それは一瞬のことだった。正面にいた小南は瞬時に間合いを詰めて斧を振るってきたのだ。
「……っ!」
予想以上の速さに驚きながら反射的に後ろに跳ぶと胸から微かにトリオンが漏れ出し、掠った事を証明していた。
後ろに跳んだ俺は地面に着地すると小南が軽く口笛を吹きながら目を丸くしているのが目に入った。
「へぇ、今のを躱すんだ。そこそこまあまあはやるみたいね」
そこそこまあまあ……?微妙な表現だな。普通にそこそこで良くね?
まあ今は関係ない。重要なのは今のやり取りだけで小南の強さが桁違いなのがわかった事だ。距離の詰め方、斧の振る速度は一級品だ。当たり前だが、俺よりも遥かに格上だ。
と、なると気になる事がある。
「そいつはどうも。ところで小南。お前と太刀川さんってどっちが強いんだ?」
「私よ!」
即答だった。しかし俺には判断がつかなかった。確かに小南の実力は間違いなくボーダーでもトップクラスだろう。しかし太刀川さんよりも強いのかと言われたら絶対にそうとは言えないと考えている。
(これは小南が負けず嫌いだからそう言っているのかもしれないな……)
小南とは知り合って1時間も経過してないが、小南がバトルジャンキーで負けず嫌いであるのは間違いないないだろう。それ故に小南が即答したのは負けず嫌いが発動したからと言う可能性もあるし。
しかしどっちが強いかはさておき……そこまで実力差はないだろう。よって俺が取れる手段は……
「(守りに入ったら負けだし……攻めるか)そうかい……んじゃ再開しようぜ」
言いながら小南に向かって突撃を仕掛ける。格上と戦う時は攻める事以外考えない。守りに入ったら反撃する隙すら与えられずに敗北するのが目に見えるし。
対する小南は右腕を振り上げて迎撃の構えを見せてくるので……
(グラスホッパー)
「おっ」
グラスホッパーを小南の右腕にぶつけて右腕を叩きおとし、それによって小南は頭から地面に倒れかけて体勢を崩す。格上相手に妥協したら負けなので……
(速攻で仕留める……!)
そう思いながらスコーピオンで小南の首目掛けて袈裟斬りを放とうとする。
が……
「甘いわよ!」
「がっ……!」
その直前、小南は地面に倒れかけながらも右足で思い切り地面を蹴り、反動で宙を一回転して、勢いに乗ったまま体勢を低くした俺の頭に踵落としをぶちかましてきた。
(踵落とし?!んな攻撃をするか普通?!)
トリオン体だから痛みはそこまでないが、予想外の一撃に思わず雑念が生じてしまう。
格上相手にそんな事をしたら悪手にもかかわらずに、だ。
「隙だらけよ!」
小南にそう言われた俺は慌てて雑念を消して後ろに跳ぶも一歩遅く……
「ちっ……!」
水平に振られた小南の手斧が俺の左腕を斬り落とし、それだけではなく胸にも一文字の傷を付けてきた。
舌打ちしている間も小南は怒涛の攻めで襲いかかってくる。俺はスコーピオンを使って迎撃をするも全てを捌くことは出来ずに徐々にトリオンがありとあらゆる箇所から漏れ出す。
「(このまま戦ってもジリ貧だだったら……)グラスホッパー」
「おっと」
俺は小南の腹にグラスホッパーをぶつける。対する小南は軽く驚きながら後ろに跳ぶが、直ぐに地面に着地する。大抵の人はグラスホッパーで跳ばされたら軽くパニックになるが、歴戦の猛者はその程度では揺らがないようだ。
(まあこれは予想の範囲内だ。この程度でパニックになる奴がボーダー最強部隊のエースになれる筈はないからな)
ここまでは想定内。問題は次だ。俺は小南を見据えながら、主トリガーのグラスホッパーを自身の足元に、副トリガーのグラスホッパーを大量に分割して小南の周囲に展開する。
(俺はもう余りトリオンが残ってないから残り全てのトリオンで乱反射を使用して倒す)
小南は今日まで俺を知らなかったようだが、それなら乱反射も知らない筈だ。初見なら殆どの人が対処出来なかった乱反射なら勝機はある。てかそれ以外の方法じゃ勝機はないだろうし、乱反射しかない。
足元のグラスホッパーを踏んでとの距離を一気に詰め、近くにある副トリガーが展開したジャンプ台を踏む。それによって再度身体に浮遊感を感じ、跳んだ先にあるジャンプ台を踏んで、更に跳ぶ。
それを繰り返すことで高速で小南の周りを跳び回る。
「へぇ……面白い技を使うじゃない」
一方小南は明らかに楽しそうな声を出しながらも一歩も動かずにあらゆる方向を見渡す。しかし焦りは一切なく、寧ろこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。
同時に俺は寒気を感じた。理由はない、理由はないがこの乱反射は失敗する気がする。
しかしだからと言って諦めるつもりはない。失敗する可能性はあるが、ここで乱反射を止めて別のやり方で戦ってもジリ貧になって負けるのは間違いないだろうし。
そう判断した俺は更にジャンプ台の数を増やして小南の周りを跳び回る。端から見たら俺が分身しているようにも見えるだろう。
そして俺の速度が最高になり、尚且つ小南が俺がいる場所と反対方向を見るなど、最高のチャンスが到来した。
俺はチャンスを逃さない為にも主トリガーのグラスホッパーを消してスコーピオンに切り替えながら、小南の背中に突撃を仕掛ける。女子の背中を刺すなんて端から見たらヤバい絵面かもしれないが、気にしたら負けだ。
(行けっ……!)
内心そう叫びながら小南に斬りかかる。これで勝ちだ……!
しかし……
「なっ?!」
スコーピオンが小南の首を刎ねる直前、小南は俺の方を向くことなく横に跳んでスコーピオンの一撃を回避する。高速で動いていた俺は小南に回避された事で、勢いを殺しきれずに地面に激突する。
急いで起き上がろうとするが……
「はい。先ずは1本ね」
小南からしたら隙だらけだろう。顔を上げた瞬間首を刎ねられた。
しかしここは仮想戦闘ルーム。模擬戦と違い緊急脱出がなく、首は直ぐに再生した。
首が繋がっているのを確認した俺は上を見ると、小南が勝ち誇った表情をして俺を見ていた。
「最近は本部に足を運んでなかったかあんたの戦い方は今日初めて知ったけど、中々面白い戦い方じゃない」
「そいつはどうも……でも何で簡単に避けれたんだ。言っちゃアレだが、お前最後の方は見切れなかっただろ?」
今までに何度も乱反射をしたからわかる。小南は最後の方は見切れなかったと思う。
格上の太刀川さんや風間さんは何度も乱反射を経験しているが、2人はある程度すると俺を見切れなくなるから、見切れる速度の内に倒す戦法を取っている。
案の定小南は頷く。
「ええ。最後のアンタの動きは完全に見切れなかったわ。次からは見切れる速度の内にぶった斬る事にするわ」
「じゃあ何で完璧に見切れたんだ?」
「簡単よ。攻撃する時アンタの殺気を感じたからよ」
さ、殺気だと?そしてそれを察知して簡単に回避する。マジかこいつ?
俺が絶句している中、小南の説明は続く。
「私は現役戦闘員の中では最古参だからね。向こうの世界でも何度も戦ったから気配には敏感なのよ」
「つまり実戦経験から培った察知能力、と?」
「そう。だから私に対して裏をかくなら殺気を消して攻撃しなさい。でないと奇襲は1本も成功しないわよ」
「殺気を消してって言われてもな……具体的にどうやって?」
攻撃しない時ならともかく、攻撃する時には無意識のうちに殺気を出してしまうだろう。一朝一夕でどうにか出来るとは思えない。
すると……
「決まってんでしょ。何度も私にぶった斬られる中で自分で編み出しなさい」
「んな無茶な……」
「私、ハッキリ言って感覚派だし他人に教えるのは苦手なの」
まあ確かに小南は戦い方から理論派ではなくて感覚派とわかるけどさ……
若干呆れている中……
「別に良いじゃない。A級を目指す以上地力を上げる必要があるんだから、私と戦って地力を上げながら殺気を消す方法を考えなさい」
そう言って小南は再度斧を構えてくる。
確かに小南の言う通りだな。どの道夏休みには地力を大幅に上げるつもりだったんだし、戦う事は文句無しに正しい。
「(そして小南の戦い方は誰よりも実戦的だったしな……)そうだな。んじゃよろしく頼むわ」
身体を起こしてスコーピオンを生み出す。折角玉狛に来たんだ。ありとあらゆる技術を盗んでやる。
「何度でも来なさい。ぶちのめしてあげるから」
「そう何度もぶちのめされてたまるか」
互いに一言だけ言葉を交わして、俺達は瞬時に距離を詰めた。一戦一戦大事にして勝ってやるよ……!
同時刻……
「さて、2人は新しい戦い方を身に付けたいと言ったが、何を学びたい?」
八幡のチームメイトである文香と辻は仮想ステージではなく、リビングに残って木崎レイジと話をしている。
文香と辻はB級ランク戦を通じて実力を上げた。しかしそれだけでは足りないと思い、普段使っている以外の戦い方を身に付けようと考え、レイジに説明した所、具体的に何を学びたいかと聞かれて今に至っている。
レイジの質問に対して2人は……
「私は点を取れる手段を増やす為に狙撃を身に付けたいと思います」
「俺は点を取りやすくなれるようにオプショントリガーを追加した戦闘法を身に付けたいです」
迷いなく即答する。対してレイジは予想の範囲内ゆえに特に驚くことなく頷く。
レイジは同級生である諏訪のランク戦をよく見ているので、諏訪隊としょっちゅう対戦している比企谷隊の事もよく知っている。
レイジから見た比企谷隊はエースの八幡を中心とした全体的にバランスが取れて、中位では安定した結果を出せるが上位だと地力不足なチームと考えている。
上位で安定した結果を出すには失点より得点を重視必要がある。よって文香の『新しい得点手段を会得すること』と辻の『今のやり方より効率を上げること』は間違いなく正しい。
「それは構わないが、狙撃はともかく、オプショントリガーは俺もそこまで熟知している訳ではないぞ」
レイジは辻を見ながらそう口にする。レイジが自身のトリガーに入れているオプショントリガーはスパイダーとバッグワームと全武装。バッグワームはレーダーに映らないだけのトリガーであり、全武装はランク戦では使用不可のトリガー。
レイジが自身グラスホッパーやカメレオンも使った事があるが性に合わずトリガーには入れていない。それだったら風間や八幡の方が教え方が上手いとレイジは考えている。
よってレイジが教えられるのはスパイダーを使った戦闘になるが……
「構いません。現状今後どうしたら良いか悩んでいる俺にとってはありがたいです。どうしてもピンと来なかったら照屋さんのように狙撃ーーー点を取れる手段を増やしたいと思います」
辻は即答する。隊長の八幡や文香がA級を目指して頑張っているのだ。辻も自分自身、形振り構わずに強くなろうと考えているのでレイジに頭を下げて教えを請うた。
「わかった。先ずは照屋に基本的な狙撃のやり方を教えて、辻にはオプショントリガーの解説をするが良いか?」
「「はい」」
「良し、じゃあ俺達もトレーニングステージに行くぞ」
レイジがそう言って立ち上がるので文香と辻もそれに続き、レイジの後に続いて歩き出す。
「辻先輩。頑張りましょうね」
歩き出すと同時に文香はそう口にする。最近になってチームメイトの文香と歌歩限定でマトモに接することが出来るようになった辻は、握り拳を作っている文香を見て苦笑する。
「そうだね。比企谷の為にも頑張ろうか」
辻は文香は自分の為以上に隊長の八幡の為に頑張ろうとしているのがわかるのでそう返した。
(まあ俺も自分以上に比企谷の為に頑張るけどな)
そんな事を考えながら文香を見ると……
「はい!八幡先輩の為にも頑張ります……頑張って八幡先輩のお役に立って、私の想いを告白して……うぅ……」
真っ赤になって俯き出す。同時に辻はため息を吐く。
(やれやれ……相変わらず比企谷は女誑しだな。その内照屋さんや三上さん、綾辻さん以外の女子にもモテそうだ。刺されないと良いが……)
辻はそんな事を考えながらもおくびにも出さずに、真っ赤になりながらもニヤニヤする文香とトレーニングステージに向かった。