二度目の初恋を月の下で   作:檻@102768

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回想
理想の成就の舞台裏


 千里眼。眼球の形をした魔術礼装。

 最高位の魔術師の証。”世界を見通す眼”を持つものにとって、この人の世は一枚の絵画のように映るという。私の世界に対する意識はそれに近い。世界というパレットに乗せる色を自在に作り出せる私には、下絵(せかい)の希少さというものが認識できない。色の違いで生じる価値を、価値として理解できない。

 

 唯一の魔術師として成立した時からついぞ、共通の視点の持ち主とは無縁だった。

 

 

 

 

 

 

 私が生まれた時、既に西暦は失われていた。

 人類は永眠するだけのターンに乗っており、後は突き当たりに衝突するフェイズを待つばかりになっていた。

 

 私の人生が始まる前に、世界はとうに役目を終えていて。

 かつて天上に君臨したという神々は遥かな太古に席を失い。

 次点で地に満ちた人々は、現代までどうにか永らえてはいるものの、生命としての体裁も失いつつあった。

 

 人の技術として覇権を握った魔道は、世界の不可思議を暴き尽くす科学に追いやられ。

 天より人に授けられた”火”から始まったその科学すら、失われた情熱に明かりを灯すことは叶わなかった。

 

 

 無論、いずれ(きた)る穏やかな破滅を黙って受け入れようとしていた者ばかりではない。

 情熱が枯渇した筈の現代で、未だ熱意を生まれ持った一部の者たちは、先天的な処置で生活欲を組み込まれたデザインベビーとして生の強制を試したという記録もある。

 

 そして。それとは異なる一握りの者たちは、別方面からのアプローチを試みていた。

 

 

 

 

 「飛び立つ翼がないのなら、空の方に落ちてきて貰おう」という発想の転換。

 

 

 

 未来に向かうことに希望が持てないのなら、

 

 失うこと、過去に埋没することへの絶望に追い立てさせればいい。

 

 

 

 

 魔術。只人の手でも行える現象操作術。

 

 曰く、とうの昔に衰退を余儀なくされた技術。

 曰く、文明の光に照らされ、神秘性(ふしぎ)を失った数多の幻想、その最後の砦。

 

 遠い昔。中世にかつて全盛と呼ばれる時代があり、後はもう尻すぼみな結果しか残らない……と評された、(いにしえ)の体系。

 

 彼らはそれに目を付けた。…………いや、ソレも正確ではない。『種の危機を口実に、挽回のチャンスをモノにした』というのが正しいか。

 元より、それを扱う魔術師とは、人間である前に”魔術師”という在り方を重視していたらしく、存続に関しての情熱は、一族単位で殆ど安定して維持(キープ)していたらしい。

 

 

 …………情熱、というよりかは。

 

 先祖代々の積み重ねを、自分の代で台無しにする責任からの逃避だったらしいが。

 

 

 

 ただひたすらに後裔に押し付け、その場凌ぎを繰り返していく呪縛を抱え、その呪縛に次代への希望を支えられる種族。

 「お前がこれから学ぶことは、その全てが無駄なのだ」――――そんなどうしようもない無為を省みず、なおも邁進し続ける求道者たち。

 

 

 私はその末裔としてかつての都市の住民権を与えられた。

 人類復興委員会の前身。それにおいて、復興は大きく蘇生と維持のセクションに分けられる。

 

 維持セクションは技術や命の喪失を。

 蘇生セクションは文字通り、失われていたものを取り戻す。それは感受性の話であり、文明の話でもある。

 

 失われたと言っても、何も跡形もなく消え失せた訳ではない。伝え聞く形骸を発掘し復元するのが蘇生セクションの主務だった。

 

 

 私は蘇生セクションに回された。人類を蘇生する為に発展は必要だ。今の歴史が未来に向かっていない以上、過去から採掘する事ほど文明の水準向上に有効な手段はない。

 

 童謡(ナーサリーライム)御伽噺(フェアリーテイル)民間伝承(フォークロア)

 英雄譚(サーガ)叙事詩(エピック)神話(マイソロジー)

 

 魔術、オカルティズムは科学の光が星を覆うまでもっとも強大で、最先端の”文明”だった。

 私はその復古と、存続を任された最後の一人だ。

 

 

 

 

 

 

 私の生まれた世代は、保持し続けた魔術が遂に畢竟へと至った世代でもある。

 

 何せ最初からゴール自体は見えていたのだ。ゴールとは言っても、一歩でも他に先んじてテープを切るレース形式ではなく、ひたすら足を止めずただただ走り続ければいいというシャトルラン形式だったが。

 元々は”  ”に繋がる鉱脈の中でも比較的太い流れを保つが故に、遡る経路に採用されていたルートだったが、それが事ここに至って現実味を帯びてきた。

 魔術とは、使用する者の数に反比例して力を薄めていく。逆に言うのなら、使う者さえ減ればそれだけ極みに近づけるという事。

 

 

 

 すなわち。他の全てが脱落すれば。ただ最後に立ってさえいれば。

 

 全ての支流は自ずと一本に集約され、至上命題である”  ”に至れるのだ。

 

 

 

 だが至るまでの道のりは過酷を極めた。体感していないが、そうであると私は聞かされている。

 苛烈な足切りは常に行われていた。なに、外部から働きかけるまでもない。人類から情熱はとうに失われていたのだ。ぶらさげられる(にんじん)も無く、鞭だけで駆け続けられる馬がどれだけいるだろう。

 また一つ、さらに一つ……と、時を経るごとに夢を諦め潰えていく同志達(うらぎりもの)。もういい。我が子にこれ(・・)を続けさせたくない、という人類の弱音の発露だとある魔術師は蔑んだという。

 

 しかし人は共感する機能を持つ。他者の感情は(でん)()する。

 次第に感化され、流されるように最後の一線を超え、歯が抜けていくように棄権していく。

 

 先祖代々を費やした、(おびただ)しいまでの血道の末路。

 無駄に終わる物を正しく無為に仕上げただけの、極々当たり前の無謀の結果。

 

 手を下すまでもなく凋落していく、時代の落伍者同士の競争。

 そんな、益体のない意地の張り合いも、いつかは終わる。

 

 

 残った家もたった一つ。それ以外は皆、固執するだけの狂気も、子に無理強いするだけの気力も失い、歴史の狭間に消えていった。

 縛り上げていた呪縛すらも何もかもを燃やし尽くし、遂には推進力が惰性だけになりつつも、まだ止まる事をしなかった生き残り。

 永きに渡る静かで殺伐とした闘争に、遂に終止符を打ち勝ち残った一族。

 

 それが、私の実家だ。かつての第十七衛星都市に居を構えた一族、その末裔。

 

 ともあれ、飽くなき不屈の精神の(たまもの)だ。

 人類がこの惑星でもっとも栄えた理由の一つを、蘇生セクションのスタッフである私の両親は辛うじて維持していた。

 

 

 両親は私へ引継ぎが終わった後、当然のように永眠を選んだ。

 

 使う者が三人もいては神秘が分割されてしまう。やるべきことはやった。為すべきことは為した。

 最後に。我が子に全てを独占させる、成果を全て次代に委ねることで真に結びとすると。

 希望からも絶望からも解き放たれた両親には、息子(わたし)は未練どころか(てい)よく事後処理を担当してくれるものでしかなかっただろう。

 

『人類の神秘を保存するのは後継たるお前の役割だ。

 我々は正直、もう面倒になった』

 

 二人はそう言い残し眠りについた。

 

 

 

 

 そうして私は一人になった。

 

 世界唯一にして最高の魔術師。

 

 

 実感のないままに並ぶ者無き栄光を掴んだ、(おだ)てる者すらいないお山の大将として。

 

 

 

 

 私は彼らのようにはなれなかった。

 

 

 ”  ”に到達したからと言って、過去の功績をそっくり相続したに過ぎない私にはそもそも目的意識自体がない。

 当たりしか残っていない(くじ)を引いただけの私に、それの尊さなんてわからなかった。

 そのたったひとつしかない当たりを求めて――――『たったひとつの当たりだけ』にする為にどれだけの者が一生をかけて外れを引き続けたかなど。そんな狂気、(しん)(しゃく)する方が難しい。

 

 

 否――――わからなかったのはそれだけではない。

 そもそもにして、私には『価値』なんてものが理解できなかった。

 

 私は誰とも違うのに。

 同じものを見て、どうして同じ風に感じ、同じ値をつけなければいけないのか。

 それをどうやっても、理解することができなかったのだ。

 

 

 文明の復興の為発掘した一冊。

 かつて読んだイソップの寓話。

 ロバを売りに行く親子の童謡。

 

 連れていたロバにどう乗るかを、無責任な助言に従い台無しにする教訓を授ける道化の話。

 どうしようとも難癖をつけてくる部外者の言に振り回され、見当違いな回答を出した末に大損をする笑い話。

 

 全く以て度し難い。意志薄弱に()()(らい)(どう)もいいところだ。

 所詮事の正否や善悪など視点(カメラ)の違いに過ぎない。アドバイスはそのどれもが正論であり、同時に間違っていたのだろう。

 足りないのは意見でなく、時にそれを跳ね除け、時にそれを許容するかを決断する意思だっただろうに。

 

 どんなものにも理屈も膏薬(こうやく)もつくというのなら、きっと価値もどんなものにもつけられる。

 そのつけ方は千差万別。判断基準は人それぞれ。

 

 

 

 ――――だったら。

 

 そんなのを全て、”知ったことじゃない”と判断することに、何の躊躇がいる?

 

 

 

 ……私はそんな寓意を得た。

 自分はどこまでも自分でしかない。人は自分以外の当事者にはなれないのだと。

 自らの状況に(なぞら)え、落とし込み、噛み砕き、血肉とした。

 

 

 

 最後の魔術師の系譜として、そうする義務(しかく)があると押し付けてきた一対の生き物を覚えている。

 

 魔道の最奥へ、辿り着く権利(せきにん)があると無理強いされた。

 私達の子なのだから、それが背負うべき使命だと。胸を張って誇るべき運命(さだめ)だと。

 

 そう言われつつ魔術を受け継ぎ極める過程で、私に達成感の様なものは欠片もなかった。

 むしろ全てが空虚だった。言われた事をただ成し遂げ、ひたすらに自己記録(レコード)を更新していく日々。

 

 

 ネジを巻いただけで動く、ブリキの人形。当時の自分を例えるならそんな在り方だっただろう。

 向けられた方向に進みはすれど、中身は詰め込むものもなく空っぽで。

 内の重みに足を鈍らせる事もなく、そのくせ外側(みてくれ)だけが頑強で。

 もはや本体とすら呼べる、その装甲すらも薄っぺらだ。

 考えてみれば当たり前だ。守るべき財宝(モノ)も中にないのに、防備を厳重にする理由(ひつよう)がどこにある。

 

 そんな空洞に抱いたのは、成し遂げた感動とは違うモノ。

 

 

 

『――――自分がまだ試したことのないことを、どうしてこの人たちは出来るなんて期待(かくしん)するのだろう。ヘンなの』

 

 

 

 …………内に響いたのは、たったそれだけ。

 

 だってそうだ。意味が分からない。私の事を自分(わたし)以上に知っているなんて理不尽だ。矛盾している。

 私ができるかどうかわからない事を『出来る』だなんて――――それをどうやって、信じればいいんだ。

 

 知ったような口をきくな。身勝手な推測で私を語るな。一体私の何を知っているつもりでいる。

 今こうしてお前達のせいで悩んでいることすら、何一つ知らないくせに――――!

 

 

 空虚ながらんどうに熱が灯る。

 それは奮起する情熱ではなく、焼け付くような苛立ちの炎。

 

 

 …………そんなやるせなさをどうにか抑え(くすぶ)らせながら、私は常に抱き続けていた。

 そして抱えただけだった。吐き出しはしなかった。一度たりとも。

 こんな価値観に凝り固まった両親にどれだけ言葉を尽くしても無駄だというのは、十分に知れていたことだった。

 

 

 言葉とはつまるところ、相互理解の架け橋だ。

 基盤になっている互いのルールを尊重し合う事により、距離を跳躍し縮める事が可能となる。

 

 だが忘れてはならない。

 言葉とは『分かり合う』為ではなく、あくまで『話し合う』為のツールに過ぎない。

 相手をどれだけ尊重していようと、気に入らないものは気に入らないのだ。

 理解できないものは理解できないし、したくないものは受け流すなり否定するなりするしかない。

 痘痕(あばた)()(くぼ)と言えるのは、それが許容できる範囲だからだ。

 

 相手を(おもんばか)り、納得してもらおうと言葉を尽くす事があっても、そうなのだ。

 それすら満足にされなかったのなら、どうすればいいのかわからない。

 

 

 

 望んで生を受けたんじゃない。

 生まれたいと祈って生まれた訳じゃない。

 勝手に産み落としたくせに、勝手に生きる事は認めないなんて冗談じゃない。

 

 堪らない程に業腹だった。

 ロクに意見の共有を図りもせず、『これが最善だ』と強要されるのが忌々しかった。

 

 

 

 

 だが――――

 

 そんな相手でも、一方的な押し付けしかしてこない間柄でも、親は親だ。

 

 

 だから。私は。

 

 

 

 せめてもの手向けと、両親を看取った後。

 

 それを最後に。自分以外の全ての意見を、跳ね除ける意思(コト)にした。

 

 

 全ての景色(カメラ)を一色にできる私にとって。

 全ての色を、塗り潰してしまえる私にとって。

 

 

 ――――あらゆる色を配合し、再現できてしまう私にとって。

 

 

 

 

 世界はもっと、複雑であってほしかった。

 

 

 







 一つの事柄を成立させたければ、それ以外は何もない世界を作ればいい。
 それがどんな不道徳な事でも、不道徳という概念を知らなければ、それは正義だ。
 いや、そもそも正しさの観念すらない。
 あるのはただ一つ。

 その世界が、あまりにも行き止まっている、という事だけ。



 ならば。その行き止まっている世界の、更に極地まで辿り着いてしまったのなら。
 その次は、何を。この期に及んで、何処を目指せばいいのだろう。


 外の世界を知ってしまうのが罪深いなら。
 内の世界しか知らないのは誇り高いのか。

 閉じた世界(そこ)で満ち足りてしまう事を悲劇というのなら。
 外なんて知らなかったのに幸福になれなかった生き物の有様は、喜劇なのか。

 それを素晴らしいと素直に喜べない自分の方が、間違っているのか。


 満たされない。物足りない。あっけない。こんな程度では終われない。
 そんな身に()()()()渇望を。


 こんな狭くて閉じて窮屈な箱庭で。
 全てを平らげ貪り尽くした食卓で。


 どうやって、癒せばよかったのだろう……?





 それを、一体。

 誰に、問えば、よかったのだろう。



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