「さて、おやつも食べ終わったしトリガーの特性について説明するか」
「漸くですか。いきなりおやつの時間と言われた時は驚きましたよ」
比企谷隊作戦室にて、鹿のやのどら焼きを食べ終えてそう呟くと、木虎からジト目を向けられる。まあいきなりおやつの時間と言われた……と、考えたらわからんでもないが。
しかしお前も何だかんだ美味そうにどら焼きを食べていたよな?まあ口にしたら地雷だろうから口にしないけど。
「悪かったからジト目を止めろ。ちゃんと説明するから耳の穴かっぽじって聞けよ?」
「……っ、はい。わかりました」
俺がそう口にすると流石優等生、直ぐに真剣な表情に変わる。切り替えが早いようでなによりだ。
「えーっと、確か刃トリガーは弾丸トリガーに比べて桁違いに威力が高い理由だったな……文香」
「はい」
文香が頷き端末を操作すると作戦室にある巨大モニターのスイッチが入り、そこに長方形の図が表示される。そして長方形の内部には2本の線が縦に引かれていて長方形内部を殆ど三等分に区切っていた。
「これが弾丸トリガーの構造で、弾丸トリガーは威力、射程、弾速の3つにトリオンを分けている」
そう口にすると長方形の図に威力、射程、弾速の文字が追加される。
「次に刃トリガーの構造を説明するぞ。文香」
「はい」
文香は再度端末を操作すると、弾丸トリガーの構造を表した長方形の下に同じ大きさの長方形が現れる。しかし線の数や配置場所は違い、線は1本しか無くて、配置場所は割と左側に縦に引かれて面積の違う長方形が2つ生まれる。この2つの長方形の面積を比で表すと左側:右側は1:4くらいだ。
「刃トリガーは威力と、刃トリガーそのものの硬度を高める硬質科の2つにトリオンを分けているが、トリオンは殆どが威力に割り振られる」
すると右側の大きい長方形には威力、左側の小さい長方形に硬質科と表示される。
「モニターを見ればわかると思うが威力の差は明らかだろ?トリオンを数値に例えて100と表してみれば……」
文香をチラッと見ると、文香は頷き端末を操作する。すると……
弾丸トリガー(総トリオン量 100)
威力 34 射程 33 弾速 33
刃トリガー(総トリオン量 100)
威力 80 硬質化 20
「こんな風に同じトリオンを使っても威力に差が出る」
まあ刃トリガーを使う場合も敵に接近しなきゃいけないという欠点はあるけどな。
「……なるほど。つまり弾丸トリガーだと敵を倒し難いと?」
「ああ。C級の時はシールドが使えないから弾丸トリガーは強いが、Bに上がると普通にシールドで防がれて初めは焦るらしい」
俺は元々攻撃手だからそうでもなかったが、弾丸トリガーでB級に上がった連中は上がりたての頃、結構シールドを恐れていたらしい。
しかもボーダーの技術は常に進歩していてシールドの性能も上がっていて、二宮さんや出水のように余程トリオン量が高くない限り弾丸トリガーでシールドを突破するのは難しい。
「って訳でお前みたいにC級時代に弾丸トリガーを使う奴がBに上がると2種類の人間に分かれる」
言いながら指を立てる。対する木虎は食い入るように立てた指を見るが指ではなくモニターを見ろ。真面目か?
「1つは支援要員。離れた場所で仲間が戦っている時に離れた場所から援護射撃をする人間」
説明をすると文香は俺が話しかける前に端末を操作してモニターを変える。するとモニターには二宮隊の犬飼先輩と香取隊の若村が映し出される。前者は二宮さんの猛攻から逃げた相手に追撃の射撃をして、後者は香取の攻撃を防ぐ相手の横から射撃をして意識を散らすなど立派にエースの支援をしている。
これは間違いなく銃手として正しいが……
「もう1つは刃トリガーを持って万能手になる事。攻撃と支援の両方をこなす人間になる。ウチの隊の文香が万能手で……木虎の場合は後者が向いていると思う」
さっき木虎がスコーピオンを使うのを見たが初めての割には様になっていた。アレだけの動きが出来るなら支援要員より万能手の方が向いていると思う。
「そうですね……実際スコーピオンを使ってみたら良かったですし、万能手の方が向いていると思います」
木虎も納得したように頷く。
「だな。そんでどうする?万能手……というよりスコーピオンの練習をしたいなら付き合うぞ」
ハンドガンの練習は、銃を使わない俺や突撃銃を使う文香には出来ないが、スコーピオンの練習なら俺が出来るし実践練習なら文香も出来るだろう。
「それはありがたいですけど……質問しても良いですか?」
俺がそう返すと木虎が質問をしてくる。
「何だ?」
「どうしてそこまで優しくしてくれるんですか?照屋先輩が手伝うならまだわかりますけど、今日初めて会った比企谷先輩が私にここまで良くしてくれる理由がわかりません」
そう言ってから俺を見てくる。疑いの目ではないが気になっている態度を隠すことなく俺を見てくる。
『文香、ここは勧誘しても良いか?』
予定変更だ。元々今日は勧誘するつもりはなかったが、ここで押しに出るか。迅さんの予知ーーー嵐山隊や加古隊の介入が来る前に。
木虎に聞こえないように内部通信で文香に話しかけると文香は小さく頷く。
『そうですね。先輩に任せます』
じゃあ話しますか。
「そうだな……正直に言うとお前をウチのチームに勧誘しようと思ったからだな」
「私を、ですか?まだ仮入隊の私を勧誘なんて随分と気が早いと思いますが?」
木虎は驚きを露わにしてそう返してくる。まあ正式に入隊してない木虎からしたらいきなりの勧誘だから驚いても致し方あるまい。
「そうでもない。今のB級1位の二宮隊にいる鶴見って奴は仮入隊の時に隊長の二宮さんにスカウトされていたからな。有望な新人が正式に入隊する前に勧誘を受ける事はあり得る話だ」
それに迅さんの話じゃ嵐山隊や加古隊と衝突するみたいだし、両チームとも夏休みの内に勧誘する算段で俺達比企谷隊とぶつかるのだろう。
「話を戻すとお前の個人ランク戦を見て勧誘しようと思ったんだよ。そんで俺の大切な部下の後輩みたいだし色々とアドバイスをしたんだよ」
流石に木虎に良い印象を持ってもらう為にって馬鹿正直に言うつもりはない。が、こっちも嘘偽りなくアドバイスしたし勘弁してくれや。
すると……
「は、八幡先輩……大切だなんて……ありがとうございます」
文香が真っ赤になり俺の隊服の裾を引っ張りながら礼を言ってくる。表情を見るとトロンとしていて見る男全てを魅了するであろう蠱惑的な表情を浮かべていた。
いかん、ドキドキしてきたが今はそれどころじゃない。
「……どういたしまして。そんな訳で本題に戻るぞ。木虎、入隊したらウチの隊に入ってA級に昇格する手伝いをして欲しい」
言いながら頭を下げる。プライド?んなもん知った事じゃない。俺は名より実を取るタイプの人間だからな。
「せ、先輩?!頭を上げてください!そんな風に頭を下げられたら反応に困ります」
頭の上からはそんな声が聞こえてくるので頭を上げる。頼んでいる側からしたら向こうのリクエストに応えないといけないからな。
「悪かったな。反応に困る行動をとって」
「い、いえ。それよりも……先輩は先程A級に昇格する手伝いをして欲しいと言いましたが、詳しく聞いても良いですか?」
そんな木虎の言葉に内心ほくそ笑む。即座に否定をせずにこちらの事情を聞くという事は、少しは勧誘を受ける考えも持っているからな。
「ああ。先ずA級に上がる条件を説明するぞ。A級に上がる為の昇格試験があるんだが、受験資格があるのはB級1位部隊と2位部隊の2部隊だけなんだ」
「B級2トップがA級に上がれる可能性があると?先輩のチームの順位は何位なのでしょうか?」
「今のウチの順位は19チームある内の6位だ。最高順位は5位で5位から8位を行ったり来たりしてる状態だ」
最近は中位に落ちることは減ったが、5位より上のチーム相手に生存点ボーナスを得た事は殆どない。
「で、ウチの隊は夏休みの間に新しい戦術を練ったり、個人個人の戦闘スタイルの幅を広げたりするなどチームの力の底上げに尽力しているんだ。そんで底上げのやり方として有望な新人の確保に乗り出したんだが……」
「そこで私に白羽の矢が立ったということですか?」
「ああ。おそらく他の部隊もお前に声をかけるだろうから早い内に声をかけたんだ」
特に俺達と同じようにA級を目指している連中は間違いなく木虎に声をかけるだろうし、先手を打っておくに越した事はない。
「改めて言うぞ……ウチの隊に入ってA級に上がる為に力を貸して欲しい」
改めて勧誘をしてみる。目の前にいる木虎は悩んでいるように唸るが、それも長くなく……
「お話はわかりました。ですが、直ぐに決められないので後日で宜しいでしょうか?」
そう返事をしてくる。
(後日か……俺としては嵐山隊や加古隊の介入がある前に入れたかったが、木虎の言い分も間違っちゃいないからな……)
今日会ったばかりの人間の勧誘に即答しないのは普通のことだ。残念だが今日は見送るしかないようだ。
「……わかった。では後日……そうだな、夏休みが終わるまでに返事をしてくれるとありがたい」
「わかりました。その時までに必ず返事を考えておきます」
木虎がそう返事をすると突如音楽が作戦室に響く。この着信音は俺でも文香でもないので……
「あ、すみません。母からメールが来たようなので確認しても良いですか?」
木虎の携帯ということになる。
「構わない」
母からのメールなら重要なものかもしれないし拒否する理由はない。木虎は一礼してから携帯を開く。そして徐々に顔が曇り申し訳なさそうな表情を見せてくる。
「すみません。急用が出来たので今日はこれで失礼しても宜しいでしょうか?」
「別に構わない。今日は俺達に付き合って貰って悪かったな」
「いえ。私としては有意義な時間でしたので……どうもありがとうございました」
「ああ」
「またね藍ちゃん」
挨拶を返すと木虎は一礼して作戦室から出て行った。扉が閉まると同時に一息吐く。
「とりあえず向こうの反応を見る限り悪くはない反応だったな」
「そうですね。ですが嵐山さん達と戦う可能性は濃厚になりましたね」
「まあ仕方ないな。そん時は頼りにしてるぜ」
嵐山隊とは五分五分だ。1人でも欠けたら負けるだろうから文香達も頑張って貰わないといけない。
「はい!任せてください!」
「ありがとな」
対する文香は満面の笑みを浮かべて頷く。それを見た俺は頼もしさを感じると同時に眠気が襲ってくるのを実感した。
「(そういや昨日は徹夜で国近先輩とゲームをしたんだったな)……済まない文香。俺は眠いから寝る。木虎の勧誘も終わったし今日は上がって休んでくれ」
「あ、はい。お疲れ様です」
互いに言葉を交わすと俺はベイルアウト用のマットに倒れ込む。すると直ぐに睡魔がやってきたので一切の抵抗をしないで瞼を閉じたのだった。
それから15分……
「先輩……」
文香は笑顔で寝ている八幡の顔を覗き込んでいた。ただそれだけなのに文香は幸せな気分になっている。
「先輩の寝顔、可愛い……」
本当は一緒に寝たい文香だったが、寝てしまうと夜まで起きれなくなるのは目に見えている。今日家族と食事をする文香は残念ながら諦めないといけない。
「先輩、私はもう行きますけどゆっくり休んでくださいね」
言いながら文香は八幡の顔に近付き……
ちゅっ……ちゅっ……
「んんっ……」
いつものように両頬にキスを落とす。対する八幡は身を捩るが起きる気配を見せない。
キスをした文香は立ち上がりベイルアウト用のマットがある部屋から出る。
そして最後に……
「大好きですよ、八幡先輩……今は面と向かって言うのは無理ですが、夏祭りには私の気持ちを伝えますので」
そう言って一礼してから作戦室を後にした。
「んんっ……」
どれだか時間が経過したか知らないが、ふとした瞬間に目を覚ました。周囲からは人の気配がないので文香も帰ったのだろう。
何時だと思い携帯を見ると8時半前ーーー5時間弱寝ていた事を表していた。
「大分寝たなぁ……ん?メールが来てるな」
見るとメールの部分に着信マークが付いてあったのでメールを開くと……
from:歌歩
お兄ちゃん。明日私と四塚マリンワールドに行く際の集合時間なんだけど朝の8時半に三門駅前のバス停でどうかな?
メールを見た瞬間、俺はヤバいと思った。それは女子と2人でプールに行くことを改めてヤバいと思ったのではなく……
「水着買ってねぇよ……!」
すっかり忘れていた。急いで買いに行かないといけない。
俺はすっかり寝起き直後の倦怠感は吹き飛ぶのを自覚しながらベイルアウト用のマットから飛び降りて大慌てで作戦室を後にした。水着を買うなら三門ショッピングモールだが、あそこは9時に閉まるから急がないといけない。
内心焦りながら俺はボーダーの地下通路を他人とぶつからないように全力疾走をした。
その結果店が閉まる5分前に間に合って、店が閉まる30秒前に水着を買って店を出れました。
その時俺は次からは出来るだけ面倒な事を後回しにしないように頑張ろうと思ったのだった。