第四話までは導入というか、かなり原作準拠です。
それでは、どうぞ。
恋の続きは星の夜から
眉唾な話だけど。私の旦那様になる人は、最後の魔法使いだったらしい。
☆ ☆ ☆
今年もいよいよ終わりの十一回目の満月の夜。
あと一ヶ月で今年は死んで、何の約束もない次の年を迎える。
その時までにわたしたちが生きている保証は、あの透明な
ただいま西暦、たぶん三千年くらい。
人々が生きていくための情熱を失って。
何千年もかけて築き上げた文明を手放して。
お互いに傷つけ合い磨き抜く事も無くなって。
完成する為に生存しているというのに、生存する為に完成を受け入れない。
そんな矛盾から始まった人間の生存は、事ここに至って成就した。
生命としての歩みを進め辿り着くのではなく、歩みを止めてこそ来臨し
誰もが新たな
血で血を洗うような争いが絶えなかった頃から見ればさぞ大層な結果かもしれないが、元より
取り立てて騒ぐようなことでもないし、騒ぐような人も、もういない。
そんな時代の中でまだ誰かを気遣えるマメな人たちからの十何度目かの求婚を跳ね除けて、わたしは今日も今日とて、高台から海岸線を眺めている。
「空に水。水に空。月の空には砕け散った海がある」
光る海に目をやりながら、つい口から零れる祖母の歌。
歌詞に関しては妙に要領を得ないというか、真意を読み取れないというか。何を
わたしに伝えた祖母は夢の中にいるみたいな人だったから、あやふやなのも仕方ないのかもしれないけど。
凪いだ海面を不自然に
アリシマの
撃墜マーク、これにて十六人目。
あの夜よりくどい黒色は、無粋な求婚者に
前代未聞と咎められたけど、今日ばかりは仕方がない。満月にわざわざ訪ねてくる相手が悪い。
「でも残念。空は飛べても、月のサカナはやっぱり無理なのね」
わたしは
何せわたしが所望したものはいずれも『難題』の名に恥じないほど支離滅裂。実在するとも思えない、誰もが聞いたことも無いような一品ばかり。
羽のあるモグラ。
サファイアの実る樹。
水で出来た飛行機。
エトセトラ。エトセトラ。
今回のお題は月のサカナだった。
月は一方通行の世界だ。行く方法はまだ残っているらしいけど、帰ってくる方法がないらしい。行くだけなら現実的だけど、戻ってくる事はできない。生きていながら見る事のできる、現実的な死の世界。
同じ地球のこの島に渡る事すら、飛行機なんてものを持ってる限られた人しかできないというのに、月に、さらに居もしないサカナを取ってこいというのだから、アリシマの君が踵を返すのも
けれど誓って、わたしは本気なのである。
難題をこなしたのなら誰であろうと一生を捧げる覚悟。
――――だってそれぐらいでしか、わたしは愛を測れないから。
月の開拓が成功して人口問題をとりあえずやり過ごし、
そんな彼らに訪れた、
人類は、情熱を失ったのだそうだ。
誰もが唐突に全てがどうでもよくなった。
「生存のため」の熱い衝動をすっかり失くした人々。
それが、現代のわたしたち地球人類。
愛をはじめとして多くのが失われたというこの星で、わたしは愛なんてものを自分の内に感じたことがないし、自分が持っていないモノを他人が持っているかもわからない。
その上でわたしを愛するという人がいるから、それを言葉ではなく行動で裏付けて欲しいと思っているだけのこと。
だって、わたしにはそれが本気で分からない。愛というものが想像できない。互いを想い合うというのは本当に気持ち良いことなんだろうか。もっと
このように。わたしが求婚される度に無理難題を押しつけるのは、わたしは自分では愛が測れないから、相手に測ってもらっているだけなのだ。
わたし以上に価値のあるものを手に入れてなお引き替えにできるなら、その人は確かにわたしを必要としているのだと証明できる。
殿方も人間も好きだけど、愛だけは理解できない。
でも、それなりに幸福だ。
それに、現に愛なんてなくったって、太陽と水と空気があれば、なんとなく生きていけるのがわたしたちだし。
目移りしそうなほどに無数の星で満ちる夜空。
己が地表の最果てをも通り越して遥かなこの星に届く程に眩いのに、欠片も目を焼く事のない柔らかな
白。金。銀。赤。蒼。黄。橙。
底なしに深い漆黒に音もなく転がる、七色の粒。
それを収められるだけ瞳に収めて。ひたすらに優しく穏やかに照らしてくれる空と海を背景に、わたしは月下の元で舞い踊る。
「星はまたたく。海はさざめく。人恋しくて珊瑚は謳う。
わたしたちは
――――こんな調子だから、人類ってのは終わったのかー。
どこか達観したように
限りなく当事者ながら他人事めいた胸中の吐露を交えた、そんな独白と共に織りなすステップに。
「おや。己を海月に
こちらの思索を切り裂くかのように鋭く――――ではなく。
思考の間断に滑り込むような。薄く、それでいて気遣いを感じさせる丸みを帯びた、柔らかな声を聴いた。
振り返ると、朝日にも闇夜にも紛れそうにない、極端な色合いの男の人。
目の前に確かにいるはずなのに、その存在を疑いそうになるくらいに現実味がない。
真珠を思わせる滑らかな肌に、冬のないこの島では伝え聞くだけの新雪の如き髪は腰にまで届いている。
そして、あたかも月をそのまま嵌めこんだかと錯覚させる白銀の虹彩。
身に纏うは星の光でも照らされない、どこまでも深い
それで編み上げられた継ぎ目のないローブを纏うその
何もかもを覆い隠し塗り潰すような黒一色の装いと。
それを知ったことではないと言わんばかりに跳ね除ける白の痩身。
解け合わない陰影の輪郭は景色を抑え込み、まるで大気に浮かび上がっているかのよう。
たった1bitだけで表現される魔貌を湛えたその青年は、そう声をかけてきた。
「こんばんは。亜麻色のお嬢さん――――良い夜だね」
「こ、こんばんは…………はじめまして、でいいのかしら?」
「ええ。はじめまして」
例を見ない風貌に少々言葉が詰まりつつも、何とか失礼にならないよう言葉を絞り出した。
ぎこちなかったけど、それににこりと微笑んで返してくる。
向かい合う青年は星に満ちた空と、緑に満ちた陸と、光に満ちた海を、それぞれ流れるように眺めながら、
彼が長々と述べている隙に、思わずちょっと呆けていたのを再起動。内心では軽く
「えと……島の外から来た人? 今までいろんな人に求婚を申し込まれてきたけど、色とりどりに
「…………求婚?」
笑みの形に崩していた相貌を疑問の形に整えて、はて、と首を傾げた。
今まで外から訪ねてくる人なんてその件ばかりだったから、てっきり今回もそうだと思ったけど。この様子では違うらしい。
「ここには、知らない事を探して足を運んでみたんだ。『満月の夜に光る海』が故郷で有名だったので、ふらりと寄って来ようかなと。
結婚も――――確かに
「えっと、あなたは?」
「私かな? かつて文明に追いやられ、その文明すらも粗方放棄された現代では絶滅危惧種な魔術師だよ。
ようやく引継ぎが終わった両親はそっぽを向いた後だからね。きっと地上で最後の一人だ」
自虐と自慢のニュアンスを混交させながら、どこか悪戯っぽく彼は自分をそう形容する。
魔術師。魔術が何かも具体的に聞いたことがないけど、島の外にはそんな人もいるらしい。
とりあえず、島の禁則を確認する。この島は海から入ることが固く禁じられているのだ。
彼の傍に飛行機の類は見当たらないけど、身一つでこの島に来る方法なんてあるのだろうか。
「ここにはどうやって来たの? 海から入るのは禁止だし、空から飛んでこないといけないんだけど」
「なら問題はないかな? 確かに私は
「え?」
「ん?」
二人して首を捻る。
なんだろう。
彼はしばらく押し黙ったものの、益体がないと割り切ったのか思索を切り上げ、真面目な方向に表情を改めて、
「お嬢さん、と声を掛けはしたけれど。
その面立ちや髪の色から察するに、君が
「? えーっと…………多分わたしで合ってる。『姫』とか『お
珊瑚云々はよくわからないけど、と内心で付け加えておく。思い当たる節がなくもないけど、確証もなく声に出すのは躊躇われた。
「結構。噂に違わぬ美人さんだ。
初めて会った現地人第一号が探し人とは幸先がいい」
私の運もなかなか捨てたものではないね、と裏付けが取れたからか顔を綻ばせる彼。
あいまいな返事でも納得のいく答えだったらしく、満足した表情でうんうんと頷いて。
そうしてふと気が付いたかのように、
「……っとと、失礼。やんごとなき身分の御仁というのなら、先までの言葉遣いは改めた方がいいのかな?」
少しだけ焦ったように顔色を伺ってくる彼。
詫びるように言いつつ、厳しめの返答があるまで口調を直すつもりはないらしい。
うん。まあ、別に。
「気にしなくてもいいわ。別にわたしもどう偉いのか知っている訳じゃないし。口調もそのままでいいわよ?」
「では、お言葉に甘えまして」
わたしの穏和な返答に、心なしか固くなっていた肩肘を緩めたみたい。
言ったとおりに初見の時のままの口調で、「お願いがあるんだ」なんて前置きを述べて。
「――――この島に伝わる童謡などの物語を教えてくれないかな。
先程言った通り、未知を求めてやってきたんだ。
できる事なら、私が見たことがないと確信できる、どこにも出版されていないものを」
と。そう続けてきた。
大人びたように落ち着いた彼が、そんな子供みたいな要求をしたからだろうか。
その思わぬらしからさに、思わず相好を崩してしまって。
ごく自然に。その要望に応えたくなっていた。
「あはは。なによそれ。
……それなら一つ、お望みの歌があるわ。おばあちゃんから教わった話だけど、それでいい?」
「口伝とはまた珍しいものを。それなら確かに私が知っていることはないだろうね。
あと、叶うのなら直筆で、文字にして頂けないだろうか。
伝統に従い伝え聞くのも悪くはないけれど、やはり息吹の籠った一品を戴けるのなら越したことはない」
…………こちらが承諾したのを足掛かりに、さらっとハードルをあげてきた。この者意外と抜け目がない。
確かに、カタチにして欲しいという気持ちはわからないでもないけど。でも。
「それは無理よ。わたし、読み書きができないもの」
「なに、問題はない。それくらいこちらでお教えしよう。別に焦るようなこともないからね。
気長にでも構わないから、ぜひお願いしたいな」
…………。
………………。
……………………え――――っ!?
思わぬ食い下がりについ表情が固まる。
…………でも、ここまで積極的に望まれては断りづらい。
それに、断ってまでやりたいこともないし、興味をそそるものを提示したのはこっちだし。
気付くと。期待するような彼の瞳と自分の後ろめたさに圧されるように、首を縦に振ってしまった自分がいて。
こうして。わたしは初めての創作をすることになった。
主人公のデザインは、成長したロングヘア愛歌のモノクロ版です。
細かな理由は登場人物紹介で。
魔術とは『 』に通じる
つまり、『最後の魔術師』とは…………
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