魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第六十一話:プロジェクトF

 時間は進み、プレシアが古い知人たちと別れた後――。

 

「これはこれは……。これまた随分立派な住居を手に入れたものね」

 

 プレシアの新たな住居となる『時の庭園』を眺めるのは、長い白髪を腰まで伸ばした褐色肌のチビ女――トランス。

 そして彼女の数歩後ろには、白金の髪を腰まで伸ばした、白衣を着た見たことない女が一人。

 

 庭園と言うだけあり、緑豊かな広い草原まで存在した時の庭園。

 

「しっかしまー……」

 

 そんな庭園の真ん中に位置するであろう場所に鎮座する、巨大でおどろどろしい様相を呈した石で建造物。それを見て、トランスは目を細める。

 

「あの魔王城みたいな建物はちょっと、この外観にそぐわないわね~」

「ナハティが魔改築してしまった産物よ。気にする必要はないわ」

 

 嬉々としてロボット使って元の建造物を弄りまくったであろう親友の顔をプレシアは思い出し、ため息を漏らす。

 石造りの建造物をその赤い瞳でしげしげと眺める少女に、隣に立つプレシアはジト目を向ける。

 

「……別にあなたが住むワケではないのよ」

「まー、〝私〟はそうだけど……」

 

 と、トランスは意味深に言った後、自身の後ろに控えていた白金の髪の女性をチラリと見た。

 

「〝彼女〟の仮の住まいには、なるワケだし」

 

 プレシアの視線もまた、プラチナブロンドの女性へと向く。

 

「彼女があなたの言ってた、〝研究の助手〟?」

「ええ、そう」

 

 トランスが頷けば、研究の助手たる女性はタイミングを合わせたかのように歩き出し、プレシアの前までやって来ると、右手を差し出す。

 

「ボクがこれから君の〝助手兼監視〟を務めさせてもらう者さ。どうぞ、気軽に〝アル〟と呼んでくれたまえ」

 

 ニコリと笑顔を浮かべる、自分より少し身長の低い白衣の人物。

 

「随分、爽やかに言わなくいい部分までぶっちゃけるのね」

 

 プレシアは呆れと侮蔑の混ざった目を細めるだけで、手を取るなんてことはしない。

 アルは手を後ろに引きながら「なるほどなるほど、ボクの印象も悪そうだ」と呟く。

 

 白衣の女性の姿を見ながら、プレシアは思い出す。自分にコンタクトを取って来た、白衣の男の姿を。

 

「どうせあんたも……そこの白チビみたく、本当の姿があるんじゃないの?」

 

 ジト目と一緒に人差し指を向けられた白チビは、なんとも言えない顔で「白チビ……」と呟き、

 

「さー、どうだろうね?」

 

 アルと名乗った白衣の女は、笑みをたたえたまま曖昧に答えを濁す。

 下手したら、コイツも実は妙な本来の姿を持っている可能性が高くなってきた。まー、考えるだけ疲れるだけなので、これ以上追及はしないが。

 

「どうせ君のことだから、ボクがただ助手の為に派遣されたんじゃないってことは、分かっているんじゃないのかい?」

 

 首を傾げ、探るような、覗き込むような、なんとも嫌な視線を向けてくるアル。

 深淵のような不気味な瞳に対し、プレシアは少し顔を背ける。

 

 二人のやり取りを見た白髪の少女は、やれやれとかぶりを振り、人差し指を立てて軽く振る。

 

「お互い〝協力関係〟にあるワケなんだから、ちょっとは仲良くしていき――」

 

 途中で、喋る生意気な小娘の後頭部をプレシアはガシッと鷲掴み、絶対零度を思わせるような冷たい眼差しを向ける。

 

「私があなたの協力を受けたのは――」

「あいだだだだだだだだだだッ!!」

 

 ミシミシミシと白髪の頭から鳴る音など無視して、金髪の少女――無機質な瞳の娘に、プレシアは視線を移す。

 無残な姿の娘を見て、プレシアは苦し気に表情を曇らせるが、すぐさまは射殺さんばかりの眼光をワンピースと白衣の女どもに向けた。

 

(アリシア)を〝取り戻す〟為だコラッ!! わかったかオラァッ!!」

「あいだだだだだだだッ!! そそそそそそうでしたね!! ああああああなたと私たちの関係は!! りりりりりり利害が一致した上での協力関係ィィィィィィィ!! そそそそいたいたいたッ!! そへんは重々を承知していたァァァァァァい!!」

 

 悲鳴を上げ、涙を流しながら、手足をジタバタ暴れさせる少女。すると、代わるように控えていたアルが一歩前に出る。

 

「では、始めようか――『人造生命完成』を」

 

 対して、プレシアはギリィと憎々し気に奥歯を強く噛みしめる。

 

「……協力と言っても――!!」

 

 仰向けにした少女の体を、自身の首を支点として肩の上に乗せ、その細い顎と腿を掴み、小さな体をグイッと豪快に弓なりに反らせた。

 

「半ば娘の命を使って脅してるような関係でしょうがァァァァァッ!!」

「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙……ッ!!」

 

 アルゼンチン・バックブリーカーを受けて、小さな少女がとんでもない悲鳴を口から漏らすな中、

 

「でも、ボクたちがプロジェクトの提案をしなかったら――」

 

 アルは口元の笑みを絶やさず、視線をチラリと後ろへ向けた。数歩後ろで控えるアリシアに。

 

「今頃キミの娘さんは、体はゾンビのまま、デバイスの中で一生を過ごすことになっていたよ?」

「ええええ!! そうねぇぇぇコンチクショォォォ!!

 

 苛立ちを表現するかの如く、プレシアはトランスの細い腰に両腕を回して、背中をエビぞりに反り曲げた勢いを利用して、少女の体を真後ろに反り投げる。

 

「ゴォ゙ッッッッッッ――!!」

 

 見事決まったバックドロップにより、少女の後頭部が地面に激突!

 

 ピクピクと悶絶する少女の体を、エビぞりのまま腕でホールドするプレシアに、まったく感謝する気持ちなど芽生えてこなかった。

 

 結局連中が欲しいのは、娘の命をギリギリ保っているデバイスと、自分がこれから生み出さなければいけない技術。アリシアのことなどのどうでもいいのである。

 とは言え、憎たらしいデバイスのお陰でアリシア・テスタロッサは魔導炉暴走による事故をその身に受けながらも、今もその命を失わずに済んでいる。理屈はプレシアにすら分からないが。

 

 じゃあ、なんで友人たちはアリシアを死んだと思っているのか? 

 

 

 理由は、白衣の野郎もとい、白髪の小娘と出会った日――。

 一度、アリシアと一緒に姿を消した白髪が戻って来ると、

 

『とりあえず、私は変身が得意なの。知ってるわよね? なのでー、私が娘さん(死体)の代わりになってあげる~。よかったわね~、これで葬儀が問題なく執り行え――』

『火葬でいい?』

『すんませんごめんさい! 火葬はご勘弁を!』

 

 この白髪小娘は、あろうことかアリシアを死んだことにしやがったのである。

 ぶっちゃけ、マジで火葬したかった、と思うプレシア。

 

 まあ、アリシアが死んだ方が色々と都合が良いと言うのは、プレシア的にも分らんワケではないので納得せざる負えないが。

 行方不明者にして、管理局に捜索を頼んでもアレだし。

 

 だがしかし問題だったのは、もう一匹の家族の所在を訊いた時。

 

『紛いなりにもアリシアは見つかったからいいとして……ウチの猫、リニスの姿が見当たらないのだけれど……あなた、なにか知らない?』

 

 問いかけるプレシアに、白髪小娘は唇に指を当てながら、視線を斜め上に向けて。

 

『う~ん……あの猫ちゃん、食べちゃいたいくらい可愛かったのよね~……』

『……ん? ちょっと、待って……。あなた……まさか……!』

 

 嫌な予感を覚えたプレシアに対し、白髪の少女は両手を合わせながら笑顔で、

 

『いただいちゃいました♪』

 

 とんでもねーこと言いやがったのである。

 

『やっぱ火葬ね』

『すんませんごめんなさいゆるしてくださいマジすみませんでした!!』

 

 とにもかくにも話は戻るが、相手方の目的は、記憶転写による人造生命を生み出す技術。それをプレシアという技術者に完成させ、手に入れること。

 

 とは言え現状、クローン技術は自分に必要な技術。アリシアの魂を入れる器を用意しなければならない。

 それこそ、トランスから聞いた『魂の拒否反応』を示さない、まったく同じ体を作る。だからこそ、クローン技術はうってつけなのだ。本当に、必要なのかどうかは分らないが、そこに疑問を抱いても現状は前に進まないので仕方ない。

 

 

 

「もし、ただ単に〝善意で娘を助けていた人間〟なら……」

 

 思い出しつつ、チョークスリーパーを少女に決めるプレシア。その顔は力の入れまくりで凄まじい。

 首に片腕を回され、回した腕を片方の腕でホールドし、締めあげられた少女は、青白い顔になりながら、プレシアの腕をパンパンパンパン!! と連続タップ。

 

 青白い顔で今にも死にそうな表情のトランスの首を開放し、そのまま流れるように持った両足を左右の脇に挟み込み、

 

「お礼にキスだってしてあげたいくらいだったわァァァァァァッッッ!!」

 

 風車のように体をグルグル回転させて、少女の体をスイング。ようは、ジャイアントスイング。

 

ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッッッ――!!

 

 風圧と遠心力を受け長い髪が逆立ち、目から涙を、口からを悲鳴をまき散らす少女。

 

「おや、それはよかったね、トランス」

 

 対し、アルは笑顔で皮肉とも取れるような返し。

 ブチっと青筋を浮かべたプレシアは、

 

「ゥォォオォラァァッ!!」

 

 トランスをそのまま時の庭園――城の扉に向かって豪快にぶん投げた。

 少女は悲鳴を上げながら砲弾の如く、扉に頭からドカァァァァン!! と激突。

 

 しかし、堅牢な扉は、白髪少女の体当たりではビクともしなかった。

 一方、体が半壊しているかもしれない白髪少女は、地面に寝転がり、白目を剥いて、ピクピクと悶絶中。心なしか、口からは白い魂が出ている気がする。

 

 プレシアは真顔でパンパンパン! と手をはたきつつ、

 

「あら、想像以上に丈夫ね」

 

 頑丈な扉を触りながら傷がないことをチェック。気絶しているであろうトランスをふんずけて。

 

「ふむふむ……中々にいい材質を使ってるようだね」

 

 アルも扉を撫でながら、感想を口にした。

 

 とりあえず、気絶した小娘は放っておいて、そのまま扉を開いて時の庭園内部を歩く。

 

 岩で飾ったおどろおどろしい外観とは打って変わって、内部は中々に良い雰囲気だ。

 西洋然とした廊下や広間に、いくつも点在する部屋。さらには研究用の機材や書物など、色々と必要な物が揃っていた。

 

「へ~、中々に良い物件みたいだね」

 

 そんな至れりつくせりの内装にアルは感嘆の声を漏らしてから、やがて小首を傾げる。

 

「揃った機材から見ても……君の友達、中々に良いプレゼントをくれたようだね」

「……そこまで知ってるのね……」

 

 相手方の監視体制に、若干の息苦しさを感じるプレシア。やっぱり、管理局に務める先輩に事情を説明しなかったのは正解だと、あらためて思った。

 

 ナハティからこの時の庭園を買い取った時、ただ同然の額で機材を含めてここを譲り受けた。たしかに、プレゼントと言っても差しつかえないだろう。

 旧き友人曰く、

 

『私もそろそろ時の庭園には飽きてきて引っ越しを考えいたからね。それに、臨時収入も入ったことだし』

 

 とのこと。

 旧友の贈り物をこんな形で使うのはプレシアとしても癪だが、アリシアを救う為には我慢する他ない。

 

 これから自分の書斎になるであろう部屋まで入ったところで足を止め、振り向き、後ろから付いて来ていた白衣の女とアリシアに体を向ける。

 

「それで? 娘の新しい体が必要な私と違って、何故あなたたちは人造生命精製の技術が必要なのかしら?」

「……デバイスにはより強い体が必要だからです」

 

 答えたのはアルではなく、アリシアの体を使う(デバイス)

 言葉を聞いて、プレシアは苛立ち気味に目を細める。

 

「〝デバイスには〟って、なにその言い方? まさかあなた、アリシアにでもなったつもり? 娘の体を使ってるだけの分際で」

「…………」

 

 デバイスは少しの間、アリシアの口を止めた。アルもチラリと、黙ってしまったアリシアへと視線を向ける。

 やがて『アリシア』は、再び口を動かす。

 

「……あー……まー……そう言うことですね。現在、私はアリシア・テスタロッサみたいなモノなので」

 

 ふざけた言い分に、プレシアのイライラはより増す。

 アリシアは無機質な目で口から感情の籠らない言葉を、まさに機械のように紡ぐ。

 

「見ての通り、あなたの娘の体は幼く、貧弱です。魔力も持ってないに等しい。いくら適合率が非常に高くても、こんな『(からだ)』では使い物になりません」

「っと言うわけで、デバイスには必要なの。より強靭でより強い体を持った器が」

 

 と、食い気味に言うのは――いつの間にか復活して、書斎まで来ていたトランス。

 人差し指を立てる小娘は無視しつつ、プレシアは書斎の机に腰を掛け、腕を組む。

 

「なるほど。人造生命なら自分たちの思い描く最高の肉体と魔力を持った存在を生み出すのに、一番手っ取り早い方法だと、あなたたちは考えたワケね」

 

 トランスが「ええ」と頷くと、プレシアは「でも、解せないわね」と言って視線を鋭くさせた。

 

「何故わざわざ新しい技術を〝私〟に完成させるの? いくら私が研究者と言っても、あなたたちだってお抱えの研究者がいるんじゃないの? そこの白金頭みたく。なのに、わざわざ他人に自分たちの違法な行いを知られるリスクを冒す理由はなに?」

 

 白髪の少女は困ったような顔で「そうしたいの山々なんだけどね~」と言って残念そうに首を横に振り、変わるようにアルと名乗った女性が口を開く。

 

「いかんせん僕たちじゃ、既存の基礎技術を発展させてからの新たな人造生命技術――肉体がまったく同じクローンを完成させる為の、知識や能力を有してなくてね。畑違いってところさ。こっちで一番の研究者も得意なのは、デバイスを作成したり、改造すること」

 

 やっぱ目の前のクソデバイス作ったの、コイツ等なんじゃねぇの? とプレシアは思いつつ、視線を白衣の女性へと向ける。

 

「なら、アル(あんた)はなにしにここに来たの?」

「ボクは君ほど天才ってワケでもはないけど、サポートくらいはできるからね」

 

 などと困った笑みを浮かべつつ褒められても、なんにも嬉しくない。

 

「それで、〝天才である〟このプレシア・テスタロッサの知恵を借りたいと言うワケ?」

 

 むしろ天才と判断された自分のせいで、娘が現状のままだと思うと素直に喜べない。まあ、魔力炉暴走から娘が助かった要因であるなら、不本意でも喜ばしい事ではあるが。

 

 待ってましたと言わんばかりに、トランスは銃の形にした両手で、人差し指を前へとビシッと向けた。

 

「その通り。クローン技術さへ手に入れば、いくらでも人間を使った違法な実験をすることができる」

 

 そして、ニヤリとあくどく口元を吊り上げる白髪の少女。

 

「――わざわざその辺から人間(モルモット)を連れてくる手間が省けるし人道的、でしょう? でしょうでしょうでしょォ~~?」

「下種ね。ウザい」

 

 プレシアは見下す様に吐き捨てるが、相手はあっけらかんとした笑顔で人差し指を立てる。

 

「ん~~~、どんな素晴らしいモノも、多くの試行錯誤と挑戦、そしてあらゆる犠牲によって生み出されるじゃ~~~ん」

「最低ね。クソウザい」

「あァ~~ん、もォ~、ひどォ~い。私たちは~、人類により素晴らしい技術の提供をする為に粉骨砕身努力する所存なのにょィ~~~。プレシアちゃんもそう邪見にせず、一研究者としてモルモット人間製作をがんばっちゃおうよォ~~YOU~~~」

「反吐が出るわ、クソウザい死ね」

 

 プレシアが顔を逸らして毒を吐けば、

 

「ンもォ~~~~、そんなツンツンしちゃってゥェ~~~、ちょっとはしゅなおにィ~~~――」

 

 果てしなくクソウザい口調と頭がおかしいクソガキが笑顔のまま、背中に引っ付いて、頬を人差し指でツンツン突くので、

 

「うっさい――わねぇぇぇぇぇッ!!」

 

 とりあえず、説明するとかなりメンドーなので要約するが、ロメロスペシャルをプレシアはかました。

 

「いだだだだだだだだだだッッッ!!」

 

 手を引っ張られ、下から両足で両腿(りょうもも)を押し上げられ、体が吊り上げられたトランスは悲鳴を上げる。

 

「あんたらの計画なんてこっちは知ったこっちゃないんじゃぁぁぁぁッ!! あと死ぬほどウザァァァァァァイ!!」

「ギブギブギブギブギブギブゥゥゥゥゥッ!!」

 

 体が弓なり引っ張られ、天を仰いだ状態のトランスは涙を流しながら、頭をブンブン左右に振り乱す。

 続けて、うつ伏せにした相手の両足を両脇で抱え込み、そのまま背中に馬乗りになって、

 

「こっちだってェェェェェッ!! 慈善事業でテメェらに協力するワケじゃねェんだァァァァァ!! すべて娘のためじゃあああああああああああああッ!! ウザい死ねえええええええええええええッ!!」

 

 足を引っ張って、背中を反り返らせて締め上げる――逆エビ固めをお見舞いする。

 

いだだいだだぢああああッ!! しぬしぬしぬしぬしぬゥゥゥゥゥッ!!

 

 バンバンバンバンバンッ!! と床を叩くトランス。

 

 様子を見ていたアルはおっとりした口調で。

 

「君の都合もわかってるつもりだからさ。とはいえ、とりあえずはクローン技術を完成をさせないと始まらないよ?」

 

 言われ、とりあえずトランスを技から解放するプレシア。 

 ゼェ……ゼェ……、と息を乱しながら、うつ伏せに倒れるトランスは、青い顔しつつ。

 

「そ、そうそう……。も、もし……さ、逆らうと……娘の体をハンバーグにして、あなたのディナーに――」

 

 プレシアは少女の体を逆さにして、両手で両足を掴み、大股開きに。首付近に逆さにした頭を乗せ、自分の首でフックをかけ、近くの机の上に乗った。

 

「えッッ!?」

 

 一気に怒りMAXハートになったプレシアは眼光を赤く光らせ、大きくジャンプ。

 

だとコラァァアアアアアッ!!

 

 

 筋肉バスター炸裂――!!

 

 

 ドスーン!! と着地した瞬間、

 

「ブゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 大股開きで口から多量の鮮血を吹き出す少女。ひでー絵面である。

 

 プレシアが地面に降ろす頃には、白髪少女は口から血と泡を吹き、白目剥いてピクピクと悶絶していた(二回目)。

 

 娘を人質に取られた母は、ジロリとアルに視線を向ける。

 

「私だってわかっているわ。管理局に助けをもとめたって、娘は助けられない。任せても、デバイスを取られて死ぬか、一生暴れないように閉じ込められるかのどちらか。治す方法が見つかるなんて期待は、望み薄。そもそも肉体が死んでいた場合、体を蘇生させる技術が必要。けど、管理局にそんな技術はない。知人友人に頼んでも、同じこと。あんたたちに協力する以外、あの子は助からない……」

 

 感情を殺しながら、現状を冷静に言葉にしてまとめる母。

 そう言う事でしょ? と、言いたげな視線を向ければ、アルは目を瞑って語る。

 

「管理局だって、クローン技術を完成させて君のために提供、なんて都合のいいことしてくれないだろうね。正義の組織や味方が助けてくれない以上、〝悪魔に魂を売って〟でも〝君〟が頑張らないと」

 

 そこまで言って、アルはニコリと笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、これから一緒にプロジェクトを完成させようじゃないか」

 

 すると、アルは近くで控えているデバイスに目配せ。そうすれば、アリシアは一歩前に出て。

 

「……それと言っておきますが、あなたが管理局に通報、もしくは友人知人に助けを求めて抵抗しても、娘の魂は体に戻りません。…………あッ、あと変なことした場合は、魂は、消します」

 

 機械らしく、凄まじい棒読みでプレシアに念押しするデバイス。

 続けて、口から血と涎を垂らし、青い顔したトランスが、指をビシッと突き付ける。

 

「と、とととと言うことDEATH! わ、わわわわ私たちを嵌めようとなんて思わないことDEATH!! 娘が大事ならDEATH!! ホント余計なことしないでDEATH!!」

 

 真っ青な表情で、ビビりながら支離滅裂な忠告する白髪少女。

 

(コイツ、無駄に丈夫だな……)

 

 もう一回シメとくか? とプレシアが手をゴキリと鳴らした瞬間、

 

「ッッ!!」

 

 ビクッと怯えた表情で反応したトランスは、

 

「あ、ああああああ後はアルとがんばってェェェェェ!!」

 

 一気に踵を返してダッシュ。白い長髪を振り乱し、アリシアの元まで走れば、そのまま娘の手を引っ張って逃げて行く。

 あっという間に姿を消した二人の少女と代わるように、プレシアの近づくアルは落ち着いた表情で。

 

「ちなみにだけど、僕らの監視と情報網はすごいよ? 誰かに……ましてや管理局に言わない方がいいよ? そうなったら、たぶん君がすごく〝後悔する未来〟が待っているだろうからね」

「……しつこいわね、わかってるわよ」

 

 プレシアがいまいましげに言い返せば、アルが懐からクリップで止められた資料の束を取り出す。

 

「それじゃこれが、君が目指す人造生命精製技術の完成に必要なノウハウを得るのに適しているであろう研究をしているめぼしいチームの所在。やる気もあるようだし、頭に入れておいてくれたまえ」

 

 資料をズイッとプレシアの前に差し出すアル。

 

「…………」

 

 白金頭の白衣女を見て、プレシアは目を細め、思った。

 

 偉そうだし、コイツもシメておこかなー……? と。

 

 

 それから、プレシアの長い長い道のりが始まる――。

 

 紹介された、あらゆる技術や特許を取得する為、方々の研究チームや企業や会社に入っては出て行くを繰り返す。

 もちろん、アルと言う女も金魚の糞のようにピッタリと自分の後を付いて行く。

 

 時々、管理局や友人知人に助けを求める考えもふと何度か頭を過ったが、〝結局娘を助けられない〟という一番望まぬ結果を予想してしまい、止まることはできなかった。

 

 そしてプレシア・テスタロッサが基礎の段階から、人間を精製できる段階までにこぎ着けるのに、十数年後。

 

「――ここまで本当に、長かった……」

 

 プレシアは時の庭園に用意した、クローン精製の為の設備を見ながら、呟く。

 もちろん設備だけでなく、今まで培ってきたノウハウから構築した人造生命の基礎を発展させ完成させた、クローン技術の理論もデータとしてインプットさせてある。

 

 長い道のりのゴールが見え始めた事で、プレシアが今までの苦労に対し、深くため吐いていると……。

 

「とりあえず、『プロジェクトF.A.T.E』完成だね。ここまで来れば理論通りに、理想の素体を完成させるかどうか、って段階だけど」

 

 後ろから、自分の『助手兼監視兼報告役』を謎の組織から言い渡されている、女の声。

 

「…………」

 

 プレシアは振り向くことなく、ため息を吐いてしまう。

 

 このアルと名乗った女、サポート専門と言うが、そこら辺が優秀どころか、役に立つかどうかすら判別できないほど、はっきり言って微妙だった。

 別段邪魔なワケではないが、サポートしていると言えばしているのかもしれないが、役に立っているのかどうかわからないレベルで微妙な、自分が道筋から逸れないようにする程度の、研究者としての能力。たまに、必要な機材な技術を進言する程度。

 

 ただ、プレシアにも納得はいく。トランスの所属する組織にこんなレベルの研究者しかないなら、自分を頼るのも分からないわけではない、と。

 

 下手したらこの女は、自分が完成させたプロジェクトFのデータを、定期的にトランスに送るのが役目の人間かとも思った。

 そこで、大量のデータを送信、もしくは記録する為の機器を持ってないかの身体検査を欠かさなかった。そうすることで、事前にデータの流出を阻止。

 アル自体は身体検査自体を快く引き受けるので、余計に違和感を覚えたが。ちなみに持っているのは、組織と通信する為の端末だけ。

 他にも、時の庭園で自分以外の誰かが勝手に出入りした時、警報が鳴るようにした上に、時の庭園に保存してあるプロジェクトFのデータもろもろには、厳重なロックをかけてある。

 

 だがしかし、自分の心配ごとが杞憂と言わんばかりに、妙な機器をアルは持ち込んだり、持ち出したり、時の庭園を勝手に出て行くなんて事はしない。

 

 アルはずっと時の庭園でプレシアと一緒に暮らしているし、妙な行動一つせず、研究の助手をするだけ。まあ、本当に助手と監視目的だけならそれはそれで良いのだが、助手としてあまり役立たないのがなんとも……。

 とは言え、助かった点もある。それが、プロジェクトFに必要な薬品による呼吸器官の悪影響を事前に教えてくれ、対策を考えてくれたこと。

 

 あと目立ったところと言えば、なんかよく食べてる弁当のおかずがほぼ全て真っ黒い『ナニカ』で、それを嬉々としてザリザリゴリゴリ音を鳴らしながら食べてるところ。

 食べるかい? なんて訊かれた時には、プレシアは首を速攻で左右に振った。

 この時、あぁ、やっぱコイツもトランスと一緒でどっかおかしいんだな、と思った。

 

 

 この十数年間の事をプレシアが思い出してる中、後ろに控えるアルはニコリと笑顔を作る。

 

「それじゃ、最期は君の娘の〝新しい器〟作りだね」

 

 と言うアルが用意したのが、素体作りの為に前々から保存していたと言う『アリシアの体細胞』。

 用意が良い事この上ないが、自分とアリシアの体を接近させないための処置だろう。

 

 そして、アリシアの新たな器となる、完全な素体を完成させるのに数年を要した……。

 

「やっと……完成した……!」

 

 アリシアとまったく瓜二つであろう肉体を作り出した。その、愛らしい金髪の少女の体がポッドに充満した液体の中で浮かんでいる。

 ポッドのガラスにプレシアは両手を当てながら、膝から崩れるように体を落とし、額をガラスに付け、感涙のあまり涙を流す。

 

 ――ここまでに到達するのに、21年以上と言う歳月が流れた…………長かった。本当に長かった……。

 

 だがこれでやっと娘の笑顔をもう一度拝むことができる。もう自分は五十近くなる頃だろうし、本来なら娘は二十歳を過ぎてる頃だっただろう。もしこれからアリシアが二十歳になる頃には……自分は……。

 が、自分の歳など関係ないし、何年会わなくても、アリシアが自分の愛娘であることに変わりなどない。

 

 トランスからの要求を終わらせられることができた。つまりそれは――。

 

 パチパチとプレシアの後ろから拍手が聞こえ、

 

「『プロジェクトF.A.T.E』と素体の完成おめでとう~」

 

 後ろを振り向くプレシアの目に映るは――拍手をしながら、ニコニコとした可愛らしい笑顔の褐色肌の少女。だが、その笑顔はプレシアにとっては、とてつもなく憎たらしい笑顔だ。

 二十年以上経ってもその容姿は成長というものを感じさせない。

 体を変身させる場面から想像して、変身魔法で若作りしてるのか、もしくは人間と言う枠に収まる存在ではないのか。どちらにせよ、歳など気にしても、詮無きことだろう。

 

 こうやってトランスと直接会うのは、これで十数回程度。数カ月に一回とか、本当に会って話す事がない限り、ほとんどない。

 自分の研究から状況の全ての報告は、この十数年間で自分の元にピッタリ付き、監視していたアルの役目だったのが如実にわかる。

 

 今回、こうやってトランスが来たのは、アルからの『プロジェクトF.A.T.Eが完成した』と言う報告を受けたからに違いない。

 

「では早速、『完成形のプロジェクトF.A.T.E』のデータをちょ~だい」

 

 拍手を止めたトランスが右の掌を差し出すと、プレシアはキッを白髪少女を睨みつける。

 

「それなら、まずはアリシアを返してもらうのが先よ……」

「だ~か~ら~、こっちがアリシアちゃんを新品の体に入れたら、すぐにでもお返しするって~」

 

 口を尖らせたトランスがずいっと手をさらに前に差し出すが、プレシアは毅然とした態度で返す。

 

「私が約束を守ったとして、あなたたちが約束を守る保証はどこにもない。なら、『プロジェクF.A.T.E』を完成させた私の要求をあなたが先に呑むのが筋じゃなくって?」

 

 トランスはプレシアの言葉を聞いて出した手を引っ込め、口を閉ざす。そしてプレシアはさらに言葉を続けた。

 

「あなたに『プロジェクトF.A.T.E』のデータを渡したとして、そのまま約束を反故にされた挙句、さらに何か要求を突き立てられる立場にあるのは、あなた」

「いや~……ん~……ま~……そうね……」

 

 なにかを言いたげな眼差しのトランスは、ハァ~……、とため息をついて肩を落とす。

 

「……じゃあ、どうするの? アリシアちゃんがデバイスの中にある以上、あなたが私たちに反旗を翻すなんて展開は、止めておいた方がいいって、忠告しとくけど?」

「だからこう言うのはどう?」

 

 プレシアはニヤリと余裕の笑みを浮かべる。

 

「あなたたちに『プロジェクトF.A.T.E』のデータはまだ渡さない。だから、時の庭園でアリシアの精神、魂? まぁ、とにかくそれらを新しい体に入れる。その後、あなたたちにデータを渡して終わり。それでお互い、後腐れなく――」

「ま~それよりも~……」

 

 プレシアの言葉の途中、一歩前に出たトランスは、

 

「〝こっち〟の方が手っ取り早いと思うけど……」

 

 右手の爪を鋭利に伸ばし、見せつける。人外じみた芸当を見せた少女の表情は変化を無くし、赤く光る眼はとても冷たい。

 少女がまた一歩、歩を進めた瞬間、

 

 ゴキリッ!

 

 と骨を鳴らす音が聞こえ、鋭利な爪を構えたトランスの体がピタリと止まる。

 

「アイアンクロー……」

 

 プレシアがボソリと呟き、

 

「ドラゴンスクリュー、ジャイアントスイング、シャイニングウィザード、パイルドライバー、パワーボム、フェイスロック――」

 

 今まで会うたび会うたび、ムカついた時にキメてきたありとあらゆる技を呟きながら、ゴキゴキと手を鳴らすプレシア。その目が、ギラリと赤く光る。

 

「…………」

 

 目元に影を落とし、トランスは手を後ろに回せば、爪を元に戻して。

 

「……う、うん……ごめんなさい。今の冗談だから……」

 

 右手を前に出してコホンと咳払いしたトランスは、両手を顔の横で合わせ、

 

「アハハ~~、んもぉ~~~……プレシアさまって実は魔導師じゃなくて残虐超人だった~~~? アハハハ~~……」

 

 さっきの冷たい雰囲気とは打って変わって、ニコニコ笑顔で猫なで声。汗はダラダラ。

 

「アハハハハ~~~、こんなこと私だって言いたくないけど~~、私は〝一人〟であなたを脅してるワケじゃないから~~。組織だって動いているの~~。私を排除しても、私が一日戻らないだけで~~、あなたの娘さんは大変なことになっちゃうわよ~~」

 

 などとトランスが説明すれば、プレシアは冷静な表情で。

 

「あら、そうなの。あなたみたい死ぬほどウザくて、クソッタレで、頭おかしくて、姑息なガキを気遣う組織なのね」

「アハハ~、泣いていい?」

「あと言っとくけど、私になにかしても、あんたをブチ殺す自信くらいあるし、データも破棄する準備もバッチリだから」

「アハハハハ~……あなた、ホントに一般人?」

「さらに言っておくと、あなたの脅し通り娘に何かあったら、腹いせに私は何をするか分からないわよ? 例えば――」

 

 プレシアは口角を吊り上げ、不敵に笑う。

 

「この私でさへ作るのに〝二十年近く〟も時間を有した『完成形のプロジェクトF.A.T.E』のデータを破棄しようかしら?」

「…………」

 

 口を閉ざすトランス。対し、プレシアは余裕の態度で語る。

 

「まーとは言え、私が構築した基礎からの応用技術のいくつかは、渡り歩いた他社や研究チームに渡っているから、初期の基礎理論から『プロジェクトF.A.T.E』を完成させられるのに、〝私ほど〟の苦労はないでしょうけど。まぁ、その内、どこかの研究チームが完成させるんじゃない? それでも技術完成には時間はかかるし、また長い時間待つ羽目になるわね」

 

 自分が完成させた技術、『プロジェクトF.A.T.Eの完成形』は大いに交渉材料として使える。

 交渉材料として一番に使えると判断した点は、誰も基礎段階から先へと進められていなかったこと。プレシア以外でこの技術を生物構築にまで発展させていても、自分の知る限りでは虫や小動物が限界のはず。

 

 なにより人間を作り上げる基礎理論の構築にさへ15年全てを捧げてやっと辿り着いたのだ。しかもこの技術は『プレシア・テスタロッサが着手した』と言う記録は残っているが、素体作りを含めた完成形のデータは一切外部に漏らしてはいない。

 

 まあそれでも、『プロジェクトF』がどこかで完成され、こいつらのような連中が悪用するのは時間の問題かもしれないが。

 

「それに、あちこちの他社から私の作った応用技術を集めるのは大変よ? あっちこっちの会社や組織、ましてや局とそんなにメンドクサイ喧嘩をしたいのなら、構わないけど? なにより、私以外で完璧なアリシアと同じ素体作りなんて、どれだけ時間がかかるのかしら?」

 

 無論、連中や誰かが時の庭園にある『プロジェクトF.A.T.E』のデータを盗むことのできないよう対策も施してある。現状なら、プレシア以外の者が『プロジェクトF.A.T.E』の技術を扱う事は不可能と言ってもいいだろう。

 

「それでもあんたらが我慢強く、プロジェクトFを他で確保するなら構わないわ……」

 

 プレシアは不敵に、そして諦めと覚悟が混ざった表情でさらに畳みかけた。

 いろいろと事前に用意はしたが、プレシアにとっての最大の交渉材料は、何年も待てば補填が効くプロジェクトFなどではない。

 

「どうせ娘が戻らないなら、あんたかアルを徹底的に叩きのめして拷問して、組織の情報聞き出して、私の魔力と知恵をフル活用して、死んでもあんたの組織を叩き潰すのも良いわね。管理局も巻き込めば、できないことはないでしょ?」

 

 高い魔力を保有し、自暴自棄気味になった『自分』こそが、最大の交渉材料だと――。

 

「あんたらを殲滅しなきゃ、プロジェクトFで娘を蘇らせても、平穏なんて夢のまた夢になるワケだし。あんたらを殲滅してから、娘との時間を作るしかないわね。私を裏切り、全ての希望を絶とうとしてる、あんたらの自業自得よ?」

 

 プレシア・テスタロッサには分かっていた。幼い少女を人質にするような奴が約束を素直に守るとは考え辛い。なればこそ、ここで思い知らせるしかない。

 

 二十年もの間、努力に努力、苦労に苦労を重ねた人間を裏切ったら、どうなるかと言うことを――。

 

 たぶん、徐々に不気味な笑みを浮かべているに違いない自分の顔。若干自分が壊れ始めているような感覚すら覚え始めてさへいる。

 

 もうプレシアという魔導師は、娘を人質にされ言うことを聞かされるだけの弱い立場(?)などではなくなっていた。

 娘を失い、時間を失い、自暴自棄で何をしですか分からない、娘への愛で暴走する狂人(ははおや)に足を踏み込む寸前なのだ。

 

 ニヤリと笑みを浮かべるプレシアの狂気的な、表情、眼力、言葉。それらを聞いたトランスは、汗を流しながら両手を軽く上げて、後ろにゆっくりと下る。

 

「…………さすがに、狂った大魔導師(バーサーカー)を相手にするのはご勘弁」

 

 トランスは諦めたようにため息を吐き、がっくりと肩を落とす。

 

「……それじゃー、お互いの為、このまま協力関係は維持と言うことで……」

 

 十分に自分から距離を離したトランスを見て、プレシアは内心でほくそ笑む。

 正直、『協力関係』と相手は言っているが、どこまで向こうが協力する気があるのか分かったもんではない。さっきだって、冗談とは言っていたがどこまで冗談なのか。

 トランスは頭を掻きながら、周りを見渡す。

 

「……それでー、アルは? 姿が見えないけど?」

「あんたらとの交渉に使えそうだから、どっかの部屋に監禁してあるわ」

「わー、そうきたかー。プレシア様って残虐超人じゃなくて悪魔超人だったっかー」

 

 やれやれとげんなりが混ざった表情で頭を振るトランスに対し、プレシアは冷徹な表情で返す。

 

「あいつと、それに『今までのやり取りを記録した映像』を管理局に突き出されたくなかったら、私との〝協力関係〟はちゃんと維持することね」

「映像もかー……ま~、管理局との対決は、現状は望むところじゃないし~……仕方ないか~」

 

 どうやら、目の前の奴の組織は、管理局と対決できるだけの戦力を整えてる最中と言う事らしい。ハッタリかもしれないが、規模が大きい組織という事を、念頭に置いておくプレシア。

 

 トランスは視線を鋭くする。

 

「ただあんまりこっちの事を追い詰めない方がいいわよ? お互い、ガチンコ対決なんて望まないでしょう?」

「そこはわかってる」

 

 まあ、協力関係を維持するだけで充分。娘さへ帰ってくれば、目の前の連中が何をしようが関係ない。

 トランスは嫌々そうな表情で、首を横に振る。

 

「こうなると……やっぱり〝アレ〟の事を話さないといけないわよねー……」

「アレ? なんのこと?」

 

 眉間に皺を寄せるプレシアに対し、トランスは両手の人差し指を立てながら言う。

 

「じゃあ、ちょ~っとアリシアちゃんを連れて来るから~、待ってて~」

 

 プレシアの疑問などに応えず、トランスはそそくさと研究室から出て行く。

 白髪小娘が時の庭園からいなくなったのが分かってから、プレシアは息を深く吐く。

 

 内心安堵するプレシアは、ポッドのガラスに背を預け、ずるずると腰を床に落とし、「ハァ……」と息を吐く。

 緊張からか、ドッと背中から大量の汗が出ていることに気づく。そして、顔からも汗がいくつも流れ始める。

 

 ――なんとかうまくいったはずだ……。

 

 あの頭のおかしいヘンテコ小娘が相手だ。自分の予想の斜め上を行く脅しもそれなりに覚悟していたが、想像よりもずっとマイルドに相手が折れてくれた。

 

 とにもかくにも、約二十年ぶりにアリシアと再会するとこまでこぎ着けたのだ。

 後は連中が妙な考えを起こさずに娘を返してくれることを祈る他ない。

 

 さきほどの強気な発言だって、ほとんど賭けに近かった。相手は犯罪者。もっと短慮で強引な後先考えないような性格の奴らだったら、本当に娘の命が失われる危険性も含んでいたのだから。

 

 アリシアの安否を心配しつつ、拭いきれない不安をなんとか押し殺しながら、あの得体の知れない存在を言いくるめられて本当に安堵した。きっと、今まで掛けてきた技も功をそうしたに違いない。

 

 プレシアはポッドのガラスに後頭部を預け、疲れた目で天井を見つめる。

 

「アリシア……ごめんなさい……。本当に待たしてしまったわね……」

 

 きっとアリシアがデバイスから解放されれば、おそらく体を操られてからの記憶はないのだろう。もし記憶があったとしたら、相当精神に負担がかかっているはず。

 そしてなにより……。

 

 ――二十代の時は五歳のアリシアが……二十年ぶりに帰って来る……そして私は四十台後半……。

 

 娘も育てられず、年も人生も果てしなく無駄にしたような感覚がドッと押し寄せてきた。

 

 ――あッ、なんか涙出てきた……。

 

 なんかこれからの苦労(家庭的な)を考えて、つい零れそうになる涙を抑える為に目を手で覆う。

 娘と自分の二十年以上を奪った白髪に、大魔法とプロレス技全般を死ぬまで叩き込まないと気が済まなくなってきた。

 

 プレシア・テスタロッサ四十代。頑張るぞ! あんなクソッタレなんかに負けないぞ!

 

 

 ほどなくして……トランスがデバイスに操られた娘の体を研究室に連れてくるのだが……。

 

「……どういうこと?」

 

 まだ(デバイス)を持ったまま体を乗っ取られた状態のアリシアを見て、プレシアが抱いたのは喜びや悲しみや怒りよりも、疑問だった。

 アリシアの姿を見て一番に感じた〝不可解な部分〟を、白髪小娘に問いただす。

 

「――なんか、アリシア……心なしか大きくなってない? 気のせい?」

 

 そう。アリシアの背格好は20年以上前とほぼ変わってはいなかった――ワケではなく、それどころか、見たところ当時から体が少し大きくなってる。母親目線的に、1.2cm背が伸びてるのがわかる。

 プレシアの疑問に、トランスは目を横に逸らしながら、ボソリと。

 

「……いや、なんでわかるの……」

「それで……理由は?」

 

 プレシアがキツめに問えば。

 

「……健康に……なりました……」

「……はい?」

 

 呆けた声を出すプレシアに、トランスは露骨に目と顔を逸らしながら。

 

「……あなたの娘さんの体はー……健康な状態にー……戻りました……」

「はッ? ナニイッテンノアンタ?」

「……まー……つまりー……健康な肉体になったんです。ゾンビ状態から、生きてる普通の体になったんです」

「…………」

 

 呆然とするプレシアに、トランスは汗をダラダラ流しつつ、言葉を濁しながら告げる。

 

「……デバイスの隠された機能でー……娘さんの体はー……なんか復活しました。良かったですね。うん」

「…………そう」

 

 短く答え、顔を俯けるプレシア。

 

 ――わ、わたわた、わたしの……わたしの……!

 

 心中で、

 

 ――に、二十年はなんだったんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!

 

 怒りが大爆発した。

 




第六十一話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/71.html

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