二度目の初恋を月の下で   作:檻@102768

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月の願いと生命の定義

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 ――――そんなある日のこと。

 

 

 

 こつんと体に何か当たった気がして目が覚めました。

 

 意識を起こすと、驚いたことに並木道を何かが歩いてきます。

 

 

 ずんぐりとした体格。

 

 可動範囲の少ない歩行。

 

 すべすべで単色の肌。

 

 

 およそこの世の美意識とはかけはなれた、冗談みたいな生き物だったのです。

 

 彼女は生まれて初めてびっくりし――――生まれて初めて胸がどきどき(おど)りました。

 

 

 この世界に宇宙人がやってきたのです!

 

 

 なのに期待のカレの第一声は、

 

 

 

「待て、話が違う。なんだって月面に宇宙人がいる?」

 

 

 

 まったくロマンに欠けた感想(もの)でした。

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 彼は都市の機材を使ってかってに生活を始めました。

 「ゆうゆうじてき」というヤツです。

 

 十二時間ごとに彼女のところにやってきては、

 タンクに水素が溜まるまでの間、独り言を続けるのです。

 

 

「■■■」

 

「■■■」

 

「■■」

 

「■■■」

 

「■■■■■■■」

 

 

 (のど)や肺のない彼女は話すことは出来ませんが、彼の独り言を解析します。

 

 彼は、あの青い星(地上)から昇ってきた人間でした。

 

 誰の助けも応援もなく。

 何の見返りも求めずにここに来たこと。

 

 

 

 ある日のこと――――

 彼は何かをブツブツ(つぶや)くと、彼女のドレスを脱がせようとしました。

 

 

 ……が、それだけは全力で阻止しました。

 

 自分でも信じられないけど、彼女の体が思い通りに動くようになったのは、

 コレがきっかけなのでした。

 

 

 

「昨日は申し訳ないことをされた。

 ここが地上なら、今ごろ君は(おり)の中だ」

 

「君には少し、人間の機微を教授しなくてはならないようだ」

 

 

 彼は当然のように彼女の助けを受けながら、こんな(しん)(らつ)なことを言います。

 

 

 それでも彼の語りは新鮮で、ふしぎな親近感があるのです。

 

 彼女にとって、彼は新しい世界でした。

 

 

 

 この状況なら誰であれ、いい人に見えてしまうと思うけど……

 

 こんな素晴らしい方がどうして死の世界にやってきたのだろう。

 

 信じがたいコトですが、彼女は彼のためにそこまで心を痛めたりをしたのです。

 

 

 

 なのでせめてよい暮らしをと、かつてないほど頑張りました。

 生命の原理、原子の法則を()じ曲げるぐらい努力しました。

 

 発声器官を真似て発話も試みますが、彼は聞く耳を持ちません。

 

 むしろ人間らしく話しかければ話しかけるほど、嫌悪感をあらわにしていくのです。

 

 

 彼女の行為はいつだって空回り。

 

 

 それでも……

 

 

”とても素敵なヒトでした”

 

 

”わたしのような石に、生命(いのち)定義(はなし)をしてくれたのです”

 

 

 

 そして体もどんどん変わりはて。

 

 ある日彼に聞きました。

 

 

”わたしはヒトに近づけたでしょうか?”

 

 

「どちらかというと、君の体は(さん)()のようだ」

 

 

 思えば、それが彼の口にした最初で最後の()め言葉でした。

 

 彼女の両足が地表から解き放たれた、はじめての日のコトです。

 

 

 でもおばあちゃん、これは褒め言葉じゃありません。

 嫌味だと思います。

 

 

 でも彼女は、その言葉がとても嬉しかったようなのです。

 

 

 それから十二時間はずっと、(けい)()で出来た自分の体が誇らしかったほどに。

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ここで、もう一区切り。

 

 蜜月と呼ぶにはあまりにも一方的な繋がりだけど、彼女にとっては、最も充実していた時期。

 進化と呼ぶにはあまりにも歪だけど、恋した彼と似た姿に近づけられた、最も喜ばしい時期。

 

 

 程よい所で文を結んで、筆をおき休憩に入った。

 場所は緑を薄く敷いた様に広がる原っぱ。人の手による平坦さとは無縁で、なだらかにでこぼこしている。

 

 少し行儀は悪いけど、執筆の為にと彼がどこからか取り出していた()(づくえ)にもたれかかった。

 腕枕に顔をうずめながら、歓喜のまま得意げに(そら)の下を駆け回った少女の姿に思いを馳せる。

 

 

「お疲れ様。一息つく? よければお茶でも入れるけれど」

 

「んー……いい」

 

 気遣ってくれる彼には悪いけど、それより今は。

 頭までくつろいで弛緩させるより、もう少し思慮を巡らせたい。

 行き当たった疑問を流さず、不可解に身を委ねていたい。体から力を抜いているのだって、思考の方に集中したいからだ。

 

 

 (ほし)に縫い留められたカタチで生まれた彼女が、ソラを望んだ発端を思う。

 (そら)を築き上げるコトを望まれた彼女が、地から飛び立つ祈りを想起する。

 

 遠い遠い昔の回想を、まるで飴玉のように脳内で転がしながら検分するも、不思議は砂糖菓子程単純でなく、自ずと氷解という訳にはいかない。

 増してや頭のてっぺんから爪先まで、甘さだけで出来ている訳もない。

 

 

 

 彼女は何を教わったのだろう。

 

 

 それを聞いて彼女は何を想ったのだろう。

 

 それを元に。彼女は何を願ったのだろう。

 

 

 輝く(つき)そのものである彼女の目に。

 過去の己と決別してまで手を伸ばすまでに、眩しく映った何か。

 

 (じぶん)の表面にあって、月の地平水平の何処よりも遠い遥かな傍。

 

 

 

 確かに全貌は見えている筈なのに、内部にどこか空白を感じる舌触り。

 (つつ)けばカラカラと音を立てそうながらんどうには、彼女の時――――――どんな味が詰まっていたのだろう?

 

 

 

 

「いのちって、なに?」

 

 

 

 

 ――――知らず、そんな言葉が口をついて出た。

 

 それにきょとんとした視線で返す彼。別に口を滑らせた訳でもないのに、見返してきた目が妙にくすぐったくて。

 慌てて取り繕うように、吐き出した疑問を補足した。

 

「ちょっと気になったの。こうして命があって生きてはいるけど、『命が何なのか』ってあんまり考えたことなかったから。

 ……あなた、知ってる?」

 

 

 口伝では、物語の大まかなエピソードしか教えてもらってない。

 だからそういうことを”教えてもらった事実”は知っていても、個別の挿話を掘り下げた”内容の詳細”までは知らないのだ。

 

 彼女が彼を愛するきっかけの一つだろう、いのちについて。

 愛された彼が何を語ったのか。そもそも何を以て愛されたのか。

 

 

 もちろん第一の理由は『話した内容』じゃなくて、『自分に話してくれたこと』自体なんだろうけど。

 

 

 本筋でない、益体のない筈のそれが今、何故だか無性に気になって。

 

 

「何をしてたら命なのかしら」

 

 

 (うた)うように続けた言葉は、果たして。誰に向けたものだっただろう。

 

 間近で水を差す一言もなく耳を傾けてくれた彼にだろうか。

 

 

 

 それとも。

 

 あの月に、命の明かりが一つだけ(とも)っていた時代の契機にだろうか。

 

 

 

 視線を戻すと、彼はどこか遠くを見ている――――いや、何処も見ていない。

 雰囲気から察するに、無視された訳でもなさそう。注意深く目を覗くと、焦点が合ってないのが確認できた。

 

 さっきまでのわたしみたいに、外界を観測する器官を疎かにしてでも、内側に没頭している。

 何度か目を(つむ)っているのは、区切りをつけて頭の中を整理してるのか。

 

 

 その姿に、望んだ答えが得られそうだという予感。つい期待を膨らませる。

 

 

 そのままじいっと見つめながら、彼の言葉が返ってくるのを待った。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「…………うん。これなら、いいかな」

 

 ぱちりと(まぶた)を開いて、分かりやすいよう要点を押さえた一連の流れを見返して再確認。

 (がい)(はく)と呼べるほどの持ち合わせはないが、幸い多少の知識の蓄積はある。

 知っている限りは応えてみようと、渇きかけていた唇を軽く舐めた。浅く一息ついて呼吸も整える。

 

 思考中には気付きつつも放置していた視線を改めて見返すと、余程に待ち侘びていたのかこちらを凝視する少女。幸い傾聴する準備は万端らしい。

 

 遠い昔。彼女の祖が聞いたという生命(いのち)定義(はなし)を、執筆の幕間(つなぎ)として今度は自分が語り聞かせる。

 

 

 

 

 

 

「ヒトが死を怖がるのは死にたくないからではない。変わらなくてはならないから、終わってしまうことを怖がるんだ」

 

 人間がなぜ死を(きん)()するのか。生命は変動を原則とする。

 

 我々の体を動かす神経はシナプスによって繋がれている。肉体にかかる負荷を全て電気信号に換算し反応(リアクション)を返すこれには学習機能があり、受けた情報を”傷”として根幹に刻み込む。そして類似した刺激を受容すると経験から平均値を算出し、差分によって応対の度合いを変えるのだ。

 

 ありとあらゆる現象を未知(しらない)と目を輝かせ、一秒ごとに既知(しっている)と落胆していくあり方。

 自身を媒介に起きた事象全てを記録し、掘り進む(きずつける)行為で穴を埋めるかのように内面を塗り替え続けていく。

 

 

 我々は根本からして、”一瞬前の自分と変わる”ことを前提に設計されている。

 

 

 

「特に増えるという変化(こと)は重要だ。子供を作る、という事はそれ自体の経験に加え、自分の遺伝子の配合(ブレンド)、転換を意味するからね。

 本来生き物は子供を作った段階で用済みになる。

 まだ刺激を受け取っていない無垢な複製が生まれた以上、使い古した肉体を生かすのは資源の無駄だ」

 

 自分にあった異性を選ぶ、より美しい配偶者を求めるのは、心による働きではない。自分の複製に、より幅広い受容性を持たせるための本能だ。

 数だけを求め能率を第一とするのなら、わざわざ(つがい)を求め掛け合わせずとも同一の分裂(コピー)で事足りる。

 

 我々は有機でできた電気回路に過ぎない。人間に感情があるのは、それがもっとも効率が良く、また長続きするシステムだからだ。

 かつて『汝の隣人を愛せよ』という信仰を掲げた宗教があった。自然が(ことわり)のまま正しく暴威を振るい、人が欲望のまま誤った権威を振り(かざ)す地上では、到底受け入れられる余地もない理想論。真面(まとも)に考えれば、机上の空論が地上の現実に敵う訳がない。

 

 しかし、結果はこれを上回った。排斥ではなく受容を基盤とした論法は加速度的に同胞を増やし、最終的には世界の三分の一を手中に収めた最大宗派として君臨したのだ。

 感情、知性は人生を豊かにする為のものではない。(しゅ)(むれ)が覇権を握る為の、もっとも強い武器に他ならない。

 

 

 欠陥のない神ではこうはいかない。神は"ただそこにある"だけのものに過ぎない以上、安定だけを良しとする。完全のまま生まれた彼らは、そこから進化することはないだろう。

 

 

 

「生命は変わり続けなければならない。だからそれを止めてしまう死が怖くて仕方がない。

 しかし子供さえ育ててしまえば、死の幻想から多少は解放される。バックアップを用意できたからね。

 後は勝手に生きればいい。開き直っていっそ死の体験を求めてみるのも、個人の自由だ」

 

 もっとも、地上の人々はその例には当てはまらない。

 人類は心が強くなりすぎたのだ。

 

 味見をする際、いちいち料理を全て平らげる必要はない。少量を皿にとって口をつければ全体の予測はできる。

 ほとんどの不思議を自明にした後、残った不可思議も大差ないと察した彼らは種の存続に縛られなくなった。

 

 自己改革も自己保存も他人事。彼らにとって変動は、本能や義務ではなく、すでに趣味の領域に変化している。

 

 

 

「それでもまだ、趣味であるうちは救いはある。それさえなくしてしまったら、私たちは生命とは呼べなくなる」

 

 (うそぶ)くように生命の成り立ちを解剖し、そう締めくくった。

 

 

 少女はピクリとも動かない。

 おそらくは理解しやすくなるよう脳内で咀嚼し翻訳しているのだろう。虚ろでありながら生気の満ちた、でもピントが合っていない目でやや俯いている。

 

 折角集中している中で腰を折るのも無粋と思い、今日はここまでという事で、早々にその場を後にした。

 

 

 

 

 …………翌日には、放置されたことに気付いて頬を膨らませた少女を(なだ)めるのに少なくない熱意を費やす羽目になるのだが、それはまた別の話。

 

 







 今作では生命は『変わる』事を主軸において進みますが、他の生命の定義については、型月では、

・増える(繁殖する)
・変わる(環境に適応する)
・変える(周囲の環境を住みやすい物にする)

の3つが該当します。
 最初の《増える》は月の珊瑚原作で、最後の《変える》についてはFate/EXTRAですね。


 例えば、温暖な所に生息する猫を寒い地域に連れていくと、保温性を高める為体毛が伸びたりします。これは生命維持に必要な要素を獲得し自分を作り変えていく生体機能ですが、こうした一連の動作を人間視点では『環境に適応する』と表現します。
 Garden of Avalonでマーリンが、「惑星(ほし)というのはその地表で活動する生命によって物理法則を変えていく」と述べていましたが、惑星にとっては「この地表で活動する生命」こそが環境に該当するのでしょう。
 なのでその分身である珪素姫は「増える」機能はなくとも「変わる」機能がある為、元々生命に該当する……という見方も出来ます。

 一方、第三魔法の説明において「物質界における不変不滅は魂のみ」と表記されましたが、『変わるものこそが生命』というのなら或いは、この物質界においてそもそも魂以外の全てが生命とも呼べるかもしれません。移ろいゆくもの。とどまらないもの。安定しないもの。
 石でできた珪素姫すら人間(ミクロ)視点(スケール)では永劫不滅でも、宇宙(マクロ)視点(スケール)では儚い一瞬でしかない。
 生には死が内包されていますが、逆に言えば死なないもの――――死に変動する機能のないもの――――は当然生命ではないんですよね。逆説的に言えば、死がある以上は生命であるという事。
 そして生命の基点、本質である魂こそが唯一生命(いのち)には当てはまらない……というのは実に皮肉(ウィット)を感じさせて面白いです。

 このへんは生命学の未熟さというか危うさというか、曖昧な所の面目躍如ですね。
 腕のないミロのヴィーナス然り、Hollowの花のパズル然り。何でも余白(ゆとり)があった方が妄想(くみあわせ)が捗るのは常ですし。


 このあたり、自ら腕をもいだ女神を「ヴィーナススタチュー」と形容するのは的を射すぎだと思います。なんなんですかあのセンス。

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