ギィン ギィン
市街地にて金属がぶつかり合うような音が響く。音源は俺と俺と向かい合っている男の手元から聞こえる。
「ははっ、やっぱり弧月を使ってはエイトマンには勝てないね」
俺と向かい合っている男ーーー王子隊隊長の王子一彰さんは笑いながら弧月で俺のスコーピオンを防ぐ。
現在俺、俺達比企谷隊はB級ランク戦にて嵐山隊と王子隊を相手にしている。
現在生き残っているのは俺と王子先輩と嵐山隊の佐鳥の3人で、比企谷隊は樫尾と蔵内先輩、嵐山さんを倒して3点、王子隊はウチの辻と時枝を倒して2点、嵐山隊はウチの文香を倒して1点となっている。
「それはどうも。てかエイトマン呼びは止めてください……っと!」
言いながら王子先輩の頭にグラスホッパーを設置する。
「しまったな……」
それを食らった王子先輩の頭は地面に向かって突き進む。俺の十八番の1つだ。これを食らって体勢を崩せなかった相手はいないくらいだ。……まあ、太刀川さんや風間さんは平気で回避するけど。
まあそれはボーダトップクラスの人だけで、王子先輩はモロに食らって体勢を崩したから問題ない。
これは行ける、そう思いながらスコーピオンを構える。対する王子先輩は体勢を崩しながらも周囲にハウンドを浮かばせて放ってくるが、顔は地面の方に向いているので狙いが曖昧だ。
そう判断した俺はジャンプしてハウンドを回避して、王子先輩の首を刎ねようとした時だった。
『お兄ちゃん!右から狙撃警戒!』
そんな声が耳から聞こえてきたので反射的に頭にシールドを展開しながら右を見ると、二筋の光が俺達の方向に向かってきて……
「ちっ……!」
「おっと。エイトマンにやられると思っていたよ」
俺の右足と王子先輩の胸を貫いた。王子先輩はそのまま全身に罅が入り、そのまま空へ飛んで行った。
狙撃した人間は直ぐにわかった。この仮想ステージにいる狙撃手は1人しか居らず、何より狙撃トリガーを2つ使う人間なんてあいつしかしない。
「佐鳥め……やってくれるじゃねぇか」
俺は王子先輩が空へと消える中、そう呟く。これで嵐山隊も2点となった。
そして生き残っているのは俺と佐鳥の2人だけだ。つまり俺が倒したら撃破点4点に生存ボーナス2点が追加されて6点になるが……
「時間的に無理だな……」
制限時間は後2分で、佐鳥との距離は約500メートル。佐鳥自身が逃走することもあるのでグラスホッパーを使っても間に合わないだろう。
そう判断した俺は狙撃の射線から逃れる為に、バッグワームを着て近くにある民家に隠れる。俺が佐鳥を倒すのは無理でも、狙撃手の佐鳥なら俺を倒せる可能性は充分にあるので、ここは無理せずに制限時間になるまで隠れよう。
それから暫くして試合終了のブザーが鳴り、夏休みに入る前最後のランク戦が幕を閉じたのだった。
「さて……こうして1学期最後のランク戦が終わり夏休みに入った訳だが、俺から提案がある」
所変わって焼肉屋寿寿苑にて、俺はホルモンを焼きながらチームメイト3人に対して話しかける。
「提案、ですか?」
首を傾げながら俺に話しかけるのはウチの隊の万能手の照屋文香。つい最近攻撃手トリガーと射撃トリガーの個人ポイントを6000以上にして万能手になったのだ。その時に文香は本当に楽しそうに喜んだので俺も祝福したが、いきなり抱きつくのは止めて欲しかった。抱きついた場所が個人ランク戦のロビーだったので思い切り目立ったし。
「ああ。防衛任務やランク戦があるとはいえ学校がないから時間がある。って訳で、本格的に修行をしたいと思う」
言いながら焼けたホルモンを口にする。うん、やっぱりランク戦の後のホルモンは最高だ。多少値が高くてもこの美味さなら文句はない。
「修行……それには賛成だが、改まってどうした?」
俺に疑問をぶつけてくるのは文香の隣に座る、ウチの隊の攻撃手の辻新之助。援護能力はボーダーでも指折りで剣の腕もあるので戦場では何度も助けられている。弱点があるとすれば女子とマトモに接する事が出来ない点だが最近は大分改善されていて、今も文香の隣に座っているくらいだ。
「お前らも薄々感じてるだろ?俺達はランク戦を通して実力は向上した。だけどーーー」
「上位相手に安定した結果を出せていない、かな?」
俺の言葉に付け加えるのはウチの隊のオペレーターの三上歌歩。ランク戦では的確な情報支援をしてくれる縁の下の力持ちだ。また俺の義妹であり、甘えん坊でメチャクチャ可愛い。ただ最近は一緒に飯を食ったらあーんしてきたり、作戦室でダラダラしてたら膝の上に乗ってきたりと少しスキンシップが激しくなっている気がする。いや、まあ、嬉しいんだけどさ……
閑話休題……
「ああ。俺達は中位と上位を行ったり来たりしている。今回の試合でまた上位入りしたが、次の相手は生駒隊と影浦隊の格上2チーム。全力で挑むがまた中位に落ちる可能性は高い」
俺がハッキリとそう言うと3人は差があれど暗い表情を浮かべる。ウチのチームは現在B級6位で、最高位はB級5位と上位入りを何度も経験している。
しかしそれだけだ。上位入りしても格上のチームと戦い負けて中位に落ちる。そしてまた中位から上位に上がる、を繰り返している。
「もちろん俺も今シーズンでA級に上がれるなんて考えちゃいないが、今シーズンの内に上位でも安定した結果を出せる位にはならないと来シーズンでA級に上がるのは無理だろう」
俺達はA級目指して全力でランク戦に取り組んでいるが、それは他のチームも同じだから簡単に上がるのは難しい。
「だから時間のある夏休みに他のチームよりも多く鍛えるというのが八幡先輩の考えですか?」
「ああ。それが俺の考えだが、どうだろうか?」
俺が肉を焼きながらチームメイト3人に聞いてみると全員が頷く。
「俺は賛成だ。俺自身夏休みに実力を伸ばしたいと考えていたからな」
「私も賛成です。八幡先輩をA級に連れて行くと思って八幡先輩のチームに入ったんですから当然です」
「私はオペレーターだから3人に比べたら何か出来るかはわからないけど、協力するよ」
どうやら全員やる気のようだ。これについては良かった。改めて俺はボーダーに入ってから良い縁に恵まれたと思ってしまう。
「そうか。礼を言う」
「チームメイトですから当然です。それで八幡先輩。修行についてですが、内容は決めているんですか?」
文香がそう聞いてくるが、実の所決まっていない。一応幾つかの案はあるが、全て普段の修行の延長に近い物である。一皮剥けるにはそれだけじゃ足りないのは間違いないだろう。
だから俺は……
「俺1人じゃ良い案が浮かばなかったからな。さっき風間さんに相談してみたら、明日の夜に時間を取ってくれると言ってた」
「じゃあお兄ちゃん、その時に私も行っていいかな?」
「いや……俺は急用が入って防衛任務に参加出来ない菊地原に変わって風間隊と防衛任務をするんだが、終わるのは深夜12時だから止めとけ」
防衛任務があるならともかく、無いのに深夜の外出をするのは良くない事だ。てか普通に考えて親が反対するだろう。
「そっか……わかったよ。じゃあ話を聞いたらメールをちょうだいね?」
「わかった……って、焼けてんじゃねぇか。焦げる前にさっさと食え」
俺がそう言うと3人が若干慌てながら肉を取り始めるので俺もそれに続いた。にしてもこうして同年代の人と焼肉を食うなんて中学の頃の俺からしたら全く想像出来ないだろうなぁ。
2時間後……
「ふーむ。やっぱり8月は割りかし暇だな。防衛任務の回数も文香達と相談して結果次第では増やすか」
夕食を済ませた俺達は解散して、俺は自室で8月のスケジュールを立てている。普通の高校生なら塾に行くかもしれんが、俺は行くつもりはない。最近マシになったとはいえウチは余り裕福ではない。
塾という場所に大金を支払うつもりは毛頭ない。そもそも俺は歌歩という可愛くて聡明な義妹から勉強を教わっているし、行く理由がない。歌歩のおかげで期末の数学は40点を超えたし。
そこまで考えている時だった。
pipipi……
テーブルの隅にあった携帯が鳴り出したので見てみると文香かだった。解散する直前に8月のスケジュールを決めておけと言ったから、それ関係だろう。
そう思いながら電話に出る。
「もしもし。どうした文香?」
『あ、八幡先輩。8月のスケジュールについてですが、今大丈夫ですか?』
予想通りスケジュール関係か。てか解散してから直ぐに連絡をするとは相変わらず真面目な奴だな。
「大丈夫だぞ。俺も同じ事をやっていたし」
『ありがとうございます。それで8月の予定ですが……』
そう前置きして文香は空いている日を話し始める。ふむふむ、基本的には殆ど毎日大丈夫だが、6〜8日は家族旅行で、17日の夜は花火大会があるから無理なようだ。
「わかった。とりあえず歌歩と辻の予定も聞いてみてから空いている日に入れておく」
『それと先輩にお願いがあるんですけど……』
途端にさっきまでハキハキしていた文香の声が、不安の混じった声に変わる。何だか知らないが文香が不安の混じった声を出すなんて意外だ。可能なら文香のお願いを叶えてあげてやりたいものだ、
「何だ?言ってみろ」
『は、はい。実はさっき言った花火大会なんですけど……』
「花火大会?それがどうしたか?」
文香の言う花火大会とは多分ポートタワーの花火大会だろう。あれは千葉の夏の風物詩で、俺もガキの頃に言った事がある。まあ完全に夜店目的だったけど。
『そ、その八幡先輩さえ、宜しければ私と行きませんか?』
「は?」
予想外のお願いにキョトンとした声を出してしまう。
「え?お願いする前に花火大会に行くとか言ってたから他の奴と行くんじゃないの?」
『そうでなくて、父の仕事の関係です。私も自治体系のイベントに参加して挨拶をするんですよ』
そういや文香の父親は市議会の人間と聞いた事がある。長女の文香も挨拶をするようだ。
「それはわかったが、それ俺は要らなくね?」
普通にパンピーの俺が居ても普通に考えたら邪魔なだけだろう。
『大丈夫ですよ。挨拶が終われば結構暇ですから……だから、暇な時は八幡先輩と一緒に過ごしたいんです……』
最後に消え入るような声でそう言ってくる。同時に俺の顔に熱が溜まるのを感じる。そんな声で言われたら期待してしまうだろうが。何を期待しているからは想像に任せるけど。
返答に悩んでいる中、文香の言葉は続く。
『そ、その……八幡先輩に予定があったり、私と行くのが嫌だったら無理強いはしないですけど……』
こいつ……狙ってやっているとは思えないが、その頼み方は卑怯だろう。そんな頼み方をされたら断るに断り切れない。
防衛任務のシフトは開けれる日だから予定はない。文香と行くのも嫌ではない。よって……
「……詳しい予定は後日連絡しろ」
文香の誘いを受けることにした。
『っ……!はいっ!楽しみにしてます!』
途端に文香は明るい声を出す。顔を見なくても喜んでいるのがわかるが、俺と一緒に行っても楽しくないと思うぞ?
そう思いながらも俺は文香と10分くらい他愛のない雑談をして電話を切った。
「ふぅ……とりあえず17日は休みにしとくか」
スケジュール帳の8月17日の箇所に赤いペンで花火大会と記入する。まさか誰かと花火大会に行く事になるとは思わなかった。
(しかし文香とか……最近の文香、姉さんや歌歩のように激しいスキンシップをしてくるから緊張するな……)
最近になって文香も姉さんや歌歩と同じように膝枕をしてくれたり、頬にキスをしてくるようになったし。いや、まあ、嫌じゃないけどさ……
そう考えながらスケジュール帳を見ていると、再度携帯が鳴り出したので見てみると、今回はメールだった。しかも2通同時に。
メールを見てみると送り主の箇所には『三上歌歩』と『綾辻遥』と表記されていた。
(歌歩と姉さん?歌歩はスケジュール関係だと思うが姉さんは何だ?)
疑問を抱きながら先ずは歌歩から来たメールを開いて見ると……
from:歌歩
8月の空いてる日程がわかったのでメールを送るね。
1日、2日、3日、6日………31日
この日は大丈夫だよ。
それとお兄ちゃんが12日か13日に予定が無いなら2人でプールに行かない?四塚マリンワールドのチケットが手に入ったんだけど、お兄ちゃんと行きたいな……
あ、もちろんお兄ちゃんに予定があったり、私と行くのが嫌だったら無理強いはしないから!
そんなメールだった。
(こいつも……断り難いメールを送るなよ……!)
言いながら俺はメールの返信をし始める。女子と2人でプールなんて緊張するから避けたいのは山々だが可愛い義妹にそんな風に頼まれたら断れねぇよ。
俺は『12日なら空いてる』と返事を書くや否や歌歩に送信する。とりあえず今週末は水着を買っとくか。プールなんて久しぶりだし。
そう思いながら俺は姉さんから来たメールを見ると……
from:遥姉さん
弟君。いきなりだけど8月の4日と5日は暇かな?実はお父さんは出張で、お母さんは高校の時の同級生と旅行に行っちゃって、その2日は私1人なの。
1人は寂しいからさ、弟君さえ良ければその2日だけ私の家に泊まって寂しさを紛らわして欲しいな……
でも弟君に予定があったり、私と過ごすのが嫌なら無理強いはしないからね?
ねえ、何なの?姉さんにしろ、文香にしろ、歌歩にしろ狙って誘ってるのか?全員似たような頼み方じゃねぇか!
ともあれ4日と5日は空いている。暇であるなら文香と歌歩の誘いを受けた手前断るわけにはいかない。てか断ったら姉さんは絶対に悲しむ。
前に姉さんにカラオケに誘われた時、姉さんの歌の酷さを知っていた俺は思わず断ったが、その後に姉さんが涙目で物凄い悲しそうな表情を浮かべたし。結果そんな表情を見たくない俺は姉さんの誘いを受けて姉さんの歌を3時間聞かされて地獄を見た。
閑話休題……
そんな訳で姉さんの誘いは可能な限り断りたくないので……
「了解した……っと」
了解の返事を送信した。姉さんの家には何度も行ったが、泊まるのは初めてだ。どうしても緊張してしまう。てか何でスケジュールを組むのにこんなに疲れてんだ俺は?
そう思いながら俺はベッドに倒れ込む。もう疲れたし俺のスケジュールは明日立てよう。今は19日だが締め切りは24日だし。
一度休むと決めたからか、直ぐに睡魔が襲ってきたので俺は特に抵抗しないで意識を手放した。
同時刻……
「ふふっ……八幡先輩との花火大会……三上先輩と綾辻先輩に差を付けるように頑張らないと……!」
「お兄ちゃんとプール……!お兄ちゃんはエッチだし少し派手な水着が良いよね……?ちょっと恥ずかしいけど文香ちゃんと遥ちゃんには負けたくないし……!」
「やったー、弟君が泊りに来てくれる。ここで弟君が喜びそうな事を一杯して歌歩ちゃんと文香ちゃん相手にリードを取ろう……!」
3人の女子が別々の場所でやる気を湧き上がらせていた。
翌日……
「さて、防衛任務も終わったしお前の相談を聞こうか」
風間隊との防衛任務を済ませ、俺はラウンジにてコーヒーを飲みながら風間さんと向かい合う。予定通り風間さんに相談する為にだ。
「はい、実は……」
1つ区切ってから口を開ける。最近はB級上位と中位を行ったり来たりしている事、A級を目指すには上位で安定した結果を出す必要があるであろう事、その為に夏休みを利用して修行しようと考えているが具体的なアイディアが浮かばない事全てを話した。
対する風間さんは無言で俺の話を聞いて、話し終えると自分のコーヒーを飲んでから口を開ける。
「つまり、今の状況を打破する為のトレーニング方法を会得したい、と?」
「そうですね。それも格上の人を追い越せるトレーニング方法を」
「まあお前の意見は正しい。お前にしろ辻にしろ照屋にしろ努力をしているのは試合を見ていればわかる。確かに今の努力を続けてもA級が上がるのは可能だとは思うが、それだと時間がかかるだろうな」
「はい。ですが俺は家計の為に入隊したので早い内に固定給を貰えるA級に上がりたいんです」
もちろんそれだけではない。チームメイト3人は俺をA級に上げる為に一生懸命努力しているのだ。にもかかわらず俺が努力しないのは3人に対する裏切りだし、出来る事はやっておきたい。
それを聞いた風間さんは何かを考えるような素振りをしてから顔を上げる。
「……わかった。俺が浮かんだ案で良ければ聞かせてやる」
「お願いします」
やはり風間さんは頼りになるな。相談して良かった。自分1人では碌なアイディアも出せなかっただろうし。
内心風間さんに感謝しながらも、風間さんを見ると……
「なら比企谷。俺がお前達比企谷隊を紹介しておくから、夏休みは玉狛支部で鍛えて貰ってこい」