やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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比企谷八幡は作戦を立てる

木曜日の朝、俺は眠気を感じながら自転車を転がしている。時計をチラッと見ると時刻は10時半前。完全に遅刻だ。2時間目は10時40分に終わるので3時間目からの登校になる。

 

「やだなぁ、3時間目は数学だし保健室でサボろうか」

 

そんな事をボヤきながら自転車を転がすこと10分、漸く総武高に着いたので校門をくぐり駐輪場に向かう。

 

そして自転車から降りると同時に2時間目終了のチャイムが鳴る。とりあえず自販機でマッ缶を買ってから行くか。

 

自転車から鍵を抜いて自販機に向かおうとした時だった。

 

「お兄ちゃん!」

 

そんな声が後ろから聞こえてきたので振り向くと……

 

「お兄ちゃん、今日は遅刻だけど大丈夫?!」

 

俺の可愛い義妹の三上が心配そうな表情をしてこっちに近寄ってくる。

 

「三上か。おはよう。ただの寝坊だから大丈夫だ」

 

「なら良いけど……でもお兄ちゃんが寝坊って珍しいね。何かあったの?」

 

「あ、いや実は寝る前から次の試合の相手の記録を見てたんだよ。そんで気付いたら3時になってた」

 

「あー……」

 

それを聞いた三上は納得したように頷く。次の試合の相手は何度も記録を見直しても足りない相手だというのは三上も理解しているからだろう。

 

「お兄ちゃんは隊長だから頑張るのは仕方ないかもしれないけど、程々にしなよ?学生の本分は勉強なんだから」

 

「悪い。次から気を付ける」

 

「なら良いよ。今日はミーティングするの?」

 

「ああ。けど文香が家の用事があるから6時以降にしてくれって言われたから6時以降で良いか?」

 

「私はそれでだいじょう……文香?」

 

三上はいきなりポカンとした表情になり俺を見てくる。

 

「どうしたいきなり?」

 

「え?あ、うん。お兄ちゃんはいつから文香ちゃんを名前呼びするようになったの?」

 

「あん?昨日一緒に寝たら名前呼びしてくれって頼まれたから……って三上?」

 

気が付けば三上は冷たい目で俺を見ていた。え?俺なんか悪い事を言ったか?

 

「文香ちゃんや遥ちゃんは……呼びなのに、私だ……苗字……」

 

疑問に思っていると三上は突如ブツブツと呟き出す。メチャクチャ怖いのも気になるが、何故今の状況で遥姉さんの名前が出てくるんだ?訳がわからん。

 

暫くの間、俯きながらブツブツ呟く三上を見ていると、三上が急にハッと顔を上げて……

 

「お兄ちゃん!」

 

「な、何だ?!」

 

「お兄ちゃんはこれから私の事を歌歩って名前呼びして!」

 

いきなりそんな事を言ってくる。

 

「何だいきなり?」

 

昨日は文香、今日は三上が俺に名前呼びするように言ってくるが何かの前兆なのか?

 

そんな事を考えていると……

 

「呼ばないなら今後お兄ちゃんの言葉は無視するから」

 

三上はそう言ってそっぽを向く。怒っていますオーラが漂っているが普通に可愛いから対応に困ってしまう。

 

「おい三上?いきなり何を言ってんだよ?」

 

「………」

 

「三上」

 

「………」

 

対する三上はそっぽを向いたまま。こいつマジで俺が名前呼びするまでシカトするつもりだ。

 

はぁ……

 

「か、歌歩」

 

俺が羞恥に悶えながら三上を名前呼びすると……

 

「何かな?お兄ちゃん?」

 

ギュッ

 

途端に可愛らしい笑顔を浮かべて俺に抱きついてくる。背中に手を回されて良い匂いが鼻を蹂躙する。

 

「いや……何でいきなり名前呼びを強要したんだよ?」

 

しかもあんな強引なやり方で。いつもの歌歩なら絶対にあんな態度を取らないと思うんだがな。

 

「べ、別に!兄妹なのに苗字呼びは変だと思っただけだよ!お兄ちゃんだって小町ちゃんを比企谷って呼ばないでしょ?」

 

いやそれは実妹だから名前呼びしてるだけで……いや、止そう。理由はないがこれ以上突っ込んだら地雷を踏みそうな気がするし。

 

「……わかった。そんじゃこれからは名前呼びするから宜しくな」

 

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

 

「どういたしまして。それよりもう直ぐ休み時間は終わるし教室に行こうぜ」

 

数学だから怠いが、サボったら歌歩に怒られそうだしちゃんと出ないといけない。

 

「そうだね。行こうお兄ちゃん」

 

言いながら歌歩は抱擁を解いて俺の手を引っ張って歩き出す。途端に辺りから視線を浴びるが気にしない。以前歌歩が教室でお兄ちゃん呼びをしてしまって以降俺は割と目立ってるし。

 

しかし……お兄ちゃん呼びがバレた当初は男子は殺意を、女子は侮蔑を目に乗せて俺を睨んでいたが、最近になって生温い視線に変わったのは何故なのだろうか?教室で歌歩がお兄ちゃん呼びをする度に教室にいる連中が、人の神経をくすぐる様な視線を向けてくるんだよなぁ……

 

まあ良いか……俺が歌歩の義兄である事はボーダーでも学校でも有名なんだし。

 

現実逃避気味に考えた俺は好奇の視線に晒されながら教室に向かって歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5時間。初めて姉さんと歌歩の3人で昼食を食べたり、食後2人に両頬にチュッチュッされたりしていたらいつの間にか学校は終わっていて、俺はチームメイト3人と共に作戦室にいた。昔が学校が終わるのが遅いと思っていたが、今は早いと思っている。やるべき事があるとそれ以外のことに対する時間感覚が変わるというの本当の様だな。

 

そんな事を考えながら俺はモニターを起動しながら口を開ける。

 

「さて、そんじゃ次のランク戦の話をするぞ。次は中位に挑むが、中位以上の部隊は基本的に部隊毎に戦術が成り立っている部隊だ。部隊としての練度は当然俺達より遥かに上だ」

 

言うと同時にモニターにスーツを着た無愛想な男と、割とスタイリッシュなデザインの隊服を着た勝気な雰囲気の女子が映る。

 

「次に戦う部隊は香取隊と二宮隊だ。先ずは香取隊から話すぞ。香取隊は攻撃手2人と銃手が1人の部隊であり、隊長の香取が暴れて三浦と若村がカメレオンでサポートする部隊。割とウチと似たチームだ」

 

「チームの練度が香取隊の方が上な以上、合流する前に1人を落とした方が良いだろうな」

 

「そうですね。若村先輩を早めに落とせれば香取隊は射程持ちがいないので、射撃戦においてこちらが有利になりますね」

 

「もしくはエースの香取さんをお兄ちゃんが落とせば主導権を握れるな」

 

「待て歌歩。俺が香取を落とす事を決定事項のように言うな」

 

「それはそうですよ。この中で香取さんに勝ち越した事があるのは八幡先輩だけですし。私は負け越していますし、辻先輩はまだ女子と戦うのは無理でしょうから」

 

そこを言われたら返す言葉はない。しかし文香が香取と戦ったら最高で4ー6だったし、文香でも充分に勝機はあると思う。

 

「まあそれは二宮隊の動き次第だな。次に二宮隊の説明をする」

 

俺がそう口にすると全員の表情がさっきより一段と厳しい表情に変わる。まあそれも必然だ。昨日の試合は圧倒的の一言だったし。

 

「昨日の試合を見る限り、二宮隊は二宮さんが単独で動き、鶴見と犬飼先輩が組んで、鳩原先輩が狙撃で3人を援護する形だ」

 

同時に昨日の試合が映るがまさに蹂躙という言葉が似合うだろう。

 

「ハッキリ言って隊としての力は向こうの方が遥かに上である以上、真っ向勝負をする気はない。さて、そこで何か案があるか聞いておきたい」

 

「二宮さんを3人で仕留めるのはダメなのか?」

 

「いっそ二宮さんを無視して速攻で2、3人倒して向こうに点を与えないのはどうでしょう?」

 

「全員バッグワームを付けて身を潜めて、漁夫の利を得るのはどうかな?」

 

3人が各々簡単に作戦を言ってくる。

 

辻の案は可能かもしれない。タイマンや2対1なら厳しいかもしれないが3人がかりで行けば二宮さんを倒せるだろう。

 

しかしそれがチームの勝ちに繋がるか、と聞かれたら返答に困る。二宮さんを3人がかりで獲りに行くという事は、比企谷隊は他の面々に背中を晒す事を意味するが、それは余りにも危険過ぎる。かと言って二宮さん以外の事を考え警戒しながら戦っていたら二宮さんには勝てないだろう。それほどまでに二宮さんは格が違う。

 

照屋の案も悪くはないが、二宮さんをフリーにするのは怖過ぎる。もしも二宮さんがバッグワームを着て、俺達と香取隊が争っている場所に急襲してきたらなす術なくやられそうだし。

 

そうなると歌歩の案が1番現実的かもしれないが……

 

(それだけじゃ足りないよなぁ……奇襲で漁夫の利を得ようとしても鳩原先輩がいる限り上手くいく保証はない)

 

離れた敵の武器をぶっ壊す程の変態狙撃手がいる以上、奇襲を仕掛けようとするも武器を壊されて失敗して返り討ちにあった……って事にもなりそうだし。

 

「うーむ……」

 

「お兄ちゃんは作戦がある?」

 

「俺としては香取隊を1人倒して逃げるが1番堅実だと思うが……」

 

香取隊を1人倒して雲隠れに成功したら、二宮隊が倒せる相手は2人だ。しかし香取隊も俺達比企谷隊が逃げに徹すれば、二宮隊に勝ち目がないと判断して勝負を捨てるだろう。そうすれば俺達が1点、香取隊と二宮隊が0点で勝つ事は不可能ではないが……

 

「上を目指す以上1点でも多く取りたい気持ちもあるんだよなぁ」

 

「まあそうかもね。お兄ちゃんの意見を否定するつもりじゃないけど、毎回二宮隊を相手にする際に逃げの一手を使うきっかけになっちゃうかもね」

 

歌歩の言う通り。上を目指すには得点が重要だ。早い内に逃げ癖が付きそうな戦法を取るのは悪手だろう。

 

「じゃあどうする?流石に無策で行くのは無謀だぞ?」

 

いや、そこまで馬鹿じゃない。無策で行くのは逃げ癖が付くよりタチが悪い。逃げるのは作戦の1つだ。しかし無策は作戦を立てない事であり、逃げ癖が付くより始末が悪いだろう。

 

結論を言うと作戦は立てる。それについては絶対だ。

 

「……とりあえずステージ選択権はウチにあるしそれも考えてみるか」

 

言いながらモニターを操作すると二宮さんと香取が消えて様々な風景がモニターに映る。今回はウチの部隊が1番順位が低いのでステージを選べる。

 

「建物が多い商店街はどうでしょう?隠れる場所が多く奇襲にも最適ですから」

 

「うーん。でも高さが低い建物が多いから狙撃の射線は通りやすいな」

 

「狙撃の射線は切りたいな。となると工業地区はどうだろうか?」

 

「比企谷に賛成だな。ただ工業地区は範囲が狭く行き止まりも結構あるから、場合によっては袋の鼠のような状況に陥りそうなのが怖いな……」

 

「じゃあ市街地Bは?そこなら広いし、場所によっては見通しも悪いし」

 

や、ヤバい……各々が意見を出していて中々纏められない。しかもどの意見も理に適っているので切り捨てられないし。

 

結局30分位話したが、ステージを決める事は出来ず明日に持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

それから時間が経ち、午後9時。今日の訓練を終えた俺は1人で廊下を歩いている。他の3人は訓練が終わると同時に帰宅している。俺は1人になりたかったので3人の誘いを断った。

 

特にアテもなくブラブラしている。明確な目的もなくブラブラ歩くボーダー隊員なんて俺くらいだろう。

 

そんな事を考えながらぼんやりと歩いていると……

 

「ん?比企谷か?」

 

曲がり角に差し掛かった時に右から声を掛けられたので振り向くと……

 

「どうもっす、風間さん」

 

「どうしたんだこんな時間に?ランク戦か?」

 

「いえ、訓練が終わって何となく1人で居たかったのでブラブラしてました」

 

個人ランク戦をするって考えもあるが、どうにもそんな気になれない。

 

すると……

 

「次のランク戦の事について悩んでいるのか?」

 

「えっ?あ、はいそうです。何でわかったんですか?」

 

「今のお前に悩みがあるとしたら二宮隊との試合だと思っただけだ」

 

「まあ、そうですね……勝ち筋が全く見えないです」

 

「だろうな。二宮隊は結成して短いからチームの練度はそこまで高くないが、個々の実力がそれを補うくらい圧倒的だ。同じようにチームの練度がそこまで高くないお前のチームでは厳しい戦いになるだろう」

 

風間さんの意見は割と辛辣だが怒る気はない。言ってる事はまぎれもない事実なのだから。ここで素直に彼我の実力差を認めなければ上には行けないだろう。

 

「だが……勝負を捨てるつもりはないのだろう?」

 

「当然です」

 

勝ち目が無くても最善は尽くすつもりだ。でなければ俺のチームメイト3人に対して失礼だし。

 

「なら良い。比企谷」

 

「何すか?」

 

「確かにお前の部隊は二宮隊や香取隊に比べたら弱いだろう。だが、全てにおいて劣っている訳ではない。作戦を立てるなら、相手をどう倒すかではなく、自分達の長所を考えて作戦を立ててみろ」

 

「自分達の長所……ですか?」

 

「ああ。相手をどう倒すか考えるのも重要だが、戦闘は自分達の有利を押しつけるのが定石だ。先を見据えるなら自分達の長所を活かす戦法を考えた方が良い。俺もウチの隊の長所である隠密性を活かした戦法を最優先にさて作戦を立てていたぞ」

 

まあ……確かにそうだ。毎回毎回相手をどう倒すか考えるのも悪くないかもしれないが、その場限りの作戦になるかもしれない。それだったら確立した戦術を駆使した作戦を立てるべきだろう。

 

「俺が言えるのはここまでだ。お前がどう行動するかは知らないが、とにかく悩め。良い作戦は何度も悩んだ末にこそ生まれるのだから、それを忘れないで何度も悩み試行錯誤を繰り返せ」

 

「あ、はい。どうもありがとうございました」

 

そう言って風間さんは去っていくので頭を下げる。本当に格好良いなあの人。

 

しかし俺達の長所か……

 

あるとするなら俺の機動力や文香と辻の安定した戦い方だろう。特に機動力。自画自賛って訳ではないが、ボーダー最速は俺だと思う。逃げる事に集中すれば誰にも捕まらない自信がある。

 

だが逃げ足を武器にした所で役に立つとは思えない。逃げても点にならないし。

 

 

対する文香と辻の安定した戦い方これは言葉の通りどんな状況でも安定した戦いが出来る事を意味する。決して無理をしない攻め方が相手にチャンスを与えない事に繋がっている。

 

欠点があるとすれば火力不足ぐらいだろう。対戦相手が攻撃型の部隊なら火力がモロに出る。つまり二宮隊とは余り相性が良くないと言える。

 

しかし2人が火力を上げる為に無理に攻めたら元の形から逸脱して弱体化するだろうし、これについては変えない方が良い

 

(だったら俺の機動力だ。乱反射のように逃げる以外の用途に使えば……ん?)

 

待てよ。あるじゃねぇか。俺の機動力を活かした方法が。

 

(となるとトリガー構成も変えないとな。文香と辻のトリガーについても考えないといけない)

 

一度案を思い浮かぶとポンポンと浮かんでくる。転送の位置などの運も絡むがやってみる価値はある。今後上位に上がって上位チームと戦う場合になった場合でも使える作戦だし。

 

「そうと決まれば開発室に行くか。歌歩はもう帰っちまったし寺島さんに頼んでトリガーを変えてみるか」

 

方針を決めた俺は開発室に向かって走り出す。トリガーを変えたら開発室のモニタールームで試してみるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺は開発室に行って寺島さんにトリガー構成の変更を頼んだら、変更内容を聞いた寺島さんは驚きを露わにした。

 

そして翌日にチームメイトの3人に作戦の内容を話したら全員が驚きの表情を浮かべたが、内容そのものは悪くなかったのでそれで行く事になった。

 

 

 

 

 

そして2日後の6月5日(土)

 

B級ランク戦ROUND2が始まる。

 


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