新八「いやホント、ここまで来るまで長かったっすね……」
なのは「はい……」
銀時「つうかここからフェイトと対決とか時庭園突入とかイベント残ってんだろ? ヤベーな、いつになったら無印おわんだよ」
新八「いやそれは原作の無印ですからね? っていうか作者に聞いてください。つうか僕も知りたいです」
神楽「無印であと数年は戦えるアルな」
銀時「やめろ。マジでそうなったらどうすんだよ」
「呆れたな。魔法が効かない相手にあいつら何する気だ?」
海から突き出た岩の上に立つパラサイトが、片眉を上げながら声を漏らすと、
「捕まっている割に随分余裕だな?」
クロノは杖を後頭部に突き付けながら鋭い視線を犯罪者に向ける。
執務官に奇襲を受けたパラサイトは、両手両足にバインドを受けて身動きが取れない状態にされていた。人外の犯罪者は自身の状態を見て舌打ちする。
「チッ……仕事してねェじゃねェか……」
「…………。仕事? なんのことだ?」
少々ワザとらしく見えるかもしれないが、クロノは訝しげに片眉を上げた。たぶん敵が言っているのは、アースラに送り込んだスパイのことだろう。
パラサイトは問いに対して返答せず、おもむろにニヤリと口元を吊り上げる。
「まー、いい。せいぜい局員共が来るまで、拝見させてもらいましょうか。連中がどうするのか」
*
「さ~て、役者が揃ったぜ」
アルフの背中に立つ銀時は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら木刀の切っ先をフェイトに突きつけた。すると、アルフが声を漏らす。
「銀時。カッコつけんのはいいけど、そろそろ立つのやめてくんない? さすがに背中が痛いから」
「あ、わり」
銀時はすぐにアルフに跨り直す。
「もう、しまらないわね……」
そんなアルフと銀時の様子を、少し離れた所から見ていたアリサはため息吐く。バリアジャケット姿の彼女は、なのはに念話を送る。
【意気揚々と出てきたのはいいけど……なのは、あたしたちの魔法はたぶんフェイトに通じないわよ。それでもあの子とこのままぶつかるの? 一応、作戦があるとはいえ、それが成功するかもわかんないし】
【アリサちゃん、私の目的は戦うことじゃないよ】
言葉を聞いてアリサは眉間に皺を寄せ、なのはは落ち着いた声で。。
【フェイトちゃんとお話しをするために、来たんだから】
【でも、話を聞いてくれる雰囲気じゃないわよ? 今のあの子】
すんごい睨んでくるフェイトを見て、なのはは静かながらも強い意志の込められた念話を返す。
【たぶん、ぶつかる事になると思う――だけど構わない。話をして、フェイトちゃんの気持ちを確かめたい。ただそれだけなの】
するとすずかが『わかった』と念話し、なのはの気持ちを汲み取るように言う。
【なのはちゃんが納得できるように私もサポートするよ】
【まぁ、とことんやんなさい。あんたはそういう子なんだし】
アリサも苦笑しながら答えた。
【ありがとう。すずかちゃん、アリサちゃん】
なのはがお礼を念話で言う頃には、三人は銀時に並ぶようにフェイトの近くまでやって来る。
「高ランクの魔導師が三人……。でも、数を揃えても、今の私には勝てる見込みはないよ」
鋭い視線をフェイトに向けるられる銀時は、飄々とした口調で話す。
「俺の国にはよー、『三人集まれば文殊の知恵』って言葉があんだよ」
「つまり……?」
フェイトが小首を傾げ、銀時は平然とした顔で。
「魔法少女としてはクソの役にも立たないから、せめて知恵くらい出してね、ってこと」
「いやまったくフォローになってない!! しかも意味違うし!!」
とアリサはツッコミ入れ、フェイトは鋭い眼差しを向けながら刀を構える。
「……これ以上、銀時の話に……付き合うつもりは――!」
フェイトが臨戦態勢に入った時――、
「フェイトちゃん!」
なのはが声を上げ、さらに一歩前に出た。
名を呼ばれたフェイトは構えを解かず、返事もしない。が、白い少女は話し続ける。
「どうして……そんなに悲しそうなの?」
「ッ!? ……なんの話だ?」
一瞬の動揺を見せるフェイトだが、すぐに視線を鋭いモノへと戻す。
なのはは瞳を伏せ、
「だって、フェイトちゃん……その剣を使ってジュエルシードを回収している時……」
握りしめた右手を胸の前に置きながら、悲しみが混じった声で言葉を紡ぐ。
「すっごく辛そうで……苦しそうで…………今にも――」
「うるさい! 黙れッ!!」
なのはの話しを振り払おうように、左手を振るフェイト。黒衣の少女の、射殺さんばかりの強い眼光と言葉。
一瞬、なのはは怯んで言葉を詰まらせてしまう。
「――君には関係ない!!」
フェイトは鬼気迫る凄まじい形相でなのはを睨む。
黒衣の少女のあまりの気迫に、白い少女は少し後ろに後退してしまいそうになる。
フェイトちゃんとは、やっぱりわかり合えなのかな……、――と、なのはは心の底奥で小さく思った時、ポンとなのはの背中を誰かが軽く叩いた。
なのはが自分の背を押してくれる人物の顔を見れば、銀時の顔が瞳に映る。銀髪の侍は、意思の篭った眼差しをまっすぐに向けていた。
口からは何も発さないが、その目は「自分の気持ちは最後まで伝えろ」と言わんばかりに、まっすぐになのはの顔を見つめているのだ。
そして今度は、なのはの右肩をアリサが叩き、
「決めた事くらい、最後までやり遂げなさい」
フェイトを見据えながらも力強い言葉をかけてくれる。
アリサの方に顔を向ければ、すずかの顔も目に映り「頑張れ」と口を動かして、励ましてくれる。
そうだ。今の自分には仲間が、友達がいる。なにより、フェイトと話したいという理由だけが、今の自分を突き動かしているワケじゃない――。
なのはは、フェイトにゆっくりと顔を向け、強い思いの宿った眼差しを相対する少女へと送る。
「ッ……」
また向かってくるかのようななのはの意思に、フェイトは少し怯んだように表情を変化させるが、すぐに眼光を鋭くさせた。
フェイトは手に持つ刀に、魔力で作り出した電気をバチバチと纏わせ、戦闘の準備を始める――が、なのはは構わずに口を開く。
「――フェイトちゃんは、なにを〝隠しているの〟?」
「ッ……!?」
なのはの問いにフェイトは一瞬呆け、銀時とアルフは少し驚いたように「おっ」と声を漏らしている。だが、なのはは銀時とアルフの変化には気付かない。
動揺を見せたフェイトだが、すぐに表情を険しいモノへと戻す。
「……なんの……ことだ?」
「フェイトちゃん、ずっと……なにかを押さえつけているみたいに、なにかを隠しているみたいに、戦ってる……」
なのはの言葉を受け、フェイトは俯いて顔を逸らし、表情を隠す。
「違う……」
「苦しいって、悲しいって、気持ちが溢れ出すのを、必死に我慢しているように見えた」
「違う……!」
「フェイトちゃんの戦っている姿を見て……私はどうしても、フェイトちゃんが戦わなきゃいけない本当の理由が、あるんじゃないかって――」
「違う!」
フェイトはなのはに喋らせんと言わんばかりに、左手をかざして一発の魔力弾を放つ。
だが、アリサが咄嗟になのはの前に出て、右手をかざして赤色の防御魔法を展開し、金色の弾を防ぐ。
「悪いけど、そう簡単に友達を傷つけさせないわよ?」
炎剣を持つ少女は勝気にニヤリと笑みを浮かべた後、後ろにいるなのはに顔を向ける。
「あんたの気持ち、最後まで伝えなさい。ちゃんと手伝ってあげるから」
安心させるような笑みを見せる友達の励ましに、なのはは嬉しそうに「うん」と頷いた後、ゆっくりとアリサの横に並んで、
「――私には、フェイトちゃんがまるで〝悪い人を演じている〟みたいに見える」
「……ッ! 君の勝手な思い込みだ!」
フェイトはまたなのはの言葉に一瞬の動揺を見せるが、すぐに歯をギリッと噛みしめ、キっと鋭い視線を向けた。
しかし、なのはは怯まずに言葉を送り続ける。
「なら、アルフさんのことは? アルフさんが消えないように、銀時さんに首輪を渡したんだよね?」
「アルフには、ただ、情けを与えただけ。可哀そうと思ったから、気まぐれであの首輪を、銀時に渡したんだ。捨てられた……アルフを……銀時がどうせ拾うだろうと、考えたからに……過ぎない……」
冷酷な言葉とは裏腹に、苦しそうに絞り出したフェイトの言葉を聞いて、なのはは「そっか……」と呟き、手に持った杖をギュッと握り絞める。
そして、フェイトは苛立たし気に、
「君はなぜ、そうも頑なに私を善人扱いしようとする? 銀時以上に、私のことなんてまったく知らないはずだ」
「そう……だよね……」
なのはは俯き、自嘲気味に笑みを零す。
「私は、フェイトちゃんのことについて、〝本当に何も〟知らないよね……」
「だったら――」
「でもね」
なのははフェイトの言葉を遮り、チラリと銀時に目を向けて、
「――フェイトちゃんのことを〝ちゃんと知っている人たち〟が居る。そして、私はその人たちの言葉を信じたい」
フェイトへと視線を戻し、強い信念を心に宿しながら想いを紡ぐ。
なのはの気持ちを聞き、フェイトは視線を下に向け、物憂げな表情で語る。
「……私は、変わった。母さんを……。殺した……時から……! ――もう、以前の、私じゃないッ……!」
血が出るほど歯を噛みしめ、震える声で忌々し気に言葉を吐き出し、フェイトは頭を何度か横に振る。そして、なのはに刀の切っ先と、激情の隠し切れない眼差しを突き付けた。
「ジュエルシードを全部渡して去れ! 戦うなら、君や仲間の命の保証は一切しない!」
「逃げないよ」
なのはも返す――静かだが、たしかな揺るがない感情と意思を。
「フェイトちゃんからも、ジュエルシードからも――その剣からも」
フェイトは噛み締めた歯をギリッと軋ませ、苛立たし気に、
「怖くないのかッ!!」
「怖い! でも、私はこのまま背を向ける方がもっと怖い!!」
だが、負けじとなのはも言葉を返す。
「ッ……!」
なのはの主張にフェイトが怯んだ様子を見せれば、更にアリサとすずかも続く。
「悪いけど、私だって黙って倒される気は毛頭ないわ!」
「ちゃんとみんなでこの事件を終わらせようって、決めたの!」
負けないと言わんばかりに、アリサはビシっとフェイトに指を突き付けた。
「それに私もすずかも、なのはと同じであんたの言動には全然納得できないの!」
「魔法が効かない剣を使ったって、私たちは止まらないよ!」
手に持つ槍型のデバイスをギュッと握って、すずかも言い放つ。
三人の揺らがないまっすぐな意思。それを受けて、フェイトは俯き、柄を持つ手に力が入り始めた。
やがてなのはは自身の胸に手を当て、静かに――、
「私は、どうしてもフェイトちゃんが苦しんでいるにように見えちゃう。そんなフェイトちゃんを、どうしても放っておけない。ジュエルシード集めだって、このまま投げ出したくない。なにより――」
だが、強く――、
「フェイトちゃんの気持ちを知らなくちゃいけないって、自分の気持ちを無視できないから――!」
揺らがない気持ちをぶつけた――。
対し、フェイトは唇を噛み、刀を握りしめる手が震え始める。
「黙れッ……!! これ以上……私を……まよわせ――!」
フェイトは思わず何かを言いかけそうになるが、ハッとして頭を横にブンブン振り、自身の頭を右手で抑え込む。
やがて金髪の少女は、自身の周りに電気を纏った金色の球体をいくつも展開。
黒衣の少女の予備動作を見て、銀時は木刀を構え、アルフも身を低くする。なのはたちは素早く銀時たちの前に躍り出た。
「もう……私に……」
頭を抑え、瞳を潤ませるフェイトは、
「――構うなッ!!」
声を張り上げると同時に、空いている手を振って展開した魔力弾を一気に放つ。
アリサ、すずか、なのはは利き手をかざして防御壁を展開し、自分たちと後ろの二人を魔力弾の雨から守る。
「わっかりやすい子ね!」
声に呆れを混ぜつつ、アリサは勢いよく炎剣を構え、
「うん。私もなんだか、やるべき事が見えてきたが気がする」
すずかは静かに力強く頷いて、穂先がコウモリのような形に分かれた三又の槍を構え、
「フェイトと戦うつもりなんて毛頭ないけど、引き下がる気も毛頭ないよ。とことん食らい付くとこまで食らいつくから!」
アルフは身を低くし、
「そんじゃそろそろ、俺らの初めての喧嘩……おっぱじめるか?」
不敵な笑みを浮かべながら銀時が木刀を振りかぶる。
「フェイトちゃん……」
なのはは、自身の気持ちの必死に隠し通そうとしているフェイトを見てか、すぐにデバイスを構えようとしない。
すると銀時がなのはに顔を向け、
「なのは、おめェも覚悟決めろ。好きなだけ『おはなし』したきゃ、やることやってからだ」
発破をかけると、なのはも表情を引き締め、デバイスを構える。
「はいッ!!」
暗雲の空の下、ついに両者が――激突する。
「――ッ!!」
フェイトが開戦とばかりに、展開した金色の魔力弾を五人に向かって一斉に放つ。だが、なのはが前に飛び出し、巨大な防御壁を作って全員を魔力弾からの雨から守った。
続けてアリサが一気に前に飛び出し、
「ホントあんたの防御は凄いわね!!」
フェイトに距離を詰め、炎の剣を振り下ろす。
「無駄だッ!!」
フェイトが刀でアリサの剣を防げば、たちまち魔力が吸収された上に、纏わせた炎どころが実体剣も維持できなくなってしまう。
刃が無残に砕け、力を入れる対象がなくなったことで、アリサが前のめりに体制を崩す。
目の前のアリサで、一瞬視界を遮られ気づかなかったフェイトが、すぐにあることに気付く。
炎使いの少女の後方には、アルフ〝しか〟いない。使い魔の背に乗っていたはずの銀時の姿がなくなっていた。
直感に従うように、咄嗟にフェイトが上を見れば、木刀を振りかぶった銀時の姿が――、
「ッ!」
銀時が空を飛べないことは彼女だって分かっている。だからアルフに乗ったまま戦う、と予想したことだろう。
不意を突いたとはいえ、まさかの開幕早々で自殺行為に近い特攻。フェイトも驚いたようだ。
フェイトに気付かれたのも構わず、銀時は木刀を振り下ろす。
一瞬、フェイトは刀で迎え撃とうと手を一瞬動かすが、即座に後ろに後退してやり過ごそうとした。これで木刀は体に掠ることもなく、銀時の体はそのまま海に落ちていくだけ。
彼女の予想通り、銀時は空気を切りながら落下。
「ッ……!」
だがフェイトは、目の前で落ちて行く銀髪の男の顔を見て、気付いたようだ――意地悪く笑っていることに……。
「――氷の歌」
槍の刀身の表面に引いた光の弦を、すずかが氷の爪で奏でるように弾くと、音の波が拡がるように周辺の海が凍りだす。
あっと言う間に、周辺一帯は氷山のように分厚い氷塊と化した。ちなみにだが、クロノたちのいる地点を避けて氷は形成されていく。
「氷の足場……!」
自身の足元までせり上がった氷の舞台に、フェイトが若干驚く。どうやら、銀時たちの狙いを予想したようだ。
銀時が立って戦いができるフィールドを作る、これが狙いだろうと。
「問題ない……!」
だが、フェイトは落下していく銀時になど目もくれず、空で戦える魔導師の少女たちや使い魔に視線を戻す。
彼女はすぐに結論付けたのだろう。銀時が地面に立てたとしても、木刀の刃が自分に届くことなど――、
ガキンッ!!
フェイトが左手に持った刀に、強い衝撃が撃ち込まれた。
「ッ!?」
驚くフェイトが反射的に左に目を向ければ、空中に回転する木刀と、手から離れた刀型のデバイス。
「なッ!?」
完全に不意をつかれたであろうフェイトは、驚愕の表情で目を見開く。
「おいおーい! 銀さんが遠距離攻撃できないと思ってたのかー! フェイトちゃ~ん!」
露骨に憎たらしい声を出しながら、銀時は氷の地面に着地。
さきほど落下中の彼は、フェイトの視線が外れた隙をついて、下側から木刀を投擲したのだ。
唯一の武器を躊躇なく投げる戦法――さすがのフェイトも予想だにしていなかったようだ。
空中に放り出された刀――目の前の光景に唖然とする黒衣の魔導師。
完全に意識外の攻撃だったのだろう。満足に力を入れてなかったのか、刀はフェイトの手から容易に飛ばされていた。
「しまッ!!」
フェイトの手から完全に離れた刀――それは空中でクルクルと回転した後、落ちて、氷の地面へと突き刺さる。
「やったッ!!」
なのはは両手でガッツポーズ。なにせ、フェイトの手から厄介な武器を取り除くことができたのだから。
氷の地面に刺さった刀を見て、アリサは不可解そうに眉をひそめる。
「あれ? なんで刀が刺さってるのに、すずかの氷が消えないの?」
銀時の不意打ちは聞いてたが、すずかの作った氷が無事なことはアリサにとって予想外だったようだ。
《どうやらアレは〝魔力でできた氷〟ではなく、〝氷結魔法の冷気で作った氷〟のようですね》
疑問にフレイアが答えれば、
「なるほど! つまりあれは〝ただの氷〟なのね!」
すぐさまアリサは納得する。
魔力を用いて自然現象と同じように作った氷。だから魔力は宿っておらず、魔力を吸われることもなく、消滅することもない、と少女は理解したのだろう。
《ホワイトちゃんの入れ知恵ですね、すずかさん!》
とフレイアが言えば、すずかは「うん!」と笑顔で答えた。
「まだだッ!」
フェイトが素早く刺さった刀を取りに行こうとするが、
「させないっての!!」
素早くアルフがフェイトを羽交い絞めする。
「アルフッ!?」
フェイトは驚愕の表情。
正直、このようにアルフがフェイトの行動を邪魔する場面など、中々見れるものではないだろう。
「サンキュー犬っころ!!」
と銀時が言えば、
「狼だッ!!」
アルフからいつもの言葉を受けつつ、銀時はすぐに刀の元に向かう。
「銀時ッ!? アルフ離してッ!!」
銀時の行動を見てフェイトは必死の形相で暴れ出すが、力で彼女がアルフに勝てるはずがない。
フェイトの抵抗むなしく銀時は導かれるような自然な動作で、ついに刀の柄を握った。
「ダメェェェェェェッ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶフェイト。が、銀時は氷から引き抜いた刀の切っ先を、上空のフェイトに向けて得意顔を作る。
「へッ! これでチャックメイ――!」
突如――銀時の頭に〝ナニカ〟が流れ込んでくる――。
それはまるで、大量の情報のようなモノが、頭、精神、果ては体を浸食するかのように。全神経に絡みつくかのような感覚。理解できない未知の不快感。
どんどん自分の思考も心も魂でさへ〝ナニカ〟が埋め尽くそうと押し寄せて来た。
「――――――!!」
叫び――。
頭を抑えた銀時が、目を血走らせ、苦しみ、叫ぶ――。
「「銀ちゃん(銀さん)!?」」
神楽と新八は、銀時の変化を見て声を上げ、
「おい!! 足場は出来た!! さっさと俺たちも転送しろ!!」
一方の土方はパネルを弄るエイミィを急かす。
「待って待って!! 武装隊員を送ってる最中なの!! まだジャミングのせいで、新しい魔法陣を展開するのにも苦労してて!! だから数人に小分けしてしか送れない上に、場所も離れたり、バラつくし!!」
このジャミング、かなり厄介!! とエイミィが汗を流しながら、忙しなくパネルを指で叩く。
チッ! 連中も後方支援が分厚いみてェだな! と土方は苛立たし気に舌を打つ。
「魔導師も必要だろうが、なのはたちの援護も必要だ! 魔法ナシで戦えるヤツを氷の上に送る準備をしてくれ!」
「それもダメ!! 氷の上に転送するための魔法陣を展開しようとしてるんだけど、ジャミングのせいで上空にしか転送できません!! 出来たとして、限界ギリギリで離れた場所に一人だけしか!!」
エイミィの説明を聞いて、近藤は「それでも構わん!!」と強く言い放つ。
「緊急事態だ!! 多少の危険は覚悟しよう!!」
「地上数十メートルからのダイブですけど大丈夫ですか!?」
とエイミィが言えば、
「すんません無理です!!」
近藤はすぐさま辞退。次に沖田がビシッと言い放つ。
「よし土方! ゴートゥフライ!」
「ゴートゥフライしたらそのままゴートゥヘルだろうが!! 俺に死ねってか!!」
「逝け土方! 五体四散だ!!」
「ポケモンみたく命令すんな!! 行ったら最後、永遠の戦闘不能だろうがッ!!」
「なら渡りに船じゃないですか~。役に立たない土方もゴーストタイプに進化して、ぶつり無効で多少はマシな戦力になりますぜェ」
「ならまず、お前のHPを0にしてやろうか?」
などと真選組の面々もあーだこーだと騒ぎ。
一方、リンディは口元を手で覆い思案に耽っている。やがて、艦長はチラリと神楽へと視線を向けるのだった。
*
「がァァアアアアアァァァアアアアアアアアアアッ――!!」
銀時は自分の中に入って来るモノを振り払うように、頭を抑えながらやたらめったら刀を振り回す。
混乱し、かき乱される思考の中、銀時はようやく理解できた。
フェイトの様子がおかしかった大部分の理由は、決して刀が魔力を吸って体に異常をきたすからでも、敵に脅されて嫌々言う事を聞かされていたからでもない。
この刀のナニカが――自分の思考や体に侵入し、浸食してこようとするからだったのだろう。
「銀時さん!!」
心配するなのはが駆け寄ろうとするが、アリサが慌てて止める。
「だ、ダメよなのは!! 今の銀時は危ないわ!! 近寄ったらあなたまで斬られちゃう!!」
「でも!! でもッ!!」
それでもなのはは銀時を助けるために近寄ろうとするが、
「来るんじゃねェェェエエエエエッ!!」
「ッ!!」
銀時の張り裂けんばかりの声に動きが止まってしまう。
「銀時!! ソレを離してッ!!」
フェイトが必死の形相で銀時を説得するが、
「ふざけんじゃねェェェェェッ!! テメェに!! こんなもん!! 渡せるワケねェだろォォォォォォォォォォッ!!」
銀時は必死の形相で頭を抑え、目を血走らせ、鼻や目から血を垂れ流し、声を発する度に口から血が噴き出す。
手に持った刀は決して、魔力を吸い取るだけじゃない。もっと別のナニカが存在する。
そのナニカがフェイトから引き離した自身を排斥しようとしているのか、それとも浸食しようとして支配しようとしているのか、分からない。だがなんにせよ、精神にも体にもダメージを与えていることは確かだ。
まさかただの魔力吸い取り棒だと思っていた武器が、実はこんなに厄介なモノだと想像できなかった。持つんじゃなくて、海に蹴り捨てればよかったのだと、銀時は今さながらに自身の短慮を後悔してしまっている――いや、あの時から自然と刀に操られていたのか?
「だったら遠くに捨てればいいじゃないかッ!!」
アルフが悲痛な声でもっともな意見を訴えるのだが、
「それが、できれば――やってんだァァァァァァァ……ッ!!」
銀時は必死に声を捻り出す。
対して、アルフは銀時の言ってる意味が分からないのか、唖然とし、汗を流していた。
銀時自身、捨てようにも捨てられないのだ。一度持ったら、指が言う事を効かず、まるで柄と手を溶接されたような気分になる。
だが――フェイトに渡せばこの苦しみから解放される――と感じるが、そんなことするつもりは、毛頭ない。
*
「銀時ッ!?」
杖を構えたクロノは、自身の頭の高さほどある氷のステージから聞こえた、銀時の叫びを耳にして驚きの表情を浮かべた。
「あ~ぁ。あのガキ、刀落として、しかもあの銀髪が取っちまったのか。たく」
まぁ、これもある意味予想通りとも言えるか? と、バインドで手足を拘束されたパラサイトが疲れたように呆れた声でボヤく。
呟きを聞いたクロノが、杖をパラサイトの後頭部に突き付ける。
「なんの話だ!? 彼――銀時は、一体なにに苦しんでいると言うんだ!」
「さーなー? 自分の目で確かめればいいじゃねーか」
とぼけた返事をするパラサイトに対し、クロノは「くッ!!」と歯噛みするしかない。
このクリミナルの幹部であろうパラサイトを拘束した機会を逃せない、と判断しているクロノ。彼は動けない自分の状況に苛立ちさへ覚えていた。
「まァ、ちょいと色々予想外だが、これならもろもろの手間が省けそうだな」
パラサイトはニヤリと笑みを浮かべる。
「ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」
頭と体の中に入って来るモノを追い出したいがために、銀時はガンガンガンガン!! と氷の地面に頭を何度も打ち付ける。額から血が噴き出すのも構わず。
「でて――いきやがれぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙ッ!!」
ひと際ガンッ!! と銀時が頭を氷の地面に叩きつけ――鮮血が当たりに飛び散る。
「銀時……」
苦しみ悶える銀時の様子に、アルフは呆然自失となっていた。
フェイトはアルフの拘束が緩んだことに気付くと、すぐさま彼女の手から逃れる。
「フェイトッ!?」
アルフが慌てて手を伸ばして主の名を呼ぶが、黒衣の魔導師は一目散に飛んで向かう。
フェイトは飛び込むように銀時に突っ込み、手から刀を無理やり奪い取り、氷の上を転がった。
「ダメだよフェイトォーッ!!」
主が得体の知れない刀をまた持ってしまったことに、アルフは悲痛な上げた。
「ッ……!! ――ぁぁぁああああああああああッ!!」
当然と言うべきか、フェイトは倒れたまま両手で頭を抑えて銀時のように叫び声を上げ、足をバタ付かせ、顔を振り乱し、刀を持ったまま苦しみだす。
「フェイトォォォォォッ!!」
アルフは叫びながらフェイトに近づこうとし、
「フェイトちゃん!!」
なのはもまた、親友の手を振りほどいてフェイトへと向かう。
「なのはッ!!」
アリサが声を上げるがなのはは止まらない。
「来るなああああああああああああああああああッ!!」
「「ッ!!」」
頭を抑えて叫ぶフェイトの声で、二人の歩みが止まる――あと少しで彼女に届くところで。
そして突如、フェイトの動きがピタリと止まり、声も止む。まるで一時停止したように――。
頭を抑えていた腕を、ダラリと地面に降ろす少女……。
「ふぇ、フェイト……?」
アルフは困惑しつつも、声をかける。
いきなり黙り、電池が切れたように動かなくなったフェイトに戸惑う、魔導師たちと使い魔。
「…………」
やがて、フェイトはゆっくりと上半身を起こし、こちらへと静かに顔を向けた。
「ッ!!」
なのははフェイトの顔を見て驚愕の表情。
感情を感じない――。
そう、まるで彼女の瞳から感情という色を消したかのように、何も感じられないのだ。
冷たいとか冷徹とか、そんなレベルの話じゃない。まるで機械のように……。
一方、
「ァ゙ァ゙……!!」
刀の影響からか、地面に手を付いてぐぐもった苦悶の声と一緒に、血を漏らす銀時。彼に、フェイトが目を向けた。
「――なるほど……」
するとフェイトは、ゆっくりと立ち上がりながら刀を握り直し、銀時に近づく。
やがて、黒衣の少女は苦しむ銀髪の男をじっくり値踏みするかのように見下す。
「あの子……なにを……」
アリサはフェイトの突然の行動と言葉に困惑している。
「ぅえ゛ッ!! ォエ゛ェッ!!」
ついには耐え切れず、口から吐しゃ物までまき散らす銀時。吐かれたモノには、血液も色濃く混ざっていた。
苦しむ男を観察するように見つめている、冷たい瞳。
「大したものですね……」
フェイトは刀に金色の魔力と電気を帯びさせ、カチャリと構え、ゆっくりと腕を上げた。
「ですが―――――ここは排除を優先します」
すぐにこれから何が起こるのか予想した少女たちは、自身のデバイスを構えだす。
「やめてぇぇぇぇッ!!」
なのはが咄嗟にフェイトに『ディバインバスター』を放ち、桃色の極太光線を当てようとするのだが、それに気づいたフェイトは、
「無駄」
刀の切っ先を桃色の光線へと向ける。
そしてディバインバスターそのまま魔力を凄まじい勢いで吸収され、消されてしまう。
「このッ!!」
アリサも剣を振って炎の斬撃を放つが、
「無意味」
フェイトは横薙ぎに刀を振るい、炎の魔力を吸収しながら攻撃を打ち消してしまう。
「やっぱダメか!! なんなのよあの反則能力は!! つうかなにあの喋り方!?」
歯噛みするアリサ。フェイトの様子があからさまにおかしい事にも困惑している。
そして、フェイトが銀時へと向き直った。
すると今度は、いつの間にか駆け出していたアルフが、刀に向かって手が届く一歩手前まで来ていたのだ。
「邪魔」
フェイトが指をアルフに向ければ、金色の光球がアルフの体に当たり――同時に爆発。使い魔を吹き飛ばす。
「アルフさんッ!!」
すずかがアルフの名を叫ぶ。
「ォえ゛ェ……!」
吐しゃ物と血を口から吐くだけ吐いた銀時は、焦点の合わない目をしながら顔を上げた。
目の前に立つ、黒衣の魔導師の体を使う『ナニカ』。もう銀時には、目の前の見知った顔の少女が、自分の知っている『フェイト』であると、直感的に認識できない。
「フェイトを……!」
銀時にとっては喉から声を出すのさへ苦しいが、それでも自身の意思を曲げずに、小さく言葉を吐き出し、
「返し……やがれ……!」
手を上げ、伸ばす――。
フェイトの体を使っている『ナニカ』の正体など銀時には検討も付かない。今言っている自分の発言の整合性など考える暇すらない。
『ナニカ』はフェイトの体をゆっくりと見てから、
「残念ですが――」
感情の一切籠ってない瞳で銀時を見下ろす。
「それはできません」
「ざけん……なッ……!」
銀時は目、鼻、口、額から血を出し、まるで消えない炎のような意志の籠った瞳で、『ナニカ』を見据え続けた。
思考がぐちゃぐちゃ、意識すら途切れかけそうになりながらも、フェイトを『コイツ』から取り返せと、銀時の
無機質な瞳が、銀時を捉える。
「いまのあなたの手では――」
「ッ…………!」
銀時の目が限界まで見開かれた。
過去の光景が頭を過る――
「その力のない手では――」
フェイトの両手が刀の柄を握り、ゆっくりと振り上げる。
忌まわき、全てを取りこぼした――
「なにも――」
戦場の記憶――
「――つかみ取れはしない」
一瞬の間、過去の光景が銀時の脳裏をよぎり出す――。
凶刃が銀時に向かって振り下ろされる、
「ダメェェェェェッ!!」
が、間一髪――魔法がダメなら物理と言わんばかりに、なのはがフェイトの体に体当たりして彼女の体を抑え込んだ。
そのまま氷の地面を背中で滑るフェイト。
「これ以上フェイトちゃん苦しめないでッ!!」
なのはは必死に声を出し、訴える。
「フェイトちゃんに酷いことさせないでッ!! フェイトちゃんの体は、フェイトちゃんだけの物なんだからッ!!」
なのははフェイトの体を抱きしめながら『本当のフェイト』に訴えかける。
もう既に少女は、フェイトの雰囲気や様子から何かを感じ取って、銀時同様に直感から出てきた言葉を吐き出しているのだろう。
なのはに抱き着かれ拘束された相手は、体を動かす素振りを見せるが、思うように動けないらしい。刀を持つ手以外が封じられているのだから、なおのことだろう。
体に抱き着くなのはに、ゆっくりと少女の視線が向く。
「離しなさい」
「いやぁぁぁぁッ!!」
なのはは絶対にフェイトを離さないとばかりに、彼女の体をより強く抱きしめる。もしこのままフェイトを自由にさせれば、フェイトを操る『ナニカ』がこれから何をするのかは、彼女だって分かっているのだろう。
「そうですか。理解しました」
相手はあっさりとした声で言う。やがて、右手に握った刀の柄に力を込め、刃に雷を纏わせ始めた。
「では、仕方ありません」
右手を振り上げ、なのはに向かって雷の刀を振り下ろそうと準備する。
なのははなのはで必死になり過ぎている上に、視界の外なので気づいていない。その光景を見て、上空のすずかとアリサは急いで飛んで距離を詰めながら叫ぶ。
「なのはちゃん逃げてぇぇぇぇッ!!」
「やめてぇぇぇぇッ!!」
二人はユーノに教えてもらったバインドを必死な思いでフェイトの腕に掛けるが、
「無駄」
少女の口が動くと同時に、バキンッ! とバインドはあっという間に砕けてしまう。まるで拘束するための効力を発揮しない。手は止まらない。
そしてなのはの背中に、雷の刃が当たる――その手前で凶刃は、少女の背中と刃にほんのわずかな隙間を残して、止まっていた。
「ッ……!!」
いや、厳密には刀は少し震えている――。
銀時が歯を食いしばりながら、力の出ない体を振り絞り、右手で刃を止めていた。掌は斬れ、電気が手を痛めつけ、刀の刀身に血が流れる。
「離しなさい」
とフェイトの口が言う。
「テメェが
死に物狂いなのに、軽口を叩く銀髪。
なんとか刀を持ち上げようとするが、やはりほとんど力が入らないらしく、膠着状態が続く。
だがやがて、銀時は自身の顔をフェイトの顔のところまで持っていく。上から反対向きに、少女の顔を見下ろす形となった。
銀時は声を振り絞る。
「いい加減にィ……!」
銀時の行動を見て、不思議そうに首を傾げる少女の頭。
「戻ってきやがれバカ魔導師ィィィィィィッ!!」
渾身の叫び声と共に、銀時はフェイトの額に頭突きを叩きつけた。
硬いものがぶつかる衝撃音と、パッと顔を上げるなのは。
フェイトの手から力が抜けて、掌が開く。
「がああああああああああああああッ!!」
そして銀時は頭の中に流れ込んでくるナニカを、最後の力を振り絞って跳ね除け、刀身を持ったまま刀を遠くの方へ放り投げた。
刀が離れた氷の地面に落ちて、ガチャンッ! と音を鳴らす。
一連の光景を、なのはは呆然とした顔で見つめていた。
銀時がフェイトに目を向ければ、少し額を腫らしてはいるものの、気絶しているだけのようだ。たぶん付いている血も、自分の物であろう。
「…………」
額や鼻から血を出す銀時は、焦点の合わない眼差しのまま上半身をふらつかせ、地面へ横向きに倒れる。
「ぎ、銀時さん!!」
我に返ったなのはが、声を出す。
「バカヤロー……」
息も絶え絶えな銀時が、掠れた声で。
「とっとと……そのパツキン……連れてけ……」
「銀時さんも早くアースラに戻って治療しないとッ!!」
涙目のなのはは銀時に近寄って声を上げる。
「……あんたはフェイトを頼むよ」
すると、いつの間にか近くにいたアルフ。少し体に焦げ痕を残しているが、大丈夫そうだ。
「アルフさん!」
アルフの無事を再確認して、なのはは喜びの声。
使い魔は銀時の体を下から持ち上げようと、手を背中と地面の間に入れようとする。
「あたしはコイツを治療室まで――」
「――はいそこまで」
すると突如、アルフの首に白い糸の房のようなモノが巻き付く。
「がッ!!」
首が絞められ、空中に浮かされ、アルフは苦しみながら足をバタつかせる。
「アルフさんッ!!」
なのははアルフの名を叫び、突如現れた襲撃者を確認すれば、
「は~い、なのはちゃん」
そこには、ニコニコ顔で手を振る薄褐色肌の少女――トランスの姿。
彼女は自身の髪を伸ばして、アルフの首に髪の束を巻き付けていたのだった。
*
トランスが現れる少し前……。
「くッ! 氷の上では何が!」
クロノは氷の足場に目を向ける。
嵐のような銀時の叫び声が止んだと思ったら、またなのはの悲痛な声。エイミィからの通信でも、いかんせん状況が掴みずらい。
ここまで悲鳴や叫びを聞くと、少女たちを危険な犯罪者と接触させないためとはいえ、今の自分の行動はやはり間違っていたとさへ思えてくる。
「おいおい。この後に及んで捨て駒の心配か?」
ニヤリ笑みを浮かべるパラサイトの顔を見て、クロノは怒りの感情を露にした。
「なんだと? 捨て駒とはなのはたちのことか!」
「そうだよ。実力があるくせに、重要参考人である俺を捕まえる為に、連中をフェイトの囮にした執務官さん」
「貴様……」
いくら挑発と分かっていても、ここまで露骨な言い回しにはさすがのクロノも怒りを隠しきれず、視線を鋭くする。
そんな時、
「クロノ執務官ッ!!」
武装した局員数名が到着。
クロノが一瞬だけ局員たちに視線を向けた後、すぐにパラサイトに視線を戻し、怒りを含んだ声で告げる。
「お前はアースラでじっくり尋問を受けてもらう」
こうなればもうクロノのやることは一つ。一刻も早く、この男をアースラに連行し、なのはたちの安否を確認すること。
魔力を感じられないことから考えても、魔力攻撃での気絶、もしくはこのまま拘束による連行が最適だろう。
やって来た局員たちが捕縛された犯罪者を捕まえようと、一歩前進した時だった。
「――なー、一ついいか?」
パラサイトがゆっくり自身の後ろにいるクロノに顔を向ける。
「俺を雑魚か何かだと思ってんなら――見通しが甘いな」
両の頬を口元までパックリ開き、裂けた部分から牙を出すパラサイトは、指先から長く鋭利な爪を伸ばす。
*
時間は戻り、氷の足場でトランスがアルフの首を髪で締め上げている時――。
ズドォーン!! という、激しい衝撃と音。突如として氷の足場に何かが降って来たのだ。
「えッ? なに?」
さすがに驚いたであろうトランス。無論なのはもだ。
トランスは自分の後方に降って来た落下物に視線を向ける。すると、衝撃によって起こった煙の中から、一人の人間が飛び出す。
「おらァァァァッ!! アルフに何さらしてるアルかァァァァッ!!」
なんと、落下物は神楽。赤服の少女が拳を振りかぶりながらトランスに向かってダッシュ。
「えッ!? ちょッ!? えッ!? まッ!」
普通の人間なら死んでいるような高い位置から降ってきた神楽に、トランスは戸惑いつつ驚きの声を上げている。
「喰らえオラァァァァァッ!!」
神楽が右の拳を振りかぶり、動揺を示すトランスの顔を殴ろうとするが、
「――オラァッ!!」
と叫ぶ何者かの、太い鞭のようなモノが神楽の頬を殴りつけ、チャイナ少女の体を吹き飛ばす。飛ばされた神楽は、氷の地面を何度もバウンドし、転がる。
「神楽ちゃん!!」
なのはは吹き飛ぶ神楽の安否を心配し、声を上げた。
「なにやってんだ。油断し過ぎだぞ」
するとやって来たのは、右腕からまるで恐竜の尻尾のようなモノを生やした、パラサイト。
その体からは所々血が出ており、目玉は片方抉れて潰れ、片足に至っては膝から下がなく、傷口から何本もの触手を束にして伸ばし、義足のようにしていた。
「めんごめんご」
トランスは手を出して謝る。
「すずか! 私たちも加勢するわよ!!」
アリサが刃に炎を纏わせ、
「うん!!」
すずかも力強く頷いて槍を構える。
一瞬の攻防と二転三転する展開に思考を止まらせていた二人だが、すぐに我に返って判断を下す。
だが、動こうとした二人の目の前に、ボールくらいの黒い玉が二つ投げ込まれた。
「「うわッ!?」」
瞬時に黒い玉たちは弾け、眩い閃光と黒い煙を発生させる。
まさかの攻撃に、アリサとすずかは目を瞑って動きを止めてしまう。黒煙はオートのシールドでなんとかできたが、光の目くらましには対応できなかった。
やがて一人のくノ一が、パラサイトとトランスの元に一瞬で現れた。
「どうした小次郎」
パラサイトが後ろに視線を向け、小次郎と呼ばれた忍者は白いボードに文字を書いて意思疎通を図る。
『どうもこうもない。フェイトを回収し、すぐに撤収するぞ。さすがにこれ以上、ジャミングだけには期待できない。このまま応援が来ると厄介だ』
「だな」
パラサイトは頭を掻いてフェイトに近づく。
だが、なのはがすぐに反応し、レイジングハートを構えようとするが、
「ほら邪魔!」
少女より一瞬早く、パラサイトが恐竜の尻尾ような腕を、鞭のように振るって少女に叩きつけようとする。
「ッ!!」
《Protection》
レイジングハートが咄嗟に、一番弱くはあるが防御魔法を展開するが、
「ぐッッ!! ブッッ――!」
踏ん張りが効かないなのはをパラサイトは、
「――ッットべェェェェッ!! オラァァァァァ!!」
そのまま力任せに防御魔法を破壊。尻尾の攻撃によって、なのはの体をボールのように遠くへ吹っ飛ばす。
「きゃぁッ!!」
吹っ飛ばされたなのはは、氷の上に背中を打ち付けながら後ろに滑るが、怪我はバリアジャケットのお陰でほぼないだろう。
強引になのはを吹っ飛ばしたパラサイトは、体をよろめかせる。
「うおッ! 体にガタきてやがる……!!」
パラサイトは体勢をなんとか整えながら、なのはの方に目を向ける。白い少女が、ゆっくりとだが立ち上がろうとしている姿に「げッ!」と声を漏らす。
すると、突如としてなのはの目の前に、いつの間にか投げ込まれた二つの黒い玉。それぞれが一瞬にはじけ、光を放ち、黒い煙をまき散らす。
「きゃああッ!?」
不意を突かれ、視力を奪われたなのはの悲鳴。
パラサイトは苛立ち気味に髪を掻きむしる。
「アアアァァァクソッ!! なんだなんだあの硬さ!! 今ので弱い方の防御魔法ってマジか!? ダメージを受けてる様子もねェし!! 結構ガチで本気出したんだぞこっちは!! ホントもうなんなんだよあの白チビ!! こわいわ!!」
「ほらほら、フェイトちゃん」
トランスに言われ、「わかったわかった!!」と言ってパラサイトはそのままフェイトを担ぎ上げる。
「よし! あの白いのが攻撃してくる前にずらかるぞ! 俺、アレに勝てる気しねェわ!」
「わー、後ろ向きー……」
と、トランスはジト目向けた。
すると、
「フェイ、トォ……!!」
白い髪に首を絞められながら、アルフがフェイトに手を伸ばすが、
「ほら、あなたも邪魔だから、あっちね」
トランスが髪を操ってアルフを放り投げた。
「ぐあッ!!」
アルフの体はボールのように氷の地面に叩きつけられてしまう。
するとトランスは、おもむろにパラサイトの体をジロジロ眺める。
「ありゃ~、こりゃ酷い……」
彼女の言う通り、パラサイトの体は本当に動けるのが不思議なくらい、酷いありさま。体のほぼ半分が人外の要素で補助されてた状態だ。
視線を受けたパラサイトは舌打ちして、
「チッ……。あの執務官、普通に殺傷設定で攻撃してきやがった……!」
忌々しそうに歯噛みする。対して、トランスは口元を押え、
「プッ……ダサ」
「……殺すぞ?」
パラサイトはギロリと睨む。そして眉間に皺を寄せて、トランスにメンチ切る。
「つうかてめェ、監視の目はどうした監視の目は。危うく捕まるとこだったじゃねェか」
「知らないわよ。あんな岩にボーっと立ってるあんたの落ち度でしょ? どうせ途中で来る時に気づかれでもしたんじゃない?」
トランスは文句言うと、ヤンキーのように声にドスをきかせるパラサイト。
「あん? 仕事も満足にこなせない奴に言われたかねェんだよ。こっちは〝本気〟出さなきゃお縄頂戴される間近だったんだぞ? おおコラ!」
「ぐちぐちうっさいわね」
トランスは人差し指で頭を掻く。
「余裕ぶっこいて、岩にボーっと突っ立って見つかった挙句に拘束されて、貰った新品の体ダメにする『アホ』に言われたかないのよ」
パラサイトは青筋浮かべる。
「ンだこら! 胸も身長も小さい癖に偉そうにご高説とはいいご身分だなおい!!」
「ンーッ?」
トランスも青筋を浮かべ、低い声で告げた。
「黙りやがりなさい寄生虫」
「誰が寄生虫だゴラァァッ!! ババアみてェに頭白髪のくせして偉そうにすんじゃねェェェ!!」
「誰がババアだコラァァァァッ!!」
グサッ! グサッ! と喧嘩するバケモノ二匹の側頭部にクナイが刺さる。
二人がクナイが向かって来た方を見れば、
『時間がないと言わなかったか?(#・∀・)』
ボードを持った小次郎が佇んでいた。その顔は文字と違って無表情ではあるが。
パラサイトとトランスはお互いに顔を見合わせ、
「チッ……」
「この続きはまた別の機会ねー……」
二人はそれぞれ頭にクナイを刺したまま不本意そうに喧嘩をやめた時、
「動くな!!」
十人近くの武装した局員たちが、杖を構えてパラサイトたちの周りを取り囲む。
トランスがジト目で、
「あ~あ、もたもたしてるから」
「オメェが言うな」
青筋浮かべて返すパラサイト。
トランスが女忍者に視線を向けた。
「小次郎」
『御意』
女忍者は二つの黒い玉を手に持ち、地面に叩きつけて、閃光とつんざくような音と黒い煙で局員たちの目を眩ます。
「応援に向かった局員には決して深追いしないよう伝えてください!! 他の局員は迅速に怪我人の救助を!!」
フェイトが無力化できた時には、リンディは既に局員たちに指示を飛ばし、応援を向かわせていた。
情勢が変わる度に的確な指示を出す艦長。
そんな姿を見ていた近藤は腕を組みながら、
「普段はおっとりしているが、さすがは提督と言われるだけはあるな。冷静に状況を判断し、指示を与えている」
と感心し、山崎は「えェ、そうですね」と言いながら、世話しなく働くオペレーターたちに視線を向ける。
「よし! ジャマーが大分弱まってきてる!」
パネル操作するエイミィの言葉を聞いて、近藤はすぐさま拳を握りしめ、強く言い放つ。
「よし!! なら今度こそ俺たちも現場に向かうぞ!!」
するとエイミィが告げる。
「三十メートル以上の高さから落下しちゃうかもしれませんけど、大丈夫ですか!?」
「よし!! 冷静に行こうみんな!! 『いのちだいじに』の精神で!!」
すぐさま発言を撤回し、近藤の発言に沖田が便乗しだす。
「土方さん! 今こそ漢を見せるチャンスですぜ!」
「見せた暁には足の骨が折れるどころの騒ぎじゃねェだろうが!!」
「足の骨の一本や二本や骨盤や肋骨がなんですか! 助ける気ゼロですかあんたは!」
「そこまで犠牲にしたら俺は何ができんだよ!? 俺が助けられる側じゃねェか!!」
「口だけとは見損なったぜ土方! この冷血ヤロー!!」
「なんでお前にそこまで言われなきゃなんねェの!? 腹立つなこの冷酷ヤロー!!」
土方が沖田にメンチをぶつけていると、今のいままでずっと事の成り行きを見守っていた長髪の男が口を開く。
「それにしてもなんと奇怪な集団だ……」
桂は神妙な面持ちで、
「ズルルルルルルルル」
とかけそばを啜る。
「……とりあえず、お前は牢屋にでも行ってくんない?」
青筋浮かべた土方は、呆れ気味の視線をマイペースな攘夷バカに向けた。
ブリッジのモニターには、救助される銀時たちの姿が映っているのだった。