、ありがとうございました!頑張りますね!」
ラプラスにこれ以上迷惑をかけられないとキラキラとした笑顔でラプラスの下を去っていくレフィーヤを見送ると、彼はふと思い出したことがあった。
「……む、そもそも相談されてたのは違った内容だったような……」
まあよかろう、レフィーヤも喜んでいたと気持ちを切り替えたラプラス。まだ正式に発表されたわけではないものの、ダンジョンに行くことが確定している彼は、本日ある人物を訪ねることになっていた。
◇
迷宮都市オラリオにおいて、昼夜を問わず活気に溢れている場所の一つが、北西のメインストリートである。ここはダンジョンに向かうための
「相変わらず、この時間帯のこの道は凄い人だな」
「久しぶりに来ると良いもんだろう?」
「……うぇ〜若干二日酔いの頭に響くわ〜」
都市最大派閥の主神と団長が連れ立って歩いていることで、必然的に視線が集まっているのだが、当の本人達はあまり気にしていない様子だった。ロキやフィンはそもそもそういった視線に晒されることは慣れており、ラプラスも心が乱されることがなければ、他の人々にどう思われていようともあまり気にしない性格だった。
「それで、今日は【ヘファイストス・ファミリア】に行くわけだけど、ロキ、そんな調子で大丈夫かい?」
ふらふらした足取りのロキに思わずフィンが声を掛ける。仮にも都市最大派閥の主神が出向くのだから、お互い懇意にしているとはいえ、それ相応の態度で望まなければならない。そんなフィンの心境を感じ取ったのか、ラプラスはロキの前に進むと、そのまましゃがみ、ん、と背中を指した。
「このままでは着く前にロキがダウンしてしまうからな。ほら、早く乗れ」
「うわああああああんんん!!ありがとな!!好きやで〜!!ラプラス〜!!」
「おれも好きだぞ」
ぴょんと元気よくラプラスの背中に飛び乗ったロキは彼の背中の上で意気揚々と右手を上げた。
「よし、出発や!ラプラス号!このままファイたんのとこまで突っ走れ!」
「案外元気そうで良かったよ」
少々呆れた様子のフィンを気にせず、ゴーゴー!と途端に元気になったロキ。耳元で騒がれて少しおんぶを後悔しているラプラス。特にペースは変わることなく、朝の喧騒にも負けないほど賑やかに、そしてゆったりと彼らは【ヘファイストス・ファミリア】のホームに向けて歩みを進めていった。
◇
【ヘファイストス・ファミリア】ホームにて、ロキ一行は、所謂VIP対応の応接間へと通された。幹部と主神クラスでなければ立ち入らないであろうその部屋は、美しい装丁に、高級な家具が設えられた部屋であった。
「こんな部屋、初めて来たぞ」
「ラプラスは来るのは初めてかもね。僕達も普段は鍛冶場に直接赴くことが多いんだけど、今日はここで話をするみたいだ」
初めて訪れた部屋に少しそわそわしているラプラスにフィンは少し苦笑する。そこに、部屋を歩き回って見ていたロキが話しかける。
「か〜、相変わらずええ趣味してるわ〜ファイたんは。見てみい、ラプラスこの壺。これいくらくらいするんやろなあ。うちもこんなん欲しいなあ。買おかな?」
如何にも高そうな壺をしげしげと見つめていたロキは、すぐに自分の部屋に合っているのかを考え始めた。
「これうちの部屋に合うと思う?」
「やめとけ、ロキ。そういうのは一つで魔剣を買えるほどの値段がすることもある」
「うげ、マジか〜。くぅ〜今遠征前やからお金ないしな〜。しゃーない我慢しよ」
ロキが渋々壺の購入を諦め、椅子に座り直した所で、客室の扉が開いた。やって来たのは赤髪に眼帯をしているが、覆われていない部分からもわかる造形の完成された美しい女神。そして、そのすぐ後ろからこれまた眼帯をしているが、服装が上半身はサラシを巻いただけ、さらに熱気を帯びていることから、先程まで鍛冶場にいた事が見て取れるハーフドワーフの女性が入ってきた。
「遅れて申し訳なかったわね。この子が今日のことを忘れていたらしくて」
「いや、主神様。忘れていたわけではなくて、覚えていたが、熱中してしまってつい時間を確認しなかったと何度も」
「はいはい、言い訳はいいから、取り敢えず謝りなさい」
主神にすげなくあしらわれた団長は直ぐに頭を下げてラプラス達に謝罪をした。
「いや、申し訳ない!かの【ロキ・ファミリア】を待たせてしまうとは、なんとお詫びすれば良いのやら」
「いやいや、頭を上げてくれないか。君達の時間を割いてもらったのはこちらなのだから」
「おおそうか、それはありがたい!ほら、主神殿。フィンも許してくれたぞ」
フィンが言うや否や、パッと顔を上げ快活な笑顔を見せる【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿・コルブラント。彼女の悪びれない様子にロキは笑い声を上げた。
「あっはっは!相変わらずおもろいな〜椿!ええよええようちらの仲やん、ファイたんも許したげて。まあどうしても言うんならそのええ乳揉ませてくれるんならもっと許したる!」
「おお、いつも言っているが欲しいならくれてやるぞ!でかいだけで邪魔なだけなのでな」
わきわきと手指を動かしていたロキは椿の無意識であるが鋭い返しにダメージを受けてその場に倒れた。あとのことは任せたで……と死にかけの体のロキを無視してヘファイストスが話を進めた。
「……それで、今日は遠征の打ち合わせでいいのよね?珍しい子がいるみたいだけど」
はぁ、とため息を吐いたヘファイストスは、今日の目的について確認すると同時に、ラプラスがいることに疑問を浮かべた。普段の遠征の打ち合わせには基本ロキとフィンの二人が来ており、ラプラスが共に来たことは一度もなかったからだ。
「そうなんよ、そのことでちょっち話があるんやけど…「おお!!坊主ではないか!元気にしていたか!」
ロキの話を遮り、ラプラスに気さくに話しかける椿。その勢いに、ラプラスは少し嫌そうな顔をした。
「……久しぶりだな、コルブラント」
「そんな他人行儀に呼ぶでないぞ!昔みたいに椿姉さんと呼んで良いのだぞ!」
「昔の話はやめろ!……これだから会いたくなかったんだ。って、うわ」
顔を少し赤くしたラプラスは近づいてきた椿により、首に腕を回され、頭をぐりぐりと押さえつけられた。
「はっはっは!相変わらず愛い奴よ!恥ずかしがらんでも良いというのに」
Lv.差により、全く抵抗できないラプラスはそのまま無駄な足掻きを続けるが、ロキはその様子を微笑ましく見ており、フィンは苦笑するも止める気配はなく、やっとヘファイストスによってラプラスにとっての暴挙はとめられるのだった。
「……うぅ。酷い目にあった」
ボサボサになった頭を両手で押さえ、すっかり縮こまったラプラスはジトっと椿を睨んでささやかな抵抗を続けた。
「やりすぎよ、椿」
「いや、すまんすまん、久しぶりに会った弟分につい嬉しくなってしまってな」
笑う椿に反省している様子はなく、ラプラスとヘファイストスは揃ってため息を吐くのだった。そしてようやく本題の遠征について話し始めるのだった。
「やっと遠征の打ち合わせが始められるわね。今回はうちの【ファミリア】からも何人か遠征に同行させることでいいのね?」
「深層でめんどくさいのが出てなー。ファイたんとこの子、ちょっち借りてくな」
「む、それは初耳だな」
【ヘファイストス・ファミリア】の同行を初めて聞いたラプラスはフィンに経緯を聞いた。
「そういえば、ラプラスにはまだ言ってなかったね。君にも話したあの芋虫型モンスターだけれど、現状僕達には打つ手がない。そこで、なるべく武器を消耗しないために、彼女らの力を借りようというわけさ」
「武器を溶かすとは、なんとも鍛治師泣かせなモンスターよのう!」
「……確かに、ここの上級鍛治師達なら、なんとかなるかもしれんな」
ふむ、と考え始めたラプラスを余所に、遠征の打ち合わせは滞りなく進んでいった。主にロキ、フィン、ヘファイストス、椿の四人が話を進めていき、ラプラスもその会話を聞いてはいたのだが、直接関わり合いのない遠征の話にはあまり口を出さないでいた。
「……よし、遠征についてはこの辺りでいいだろう。ところで、今日彼を連れてきたわけなんだけど」
「おお、そうだ!そういえば何故坊主を連れてきたのだ?」
すっかり蚊帳の外だったラプラスは突然話を振られながらも、魔法を発動し、
「……これの整備を頼みたい」
「……!これは!」
「おお!いやはや久しぶりに見たな、してどうして急に整備しろなどと」
その武器を見た鍛治師の一柱と一人は驚きの表情を浮かべ、椿はラプラスにその真意を問いただした。
「深い理由はない。ただ、ダンジョンに行く事になったのでな。
「ふうむ、主神様。是非この武器は手前に打たせて貰えないだろうか。頼む!」
椿の強い嘆願にヘファイストスは首肯した。
「ええ、構わないわ。それに、これを整備できるのは、恐らく貴方と私だけだろうしね」
「……一応錆びつかない程度には使っていたが、やはり劣化しているはずだ。よろしく頼む」
「うむ、任せておけ!遠征に合わせて整備はしておこう。主もこれに負けぬよう精進しておくのだぞ」
「……元よりそのつもりだ」
ふい、と椿から視線を外したラプラスを見て、椿は笑みをこぼした。
「よーし、これで今日の用はおしまいやー!ファイたん忙しいとこほんまにありがとうな」
「いいのよ、ロキ。これからもご贔屓にね」
「それじゃあ椿。また遠征の際はよろしくね」
「こちらこそ最高の武器を用意しておくぞ」
それぞれ別れの挨拶を済ませると、椿はそそくさと帰ろうとしていたラプラスの真正面に移動すると、頭をわしわしと撫でてきた。
「なにする!やめ……!」
「いいか、坊主。手前が最高の形に戻したあの武器を使えば、きっと主の力を認めるものが出てくる。そして同時に武器だけの強さだと言ってくる者も。しかしな、これだけは忘れるなよ。主の強さは武器の強さだけではない。主が努力し、積み重ねたものがその強さの根底にあるのだ。武器はあくまで、主の強さを引き出す為の道具にすぎん」
長身の椿であるが、ラプラスからは少し見下げるくらいの背の高さになる。ラプラスは椿の目をじっと見つめると、観念したように目を瞑り、息を吐いた。
「……コルブラントにしては珍しいことを言う。さては偽物だな?」
「この生意気な坊主め!主の為を想って言ってやっているというのに!」
ぐりぐりと力を強くした椿に、為されるがままのラプラス。暫くすると、椿は頭を撫でるのを終え、ホームへと戻っていく。その後ろ姿に向けてラプラスはぼそりと聞こえるか聞こえないかの声量で声を掛けた。
「……ありがとう」
オラリオの喧騒に掻き消され、その声が届いたのかは定かではなかった。しかし、その日から時々【ヘファイストス・ファミリア】には差出人が不明の椿の花が贈られることがあったという。
これからも創作意欲が湧いた時にふとした瞬間に更新します。やってんなーくらいの気持ちで見て頂ければ幸いです。次の更新いつになるやら……
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