魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第六十二話:親の愛は海より深く、山より大きい

 とりあえず、アリシア復活からの、プレシア心の絶叫――

 

あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あッ―――!!

 

 からの、発狂。

 

「…………その~~……落ち着い――」

 

 汗を流しながら声をかけるトランスの片足を持って、

 

「えッ!?」

 

ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙あ゙あ゙あ゙あ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙あ゙あ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙あ゙あ゙あ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッッッ!!

 

 ビターン!! ビターン!! バシーン!! ベシーン!! と小さな少女を何度もハンマーのように床に叩きつけ滅多打ち。

 

「あ゙ゔッ!! お゛べッ!!  はぎゃッ!! あ゛べッ!! お゙ゔッ!! ふぎゃッ!! え゙ゔッ!! ごべッ!!

 

 地面がひび割れるほどの勢いによる少女のたたきが、数分ほど続いた……。

 

 

 

 

 ――なんかもうツッコミたいし、白髪小娘を半殺しにしたい(した)し、死ぬほど疲れたし、色々思うところは多分にあるが、アリシア復活を喜ぶ。そもそもデバイスに関しての今までの説明が全部嘘だったかもしれないが、喜ぶしかない。

 

 ――つうかアリシア存命(コレ)も嘘だったら、このガキ百万回ブッコロス!

 

 ブッコロスと心に決めたガキは、満身創痍のボロボロ状態。

 地面に倒れ伏すトランスは、なんとか顔をあげつつ。

 

「…………と、とりあえず……た、たたた単刀直入に言って、アレな空気になっちゃったけど……まァ、気持ちを落ち着けましょう。あなたの二十年は……無駄になってないから」

 

 気持ちをとにかく必死に抑え付け、プレシアは冷静に言葉を返すように努める。

 

「……んだよ、ふざけんよ……二十年はなんだったんだよ……死ねよ……!」

「ぉぉぅ……こわァ……」

 

 ダメだ。まったく心が落ち着かない。呪いの言葉が口から洩れる。

 プレシアはジロリと白髪の少女に、冷たい視線を向けた。

 

「それで……私が数年かけて作った……アリシアの〝新しい体〟はどうするつもり?」

「…………」

 

 トランスは、アリシアと瓜二つの少女(からだ)が入った円柱の水槽(ポッド)に、チラリと視線を向ける。しばし、アリシアのそっくりの体を見てから、プレシアへと視線を戻す。

 

「……とりあえず、アリシアちゃんはこちらで預かると言う方針で」

「ナニイッテンダオマエ?」

 

 ガシッとトランスの頭を鷲掴みするプレシア。

 プラーンと体を人形のように持ち上げらた少女は、汗をダラダラ流しながら。

 

「え、ええっと……その……あ、アルに記憶転写させた後、あなたがそこのクローンを育ててくれませんでしょうか?」

「フザケンテノカ?」

 

 少女の白い頭からミシミシと音を出させながら、今にも人殺しそうなほどの殺気を含んだ眼光を浴びせるプレシア。

 

「オマエ、死ニタイヨウダナ?」

「ちゃんと聞いてくださいちゃんと聞いてください! こっちの話を聞いてください! 理性を取り戻してください!」

 

 トランスは青い顔で慌てながら説明を開始。

 

「組織の科学部門の見解では!! やっぱりアリシアちゃんの肉体が一番今のところ(デバイス)との適合率が高いみたいなことになったの!! すんごい候補者がいたけど結局はアリシアちゃんなんです!! つまり娘さんは宝くじの一等が当たったみたいな――!!」

「ツマリ、クローンヲ、娘ガワリニ、シロト?」

 

 瞳に影を落としたプレシアの体の周りにバチバチと紫色の電気が迸り始める。

 

「ちょちょちょちょッ!! ちがちがちがちが!! 助けて助けて助けて!!」

 

 顔面蒼白のトランスがデバイスに助けを求め、デバイスが一歩前に出ると、

 

「ウゴイタラ、コイツヲ殺ス!!」

 

 プレシアが凄まじい眼光を向ければ、デバイスはピタリとアリシアの足を止め、その動きを封じる。

 

「つうかもう今にも私を殺しそうじゃん!!」

 

 ほぼ助けゼロ状態になったトランスは、汗と涙を流しながら両手を合わせて必死に懇願。

 

「と、ととととにかく説明を聞いて!! お願いだからお願いだからお願いだから!!」

「サッサトイエ。死ヌマエニ」

 

 プレシアの真っ黒な影で覆われた顔は――目を赤く光らせ、歯を鋭くさせ、口から白い煙を出しながら、獣のようにグルルル! と唸り声を上げているようにさせ見える。

 今度は首をガシっと鷲掴みにされた少女は「あわわわわわわわわ!!」と慌てながら必死に話し出す。

 

「つ、つつつつまりね!! で、デバイスの新しい体をあなたに育てて欲しいんですぅー!! 娘さんとほぼ同じなんですから適合率も問題ないでしょうしィー!! それである程度育ったら娘さんと交換と言う事でェェェ!!」

「オメェガ、ソダテロ」

「最もですよね!! 最もな意見ですよね!! でも!! 私たちは人間の子供、ましやて魔導師を一から育てるノウハウはないの!! つうかやりたくないの!! だから人間の母親であるあなたに、ある程度クローンを育てて欲しいんです!! お願いします!! もうちょっとで娘が返ってくるんだからそれくらいサービスして!! お願い!!」

 

 プレシアはジロリと、アリシアと瓜二つの体が入った水槽に目を向けてから、トランスへと視線を戻す。

 

「……なんで、アリシアのクローンが、魔導師に……育つの?」

「えッ?」

 

 プレシアの疑問を訊いて、トランスは汗をダラダラ流した後、「え~~っと……うんと……その……」と呟いてから、思いついたように。

 

「……か、科学的なアレとか……ソレとか……コレから導き出した……奇跡の結論? みたいな?」

「……あん?」

「け、決してー……プロジェクトFだと結局生まれるのは、別人とか別の命とかじゃー……ないからー……」

 

 露骨に顔を逸らすトランス。

 

「…………」

 

 プレシアはチラリと視線を移し、液体の中に浮かぶアリシアと瓜二つの少女を見つめる。

 青い顔をしながらプレシアの返答を待っているであろう白髪少女。

 やがて、プレシアはため息を吐き、

 

「…………わかった」

「へッ?」

 

 呆けた声を出すトランスに対し、プレシアは冷めた視線を向けながら言う。

 

「……クローンをある程度育てたら、アリシアを返してくれるのね?」

「そ、そそそそそそりゃもちろん!」

 

 首を縦にブンブン振るトランス。

 再び、アリシアそっくりの少女を見つめながら、

 

「…………わかった」

 

 プレシアは手から徐々に力を抜く。

 プレシアの拘束から逃れたトランスは尻もちを付いたまま、水槽を見つめる大魔導師から距離を離そうと後ろに下ろうとした時、

 

「データ」

「は、はい?」

 

 ボソリとプレシアが言った単語に、トランスは呆けた声を漏らす。

 

「記憶転写用のデータ」

 

 プレシアが冷たい声でハッキリと告げれば、気付いたトランスは青い顔しながら答える。

 

「そ、そそそそそうですねー!! じゃ、じゃあ! あ、アルをつ、つつつ連れて来てくれない? き、記憶転写用のデータを渡す予定だったから!!」

 

 自分から攻撃されないように、アリシアの近くまで尻を引きずりながら下がるトランス。ちなみに近づいた瞬間、白髪の少女は小さな金髪少女の体にギュッと抱き着いていた。

 

 プレシアは時の庭園の警備用の傀儡兵に指示を出し、アルを連れてこさせる。

 

 二体の傀儡兵によって連行させられたアルの姿は――両手を魔法妨害用の手枷で封じられ、両足には鉄球付きの足枷(魔法妨害用)付きだった。

 その姿を見たトランスは「せ、世紀末過ぎる!」とアリシアの体の近くでガタガタ震えながらビビりたおしている始末。逆に、アルの方は穏やかな表情だが。

 

 まだダメージと恐怖で満足に動けないのか、四つん這いのハイハイ状態でアルに近づくトランス。

 

「そ、それじゃあ……き、記憶転写用のデータを……」

 

 アルに長方形状のモノを渡すと、ゆっくり立ち上がって、青い顔のまま苦笑いを浮かべ始める。

 

「あ、アハハハ~~……! そ、それじゃあ私はこれで!!」

 

 これ以上は状況的にも肉体的にも危険と判断したのか、アリシアの体を連れて退散するトランス。

 

「…………」

 

 白髪と金髪の少女二人が、時の庭園からいなくなったという分かった後も、プレシアはただただ、保存用の液体の中に浮かぶ幼い少女を、見つめ続ける――瞳にどことなく、憂いの感情を帯びさせながら。

 すると、

 

「少し前に〝ボクがちょっと言った事〟について、考えているのかな?」

 

 今まで一言も喋らなかったアルが、言葉を発した。

 声の方へとチラリと視線を向ければ、ニコリと薄く笑みを(たた)えている白金頭の女。

 プレシアは視線を落としてから、再び水槽(ポッド)に視線を向けつつ、言葉を口にする。

 

「…………〝プロジェクトFは死者蘇生の技術ではなく、新たな命を生み出すだけの技術にしかならない可能性〟って、話よね」

「そう。それで、そうやって物思いにふける君は、どう思うんだい?」

 

 と尋ねるアルに対し、プレシアは詰まったモノを漏らすように、声を出す。

 

「……もしあなたの言う通りなら……私はロクでもない人間ってことかも……しれないわね……」

「その考えに至った、理由は?」

「一つの人間の命を犠牲にしたあげく……その命を勝手に娘に背負い込ませようとしていた……ってことよね? ある意味ひどい罪人よね、私って……」

 

 「まぁ、あの狂人(バカ)の仲間であるあなたには、理解できない感情でしょうけど……」と言うプレシア。

 

「そこの水槽に浮かぶのは、ただの肉塊と思わないのかい? ただの娘の為の器だと」

 

 対し、アルは小首を傾げたまま新たに問う。

 すぐに答えず、プレシアは逡巡した後、口を開く。

 

「…………思わなかった……って言えば、嘘になるわね。私が着手したクローン技術は、新しい肉体を作り、命を延命、もしくは死者を蘇らせる技術……と、あなたに指摘されるまで、思っていたのだから」

「指摘、ってほどではないけどね。ボクはちょっとした疑念を言ったまでだし」

 

 笑みを浮かべたまま、大した事はしてないと言いたげなアル。対し、プレシアはより憂いの色を強くさせた。

 

「まぁ、あなたに言われる前から……私も、プロジェクトF……いや、一人の人間を構成する要素に対して、多少の疑念はあったわね……。ただ、人間の人格を構成する要因は〝記憶〟って考えがあったから、今の今まで深く考えてこなかったけど」

「じゃあ、訊くけど……君はそこに浮かぶクローンを、どう思うんだい?」

 

 と訊かれ、プレシアは後ろを振り向き、目を細める。

 

「……あなた、そんなに私の考えに興味があるの? 今まで何も言わず、尋ねず、手伝ってきただけだったのに」

「まー、事ここまで来たわけだし、折角だからね。個人的に興味があるんだ……」

 

 〝君がそのクローンをどう見てるのか〟――。

 

 と言う言葉が耳に入った瞬間、何を考えているのか分からない深淵のような瞳が、プレシアを捉える。

 

「それで、教えてくれるのかい?」

 

 まるで心の中を覗き込んでくるかのような瞳に対し、プレシアは視線を逸らしながら瞳を前にある水槽へと戻す。

 

「……まぁ、いいわ。私も、考えをまとめたいし……」

 

 言われ、アルはニコリと笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、訊こうか。君は今、目の前のクローンをどう思っているんだい?」

「……さぁ、分からないわね。目の前のクローンが、アリシアの〝新しい体〟なのか、新しく出来てしまった〝命〟なのか……」

「命……か。科学者なら、研究用に犠牲になるマウスかなんかだと思うのが、普通じゃないのかな?」

 

 偏見の混ざったような意見に、プレシアは肩を落とす。

 

「あんた、科学者をなんだと思ってるの?」

 

 呆れた声を漏らしつつ、深く息を吐く。

 

「……ただ……そうね。そう思えたら、楽だったかもしれないけど……」

 

 そこまで言って、プレシアは言葉を止めてしまう。

 

 ――自分がクローンに対して、何を思っているのか……分からなくなってくる……。

 

 ――当たり前だが、あのクローンは娘とまったく瓜二つの顔をしている。冷静に考えれば、ただの〝器〟……だが、もし新たな命なら、それはクローンではなく……。

 

 プレシアの心の内を理解しているかのように、

 

「そうかー……良心は捨て切れないよね……」

 

 白衣の女は言葉を紡ぎ、

 

「じゃあ、目の前のクローンはマウスどころか、君の娘の〝姉妹〟かな? それとも、〝君の娘〟なのかな?」

 

 軽快に痛い質問を突きつけてくる。

 

「君の作った子供(クローン)は、お腹を痛めて生んだワケでもなければ、必死に親として育てた過去もない。まして養子でもない。ただ特殊な液体と容器と技術の中で生まれ、君と娘の血が流れ、姿形だけが一緒の肉の塊。それがクローンに対して、科学者として正しい見識なんじゃないかい?」

 

 言葉を聞いて、プレシアは唇を噛み締め、目を瞑った。

 そう、感情と良心と道徳心から出した答えもあるが、冷静に考えれば、あのクローン体は娘と扱うべきなのか? ただ子供として見るべきなのか? 一人の人間と等しい命として扱うべきなのか? という疑念がプレシアの中にどんどん生まれ始めてしまう。

 思考を巡らせ始めると、相手の意見にも一理あると納得する部分さへある始末。

 

「それじゃあ、あえてこう訊こう」

 

 アルは声のトーンを低くし、言い放つ。

 

「――娘とそのクローン、〝どっちが大事〟?」

「ッ…………!」

 

 ずばり言われたプレシアは息を飲み、

 

「そもそも、目の前の存在は元々……君が〝犠牲〟にする為に作ったモノだよ? 忘れたの?」

 

 問われ、ギリィと歯を強く噛みしめ、拳を強く握りしめる。

 

「娘を取り返すには、クローンを犠牲にするしかない。ちょっと良心を捨てれば、万事解決だよ」

 

 まるで悪魔のささやきのような言葉に、プレシアは良心をガリガリと削られるような、痛いところを抉られるような――楽な道が見つかったような、そんな感覚を覚えてしまう。

 

「僕たちとの契約さへ済ませられれば、娘との〝平穏な生活〟が待って――」

「黙りなさい!!」

 

 耐え切れず、言葉を遮るプレシア。

 もうそれ以上訊くなッ!! といった念を込めた視線をアルに送れば、白衣の女は「わかった」と言って、ニコリと笑みを浮かべる。

 

「――それじゃ、君は疲れているだろうし、ボクが出来上がったクローンに『記憶データ』を入れるとするよ」

 

 アルは両手を封じる手錠を見せつけながら、「とりあえず、手錠を外してくれないかい?」と言う。

 

 手錠を外し、記憶データを入れるアルの姿を見ながら、プレシアは思い悩む。

 ただただ、このままで本当に良いのか? だが、コイツの言う事も一理ある、と言う迷いだけが、頭の中をぐるぐる駆け回っていた……。

 

 

 

「……記憶転写はこれで大丈夫なはずだよ。ようやく、クローンの完成だね」

 

 と言うアル。

 

「それで、クローンの教育は君がするのかい?」

 

 再び拘束しようとするアルに問われ、プレシアは逡巡し、あるクローンを思い出す。

 

「……〝リニス〟のクローンを使うわ」

 

 プレシアが言った『リニスのクローン』とは、飼い猫リニスのクローンのこと。

 戻って来たアリシアが寂しくないようにと、素体実験としてアリシアのクローンより先に作り出し、使い魔にするつもりでとっくに目覚めさせたリニスのクローン。

 

 いや、なんでそもそもリニスのクローンを作ることができたのか? あのクソガキ(トランス)のせいで、死体すら回収できなかったのに。

 

 

 理由は簡単なのだが、ある時アルが……。

 

『君の飼い猫をこちらの身内が奪ってしまって悪かったね。だから、こちらが〝回収できた〟君の猫の体細胞をお詫びに提供しよう。それで存分に、君の猫を復活させてくれたまえ』

 

 と、道徳心も思いやりも礼節もない、クソッタレな殺意を覚える気の回し方をしてきやがったのだ。(なので、元凶であるクソ白髪をむっちゃボコボコにしたが)

 

 色々癪ではあったものの、精神的に色々と余裕のなかった当時、アリシアにリニスが必要だったと考えてクローンを作ってはしまった。まあ、人間を作る前段階的な部分もあったが。

 

 

 とにもかくにも、もうこれ以上は話すと精神的に参ってしまいそうで、アルを再び拘束して監禁室に入れた。

 だがしかし、一人になってもプレシアはまた考え込んでしまう。

 

 ――クローンを元にした飼い猫(かぞく)の使い魔に、娘のクローンの世話を任せる……。

 

 俯瞰して見れば、なんとも歪で皮肉な話しだろうか……。

 

 ――かと言って……あの子を面と向かって教育できそうにない……。

 

 山猫は母性も強いし、自分の知識と技術を圧縮して送り込めば早いうちに教育者としては打って付けの存在になる。自分の代わりとして、十二分にな働きをするだろう。

 

 色々な引っかかりや胸のつかえを感じながらも、リニスのクローンを使い魔へと変えてしまう。

 記憶の封印(まぁ封印するほど記憶もないが)と精神リンクを切り、生み出されたばかりで少し混乱するリニスにプレシアは、

 

「あなたの仕事は、追って伝えるわ。今はあなた用に用意した部屋で待機しててちょうだい」

「わ、わかりました……」

 

 まだ確かめたい事も色々ある上、リニスは教育者としてはまだまだ未熟だ。現状はアリシアのアリシアのクローンに会わせるには早い。

 

 

 

 一方、記憶データを転写されたアリシアのクローン体は実験室のベットの上に寝かせ、それをモニターで監視している最中だ。

 

 今、あの幼き体にどのような記憶が転写され、どのような〝人格〟が形成されたかは分からない。

 

 ――でも、これでこの子を育て上げ引き渡せば、アリシアが帰って来る……。

 

 そう思うのに、プレシアの心は晴れない。後ろ髪引かれるような、胸に何かが刺さったような、なんとも嫌な感覚が精神的に多大な疲れを生む。

 悩んで悩んで悩むほど、精神が摩耗していき、疲れが増す。緊張感と集中力が切れたように、鈍重な疲労感をドッと感じ始める。

 

 椅子に深く腰かけ、チラリと目を向けてしまう――ベッドに安らかな顔で寝ている〝娘に瓜二つの少女〟に。

 

 だが、頭をブンブンと軽く振って『アレは娘ではない』、『大事なのはアリシアだ』と割り切り、背もたれの上辺に後頭部を乗せながら、白い天井を見つめる。

 

 ――ちょっと……仮眠を……取りましょう……。

 

 疲れのせいで、悩み、決意が揺らいでいるのだ。

 だからまずは一旦寝て、眠気を取ろうと考えつく。

 

 私室のベッドに向かうのすら億劫なほどの疲れと睡魔の欲求。

 

 ――軽く寝て……疲れを取れば……迷いも……。

 

 重くなった目蓋を、ゆっくりと閉じるプレシア。

 

 

 場所は、まだ会社が事故を起こす前。アリシアと一緒に暮らす、家の近くにあった森。

 休日のお昼ごろ、日がまだ高い時間。

 

 昼食が出来たので、娘を呼びに森まで足を運ぶ。

 木の根に腰を下ろし、おもちゃの宝石箱を横に置きながら、木陰で画板の上に乗せた白い用紙にペンを走らせるニコニコ顔のアリシア。

 

 ――嬉しそうに鼻歌までしている娘を思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、私は木の幹の後ろからそっと顔を出す。

 

「ア~リシア♪」

「わぅッ!? ま、ママ!?」

 

 驚き、後ろを振り向きながら目を丸くする娘。慌てて画板を抱きしめている。

 

 ――ちょっと悪いことしちゃったと思いつつ、すごく良い反応が見れたと内心喜んでしまう。

 

「なにを書いてたのかしら? お絵描き?」

 

 プレシアが質問すると、アリシアはギュッと画板を抱きしめ、用紙の中身が見えないように隠す。

 

「意地悪なママにはおしえません」

 

 プイっと可愛く頬を逸らすアリシアを見て、プレシアは両手を合わせる。

 

「ごめんなさいアリシア。お詫びに、後でデザートのプリンをあげるから」

「プリン!」

 

 パッと表情を変え、喜ぶアリシア。だが、画板は離さない。

 ここまで頑なに隠されると、つい見たくなってしまう。が、無理に見せてもらうワケにもいかない。

 

 プレシアはゆっくりとアリシアの正面へと移動して、膝を曲げ、右手を前へと伸ばし、ニコリと笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、そろそろお昼だから、おうちに帰りましょう」

「うん! あッ、ちょっと待ってね!」

 

 アリシアがプレシアが差し出した右手を手に取る前に、横にあったおもちゃの宝石で装飾された白い箱を手に取り、蓋を開ける。

 キョトンした表情を浮かべるプレシアに構わず、アリシアは画板の白紙を丁寧に折り畳んでから、箱の中にしまい蓋を閉じた。

 そんな娘の姿を見て、プレシアは苦笑いを浮かべてしまう。

 

「そんなにママに見せたくないの?」

「えっと、ね……」

 

 アリシアは少し困ったような笑みを浮かべながら、頬を掻く。

 

「〝みかんせいのお手紙〟だから、まだママには見せられないの……」

「お手紙? まだって事は、ママへの送りもの?」

 

 両手を膝に乗せ、小首を傾げつつ、優し気な笑みを浮かべるプレシア。

 するとアリシアは笑顔で「うん!」と頷く。

 

「でも、まだみかんせいだから。だからかんせいするまで、ぜーったい! ママは見ちゃダメだよ? だいじなお手紙だから!」

 

 ギュッと両手を握りしめ、念押しするアリシア。

 

「フフ……わかったわ」

 

 娘の反応があまりにも可愛くておかしいものだから、プレシアは思わず笑みを零してしまう。

 

「でも〝かんせい〟したら、〝ぜったい〟に見てね! ママ!」

「ええ、わかったわ」

 

 満面の笑顔を浮かべる娘に対し、母は笑顔で答え「約束」と言って指切りするるのだった。

 

 

「ッ!」

 

 そこでハッと目を覚まし、思わず体を起こすプレシア。さきほどまで鮮明に見ていた夢が、過去の思い出なのをすぐに自覚する。

 そして、目から頬にかけて何かの感触が。

 

 ――……なみだ……?

 

 ついアリシアとの幸せな思い出を呼び起こしたせいで、感情の振れ幅が大きくなって出たモノだろうか?

 

 そしてふいに、アリシアのクローンを監視しているはずの画面に目を向ければ、金髪の少女はまだ寝息を立てて寝ている映像のまま。

 何も起こっていないことにホッとした同時に、アリシアそっくりの少女の姿を見て、思い出す。

 

 夢から思い起こす、幸せな思い出――そこから同時に蘇る、苦い記憶。

 

 ――そう言えば、事故が起こる少し前……アリシアは……。

 

『ママ、あのね……見て欲しいモノが――』

 

 ――って、言ってた事があったわね……。

 

 だが、研究が終盤で慌ただしくなり、とてもじゃないが娘の相手をする余裕がない時だったため、「ごめんなさい。今は忙しいから、また後でね」とプレシアは断りを入れてしまった。

 この時、アリシアは悲しそうな表情をするだけで、同じ要求をしなかった。ただこれは、研究が忙しくなる連れよくある事で、いつもの事だと、仕方ない事だと、後悔しつつ割り切る他なかった。

 

 いま思い返せば……アリシアの見せたかったモノは……。

 

「ッ――――!!」

 

 気付けば、片手で頭を抑え、自分の娘に対する残酷な対応に歯噛みするプレシア。

 手で掴む髪が引っ張られ、強い痛みを感じるが、そんなことは構わない。

 

 記憶とはなんと曖昧で揺らぎやすく、忘れやすいのだろうか。いくらなんでも、気付くのが遅すぎたくらいである。

 

 プレシアは心の苦しさのあまり、胸倉をギュッと握り絞めた時、あることを思い出す。

 

 ――……そうだ。確か、アリシアの荷物は……。

 

 チラリと、アリシアそっくりの少女を見てから、プレシアは頭を横へぶんぶん振って、立ち上がる。

 そして、少し重たい足取りで、アリシアの荷物がまとめてある部屋へと足を運ぶ。

 

 

 

 がさごそ、とプラスチックの大きな収納ボックスを探れば、中にはアリシアの洋服やおもちゃや落書きが丁寧にしまってある。

 無論、密閉されていたのでチリやホコリなんてモノはほぼない。

 その中で、アリシアが書いた絵の一枚を見つけた。

 

「フフ……。あの子……こんな絵を書いていたわね……」

 

 絵を撫でてつつ、娘との古い思い出が蘇り、プレシアは悲し気な笑みを浮かべてしまう。

 

 アリシアの書いた絵の一枚は、行方不明になる前のリニスの絵だ。

 ぶっちゃっけ、結構下手なので猫と言うか出来損ないの四足歩行の悲しい怪獣(モンスター)みたいになってしまっている。が、これだって娘の数少ない物品の一つだ。

 

 ゆっくり、一つ一つ噛み締めるように娘の物品を眺めながら、過去の思い出に浸ってしまう……もうどれくらい時間が過ぎたか分からなほどに……。

 

 そんな時だった。

 

「これ……」

 

 プレシアはようやく、娘が大事な物をしまう時に使う箱を見つける。夢で見た箱とまったく同じ、おもちゃの宝石で装飾された白い箱。

 いくら親子とはいえ、プライバシーというモノがあるし、なによりアリシアの荷物を丁寧にまとめてすぐに引っ越しをすることで頭がいっぱいだった為、最初に詰めた時にはまったく意に返してはいなかった物。

 

「………………」

 

 開けるべきか、開けざるべきか……。

 どうするべきか悩んだ末、

 

「……アリシア、ごめんね」

 

 と呟いて、蓋を開けてみることした。

 中に入っていたのは……。

 

「……手紙……だけ……」

 

 おもちゃの宝石でも首飾りもなく、丁寧に二つ折りたたまれた紙のみ。たぶん、コレが例の〝完成した手紙〟なのだろう。万が一未完成なら、目も当てられないが。

 プレシアはおもむろにゆっくり折り畳まれた用紙を広げると、子供特有の稚拙で少し大きめで読み辛い字で、『ある事』が書かれている文を読み解く。

 

「――――ッ!!」

 

 紙に書かれた『文面』を一通り見て、プレシアは息を吸うのも忘れるほど衝撃を受けた。

 口元を押え、目から涙を零す――。

 

 それほどまでに〝今の状況〟で〝この文面〟は、(プレシア)の心と記憶を大きく揺さぶったのだ。

 

 しばし紙の端を強く指で抑え付け、肩を震わせていたプレシア。

 やがて、バッと顔を上げ、実験室に寝かせている少女を思い出す。涙が頬を伝うのも気にせず、すぐさま慌てて実験室に駆け戻る。

 息を切らせながら廊下を走っている時、ある光景を見てプレシアは目を見開く。

 

「ッ!?」

「ぅぅ……! ハァ、ハァ……!!」

 

 なんとさきほどまで実験室で横になっていた少女が、壁伝いに手をつきながら必死に前へ前へと歩こうとしている。まだ満足に体が動かないのにも関わらず……。

 プレシアはその光景にしばしば呆然としていると、

 

「あッ……!」

 

 少女が足をもつれさせて「うッ……」とうめき声を漏らしながら、地面に倒れ伏してしまう。

 プレシアはその光景を見てハッと我に返り、慌てて少女に駆け寄る。

 

「何をしているの!? まだ満足に体も動かないのに!!」

 

 プレシアはここに来るまでに息も絶え絶えで疲れ果てている少女を優しく抱き上げ、心配そうに見つめる。

 少女はプレシアの顔を見て、嬉しそうに頬を緩めた後、口を開き一言。

 

「……〝ママ〟」

「ッッ!?」

 

 少女の口から自分に向かって発せられた一単語を聞いて、プレシアは驚愕のあまり目を見開く。そしてその聡明な頭脳は、少女の一言から〝ある解〟を導き出した。

 少女はプレシアの動揺を見て小首を傾げた後、心配そうにプレシアの頬に『右手』で触れる。

 

「ママ……どうして……泣いてるの?」

 

 プレシアは少女の問いに混乱する頭で、なんとか心配させまいと必死に言葉を選び、震える唇噛み締めた後、笑みを浮かべる。

 

「……な、なんでもないの。ちょっと……目にゴミが入っちゃって」

「だいじょうぶ?」

「えぇ、大丈夫」

 

 プレシアはなんとか笑顔を作り上げた後、ある質問で自身が抱く疑問と迷いに決着を付けようとする。

 

「それよりも〝アリシア〟。眠る前のことは覚えてる?」

 

 これからの返答で全てがわかる――。

 

「ママが……お仕事で帰ってくるのを待っていたら、寝ちゃった……と思う」

 

 プレシアは「そう」と優しい声音で相槌を打ち、次の質問に移る。

 

「それで、なんで廊下を歩いていたの? たぶん、満足に体が動かなかったはずでしょ?」

「起きたらママがいなくて……不安、だったから……」

 

 聞いて、優し気な笑顔を浮かべるプレシア。

 

「大丈夫。ママはあなたの側を離れたりなんかしないわ。だから安心してベットに行って、お休みしましょう?」

「うん……」

 

 どことなく嬉しそうに少女は頷き、プレシアはアリシアの寝室として用意するはずだった部屋へと向かう。

 今はこの子をあの部屋で休ませてあげることが最優先だ。

 

 そして次にやるべきことも決まっている……。

 

 

「それで、どういうことか説明してもらえるかしら?」

 

 プレシアは娘を寝室で寝かしつけた後、アリシアの代わりとなるクローンを作らせた人物に、鋭い視線を向ける。

 

「なんで、アリシアのクローンに『娘の記憶』が転写されているのかしら? そもそもどっから記憶のデータを手に入れたんだコノヤロー」

『ずるるるるる、結構動揺するかと思ったけど……以外に冷静ね」

 

 画面越しに、カップ麺の麺を啜りながら白髪の少女はニヤリと口元を歪める。不敵な笑い浮かべているのはいいが、カップ麺食ってる姿のせいでまったくカッコつかない。

 正直目の前のコイツの姿はクソウザいから殴ってやりたいが、相手は通信画面越しなので殴れないのが残念で仕方ない。たぶん、攻撃されないように通信方式にしたのだろう。本当に残念だ。

 

 トランスは麺をすすりながら話す。

 

『ずるるる。あなたといちいち問答を繰り返すのも面倒なんでずるるる。ちゃっちゃか説明させてもらいますかずるるる』

 

 と最後にプラスチックのカップを口元に傾けて麺や汁を口に掻き込み、「ああ~!」と満足げな声を漏らす。

 ブチ切れた自分が脅した時の怖がりぶりとは雲泥の差の態度。画面越しで話したいと言ったのも、どうせ内心ビビっているからの提案だろうが、まあどうでもいいところだ。

 

 トランスはカップを横に置いて口元を拭く。

 

『まー、記憶の方はこっちにアリシアちゃんいるし、頭を覗いてご利用でき――』

「フフフ、死ね」

『すんません……』

 

 じゃあ転写した理由は? とプレシアが問えば、

 

『……アリシアちゃんの記憶を転写させれば、何かと言う事を聞かせるのに便利ってところね』

「……例えば、『母親に合わせるから頑張れ』とかあの子に吹き込むつもり?」

 

 プレシアの問いに、白髪少女は真顔で「ええ」と頷く。

 

『ありていに言えば、あの年頃の子供は親を求めてやまない年頃でしょうし、母に会わせてあげるなどなんだの色々希望に満ちた嘘で動かせるんじゃないか、ってのが私たち側の考え』

「あとそれに、あんたの能力を使えばどんな母親の真似(フリ)だってできるでしょ?」

『…………まあ、そんな方法もあるわね。まー、なんていうか、こっちもクローンを使っての実験なんてしたことないから、色々と試さないといけない感じだから』

「なぜ小さな時のアリシアの記憶を使うの?」

『なにぶん子供の記憶と言っても、私たちは適当なモノを持っていなかったの。だから手短に済ませる為にあなたの娘さんの記憶を使わせてもらったワケ』

 

 ――勝手に使ってんじゃねェよ。

 

 と内心ツッコミ入れるプレシア。

 トランスは人差し指を立てて説明しだす。

 

『なにより子供は大人よりも騙しやすく、さらにこちらの思い通りに動かしやすい。わるーい人たちはそう考えたからこそ、記憶だって捻くれていないあなたの娘さんの記憶と人格が今のところは一番最適だと考えた』

 

 プレシアは相手の言葉に「そう」と小さく返事をして目を伏せ、相手は平坦な声で言葉を続ける。

 

『何も知らない純粋無垢な存在。どれくらい嘘を付いても従順にこちらの言う事を聞いてくれる人形。あらゆる嘘で言う事を聞かせ、強くさせ続ければ――』

 

 そしてトランスは、まるで一気に血が冷めたかのような、冷徹な眼差しで。

 

『――いずれ、都合のいい道具(てごま)が完成する』

 

 目の前の歪んだ考えを喋る相手に、手が見えないように後ろへと腕を回すプレシア。

 拳を深く深く握り絞めながら口を開く。

 

「……それにどうせ最後にはデバイスに体を乗っ取られるから、いくら嘘を付いて希望を与えて言う事を聞かせようが後の祭りだと?」

『まー、そんなところね』

 

 ニコリと感心したように笑みを浮かべるトランスに、プレシアは「なるほど」と返事をするが、

 

「……ちょっといいかしら?」

 

 ふとした疑問が浮かんだ。

 

『なに?』

「そもそも、純粋無垢な存在が欲しいなら、わざわざ余計な記憶とか与えないで、記憶のないまっさらな状態の方が言う事聞かせられるんじゃないの? 知識だけ転写するなり、やりようはあったんじゃない?」

『…………』

 

 指摘を受けてトランスは真顔になり少しの間口を閉ざすが、

 

「……まー、私たちも初めての技術とかで色々手探りな状態だから、もろもろ試して実験をしなきゃならないワケで~――」

 

 そこまで説明して、両手を合わせながら、ニコリと笑みを浮かべた。

 

『それに~、嘘を付いて騙すなら、かわいくていい子ちゃんのアリシアちゃんみたいな純粋な子が一番でしょ?』

 

 ――あらためて思うけど、腐れ外道ねこいつ……。

 

 まー、コイツの所属する組織もろくでもないが、と内心でめっちゃ蔑むプレシア。

 やがてトランスは再び真顔に戻り。

 

『まー、後々の成長やらなんやら吟味すると、やっぱりある程度人格のある実験体(モルモット)を騙して成長させてデバイスと〝統合〟させるのが良いって上も言って――』

「…………統合?」

 

 プレシアは気になる単語を聞いて眉間に皺を寄せ、トランスはワザとらしく「あー」と声を漏らして掌にポンと拳を叩く。

 

『あなたにはちゃんと説明をしてなかったっけ? 実は娘さんに持たせたデバイスは体を乗っ取るだけが機能じゃないの。アレは――』

 

 トランスは声を平坦にしたまま。

 

『――人間の精神とデバイスが元々持っている人工知能(IA)を統合させ、まったく別の〝存在〟へと変化させる』

「なッ……!?」

 

 説明を聞いたプレシアは驚愕の表情を浮かべるが、相手はまったく意に返さず軽めの口調で説明を続ける。

 

『それで~、つまり~、まー、よくわかんないんだけど、デバイスと人間が超融合して、一つの兵器(デバイス)へと生まれ変わる、でいいかな?』

 

 聞いている間、プレシアは嫌な予感を覚えて汗を流しながら唇を震わせてしまう。

 

『人間的な柔軟な思考を持ち合わせながらも、情など一切介在しない機械的な判断で正確に冷徹に冷静に手を緩めることなく敵を駆逐する。それこそがあのデバイスが完全に人間と適合を果たした時の最終的な兵器として――』

「アリシアはッ!?」

 

 言葉を遮り、プレシアは食い気味に問い詰める。

 

「アリシアはどうなったの!? あの子は無事なの!? デバイスを持ったあの子の精神は消えたってことなの!?」

 

 必死な形相で画面に詰め寄るプレシア。一方のトランスは、まったく意に返さず、淡々と。

 

『安心して。娘さんと(デバイス)が統合できないように手は打っているらしいから。っと言うかできないって話し。あの(デバイス)は、適合する人間が子供の場合は戦闘が一番できる全盛期……まー、成人近くに成長するまでの間は精神と融合をしようとはしないって。まー、アリシアちゃんと融合されても困るし』

「信用してもいいんでしょうね!?」

 

 射殺さんばかりの視線でプレシアは睨むが、相手は表情を崩さずに告げる。

 

『ええ、もちろん。そもそもアリシアちゃんに危害を加えたら、絶対あなたが妙な行動を起こすでしょ? それはそれで困るし』

「……もう、その言葉を信じるしか、ないわね……」

 

 でもね、プレシアは言葉を付けたした後、殺気全開の眼光で。

 

「もし、アリシアが本当に〝いなくなる〟ようなら、あんたらを全身全霊で殲滅するから」

 

 覚悟しろよ? と念を送れば、ビクッと顔を青ざめさせるトランス。白髪の少女は苦笑いを浮かべ。

 

『あ、アハハハ……。そ、そそそそうならないように、お、おおお互い、び、ビジネスライフでいきましょう?』

 

 画面越しでもビビっている少女にプレシアは少しスカっとした気持ちになるが、表情には出さない。

 

「それで? 私はあのクローンをいつまで教育すれば良いの? そもそもだけど、いつアリシアは帰って来るの? まさか成人近くになるまで待てとか言い出すんじゃないでしょうね?」

『そ、そーねー……。とりあえずー……いろいろな様子見も兼ねて、魔導師として優秀に育つレベルまでには、剣を渡そうかなーと。その時に、アリシアちゃんも返す感じで』

『具体的にはどのくらい、猶予があるの?』

「まー…………三、四年くらい、かな?」

 

 ――想像以上になげーなおい!!

 

 だが、まさかここまで猶予を与えられると思ってなかったプレシア。

 

『あ、アリシアちゃんのことはー、我慢してください! すみません! それでは!』

 

 とトランスは食い気味に通信を切る。

 

 アリシアの安否は依然心配だし、連中の元に娘を置いておくのは一秒でも真っ平御免だし、心が引き裂かれるように苦しいが、一応釘は刺したし、今は我慢する他ない。

 

 ――ごめんなさいアリシア!! 我慢して!!

 

 とにかく無事でいて! と願いながら、プレシアはアリシアの部屋に寝かしている少女の元へ急いで向かう。

 

 

「今度は勝手に部屋を出たりしてないみたいね……」

 

 プレシアはすやすや眠るアリシアに瓜二つの少女を見て安堵のため息を漏らす。またてっきり母である自分を探して廊下を歩いていると思ったが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 プレシアは静かに寝息を立てる少女の顔を見ながら、思い出す。

 

 少女が自分の頬を触ったのは『右手』だった――。

 

 ――確かめなくてはね……。

 

 ある可能性を考えたが、まだ情報が少なすぎる。

 今はまず、生まれてきた少女を観察してから答えを出さなくてはならない――いや、もう答えは出ているのかもしれない……。

 

 

 

 そして、リニスに世話を任せながら、瞬く間に一か月の月日が流れた。

 

「……違う」

 

 プレシアは書斎である映像を見て、呟く。

 

「声は同じ。たぶん……あの子にもアリシアとしての記憶はあるはず」

 

 プレシアは椅子に腰かけながら映像に映る少女を眺める。

 それはこの一か月で記録したアリシアのクローンとして生まれた少女の映像記録。

 

「喋り方も、利き腕も、魔力資質も、人格も――アリシアと違うところばかりね……」

 

 プレシアは少女の記録を記した紙面の文字を眺めながら、複雑な笑みを浮かべる。

 

「結局……『プロジェクトF.A.T.E』は死者を蘇らせる技術ではなかったと言うワケね……」

 

 まあ、トランス側が欲しているのは人間を生み出す技術だから、完璧な人格をコピーしたクローン技術であるかないかなど気にしないだろう。

 無論、今のプレシアにとっても『プロジェクトF.A.T.E』は死者を蘇らせる技術ではなかった、ただそれだけのことでしかない。特に残念と思う気持ちは微塵もない。

 

 リニスの作ったハンバーグを美味しそうに食べながら、リニスと話す少女をプレシアは見ながら、おもむろに机に置いてあるおもちゃの宝石で装飾された宝箱に目を移す。

 

 おもちゃの宝箱を手に取り、中身を空けて二枚折りされた紙を取り出す。

 紙を開きながら、とある思い出を呼び起こす……。

 

 

 

 それは、アリシアと『完成した手紙』を受け取る約束をする前――ピクニックに行った時のこと。

 

『ねえ、アリシア。お誕生日のプレゼントで……何か欲しい物ある?』

 

 花で作った冠を被りながらアリシアは、

 

『ん~とねー……』

 

 と顎に指を当てながら考えると、パッと笑顔で口にする。

 

『わたし――』

 

 

 

 その時、ピピピピッ! と匿名で連絡の通知が鳴る。たぶん相手はあの憎たらしい奴であろう。

 プレシアは紙から目を離し、紙を机の上に置いてあるおもちゃの宝箱に丁寧にしまい――通信相手から見えない位置に置く。

 そして通信に応じれば、画面に白髪の顔が映り、うんざりしたような気分になる。

 もちろん顔には、

 

『うわー、いつも通りめっちゃ嫌そう……』

 

 思いっ切り感情を出すが。

 

「……やっぱりあなたね」

『あッ、うん、なんかごめんね』

「ここのところ、通信機器ばかりを使うのね」

 

 最近ボコボコにできなくて、ちょいちょいストレスの発散ができないプレシアはついどうでも良い事を訊いてしまう。

 

『ほら~、テレワークで無駄を省く的な~? ……なので、映像通信と言う手段を取りました、うん』

 

 最後にボソリと、「そりゃそうでしょ、だって怖いもん」とトランスが呟くのが聞こえたので。

 

「チッ……逃げてんじゃねぇよ……」

『うわ、やだ、こわい、この人……』

 

 正直、映像越しだけだとストレスだけが溜まるので、一秒でも顔を拝みたくはないが相手に合わせるしかない。

 

「それで、なんの用なの?」

『アルから渡されたクローンのデータを見たけど――まー、上は大分気に入ってくれたわ』

 

 トランスは淡々と話す。

 

『魔導師資質はかなり高い上に素直。これほどまでピッタリな素材は中々にいないってことで、欲しがってるわね。あなたの娘とは大違い、あッ、すみませんごめんなさい』

 

 我が子をさり気なくバカにされてプレシアは内心殺意が沸き、つい顔に出てしまったようだ。

 とりあえず、冷静な感情を戻して話しを続ける。

 

「まさか、もうあの子をそちらに引き渡して欲しいって連絡かしら?」

『いや、さすがに早いから。せめて魔導師として育ててもらわないと』

「実はそれについていくつか相談があるのだけど、良いかしら?」

 

 プレシアの言葉に通信相手の白髪は訝し気に目を細める。

 

『それで、一体なんのご相談?』

「まず……私が〝フェイトを渡したくない〟って言ったらどうする?」

 

 トランスは不可解そうに肩眉を上げて、少し逡巡してから口を開く。

 

『……親としての情でも湧いた?』

「変な勘繰りはやめて。ちょっとした仮定の話よ。ほら、あの子は魔力資質が高いから、ある目的のために戦力として手放したくないって思ったの」

『〝ある目的〟?』

「――アルハザードに行くから」

 

 プレシアがバッサリ言った目的に、トランスは目をパチクリさせる。

 

『……えッ? ん? えッ? ドユコト?』

「若さが欲しいから」

『…………えッ? えッ? ん? ん? えッ? ん? ナニウエ?』

「さすがにこの年だと肌ツヤの維持も難しいし、とりあえず年齢を若くしておこうと」

『……いや、そんなエイジングケアで肌年齢若くするみたいなノリで言われましてもォ……』

 

 すると、プレシアは憂いを帯びた表情で流し目をし、

 

「私は、歳を取り過ぎたわ……。アリシアとの時間も失い過ぎた……。これからあの子が戻って来ても、遠くない未来で負担をかけてしまう」

 

 などと言った後、プレシアはニヤリと口元を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「だからこそ、なりふり構っていられない。人としての寿命弄れるであろう、アルハザードこそ、私の新たな目的であり、再出発地点」

『……あー……うん……なるほど……娘のため……』

「そう! 私の行動原理は娘! 娘!! 娘ッ!! アルハザードにいけば娘と永遠の時間を過ごすのだって、夢じゃないわ!」

『わー……あー……わー……』

 

 プレシアの主張に対し、もう相手は言葉すら出ない様子。

 

 ――まー、半分嘘だけど……。

 

 と、プレシアは内心で舌を出す。

 やっぱり、20年近く無駄にしたのだから、アルハザードみたいな伝説とかに頼って若くなって娘との時間をやり直したいという願望もあるっちゃある。まあ、どうせそんなこと叶うワケないとは内心わかっているが。

 

「それで、フェイトは私の物、クローン技術は破棄、これで私たちの関係は終わり、ってことでいい?」

『えッ、あッ、はい――っていうワケないじゃん!! ダメダメダメ!! 二話くらいかけたあれこれなんだったの!?』

 

 ――チッ……やっぱダメか……。

 

 内心悪態をつくプレシアは、ここから本題に入る。

 

「なら、アリシアとフェイトを渡さないけど『プロジェクトF.A.T.E』はあげるってことで」

『まー……そういうことなら、って言うワケないじゃん!! 今までの私の話し聞いてなかったの!?』

 

 そんな詐欺みたいな手に私は引っかかりません!! と豪語する相手に対し、プレシアは舌打ち。

 

「チッ……そこまでバカじゃなかったか……」

『うわー……はっきり本人の目の前で……』

 

 頬を引き攣らせるトランスは、両手で×を作る。

 

『上の命令には逆らえない。譲歩は無理』

「チッ……ただの下っ端か……」

『にゃにィォ~~!! 中間管理職くらいの権限はありますぅ~~!! 辛いですぅ~~~!!』

 

 どうやら涙を流す画面向こうの小娘は組織でそれなりの立場らしいが、ぶっちゃけどうでもいい。

 問題は、フェイトを手元に置くという前提の交渉が難しそうと言う事。

 

 まー、これは元々わかっていた。

 なにせ監禁しているアルから、

 

『それじゃあ、ちょっとあなたの組織についていろいろ教えてちょうだい? 嫌ならいいわよ? ちなみにあなたってお肉なら、レア、ミディアム、ウェルダンのどれがいいの?』

『うん、ボクに拒否権はないね』

 

 脅迫(こうしょう)して手に入れた事前の情報でわかったことだが、連中の組織の上層部が融通の利かない可能性が高い。

 情で訴えかけてもダメそうだから、色々嘘を取り繕ったがそれもダメだった。

 連中の元にアリシアがいる上に、これ以上ゴネても下手な印象を相手に与えるだけだろう。

 

「じゃあ、話しを戻すけど、私がフェイトを育てるのは四年近くってことよね?」

『まー……うん……そういうこと』

 

 画面向こうのトランスがちょっと不満そうに返事する。

 

 ――となると、とりあえず四年はこいつらをなんとかするための準備が立てられ……。

 

『あー、それと――』

 

 プレシアが考えをまとめている途中で、トランスが話しかけてきた。

 

『〝あるロストロギア〟が見つかるまで、あなたにはフェイトちゃんを〝厳しく〟そして〝冷徹〟に育ててもらうのが、今後の予定』

「…………はッ? なんで?」

 

 ちょっと声音を低くしながらプレシアが食い気味に問えば、相手は真顔で話し出す。

 

『だって、クローンに愛情なんて持ってないんでしょ?』

「いや、だから……なんで私がそんなことしなくちゃならないの?」

『鉄は熱いうちに打てって言うし』

「いきなりなに? 知らないわよ、そんな言葉」

『柔軟性のある若い時に厳しく鍛えるべき、ってこと。甘やかされて育った、軟弱でひ弱な魔導師なんていらないってこと』

「使い魔に教育を任せているんだけど? 母性が強い山猫の」

『なら、飴と鞭でいきましょう』

「だから知らないわよ、そんな言葉」

『あなたは厳しくし、山猫の使い魔は愛情を持って育てる。それでバランスが取れて、立派な魔導師が育つってこと。あなたはクローンに愛情なんてないんだし、ちょうどいいでしょ?』

 

 ――そうくるかぁぁぁぁ……!!

 

 トランスの言葉を聞いて、プレシアはなんとか頬が引き攣るのを抑えるが、拳は血が滲むほど握りしめていた。

 

「ま、まー……理屈は、わ、わかった……」

 

 ――う、うん……後々のことを考えて、フェイトを魔導師として強くしておくことも……考えてはいたし…………仕方ないし……………なんかコイツに言われるとすっごく釈然としないけど!!

 

 納得できない感情をプレシアが必死に抑え込んでいると、視線を上に向けたトランスは立てた人差し指を口元に当てながら。

 

『う~~んと、あと、これはフェイトちゃんを育てる上での、念の為の取り決めね。フェイトちゃんには、私たちの事は基本教えない。知り合いや友人程度ってことで』

 

 ――こいつが友人とか死ぬほど嫌なんだけど……。

 

 とプレシアは内心で嫌悪の感情を出す。もちろん顔にも。

 

『あッ、うん……とりあえずー、友人はダメ……みたいですね。うん……知り合いで……。あと、フェイトちゃんに余計な事を吹き込んでいないか確認する為に、基本はアルに監視スフィアで監視させてね?  あとアルは監禁してても良いんで。外出が多くなるフェイトちゃんだけは、監視したいんで。フェイトちゃん〝だけ〟監視するんで! だからそんなおっかない顔しないで!! あなた様の私生活は覗かないんでッ!!』

「……わかったわ。友好の証として、アルは監禁から軟禁にチェンジするから。あと、フェイトの近く以外で余計な監視スフィア見たらぶっ壊すしぶっ飛ばすから」

『……友好の証ってなんだっけ?』

 

 汗を流すトランスは、ジト目を向ける。

 

『私は寛大だから色々見逃してるけど、あんまり強気に出ないでよねー? こっちも本気(マジ)でおっかない組織であると、あなたに認識させなきゃならなくなるし』

 

 トランスが警告とばかりに少々目を細めるが、プレシアにはさして脅威に感じない。

 

「わかってる。でも、お互い協力関係なんだから、妥協と折衷案は必要でしょ?」

『……う~ん、まー、そりゃそうだけど』

 

 と言って、普通の表情に戻るトランス。

 

「それと、あんたらの紹介は、前もってフェイトにしておくから」

『それはどうも。……まぁとりあえず、お互いの取り決めは……こんなもんかな? 詳細は後々詰めていく感じで』

「ええ、そうね……」

 

 と、返事を返せば、「それじゃ」と言ってトランスは通信を切る。

 相手の顔が見えなくなったところで、プレシアははぁ、と息を吐く。

 

 ――会話途中であのクソガキをボコれないと、ストレスが溜まるわね……。

 

 内心かなり暴力的なことを考えつつ、

 

 ――これからね……。

 

 決意をあらたにする。

 問題は山積みだ。だが、決して諦めなどするつもりはない。

 

 今後の予定を既に頭の中で構築しつつ、アルを監禁している部屋へと向かう……。

 

 

 

「交渉が上手くいってよかったじゃないか」

 

 などと、部屋に付いて早々いきなり言ってくるアル。

 

「……あんた、体のどこかに通信装置でも隠し持ってるの?」

 

 不可解と言わんばかりに、プレシアは眉間に皺を寄せてしまう。

 一応は念入りにボディチェックして、通信端末は没収したはずなのだが。(もちろん、必要な時は連中と通信させている)

 

 アルはフフッと笑いを零して、

 

「ちょっと、ボクには特殊な能力が――」

「ふ~ん? 装置は下の穴とかかしら?」

 

 先の長いピンセットを取り出すプレシア。

 

「……うん。話しを聞いてくれないかな? うん、だからそれを持って近づくのはやめてくれるかな? えっと、突っ込んでも何も出てこないからね? 取れないからね?」

 

 必死に否定するので、とりあえずやめるプレシア。

 まあ、目の前の女の穴と言う穴をほじくるなんてアブノーマルなマネはしたくないのもあるが。

 

「……つまり、念話のような方法で外と通信できる希少技能(レアスキル)を使っていると?」

「まー、そんなとこだね」

 

 プレシアは目を細める。

 

「……装置隠すために、テキトーな嘘ぶっこんてんじゃないでしょうね?」

「うん、だからピンセット(それ)を持ってこっちに来ないでくれないかな? うん、やめて。さすがに、ボクもそんな趣味はないから」

 

 とりあえず、身体検査も実施するということで、ピンセット検査はやめるプレシア。

 

「まー、いいわ。にしても、やっぱりあんたを監禁しといて正解だったわね」

 

 外と通信できる謎のレアスキル。魔力を封じる手枷を嵌めた状態でもできるのだから、正直信じられるか怪しいところだ。

 なんにせよ言ってることが本当で、通信できている事を鑑みれば、簡単に防げるようなものではないのだろう。目の前の女をぶっ殺すという最終手段もあるが、それは現状はできない。

 

「とりあえず、監視の仕事はさせてもらうよ? ボクの仕事だからね」

「ええ、構わないわ。そういう取り決めだし」

 

 とりあえず、アルが動けるように足や手の枷や重りを外すプレシア。

 

「それでさ、ちょっと質問したいことが二つあるんだけど、いいかな?」

 

 と、アルが問いかければ、プレシアは訝し気に肩眉を上げる。

 

「…………まぁ、いいわよ」

 

 答えられる範囲での話しだが。

 

「じゃあまずは、クローンについてなんだけど……自分が〝アリシアと言う名前だった〟っていう記憶はどうしたんだい?」

「……消したわ。あの子はアリシアではないもの」

 

 相手の顔を見ずに答えるプレシア。

 

「そっか。じゃあ、残りの質問だけど……」

 

 アルはスッと目を細める。

 

「なぜ、クローンに〝フェイト〟と言う名を与えたのかな? プロジェクトの(もじ)り?」

 

 プレシアは視線を落とし、少し口を閉ざした後、

 

「そうよ」

 

 と、短く答えを返す。

 

「……所詮はクローンだから、意味のある名など必要ない――ってとこかな?」

「理由は勝手に考えて」

 

 あまり話したくないという感情が出てしまい、

 

「それじゃ、明日からフェイトの監視はしてちょうだい。それ以外であんたの監視用スフィア見つけたら、あんたの穴と言う穴に電撃ぶち込むから」

 

 キツめに忠告して話しを区切り、プレシアは部屋を出ようと背を向ける。

 

「……あー、それとさ。質問に答えてくれたお礼に、一応言っておくよ。もし君があのクローンに愛情を持っているなら、こちらの対応もそれなりに変わってくるから」

 

 なんとも意味深な事を言ってくるアル。

 お礼というか、脅しにも聞こえるが、一応は有益な情報ではあろう。

 

「……そう。なら、一応は頭の隅にとどめておくわ」

 

 そう、吐き捨てるプレシアは部屋を出て行く。

 ささくれだった感情をなんとか切り捨てつつ、フェイトの寝ているであろう寝室へと向かう。

 

 

 

 天井が星座で彩られた部屋に入れば――フェイトがベットの上で静かに寝息を立てていた。

 リニスが寝かしつけた後だろう。

 

 愛らしく眠る姿の少女。だが、プレシアはあることに気付く。

 

「…………」

 

 よく見ると少し寝相が悪かったのか、掛け布団が捲れていた。

 プレシアは苦笑しつつ、布団を少女の首まで掛け直そうとする。この一か月間、このように幼い少女相手に母親らしいことをしたのは実に二十年以上以来だ。

 

「ん……ママ……」

 

 口から洩れた、少女の寝言。

 プレシアはちょっと驚き、きょとんとした顔になるが、フッと笑みを浮かべて。

 

「……なに?」

 

 と、返事も帰ってこないのについ優し気に聞き返してしまう。

 すると、

 

「大好き……」

 

 少女が呟く、返事にも近い寝言。

 その言葉を聞いて、プレシアは目を見開く……。

 

 

 

 

『――わたし妹が欲しい!!』

 

 そう、笑顔で力強く言った娘の望み(わがまま)――。

 

『だって妹がいればお留守番も寂しくないし、ママのおてつだいだっていっぱいできるよ?』

 

 ピクニックの時に告げられた愛娘(アリシア)願い(ことば)――。

 

『それは……そうなんだけど……』

 

 自分の言っている要求がどんな事に繋がるかたぶん分かってないだろう娘の言葉に、どぎまぎしつつ苦笑いを浮かべることしかできない。

 母の心中にまるで気づいていない娘は微笑むばかり。

 

『妹がいい~……。ママ、約束して?』

 

 可愛らしくわがままを懇願しつつ、小指を出す(アリシア)

 困ったような苦笑いを浮かべつつも、表情を笑みへと変えて小指を出す(プレシア)

 

『ええ……約束』

 

 

 

 

 眠るフェイトの笑顔を見つつ、娘との約束を思い起こすプレシア。

 

 彼女は口元を押えて膝から崩れ落ち、涙をポロポロ流す。

 アリシアとまったく同じ声と容姿を持って生まれた。だけどもうこの子は……フェイトは――クローンなどではない。

 

 アリシアと違うところをいっぱい持った、ただの―――大切な……〝娘〟……。

 

 ――あいつらには絶対渡さない……!!

 

 プレシアはシーツを握りしめ、歯を強く噛み締める。

 

 ――フェイトも……アリシアも……娘は誰一人としてあんな連中の実験動物(おもちゃ)になんてさせない!!

 

 さらに言うなら、『プロジェクトF.A.T.E』だって連中に渡すつもりはない。

 もし『プロジェクトF.A.T.E』を渡して、そこから生まれてくるクローン――それこそ数えきれない子供が連中の実験動物(せんりょく)となり、多くの犯罪を犯す。

 

 このような事になれば、自分は一生娘たちの目をまともに見ることができなくなってしまうだろう。

 

 ましてや連中の犯罪の片棒を担ぐなど、ごめんだ。

 白髪の少女の後ろに控える組織の連中を睨みつけるように、プレシアの眼光は鋭さを増す。

 

 ――ここからだ! ここから奴らに目にもの見せてやるッ!!

 

 プレシアは決意を固め、ゆっくりと立ち上がり、寝ているフェイトに顔を向ける。やがて、表情を険しい物から優し気なモノへと変え、ゆっくりと娘の頬を撫でた。

 

「フェイト……」

 

 プレシアは娘の頬を撫でながら優しく、そして悲し気な顔で告げる。

 

「……お母さんね、これからあなたに酷いことをすると思う……」

 

 当たり前だが、フェイトは眠っていて聞こえてすらいないはず。だが、あえて口にすることで内に秘めた決意をより強固なモノへと変えねばならない。

 

「きっとあなたに愛想をつかされるだろうし……勝手にあなたを生み出して、勝手なことをする私をいくらでも恨んでくれたって、構わない……」

 

 ――だが、娘たちの為にやるしかない。

 

 これからの計画を考え、想像するだけでも心を爪で深く引っ掻くような気分にさへなる。

 自分がしようとすることは、フェイトを傷つけてしまうかもしれない。心の残るトラウマを植え付けてしまうかもしれない。

 

「許して、だなんて都合の良いことも言わない……」

 

 だが、もう後戻りもできないし、逃げ道もありはしない。

 

「だけどこれだけは言わせて……」

 

 プレシアは目に涙を溜め、と声を震わせながら頬から手を離す。

 

 ――あの子と姉妹仲良く暮らせる、幸せな未来を必ず届けてあげるから……。

 

「……愛してる」

 

 愛しい娘の額に軽く口づけをして、涙を拭い、部屋を後にする。

 そして、廊下を歩きながらさきほどのアルとの会話を思い出す。

 

『……所詮はクローンだから、意味のある名など必要ない――ってとこかな?』

 

 ――意味はある……いや、あったと言うべきか……。

 

 プレシアは書斎に入り、おもちゃの宝箱に入った手紙を取り出し、薄く笑みを零す

 

「偶然て……怖いわね……」

 

 ――フェイト……。あなたの名前はね……『プロジェクトF.A.T.E』を捩ったわけじゃない……ちゃんとした願いが込められてるの……。

 

「……名付け親……取られちゃったわね……」

 

 年相応のつたなさを残しながら、しっかりとした文字で書かれた文面を見て、プレシアは涙を零す。

 

 

おかあさんへ

わたしのいもうとのおなまえをかんがえてみました

フェイトっておなまえがいいとおもいます

だって、おかあさんとのやくそくでうまれてくるからです

わたしのいもうとが、げんきにうまれてくるみらいがまっているからです

おねえちゃんとして、いもうとだいじにするってきめたからです

いもうとにはしあわせなみらいがまっているから、フェイトっておなまえがいいとおもいました

アリシアより

 

 

 

 

 

 

 時は数年進み。

 フェイトが時の庭園へと帰還させられ、息も絶え絶えになりながらも『ある部屋』の元へと向かう頃――。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 フェイトは壁に手を付け、必死に時の庭園の長い廊下を歩く。

 

「もう、少し……!」

 

 顔中から汗が流れ、廊下に雫の跡を作る。

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 酷い倦怠感と疲労が慢性的に襲ってくるが、小さな魔導師はそんなことにいちいち構ってはいられない。

 だが、体は限界だったのか、

 

「ッ……!」

 

 足がもつれ、転びそうになる。今の弱った状態なら、転んだ衝撃で気絶なんてこともありえてしまう。

 フェイトは思わずギュッと目を瞑り、衝撃に備えることしかできない。

 だが、

 

「…………えッ?」

 

 フェイトの体が地面につくことはなかった。

 態勢を崩す少女の体が感じるのは、痛みではなく、

 

「――本当に、無理ばかりするわね。〝私に似て〟」

 

 温もりだった――。

 

 フェイトは声を聞き、瞳を潤ませながら、ゆっくりと自分を受け止めた人物を呼ぶ。

 

「かあ……さん……」

 

 フェイトはぎゅっと、服を掴む。

 優しげで、少し困ったような笑みを浮かべた――〝母〟の服を……。




第六十二話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/72.html

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