「ふーむ……今日は23勝77敗……中々伸びないな……」
玉狛支部にて、夕食の時間となったので俺はトリオン製の髪をプスプスと焦がしながらトレーニングステージ1号室から出る。同時にトリガーを解除すると焦げていた髪は一瞬で元のアホ毛を生やした髪に戻る。毎回思うがトリガー技術便利過ぎだろ。
「そりゃこっちもアンタの戦い方を学んでるからね。まあ入隊して半年ちょっとで私から2割以上勝てんだから上出来じゃない」
的外れな事を考えていると後ろからそんな声が聞こえて、さっきまで俺と戦っていた玉狛第一のエースの小南桐絵が笑いながら俺の頭をポンポン叩いてくるが、子供扱いするな。
「そいつはどうも……って、向こうも終わったみたいだな」
見ればトレーニングステージ2号室からは木崎さんと文香が、3号室から辻が出てきた。
「お疲れ様です八幡先輩。調子はどうですか?」
「いつも通りボコボコにされたな。そっちはどうだ?」
「今日になって動く的を狙撃する事になりました」
マジか?やっぱり文香って努力家だな。やっぱりチームに誘って正解だったな。
「そいつは良かった。辻は?」
「俺はスパイダーと他のトリガーを色々と組み合わせてみたな」
「組み合わせ?メテオラによる地雷擬きみたいなヤツか?」
「それ以外にもある。例えばスパイダーでワイヤー陣を作ってから鉛弾とハウンドの合成弾を作って二重のトラップを仕掛けたりしてみたな」
「えげつないなおい」
見れば小南もドン引きしていた。まあ確かに、それをされたら敵はワイヤー陣を展開する辻を仕留めるのが難しくなるだろう。
しかし良い戦術だな。曲がり角とかに仕込んだら対処し難いぞ。
「まあな。だがA級に上がる為には色々とやっておきたいんでな」
「……そうか。頼りにしてるぞ」
そんな事を話しながらリビングに向かうと、良い匂いが食欲をそそってくる。思わず早足になりながらリビングに入ると……
「お疲れー。丁度夕飯が出来たから手伝ってくれない?」
実力派エリートの迅さんがエプロンを着て手をヒラヒラさせながらそんな事を言ってくる。手元にはグツグツと煮込まれた鍋がある。夏に鍋を食うのは余りないが迅さんの作る鍋はかなり美味そうだ。
よく見ると一足早く訓練を済ませたらしい歌歩と林藤さんは食器を囲んでいる。なら俺がサボる訳にはいかないな。
「了解っす」
俺は1つ頷き、皿を戸棚から取り出して運ぶ。途中で鍋をチラッと見たが、アレは美味そうだな。運動(小南との模擬戦100本)の後は美味い飯に限るぜ。
「そういえばお兄ちゃん。ちょっと良いかな?」
夕食が始まってから3分、右隣に座っている歌歩が話しかけてくる。歌歩が俺をお兄ちゃん呼びするのはもう学校で目ボーダーでは有名なので気にしていない。今更だが、とんでもない賭けを提案したものだな……
「何だ?今後のオペレーターの話か?」
「うん。さっきゆりさんと色々話したんだけど、戦術と指揮を学ぼうと思うんだ?」
「戦術と指揮?つまり草壁隊みたいに歌歩が指揮をするのか?」
「一応候補として、ね。お兄ちゃんは隊長であると同時にエースで負担が大きいから少しでも負担を減らせれば良いなぁ、って思ったの」
うわ健気だ……メチャクチャ癒されるわ。周りの空気も優しくなっていて、文香や小南は完全に歌歩にメロメロになってるし……やっぱり俺の義妹は凄いな。
まあそれはともかく……
「話はわかった。じゃあ今後防衛任務では練習としてお前が指揮を執ってくれ」
ぶっつけ本番のランク戦で指揮系統が変わってみろ。絶対に碌に動けずに落とされるのがわかる。
歌歩もそれはわかっているようで小さく頷く。
「わかった。私、お兄ちゃんの為に一生懸命頑張るね」
「ああ。頼りにしてるぜ」
「あっ……えへへ……ありがとうお兄ちゃん」
歌歩の頭を撫でると歌歩は幸せそうな表情を浮かべてくる。この表情を見ると大抵のことがどうでも良くなるんだよなぁ……
そんな事を考えていると……
「八幡先輩、食事中ですから三上先輩の頭を撫でるのは止めてください」
「あっ……」
左隣に座っている文香がジト目を向けながら俺の手を歌歩の頭から引き離す。
「悪かったよ。確かにマナーがなってなかったな。でも何でそんなに不機嫌になんだよ?」
「……っ!不機嫌になんかなってないです!八幡先輩のバカ……!」
いや、バカと言ってる時点で不機嫌丸出しだろうが。てか何で玉狛の人達は楽しそうに笑ってんだ?特に小南と迅さん。
「いやいや、やっぱり比企谷は面白いなぁ……誰になるか楽しみだよ」
誰になるか?迅さんは何を言っているんだ?俺は誰にもならず比企谷八幡のままだろうに。
「とりあえず悪かったな文香」
少なくとも文香を怒らせた原因は俺だろうから謝ると、文香は慌てて手を振る。
「い、いえ。私の八つ当たりですからお気になさらず」
「よくわからんが了解した。とりあえず食うのを再開しようぜ」
「は、はい」
文香が若干頬を赤くしながらも了解したので食事を再開する。その後に暫く談笑していると木崎さんが口を開ける。
「そういえばお前達は戦術や個々の実力は伸ばしているがそれ以外ーーー4人目のメンバーの勧誘は考えているのか?」
「4人目ですか。一応考えていますね。辻がスパイダー戦術を利用した場合チームの攻撃力は若干下がるので、高速機動戦が出来る攻撃手か狙撃手が欲しいですね」
辻のスパイダー戦術は魅力的だか、スパイダー戦術は設置に時間がかかるのは否定出来ない。つまり必然的に辻は攻撃に参加し難くなる。
順位を上げる以上得点を取らなきゃいけない。よって辻が援護に使うことで減る火力を上げる必要がある。
そうなると欲しい人材はワイヤー陣を利用出来る攻撃手とワイヤー陣の影響を全く受けない狙撃手となる。射手や銃手は引っかかる可能性があるしな。
「なるほどな……ちなみに候補はいるのか?」
「狙撃手の方は探せばいるかもしれませんが、攻撃手の方はフリーの正隊員では居ないですね」
一応個人ランク戦を通じて探しているが、ワイヤーを利用して戦えそうな攻撃手は見つかっていない。
「なら仮入隊する連中やスカウトされた人間を勧誘してみたらどうだ?意外な所で金の卵を手に入るかもしれないぞ」
なるほどな……確かに二宮隊の鶴見は仮入隊中に二宮さんに勧誘されたみたいだし、スカウトされた連中は大抵優秀だからな。生駒隊なんて戦闘員4人の内3人が関西からスカウトされた人間だが全員優秀だし。
すると……
「うーん。仮入隊の方はともかく、スカウトの方は無理だと思うよ」
迅さんが豚肉を食べながらそう言ってくる。ハッキリとした口調なので……
「何だ迅?そんな未来が見えたのか?」
やはり未来予知のサイドエフェクトか。毎度思うが本当にぶっ飛んだサイドエフェクトだな。
「まあね。比企谷がガッカリした表情で忍田さんの部屋から出てきてる未来が見えたし」
「つまり迅さんは俺が忍田本部長にスカウトされた人間の情報を聞いて断られた未来が見えたって事ですか?」
「詳しくはわかんないけどね。とりあえず4人目を入れるなら仮入隊の方を当てにしたみたら良いよ。そっちはそっちで大変だと思うけどね」
「どんな未来が見えたんですか?」
大変な未来?目をつけた新人が気難しい人間なのか?
「まだ曖昧だけど確定してる未来は、今期に入る新人に逸材がいる事。それとこれは確定してないけど、比企谷隊が加古隊や嵐山隊と戦う未来が見えるな」
「何で准や加古さん隊が出てくんのよ?」
小南はそう言っているが、おそらく加古隊や嵐山隊もその新人を勧誘しようとするのだろう。そんでその新人を賭けて勝負するって感じだろう。
つまり他の隊も認める逸材って事だ。これは是が非でも手に入れたいものだ。
「とりあえず話はわかりました。助言ありがとうございます」
「おー、比企谷はこれから色々な意味で大変になると思うが頑張れよー」
言いながら飯を食うのを再開すると、迅さんはニヤニヤ笑いを浮かべながら爆弾発言をしてくる。俺が色々な意味で大変になるだと?どうしよう、嫌な予感しかしなくなってきたぞ。てか迅さんも食事中に変な事を言わないでくれよ。
結局俺は夕飯を食べた後も迅さんの言った事が気になったままだった。
夕飯を食べた後はいつものように解散となり、俺は文香と歌歩を送った後、自宅に向かって歩いている。昼はメチャクチャ暑かったのに夜は涼しいのがありがたい。いっそずっとこの温度なら良いのに。
そんな事をのんびりと考えながら歩いていると、曲がり角から現れた人とぶつかってしまった。
「……っと、すみません。余所見をしてました」
「いや、こちらも済まなかった……ん?比企谷か?」
ん?俺の名前を知っているって事は知り合いか?疑問に思いながら横を見るとそこにいたのは風間さんだった。
「どうもっす風間さん。風間さんは防衛任務上がりですか?」
「いや、俺は会議に出ていたんだ。お前は玉狛帰りか?」
「そうですね。今日は防衛任務もないんでこのまま帰る感じです」
「そうか。どうだ?玉狛に入って何かを得られたか?」
「そうですね……玉狛で揉まれて色々と道標が増えましたよ」
まあ最近は割と増え過ぎているけど。勿論全て会得するつもりだが、かなりの時間がかかるだろう。
「なら良かった。とりあえず色々試してみろ。考えるだけで実行しないようでは強くはなれないからな」
「ありがとうございます。そういえば風間さん。聞きたい事があるんですけど大丈夫ですか?」
「構わないぞ。どうかしたか?」
「はい。実は4人目のメンバーについてなんですよ」
「4人目?火力を増やしたいのか?」
「そうですね。そんで県外からボーダーにスカウトされた人間を勧誘しようと思ったのですが、さっき迅さんに俺がガッカリした表情で本部長の執務室から出てきた未来が見えたって言われて……」
迅さんが無理だと言った以上無理だと思うが、今までスカウトされた人間は大抵か強いので勿体無いと思っている自分がいる。
「なるほどな……結論から言うと迅の予知は当たっている。今期県外からスカウトされた人間をお前の部隊に引き入れるのは不可能だ」
風間さんも無理と言ったよ。どうやら本当に無理なのだろう。
「マジですか。ちなみにどんな理由なんですか?」
「ああ。今日の会議にも上がったんだが、今度新しく鈴鳴支部という支部が出来るんだが、今回スカウトを受けた戦闘員はその鈴鳴に配属される事になる事が決まっているからな」
あ、なるほど。確かにそれなら勧誘するのは無理だな。やっぱり勧誘するなら迅さんの言っていた逸材を勧誘するか。
「そうでしたか。どうもありがとうございます」
「気にするな。とりあえず4人目のメンバー以外は順調そうだな」
「はい。今シーズンは点差的に厳しいですが、来シーズンにはA級に上がりたいですね」
今シーズンが終わるまで10試合もないがA級に挑戦出来る1位の二宮隊とは24点、2位の草壁隊とは22点離れている。これを追いつくのは新しい戦術を使っても無理だろう。
それなら今シーズンは新しい戦術を使わないで、点数がリセットされる来シーズンに新しい戦術を使って、対策を取れない序盤に大量に点を稼ぐ逃げ切り作戦で行くつもりだ。
「そうか。最近は何処のチームもA級目指して作戦を立てているから遅れを取るなよ?」
「もちろんです」
B級上位部隊はどの部隊も一癖も二癖もあるが、家計の為、チームメイト3人の為にも負けるわけにはいかない。
「なら良い……っと、済まんが時間だからもう行く」
「何か用事でもあるんですか?」
「諏訪と寺島と夕飯を食べる約束をしていた」
「そうでしたか。時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
「気にするな、ではな」
風間さんはそう言って歩き去っていったので俺は風間さんが見えなくなるまで頭を下げ続けた。
暫くして頭を上げると風間さんは居なくなっていたので、再度家に向けて歩き出した。今後の方針や、小南の対策、指揮を止めた場合の動き方など様々な事を思い浮かべながら。
(やれやれ……隊長は忙しいな。だが……仕方ないな)
面倒を嫌う俺だが、ランク戦の事を考えるのはそこまで苦じゃない。それは固定給を貰えるA級になれるように真剣に取り組んでいるからだろう。
(もしくは……俺が楽しいと思っているからか?)
多分そうなのかもしれない。直ぐに否定の材料が出て来なかったし。
そんな事を考えながらも足の歩を速める。楽しいかどうかは置いとくが色々と頑張ってみるか……