魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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どこで投稿しようか悩んだ末に、結構な長さになりました


第六十四話:母親の苦悩は子供には中々伝わらない

「フェイト! アルフ!」

 

 山猫の使い魔は、雪で覆われた白い地面を走る。

 呼吸が荒くなり、口からは白くなった息が何度も不規則に漏れながらも、二人がいるであろう場所へと一刻も早く向かっていた。

 

 時の庭園へとやって来たトランスたちを出迎えれば、なぜか歩いて来たのは三人ではなく二人。彼女らの後ろを付いて歩いていたはずの人物がいつの間にかいなくなっており、化け物二人は茫然自失。

 挙句の果てが、プレシアからの通信。トランスたちからはぐれた人物――博士がフェイトに接近。

 娘に害虫がぁぁぁ! と主は怒髪でファッキンシャウト。

 

 色んな意味でフェイトの元へと早急に向かわなければならない。

 

 ――無事でいてください!

 

 プレシアとの約定がある以上は何か起こる可能性は低いと思うが、万が一もある。リニスの内心の焦りは消えない。

 不安を抱えたまま走っているうちにフェイトとアルフの元まで到着。

 だが、棒立ちする少女二人の前には白衣の不審者。

 

「くッ……!」

 

 万が一も考え、先端に金色の球体が付いた自分用の杖を右手に瞬時に召喚。いつでも魔法を撃てる準備をしておくリニス。

 

「フェイト!! アルフ!!」

 

 リニスが大声で呼びかけた。フェイトたちはしばし反応が遅れたが、やがて後ろを振り返り、やって来た保護者を見て困惑から喜びに表情を変化。

 

「リニス!」

「リニスーッ!!」

 

 助けてと言わんばかりにリニスに駆け寄る二人。

 金髪の少女とオレンジ髪の少女は明らかに白衣の男を警戒している、というか怯えているようだ。リニスの足の後ろに回り込んで、柱から覗き込むような仕草で白衣の男を見ていた。

 アルフは男に指をビシッと突き付ける。

 

「あ、アイツ! へ、変なヤツ!」

「う、うん!」

 

 フェイトですらアルフの言葉を否定せずに首を強く縦に振って同意を示す。

 何があったかわからないが、二人にこう言われるほどの奇行を目の前の男はしたのだろう。とはいえ、少女たちが何かされたワケではなそうなのでリニスは安堵。

 

「わかりました。怖かったですよね? でも、もう大丈夫ですから」

 

 幼い少女たちの不安を払拭させるように、二人の頭を撫でるリニス。

 

「なにかされましたか?」

 

 優し気な笑みを浮かべ、母のように優しく問う。

 

「ぶつぶつなんかわけわかんないこと言ってた」

「話しかけられて、あいさつ? されたと、思う」。

 

 アルフとフェイトはそれぞれ答え、「なるほど、わかりました」と答えるリニス。

 保護者の登場で不安が和らいだのか、表情がやわらかくなる二人。

 少女たちを安心させた後、リニスは白衣の男へと少しばかし鋭い視線を送る。

 

「フェイトとアルフに、何か御用でしょうか? プレシアはこちらにはいらっしゃいませんよ?」

 

 相手はトランスの関係者なのは間違いない。あまり敵意を見せるような態度は極力避けるべきだ。

 だが、愛しい少女たちに危害を加える、もしくは誘拐、などの疑念を抱かずにはいられない。そうなると、自然と棘のような態度を取ってしまいそうになってしまう。

 ギリギリの感情を抑えるリニスの問いかけに対し、

 

「そうですねー……」

 

 白衣の男はゆったりとした口調で、独り言のように呟く。顎に手を当てて思案している様子。

 話しを聞いたフェイトはリニスの顔を見上げながら、

 

「えっと……リニス。あの人は、母さんの、知り合いなの?」

「え、ええ、そう……ですね。はい。知り合いというか、プレシアの仕事上のお客様という感じですね」

 

 少し視線を逸らしながら真実を誤魔化しつつ答えるリニス。

 フェイトは「そ、そうなんだね……」と動揺しつつも納得してくれたようだ。

 一方、白衣の男は顔を逸らしつつ、うんうんと一人で自身を納得させるようにぶつぶつ言い続け、

 

「まー……そうですねー……一応は、用は終わりました。もう少し詳しく確認したくもありましたが……」

 

 やがて視線をリニスたちへと戻す。

 

「……用事は済みました」

「は、はぁ……そうですか」

 

 相手の目的や真意が読めず、ぎこちない返事になってしまうリニス。

 もしかしたらフェイトに何かよからぬ手出しをしたのかもしれないが、二人の発言から特にそんな様子も見られない。

 

 フェイトに会って話す事が自体が目的だったのか? なんのために? 

 アリシアの代わりにフェイトをデバイスの器にする事はもう知っている。が、それとフェイトと会って話す事に何か関係あったのだろうか。

 とりあえず、今ここで色々考えても疑問は解消されないので、後で監視映像を見ながら推察すればいいだろう。(ちなみに、この後監視映像で確認したが、博士は何が目的でフェイトと話したのかリニスもプレシアもわからずじまいだった)

 

「その……それで、この後はどうします? トランス様と一緒に、プレシアにお会いになるんでしょうか?」

「そうですね……」

 

 また顎に手を当てて視線を逸らす白衣の男。どうやら考え込むとやる癖らしい。

 

「大魔導師と呼ばれる彼女を間近で見るのもいいかもしれませんね。では、とりあえず一度くらいは私も会って――」

 

 そこまで言った時――ビュン! とリニスたちの横を何かが凄まじいスピードで横切った後、

 

「なァァァァにやってんだァァァァァッ!!」

 

 白衣の男の腹にドロップキックが炸裂。

 体がくの字に折れ曲がって後ろに大きく吹っ飛ぶ白衣の男。ズザザザザッ! と背中で雪の地面を削る。

 リニス、フェイト、アルフは急激な状況変化で目が点に。

 

 リニスたちを横切った影――黒いスーツを着た男は、あお向けで倒れる白衣の男に近づき、胸倉を鷲掴む。

 

「テメェェェェエエエッ! 勝手にいなくなってんじゃねェェェェッ!! ガキかテメェは!! 良い歳して無言でいなくなるとか五歳児か!! なんとか言えや!!」

 

 顔中に青筋浮かべたスーツの男が掴み上げた胸倉を何度もぶんぶん揺らすので、白衣の男の頭もブンブンシェイクされる。

 

「すすすすみみみみまままませせせせせんんんんん」

 

 頭をグラグラ揺らせているせいでちゃんと発音できない白衣の男。謝罪こそしているが、その顔には反省の色はなく無表情。

 

「こういう大事な時こそ自分を抑える努力しろや!! ホウレンソウの精神を忘れんな!!」

「わわわわかかかわかわかわかりりりましました」

 

 ――え、えっと……。

 

 とりあえず状況は飲み込みずらいが、スーツの男がめっちゃ怒ってるのだけはリニスにもわかった。たぶん護衛である白衣の男――つまり博士が〝勝手に〟姿を消したからだろう。

 あと、黒スーツの男が博士を回収するために付いて来ていたことも思い出した。

 とりあえず、なんか揉めてるし、話に割り込んだら絡まれそうなので……、

 

「え、えっと……フェイト、アルフ。風邪ひいちゃいますし、家に戻りましょう」

「「う、うん……」」

 

 リニスは少女たちを家に連れていく事にした。

 

 

 一方、プレシアの書斎では……、

 

「…………」

 

 殺してやる、と言わんばかりの眼光で、ゴゴゴゴゴゴッ!! という音が出そうなほどの殺意のオーラを出しまくるプレシアと、

 

「…………」

 

 椅子の上で体育座りしながら、顔を真っ青にし、汗を滝のように流すトランス。

 連れとリニスが帰って来るまで、二人はずっとこんな対面を続けていた。

 

 

 そんなこんなで来訪してきた三名はプレシアの書斎に集まり、会談が始まった。

 

「んで、単刀直入に聞くけど、どう? フェイトちゃんの出来栄えは?」

 

 椅子の背もたれを前にして、股を広げて座るトランス。身内が合流した事でいつもの調子が戻ったらしい。

 

【この小娘、人様の話を聞く態度じゃないわね? 一発殴ろうかしら? 目ん玉を】

【落ち着いてくださいプレシア。我慢です我慢しましょう】

 

 トランスの失礼な態度ですでにご立腹気味の主を念話でいさめる使い魔。そもそも会うたびに目の前の小娘に怒りを貯めているから、攻撃性バリバリなのはもう仕方ないといえば仕方ないことだが。

 書斎の机を挟んで座るプレシアに代わり、彼女の横に控えるリニスが答える。

 

「え、えぇ。順調に魔導師として成長しています」

 

 リニスはフェイトの魔導の先生。彼女の成長は熟知しているので、答える人物としては適任だ。

 なにより主が怒りで我を失って暴力に訴えないように、トランスとあまり会話させないという裏の役目も兼任中。

 

「ふ~~ん、よかった。二年経つけど、あとどのくらいで魔導師として完成しそう?」

 

 背もたれの上部――つまり笠木の上に両腕を横にして乗せ、腕の上に顎を乗せたトランスは足をプラプラと前後に動かす。

 

【腹立つわぁ~~、この小娘腹立つわぁ~~。中指の関節だけ突き出したグーで眼球潰そうかしら?】

【プレシア! とりあえずそのチンピラ思考を抑えください! ホントにお願いですから!】

 

 イラついた猛獣のような主を抑えつけながら、リニスはなんとか表情に出さずに説明を開始。

 

「え、えっと……フェイトは今七歳。女性機能が成熟するまでに後七年~八年くらいかかります。いくらフェイトが優秀でもあと三年は――」

「一年」

 

 リニスの言葉を遮り、トランスは人差し指を立てた。

 

「後一年で、フェイトちゃんを立派な魔法少女に育て? お願い」

 

 白髪少女の口元は、ニッコリと可愛らしく笑っている――が、目はまったく笑っておらず、不気味さすら感じさせた。

 

「その、さすがにそれは……。魔導師について詳しく知らないから出た言葉かもしれませんが、フェイトを魔導師として十二分に育てるにはもっと時間がいります」

 

 相手をあまり刺激しないように、やんわりと断りを入れるリニス。

 さすがにいくらなんでも一流の魔導師としてカリキュラムを徹底的に叩き込むとして、一年は短すぎる期間だ。

 対して白髪の少女は、ニコッと笑顔を作って、

 

「とりあえず睡眠は三日に一回の三時間、食う寝るトイレ以外はすべて魔法特訓叩き込めばいけるいける」

「あなたフェイトの体と心をぶっ壊す気ですか! 壊すと言うかそこまでいったらもう普通に殺すレベルですよ!! 無理ですから!!」

「無理というのは嘘つきの言葉って言うじゃない」

「じゃああなたは今言ったスケジュールを実践できるんですか!!」

 

 と、リニスが思わず皮肉を交えて反論するとトランスは、

 

「できる」

 

 と即答。

 

「すみません!! フェイトは人間なんです!! 非人間のあなたと一緒にしないでください!!」

「譲歩してるのにィ~~」

 

 今ので譲歩!? とリニスは内心でビビりつつ驚くが、なんとか説得を試みる。

 

「基礎や構造から教えなければいざ実戦になった時、使い物になりません! わかってください!」

 

 リニスの必死な訴えに、

 

【よしわかった! コイツぶっ殺す!! それで万事解決!!】

 

(プレシア)が応えた。

 

【プレシアッ!! あなたは何もわかってません!! 暴力で解決するのやめてください!!】

 

 大魔法ぶっ放しそうな主をなんとか言葉で止めるリニス。

 

【我慢です!! 我慢するんです!! 私だってこのクソッタレブラック脳みそに魔力弾炸裂させて風穴開けたいのを我慢しているんですから!!】

 

 フェイトを思っての使い魔の怒りをわかってもらえたのか、主はなんとか矛を抑え込んだようだ。

 あっちもこっちも気を遣わなきゃで内心めちゃ疲れ始める使い魔。

 

 リニスの訴えを聞いたトランスは口を尖らしながら、

 

「どうせデバイスの器になっちゃう『道具』でしかないんだから、そんな過保護に育てる必要ないのにィ~」

 

 プレシアを前にして言ってはならない不満を口からこぼした。

 

【よっしゃぁぁぁッ!! 殺す!! 殺してやる!! 生きてることを後悔させてやる!!】

 

 プレシアは内心マジでブチ切れ。

 対してリニスは、

 

【分かりましたぁぁぁぁぁッ!! ()りましょう!! ()って()りましょうッ!! そんでコイツの組織壊滅させてアリシアを救いだしましょう!!】

 

 ブレーキが壊れた。山猫の使い魔の愛情は怒りに猛変質。

 

【リニス!? あなたは私のストッパーでしょッ! ダメよ!! ダメなのよ!! 今は耐えるの!! 耐える他ないの!! だけでコイツはとにかく今ここで殺したい!!】

【ダメですプレシア!! 耐えるのです!! 忍耐です!! 我慢です!! でも私も爆発寸前です!!】

 

 二人が内心嵐のような怒りと必死に戦っている間、トランスは頬杖を付いて半目で気だるげな表情になりだす。

 

「どうしたもんかなー……こうなっちゃうと……」

 

 そこまで独り言を呟いて「よいしょっと」と言って椅子から降りる。

 そして「う~~~ん」と腕を上げて体を伸ばし、

 

「しょうがないか……」

 

 と言葉を漏らし、目を瞑ってうんうんと頷いた後――口元をニヤァと薄気味悪く釣り上げたトランス。

 幼い姿の少女が目を開き、両手を少し左右に広げれば、白く長い髪がワナワナと動き出す。

 

「「ッ!」」

 

 ――なにかしてくる……!

 

 と感じて身構えるリニスとプレシア。

 不気味な何かを感じ、冷や水をかけられたように心から怒りが一瞬消え失せた二人。

 トランスが一歩、足を前に出した瞬間、

 

「おいおいおい、グダグダ言い訳してんじゃねェよ、クソ猫」

 

 後ろで控えていた黒いスーツの男――パラサイトが話に割り込んだ。

 パラサイトはずかずかと歩を進めてトランスの横を通り過ぎ、バンッ!! と机の上に掌を叩きつけ、

 

「1年だ。後3年も待てるワケねェだろ。甘ったれたこと抜かすな」

 

 サングラスを外しながらリニスにガンを飛ばして威嚇。

 待てなくなったのか、チンピラのような脅しを始めた仲間。その姿を見てトランスはしらけたと言わんばかりにやれやれと呆れた表情。さきほどまでの雰囲気はなりをひそめていた。

 

 トランスではなくパラサイトが脅しを仕掛けてきたので、ちょっと肩透かしを食らった気分になるプレシアとリニス。だが、ちょうどよく内心冷静になれたので、会話を再開。

 

「だからさきほど話した通り、魔導師としての基礎と応用を固めるには時間が――」

「チッ――!」

 

 舌打ちしたパラサイトは、バァン! と机を拳で叩き、リニスの言葉を阻害。衝撃を受けた机には亀裂が入ってしまう。

 

「話をループさせんじゃねェ……!!」

 

 イラついている、と言わんばかりのイラつき声。

 パラサイトはずかずかとリニスの前まで歩き、右手で胸倉をつかみ上げる。

 

「あのクローンの引き渡し時期を考えたら、一年は妥当な数字だろうが。なにより人間を一番に成長させんのは座学よりも実習って相場決まってんだよ。簡単な魔法でもなんでも覚えさせて後は実戦経験だ」

「ですが――!」

「ですがもクソもあるかァーッ!! とっとと実戦投入でレベルアップすんだよッ!! ファッキンクソ猫!!」

 

 追加の脅しと言わんばかりに、怒鳴りながら左に持ったサングラスを握りつぶすパラサイト。ガラスが割れ、地面に破片が落ちる。

 あからさまな威嚇行動に対して、リニスは視線や顔を逸らさず、動揺も示さない。ただジッとパラサイトの顔を見続けた。

 ビビる様子すらない使い魔の態度にイラつたいのか、チッと舌打ちするパラサイト。

 

「……一つ言っておくが、俺は後ろにいるチビみたく優しくねェぞ?」

 

 チンピラ怪物はそう言って親指を後ろに向ける。当の優しいチビは体に悪そうな液体をぐびぐび飲みながら状況を静観中。

 

「あんま我儘言うなら三味線にすんぞ」

 

 パラサイトがそういった瞬間、彼の左の爪がスーっと鋭く長く伸びあがった。

 三味線という単語こそわからなかったが、自分に危害を加えようとしているのは如実に伝わるリニス。

 

【なるほど、コイツもあの小娘と同じか……】

 

 と、プレシアは念話で喋りながら、後ろに隠した手で魔法攻撃の準備を開始。いますぐではないが、いよいよ手が出たら攻撃するつもりではいるのだろう。

 

【プレシア】

 

 リニスは念話で名を呼び、主に手を出さないよう念押し。

 

【わかってる。ちゃんと頭爆散させるから】

【そうじゃなくて、私は大丈夫ですから。これくらいの脅しなんて事前に予想済みです】

 

 家族の事になると見境がなくなるので、こうやって適度に落ち着けないといけない困った主だ――と思いつつも、自分も守る存在にカウントしてくれるようで嬉しく思ってしまう使い魔。この状況では顔に出せないが。

 

 リニスは毅然とした態度で、自身の意思を曲げずに伝える。

 

「何度でも言いますが、魔導師として十分に育てるならせめて二年か三年は必要なんです。フェイトの教育係として、ここは譲れません」

 

 パラサイトはあからさまにイラつきが増したのか、歯を強くかみしめ、頬の筋肉がグッと吊り上がり、口元が引くついていた。

 そろそろ暴力に訴えてもおかしくないという態度を見せ始めた怪物。だが、一度息を深く吸い、まるで怒りを抜くようにスーッと息を吐く。

 やがてパラサイトは後ろで控えていた白衣の男へと、視線をチラリと向けた。

 

「……おーい、博士ー。この猫がグダグダ言ってるが、あと一年は無理なのかー?」

 

 博士と呼ばれた男は顎に手を当ててしばし思案してから、自身の考えを述べる。

 

「……まー、現実的に無理な数字ではないですね。ある程度教える魔法を限定して、実戦で使える拘束魔法を一通り教えれば、かなり短縮できると思いますよ」

 

 その言葉を聞いた途端、パラサイトは片眉を上げながら「ほらな」と言って露骨にアピール。

 

「ですが、それでは――」

「やっぱ三味線コースか?」

 

 なおも食い下がる使い魔の首筋に爪の先を突きつける怪物。

 

「――やめなさい」

 

 だがその時、声のトーンを低くしたプレシアの声が、書斎の空気を一変させた。

 パラサイトは手を止めてプレシアに視線を移す。対して、時の庭園の主は手の甲で頬杖をつきながら、絶対零度を思わせるような冷たい眼差しを怪物へと向ける。

 

「紛いなりにもそれは私の使い魔なの。見ててとても不快極まりないわ。何よりその子はフェイトの教育係なのは分かってる?」

 

 対し、パラサイトは舌打ちをし、心底めんどくさそうな表情で髪をかき上げた。

 

「あ~~クソッ。あのな、さっきも言ったが前から決めてた予定の期間が迫ってんだぞ。こっちにも譲れねェ事があんだよ」

 

 プレシアは少し息を吐き、より眼光を鋭くさせて告げる。

 

「あなた達の要求は分かったわ」

「プレシア……!」

 

 リニスは思わず声を出してしまう。

 フェイトの先生として、魔法教育に関わる事項については妥協するつもりはなかった。傷つくのも覚悟の上で。

 それに今後のこともあるだけに、プレシアが折れてしまったことに対して何か言わずにはいられない。

 だが、リニスが何か言うよりも前に、プレシアは感情を殺した瞳を使い魔に向けた。

 

「リニス、主として命令よ。私の意思に従いなさい。これ以上の口出しは許さないわ」

「…………わかりました」

 

 納得できない感情をなんとか飲み込んで、主の言葉に従い、引き下がるリニス。

 リニスが折れた事でパラサイトは掴んでいた胸倉を離し、伸ばした爪を戻しながらリニスから離れる。

 使い魔は自身の無力さを感じて、頭が少し下を向く。尻尾と帽子に隠した耳もまた垂れ下がってしまう。

 

 リニスが何も言わないことを確認したところで、プレシアは安堵したように少し息を吐き、トランスたちへと視線を向ける。

 

「……あのクローンには実戦で使える拘束魔法を一通り教えた後、私の使いとしてロストロギア回収の任に向かわせる。これでよろしくて?」

「飼い主の方がちゃんと分かってんじゃねェか」

 

 パラサイトはニヤリと笑みを浮かべた後、博士の隣に立つ。

 笑顔を作るトランスは手を振りながら、

 

「それじゃあ今回の話はこれでおしまい。バイバイ、オバさ――」

「あッ?」

「…………大魔導師様と猫ちゃん」

 

 引きつった笑顔となって、後ろ足で書斎を出ようと下がりだす。

 

「ほれ博士、帰るぞ」

 

 パラサイトが促すが、

 

「いえ、ちょっと待ってください」

 

 博士は手を出して待ったをかける。トランスとパラサイトは博士の言葉が予想外だったのか、「ん?」と不思議そうな表情。

 やがて白衣を着た男は前へと歩き出し、プレシアの机の前まで足を止めた。

 

「…………」

 

 突っ立って無言でプレシアを見下ろす博士。

 

「…………」

 

 相手が何も言わないので、無言でプレシアも博士を見上げ続ける。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合う両者。

 その様子を眺めるトンラス、パラサイトはお互いの顔を眺めながら戸惑い気味。リニスは何が起こるのか予想できず汗を流す。

 

 書斎の中では沈黙の時間がしばし流れ、なんというか、なんと反応すればいいわからない微妙な状況になってしまう。

 

 えッ? なに? なんで無言で見つめてくんの? とプレシアは内心少々困惑気味のようだ。なにせ、目の前の男は無言でジッと突っ立って見てくるだけなのだから。

 

 やがて、博士は不気味に口元をワザとらしく釣り上げた。

 その異様な表情に隣のリニスが若干引く中、

 

「……自己紹介がまだでしたね。私は博士。彼女らに命令を下すモノであり、今回の計画の立案者兼総指揮者、並びに組織で重要なポストに身を置いています」

 

 と、胸に手を当てながら自己紹介をする男。

 

「んッ……」

「ぁッ……」

 

 思わず出たと言わんばかり声を漏らす、パラサイトとトランス。その表情は若干の驚きと戸惑いが交じり合っていた。

 

【なに……コイツ? なんか色々ぶっちゃけて来たわねコイツ……】

【自己顕示欲が強いのでしょうか?】

 

 色んな意味でツッコミどころ満載だったの、プレシアとリニスは内心で困惑気味。

 

【私の前で自分が重要人物って名乗ってるけど、罠じゃないわよね? 私にこの場で抹殺しろって挑発してるの?】

【プレシア、ここは何もせずに会話を続けましょう。私たちの反骨心を探っているのかもしれません】

 

 後ろで控えている怪物たちの様子を見れば、微妙に不満そうな表情。

 

【後ろの連中としてもコイツの行動って、予想外なのかしら?】

 

 プレシアの推測にリニスも応じる。

 

【特に文句も言う様子もありませんし、本当に上の立場の人間の可能性が高いですね】

 

 情報を整理しつつ、プレシアは口を開く。

 

「……博士……ね。名前は聞かせてくれないのかしら?」

 

 プレシアの当然の疑問に博士はワザとらしく不気味な笑い声を漏らしだす。

 

「フ、フ、フ……当然です。私は名乗れないので偉いけど失礼をお許しください」

「そ、そう……」

 

 プレシアはとりあえず返事をして、

 

【なに言ってんだコイツ!? 会話下手くそか!! あとさっきから笑い方キモッ!!】

 

 口には出せないツッコミを念話でリニスに送る。

 

【プレシア、確かに色んな意味で気色悪いですが我慢しましょう。あなたの気持ちを逆なでする腹づもりなのかもしれません】

 

 どうやら徹頭徹尾本名は明かさないのだとプレシアは判断。

 後ろではトランスはやれやれ顔で、黒スーツの男は顔をしかめていた。まあ、直属の上司が現状恥晒しまくってるのだからあんな反応にもなるだろう。

 プレシアは色んなツッコミを我慢しつつ、会話を続ける。

 

「…………とりあえず、あなたがあいつらの上司って事はわかった。つまり、私が預かってるアルの上司でもあるって認識でよくて?」

「フ、フ、フ……彼女はまー……私の部下でもあり……古い知人でもあると言っておきます」

 

 また不気味で変な笑いをする博士に対して、プレシアは青筋をブチっと立てた。

 

【コイツのクソみたいな笑い聞いてたら、ちょっとマジで腹立ってきたわね】

【落ち着いてくださいプレシア。深呼吸です】

 

 リニスの言葉を受けて、プレシアは深く息を吐いてから話す。

 

「……それでなに? アルを返還しろって、私に要求するつもり?」

「いえ……まだいいですよ。問題ないので」

「じゃあ、なんの用なの? アリシアを返してくれるの?」

 

 少し皮肉交じりに問うプレシアの右手を、博士は両手でギュッと握る。

 

「!?」

 

 予想外の行動に面食らうプレシアに対して、博士は口元を釣り上げながら言う。

 

「これからも暇な時は時の庭園に来ますので、トランスさんたちの上司で組織で偉い責任者の私をよろしくお願いします」

「う、うん……」

 

 相手の真意がわからず困惑し、無意識に体を後ろに逸らすプレシア。

 

【……もしかして挨拶が目的……なの?】

 

 念話でプレシアが疑問を投げかけるが、リニスも呆然としているので念話を返す暇がない。

 やがて博士は握っていた右手を離し、真顔に戻る。

 

「それでは、これで」

 

 と、手を軽く上げて去る博士。

 その後に呆れ気味の顔のトランスとパラサイトも付いて行く。

 ドアが閉まり、ようやく書斎の中はプレシアとリニスだけになった。

 

「…………あの白衣のヤツ……なんだったんのかしら?」

「………………なんて言うか……想像以上に不可解で不気味な方でしたね……」

 

 やがて、プレシアは視線をゆっくりとリニスへと向ける。

 

「……でも、ある意味納得がいった」

「……なにがですか?」

「あのクソウザい白髪の上司がアレだから」

「…………ですね」

 

 とりあえず、白衣の男は組織の重要ポストに席を置いており、謎行動の多い奴とだけで頭に入れておくことにした。

 プレシアは空中にウィンドウを出現させて、監視映像を確認。扉の前でトランスたちが聞き耳を立てる姿がないか、フェイトにまた接触する気はないかと動向をチェックするのは忘れない。

 プレシアが監視映像を確認する中、リニスの方へ視線を向け、

 

「大丈夫だったリニス? 怪我は?」

「……すみません、プレシア」

 

 大丈夫です、でも、少々傷が、でもない。唐突に謝罪の言葉を返して頭を下げるリニス。

 少し困惑気味のプレシアに対して、

 

「私が不甲斐ないばかりに……フェイトの大切な教育期間が……」

 

 リニスは心の底から申し訳ないと言わんばかりに深々と頭を下げ続ける。

 

「頭を上げなさい、リニス。あなたが謝る必要はないわ。連中がああいう要求をするかもしれないと、ある程度は事前に予想していたでしょ?」

「…………はい」

 

 リニス自身、こればかりはわかっていたことだ。

 連中がフェイトを育て欲しいと要求した期間から逆算すれば、当然魔導師として教え導く期間は短縮させられる。

 だができることなら、フェイトには魔導の教育を十二分に受けさせて、どこに出しても恥ずかしくない一流の魔導師として育てたい。いや、するべきなのだ。

 だが、この願いは叶わない。フェイトの先生が抱くこの願いは無情にも叶う事はない。

 

 やがて頭をゆっくり上げるリニス。だが、その表情はあまりにも暗く沈んでいた。

 目に見えて気落ちする使い魔に対して、プレシアはやれやれと立ち上がる。

 

「……あなたの気持ちはわかるけど、切り替えるしかないわ。出来る事を出来うる限りしましょう」

 

 プレシアが励ますようにリニスの肩にポンと手を置き、優し気な表情で語りかける。

 

「もうすぐフェイトのデバイス――『バルディッシュ』も完成する。あなたはあなたで、できるだけフェイトに魔導の知識を与えて。あの子が自分の身を自分でちゃんと守れるように」

 

 徐々にだが、表情から影が薄れていくリニス。プレシアは主として更に言葉を与える。

 

「あなたは誰でもない、私の使い魔なのよ? 無茶をしろとまでは言わないけど、一年でもあなたならあの子に最高の教育を施せると信じているわ」

「はい! 時間の許す限り、フェイトにはあなたから授かった魔導の知恵を存分に吸収させます!」

 

 主の鼓舞。それに応えるように使い魔は力強く自信を奮起させた。

 やがて、時の庭園の防御システムからトランスたちが去ったことが告げるアナウンスが届く。

 

「……あら、ようやく出て行きやがったようね」

 

 通知を受けたプレシアは反応し、リニスは溜まったモノを吐き出すように息を漏らす。

 やっと嫌な時間から解放されたプレシアはニッコリと笑顔を作り、

 

「ねー、リニス。あなた、〝ストレス〟溜まってない?」

「えー、そうですね。今回はいつも以上に〝魔法の練習〟をして発散しないとですね」

 

 リニスもニッコリと素晴らしい笑顔で答える。

 二人はそれぞれ杖を取り出し、

 

「それじゃあ、今日は〝ココ〟にしましょ~♪」

「は~い♪ 今日もめいっぱい魔法をガンガン撃っちゃいますよ~♪」

 

 待ちに待った時間が来た言わんばかり。二人はまるでテンションが上がった少女のようなルンルン気分で、フェイトの目が届かないであろう場所に向かう。

 

 数時間後、時の庭園の一部が〝また〟焦土と化した――。

 

 ちなみにこれは余談だが、時の庭園は白髪の少女だけでなく博士が来る度にどんどんおどろおどろしい姿に変わっていたのだった。

 ちなみに博士は最初遭った時よりも格段に煽り力が高くなり、プレシアとリニスのストレスは尋常ないほど溜まっていった。

 

 

 冬が終わり雪が解ける頃。

 

 アルフの成長は著しい。

 まず獣の姿は体躯が増して、すっかり大人の狼と見分けがつかないほどの大きさ。人間態の姿なんかは、リニスよりも高い身長を獲得していたのだ。

 その分食欲と胃袋が増したので食べる量は小さい頃より圧倒的に増え「まったく、体ばかり大きくなって……」とリニスを少々呆れさせるほど。

 

 そして夏が終わる頃。

 フェイトは最後の課題魔法『サンダーレイジ』も習得した事でリニスの課題をすべてクリア。

 幼い少女はまだまだ荒削りながらも魔導師として完成したのである。

 

 こうやってフェイトの才能とひた向きな努力が実を結んでから数日経ったある日……。

 

「フェイト……こちらに」

 

 リニスは『ある部屋』にフェイトを導く。

 

「う、うん……」

 

 戸惑うフェイト。その姿は、可愛いフリルとリボンがあしらわれた赤いドレスで着飾られていた。

 もちろんおめかし役はリニス。フェイトに「ご褒美があります」と言って準備を開始。髪を整え、少女が着慣れないドレスを着させるところまで全部リニスがお手伝い。

 

 扉の前に立つフェイト。リニスがゆっくりと扉を開ければ、

 

「ッ!」

 

 フェイトは目の前の光景に驚き、思わず声を出す。

 

「か、母さん!」

「久しぶりねフェイト」

 

 食事が用意された席でフェイトを待っていたのは母であった。

 プレシアは少しだけ微笑みを浮かべる。

 

「リニスから聞いたわ。課題を全てクリアしたんですってね。だから今日はそのお祝いに一緒に食事をしましょ」

「は、はい!」

 

 フェイトは少し戸惑い気味に返事をしてしまうが、次の瞬間には嬉しそうに笑みを浮かべる。そしてこのサプライズを用意したであろうリニスに目を向けると、山猫の使い魔はウィンク。

 フェイトは感涙のあまり目を潤ませたようだが、母を待たすワケにもいかないと思ってかすぐに席に着く。

 

「母親らしいところもあるんだね……」

 

 とアルフは不満そうな小声を漏らしながら席に座った。

 狼の使い魔の態度とは打って変わって、

 

【よくやったわリニス!! フェイトのドレス姿――さいッッッこうよッ!!】

 

 プレシアは凄まじい喜びの声を念話でリニスに送る。感情は表に出さず。

 念話を受けた使い魔はビシッと親指を主に向けて立てた。もちろんアルフとフェイトには気づかれないように。

 

【さすがは私の使い魔だわ!! この食事会のセッティング、感謝する!!】

 

 ご褒美と言う形でこの会食を提案したのは何を隠そうプレシアの使い魔であるリニス。

 『課題を全てクリアした褒美を与える』という体裁にすれば良いと助言。いくら冷たい母親を演じていたとしても、これなら問題なく娘と食事ができる。

 

 こうしてプレシアはフェイトと二年振りの食事を行うに至った。

 ちなみに食事を作ったのはプレシア。さらにこれは余談だが、フェイトが知らないだけでプレシアはちょくちょく娘のために料理を作っていたりする。

 

【それにしてもリニス。中々良いドレスを選んだわね】

 

 気づかれないよう、さり気なく娘のドレス姿を眺める母。リニスは自慢げに念話を返す。

 

【この日の為に悩みに悩み抜いて選びましたから】

 

 プレシアは鋭い眼光をリニスに送る。

 

【録画は?】

【もちろん高画質】

【グッジョブ】

 

 プレシアの賛辞を受けてリニスはまたビシッと親指を立てる。

 

 使い魔と真剣(本人基準)な念話を繰り広げたプレシアは、超久々に娘との食事を始める事となった。

 かと言ってプレシアは立場上、親子のような他愛もない会話で楽しくお喋りしながら食事、なんてことはできるはずもない。

 食事が始まってからプレシアがフェイトに話さなければいけないことは、

 

「最後の高位魔法習得までどれくらいかかったの?」

 

 とか、

 

「好きな魔法は?」

 

 とか、

 

「得意な系統の魔法は?」

 

 とか、すんげー味気ない物ばかり。

 

【アァァッ!! チクチョォォォッ!! 愛娘との〝久々〟の食事なのになんで私はこんな『どうでもいい』ことなんぞ聞かなきゃなんないのよッ!!】

 

 我慢できずに念話で愚痴を吐き出すプレシア。

 

【私はアレか!! ドラマとかで出てくる子供の成績しか興味がないドライペアレントか!! なんだこの会話ッ!! 全然楽しくないッッ!!】

 

 涙声と怒りが混じった文句が頭に飛んでくるので、リニスが念話でたしなめる。

 

【我慢ですプレシア! ここは我慢! トランスたちを駆逐するまでの辛抱です!】

【あのねぇ……!】

 

 と、プレシアは念話ですんごい不満げな声を漏らしだす。

 

【我慢我慢言うけど……あなたはフェイトといつもいつも楽しそうに会話したり食事したり魔法を教えたりするけど……。私ここ二年でフェイトと親子らしいこと〝何一つ〟やってないのよ! やったことと言えば、あのクソ共の来訪を待ち構えながらいつかどんな方法で復讐してやろうとか考えたり、別に取りたくもない冷たい態度をフェイトに向けることばっかりなのよ!! このままだとストレスのあまり不治の病に罹りそうだファッキン!!】

 

 今だってこんなクソ味気ない質問に笑顔で答えてくれるフェイトを、抱き締めて頭なでなでしてチュッチュしてあげたいと、プレシアは何度思ったことか。

 聞きたいことだって、好きな魔法は? じゃなくて、好きな食べ物は? とか、最近の調子はどう? とか、どこか行きたい場所はある? とか、もっと親子のスキンシップを深める的なモノを望んでしまう。

 

 ――あ、なんか涙出そうになってきた……。

 

 出そうどころかマジでプレシアは目の端からつつぅと涙を流す。

 そんで、たまたまそれを見たアルフは「えッ?」と声を漏らして唖然。

 

【プレシアッ!? 涙を引っ込めて!! アルフが困惑しています!】

 

 リニスは慌てて念話を送る。

 

「くッ……! 眼精疲労が……!」

 

 プレシアは眉間を摘まみながら誤魔化す。対してアルフは眉間に皺を寄せて訝し気。

 

【眼精疲労ってなんですか!? 目にゴミくらいの言い訳でいいでしょうが!!】

 

 リニスが念話でツッコミ入れると、フェイトは心配そうに母親に声をかける。

 

「か、母さん? だ、大丈夫ですか?」

「…………」

 

 うるうるとしたかわいい瞳で自分を心配する娘を見て――プレシアの目からブワッと大量の涙が溢れ出た。

 今度はアルフどころかフェイトもギョッとしている。

 

【ちょっとぉぉッ!! ホントにいい加減にしてください!!】

 

 リニスが慌てて念話を送ると、

 

「くッ……! 目にウジ虫が……!!」

 

 とプレシアは目を抑えてなんとか誤魔化そうとするが、リニスはもちろん念話でツッコム。

 

【ウジ虫ってなんですか!? 寄生虫でも目に入ったんですか!? それなら眼精疲労の方がまだマシです!!】

「そう……なんですね……。その、大丈夫ですか?」

 

 だが、純粋の娘は疑う事を知らない様子。おどおどしながらも母を想う気持ちを忘れない。

 プレシアは目元を手で覆いながら「大丈夫よ……」と言う。

 

【フェイト……なんて純真な子でしょう……!! あんなアホな誤魔化しを信じて……!!】

 

 バカな母の言う事をなんでも真に受けてしまう教え子に、口元を抑えて涙を流してしまう先生(リニス)

 一方、フェイトの使い魔は正常な疑念を抱いている様子。少しドン引き気味に頬を引き攣らせ、リニスへと顔を向ける。

 

「ね、ねぇ……リニス。なんか……プレシアの様子おかしくない?」

 

 リニスはさっと涙を引っ込めて、頬を引きつらせながらフォロー開始。

 

「……さ、さぁ……? き、きっとプレシアも久々に娘との食事なので、緊張しているんじゃないでしょうか?」

 

 だが正直、少々苦しい言い訳しかできなかった。

 

「そ、そうなの?」

 

 全然納得してないであろうアルフ。やがて疑念の籠った眼差しをプレシアに向け始めた。

 その光景を見たリニスは頭痛を覚えたように頭に手を当て、念話を送る。

 

【ほら見てください! 完全にアルフが変な疑いを持って――!】

 

 ――なんでもねぇんだよ!! このオレンジ狼ッ!!

 

 と、プレシアは心で叫びながら凄まじい眼光をアルフに発射。狼の使い魔は顔を青白くさせながら体を硬直させる。

 アルフの様子に気付いたのか、フェイトが不思議そうに小首を傾げる。

 

「どうしたのアルフ?」

「ナ、ナンデモナイヨ……」

 

 完全にプレシアにビビったアルフはロボットのような声で答えた。

 

【ほら、解決したわ】

 

 プレシアはドヤ声を念話で送り、

 

【いや、力技にもほどがありますよ……】

 

 リニスは呆れ気味の声を念話で返す。

 そんなこんなでまたフェイトとの食事と会話を再開。

 やがてプレシアは念話で嬉しそうに声を漏らす。

 

【フェイト……よっぽど私とのお喋りが嬉しいようね……。こんな味気ない会話でも笑顔で返して……】

 

 リニスは悲しそうな顔でプレシアを見つつ、慰めるように念話を送る。

 

【プレシア……。あなたがフェイトやアリシアと親子として触れ合えず、苦しむ気持ちは痛いほど分かります……】

 

 主を元気づけようとリニスは力強い言葉を送った。

 

【ですがここが正念場! もう少し辛抱すればアリシアとフェイトを救う為の作戦をはじめられ――!】

【あッ……フェイトがおしそうにハンバーグ口に含んだ……】

 

 プレシアは自分が作った料理をおいしそうに食べる娘を見て、口から涎がダバーと漏れ出す。それをたまたま見たアルフは「ウェェェッ!?」と超ビックリ声。ついでにフェイトもビックリ。

 

【プレシアァァァァァァッ!! 我々の努力を水泡に帰すつもりですかぁぁぁぁぁッ!!】

 

 リニスは念話でシャウトし、その後誤魔化すのにかなり苦労した。

 

 

「――そしてこの食事の後、フェイトにバルディッシュを渡した私はフェイトとアルフの前から〝消滅した使い魔〟として姿を消したんです」

 

 と、リニスが真剣な表情で語っている時、

 

「……ちょっといいですか?」

 

 真顔の新八が手を上げる。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 リニスに言葉を返された新八は、眼鏡をブリッジを指でクイッと押す。

 

「結構シリアスで重要な話も混ざってたんでずっと黙っていたんですけど……ちょっと限界来ちゃったんで、ここら辺で言わせてもらいますね……」

 

 そこまで新八は言ってから、すぅ~っと息を吸い込んで、

 

「プレシアさんなんか色々おかしくありませんかァァァァァッッッ!?」

 

 と、ツッコミしながらシャウト。

 

「ずっとツッコミたかったんですけど、もう我慢の限界です!! プレシアさん予想以上になんかおかしいィ!! プレシアさんのキャラがとんでもなく子煩悩な親バカキャラになっちゃってんですけど!?」

 

 映画から得たプレシアのキャラクターからは想像もできないほどぶっ飛んだ内面に、新八は完全に戸惑いまくりだった。

 

「だからあの時、プレシアの様子が妙におかしかったのか……」

 

 アルフは食事会の時を思い出してか、汗を流しながら納得したように呆れ顔。

 するとリニスは頬に手を当てて、悲しそうに流し目で語る。

 

「プレシアは子を思うあまり……色々苦労しましたので……」

「いやいやいやいやッ!!」

 

 と新八は手をブンブン左右に振る。

 

「苦労してるからってあんなぶっ飛んでいるっていうか、狂ってるというか、もうとにかくプレシアさんどこいった!? ってレベルじゃないですか!! 秘密にしとかなきゃいけない裏面がモロバレじゃないですか!!」

「分かりますわ」

 

 とここでリンディがうんうんと頷き、頬に手を当てた。

 

「子を思う親の苦労……私には痛いほど分かります」

「じゃあ親を思って苦労する子の気持ちも分かってくれませんか?」

 

 と最近は母のツッコミで気苦労が絶えない息子(クロノ)(リンディ)にジト目向ける。

 すると今度は土方が訝し気な視線で疑問を挟み込む。

 

「つうか今の過去話本当なのか? さすがにプレシアのキャラが予想外過ぎてこっちも信用しきれねェんだけど? つうかおめェが生まれてない頃からキャラがおかしいぞ」

「ちょっと映画のプレシアに引っ張られ過ぎだと思いますよ」

 

 リニスは笑みを浮かべながら困ったような表情で言えば、土方は若干押され気味。

 

「いや、まあ……それ言われちまうと何も返せんが……」

「それに、プレシアとの精神リンクが繋がっていた私が語るんですよ?」

 

 だから信用してください、と言わんばかりにニコリと笑顔を送るリニス。

 まだ若干納得しきれない様子の土方は新たな疑問を投げかけた。

 

「そもそもなんだが、なんでプレシアの言動や念話の会話どころか、ちょっとした内面の部分まで語るんだ? つうか語る意味あったのか?」

「主の〝母〟としての切実な思いを分かって欲しいという、使い魔のちょっとした我がままみたいなものです」

「いや、主の〝変な〟部分が如実に伝わっちまってるんだが? むしろ話さない方が良い気がするんだが?」

「俺もわかるわー……」

 

 次に会話に割り込むのは近藤。彼は腕を組んでうんうんと頷き、語る。

 

「俺も自分のお妙さんに対する〝切実な想い〟を少しでも誰かに分かって欲しいと常日頃から思っている。だからリニス殿気持ち、よく伝わるぞ」

「あんたの〝粘着質な想い〟なんて誰も知りたくねェよ」

 

 常日頃姉をストーキングし、一方的な重すぎる想いを強引に伝えてくるゴリラに青筋浮かべる新八。

 やがて新八はリニスへと顔を向け、頬を引き攣らせながら不安そうな表情で尋ねる。

 

「あの、マジで大丈夫なんですかリニスさん? 今回の件、プレシアさんから事前に了承得て話してるんですよね? 話さなくて良いとこまで話してませんよね? 勝手に色々暴露とかしてませんよね? プライバシーに配慮してるんですよね?」

 

 問われ、リニスは口元を隠しつつ、流し目で。

 

「まーそのー……思っていた以上に、筆が走ったというかー……」

「リニスさん!?」

 

 思わず新八が声を出す中、リニスは汗をダラダラ流しながら呟く。

 

「事件解決の致し方ない犠牲と言いますかー……暴露と言いますかー……同情票の獲得と言いますかー……」

「あんた今なんつったッ!? 同情票ォッ!? そんな打算バリバリのこと考えて話してたの!? つうかホントに今の過去話聞いて大丈夫なんですか僕ら!? プレシアさんを助けた後で僕ら口封じとかされませんよね!?」

 

 新八がツッコミをガンガン入れる中、

 

「あのそれで……」

 

 なのはが本筋に関する質問を投げかける。

 

「リニスさんはフェイトちゃんの前から姿を消した後は、どうしたんですか?」

「姿を隠した私は……奴らの動向を秘密裏に監視する役目に終始しました。時の庭園では、常に猫の姿での潜伏が基本になっていましたね」

「クリミナルの連中には気づかれなかったのか? 連中だってテメェとプレシアが自分らを騙くらかすために嘘の消滅をでっち上げたなんて疑う頭くらいあんだろ」

 

 腕を組む土方の疑問は当然だ。

 なにせ、クリミナルがリニスの現存を知っているか知ってないかで、今後の行動を大きく左右してしまう。

 突き詰めるには妥当な部分だ。

 リニスは「はい」と真剣な表情で頷く。

 

「土方さんの予想も最もですね。彼らは私が消えてからプレシアの魔力を調べました。私とプレシアのパスが繋がってないかどうか」

「そんな状況で、どうやって連中を欺いたんだ?」

 

 土方の疑問に対し、リニスは笑顔で。

 

「はい。だからプレシアとの魔力の繋がり(パス)を切断しました」

「「えッ!?」」

 

 ユーノとアルフは驚きの声を上げる。

 魔法関係のユーノと使い魔のアルフはリニスの言った意味について気付くのが早かった。

 

「いやちょっと待って!? じゃあ主の魔力なしにどうやって魔力を補給してるの!?」

 

 ユーノが投げかけた疑問。

 まるで答えるように、リニスは首に巻いた首輪――青い宝石が埋め込まれた箇所を愛おし気に撫でる。

 

「『コレ』のお陰で……私は今も消滅せずに済んでいるんです」

 

 土方はリニスの言葉を聞いて訝し気に片眉を上げるが、アルフは首輪を見てすぐにあることに気づく。

 

「リニス! それって――!!」

 

 リニスは「えぇ」と笑顔で頷く。

 

「あなたが身に着けている物と〝同じ〟、魔力を貯蓄できる鉱石を加工して付けた首輪です」

「リニスも持っていたなんて……」

 

 アルフは自分が身に着けている赤い宝石が付いた黒い首輪に手を当てた。

 リニスの説明を聞いたリンディは言葉を投げかける。

 

「それは、前に話てもらったプレシア・テスタロッサから譲り受けた物ですよね?」

「ええ、そうです」

「えッ……!?」

 

 とアルフは驚きの声を漏らし、表情は複雑なモノへと変わる。

 

「それじゃあ……あたしのコレも……」

 

 リニスの言う通りなら、アルフが身に着けている首輪は単純に考えて――プレシアがフェイトに渡し、フェイトが銀時に渡し、銀時がアルフに渡した、という経緯を辿っていることになるだろう。

 つまり元を辿れば、プレシアによってアルフという使い魔は存在を保てていることになる。

 間接的とはいえ、プレシアに助けられていたという事実。それに対して、アルフは戸惑いを隠せないようだ。

 アルフの様子を見てリニスは苦笑し、説明しだす。

 

「使い魔消滅の嘘を隠蔽する為。そして自分に何かあったとしても私やアルフが消滅しないようにする為のプレシアが事前に用意した保険です」

 

 リンディは「しかし……」と言って顎を指で掴み、思案顔をリニスへと向ける。

 

「よくクリミナルの監視が厳しい中、そのような宝石を手に入れられましたね? 疑われるような行動を避ける為に、外からの材料確保も一苦労だったはず。元々、プレシア・テスタロッサが所持していた宝石だったのですか?」

「いえ、違います」

 

 首を横に振るリニスの言葉に、リンディは腑に落ちないという表情。

 

「ではいつ、どうやって手に入れたんですか?」

 

 リンディの質問を受けて、リニスは愛おし気に宝石を撫でた。

 

「――これは、私の〝教え子たち〟が頑張って取って来てくれた物なんです……」

「えッ!?」

 

 とアルフは驚き、

 

「それって……」

 

 話の流れからなのはも察し始めたようだ。

 リニスは各々の予想を察してか「ええ」と相槌を打つ。

 

「フェイトの任務で回収した品ということで、クリミナルたちは特に興味を示す事はありませんでした」

「なるほど。フェイトさんの成長やプロジェクトFにしか興味がない彼らの虚を突くために……」

 

 リンディがかみ砕くように、プレシアの思惑を語る。

 するとリニスは慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ、それをアルフへと向ける。

 

「アルフ……覚えていませんか? フェイトが魔導師として初めて赴いた任務での出来事」

「あッ……」

 

 対して、思い出したように声を漏らす狼の使い魔。

 リニスは懐かしいと言わんばかりの表情で、優し気な笑みを保ったまま語り始めた。

 

「あなたがフェイトと鉱石を取るために向かった洞窟で出会いましたよね? 小さな現住生物に」

「う、うん……」

 

 うつむき、暗い表情を浮かべ始めるアルフ。

 

「その現住生物に会ったあなたは――」

 

 

『ねぇ、アルフ。あの洞窟の前にいる小型生物、どう思う?』

 

 角の生えたリスのような生物に警戒を示すフェイト。

 

『あんなよわっちそうなの全然怖がる必要ないって! まー、あたしに任せな!』

 

 対し、アルフは余裕そうに口元を釣り上げて、拳を掌にバシっと叩きつけた。犬歯を見せながら小動物の元へと向かっていき、前に立って仁王立ち。

 つぶらな瞳をうるうるさせ、体を震わせる小動物。

 相手が自分にビビってると考えてふふんと鼻を鳴らすアルフ。小動物を指さし、後ろを振り向く。

 

『ほら~! やっぱり大したことな――!』

 

 突如、小動物が跳躍してガブリ! と自身を指さす人差し指に噛みつく。アルフの指から大量の血が噴き出した。

 

『いっだぁぁぁぁあああああああ!!』

 

 

「――厳重生物に襲われたあなたは、主に助けてもらうだけじゃ飽き足らず、怪我をさせましたよね? 背中に」

 

 と、思い出を語るリニスは笑みを浮かべたまま。だが、目は完全に笑っておらず、目元には若干黒い影が差し込んでいた。

 

「主の、しかも小さな女の子の大事な柔肌に自身の油断から傷を作らせるとか、私もさすがに呆れましたよ? プレシアから話を聞いた時は」

 

 リニスの話を聞いて、なのはや新八や土方は「あッ……」と声を漏らす。

 フェイトの背中の傷跡って、たぶん今の話しだ、と察したから。

 

「………………」

 

 リニスの話しから自身の失態と落ち度と恐怖を思い出したのか、うつむき、汗をダラダラ流すアルフ。

 耳も尻尾も脱力したように力なく垂れ下がって不憫さすら感じるほど。

 

 対して、リニスの瞳からはハイライトが消えている。

 

「私、『現地の生物と相対する時は見た目で判断しないで慎重に観察するように』って、何度も何度も教えたつもりだったんですけどねー? 私がいなくても大丈夫なように」

「…………は、はい…………すみません…………」

 

 目も合わせられないと言わんばかりに顔を逸らし、とてもか細い声で謝るアルフ。顔中からダラダラと汗を垂れ流す。

 そこまで言ってリニスは目を閉じて、少し表情を柔らかくさせる。

 

「まー、ちょっと大人げない責め方をしてしまいましたが、私はもう怒っていませんよ? むしろちょっと同情すらしています。なにせ――」

 

 そこまで言って、目を開く――その瞳に光は宿っていなかった。

 

「――プレシアに〝あれだけの制裁〟を受けたんですし」

 

 リニスの言葉を受けた途端、アルフはガン!! と机に顔面をぶつけ、そのまま頭を抱えながら、

 

「オニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイオニババコワイ……」

 

 まるで懺悔するかのように、ぶつぶつ単語を繰り返す。どうやら過去のトラウマが刺激されたらしい。

 親バカ、しかも冷酷人間演じ状態のプレシアからのお仕置き。その内容は推して知るべし。

 

 アルフに同情したのか、その場にいるほとんどの人間はアルフに合掌。

 

 

 

「……話を聞いて、プレシアの事情とお前が俺たちの目の前にこうしている理由(ワケ)は分かった」

 

 そこまで言って、土方は短くなったタバコを口から取り、携帯灰皿へと押し付ける。

 

「さすがにここまで聞けば、もうだいたい察しが付く。フェイトの取った行動を含めてな」

 

 パタン、と灰皿の蓋を閉じ、眼光を光らせた。

 

「フェイトは母親を人質に取られ、しかも人の精神と融合しちまうとかいうシロモンを使わされている」

 

 リニスは「はい」と残念そうに頷くと、腕を組むクロノは険しい表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

「逆を言えば、プレシアは完全にクリミナルの囚われの身。協力関係はとっくに破綻している状態になっている」

「えぇ……その通りです……」

 

 リニスは俯き、ギュッと手を握り絞め、話し始めた。

 そう、プレシアがクリミナルたちに捕まってしまった時の話を……。

 

 

 リニスは天井裏などありとあらやる場所に身を隠した。細心の注意を払い、時の庭園に時折やって来るクリミナルたちの動向を観察し続けていたのだ。

 

 そしてある時……。

 

 時刻は夜。

 プレシアから念話で「連中がやって来た」と聞かされたリニス。彼女は山猫の姿で物陰に身を隠し、息を殺して玉座の間の様子を伺っていた。

 

「……いつもながら、急な来訪ね。しかもこんな夜分に」

「ですが、あなたのご自宅の『警報装置』がちゃんと私の来訪を知らせてくれるのですからいいじゃないですか」

 

 玉座の間へと来訪したのはクリミナルの一員であり博士と名乗る白衣の男。

 博士はプレシアと一通り話をしていた。

 

 隠れているリニスとプレシアたちの間にはそれなりの開きがある。話が聞き取り辛い距離ではあるが、それは人間の話。猫であるリニスならば、ある程度距離を取っていようと優れた聴力で声を拾えた。

 

「それで、この忙しい時にあなたは何しに来たの? 私の人形がジュエルシードを集め切れた報告でもしに来たの?」

「いえいえ。どうやら私の部下の報告によると、あなたのお人形さんのジュエルシード集めは中々に芳しくないようですよ?」

 

 このように、プレシアは冷徹な母親の演技を忘れてはいない。

 しかし念話では、

 

【ヤバイ……自分で考えたセリフだけど……フェイトを人形呼ばわりは……吐きそう……】

 

 相当げんなりしているプレシア。

 

【プレシア、頑張ってください……】

 

 自傷行為さながらの振る舞いをする主をなんとか念話で応援するリニス。

 

「こっちに持ってきなさい」

 

 博士は後ろで控えていた部下であろう黒服たちに命令。楕円形の錠剤のような形をしたカプセルを運ばせる。その大きさは、子供一人が入れそうなほど。

 プレシアが近づき、その中身を確認すれば、驚きの表情を浮かべた。

 物陰から様子を伺っていたリニスにはカプセルの中身がわからない。中身の正体を確認する為にプレシアに念話を送った。

 

【プレシア。中に一体なにが?】

【…………〝アリシア〟よ】

「ッ!?」

 

 まさかの回答にリニスも驚きを隠せなかった。だが、すぐに冷静な思考に切り替えてプレシアに念話を送る。

 

【……なぜ、このタイミングで?】

【さすがにそれは分からない……】

 

 リニスと念話で会話をしながら、プレシアは白衣の男に話しかける。

 

「なぜ、カプセルに?」

「いくら抜け殻でも、さすがに〝コレ〟を人目に晒すワケにはいきませんから」

 

 会話をしながら平行して念話で会話。魔導師として優秀なプレシアなら念話と会話、同時に行うなど容易いであろう。

 

【やはり、罠ではないでしょうか? プレシアの油断を誘う為の】

 

 リニスは不安げな声で聞くとプレシアは冷静に返す。

 

【えぇ、そうかもしれないわね。あなたの言う通りもし罠だとしたら、連中は私との表面上の協力関係を終わらせるつもりってことになるわね】

【確かにそうかもしれませんが……ならばどうしますか?】

【無論、隙を付いてこの場でコイツを倒すわ】

【非殺傷設定は、なしですか?】

 

 リニスが念話を使って緊張を含んだ声で聞けば、プレシアは「当然よ」と答える。

 

【トランスにパラサイト、どいつも人外。目の前のコイツだって人間かどうかわからないわ。なにより、非殺傷設定で意識を奪える保障はどこにもない。なら、殺傷設定の魔法を至近距離で当てて一撃で片を付ける】

【ちょっと待って下さい! 奴らが運んできたアリシアが〝本物〟という確証がありません!】

【安心なさい。私の母親としての直感が目の前のアリシアを本物と言っている】

【プレシア……】

 

 プレシアの母親としての強い思いを感じ取ったリニスは感動を覚え――、

 

【それに気づかれないように魔法で電気ショック与えてみたから、変身して寝たふりをしてるあの白髪だったらとっくに飛び起きてるわ】

【…………】

 

 感動を覚える前に、リニスの感動は引っ込んでしまった。

 本物という確証を得る為とはいえ、娘の体に速攻で電気浴びせる主に使い魔は少し微妙な気持ちになる。

 昔、操られた娘に魔法を当てられないと躊躇してた頃が嘘のようだ。それだけ、プレシアも覚悟を決めているという事だろうが。

 そうこうしている間にプレシアと博士の会話は進んでいく。

 

「しかし、どうするの? ジュエルシードが集まり切っていないままだと、私の計画もあなたの計画も中途半端なままよ?」

「心配には及びません」

 

 そこまで言って、博士は余裕の笑みを浮かべながらプレシアに今後の計画を話し出す。

 

「フェイトさんにそろそろあの刀のデバイスを持たせ、使わせます。そうなれば邪魔する魔導師を排除し、ロストロギアを確保することなど容易いでしょう」

【ねー、リニス。この野郎はフェイトにあのワケわかんないデバイスを持たせようとしているのよ?】

 

 プレシアは念話をリニスに飛しながら、口元を薄っすら吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「それはいいわね。それなら、ジュエルシードも予定より早く集まるわ」

【それに管理局が動いているなら、私たちの作戦は概ね予定通り。動くならアリシアに手が届く今しかないわ】

 

 プレシアの念話を聞いてリニスも決意を固め始める。

 

【……そう、ですね。厄介なデバイスを誰も持ってない〝今〟が、私たちにとって最大のチャンスなのでしょうね……】

「これならもうバカバカしい母親ごっこの必要もないわ! なにもかも全て上手くいく!! 全てを取り戻せる!!」

 

 主の大仰な演技を聞きながら、リニスは改めて自分たちの状況を再確認。

 プレシアが演じているキャラクターは色々省くが要約すると『フェイトを人形扱いし、最終的な目的はアルハザードに行く事。切符であるジュエルシードを手に入れる為ならフェイトがどうなろうが構わない』といったモノ。

 

「えェ! えェ! まったくその通り! 私もあのお人形をやっと手にできる!!」

「なら景気よく、あの人形に〝真実〟でも話してあげましょうか! どうせもういらないのだし!」

「アハハハハ! それはいい! 文字通り精神崩壊を起こしますよ!! あの人形は!!」

 

 このように、相手に会わせて精神をすり減らす演技をしてきたのだ。

 なんか博士は博士で、最初に出会ってからのキャラの乖離が激しい。が、今のプレシアにそんなこと気にしてる余裕はない。

 

 事ここまでくれば、もうこれ以上時間稼ぎがどうこうしてられる状況ではない。

 いよいよというところまで自分たちは来ているのだ。

 

【……もし、私が失敗した時は頼むわよ】

 

 緊張が伝わるほどの、真剣さを含んだプレシアの命令。それを念話で受け取ったリニスはより力強く答える。

 

【はい! 〝地球〟に向かっている管理局員に必ず私が情報を伝えてます!】

 

 博士の情報が本当なら、管理局が地球に向かっている。そしてその目的は次元震を引き起こすかもしれない高ランクロストロギアの対処。

 ならば、次元艦一隻分の部隊を編成してやって来るはずだ。それならば十分にクリミナルたちに対抗できるはず。更に連中の存在を管理局に認知させることに繋がる。

 

 プレシアがひとしきり高笑いした後に、右手を博士の前に出す。どうやらそろそろ仕掛けるようだ。

 博士は少し訝し気な様子を見せるが、プレシアは相手の油断を誘う為にニコリとした作り笑顔で話しかける。

 そして博士は、

 

「では、お互い最後まで頑張りましょう」

 

 と言って、プレシアの手を握った瞬間――大魔導師の強力な魔法による雷撃が、彼の腹を貫く。

 そのままプレシアはなんの迷いもなく、博士が連れてきた部下たちにも漏れなく電撃を浴びせて黒焦げにした。

 

【やりましたねプレシア!】 

 

 リニスは念話で主を褒めながら、ちょっと容赦なくて残酷ですけど!! と内心で思う。だが、相手が相手なのでそうも言ってられない。

 

「だ、騙しや……がった……のか……!」

 

 博士は腹に風穴が空きながら生きていた。やっぱり人ではないのだろうか? と疑問が浮かんだリニス。

 

「欲しい物は全て揃ったわ。だからあなたは……」

 

 相手が生きている以上は何をするか分からない。プレシアもそう思ってか、博士へ手をかざす。

 散々自分たちの人生を弄んだ相手に冷たい視線を送りながら、体を完全に黒焦げにしてやろうと、魔法陣を展開。

 

「――消えなさい」

 

 すると――博士は、ニヤリと薄気味悪く笑みを浮かべた。

 

「じゃあ……消えるとするか」

 

 そう言った瞬間、倒れ伏す男に変化が訪れる。

 彼の顔がグズグズに溶け出したのだ。

 

「ッ!?」

 

 目の前の光景に驚くプレシアをよそに、博士の顔も手も、緑色に変色。まるでヘドロとも形容するような、ドロドロとした不可思議な粘液を含んだ物質へと変化を続ける。

 まさかの光景に、プレシアは呆然。

 

 ――こ、これは一体……!?

 

 リニスも混乱のあまり、念話を送る余裕すらない。

 頭のいいプレシアも、目の前の状況には付いていけてないようだ。

 博士の頭が溶けたアイスのように形を崩すと、

 

「シャーッ!」

 

 液体を弾き飛ばし、小型のクモのような怪物が出現。

 

「なッッ!?」

 

 奇怪な生物の出現に、思わず後ずさるプレシア。

 クモの頭部にピラニアの頭をくっ付けたような肌色の生物は、八本の足をカタカタ素早く動かしながら逃げ出す。

 

【ぷ、プレシアッ! 逃がしてはダメです!」

 

 リニスの念話でハッと我に返ったプレシアは、

 

「まッ、待ちないさいッ!!」

 

 混乱しつつも、魔力弾を撃とうとする。が、怪生物は右に左に逃げるので狙いが定まらない。

 

「くッ!」

 

 ダメ元で魔力弾を打つが、思うように当たらない。

 カタカタカタッ、と足で床を小刻みに鳴らす怪物は、やがて一人の〝少女〟の足元まで到達。

 

「ッ!? あなた――ッ!?」

 

 白く長い髪を伸ばした褐色の少女は、足元にやって来たクモ型生物を手の平へと乗せて、拾い上げる。

 

「フフフ……ご苦労様」

 

 少女は小型生物の頭を人差し指でよしよしと撫でる。

 

「トランス……!」

 

 プレシアは現れた敵を睨むが、白髪少女はお構いなしに気色の悪い生物を指で愛で始めた。

 

「こわぁ~~いヤマンバに殺されそうになって怖かったでちゅね~~。おぉ~~、よちよち」

「シャーッ!」

 

 怪生物は自身の頭を撫でる指をガブリと噛む。

 

「いたたたッ! ごめんごめん! 赤ちゃん言葉はさすがに嫌だったかー」

 

 トランスが指を何度か振ってから噛まれた箇所に息をフーフーと吹きかけている中、プレシアは汗を流しながら口を開く。

 

「あなた……なんで――」

「ここにいるのかって?」

 

 プレシアが疑問を投げかけるよりも先に、言葉を挟むトランス。

 少女は怪生物を肩に乗せた後、

 

「それじゃあ折角だし、お話でもしましょう」

 

 小さな怪物は、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 




第六十四話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/74.html

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