フェイトたちが拠点にしているマンションの一室――。
夕食を食べ終えた銀時たちはテーブルにあった食器を片付け、今はデザートを食べながら雑談している最中だ。
「しっかし、あんたホントデザートだけは一級品だよねぇ~。夕飯よりずっと完成度高いしさ」
アルフは顔を綻ばせながら、銀時の作ったスペシャルパフェをスプーンで掬って食べる。彼女の言葉にフェイトも笑顔で頷く。
「うん。とってもおいしい」
そう言ってパフェのアイスクリームを口に運んだフェイトの顔は、普段の仏頂面を忘れさせ、少女らしい可愛げのある笑みを浮かべていた。
「まッ、糖分王目指してる俺としてはまだまだだけどな」
銀時はそう言いながらも、自分が作ったパフェを満足そうに口に運ぶ。
「なんか、歯が虫歯だらけになりそうな王様だね……」
アルフは微妙な表情を浮かべながらある袋を取り出し、中に入っている丸い粒をパフェにふりかけた。それを見た銀時は目を細める。
「おい、なにやってんだテメェ?」
「なにって……パフェにトッピングを加えてるだけだけど?」
何食わぬ顔で手に持った袋を見せるアルフ。
自分が作った特性パフェにふりかかった物に、銀時は激しく違和感を覚えてか、声を上げる。
「いや、おかしいだろ!! なんで俺特製のスペシャルパフェに『ドックフード』ぶっかけてんだテメェは!!」
指摘されてもアルフは構わずドッグフードを掛け続けた。
「なに言ってんだい。コレ、コーンクリプスみたいにコリコリしてるから、結構パフェと相性がいいはずだよ」
「なにそのスナック感覚!? 犬の餌と俺自慢のパフェを同列に扱うんじゃねェよ!!」
銀時は心外と言わんばかりに怒鳴るが、アルフはスプーンでパフェを掬う。
「まぁまぁ。そんな目くじら立てずにあんたも食べてみなって。これが結構イケるんだからさ♪」
などと上機嫌でドックフードがトッピングされたパフェを食べるアルフ。あまつさへ「う~ん、美味い」などとのたまっているのだから、余計に性質が悪い。
そんな人間と味覚が限りなくかけ離れているであろう犬耳女に、銀時は呆れた眼差しを向けた。
「……つうか、ドックフード嬉々として食べてる時点で、お前やっぱ犬なんじゃねーの?」
「だからあたしは狼だ!!」
とアルフが怒鳴るが、銀時は平坦な声で指摘。
「いやだって、ドックフードって犬の食べ物じゃん。英語で
「ぐっ……!」
ぐぐもった声を漏らすアルフは、少し視線を逸らしつつ、
「お、狼は犬科だから……い、犬の食いもんは口に合うんだよ……」
「おーい。お前ん中で狼としてのアイデンティティが揺らいできてるぞー」
「うるさいなぁーっ!! あんたもコレ食え!!」
図星突かれたことを誤魔化すように、アルフはドックフードパフェを掬ったスプーンを銀時の口に強引に突っ込んだ。
「んぐっ!?」
銀時は髪を逆立たせる。
甘い物大好きの甘党男でも、さすがに犬の餌をトッピングされたパフェを喜んで食べるような趣向はもってない。無理やり自身の口に異物混入した目の前のケモミミ女に、文句の一つを言おうとしたのだが、
「ボリボリ……ん?」
なぜだか犬の餌が口に入ったと言うのに、嫌悪感を感じるどころか、旨味さへ感じてきた。まさかの新感覚に、ゆっくりと口の中のモノを味わいだす銀時。
「ぎ、銀時?」
動物の餌を口に入れられて、さほど嫌悪感を出さない男をフェイトは不思議そうに見つめる。
え? まさか? と、嫌な予感を覚え始めた少女。
口の中にあったモノを全て喉に通した銀時は、汗を流して一言。
「――結構……イケるな……」
「へッ……?」
フェイトはまさかの答えにポカーンとした表情。
呆然とするフェイトに気付かず、銀時は感想を述べ始める。
「いやぁ……ビックリしたぜ。まさかドックフードとパフェがこんなに合うとはな。まさかの新発見だ」
「だろだろ~? こう見えて、あたしは舌には自信あるんだよ」
自慢げに豊満な胸を張るアルフを尻目に、銀時はフェイトに顔を向け、ドッグフードパフェをスプーンで掬って彼女の前に出す。
まさか!? とフェイトは思い、ギョッとした表情を銀時に向け、彼はスプーンを差し出しながら言う。
「ほれ、お前も食ってみろ。結構イケるぞ」
「フェイトも食ってみなって。結構美味しいからさ♪」
とアルフも便乗。
「え……? ええええええええええッ!?」
いくらなんでもこれは無理だ。銀時とアルフのおススメと言ってもさすがに無理だ。
両手を出しながらフェイトはやんわり拒否の意思を示そうと、
「え、遠慮してお――」
「ま~、そう言うわずに。何事もチャレンジ精神は大事だぜ」
だが、銀時は構わずフェイトの口にスプーンを突っ込む。
「ングゥーッ!?」
有無を言わさずドックフードパフェを口に押し込まれ、フェイトの顔は青ざめ、髪は逆立つ。
そして金髪少女は涙を流しながら、
――……なんで、ちょっとおいしいんだろう……(涙)
銀時ほどではないにしろ、それほど悪くないと感じてしまう自身の味覚に悲しみを覚えたフェイトだった。
*
翌日の夜――。
フェイト、銀時、アルフの三人は、ジュエルシード回収のためにある建物にやって来ていた。
目の前の建物を見て眠そうな目蓋をより深く沈めた銀時が、フェイトに顔を向ける。
「……なー、マジでここにジュエルシードあんのか?」
フェイトは「うん」と頷く。
「少し弱いけど、ここにジュエルシードの魔力を感知した。間違いなくここにある」
アルフはやる気のある表情でバシっと拳を掌に叩きつけた。
「そんじゃま、サクッと終わらしちまおうか!」
だが、やる気ある魔導師と使い魔のコンビとは対照的に、銀時の表情は明らかにノリ気という言葉が感じられない。
夜遅くで眠いというのもあるのだが、それ以上に大きな理由が彼を目の前の建造物に入れたくないと思わせていた。
「そ、そうか……。そ、そんじゃ……今回はお前らに任せるわ」
銀時は「頑張れよ~」と言って手をぶらぶら振りながら帰ろうと踵を返す。
「待てコノヤロー」
そうはさせないと言わんばかりに、アルフが銀時の襟首を掴み、呆れた表情で言う。
「あんた、なに勝手に帰ろうとしてんだよ。昨日言った『俺も手伝う』って言葉は嘘だったのかい?」
「い、いやぁ~……」
銀時は目を泳がせながら口元引くつかせる。
「魔法使えない俺じゃ、解説するだけのヤムチャみたいな存在になるだけだろうしィ、ここは素直にお前らに任せようと思ってよ」
「はぁ? 魔法使えなくてもあんた腕は立つんだろ? からっきし戦えないワケじゃないんだろ? あんたが腰に刺してる棒っきれは飾りかい?」
「い、いやいやいや!」
と銀時は声を上擦らせ、右手をぶんぶん振る。
「こ、これはアレ! もう強いとか弱いとかそういう次元の話じゃねェんだよ! ……そ、そう! なんかこ~、この建物に入ってはいけないと言う俺の
「はッ? あんた突然なに言ってんの?」
眉を顰めるアルフ。
顔を青くして汗を流しながら、必死に言い訳を始める目の前の銀髪。彼が、なぜだか建物に入りたくないらしいことは分かった。
とは言え、
「ここが、危険?」
アルフは振り返って見た建物――『学校の校舎』を見て、首を傾げる。
大きな建造物ではあるが、どう考えても危険な要素を感じる部分は見当たらない。この世界にやって来たアルフとしては、どういった用途の建物なのかはよくは理解できないが、間違いなく危険と言う言葉が当てはまるモノではないことは予測できた。
ちなみだが、彼女らの目の前の学校は、なのはたちが通っている『私立聖祥大学付属小学校』の校舎だったりする。
すると、
「銀時はなにを怖がっているの?」
フェイトは首を傾げて疑問を投げかけた。
「えッ? 俺が怖がってる? What's? おいおいおいおい。お前はなに見当違いなこと言ってんの?」
アルフに襟首を掴まれていた銀時は、余裕綽々と言った顔で、汗をダラダラ流しながら語り出す。
「これはアレだよ。危険というか、生命の危機を感じての撤退であり、別段恐怖とは違うワケよ。そう! 言うなればアレ! 生存本能による行動! ……みたいな?」
「「………………」」
銀髪の白々しい言い訳を聞いて、フェイトとアルフは半眼になる。
「んで? その生命の危機ってなに?」
使い魔の質問に銀時は「えッ?」と間の抜けた声。
アルフはもう一度同じ質問を口にする。
「具体的に、どんな危機がやって来るんだよ?」
「………………」
少しの間、押し黙ってしまった銀時は汗をダラダラ流しながら、視線をあちこちに向ける。そして、よりアルフとフェイトのジト目が増す。
「――ゴホン!」
と、銀時はワザとらしく咳払いをし、人差し指を立てる。
「つまりざっくり説明するとだ。学校っつうのは危険なスポットの一つなんだよ。ホラーで言うなら病院、墓地と並ぶ三大危険地帯の一つとして数えてもいい場所だ。分かるな?」
「つまりあんたは、ホラーで定番の場所だから怖いってことだろ?」
アルフがバッサリ言えば、
「ちげェェェェよ!! 勘違いすんじゃねェよ!!」
銀時は必死な表情で怒鳴り声を上げ、さらには見苦しい言い訳をまた始める。
「まるでラスボスのようなデカイ建物! 闇に引きずり込まれそうな暗い廊下! そして誰もいない静寂! どれもこれも危険なモノばっかりじゃねェか!!」
などと供述する銀時の両腕を、アルフとフェイトは左右から挟み込んでガシっと掴む。
「はいはい。危険なのは分かったから」
「時間がない。行くよ銀時」
「えッ? ちょッ!? ちょっとまッ――!!」
二人はそのまま何か言う銀時を引きずるように引っ張って行く。そうすれば、銀髪は懇願しだす。
「分かった! 分かったから!! せめてドラえもんの歌を歌いながら行こう!! せめてこの暗い雰囲気を払拭するために明るいBGMで場を盛り上げよう!!」
「ドゥルルルル、ドゥルルルル、ドゥルルルルットゥ、ドゥルルルル~~」
フェイトが口ずさんだのは、世にも奇妙なBGM。
「おィィィィッ!? なんかタ○リさんが出てきそうなBGMが流れてきたんだけどォォ!? お前ホントにフェイトちゃん!? 『髪切った?』とか訊いてこないよね!?」
ギャーギャー騒ぐ銀時を尻目に、フェイトとアルフはずんずん学校の奥へと入って行く。
「たく、しょうがねーなおい。まァ、俺も別に怖いワケじゃねェしィ、お前らだけじゃ心配だから付いてってやるよ。いいか? 決してビビってるワケじゃないことを忘れるんじゃねェぞ?」
などと、銀時は誰にも求められていない説明をたらたら口にし続ける。
「はいはいわかったわかった。それよりさぁ……」
自分の横を平行して歩く銀時に、呆れた表情のアルフは半眼を向けた。
「なんであたしら仲良くお手て繋いで歩てんの?」
右からフェイト、銀時、アルフといった具合に、三人は手を繋いで歩いている。
コスプレした金髪少女に、いい年こいた銀髪の大人に、スタイルのイイ犬耳の女が手を繋ぎながら歩く光景はシュール極まりない。
銀時は「あん?」と片眉を上げた。
「オメェらが怖いと思って気を使ってやってんだろうが」
「銀時の手、なんか汗でベトベトしてるよ?」
銀時と繋いだ手を、フェイトは不思議そうな顔で見る。
少女の手を握って恐怖を誤魔化そうとするダメな大人に対するアルフの眼差しが、より呆れたモノへと変わった。
「なにその目? ホントに俺怖くないからね!? なんなら歌口ずさみながら歩いてやっても別に俺は構わないよ!」
銀髪が必死に言い訳しながらサラッとリクエストすれば、金髪少女が口ずさむ。
「ドゥルルルル――」
「それは止めろ!!」
青ざめた顔の銀時が怒鳴ってやめさせる。
そんなこんなでジュエルシードの反応がある一室の前までやってきた一同。
「どうやら、ここにジュエルシードがあるようだね」
ギロリと犬歯をのぞかせるアルフ。これから一仕事待っていることを意識してか、好戦的な表情を作り出す。
だが一方の銀時は、教室がどんな場所であるか指し示す『理科室』と書かれた看板を見て、顔を青くさせる。
「お、おい。マジでここにジュエルシードあんのか?」
「うん。間違いない」
とフェイトが頷く。
「でも、ジュエルシードが覚醒しているようだけど、割と静かだね?」
アルフはシンと静まり返った部屋に首を傾げた。だが、使い魔は両耳をピクピクと動かして片眉を上げる。
「……だけど、どうやら部屋の中に何かいるね。足音と生き物の気配は感じるよ」
動物特有の感の良さで教室に誰かがいることを察知したアルフ。銀時は顔をさらに青くさせる。
「おい。それって霊的なモンじゃねェだろうな? お前、実は霊感があってラップ音的なもんを足音と間違えたとかじゃねェだろうな?」
違うよ、とアルフは首を横に振った。
「あたしは耳と感には自信があるんだ。ユーレイと人間の区別くらい付くよ。つうか、いい加減その痩せ我慢やめなよ。見てて見苦しい――」
「誰も痩せ我慢なんてしてねーよ!! いいぜ……なんなら俺が先陣斬ってやるよゴラァ!!」
半ばヤケグソ気味に銀時は教室の引き戸に手を掛けた。
たぶん、幽霊と違うとわかった時点で強気な態度取っているんだろうなー……、と思ったアルフ。
銀時は勢いよく扉を横に引いた。
「ジュエルシード出てこいやゴラァ!! お縄頂戴じゃァァァァッ!!」
「きゃああああああああああああッ!!」
その時、突然の悲鳴――と同時に、肩にフェレットを乗せた栗色髪のツインテール少女が黒闇に包まれた教室から出てくる。
そして、その少女の頭の高さは銀時の股間あたりなので、扉開けた銀髪に向かって思いっきり走ってきた少女の脳天は勢いよく男の急所へと激突。
「ッッッッ!?」
声にならない声を吐き出しながら、まるで世界がスローになったかのよう感覚と共に、鈍く鋭い痛みが股間から彼の全身へと伝っていく。
だらしなく口から唾液を垂らし、顔面蒼白にしながら仰向けに倒れ、ピクピクと体を悶絶させる銀時。
「「ぎ、銀時ッ!?」」
一撃で戦闘不能にまで陥ってしまった仲間に駆け寄るフェイトとアルフ。二人は床に両手を付いて必死に銀時に呼びかける。
「銀時しっかりして!!」
「大丈夫かいあんた!? たかが股に人間が突っ込んだくらいでなに致命傷受けてんだよ!?」
男の痛みを知らないアルフは呆れ気味の声を出す。
一方、股間に突撃した杖を握る白い防護服の少女は「こわいよぉ~! こわいよぉ~!」と銀時の腰に抱きつきながら涙を流していた。
そして意識を失いかけている銀時は、一言。
「……あ、あとを……たの、む……(ガクッ)」
「「ぎ、銀時ィィィィィぃぃッ!!」」
死んで(気絶)しまった男の名前を叫ぶ二人に看取られ、口から血(よだれ)を流す彼の顔は安らかだった。
そして、悲しみにくれるアルフとフェイトは立ち上がる。
「さーて、そんじゃとっととジュエルシード封印するか」
「そうだね。銀時の犠牲を無駄にしない為に」
いつの間にか涙が引っ込んでいる二人は、デバイスを構えたり、肩を回したり、戦闘の準備を開始。
アルフは銀時の股に引っ付いている少女に目を向け、白い少女の襟首を掴んで銀時から引き剥がす。
「つうかあんたなんなんだい? いきなり現れて」
首の後ろを持ち上げられた子猫のように、掴んだ少女を吊り下げるアルフ。白い少女を観察するうちに、ハッと気づく。
「あッ、もしかしてフェイトの言ってた魔導師の子だね? どうせジュエルシードを回収しに来たんだろうけど、そうはいかないよ。忠告しとくけどね、これ以上フェイトの邪魔をするってんならガブッっと――」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
アルフが忠告を混ぜて威嚇しようとした矢先、ツインテールの少女は涙を流しながら使い魔の豊満な胸に顔を埋めて抱きついた。
「ちょッ、ちょっと!?」
予想外の相手の行動に頬を赤くさせるアルフ。
「怖かったよぉぉぉぉぉぉッ!!」
恐怖に駆られてか、自分の置かれている状況も分からず、首をブンブン左右に振り乱す少女。
「あッ、ちょッ、あぁ……ッ!」
ムニュムニュとアルフの豊胸は弾力よく形を変え、そのたびに彼女の体は小刻みに悶える。
「や、やめ……!!」
さすがに耐えられず、アルフは顔を赤く紅潮させながら、なんとか胸に抱きついた少女を引き剥がそうとするが、少女はまったく離れる様子がない。
「ちょッ! ほ、ホントいい加減にしておくれよ! く、くすぐったいんだから!!」
「うぅぅぅ……ッ」
少女はよほど怖い思いしたのか、怯えるばかり。まるでアルフの言葉が耳に入ってないようだ。涙目のまま、アルフの柔らかそうな胸を、これまた柔らかそうな頬にフニフニと押し付ける。
そしてさんざん胸を弄られたせいで足がおぼつかなくなったのか、バランスを崩して尻餅をつく。
「いたッ!」
「だ、大丈夫アルフ!?」
さすがに心配になったフェイトはアルフに駆け寄れば、
「フェイトォ~! コイツなんとかしておくれよぉ……」
涙目の使い魔。
「う、うん」
さすがに泣いている子供を強引に引き剥がせないというか、あまり力が入らないアルフ。自身の主に助けを求めれば、フェイトは素直に応じてくれる。
なんとかアルフの胸に引っ付いていた少女を引き剥がす。
「あ、あの……大丈夫?」
とフェイトが聞けば、
「ひっぐ……えっぐ……」
涙を流しながら嗚咽を漏らす少女。
見たところ泣いている少女は前にフェイトが、ジュエルシードを回収した時に見た、と言っていた魔導師のようだ。
敵である可能性が高いのだが、さすがのクールな主も泣きじゃくっている相手に刃を向けるなんて事はできないようで、戸惑い困った様子を見せながらも、なんと落ち着かせようとしている。
「……あ、あの、これ使って」
ぎこちなく、フェイトは銀時に持たされたハンカチを少女に貸す。
「ありがとう……」
栗色髪の少女はやっと心が落ち着いてきたのかハンカチで涙を拭き、
「ヂーーーーーン!」
ついでに自然な動作で鼻も勢いよくかむ。フェイトは絶句。
少女は鼻水と涙がべっちょりついたハンカチを「ありがとう……」とお礼を言いながら返す。
「それあげる」
フェイトは遠まわしにハンカチ返却を拒否。
「ぁッ……う、ぅん……」
少女は自分が無意識にしてしまった行為について、客観的に気付いたようで、ぎこちなく返事をしながらハンカチを持った手を引っ込める。
そして、ようやく落ち着いたであろう少女にアルフが問いかけた。
「つうか、あんたなんであんなに怖がってんだい?」
「そ、それはアレが……」
魔導師の少女は震える指で暗い闇に包まれた理科室を指す。
「「アレ?」」
アルフとフェイトは理科室に顔を向けると……そこから、のっそりと横半分が人間の内部を模した人形が顔を出す。
「ッ…………!?」
それを見て固まるフェイト。
人形と思わせないような自然な動作で、ゆっくり理科室から出てくるのは『人体模型』。人間の体の内部を学ぶために作られた、等身大の不気味な人形だ。
「出たぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
それを見た少女はまた涙を流して悲鳴を上げる。
滑らかに両の目玉が上下左右に動き、やがて自分より背の低い少女たちをギロリと捕らえた。
そして手を上げ襲うようなポーズをした直後、
「うおぉぉりゃぁぁぁッ!!」
大きく振りかぶったアルフの拳が模型の胴に直撃。人体模型の頭と両手と両足は、胴から離れてバラバラになってしまう。
「なにかと思ったら、ただの動く人形じゃないか。どんな化け物が出るのかと思ったよ」
呆れたようにふぅと息を吐くアルフは、フェイトに顔を向ける。
「そんじゃフェイト。とっとジュエルシードを回収――」
フェイトは顔面蒼白にし、白目を剥いて立ったまま気絶していた。
「フェイトォォォォォォッ!?」
まさかの光景に、アルフは模型人形が現れたことよりもずっとビックリしてしまう。
「ちょッ!? フェイトォッ!? そんな気絶するほど怖かったのかい!? いくらなんでもそれは情けなさ過ぎるよぉ!!」
心配したアルフはフェイトの肩を揺する。
だが、主は目を覚ます様子はない。我が主人は、あの露骨にグロいだけが取り得の人形に恐怖して気絶したとでもいうのだろうか……。
「ん……ん~……。うっせーなァ……」
やっと目を覚ました銀時にアルフは気づく。
「やっと目が覚めたのかい! ちょっと手伝ってくれよ! 実はフェイトが立ったまま気絶しちまって!」
「おいおい、折角の休日なんだからゆっくり寝かせてくれよ」
と、銀時は寝言のようなことを呟き出す。
「基本おれ、休日は昼まで寝る派なんだよ」
「朝でも昼でもねぇ!! 今は夜だぁ!!」
アルフは起きてそうそうボケかます銀髪に怒鳴る。
「つうか寝る前に股間に物凄い衝撃が加わった気がするんだけど、なにか知らない?」
銀時はボリボリ頭掻きながら呑気なこと言い、アルフが必死な顔で頼み込む。
「そんなこと今はどうでもいいから! とにかくフェイトを起こすの手伝ってくれよ! 頼むから! これじゃジュエルシードも封印できないし!」
「そんなこととはなんだ。キ○タマの問題は男にとって死活問題――」
と言いながら銀時が顔を上げた時、彼の目と鼻の先に首だけの人体模型が浮いていた。そして、パカっと口がクルミ割り人形のように開く。
「………………」
それを見た銀時は、またしても顔面蒼白になり、白目を剥いて仰向けに倒れた。
「オメーはホントなにしに来たんだぁぁぁぁぁッ!!」
ここまでまったく役に立たない男に、アルフは青筋立てて怒りをあらわにする。
だがすぐに意識を切り替えて、頭や腕や足や胴を浮かせる人体模型を睨む。
「チィッ! 結構思いっきりぶっ飛ばしたつもりだったのに!」
「やっぱり、封印しない限りあの程度の攻撃をしても完全に行動を封じることはできないみたいだ!」
悔しそうに歯軋りするアルフの横で、セリフを喋ったのはフェレット。
喋った小動物を見てアルフは驚く。
「喋った!? あんたもしかしてそこの白い奴の使い魔か!?」
「僕は使い魔じゃない!」
アルフの予想をフェレットは即効で否定。
「とにかく『なのは』! 黒い魔導師が気絶している以上、君が封印しないと! 僕や使い魔の彼女じゃ奴をまともに封印できな――!!」
なのはと呼ばれた少女にフェレットが顔を向ければ、白い魔導師は白目を剥いて倒れていた。ようは気絶していた。
「って君もかいぃぃぃぃぃぃッ!!」
なんか叫んでるフェレットは放っておいて、アルフは拳を掌に叩き付ける。
「はッ! あたしを舐めんじゃないよ! 原型が残らなくなるまで粉々にしちまえば、問題ないだろ!」
アルフがニヤリと笑みを浮かべた直後、パカっと人体模型の口が縦に開く。
「?」
いったいなにを? と思った矢先、模型の口の先に魔力が集まり、魔力の塊が一つの球体として形成されていく。
――アレはまずいッ!
アルフが危険を察知した直後――自分の顔目がけて魔力の球体が、まるでスリングショットで飛ばした球のように放たれる。
「くッ!」
咄嗟に横に跳び引いて魔力弾を避けたアルフ。
弾の直線状にあった窓ガラスは砕け散り、そのまま魔力の球体は空中まで飛んで行ってしまう。
「危ないねぇ、たく……」
直感的に避けず、下手に防いでいたら無事では済まなかっただろう。さきほどの魔力弾は、もし当たっていたら自分の頭が吹っ飛んでいた可能性があろう魔力を秘めていたのだ。
アルフは安堵して額から流した汗を拭う。
すると、すかさず人体模型の両足がアルフに向かって突っ込んでくる。
「ふんッ!」
右の拳を一振りするだけで、二本の足を吹き飛ばす。だが、自分が足を弾いた直後を狙ってか、浮かんでいた両手がすでに掌を開いて、間合いを詰めていた。
――しまったッ!
そう思った瞬間には、自分の体は両手に捕らえられてしまう。
ムニュ!
「ん?」
両手はしっかり自分の胸を鷲掴んで、捕らえていた。アルフの胸は豊満で人形の手には収まりきらず、両の胸の肉が指の間からはみ出るほど強く、使い魔の胸は掴まれていた。
一瞬自分が何をされたか分からず呆けていたアルフは、ムニュムニュと自分の胸を揉む手を見てやっと我に返り、
「うぎゃああああああああああああッ!?」
顔を真っ赤にして、胸に引っ付いた腕を殴って粉砕。
「なにすんだこのセクハラ人形!! つうかなんであたしは今回こんなにエロいことされんだよ!?」
思わずアルフは自身の胸で腕で隠す。
その時だった――。
人形の胴がアルフ目がけて突っ込んできた。
胸を掴まれたことで敵から意識が逸れてしまったアルフは、無防備の腹に胴体の突進をもろに受けてしまう。
「ガハッ!?」
口から唾液や空気を漏らしながら、勢いのまま壁に叩き付けられた。さらには人形の頭がアルフの顔の前まで詰め寄り、口を空け、彼女の目の前で魔力の球体を作っていく。
咄嗟に逃げようともがくが、胴体に押さえ込まれている上に、ダメージを受けたせいでロクに動けない。
――クソッ!
油断した。胸を触られたぐらいでミスを犯した自分の責任だ。
最後まで抵抗を試みようと体に力を入れるが、どうしても思うように動けない。すでに模型の頭は魔力弾を発射できる状態に入ってしまっている始末。
――もうダメだ!
と、思った瞬間――バキリ、と模型の額に木刀の切っ先が生えた。
アルフの目に映ったのは、背後から木刀で人形の後頭部から額を一直線に貫いている銀時の姿。
「おいおい、うちの犬になにサラしてくれてんだテメェ」
銀時が鋭い眼差しをジュエルシードの相異体に送る。
人体模型は壊れた機械のようにガクガクと口を動かし、目を世話しなく四方八方に動かす。
一閃――。
銀時は上から下へと木刀振り、ものの見事に模型の頭を一刀両断。パカリと二つに割れた模型の頭は床へと落ちる。
そしてすかさず、銀時はアルフを押さえ付けている胴体を蹴り飛ばす。
「銀時…………」
アルフは自分を窮地から助けた男の名前を呟く。
だが、銀時はアルフではなく吹っ飛ばした胴体に顔を向けた。そして怒りの表情を作り、
「このクソッタレ人形が!! 人のことビックリさせやがって!! ビックリして十二指腸飛び出るかと思ったじゃねェかこのヤローッ!!」
ゲシゲシと胴体を踏みつける。
やったんらんかいィーッ!! と銀時が叫べば、二人の少女もリンチ開始。
「怖かった……。怖かったのぉぉぉぉぉッ!!」
「うぅッ!!」
気絶していた白い魔道師とフェイト。二人は手に持った杖で胴体をタコ殴り。ちなみに二人とも恐怖が抜けないのか涙目。
銀時が憤慨しながら声を上げる。
「こんな腐れ人形はとっと封印じゃあー!! やったれフェイトォー!!」
「うん!」
フェイトは力強く頷いて、ジュエルシードをあっという間に封印してしまう。ここまで怒りを露にしているのは、たぶん怖い目に遭わされた事がよほど悔しかったのだろう。
これにて、フェイトが集めたジュエルシードは計六つだ。
銀時は「ふぅ……」と額の汗を拭う。
「まぁ、危なかったが初陣としては中々じゃねェか? 所詮はただの人形ってこった。なー、アルフ」
銀時は満足げな表情でアルフに振り向く。
「銀時……」
とアルフは呟き、
「ざけんなァーッ!!」
青筋浮かべて銀時の顔面に拳を叩きつけた。
「ブホォーッ!?」
声を漏らしながら倒れた銀時を、使い魔は何度も踏みつける。
「最後にイイところ全部持っていきやがっただけのくせして、なにしたり顔でやり切った感出しんだコラ!! 途中まで頑張ってたのはあたしだろうが!! しかもお前は途中までずっと気絶しててまったく役に立ってなかっただろうが!! 偉そうなこと言う資格ねェだろうが!!」
「ちょッ!? ゴメン!! ホントゴメン!! だから蹴るの止めて!!」
悲鳴を上げる銀時。
散々蹴りまくった後、ようやく怒りが収まったアルフは肩で息をし、腕を組んで顔をプイッと背ける。
「……まぁ、ちったーあんたのこと、認めてやるよ……」
そう言うアルフの頬をほんのり赤くなっていた。
その時、
「あの、もしかしてあなたって……坂田、銀時、さん?」
戸惑い気味に銀時のフルネームが呼ばれた。
「ん?」「あん?」「…………」
アルフ、銀時、フェイトは三者三様に、声の主――白い魔導師の少女へと顔を向ける。
白い少女は必死な表情で、
「坂田銀時さんですよね!? わたし、なのは! 高町なのはです!!」