以前バスケに使えないかと練習していたパルクールの動きがこんな所で役にたつなんてなぁ。
そのまま直線で逃げようとすると追いつかれかねないため、あえて障害物のあるところを逃げる。
九井奈さんの先導の元、津波のように押し寄せる喪女の成れの果てを躱していく。
追いつかれそうになると、彼女はどこからか取り出したものを、さも撒菱か何かのように背後に放り捨てる。
「ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛」
「テ゛ィ゛ッシ゛ュゥウウ」
それは白い薄紙を丸めたものだった。
俺たちに追いつきそうになった数人が、そちらに飛びつくことで後続を巻き込んで転倒する。
大事故になってないか冷汗が出るが、背後からは相変わらず元気そうな声が聞こえてくるので大丈夫そうだ。
「やはり長谷川様の使用済みスメルは効果抜群ですね」
あえて何の使用済みかはこの場で問わないでおこう。
「何故九井奈さんはそんなものをこの場にお持ちで?」
「こんなこともあろうかと、メイドの嗜みですわ」
アッ、ハイ。
考えたら負けなのだろうか。
再び九井奈さんが何かを投擲した。
今度は右前方に手裏剣のように投げられたそれらは、設置された椰子の木に突き刺さる。
「九井奈さんあれは⁉︎」
「先程長谷川様がお使いになった割り箸と爪楊枝でございます」
「あれは⁉︎」
「今朝使用された歯ブラシでございます」
「……あれは?」
「昨日穿かれていたパンツですね」
…………あぁ、そう。
淡々と述べる九井奈さんに、怖くて俺は何も言えなかった。
「長谷川様、あちらにスライダーが見えますか?」
「ええ見えます」
「ではそちらに向かって天辺まで登ってください。屋根の上まで」
ええ、あんな高い所まで?
確かに一時的にはこの状況から逃げられるけど、逆に逃げ場が無くなって詰みそう。
「さぁお早く!」
「解りました!」
迷っていても仕方ない。
ウォータースライダーの入り口に到着すると、階段を駆け上がる。
下から思考能力を喪失して、うーあーしか言わなくなったゾンビ(死んでない)が迫ってきている。
反転して入り口のフェンスの扉を九井奈さんが閉めてくれたが、あんなフェンスなど数秒で乗り越えられる。
案の定、俺が上へ逃げる時間を稼いでくれたが、彼女の姿は見えなくなった。
畜生、九井奈さんの犠牲は無駄にはしてはいけない。
せめて子供たちは無事でいてくれ!
「は、長谷、お客様はアァァアー⁉︎」
「係の人ー⁉︎」
ウォータースライダーの係のスタッフさんは理性を保っていてくれていたのか、俺を見るなり庇うようにゾンビ(だから死んでない)の前に立ちはだかったが、速攻で人の波に飲み込まれた。
くっ、貴方の犠牲は忘れない。
プロ根性的なサムシングで稼いでくれた時間は一秒にも満たなかったが、お陰で数メートルの余裕ができた。
このまま頂上まで駆け上がる!
決意を固めた矢先に、首筋がチリチリと危険を訴えてくる。
本能的な何かに従って、階段の外に目を向ける。
「なん……だと……⁉︎」
オオォォオォオオオオ
そこには、まるで他者を足場に蜘蛛の糸を掴もうとする亡者達の姿。
組体操なんて綺麗なものではなく、互いを足場に上へ上へとよじ登り積み重なった彼女達は、痛みを感じていないのか、目を爛々と赤く光らせこちらに向かってくる。
階段を使うからこそ、一度に接敵しそうになる人数が少なかったのに、こいつらショートカットしてくる気だ。
下手をすると挟み撃ちにされかねない。そうなってしまえば詰んでしまい人生が終了する。
「くっ……」
一体の亡者が飛び移ってきて、ビタンと音を立てて階段に叩きつけられた。口の端から涎を垂らしグヒッグヒッと鳴くそれは、元は40代に差し掛かってお肌の曲がり角を気にしながら、仕事が恋人だと普段自分に言い聞かせてきた生真面目タイプに見える。
しかし、知性を感じさせていたであろう眼鏡はレンズが粉砕され、フレームが歪んでいる。
瞳には知性の代わりに痴性を宿していた。
この世界は狂っている。
「名のある主とお見受けする!鎮まりたまへ!」
俺の言葉も相手には届いていない。
まるで蛇や蜥蜴のような爬虫類染みたぬるりとした動きで飛び掛かってきた。
それを階段の手摺りに一瞬飛び乗り、そこを蹴って跳躍する。
三角跳びの要領でなんとか回避できた。
しかし、安堵している暇は無い。
下からバタバタと階段を集団で駆け上がってくる音がする。
それに加えて、ビタン! ビタンビタン!! ビタンビタンビタン!! と次々に階段に亡者が飛び込んでくる。
「うおおおおおぉ⁉︎」
なんとか挟み撃ちだけは免れているが、本当にここへ逃げ込んで正解だったのだろうか?
階段から登ってきたやつらを上に引きつけてからスライダーで滑って下へ逃げるかとも考えたが、もし出口に集まっていたら私を食べて状態になるだろう。
……いや、そもそもスライダーを逆流する形で登ってきているやつらもいるようだ。
最早普通に来れる場所の一番上まで来た。
あとはもう、屋根の上くらいしか残っていない。
「ふっ!」
落下防止の柵に登って、屋根の縁に指をかける。
懸垂と逆上がりの要領でくるりと回転させて、一か八か屋根に移動した。
やっべえ高い。
人がいることを想定していないそこは、丸みを帯びた屋根の形をしていて、思いの外つるつるしている。
高さはビルの四階くらいはありそうか?
落ちたら死ぬな。
よくこんな高さのものを屋内施設に作ったもんだ。
「ん?」
遠くの地面、スライダーに集る喪女の群れから離れた所に九井奈さんがメイド服を着てカメラをこちらに向けていた。
良かった、無事だったのか。
しかしあのエロボディスーツからまたいつのまに着替えたのか。
『長谷川様、無事頂上へ辿り着かれたようで何よりです』
「九井奈さんも、無事だったんですね」
『ええ、メイドですので』
「他のメイドさん達は無事じゃなさそうですが……」
チョーカー型のイヤホンから九井奈さんの声が聞こえた。
その声に緊張はなく、いつもの彼女の声だった。
『自分からこの任務に志願しておいて、だらしのないもの達です。お恥ずかしい』
はぁ、と小さく呆れるように彼女の溜息が聞こえた。
『何はともあれもう間もなく迎えが来ますので、ご安心ください……ほら、言ってるそばから来たようです』
「えっ?」
その言葉の直後、大きく重たい物を動かすような重低音がプールに鳴り響く。
天井が、ゆっくりと開いていく。
その開かれた隙間から、滞空するヘリが一機。
「おぉ……」
ヘリの扉が開かれ、ロープ式の梯子が垂らされる。
まさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸。
扉から顔を覗かせるのは真帆だった。
拡声器を持って『すばるん助けに来たぜ!』と格好いい事言ってくれてる。
やったぜ、これで助かる。
カプコ○製のヘリじゃないからな、墜落なんてしないぜ。
梯子が屋根に近づいてきたので、さっさとこんな場所からはおさらばだ。
「よっ。助かったぜ真帆」
『へへ……あ』
飛び移って安堵の息をついた後、ゆっくりと上昇していく。
屋根から数メートル離れてすぐに、いきなり重くなった。
具体的には腰の辺りから何だか柔らかい物が……ゲェ⁉︎
「スゥゥバァアリュゥゥァア」
そこにいたのは、大胆なビキニを着こなす女の子だったもの。
どうやら細く積み上がった亡者の山を足場にして、驚異的な跳躍力で飛びついてきたらしい。
豊満な胸を押し付けながら、俺の足にしがみついている。
年は俺と同じくらいだろうか、しがみつくというよりも、このままでは落ちるのもお構い無しにこちらの水着を脱がそうとしてきた。
くそっ、危ない! 落ちる!
なんとかふり解こうとして足をバタバタとさせるも振り解けない。
「放……お前、葵か?」
そこで初めて、俺は女の顔をちゃんと見た。
暴れ回って髪はボサボサだが、一応ポニーテール。
顔が欲情して歪んでしまっているが、本来は端正な顔立ちを思わせる。
理性を失い赤く爛々と輝く瞳には、色欲の他に微かだが何か別の……例えるならば遠くに行ってしまう友人や恋人に焦りだとか寂寥感とか、それに加えた嫉妬心、独占欲、少しばかりの純粋な恋心、そういうものがある。
他の亡者と違い、瞳からポロポロと涙を流していた。
「なんで葵が……今日学校じゃあ……」
今日は平日、真面目なこいつがサボってまでついてくるなんて。
俺が子供達とプールに来ることに危機感でも覚えたか?
その割には邪魔してこなかったし、ナンパしてきた女の中に葵の姿は無かったはずだ。
まさか、影ながら俺を他の女から守っていたとでもいうのだろうか。
「葵、お前……正気に戻るんだ! まだ人間に戻れる!」
「スゥバァルゥゥウ……」
微かに残った彼女の人間性に語りかける。
こいつは、俺の幼馴染なんだ。
俺の下半身の苛立ちを鎮めてくれる心のズッ友なんだ。
きっと真摯に語りかければ、意識を取り戻すかもしれないんだ。
彼女の両手が、俺の水着の腰の辺りを掴んだ。
人間一人分の重みがかかり、ズリズリと水着がずり落ちる。
ゴムが限界に近い伸び方をしてる。
このままでは落ちちゃうじゃないか!
ポロリもあるよになっちゃうじゃないか!
どこに需要があるっていうんだ……この世界じゃ需要だらけだよいい加減にしろ。
「葵、落ちるぞ! せめて足に掴まれ!」
「スバァルゥノオチン……アッ」
無理矢理俺の水着を脱がそうとした葵の額に上空から何かが飛来した。
狙い澄ましたかのように葵の額をズキュゥウン! と強打したのは、見覚えのある水鉄砲だった。
不意打ちのようなそれに痛みを感じたのか、彼女の首は大きく後ろにのけぞった。
この空中でそんな体勢になればバランスを崩すのは必然。
ずるり、と水着が落ちていく。
掴んでいた一人の少女と共に。
やけにスローモーションに映る世界の中で、亡者の群れへと落下していく葵と目が合った。
水着を剥がされた事で露出した股間のアナコンダが、喪女を憐れむように下を向いたまま、さよならバイバイと言いたげに左右に揺れる。
落ちていく彼女の瞳に一瞬理性が戻ると、鼻から血を噴き出した。
赤い軌跡を描きながら、再び情欲の炎を瞳に宿し、俺の水着を口に咥えて亡者の中に沈んだ。
ちなみにヘリの扉からこちらを見ていた真帆は顔を真っ赤にし、智花は投擲ポーズのまま赤面して鼻血と涎を垂らしていた。
たぶんこちらからは位置的に見えないけど、他の3人もヘリの中にいるのかな?
相変わらず地上では九井奈さんがカメラを構えていて、離れた所ではボロボロになりながら復活した他のメイドさん達が俺のタキシード仮面ばりにブーラブラーする息子を見て、それぞれ並んでガッツポーズをしていた。
外人4コマかよ。
羞恥心を通り越して悟りを開きそう。
ちんちんぷいぷい、どーにでもなーれ⭐︎
最早嘆いても、俺が衆人環視の中の空を全裸で飛んでいる事実は変わらない。
ヘリが移動し始めたので、片手で梯子を掴むのはバランスを崩しそうになるため、安全のためには両手で持たなければならない。
つまりTPOをわきまえた行動ができず、野生のままの姿を曝け出すしかないのである。
仕方ない。
ニッポンジンならスッポンポンだな(意味不明)
後日。
色々とトラウマになりそうな事があったが、怪我の功名というやつか。
子供達の脳裏には、あの喪女の暴走より俺のアーボが上書きしてインパクトを残したらしい。
これもこの世界ならではなのかな。
先の事件では逮捕者を多く出したが、全員檻の中にするには収容限界を大幅にオーバーしている人数だったために、そのほとんどが厳重注意で説教のみで帰されたらしい。
「らしい」と語っているのは俺が全てを聞かされたのは数日後だったからだ。
爽やかな笑顔で空中散歩と洒落込む事になった俺は、安全な場所に到着した途端に命の危機から解放されて、こう、ね?
精神的にも不安定になってさ。
少女達も俺の命の危機やら貞操の危機やら、発情して襲い掛かる獣の群れを見たことで、幼いながらも眠っていた雌の本能が刺激されたんだってさ。
まぁ、何人か元々目覚めてたでしょって娘はいたけど。
んでもって、誰かに奪われる前にっていう親とかも利害が一致したらしくてさ。
ちなみに俺の意志は聞かれていない。
元気になる薬(合法なやつと言い張ってた)を俺達6人の食事に盛られ、俺自身を子供達のデザート(むしろメインディッシュ)に提供された。
なんか前の世界のエロ漫画で読んだ合体しないと出られない部屋的なシチュエーションに放り込まれてさ。
部屋の中央に6人どころか10人乗っても広そうなベッドと、備え付けの小型冷蔵庫のみな部屋。
薬の影響か、ぼーっとしていた俺に智花が見事なタックルをしてきてベッドに押し倒された。
俺を見下ろす彼女達の笑顔。
そこからなんかプッツンして記憶がない。
目が覚めると、床に落ちていたスマホの画面に表示されていた日付が翌々日の朝になっていた。
周囲には全年齢作品としてもR15としても適さない姿の智花達。
謎の光ー、仕事してー。
幸せそうな彼女達の寝顔を見ながら、現実逃避気味にそんなふざけたことを考えてみる。
先輩、俺もお巡りさんのご厄介になりそうです……
あぁ詰んだわこれ。
そう思ってたんだけど、部屋から出たら何故かクラッカー鳴らされて祝福されてさ、なんか数日後には結婚式になってたんよね。
法律もなんか智花達の年齢でも結婚できるように変わってた。
なんで国会で議論もなしに変わってるんですかねぇ……
まるで俺達に考える隙を与えないかのような怒涛の勢いで事態は進む。
今?……今日は結婚式で着用するスーツやドレスの試着だった。
真帆のお母さんがデザイナーしてるからか、めっちゃこだわって作られたらしいんだけど、なんかウェディングドレスってエロい、エロくない?
露出は少ないんだけどなぁ。コルセットとかレースとかね。
ムラムラしたのは俺だけじゃないようで、まぁ、ちょっとくらいならバレないかなぁとか思ったんだけどさ。
ドレスの生地も基本は白いし。
けど性の喜びを知ってしまったこの世界の女の子が、ちょっとするだけで満足するわけもなく、6Pしてたらそらバレるわな。
恥ずかしがり屋の愛莉が一番やってる時の声大きいのには、愛莉のお母さんも驚いてたけど。流石に怒られたわ。
まぁ、なんやかんやあったけど…………俺、結婚します。
END
長く放置してしまったりの作品ですが、とりあえず完結させたいと思い、なんとか書きました。
かつて赤ん坊だった友人の子供も、今では大きくなりました。
お母さんの、キンプリみたいな王子様のようなルックスに育てたいという思いとは裏腹に「パワー!」とムキムキマッチョな芸人の真似をしていました。
まぁ、作者が教えたんですが。
これまで思いつきで始めたこんな作品ですが、気長に読んでくださった皆様、ありがとうございました。