魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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また一年以上も更新が開いてしまい申し訳ございません。
こうやって更新が遅くても見てくれる読者の方々には感謝の言葉しかありません。


第六十三話:演技

 場所は時の庭園の一室。

 

「母さん……」

 

 とフェイトが呟くと、

 

「なに? フェイト」

 

 とプレシアは優し気な笑みを浮かべて答えた。

 

 簡素なベットの上で、(フェイト)に膝枕をする(プレシア)

 

 プレシアの恰好は前までの紫色の際どいドレスではない。紫色のスーツの上に白衣を羽織った姿。顔の化粧も、悪役や魔女を連想させるようなモノではなく、一般OLがするような簡素さ。

 

 現在のプレシアの姿は、フェイトの思い出の中に存在する優しき母の姿。妙に若々しい肌の色ツヤ含めて。

 膝に乗せた娘の頭を、何度も優しく撫でるプレシア。

 

「少しは、楽になった?」

 

 薄く笑みを浮かべたフェイトは無言でゆっくりと頷く。

 対して、プレシアは「そう」と短く答え、微笑を浮かべる。娘の頭に置いた手の平を何度も優しく滑らせた。

 やがてフェイトは「……どうして」とおもむろに口を開く。

 

「母さんは、部屋から出ていたの? あいつらに監禁されているはずなのに……」

 

 フェイトの頭を撫でる手とは反対の腕を見せるプレシア。その手首には鉄の塊のような分厚い腕輪がめられていた。

 

「コレのお陰で、少しは部屋から出る自由が与えられてるの。監視付きではあるけど」

 

 腕輪を見つつ、フェイトは思わず自身の予想を口から出す。

 

「……魔力を封じられてる……」

 

 プレシアは頷き、フェイトは忌々しげな視線を腕輪に向ける。

 

「……きっと、母さんを自由にしてみせるから」

「フェイト……」

 

 プレシアは瞳を伏せ、悲しそうに視線を落とす。

 

「これ以上あなたが無理する必要はないのよ。なんなら、〝前に言った〟ように私を見捨てたって――」

「ダメッ!!」

 

 フェイトはバッと上半身を起き上がらせ、プレシアの両手をギュッと掴む。

 

「私は諦めない!! あんな連中の思い通りになったとしても、守りたいと思ったモノだけは守ってみせる!!」

「…………」

 

 娘は母の手を強く、そしてどこまでも優しく握りしめた。

 腕からも伝わる強い意志――それに対し、プレシアは何も言えなくなってしまったようだ。

 やがてフェイトは、優しく笑みを浮かべる。

 

「私は大丈夫。ジュエルシードが全部集まったら、あいつらはどこかにいなくなる。そしたらまた、家族で仲良く暮らせるようになるから」

 

 そう言ってフェイトがゆっくりとベットに降りれば、

 

「フェイト! まだあなたは体が――!!」

 

 思わず声をかけて止めようとするプレシア。さきほどまで苦しそうだった姿を見ていたのだから当然の反応だろう。

 

「母さんのお陰で、すっごく良くなったから」

 

 だが、フェイトは『大丈夫』と言わんばかりの笑顔で返す。そしてそのまま部屋を出ようとすると、

 

「フェイトッ!!」

 

 プレシアが後ろからフェイトをバッと抱きしめ、涙を流す。

 

「ごめんさいッ!! ……ごめんね……!」

「……母さん……」

 

 感極まって我慢ができなくなったのか――娘はただただ、目の端から涙を零す。しばしの間、母の抱擁を受け続けるのだった……。

 

 

 

 

 娘との交流を終え、今は部屋で一人となった(プレシア)

 疲労や辛さを必死に我慢しながら出て行く娘の姿を見送った後――母として無力な自分に対して、悔しさや情けなさを感じてしまう。

 プレシアはベットに座り、後ろの壁に頭を預ける。

 

「……ナハティからの贈り物……取られちゃったわね……」

 

 過去を思い出し――物憂げな眼差しで天井を見上げ続けた。

 

 今や『時の庭園の主』ではなく、ただ囚われの身。

 譲り受けた旧友の贈り物は連中――クリミナルの仮住まいと変貌。

 プレシアは自分の置かれている現状に、怒り、憎しみ、悔しさ、それらすべてが沸き上がり、拳を強く握り絞める。

 

 ――リニス……私はどうなってもいいから、せめてフェイトとアリシアを救う為に……。

 

 神にも縋るような想いで、祈る他ない。使い魔がうまく娘たちを助ける為に動いていることを……。

 

 

「くッ!」

 

 母が囚われた部屋から出たフェイト。廊下の壁に体を預ける少女の呼吸は、荒くなる。

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 凄まじい疲労感、激しい頭痛、嘔吐感など、立っているだけも苦しい状態が襲い続けた。

 いくらか回復したとはいえ、母親の前で強い自分を演じるだけでも一苦労だった。だが、決して弱い姿を母に見せることはできない。

 そうなれば、母はきっと自分の為に無茶なことをしてしまう。そう、確信めいたものがフェイトにはあった。

 

 フェイトは足に力を入れ、壁伝いに歩き出す。

 

「次の……部屋だ……!」

 

 そしてなにより〝もう一人〟――無事を確認しなければいけない人物がいる。大切な、欠かせない存在がもう一人、この時の庭園にはいるのだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 息を切らしながらも、やっと目的の部屋の前まで到着。とはいえ、部屋の中にいる人物に自身の弱っている姿など見せるワケにはいかない。

 フェイトは汗を拭き、呼吸を整え、なんとか正常な状態で会話できるように専念。

 

「よし……!」

 

 力強くうんと頷き、拳を握り絞めるフェイト。体調の不良も時間が経つにつれてだいぶ和らいできた。これなら母の時ほど、無理に元気を偽る必要もなさそうだ。

 コンコン、とドアを叩く。

 

「ど~ぞ~」

 

 と和やかな声が返って来た。

 反応を確認したフェイトはドアに手を掛け、扉を開く。

 部屋に入れば、中にいる人物が「あッ!」と嬉しそうに声を漏らす。

 

「フェイト!」

 

 部屋に備え付けられたふかふかそうなベットから飛び降り、金髪の少女はフェイトに抱き着く。

 対してフェイトは微笑みを浮かべ、割れ物を扱うように少女を優しくギュッと抱きしめ返す。

 

「今日も来てくれたんだ!!」

 

 抱きしめながら嬉しそうに告げる金髪の少女に対して、フェイトは優しく頷く。

 

「うん――〝お姉ちゃん〟」

 

 

「アリシアちゃんが……生きていたなんて……」

 

 場所は変わって、アースラの会議室。

 リニスから聞かされた話を聞いた新八は、信じられないとばかりに驚きの表情を浮かべていた。

 

 無論、驚いているのは新八だけではない。アースラ組であるリンディとクロノ以外の映画を見た面々全員だ。あの沖田ですら、アリシアが生存して〝あげくに人質として扱われている〟情報に驚きを隠せないでいる様子。

 

 会議室に備え付けられた椅子に腰をかけるリニスが語る、プレシアの過去。謎の組織(クリミナル)の登場。更にプレシアが魔法実験の責任負わされていない事(プレシアの友人のナハティが裏で犯罪者紛いのことを行ったことはぼかして)。

 明かされた内容はまさに海鳴市組と江戸組の双方の予想をいくつも裏切るものであった。

 自分たちがあらかじめ持っていた情報と食い違っている事があまりに予想外過ぎてか、アースラ組以外の面々は中々言葉を発せずにいる。

 

 そんな中、このメンバーの中でも普段からひと際は冷静(クール)に努める土方。彼は自身を落ち着かせるようにタバコの煙を深く吸い、吐き出し、口を開く。

 

「……未来の状況どころか、過去の出来事までこんなに変わっちまっているとはな……」

 

 土方はそこまで言った後、「まァ、これでユーノの平行世界説は濃厚になったが」と言葉を付けたし、沖田はダルそうに頬杖を付く。

 

「さすがに事がここまでくると、眼鏡の持ち合わせてる知識なんざマジでムダ毛程度にしか役に立たねェってことですねェ……」

「そうアルな……」

「ちょッ……!?」

 

 沖田+神楽のあかさらまな嫌味の狙い撃ち。対して眼鏡(しんぱち)は何も言い返せずに不服そうな表情。

 

「プレシア……」

 

 俯くアルフは、悲しそうな、それでいて納得しきれない、と言わんばかり複雑な表情だ。

 プレシア・テスタロッサを酷い母親であるとずっと思っていただけに、怒りよりも戸惑いの方が大きいのだろう。

 プレシアの置かれた立場と自分に向けられた今までの態度。思い返して考えると、彼女なりに頷ける部分とそうでない部分もありそうだ。

 

 だがアルフと違い、単純にクリミナル(特にトランス)に怒りを覚え、プレシアの境遇に共感している者は多い。

 

 土方は煙草の煙を吐き捨てるように口から出す。

 

「五歳の娘を人質に取って人様に言う事聞かせ、挙句ガキは道具扱い。……あいつら、あのふざけた態度とは裏腹にあくどいことやってやがるな」

 

 腕を組むクロノも険しい顔で同意を示す。

 

「まとめると人の心を感じさせませんね。今までの行動から考えるとただの間抜けな犯罪者集団でしかないですけど、逆にあのふざけた態度が、奴らの悪質性をより強調させているとも言えます」

「そもそも人間じゃねェ連中の集まりみたいですしねェ……人間様の倫理観を持ち合わせてるか怪しいところですぜ」

 

 と言って、目を細める沖田。

 普段から警察として悪質な犯罪者と対峙している真選組の二人や執務官ですら、嫌悪感を感じているようだ。

 

「さすがに……許せるような行いじゃないですね」

 

 膝の上に置いた拳をギリっと握り絞める新八。その顔からありありと怒りの表情が読み取れほど。

 

「あの白髪ガキんちょとパラセクト……あの時、顔が変形するくらい殴ってやればよかったネ」

 

 神楽は声のトーンを落とし、自身の怒りを表すように拳を握りしめ、腕を震わせる。(名前は間違えているが)

 

「まさか異世界でここまでの悪党に出会う羽目になろうとはな……」

 

 腕を組む近藤。彼の怒りを示すように、二の腕を掴む手には力が込めらている。

 そして山崎は何も喋らず俯いているが、眉間に皺が寄っているところを見るに、大分憤りを感じているのだろう。

 

「ホントに……ひどい連中……」

 

 怒りと悲しみが入り混じった表情で言葉を絞り出すアリサ。

 

「うん……」

 

 ただただ悲しそうな表情を浮かべ、俯くすずか。その言葉に力はない。

 

「…………」

 

 なのはもまた、表情は暗く重い。悲しみの感情がありありとわかるほど。

 クリミナルたちよって、フェイトやその家族が振り回され苦しめられている状況。それに対し、深い悲しみを抱いているのだろう三人。

 

 幼い三人の様子を見て、視線を落とすクロノの表情がより険しく深くなる。

 彼の上官であるリンディもまた、難しい表情を作っていた。

 なのはたちのような幼い少女たちを悪質な犯罪者集団に関わらせたくない、と言っていただけに色々思うところがあるのだろう。

 

 だが、クロノやリンディは気づかない――スカートを両手で力強く握りしめている、なのはのことに。

 悲しみが浮かぶなのはの表情に――どこか決意の籠ったような、悲しみ以外の感情を感じさせるような、意思が垣間見えていたことに。

 

 重い空気が会議室を漂う中、土方が「にしてもよ」と言っておもむろにリニスに顔を向ける。

 

「結構大まかではあるが、プレシアの内面部分のとこまでよく説明できるな? まー、あの親の真意はこっちとしても知りてェ情報ではあったけどよ」

 

 リニスは瞳を閉じ、胸に手を当てた。

 

「プレシアから話を聞いていただけではなく、私は彼女の使い魔。そして私とプレシアは精神リンクで繋がっていた」

 

 リニスの言葉を聞いて「なるほどな」と頷く土方。

 みなまで聞かずとも真選組副長はすぐに理解したようだ。つまり、リニスとプレシアを繋ぐ精神リンクという繋がり(パス)。それが、プレシアの抱く想いを説明させる要因なのだろう。

 

「だからこそ、精神リンクのお陰で私はプレシアの秘めた想いを……原稿にぶつける事ができました」

 

 と言ってリニスは紙の束を取り出す。

 

「いや、小説ゥゥゥ!?」

 

 と土方は口をあんぐりと開け、

 

「いやなんか喋ってる時、一々視線が下に向くなとは思ってたけど!! やたら説明が物語チックだなとは思ったけど!! まさかの原稿朗読してたのかよ!!」

 

 ツッコミしまくる。

 対して神楽は「なるほどォ」と納得したように呟き、沖田は手を上げながら。

 

「すんませ~~ん、この長い回想って後どんくらい続くんですか~~ィ? もうちょっとはしょれませんかィ?」

「うォォォい沖田さん!! そういう事聞くんじゃねェよ!! 今大事な話の最中なんだぞ!! なんだはしょるって!!」

 

 と新八がツッコムが、沖田は辟易とした表情で頬杖をつく。

 

「いやだって~、正直もう三話使ってんのにまァ~だ回想ですかィ? もう知るべきところ知れたんですしいいじゃないですかィ」 

「……あの、沖田隊長。そう言うメタな発言はちょっと……」

 

 と山崎がやんさわり進言するが沖田は、

 

「しかもそろそろ回想編クライマックスって予想してる読者がいるのにまだ回想入る気ですかィ? こういう回想はもっとパパっと終わらせないと読者がダレて――」

「沖田隊長ォォォッ!? あんたどこ目線で語ってんですか!! どこの編集者気取りですかあんた!?」

「まったく、的外れもいいとこアルな」

 

 神楽が腕を組みながら言えば、山崎が「そうですよ」と相槌を打つ。

 

「そういうメタとかは置いといて、今はプレシアさんの事情について考えることが重要で――」

「そもそも今の私たちの会話だって過去回想みたいもんなんだから、現在進行形で過去回想の過去回想してる真っ最中ネ」

「現在進行形で過去回想の過去回想ってどういう日本語!? つうかなにを指摘してんの!?」

「過去回想にいる癖して回想に文句言うのはお門違いアル」

「なるほど。回想中なのに回想に文句言っちまうのは確かに変な話だ」

 

 沖田は納得したように首を縦に振る。

 

「いやあんたらずっと変な会話繰り広げてますが!! なにこの摩訶不思議な会話劇!?」

 

 と山崎はツッコむ。

 

「とにかく、話を戻しましょう! ホントに話が進まないから!」

 

 新八の催促に対して、沖田「たしかにな」と頷く。

 

「このまま無駄な会話繰り広げて尺伸ばしに戻るし――」

「誰がそこに話し戻せっつったよ!!」

 

 と新八がツッコミ、続いて神楽が。

 

「そもそも1年近くも続き放置した挙句にまだ回想で尺伸ばし真っ最中ネ。作者は生きてる間にこの小説が終わるかどうかすら――」

「神楽ちゃんんんんん!! そういう話はやめてェェェェェッ!!」

 

 青い顔しながら新八が神楽の発言をストップ。すると続いて沖田が。

 

「つうか俺疑問に思うんですが、俺らの話し挟む必要あるんですかィ? 最初プレシアの回想じゃありませんでしたか?」

「そこは大丈夫アル」

 

 と言って、神楽は人差し指を立てる。

 

「私たち銀魂キャラは回想の細かい点によくツッコミ入れてるから無問題ネ」

「いや問題だらけだからッ!! その発言が!!」

 

 と新八は声を上げ、捲し立てる。

 

「そういう細かいとこはサラっと流そうよ!! つうかこの会話自体無駄かもしれないけど!!」

「安心してください」

 

 とここでリンディが笑顔で指を立てる。

 

「その為にリニスさんが原稿に向かってペンを走らせたって言ってくれたじゃないですか。これなら私たち視点になっても大丈夫です」

「母さんッ! 発言が全然大丈夫じゃありません!! 寧ろアウトです!!」

 

 とクロノがツッコミ、土方が「ホントいい加減にしろ!!」と怒鳴る。

 

「どこまでメタ発言連発すれば気が済むんだよ!! 下手したらメタルスライム出てくるレベルだぞ!!」

「なにッ!? ならば聖水を使わねば!!」

 

 と近藤。

 

「局長! 俺たち別にドラクエの話とかしてませんからね!!」

 

 と山崎がツッコムと土方は青筋浮かべてまた怒鳴る。

 

「物語っつうか事件の核心に触れる部分なんだからこれ以上メタ発言で流れぶち壊すんじゃねェよ!! 話が一向に進まねェんだよ!! もう60話過ぎてんのに!!」

「いや、お前もばっちりメタい発言してるアル」

 

 と神楽がジト目で土方を見る。

 

「コホンッ!」

 

 とクロノが咳払いし、リニスに顔を向ける。

 

「……とりあえず、まだ話は終わってんないんだ。続きを頼む」

「えぇ、では……」

 

 そしてリニスはまた過去(原稿見ながら)を語り始める――。

 

 

 プレシアがトンラスの所属する組織と上辺だけの協力関係を結んでから、更に二年の歳月が経過した。

 現在、時の庭園はミッドチルダ南部の『アルトセイム地方』に停泊中。

 

「アハハッ!! こっちこっち!!」

 

 フェイトはオレンジ色の小さな狼と一緒に時の庭園の庭で走り回っている。

 その映像をプレシアは優し気な笑みを浮かべて眺めていた。

 

「……あの狼があなたの報告したフェイトの使い魔?」

 

 プレシアは紅茶を入れる女性――リニスに話しかければ、山猫の使い魔は笑顔で「えぇ」と返す。

 

「あの激しい雨の晩に、フェイトが弱っている子供の狼を保護したんです。そしてそのまま使い魔に」

「まったく……あの子は本当に優しい子ね……」

 

 フェイトに何があってもいいように、外にはスフィアを張り巡らせていたので知ってはいた(もちろん、トランス監視用のスフィアも混ざっている)

 びしょ濡れになるフェイトを助けたいとは思っていたのだが、トランスとの取り決めで手助けをすることができなくなっているのが歯がゆくはあるが。

 

 白いティーカップに紅茶を入れたリニス。クッキーを乗せた皿と一緒にカップを机の上に置き、プレシアの前に差し出す。

 

「ありがとう」

 

 プレシアは軽く笑みを浮かべて紅茶を口にし、「いつも通り良い味ね」と感想を漏らす。

 やがてプレシアは真剣な表情をリニスへと向ける。

 

「それで、フェイトの魔導師としての教育はどうなっているの?」

 

 今、フェイトの先生は基本的にこのリニスだ。

 以前飼っていた山猫――『リニスから生み出したクローン』。それを使って生み出した使い魔が今のリニス。(遺伝子の提供者はクソガキで、殺したのもそのクソ白髪)

 そしてリニスの素体になった山猫は、死んだ山猫とは違う存在だった節があった。やはりここら辺も人間と同様の結果になる、というデータを得ることに繋がった。

 

 まだクローン技術が死人を蘇らす技術ではないと認識できなかった頃。戻って来たアリシアが寂しくならないようにと、生み出してしまった命。

 殺すことはできないし、フェイトの教育係は必要。だからこそ、使い魔としてリニスのクローンを選んだ。

 今、プレシアはフェイトの為のデバイスを製作中。あとは娘が大怪我をしない程度のロストロギア回収の任務を吟味している最中である。

 

「順調に――どころか異常なほどですね。やはりプレシアの娘……あの子の魔導師としての潜在的能力は計り知れません」

 

 リニスは真剣な表情で語りつつも、言葉の最後に「もしかしたら、将来はあなたを越してしまうかもしれませんね」と言って笑みを零す。

 

「フフ、そう。さすがは私の娘。それは楽しみだわ」

 

 笑みを浮かべるプレシア。視線を画面に映し、小さな狼と遊んでいる元気な娘の姿を眺め続ける。

 手の甲で頬杖を付き、やがて瞳には憂いが宿る母。そしてふと、ある事を口にした。

 

「あの子のあんな無邪気の姿を見ていると、思い出すわね……夢のこと……」

「前に話した……二年くらい前からたまに見る、アリシアと会ったり、それどころかフェイトやアリシアと一緒に過ごす夢ですか?」

「えぇ……」

 

 白いティーカップを撫でながら、プレシアは愛おし気に語る。

 

「内容はまったく覚えてないけど……アリシアどころか、フェイトと三人で会って、話して、遊んで……そんな感覚は残ってるの……。あの子たちと楽しい時間を過ごしたって満足感が……心のどこかに残ってしまう感じ……。まぁ、夢だし、覚えてないんだけど……不思議よね?」

 

 最初にアリシアの夢を見た、という感覚が残ったまま起きた時は、頬から涙が流れていたくらいだ。

 その時はさすがに、ヤバイ、末期だ……なんて思い、精神科を受診するか本気で悩んだレベル。

 

 ただ、末期症状からくる夢のお陰か、長年抱えた娘に会えないストレスが緩和されて精神は結構安定していた。だから、受診とかは見送ったが……。

 

 コレって神様の送りモノかしら? なんて冗談めかして言う主に、使い魔は不安そうな表情で。

 

「……あの、プレシア。フェイトに変な術とか、かけてませんよね?」

「いやなんで?」

 

 食い気味にツッコミ入れるプレシアに、リニスは苦笑を浮かべる。

 

「いや、フェイトもなんか、プレシアや記憶にない姉と一緒に楽しい時間を過ごした、って夢を見るそうなので」

「…………えッ?」

 

 マジで? と言いたげな表情を浮かべるプレシアに、リニスは汗を流しながら言う。

 

「ありえないとは思いますけど、あんまりにもアリシアとフェイトが恋しくて、プレシアがなんらかの呪術を用いているのか思ったもので……」

「あなた私をなんだと思ってるの!? 私の使い魔よね!?」

 

 リニスは顎に手を当てながら、怪訝そうに片眉を上げる。

 

「もしプレシアの身に覚えがないのなら、あなたの邪念が怪電波のように流れて、フェイトの夢に悪影響を及ぼしているのかも……」 

「なんで私の娘への恋慕が邪念になるのよ! 娘に対する愛情を毒電波みたいに扱わないでちょうだい!」

「いや恋慕の使い方間違ってますから! いや、あなただとあながち間違ってない気がしてきますけど……」

 

 リニスは若干呆れ気味にため息を吐いてから問いかけた。

 

「……となると、あなた以外で原因は?」

「どう考えても記憶転写の副作用でしょう? あの子にはアリシアの記憶もあるんだから、夢で記憶の混濁が起こってるって考えるのが普通でしょ?」

「あッ、なるほど……」

 

 ポンと掌に拳を打ち付けるリニスに対し、プレシアは「まったく」と言いながら右手で頭を抑えた。

 

「先にそっちを連想して欲しいわ。使い魔なんだから、ちょっとは主に対する礼儀を持ちなさいよね……」

 

 言われたリニスは複雑そうな表情で言い辛そうに、

 

「いやでも……あなたの使い魔だからこそ……その……もう狂ってるんじゃないかと思う、それこそ何かしらの呪いかけそうなほどの、娘に対する念が来るもんですから……。もう……私の手に負えないレベルの……」

 

 言われ、プレシアは露骨に視線を横に逸らす。

 

「……うん。……まぁ……自分が末期な自覚はー……ちょっとー……あるかもだけどー……」

「いや、そこはもっと自覚を持ってください……」

 

 リニスはため息を吐きながら、苦笑を浮かべる。

 

「今は順調にフェイトが育っている大事な時期なんですから、まずは我々がしっかりして導いていかないと。夢に現を抜かして、変なボロを出さないでくださいよ?」

「えぇ、そうね。フェイトの大事な成長の手助け。疎かにするつもりはないわ」

 

 釘を刺され、うんと頷くプレシア。やがて顎に手を当て、視線を流す。

 

 ――にしても、フェイトがアリシアと自分の夢を見るとは……。やっぱり……寝る前に娘たちに祈りを捧げる習慣が原因かしら? 愛情の念を送っているのが、通じたのだろうか?

 

 さきほどまで微笑みを浮かべていたリニスだったが、すぐに表情を暗くする。

 

「しかし……フェイトの成長……。本来は喜ばしいことですが……」

 

 リニスの言わんとすることを察して、プレシアは表情を険しくさせる。紅茶のカップを持つ指に力が入り、白い持ち手に亀裂が入った。

 

「あのクソガキのいる、〝クソッタレ組織〟にとっても喜ばしい事でもあるものね……!」

「ぷ、プレシア……。子持ちの母ですし、もう少し言葉遣いには気を付けた方が……。それに、そういう言葉は普段口にすると、癖になって無意識に出てしまいますし……」

 

 リニスは汗を流しながらたしなめる。

 

「……そうね。では、言い直すわ。あのクソウ〇コクソガキにはホントに辟易して――」

「プレシアッ!? 全然言い直せてないどころか意味も単語も重複してる上に汚いです! ホントに一児の母の自覚がありますかッ!?」 

 

 とリニスはツッコミ入れた後に「怒る気持ちはよく分かりますが抑えて!!」となだめる。

 プレシアはふぅと息を吐いて紅茶を口に運び、気持ちを落ち着けた。

 

「……リニス。これからもあなたには色々と迷惑をかけるかもしれないけど……フェイトのことをよろしく頼むわ」

「ええ、もちろん。私の全身全霊をかけてフェイトを守り、最高の魔導師に育ててみせます」

 

 リニスには最初、事情を教えなかった。アリシアのこと、フェイトのこと、そして組織の存在も。自分が今抱えている問題やこれから行おうとしていることですら。

 過去のことから自分の抱えている問題について教えるのは、使い魔として完成してから。そしてフェイトとある程度触れ合わせてからの方が良いと考えたからだ。

 リニスを使い魔として生み出して三か月が過ぎた辺りで、封印した記憶を戻した。さらにフェイトの出生の秘密、今起こっている現状、アリシアとフェイトを救う為の策を全て伝えた。

 

 全てを知った後のリニスの表情は……痛々しかった。涙を流し、言葉がでないと言わんばかりに俯いて。

 アリシアに飼われていた時の記憶も戻り、今はフェイトの育て役。だからこそ、山猫として母性が強い彼女を余計に悲しませ、混乱させたことだろう。

 

 だが、リニスはすぐに決意を固めた表情で。

 

『フェイトとアリシア――お二人を必ず救いしましょう!』

 

 と、使い魔からはっきり告げられた時、プレシアはとても心強く嬉しかった。

 二人の娘を救うという強い感情。精神リンクのせいか、使い魔側の感情がはっきり伝わってきた時は、思わず涙と笑みすら零してしまいそうになるほど。

 

「でもやはり、フェイトの為とはいえ……あの歳の子が母親と満足に触れ合うことができないというのは、心苦しいですね……」

 

 悲しそうな表情で視線を落とすリニス。

 

「仕方ないわ……。もしあの子に私が〝母親〟として接すれば、連中が私を『良心の欠如した協力者(けんきゅうしゃ)』ではなく『(フェイト)を優先する(じゃまもの)』であると悟られてしまう」

 

 トランスの組織ははっきり言って、自分たち親子の愛情や絆ですら利用する為の道具としか思っていないだろう。

 フェイトの愛情を知られたあげく、『協力をしない側の人間』であると判断された場合は最悪だ。どんな悪辣な手を打ってくるか分かったもんではない。(まあ、普段からトランスをボコボコにしてるとはいえ)

 アリシア以外はどうでもよい人物であると思わせる他ない。

 

 なんとかこの二年、フェイトと触れ合いたい、ハグしたい、添い寝したい、一緒にお風呂入りたい、キスしたい、という気持ちをグッと堪えてきた。厳しく冷たい母親を演じてきたのだ。

 まあ、さすがに完全に冷酷になり切れないので、厳しさの中にちょっとした優しを小出しに見せちゃっているが。

 

「管理局に通報する手段はないのでしょうか?」

 

 リニスの言葉を聞いてプレシアはため息を吐く。

 

「リニス……あなただって分かっているでしょう? 連中にそんな隙は一切ないの」

 

 プレシアの言葉にリニスは表情を曇らせる。

 

 事実、この時の庭園内は外部との通信手段は遮断。外でも連中の監視が目が光っているようで、外に出てもトランスが付き纏う始末。

 付き纏ってない時に管理局連絡しようと試してみたら、

 

『ちゃ~~んと見てるわよ~~。管理局に連絡とかやめてね? ね? ね?』

 

 などとウザったい忠告を頭に直接流しこんでくるのだファッキン。 

 助けを求める手段もなく、自分たちの気持ちを打ち明けられる場などこの時の庭園内をおいて他にない。

 この徹底した監視体制は、プレシアがプロジェクトFを完成させ、フェイトに対する想いが変化した頃から顕著になった。

 

 フェイトの思いに気付くまでは、通報など露も考えていなかった。それだけに、自分の娘に対する感情をいいように利用されたのが如実にわかる。

 

 プレシアはより眉間に皺を寄せて言葉を続けた。

 

「かといって管理局に通報が成功して、アリシア救出の為に管理局が動いているなんてことが連中に知れれば、まず間違いなく通報したのは私たちだと勘づくはずよ。そしてアリシアは……」

 

 肉塊(ハンバーグ)になって帰って来る……――。

 

 最悪の事態を想像をして、顔を青くさせるプレシア。その表情は苦虫を嚙み潰したようになってしまう。

 

 プレシアにとっての最大の障害なのが皮肉にも娘たちの存在。

 人質に取られているアリシアはもちろんのこと、時の庭園にいるフェイトだって現状安全だとは言い難いのだ。

 

 しかも、トランスが所属する組織の名すら自分たちは知らない。無論、組織の規模の把握など論外だ。どれほどの規模を持った連中か分からない以上、奴らが部隊を率いて本気でフェイトを無理やりにでも攫いにくる可能性だってある。

 そうなった場合、いくらプレシアが大魔導師と言ったって分が悪る過ぎる。規模も分からない組織が相手な上、娘が人質に取られた状態で戦うなんて愚の骨頂もいいところだ。あっちが何もしてこない現状を維持する為にも、大人しく連中の協力者という立場を演じ切る他ない。

 

『プロジェクトF.A.T.E』と言う交渉材料がいつまで通用するか分からない。なによりあのような連中に『プロジェクトF.A.T.E』を渡して高い魔力資質を有したクローン軍団なんてモノを作られた暁には――最悪、後々管理局でも手に負えないような大組織に成長してしまうかもしれない。

 娘だけ取り返しても、下手したら口封じとばかりに娘との平和な暮らしをデストロイされる可能性も低くない。

 

「チャンスが来るまで私たちは耐え忍ぶ他ない……」

 

 絞り出すようなプレシアの言葉を聞いて、リニスは俯き、悔し気に拳を握り絞める。

 アリシアを救う機会が来るまでは『プレシアはフェイトをただのクローンだと思っている人間』と、思い込ませておく必要があるのだ。

 

 今は我慢の時、そうプレシアが自身言い聞かせてから更に一か月経った頃……。

 

 

「あ、あの……こんにちは……。フェイトのお母さん……」

 

 人間態のアルフが自分の書斎に入って来た。

 フェイトより少し身長が低い狼の使い魔は、ぎこちない笑みを浮かべている。

 

「…………」

 

 ――どうしようかしら……。

 

 フェイトの使い魔であるから、邪険にしたくはない。が、この使い魔にだって自分が『冷血な母親』であると印象付ける必要がある。

 むしろこれは良い機会かもしれない。

 

 ――ちょっとだけ、使い魔としての能力を試してみましょう。

 

「あたし、フェイトの使い魔のアルフだよ。初めましてでよろし――」

 

 汗を流しながら笑顔を浮かべるアルフ。対し、プレシアは手をかざしていくつもの魔力弾を精製。

 

「えッ!?」

 

 アルフは目の前の光景に唖然。

 

 ――ごめんなさいね……。

 

 雷を帯電させた紫色の魔力弾をアルフに向かって発射するプレシア。

 

「うわわわッ!?」

 

 アルフは驚きながらも俊敏に避ける。

 

 ――さすが狼の使い魔ね。って言うか、猿かしら?

 

 内心失礼なことを多少思いつつ、フェイトの使い魔がちゃんと成長していることにプレシアは安堵。そして冷徹な視線をアルフに向ける。

 

「使い魔にするなら素材を選ばないといけないのに、リニスの失策ね。これではフェイトの出来も知れたところかしら」

「リニスは良い奴だ!! フェイトだって優しい!!」

 

 アルフはプンスカ怒りながら、つたない言葉で抗議。リニスとフェイトがしてくれたことを話しだす。

 

 ――あらあら。随分素直で良い子じゃない。これならフェイトをちゃんと守ってくれそうね……。

 

「リニスはフェイトと一緒にお風呂も添い寝もしてくれるッ!!」

 

 アルフの言葉を聞いてプレシアの眉がピクリと動く。

 

 ――……あらリニス。フェイトと〝一緒にお風呂〟だなんて羨ましい事この上ないわねチクショー。私だってここ二年、まッッッッたくあの子とお風呂も添い寝もしてあげてないのになークソッタレ……!!

 

「そんでほっぺやおでこにお休みのチューとかいうのもしてくれるッ!!」

 

 プレシアはガバっとアルフに顔を向け、アルフはビックリ。なにせ見開いたプレシアの目がやたら怖いから。

 

 ――リニィィィスッ!! それ私一回だけッ!! 何回したッ!? それ何回したッ!?

 

 心の中で涙を流しながらプレシアは悔しがるが、表情には出さない――ちょっと涙目だけど……。

 そして表情を戻しながら椅子に座り直し、アルフに冷たい視線を向けなおす。

 

「使い魔はペットじゃないのよ? あなた、使い魔の使命を知ってる?」

「しめいって……オトコのひとがオンナのひとを選ぶときの――」

「それは指名よッ! あなたそれどこで覚えたの!?」

「リニスが夜中に見ているドラマで――」

 

 ――リニスコラァァァッ!! なにいたいけな少女に年齢層高いドラマ見せてんのよッ!?  まさかフェイトにも見せてんじゃないでしょうねぇぇ!? リニィィィィス! キルユーーッ!!

 

 その時、山猫の使い魔の背中に悪寒が走ったらしい。

 プレシアは表情を戻してアルフに説明する。

 

「いい? 使い魔の使命というのは――」

 

 使い魔がどういった目的で生まれ、使命を果たせば消えるという説明を聞いたアルフ。

 真実を知った小さな使い魔は悲しみにくれ、雨の中で泣いていたらしい。

 プレシアとしては悪い事をしたと心の中で謝る他なかった。

 

 だがその翌日。

 アルフはフェイトとより絆を深め、使い魔としての誓約を誓う。フェイトとちゃんとした契約を結んだ事がリニス経由でわかった。

 

 それからまた月日は経過。

 

「どうやら、使い魔としての契約を結んでからのアルフの成長は、中々良好のようです」

 

 書斎でリニスは紅茶を入れながら笑顔で説明を続ける。

 

「今では魔力を込めた拳でバリアを破壊する程ですよ。魔力の圧縮が得意ですし、きっとフェイトの良いサポート役に成長してくれます」

「フフ……それは頼もしい限りね」

 

 プレシアは笑みを浮かべた後、机の上に肘を乗せた。

 

「……時にリニス。ちょっと小耳に挟んだのだけれど……」

 

 スッと表情を変えて、顔の前で手を組みながら自身の使い魔に目を向ける。

 

「あなた……フェイトのほっぺとかおでこにおやすみのキスを良くやっているそうね~? 〝私〟を差し置いて」

「ッ……!?」 

 

 リニスはサッと視線を逸らし、「え、えぇ……まぁ……」と曖昧に返す。対して、プレシアは立ち上がりずいっとリニスに顔を近づける。

 

「あと夜中にクッキーぼりぼり食べながら、レンタルした深夜枠のドラマ見ているそうね? 〝幼い〟フェイトやアルフと一緒に」

「お、おおおおおおおふたりが見たいと言うモノでつい……」

 

 リニスは両手を前に出して顔を逸らしながら汗をダラダラ流す。

 プレシアはため息をついて椅子に座り直す。そして、机の上にあるアリシアと一緒に写った写真立てに悲しみ帯びた目を向けた。

 

 いいなぁぁ……自分も娘とそういう事してみたいなぁぁぁ……、なんてちょっと羨ましがっている時――。

 

《転送反応確認》

 

 時の庭園の防衛システムが来訪者を察知。同時に、リニスとプレシアはすぐに表情を真剣なモノに変えた。

 

「奴らですね……」

「ええ、今日も事前連絡もなしに来たようね……」

 

 奴ら、それはもちろんトランス、引いては悪質な組織たちとの唐突な会合の時間の来訪。もう通算にして五十近い。

 お互いの顔を見合わせて出迎える準備を始める二人。

 プレシアはモニターを出して来訪者の様子を確認。

 

「あのウザい小娘に……初めてみる奴らもいるわね……」

 

 時の庭園に近い場所。そこに映るのは三人の人間。トランスの横にはサングラスにスーツを着た男が並び、その後ろには白衣を着た男が歩いていた。

 

「どうやら、トランスやアル以外の構成員といったところでしょうね」

 

 リニスの言葉に、プレシアも内心で妥当な予測だと同意を示す。

 

「リニス、私はここで監視をしているから、あなたは連中の出迎えをして」

「了解しました」

 

 そう言って、リニスは小走りにトランスたちの元へと向かう。

 リニスが書斎から出た後、プレシアは映像を切り替える。

 画面にはアルフと魔法の練習しているフェイトの姿が映り、プレシアはその姿を心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 時の庭園。その住居たる城の入口へと向かい歩く三人組。

 

 冬用のオーバージャケットとズボンを履き、腰まで長い白髪を揺らす少女――トランス。彼女は手を後ろで組みながら歩き、視線を横で歩いている男に向ける。

 

「もォ~~、な~~んで私一人に任せてくれないかにゃ~~。大丈夫って言ったじゃ~~ん、〝パラサイト〟くぅ~~ん」

 

 黒髪が逆立った、サングラスをかけた黒スーツの男――パラサイト。彼は両手をポケットに突っ込みながら青筋を浮かべた。

 

「……今回はお前だけじゃ心配だからこうやって俺も来てんだろうが」

 

 黒髪の男はサングラスの下から目をジロリと、浅黒い肌の少女に向ける。対してトランスはワザとらしくやれやれと首を横に振る。

 

「ひっど~~い、私がミスするとお思いで?」

「その煽り全開の口調続けて、あの年増女に炭にされても知らねェぞ?」

「…………」

 

 心当たりありまくりなのか、ちょっと視線を逸らして汗をダラダラ流すトランス。

 

「まッ、下手なこと言って大魔導師の大魔法の餌食になりたくねェし、俺は黙って〝博士の護衛〟に専念しとくけどよ」

 

 骨は拾ってやるぞ? と最後に言葉を付け足すパラサイト。

 

「ふぅ~~、なんだか寒いのに汗かいて喉乾いた……ちょっと水分補給」

 

 汗を拭うトランス。彼女はどこからかペットボトルを取り出し、蓋に手をかける。

 取り出した容器には、あらゆる絵の具の色を混ぜたような液体が半分ほど入っており、それをごくごく飲む。その間に、後ろに付いて歩いていた白衣の男は、横へと顔を向けて別の場所へと向かってしまう。

 えげつない色をしたモノ飲む相方を微妙な表情で見るパラサイト。

 

「いつも思うが、よくそんなモン飲み続けられるな」

「ごくごく……ふぅ、クソまずい。もう――飲みたくない!」

「もう一杯、じゃねェんだ。じゃあ飲むの止めろよな」

「でも体のために飲むの」

「むしろ体にすんごく悪そうな色してるけどな……」

 

 トランスの飲む液体に若干引き気味のパラサイト。

 二人がそんなやり取りをしながら歩いていると、プレシアの使い魔が前の道から歩いて来た。

 

「お待ちしておりました」

 

 足を止め、恭しく頭を下げるリニス。

 

「書斎でプレシアがお待ちです」

「案内ご苦労様。山猫ちゃん」

 

 ニコリと笑みを浮かべ、軽く上げた手を振るトランス。

 ポケットに手を突っ込んだまま気だるげな態度のパラサイトに対し、顔を上げたリニスは少し訝し気な視線を向けた。

 

「……あの、それでそちらの方は初めて見ますが、どのようなご用件なのでしょうか?」

「ん? あぁ、俺は後ろにいるヤツの付き人だ。俺自体は用はねェよ」

 

 そう言って、パラサイトは親指で〝誰もいない空間〟を指さす。

 

「…………あの……後ろに誰もいないのですが?」

 

 リニスがかなり怪訝そうな表情で聞けば、パラサイトは眉間に皺を寄せる。

 

「なに言ってんだ? 後ろにいる白衣着た――」

 

 そう言って顔を後ろに向けるパラサイト。そして言葉が止まった。

 トランスも釣られるように後ろに顔を向ければ、驚いたように目を丸くしてしまう。

 それもそのはず。なにせさっきまで後ろにくっ付いて歩いていたと思った白衣の男――博士の姿が、影も形もなくなっていたのだから。

 

「「…………あれ?」」

 

 思わず声を漏らす二人。

 

 

 そして場所は変わって、時の庭園から少し離れた場所。

 現在、時の庭園が停泊しているミットチルダ南部の『アルトセイム地方』。今は雪が降り積もる季節となり、時の庭園の外は白く染まっていた。

 

「どりゃぁぁぁぁッ!!」

 

 アルフは拳に魔力を込めてその辺の岩に鉄拳を打ち込む。すると、岩にいくつもの亀裂が入った。

 それを見てフェイトは白い息を漏らしながらパチパチと拍手。

 

「アルフ凄いよッ!」

「へっへ~ん!」

 

 アルフは自慢げに胸を張った後、

 

「鉄拳無敵!!」

 

 とサムズアップ。

 

 その時――ザク、ザク、ザク、と雪が等間隔で踏みつけられるような音。それがアルフの狼の耳に入った。

 狼の鋭い聴力によって、聞き逃さなかった音のする方へと視線を向ける使い魔。

 

「…………おや、予想より反応が良いですね」

 

 聞こえた声によって、フェイトの視線もアルフと同じ方へと向く。

 白衣を着た謎の男。その人物はどうやら二人の死角になる方角から歩いて来たようで、彼の後ろにある白い足跡がその証拠。

 

「ッ!? だ、誰だお前!?」

 

 驚くアルフは咄嗟にフェイトを守るように前に出た。犬歯を剥き出し、威嚇。

 フェイトもフェイトで、まったく見覚えのない不審な人物に対し、警戒の様子を少なからず見せていた。

 だが、アルフの事は眼中にないと言わんばかりに、白衣の男はフェイトをマジマジと見続ける。

 

「ふむ……使い魔の成長具合から考えて、やはり先天的に魔力の才能を親から引き継ぐ事には成功しているようですね……」

 

 ぶつぶつ呟きながら一歩一歩フェイトに近づく白衣の男。その目が、少し鋭くなる。

 

「なるほど……量と質が高い……年齢にそぐわないほどの魔力。運用の技能も肉体に自然に身についている。やはりデバイスの持ち主としては――」

「ふぇ、フェイトに近づくなッ!!」

 

 再び威嚇の怒声を出すアルフ。フェイトの前で両手を広げながら唸り声を鳴らす。

 何を考えているのかわからない不気味な相手に対する恐怖が沸き上がる。だが、大切な主を守るための気持ちの方が勝っていた。

 

 これ以上近づいたら噛みついてやる! と言わんばかりのアルフの攻撃意思。それを察したのか、白衣の男の足が止まる。

 男は顎に手を当てて「ふむ……」と声を漏らして、視線を逸らす。

 

「…………あいさつをした方がいいでしょうか?」

 

 と呟く男は、やがて姿勢を正して、

 

「初めまして。私は――」

 

 腰を曲げて一礼し、

 

「私は…………私は…………」

 

 そこまで言って言葉を止めた。

 謎の男は曲げた腰を戻して「ふむ……」と呟き、再び顎に指を当て、視線を横に逸らす。

 

「「??」」

 

 相手の不可解な一連の行動に、フェイトとアルフは困惑の表情。

 

「な、なんだよおまえ……!?」

 

 不気味に感じたアルフが引き気味の声で言葉をぶつける。

 対して白衣の男は視線をアルフへと向けて、

 

「いえ……本名を名乗れない事を思い出したので……なんと名乗ろうかと。なんと名乗ればよいでしょうか?」

「「????」」

 

 困惑の色がより一層濃くなった幼い二人。

 相手の言動があまりにも頓珍漢で、いや知らねえよ、的なツッコミを入れるほどの思考的余裕すら持てない少女たち。

 白衣の男はぶつぶつと呟いた後に、

 

「……じゃあとりあえず、〝博士〟と名乗っておきましょう」

 

 白衣の男は姿勢を正し、腰を曲げて一礼。

 

「初めまして――私は博士です」

 

「「??????????????」」

 

 二人の困惑はより一層深くなったのだった。




第六十三話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/73.html

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