魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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テスタロッサ編
第五十九話:すべてが暴かれるのは大体終盤あたり


 フェイトが海にあった最後のジュエルシード四つ全てを集め、銀時たちと一戦交え、クリミナルの面々たちによりあの氷の戦場から離脱してから、少し後……。

 

 場所は『時の庭園』――玉座の間。

 

 

「あ~……このガタついた体で肩になんか乗っけて動くの、メンドクサクてしょうがねェ」

 

 右肩の付け根の切れ端から恐竜のような尻尾を生やし、片足の切り端から触手の束を生やして義足にし、片目が潰れた異形。

 見た目は間違いなく重症なのに、まったくそれを感じさせない怪物。

 

 左肩をくるくる回す異形のそばには、床に寝かされたフェイト・テスタロッサの姿。

 

 パラサイトの横まで歩いてきた白髪の少女――トランスは「にしても」と呟き、床に倒れ気絶しているフェイトの前まで歩き、しゃがみ込む。

 

「まずないとは思うけど……フェイトちゃん、精神崩壊とか起こしちゃったりしないわよね?」

 

 トランスはフェイトの頬をつんつん突き、それに反応してか金髪の少女は時おり眉を顰める。

 パラサイトもしゃがみ込み、床に寝転ぶフェイトを見下ろす。

 

「博士の話じゃ、精神的な方は問題ないらしいが……」

「天パの狂乱ぶりを見たらねー……」

 

 相槌を打つように言うトランス。

 ゆっくり立ち上がりながら、パラサイトは呟く。

 

「まー……コイツの精神がどうこうは、俺の知ったこっちゃねェから別にいいけどな」

「あ~ら、冷たい」

 

 トランスにジト目向けられるパラサイトは、メンドクサそうに頭を掻きながら「とにもかくにも、このまま計画が成功すんのかどうかだろ……」と呟く。

 すると、フェイトの瞳がゆっくりと開き始めた。

 

「ん……」

「あ、起きた……」

 

 呟くトランス。

 フェイトは目を覚ますと、気だるげながらも体を起こそうとする。だが、

 

「ぐッ!? ぁ、あぁ……!!」

 

 すぐに体中から痛みを感じて、反射的に両手で体を抱きしめながら蹲る。さらには重力を何倍にもしたような、体が上から押し付けられるような感覚。

 なんとか必死に痛みに耐え、嗚咽を口から漏らし、大量の汗を全身から流す。

 フェイトの様子を見ていたパラサイトは、眉間に皺を寄せる。

 

「おいおい……大丈夫か?」

「くぅッ……!! うる、さい……!!」

 

 しゃがんで自分を見るパラサイトを、フェイトは射殺すさんばかりに睨みつける。だが、異形が幼い少女の視線などに物怖じするワケもなく。

 

「俺たちの忠告無視して、あんなにデバイスを拒んだんだ。その痛みも、自分が招いたことだぜ」

「だま、れッ!!」

 

 フェイトは何度も立ち上がろうとしては失敗し、その度に体や額からくる痛みに涙を流す。さらには強い倦怠感や疲れが重くのしかかり、思うように体が動かせない。

 頑固な黒衣の魔導師にため息漏らすパラサイト。

 

「刀に体を任せれば、そんなに苦しまずに済むのにな……」

「そん、な、ものッ!! なんかに……!!」

 

 フェイトは自分の横に落ちている刀を睨む。

 

「私は……たよ、らない……!!」

 

 必死に痛みを耐え忍び、息を切らし、涙を流し、汗をぽたぽたと地面に落としながらフェイトは立ち上がる。

 その姿を見て、トランスはパチパチと軽く拍手。

 

「お~……ナイスガッツ。それともドM?」

 

 フェイトはギロリとパラサイトやトランスに鋭い視線を向け、息を切らしながら口を開く。

 

「ハァ、ハァ! さいご……! までッ! くッ! ハァッ! わた、しが……ッ!! 決着を……つけるッ!! じぶん、で……!!」

 

 強引に言葉を絞り出し、フェイトはゆっくりと覚束ない足取りで前へと歩き出す。

 

「それが……!! ハァ、ハァ!! わたしの、やらなきゃ……ッ!! いけない……こと……ッ!!」

 

 まるで体を引きずるように、フェイトは前へと歩いて行く。

 そんな少女の姿に、パラサイトは視線を向けながら言葉を漏らす。

 

「お強いことで……」

「くッ! ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!!」

 

 後はもう喋ろうともせず、フェイトは荒く息を切らしながら、ただただゆっくりと歩き続ける。

 

 少女が向かうところは、〝ある人物〟の待つ部屋――。

 

 

 

 

 

「すんごい精神力……」

 

 トランスはフェイトの歩く後ろ姿を見ながら、つい思ったであろうことを口にした。

 

「ただ、そのすごい精神力がいつまで持つかって話しでもあるけどな……」

 

 視線を斜め下に向けながら語るパラサイト。対して、トランスはおぼえつかないフェイトの足取りを見ながら声を漏らす。

 

「あの状態で会いに行く執念……。ああいうのを、子を想う親ならぬ〝親を想う子の力〟って言うのかしらね」

「……さーな。ただま、その母を想う子の力を利用してんのは、俺らだけどな」

「――んー、そうよねー」

 

 声のトーンを落とし、視線を流しながらトランスが返事をすれば、パラサイトは一旦口を閉ざす。

 やがて、人外は残った片目をチラリと相方へと向ける。

 

「まー、それはそれとして……〝アースラの連中〟は〝どんなメール〟を送って来た? それともメールなしか」

「そ~ね~……ちょっと確認してみますか」

 

 と言いながら、トランスは折り畳み式の携帯をポケットから取り出して操作し、メールを確認する。

 白髪の少女が新着のメールを開け、

 

『赤髪少女。転送装置に突っ込む』

 

 と言う内容が確認できた。

 パラサイトは横からメールの文面を覗き見て、目を細める。

 

「……ほ~、着信履歴を遅くして、誤魔化したってところか」

「にしてもまさか、送り込んだスパイがダメになってることを〝私たちが知っている〟なんて、夢にも思わないでしょうねー」

 

 電源ボタンを押して待ち受け画面に戻した後、番号を押し始めるトランス。

 相方がケータイを操作する姿を眺めながら、パラサイトは側頭部を人差し指でトントン叩く。

 

「送り込んだ俺の手足が見たモノ聞いた事の情報は、ぜーんぶダイレクトに俺に送られてくるからな。執務官にちょいとカマかけてみたが、案の定俺らを一歩だし抜けてると思ってたみたいだしよ」

「まッ……このままなら少なくとも管理局側に出し抜かれる心配はないでしょ」

 

 と返事をしたトランスは、携帯を耳に当てながら始めながら歩き出し、

 

「じゃ、私はこれで」

 

 右手を軽く振りながら去って行く。

 薄褐色肌の少女が白い髪を揺らしながら話す後ろ姿を見ながら、パラサイトはふぅと鼻で息を吐き、呟く。

 

「……ここまで来たとはいえ……これ以上メンドーなことが起きねェといいんだがな……」

 

 

 そして、時間は少しだけ進み――次元航行船アースラ会議室。

 

「――リニスです」

 

 人の姿となった〝プレシア・テスタロッサの使い魔〟は、両手を腰の前に揃え、恭しく一礼。

 

「えッ……? あッ……なッ……!」

 

 アルフは唇を震わし、ありえないとばかりに目を見開く。

 

「「猫が人間になったァァァァァァァァァァッ!?」」

 

 なんか横でゴリラ顔の男と糸目の長髪が度肝抜かれているが、アルフにはそのドデカい声ですら耳に入る余裕はない。

 

「ほ、本当にリニスなのかい……?」

 

 実はまた、クリミナルの連中みたいなのが化けているんじゃないのか? 本当に本物なのか? という疑問がアルフの中で生まれている。

 すると、目の前の『リニス』は、

 

「あなたとフェイトの契約は――〝フェイトの心と体を守り、その手で主に対する厄災をすべて振り払うこと〟」

 

 優しく微笑みを浮かべ、

 

「あなたが、狼の血と誇りに誓ったことですよね?」

 

 と、問いかけた。

 そう、契約の内容はリニス、フェイト、アルフ以外は知らないのだ。あのプレシアにだって知られてはいないこと。ましてや、クリミナルなんて外部の連中が知るはずのない情報。

 アルフはぎゅっと唇を噛み締め、目に涙を溜め、

 

「リニスーーーーーーッ!!」

 

 涙を流しながら猫の使い魔に抱き着く。

 リニスは抱き着かれ少し驚くが、「あらあら」と言いながらすぐに慈愛に満ちた笑みを浮かべてアルフの頭を撫でた。

 

「今までよくフェイトの為に頑張りましたね。あなたは使い魔として――なにより私の教え子として、誇りに思います」

「ぅぅ……!!」

 

 アルフは涙を流しながら嗚咽を漏らす。感動と嬉しさで涙がどんどん溢れてくる。

 

「アルフゥ……良かったアルなァ……」

 

 と、なぜか神楽までもらい泣きしている始末。

 

「ホントに……感動の再会だね……」

 

 と、さらにエイミィも涙を流す。そんでもってチーン!! とハンカチで鼻かむ。

 

「――いやちょっと待てェェェェェェッ!!」

 

 そんでデカい声で待ったをかけたのは、ツッコミ枠新八。眼鏡は再開の喜びに浸っている猫の使い魔に人差し指を向ける。

 

「おかしいでしょッ!! なんでリニスさんがアースラにいんのッ!? ヴォルケンリッターの人たちが出て来た時並みの衝撃なんですけどォーッ!!」

 

 すると、神楽とエイミィはジト目を新八に向けた。

 

「おい眼鏡。感動の再会に水差すんじゃねェヨ」

「そうだよ新八くん。いくらなんでもそのツッコミは無粋だよ」

「いやいやいやいやッ!!」

 

 と新八は右手をブンブン横に振り、食い下がる。

 

「〝映画見た〟二人なら僕の疑問も分かるでしょッ! 言っちゃなんですけどリニスさんは――ッ!!」

「〝プレシアの契約を終え、消えているはずだった〟」

 

 先回りして答えたリニスは、少し困ったような表情で「ですよね? 新八さん」と確認してくる。

 

「……えッ!?」

 

 まさかの返しに新八唖然。

 すると、

 

「リニスさんも映画を見ているんですよ」

 

 と、リンディ艦長が笑顔でカミングアウト。

 

「……えッ?」

 

 新八は思考停止。そして、

 

「……え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙ッ!?」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ眼鏡をよそに、土方はリンディに問い詰める。

 

「おいちょっと待てェェェッ!? いつだ!? いつあの猫はあの映画を見たんだ!?」

 

 リンディは人差し指を立てて笑顔で。

 

「〝新八さんに映画を見せてもらったあの時〟――実はリニスさんもいたんですよ」

「ハァッッ!?」

 

 さらなるカミングアウトに、新八は間の抜けた顔。そんで思い出してみた。

 

『リンディは一言も発さずに口元を抑えて、パッケージの絵柄をじーっと見つめている。リンディのペットなのかは知らないが、執務室の隅っこで一匹の〝猫〟が横になっていた』

『エイミィと〝猫〟も、クロノの後を追うように執務室を後にする』

↑(第五十四話参照)

 

 あの時いたね、猫が――。

 

「あの猫リニスさんだったんかいィィィィィィィィッ!!」

 

 新八は天に向かってシャウト。

 

「なるほどな。よくわかった」

 

 土方はうんうんと頷くと、沖田がジト目向ける。

 

「いや、土方さん。地の文で説明されてるだけなんで、俺ら登場人物たちにはまったく理解できやせんぜ」

 

 メタイツッコミは置いておき、土方は目下最大の疑問を問いかけた。

 

「そもそもなんで、プレシアの使い魔はまだ現存してんだ? そこが一番の謎だ」

「そ、そう言えば……!!」

 

 土方の言葉でアルフもやっと泣くのを止め、リニスの顔を見る。

 

「な、なんでリニスは消滅しなかったんだい!? だって、プレシアとの契約を終えて……」

 

 するとリンディが「ええ、そうですね」と声を発し、会議室にいる者たち全員に真剣な表情を向けた。

 

「ここにいる、映画を見ているであろう方々はリニスさんの存在を知っている。だからこそ、なぜリニスさんが『使い魔としての契約を終えて消滅していないのか?』と、当然の疑問も持っているでしょう」

 

 映画を見た江戸組、なのは、アリサ、すずか。そしてリニスに一番近い存在であるアルフ。全員の疑問を、リンディは先取りするように口で説明した。

 一呼吸置き、リンディは話しを続ける。

 

「リニスさん現存の理由と、彼女がなぜアースラにいるか。少々長くはなりますが、まずは現状に至るまでの彼女の事情を聞く必要があります。疑問を回収する上でも、今回の事件のあらましを知る上でも、今後のためにも」

 

 艦長の話しに合わせるように、クロノも口を開く。

 

「リニスのおかげで、ようやく〝事件の全貌〟が大体わかったんだが……」

 

 そこまで言って、執務官は若干、疲れが混じったような表情になる。

 

「今回の事件、細かいところが結構ややこしいことになっててね……」

「とりあえず順を追って説明するなら、まずは〝フェイトさんに関して〟ですね」

 

 リンディの言葉を皮切りに、艦長と執務官と使い魔によって明かされる――フェイトの真意。

 

 

 

 一通りの説明が終われば、

 

「――ぷ、プレシアさんが生きてるって……本当なんですか!?」

 

 その場にいるほんとんどの者たちは驚愕の表情を浮かべる他ない。

 いの一番に新八が驚愕の表情で聞き返せば、リニスは「はい」と頷く。

 一方、

 

「やっぱ、あのバケモン共の偽装か……」

 

 腕を組んだ土方の表情は驚きではなく、眉間に皺を寄せた神妙な面持ち。

 隣で頬杖をつく沖田は真顔。

 

「ま、人に簡単に化けられるっつうヤツがいるってのが、いい証拠でさァ。生首用意する偽装は朝飯前だろうしなー」

 

 真選組の二名と同様に、さきほどの『プレシアが生きていた』という話しであまりリアクションに変化がなかったアルフに、チラリと目を向ける新八。

 

 沖田は「でもよー」と言って、管理局側の人間にジト目を向ける。

 

「異世界の超技術で科捜研もビックリの科学捜査ができるであろう管理局様が、まさか連中のちゃちな偽装に気付かなかったんですかィ?」

「君ホントに陰湿だな……」

 

 とクロノは呆れ気味の声をだし、エイミィが苦笑しながら頬を掻く。

 

「まー、なんていうか……あの首を調べてみたら、血液とか細胞とかが人間と遜色ない上に、プレシア・テスタロッサのDNAのサンプルデータなんて持ってませんでしたから……。揃った情報だけだと、プレシア・テスタロッサの生首の可能性が大きいって結論にせざるおえなくて……」

「不謹慎だが、もし彼女が前科ありだったら、DNAデータと照合もできたかもしれないが……」

 

 と、クロノが言葉を付け足す。

 そこまで話したところで、

 

「あのぉ~……それで……」

 

 眼鏡の青年はおずおずと言葉を挟む。

 

「もしかして、ですけどォ……やっぱり、アルフさんも事情とか知ってたんですか?」

「えッ?」

 

 呆けた声を出すアルフに、新八はおずおずと畳みかける。

 

「いや、アルフさん、なんかフェイトちゃんの裏事情の話をしてる時、ほとんど驚いてなかったし……」

「あー……えー……そのー……」

 

 あからさまに目を逸らすアルフ。

 使い魔の反応から、新八はあらたな予測を口にする。

 

「それじゃあもしかしてー……なんですけど。銀さんもー、フェイトちゃんの事情や、プレシアさんが生きてることを知ってた、とか?」

「あッ……ん……いや……」

 

 誤魔化すことが下手なのか、アルフはまたあからさまな反応。

 今までの銀時やアルフの態度、そして現在のアルフの動揺から色々察し始める新八。

 そんなアルフの様子を見てか、土方はため息を吐く。

 

「やっぱあの銀髪、何か知ってやがったか」

「まァ、どう考えても旦那がな~んか隠してたのは察せますしねェ」

 

 続くように沖田も呑気な声で言い、神楽は驚きの声を上げる。

 

「マジでか!? 銀ちゃん私らに隠し事してたアルか!! 許さねェ! ネ!」

 

 するとここで、

 

「あー……一応フォローを入れとくとだな……」

 

 クロノ執務官が疲れたように説明を始めた。

 

 かいつまんで説明すると……銀時とアルフ、さらには管理局側の人間たるクロノやリンディが知っていたのは、フェイトが〝プレシアの命を盾に脅されていた〟と言う事。

 そして管理局側の二人が、スパイの存在からフェイトやプレシアの安全を危惧して口止めをし、情報が漏れる危険性を徹底的に排除していた事。

 

 一通りの説明を聞いて、やっとフェイトの真意を知ることができた面々は、各々思い思いの表情を浮かべている。

 そしていの一番に声を発したのは、

 

「僕……」

 

 ガックリと肩と頭を落とす新八。

 

「フェイトちゃんの態度とか言葉とか状況とか、いろいろなことに流されちゃったせいで……数ある可能性の一つを、見落としていました……」

 

 完全にクリミナルたちの掌で踊らされ、考えが足らなかった自分に悔しささへこみ上げてきた。

 クロノは腕を組んで首を横に振る。

 

「そう気に病む必要はない。フェイトの意固地なまでの演技。あげく偽物とは言え、プレシアの首まで出てきた。そしてあの時の通信以外に、他の可能性を示唆するような証拠があまりにも少なかったんだ。あそこまでいくと、彼女が母を殺してしまったかもしれない、という考えが頭をよぎっててしまうのも仕方ないよ」

 

 クロノのフォローで、若干だが新八も自責の念や自己嫌悪の気持ちがやわらぐ。

 

「フェイトちゃん……」

 

 なのはは顔を俯かせ、瞳を震わせていた。フェイトの現状を想って複雑な感情を抱き、悲しんでいるのだろう。

 

「たく、蓋を開けてみれば簡単な話だったな」

 

 と言って、土方は新しいタバコに火を付け、視線を鋭くさせる。

 

「小悪党どもが、年端もいかないガキを執拗に苦しめていた」

「外道ここに極まれりですねェ……」

 

 沖田は少しばかし目を細め、土方はタバコを咥えながら腕を組む。

 

「とりあえず、フェイトはいいとして……問題はプレシアだな。あいつの事がまだよう分からん」

「トシ……プレシア殿はフェイトちゃんの母親であろう」

 

 近藤が腕を組みながら真剣な表情で言えば、土方は呆れ気味の顔で返す。

 

「いや、つまりな。俺らはフェイトの立ち位置はある程度把握できたが、プレシアのもろもろの立ち位置も関係性もマジで分からねェって問題が残ってんだろ?」

「なるほど……。つまり……どういうことだってばよ」

「あんたなんで〝なるほど〟って言ったの? なにがなるほどだったの?」

 

 どこぞの七代目火影みたいな口調で問い返す真選組局長と、理解力が乏しい上司に対して青筋を浮かべる真選組副長。

 すると説明を代わるように、慌てて新八が口を開く。

 

「こッ、近藤さん。つまり、フェイトちゃんは僕らの思った通りの人物と考え大丈夫ってことです。けど、問題はプレシアさんが今回の事件でどんな立ち位置なのか。そもそも目的どころか、クリミナルとの関りも知らないことだらけで、被害者として扱えば良いのかどうかも判断できかねる状況ってことです」

「なるほど……」

 

 分かったのか分からなかったのか、近藤は腕を組んで深く頷く。

 

「そして、そのどう扱っていいかわからんプレシアについての詳細を知ってんのが……」

 

 そこまで言って、プレシアの使い魔へと目を向ける土方。

 自身に複数の視線が向けば、リニスは真剣な表情をクロノとリンディへと向けた

 

「リンディ艦長、クロノ執務官。あなた方はプレシアについて、もう調査は済んでいますか?」

「あぁ」

 

 クロノは頷き、オペレーターに顔を向ける。

 

「エイミィ。プレシア・テスタロッサの資料を」

「あいあいさ」

 

 エイミィは空中にパネルを出して操作し、会議室の机の真ん中にモニターが出現。

 そこには、プレシア・テスタロッサの写真。と、その経歴と思しき文字の羅列がミットチルダの文字であろう言語で書き綴られていた。

 クロノは資料を見つめながら説明を始める。

 

「僕らと同じミットチルダの魔導師プレシア・テスタロッサ――」

「あ~、別にそういうのいいから。俺ら『映画』で知ってるしー」

 

 と、頬杖を付いた沖田はクロノの説明をバッサリ切り捨て。プラプラ左手首振る栗色髪の青年を見ながら、執務官はブチっと頬に血管浮かせた。

 すると、土方はタバコの煙を吐く。

 

「そこの執務官は映画の話は信じてねェだろうが、俺たちはプレシアがブラック企業の無理難題な要望に付き合わされ、実験に失敗。そんで娘を失っちまったことまで把握してる」

 

 土方が映画で描かれたプレシアの過去を口にすれば、リンディはなんとも言えない顔で苦笑いを浮かべている。

 

 映画でのプレシアの経歴をザックリ説明すると……。

 

 プレシア・テスタロッサはミットチルダの民間エネルギー企業に勤務しており、そこの開発主任として働いていた。

 だが、実験は失敗し、その全責任を会社に押し付けられたプレシアはそのままどこかに姿を暗まし、プロジェクトF.A.T.Eを使って娘アリシアを復活させようとする。が、それも失敗に終わって、フェイト・テスタロッサという別の存在が生まれてしまう。

 そして次なる手段として、アルハザードに行く為、彼女はフェイトを使ってジュエルシードを集めさせた……。

 

 というのが、映画を見た者たちのおもに持っている情報である。

 

「あらためて考えると、酷くて悲しい話よね……」

「うん……」

 

 アリサが言い、すずかも相槌を打つ。

 呆れ気味の視線で沖田は声を漏らす。

 

「まー、世の中にはマジで正気を疑うようなことするブラック企業って割といるからなー」

「腹ン中ドブラックのオメェが言えた義理じゃねェけどな」

 

 と土方が指摘。

 

「っというかそもそも……僕は『あんなモノ』の情報をいちいち信じながら話したくないんだがな……」

 

 一方のクロノは青筋浮かべながら、頬を引き攣らせていた。やっぱり、『自分たちの世界(アニメ)』の情報前提って話しは嫌らしい。

 

 するとここで、

 

「――ただ問題なのは、映画とは違い『プレシアの過去』は〝大きく異なり〟ます」

 

 リニスが首を振って否定。「合ってるとこもあるにはありますが」と言葉を付け足しながら。

 映画を見ている者の大半が、多かれ少なかれ困惑と驚きの表情を浮かべ始めた。

 

 えッ? そ、そうなんですか? 過去も変わってるんだ……。じゃあ映画って……。映画の情報の価値がどんどん薄れるわね……。むしろ誰かさんのせいで変な偏見がくっ付いたり視野が狭まったりするだけでしたねェ。ホトンどこぞの眼鏡は使えねー。

 

 といった感じで、少々どよめく映画視聴済みメンバー。

 

 そして、主に視野を狭める映画見せた誰かさんに対する、ドSとチャイナの冷ややかな視線がチラホラ。

 どこぞの眼鏡は、冷ややかな視線からサッと顔を逸らし「オメーら今さっきまで映画の内容真に受けてたクセに……」と呟いている。

 

 土方はタバコの煙をふぅ、と吐く。

 

「まァ、テメェがここにいるって辺りで、そんな予想もうっすらしてたがな」

「あ、ズル。この前髪ブイ字、自分だけいろいろ察してました感を出してカッコつけてやがる」

 

 と沖田が言えば、土方はこめかみにブチっと青筋を浮かべる。

 

「最近のお前、マジで俺に対する表面上の敬いすらなくなってきたな」

 

 とりあえず、上司を全く立てない部下はクールにスルーしつつ、土方は鋭い眼差しをリニスへと向けた。

 

「……それじゃ、聞かせてもらおうじゃねェか。事実関係を細部まで知ってるオメーの事情と、プレシアの過去ってヤツをな」

 

 一旦の間――やがて、猫の使い魔は真剣な表情で口を開く。

 

「――そうですね……まず話さなければいけないのは……」

 

 

 時の庭園――とある一室。

 

 その部屋にある備え付けのベッドに腰かけるのは、時の庭園の主だった魔導師――プレシア・テスタロッサ。

 おもむろに顔を上げ、部屋を淡い光で照らす天井の丸いライトを、憂いを帯びた瞳で見つめる。

 そしてゆっくりと視線を移し、自身の右手首に嵌められた腕輪へと向けた。

 

「これさえなければ……!」

 

 プレシアは忌々し気に自分の能力(まりょく)を抑えつけている腕輪を見つめ、右手を強く握り絞め、歯を強く噛みしめる。

 ギリィ! と圧迫する歯ぐきからも、白く変色した手からも、血が出そうなほど……強く。

 

 色んな感情が腹の中で渦巻き、腸が煮えくり返そうになる――が、いくら怒りを内で暴れさせたところで現状はどうにもならない、と冷静な思考が頭を過り、ゆっくりと感情沈めつつ、深く息を口からこぼす。

 

「なんで……こんなことになってしまったのかしら……」

 

 床を見つめながら、悲しみ、悔しさ、後悔をない交ぜにした言葉を漏らすプレシアは――思い出す。

 

 ――そう。すべての始まりだった、あの事故の〝後〟……。

 

 

 

 

「アリシアァァァッ!! アリシアァァァァッ!!」

 

 プレシアは喉が張り裂けんばかりの勢いで、とにかく〝たった一人〟の娘を見つける為に『森の中』を奔走していた。

 

 安全管理不良で起きてしまった『次元航行エネルギー駆動炉ヒュドラ』の暴走による不慮の事故――。

 駆動炉から半径数キロ圏内が金色の光に包まれた。そしてその光を作り出す原料は――『酸素』。

 あの光は酸素を喰らいつくして、熱と光を作り続けているのだ。そして、その光の範囲にいる生物は……。

 

「アリシアァァァァッ!! お願いッ!! 返事をしてぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 プレシアはありったけの声で娘の名前を呼び続け、走り続ける。サーチャーをいくつも飛ばして探索しているが、一向に娘の姿が見つからない。

 

 自身が所属する会社――『アレクトロ社』から命じられた、新型の大型魔力駆動炉プロジェクトの設計の引継ぎ。

 前任者の杜撰な資料管理、スケジュールの猶予のなさから実験を何段階も飛ばす勢いで推し進め、無駄の多いシステムや設計の変更や追加、まともに準備されなかった安全基準や確認……。

 なにもかもが不安定で、未完成で、準備不足のまま――稼働実験は強行された。

 

 そして、〝不慮の事故〟が起きた――。

 

 不慮の事故――いや、そもそもアレでは不慮の事故とすら言えない。あんな状態では、事故も問題も起きないと言う方が不思議なほど。故意に事故を起こしたと揶揄されても言い訳できないレベル。

 あげく、〝事故が起きた時〟の安全対策すらまともに機能しない。

 

 ――こうなった以上、問題なのは事故が起きた後の……被害……。

 

 考えたくない。考えたくはない……が、まず間違いなく、駆動炉の光に〝娘〟が巻き込まれてしまう可能性が大きい……。

 

「アリシア!! ゴホッ……!! あり、ゲホッ!! しあ……!!」

 

 プレシアもさすがに体力の限界だった。いくら火事場の馬鹿力と言えど、限度があり、言葉ではなく咳が出てしまう。

 それにデスクワーク中心の女性の身となれば、なおのこと。

 

 ――いくら娘と一緒にいる時間を増やすためとはいえ、研究所近くの寮を借りたがために……このような形で最悪の不幸を呼び込むなんて……。

 

 駆動炉の光の範囲内に、用意した寮も入っている。完全遮断結界でなんとか駆動炉の暴走から身を護れた自分は良かった。が、〝ただ〟の防御結界しか用意してなかった、寮にいる魔法を使えない娘の安否など、推して知るべし。

 

「どこ……なの……? アリシア……」

 

 プレシアは縋るような想いで、涙を流しながら森の中を必死に見渡す。

 駆動炉の影響がなくなれば、とにかくプレシアはなりふり構わず寮に帰り、娘の無事を確認した。それがたとえ、どうなっているかなど分かっていようと……。

 

 だが、自身の予想に反する事態が起こったのだ。

 

 アリシアが消えた――。

 

 そう、生きている姿どころか死体すらない。まさに蒸発したように娘は家のどこにもいなかった。

 あげく飼っていた山猫、リニスの姿まで見当たらない始末。家族が二人もこつ然と消えてしまったのだ。

 

 しらみつぶしに家の中、寮付近、会社から寮までの道などを探し続けたが見つからない。なら、近くの森にいるのでは? という考えがふと頭を過った。思いつけば、必死に森中を駆け回ったが、まったく見つからない。

 

 だが、あの魔導炉の暴走による光には、生物を蒸発させるような熱量も作用もないはずだ。ならば、娘はきっとどこかで生きているのかもしれない。

 そんな一縷(いちる)の望みにかけて、とにかく足がふらつきながらも死に物狂いで娘を探し続けた。

 

「アリシアッ!!」

 

 草むら探したり、

 

「アリシアッ!! アリシアッ!!」

 

 木に登ったり、

 

「アリシアァーッ!!」

 

 岩をひっくり返したり、

 

「アリシアァァァァァァァッ!!」

 

 ドカンッ! ズドンッ!! ドカンッ!! と魔法をぶっ放してとりあえずその辺の木々をなぎ倒したり、

 

「アリシアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 雷の雨を降らせて森をとにかく破壊した。

 なんかはたから見たら娘に怒り狂ってんじゃねェの? みたいな光景だが、本人的にはなりふり構わないくらい物凄い必死なのだ。やってることはただの環境破壊とはいえ。

 

「いない……!! どこにも……!」

 

 焦土となった森で、膝と手を付き、涙を流すプレシア。ポタポタと地面に水滴が落ちる。

 すると、

 

「――大した魔力ですね」

「えッ……?」

 

 突如、聞きなれた声にプレシアは顔を上げる。

 ふと、耳に入る小さな足音――そして、幹がへし折れた木の陰から姿を現した金髪の少女。

 現れた少女こそプレシアの愛娘、

 

「アリシアッ!!」

 

 立ち上がり、生きている娘を見て歓喜し、口元を押えて涙を流す母。

 

 ――生きていた!! 娘が生きていた!! なぜ生きていたなんてどうでもいい!! 今は早くその無事な体を抱きしめてあげたい!!

 

 なぜか左手に剣を持っているが、そんなことすらどうでもいいくらいに、プレシアにとっては無事な姿の娘は救いだったのだ。

 

「アリシア……!」

 

 プレシアは足をふらつかせながらも、一刻も早く娘の元に駆けつけようとする。だが、アリシアは右手を前に出し、静かに告げた。

 

「――それ以上は寄らないでください」

「ッ……!?」

 

 息をするのさへ忘れるほどの衝撃を受けるプレシア。

 感情の一切を伺わせない瞳を宿した娘からの、確かな拒絶の言葉――。

 その姿から、

 

「あなた、まさか……」

 

 母は全てを察した。

 

「理解が早いですね。私は――」

「ごめんなさいアリシアッ!!」

 

 プレシアはいきなり両手両膝を付いて頭を地面に擦り付けた(土下座)。

 

「…………」

 

 思考が停止したように目をパチクリさせるアリシア。対して、プレシアは口早に話す。

 

「あなた、お母さんがいつも帰って来るの遅いから、へそを曲げてしまったのねッ!! 本当にごめんなさいッ!! だけどあなたの為ならあんなブラッククソ上司に魔法の一発でもぶち込んで、すぐにでもあなたと一緒の暮らしを選ぶわッ!!」

「……あッ、いえ、違います。私は――」

「ならすんごい早い反抗期ね!! お母さんまだ母親として未熟だけど、頑張って受け止めるわッ!!」

「いやですから――」

「ならピーマンね!! あなたの大っ嫌いなピーマンをハンバーグにこっそり入れたこと怒ってるのね!! アレはちょっとやり過ぎたとお母さん反省してるわッ!!」

「だからちが――」

「ならあなたが寝ている時に写真めっちゃ激写しちゃったこと!? アレはさすがにお母さんも欲望むき出しにしてしまったと反省してるわ!!」

「………………あの、会話する気があるんですか? 私は――」

「ならお母さん新しいお父さんを見つけてあげる!! もう一度良い男見つけて、今度こそ良い家庭を築き上げ――!!」

 

 アリシアはスタスタとどこかに行こうとする。

 

「アリシア待ってぇぇぇぇぇッ!! ホントに待ってぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 娘を引き留めるため、手を伸ばしたプレシアは年甲斐もなく涙を流して懇願。

 

「お願いアリシア!! もう一度お母さんにチャンスを頂戴!! 今度は親子仲良く二人で生活する道を選んでみせるからッ!!」

 

 アリシアはピタリと立ち止まり、ゆっくりと振り向いて、無機質な瞳で射貫く。

 

「――まず言っておきますが、今のアリシア・テスタロッサは、〝あなたの娘〟ではありません」

「ッ!?」

 

 プレシアは目を見開き、

 

「ガハッ!!」

 

 ショックのあまり吐血。

 

「…………これが、母親……」

 

 アリシアの言葉など耳に入らず、真っ白になっちゃった母は、口から出た血で地面にグルグルマークを書き続ける。

 

「そーよねー……ダメなお母さんよねー……。こんなお母さんじゃ、あなたも母親だなんて認めたくないわよねー……」

 

 ハハ……、と渇いた笑いを零すプレシアさん。そしてアリシアはスタスタとまた歩く。

 

「待ってッ!!」

 

 ガシッとプレシアはアリシアの足にしがみ付き、ガバッと顔を上げた。

 

「お母さん頑張るからッ!! なんでも欲しい物あげるからッ!! だからい゛がな゛い゛でェ゛ッ!!」

 

 最後には、目と鼻と口から汁を垂れ流しながら、プレシアさんは死に物狂いで引き留める。

 

「――そろそろ、察したらどうですか? 大魔導師さん」

 

 すると、突如としてプレシアの後ろから、聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 カツカツと靴音を鳴らし、白衣を着た男が、プレシアから数歩離れた距離で止まり、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ソレの言った通り、〝今のアリシア・テスタロッサ〟はあなたの娘ではなく――」

「ア゙リ゙ジア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ……!!」

 

 プレシアは後ろの謎の人物のことなどまったく意に返さず、すんごい涙声でアリシアに縋りつく。そんで、心なしか若干アリシアの顔は嫌がっていた。

 

「………………」

 

 笑みが真顔になる白衣の男。やがて、また口を開く。

 

「……もう一度いいますよ? あなたの娘は手に持っているデバイ――」

 

 カチャっと男の眼前に杖の切っ先が突き付けられる。

 プレシアはもう殺人鬼みたいな形相で、目を血走らせながら魔力を杖の先端に溜め始めている。

 

「アリシア。アリシアリアシア。アリリリシア。アリシア」

 

 とっとどっか行け。でないと殺す。もしくは頭を吹っ飛ばす。とにかくうるさい、といった感情を前面にぶつける一児の母。

 

「…………うーわー……娘でキメちゃってるよこの人……」

 

 プレシアの狂気染みた愛と言うか執着に、白衣の男は両手を上げながら引く。

 娘命の母は構わず、杖の先端に魔力を収束し終えた。

 

「アリシア」

「……いやー、ビックリ。娘のことになると、ここまで理性がぶっ飛ぶとは……」

 

 呆れ気味にため息を漏らす白衣の男は、少し小首を傾げながら言う。

 

「……でも、いいんですか私を殺しても? でないとあなたは――」

 

 カチャリとプレシアの後頭部に刃が突き付けられる。

 プレシアが恐る恐る後ろを振り向けば、

 

「――永遠に後悔することになりますよ?」

 

 口元を吊り上げる男。

 プレシアは信じられないモノを見たと言わんばかりに、目を見開く。

 

 手に刀を持った娘は、無機質な瞳と刃を、母へと向けていた――。




第五十九話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/69.html

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