ギィン ギィン
スコーピオンと手斧ーーー双月がぶつかり合う音がトレーニングステージに響き渡る。
しかし耐久性はスコーピオンの方が遥かに劣る故に双月はスコーピオンを簡単に砕けた。
しかしそれは予想の範囲内なので俺は焦らずにグラスホッパーを起動して、小南の右腕にぶつける。すると案の定右腕が跳ね上がるので俺は後ろに退がる。これが同格の相手なら攻めに出るが小南クラスの実力者ならカウンターを食らうのがオチだ。
「あー、もう!アンタのグラスホッパー、本当にイライラするわね!」
同時に小南はギャースとばかりに叫びだすがこれが俺のやり方だから文句は言わないで欲しい。
そう思いながらも即座に体勢を立て直した小南に対して迎撃のハウンドを放とうとしたら……
『皆〜。おやつの時間だよ〜』
林藤さんののんびりとした声が聞こえてきた。余りの場違いな声に俺と小南は思わず動きを止めて顔を見合わせる。
しかしそれも長くは続かず……
「仕方ないわ。一旦ここまでにするわよ」
言いながら小南は双月を下ろしてトリガーを解除して出口に向かったので、俺もトリガーを解除して小南に続いた。
時計を見ると3時過ぎと、小南と3時間近く模擬戦をしている事を理解したのだった。
「ほうほう。そんで文香は狙撃の練習をしていた、と?」
所変わって玉狛支部のリビング。俺達は林藤さんの用意したどら焼きを口にしながら各々の訓練内容について話し合っていた。
「はい。やってみた所、不可能ではないと思いました。今シーズン中は厳しいとは思いますが、来シーズンまでに実戦で使えるレベルまで上げるように尽力します」
文香は力強く頷く。ボーダーにいる人間では1番長い付き合いだが相変わらず頼りになる奴だ。文香がそう言うなら来シーズンのランク戦では大きな武器になるだろう。
「そうか。頼りにしているぞ」
「はい。そういえば八幡先輩はどんな訓練をしていたんですか?」
「小南とずっと模擬戦」
3時間ぶっ続けの模擬戦だった。これはメチャクチャやったと言って良いだろう。太刀川さんの時は最大で1日1時間半だったし。
「凄いスパルタだな……ちなみに結果はどの位だったんだ?」
辻がそんな事を聞いてくるが、確か……
「125戦20勝105敗だったな」
「つまり勝率は2割弱か」
「まあな。とりあえず夏休み終了までに勝率を3割以上にしたいな」
初めの方は小南の独特な動きに翻弄されて何も出来ない試合も数本あったからな。後半になってある程度勝ち星を挙げれたので、もう一度同じ本数試合をしたらもう少し勝率は上がるだろう。
すると……
「そう簡単には勝たせないわよ!」
小南が俺の後ろに回りヘッドロックを掛けてくる。ゲームに負けた国近先輩がするヘッドロックと違って威力がある。しかも小南は国近先輩と比べて胸が薄いからか背中に膨らみを感じな……
「あんた今失礼な事を考えたでしょ?!」
「痛い痛い!ギブ!ギブだから!」
「ギブは却下よ!」
俺の思考を読んだのかヘッドロックの威力を強めるが、何故俺の考えている事を読めたんだ?小南だけじゃなく文香や歌歩、遥姉さんも読む時があるが、俺ってそんなにわかりやすいのか?
てか痛いんですけど?そう思いながらヘッドロックから逃れようとした時だった。
「おいおい。帰ってきたらいきなり凄い光景だな〜」
横からのんびりした声が聞こえてきた。この声は……
ヘッドロックを食らいながらも横を見ると、青いジャージを着てサングラスを装備した割とチャラそうな男がぼんち揚げを食べ笑いながらこちらを見ていた。そこに居たのは……
「迅か。随分と遅かったな」
ボーダーに2人しかいないS級隊員の片割れの迅悠一だった。マトモに話した事はないが、未来視という破格のサイドエフェクトを持ち、太刀川さんのライバルと凄い肩書きを持った人なのは知っている。
「帰ろうとしたら太刀川さんに捕まって模擬戦をやってたんだよ。というか何で小南は怒ってるの?」
「小南は比企谷が失礼な事を考えていたと言ってヘッドロックをしたが知らん」
迅さんと木崎さんはそんな風に話しているが、助けてくれませんかねぇ?!
内心そう叫んでいると、俺の心の叫びが聞こえたのか迅さんが俺達に近寄り口を開ける。
「おーい小南。そこまでにしとけよ。比企谷はヘッドロックを1分されると1年寿命が縮まる特殊な病気を持ってんだぜ」
は?何を言っているんだこの人は?そんな幼稚園児が吐くような嘘でヘッドロックから解放される筈が……
「えっ?!そうなの?!」
マジか……
俺が呆気に取られる中、小南はヘッドロックを止めて俺と向き合い涙を浮かべた表情を見せてくる。
「ごめん比企谷!私、アンタがそんな病気を持っているなんて知らなかったの!本当にごめん!」
マジで信じてるよこの子……さっきまでと態度が違い過ぎる。
しかしどう接したら良いのか分からないのでチームメイト3人にアイコンタクトをしてみる。
(済まん。こういう時にどう接したら良いんだ?)
しかし……
(わからないな。こんな嘘で騙される人間なんて見た事ないし)
(わからないです。というか小南先輩、学校とは全然違いますね……)
(わからないな……とりあえず、ファイトだよお兄ちゃん!)
全員がわからないと答える。まあそうだよな。俺自身も全くわからないし。とりあえず歌歩は応援ありがとう。お兄ちゃん凄く嬉しいからな?
「ねぇ迅!どうすれば比企谷の寿命を戻せるの?!私何でもするから教えて!」
小南は迅に涙目で詰め寄ると迅さんは笑顔で首を横に振る。
「大丈夫だよ小南。そんな事をする必要はないか」
「はぁ?!何でよ?!」
「だってそれ、嘘だから」
「……は?」
「本当はそんな病気ないからな」
瞬間、小南がピシリと動きを止める。気の所為かピシリと凍り付いたような音が聞こえてきたぞ……
俺達が全員小南を見ていると……
「騙したなぁぁぁぁぁっ!」
小南はグルンと俺の方に振り向くや否や俺の後ろに回ってヘッドロックをしながら頭を噛んできた。
「騙したのは俺じゃねぇよ!てか痛ぇ!」
頭を噛まれるなんて漫画の中だけだと思っていたが、思ったよりも痛い。てか頭を噛むって……お前は何処の禁書目録だよ?!
「何で俺なんだよ?!普通迅さんの頭に噛むんじゃねぇのかよ!」
「うがぁぁぁっ!」
ダメだ、この野生児完璧に俺の声が聞こえてないようだ。てか女子がうがぁぁぁっ!、なんて叫び声を出してんじゃねぇよ。こいつ文香と同じ星輪の女子らしいが、素を見せたら浮くだろうし絶対に猫を被ってるな。
「はっはっはっ」
って、諸悪の根源の実力派エリート!アンタは笑ってないで助けろよ!
口にしてそうツッコミたいが頭を噛まれる痛みで声が出せねぇ!しかもチームメイト3人は思考を停止したのか呆然とした表情で俺を見るだけで動く気配はないし。
(マジで誰か助けてくれぇぇぇぇ!)
結局それから30秒位して木崎さんが小南を引っぺがしてくれました。それについてはマジで感謝してますが、出来ればもう少し早くお願いします
「はっはっはっ、いやー、悪い悪い」
小南の噛みつきから解放されると迅さんは楽しそうに笑ってくる。ヤバい、殴りたい。
「悪いと思ってるならあんな嘘は今後止めてくださいよ」
思わず口調が強くなるのも仕方ないだろう。ぶっちゃけ先輩じゃなかったら殴り飛ばしてる可能性がある。
「次からは気を付けるよ。それとお詫びとして1つ、お前にとって良い未来を教えてあげる」
迅さんがそう言うと思わず息を呑んでしまう。迅さんは少し先の未来を見る事が出来るサイドエフェクトを持っている。そんな迅さんが俺にとって良い未来を教えてくれるというなら思わず期待してしまう。
「良い未来?どんな未来ですか?」
俺が聞いてみると迅さんはニヤニヤ笑いを浮かべて……
「比企谷さ、高校を卒業する前に恋人が出来るよ」
とんでもない事を口にしてきた。え?マジで?
予想外の言葉に俺が絶句していると……
「「ええっ?!」」
文香と歌歩は驚きを露わにして……
「誰だ?場合によっては俺の胃が……」
辻はげんなりとした表情で腹に手を当てて……
「あら、良い未来じゃない」
先程まで俺の頭を噛んでいた小南は既に怒りを鎮めながらそう言っている。
にしても俺に恋人か……誰かと付き合っている所は想像出来ないが、嘘ではないのだろう。
となると気になるのは……
「「誰が恋人になるんですか?!」」
俺が気になる事を文香と歌歩が迅さんに詰め寄りながらそう聞いてくる。2人を見る限り必死だが、そんなに俺に恋人が出来るのが信じられないのか?
若干悲しくなっている中、迅さんは笑顔で首を横に振る。
「それは教えられないな。比企谷と繋がりが深い君達に教えると未来が変わる可能性があるし。比企谷の将来が悪い未来になるのは2人も嫌だろ?」
迅さんは穏やかに言うが教える気はないようだ。笑顔だがオーラを感じるし。
「そ、そうですか……」
「なら聞かないでおきますね」
それを理解したのか2人は訝しげな表情をしながらも大人しく引き下がる。まあ悪い未来になるのは俺も嫌だから無理して問わないのはありがたい話だ。
(しかし話すだけで未来が変わる可能性があるって……便利なサイドエフェクトと思っていたが、結構キツそうだな)
今は恋愛関係という小さい未来だが、場合によっては大規模侵攻などの重要な未来について上層部と話し合うだろう。その際に大を救う為に小を切り捨てる選択をしなきゃいけないかもしれないし。
そんな事を考えているとアラームが鳴り出したので見てみると休憩時間を終了を告げていた。
「良し、休憩時間は終わりだな。照屋、辻、訓練に戻るぞ」
「「はい」」
「私達も行くわよ比企谷」
「はいよ。とりあえず後半は勝率2割を超えるように頑張るか」
互いに言葉を交わして俺達は各々の訓練に向かう。小南の戦い方は独特でやり辛いからな。これを俺も使えるようになって俺本来の戦い方と混ぜれば格上相手からも勝ち星を増やせるだろうし頑張ろう。
そう思いながらトレーニングステージに入り、俺は夜の防衛任務が始まるまでの4時間、みっちり小南にシバかれた。結果として勝率は2割2分1厘だったのでまあ悪くない戦績だったと思う。
「そういえば迅君」
「何かなゆりさん?」
「結局比企谷君の恋人は誰になるの?私は比企谷君と繋がりが殆どないから聞いて大丈夫よね?」
「あー、確かにゆりさんは聞いても大丈夫だね」
「でしょ?だから教えてくれない?」
「別にいいけど他言無用ね。比企谷と恋人になる可能性があるのは沢山いるけど、可能性が高いのは照屋ちゃんと三上ちゃんと綾辻ちゃんだね」
「あ、やっぱりチームメイト2人は可能性が高いのね。ちなみに候補はどの位いるのかしら?」
「最大で5人だね。ちなみに小南も候補の一角だよ」
「桐絵ちゃんも?凄いじゃない」
「まあでも本当に凄いのはそこじゃないんだよ」
「これ以上凄い事があるの?」
「ああ。凄い未来だと複数の候補と付き合う未来もあるんだよ」
「あらあら……」
「1人も選ばない未来もあれば1人しか選ばない未来もあるし、恋人が2人できる未来も、最大で候補全員と付き合う未来も僅かながらもある位だし」
迅は苦笑しながらそう呟く。長いこと色々な人間の未来を見てきたが八幡程ぶっ飛んだ未来を見たのは数えるくらいしかない。
迅は八幡が誰と付き合うのか、また何人恋人を作るのか密かに楽しみにしながら自室に向かって歩き出した。