「んー!久しぶりに一杯歌えて楽しかったー!」
午後2時半。カラオケ屋から出た姉さんはそれはもう満足そうに伸びをしている。表情から察するに心から楽しめたのだろう。
「そうかい……」
一方の俺は顔には出していないが完全に疲れ果てている。理由は簡単。姉さんがガチで音痴だったからだ。リアルジャ◯アンと言っても言い過ぎではなく、点数も一度も40点を超えなかったくらいだ。まあ当の本人は気にしないでガンガン歌っていたけど。
とにかく姉さんの歌を聴きまくった為、俺の耳はキンキン鳴って結構辛い。気絶はしなかったが、意識が飛びかけた事は5回はあっただろう。まあ何とか耐え抜いたけど。
「じゃあ予定通り私の家に行こうか?」
「あ、ああ。その前に手洗いに行って良いか?」
念の為に言っておくが吐く為ではい。ドリンクバーでMAXコーヒーを飲み過ぎたからだ。
「もちろん。私はエスカレーターの所にいるから」
「おう」
一言そう言って俺は手洗いに向かった。
そして用をたして手を洗っている時だった。ポケットにある携帯が鳴り出したので見てみるとLINEの通知を知らせるものだった。
グループは男子正隊員グループ……嫌な予感しかしねぇ……
そう思いながらもLINEを起動してみると……
【男子正隊員】
出水:凄い写真手に入れた
出水:《比企谷と三上が抱き合いながら寝ている写真》
米屋:マジか?!
太刀川:やるな比企谷の奴
諏訪:あの野郎いつの間にリア充に?!
……よし、出水は明日ブチ殺す。ランク戦ではなく生身の喧嘩で沈める。とりあえず……
比企谷:出水、明日の放課後に腕を折るから、病院の予約をしとけ
一言そう打ち込んで携帯をポケットにしまう。それまでに何度もLINEの通知を告げる音が煩いのでマナーモードにしておく。あの野郎マジでブチ殺す。楽しみにしておけよ……
内心ドス黒いオーラを巻きながら手洗いから出る。するとそこには……
「……から、弟が……」
「……じゃん。そんなの……」
姉さんが高校生と思える男にナンパをされていた。距離が遠いので良く聞き取れないが弟、つまり俺を出して断っているがナンパ男は諦めてないようだ。まあ仕方ないだろう。姉さんは美人だし。
だがよ……
(このタイミングで人の連れをナンパしてんじゃねぇよ……!)
ただでさえ出水の愚行により苛立っているのに、ナンパの撃退なんて面倒な事をしろと?
は、ははは……
ブチッ
(ざけんなぁぁぁぁぁっ!)
内心完全にブチ切れながら俺は姉さんの元に向かって歩き出す。同時にナンパ男が姉さんに触れようとしたので……
「があっ……!」
「……悪ぃな。姉さんは今忙しくて俺はブチ切れてるから他の女をナンパしてくれないかなぁ?」
その腕を掴み間髪入れずに捻る。お前に恨みはないが俺は出水の所為で最高に機嫌が悪いので容赦はしない。さっさと目の前から消えろ。
「わ、わかった。アンタの姉ちゃんには手を出さねぇから離してくれ!」
「……絶対だぞ。もしも俺の大切な人に手を出したら関節を砕くからな?」
「ええっ?!」
ん?何か姉さんが叫んだので横を見ると真っ赤になって見ていた。どうしたんだ?
……まあ良いか。今はナンパ男の撃退が重要だ。俺が最後に一度捻りを加えてから手を離すとナンパ男は手を押さえながら去って行った。ったく……ショッピングモールでナンパなんかしてんじゃねぇよ。
内心呆れていると肩を叩かれたので横を見ると姉さんが真っ赤になって見ていた。
「どうした姉さん?」
「そ、その弟君がさっき言った事って本当?」
「どれだよ?」
「そ、その……私って弟君にとって大切な人(女)なの?」
予想外の質問が来たな。さっきは勢いに任せて言ったが、振り返ってみると……
(まあ、アレだな。スキンシップは激しいけど、最近は姉さんのおかげで前向きになったと思っているし……)
そのことを考えると……
「そうだな。大切な人(義姉)だな」
そう返した瞬間……
「うぅ……」
姉さんは突如真っ赤になって俯き出す。気の所為か顔にチラッと赤みが見えた。
「姉さん?大丈夫か?」
思わず更に距離を詰めて姉さんに話しかけると……
「お、弟君……」
真っ赤になって涙目になりながら上目遣いで俺を見てきた。同時に心臓が高鳴るのを理解する。今の姉さんは凄く可愛く見えた。それこそ食べてしまいたいくらいに。
「ど、どうした?」
「う、ううん。弟君にそこまで想われてるなんて思わなかっただけ」
言うなり姉さんはギュッと抱きついてくる。ちょっと待て!マジで何なんだ?!今の姉さんはマジで可愛過ぎるんですけど?!
内心そうツッコミを入れるも姉さんは離す気配はなく、俺の胸に顔を埋めながら抱きしめていた。
結果、俺は10分以上この場で抱き合い続けて他の客から注目を浴びていたのは言うまでもないだろう。
それから1時間後……
「お、お邪魔します」
本来の予定である姉さんの家にお邪魔する事になった。
「う、うん。お父さんとお母さんは夜まで帰って来ないから……あ、安心してね?」
何を安心しろと?!安心出来る要素がどこにもないからな?!
内心そうツッコミを入れている間にも俺は姉さんに案内された部屋に入る。案内された部屋は実に女の子らしい部屋だった。可愛らしいベット、整理整頓された机、沢山のぬいぐるみなど、当たり前だが男の俺の部屋とは全然違う。
「じゃ、じゃあ座って?」
「あ、ああ」
俺は部屋の中央にあるテーブルの近くに腰を下ろす。床に敷いてある絨毯もピンク色の可愛らしいものだった。
そんな事を考えながら座って鞄も地面に下ろすと……
「ね、姉さん?!」
姉さんはテーブルの向かい側ではなく、俺の隣に座った。しかも姉さんの左手は俺の右手をギュッと握ってくる。柔らかな感触が伝わる中、俺は顔に熱が溜まるのを自覚する。マジで何なんだこれは?女子の部屋で2人きりだけでも充分ヤバいのに密着されたら……!
「お、弟君……」
「な、何だ?」
「そ、その……さっきは助けてくれてありがとう」
さっきってナンパの事か?別に気にしなくて良いのに。アレは当然の事だし、出水のバカによって溜まったストレスの発散にもなったし。
「別に気にすんな。礼を言われることじゃない」
「それでも嬉しかったの……そ、その時に大切な人って言ってくれたのはもっと嬉しかった……」
言いながら姉さんは手を握る強さを強めて、トロンとした表情で俺を見てくる。ヤバい……何か変な気分になってきた……!
「だからね弟君………お礼として……」
「お礼として?」
問い返すと姉さんは色っぽい表情で俺の耳に顔を寄せて……
「……弟君の言う事、何でも聞いてあげる」
とんでもない爆弾を投下してきた。何でもだと?!それはつまりあんな事やそんな事でも?!
(って、イカンイカン!何て事を考えているんだ俺は?!そんなのダメに決まってるだろうが!)
若干姉さんの誘惑に負けそうになったが、何とか立て直した時だった。
pipipi……
携帯の音が鳴り出す。音源は俺のポケットではない。その事から姉さんの携帯が音源である事を意味する。
「あっ……もう。こんな時に誰?」
途端に姉さんは不満ありげな表情で携帯を開き操作を始める。暫く操作をしているとピシリと動きを止めた。何だ?凍り付いたように動きを止めたが嫌なニュースでもあったのか?
思わず話しかけようとするが、その前に姉さんがこちらを向き……
「……ねぇ弟君。これは何かな?」
満面の笑み(ただし瞳は絶対零度の眼差し)を浮かべながら携帯を見せてくる。そこには……
「何で弟君は歌歩ちゃんと寝てるのかなぁ?」
例の写真があった。さっきとは微妙にアングルが違うので国近先輩が撮ったのだろう。マジで何やってんだあの人?明日出水の折る骨の数を増やそう。
「いや、それはだな……」
「弟君、さっき私のことを大切な人って言ったのに……歌歩ちゃんと寝るんだ?」
ネチネチと嫌味を言ってくる。これはアレだな。朝三上にも言われた嫌味と似ている気がする。
(確か三上は姉さんに関することで、姉さんは三上に関することで嫌味を言っているが、2人って仲が悪いのか?)
「い、いや待て姉さん。これは三上に誘われたから寝たんだ。兄妹として一緒に寝ただけで間違いは起こってないからな?」
起きた時に三上の尻を触っていた事件はあったが、アレはバレてないから問題ない。てか問題ない事にしないとマズいのが本音だ。
すると姉さんはジト目で見てくる。
「ふーん。兄妹として、ねぇ……」
そして身体を寄せてくる。
「な、何だよ?」
義姉の行動に対して身体を仰け反らせながら尋ねると、姉さんは一度息を吸って……
「じゃあ……今から姉弟として一緒に寝よう?」
……はい?
「えへへー……弟君の身体あったかい……」
姉さんは俺の身体に抱きついて甘えてくる。現在俺は姉さんのベットで姉さんと一緒に寝ている。姉さんから一緒に寝るように言われた際、初めは断ろうとしたが……
「ふーん……歌歩ちゃんとは義妹とは一緒に寝るのにお義姉ちゃんとは寝てくれないんだ?」
頬を膨らませながら拗ねたり……
「お願い……お義姉ちゃん、弟君と一緒に寝たいな……」
っておねだりをされていたら、いつの間にか姉さんのベットに入って抱き合っていたのだった。姉さんの誘惑、三上のそれと同レベルだったので逆らえませんでした。
「……そいつは何よりだよ」
「うん。歌歩ちゃんが一緒に寝た気持ちがわかるよ。弟君可愛いなぁ……」
言いながら姉さんは自分の頬を俺の頬に当ててウリウリしてくるが、お前の仕草の方が遥かに可愛いからな?何なのこの子?
「いや可愛いって言われても嬉しくないからな?」
「ごめんごめん。でも可愛くて……」
「そうかい……てか姉さんも結構甘えん坊だな」
いやまあ、悪くないんだけどさ。
「弟君を見ると甘えたくなっちゃうの。それより弟君」
「何だよ?」
「改めて言うけど、ショッピングモールではナンパから助けてくれてどうもありがとう。だから……」
言うなり姉さんは抱き合いながらも顔を寄せて……
ちゅっ……
俺の頬にそっとキスを落としてきた。三上とは違う柔らかい唇が頬に当たるのを自覚すると顔が熱くなる。不意打ちは反則だから止めてくれ。せめて事前に言って欲しかった。
内心姉さんに毒づいていると姉さんは唇を俺の頬から離れて……
「これがお礼……ありがとね♡」
そう言って笑顔を浮かべて再度抱きついてくる。それを見ると愛おしくなってくる。
「……どういたしまして。にしても何で女子のキスってこんなにドキドキさせるんだよ?」
「それは弟君が男の子だからでしょ?私達女子も男の子にキスをされたら……ちょっと待って弟君」
「何だよ?」
「さっき女子のキスってドキドキするって言っていたけどさ、その言い方だと他の女子ーーー歌歩ちゃんとかにキスされたの?」
「……あ」
確かにそうだ。この言い方だと姉さん以外の女子にキスをされた事があると捉えられても仕方ないだろう。やっちまった……
後悔するも時既に遅く、姉さんはジト目で見てくる。
「ふーん。歌歩ちゃんにもキスされたんだ。弟君ってプレイボーイだね」
「いや待て。キスをされたのは事実だが、俺からキスした事は一度もないからな?」
これだけは断言出来る。まあ朝三上にキスをされまくった時に何度か唇同士がぶつかり合いそうになったけど。
「……本当?」
姉さんは尚も疑わしい眼を向けてくる。どんだけ信用されてないんだ俺は……?
「ああ」
「そっか……じゃあ信じるよ。ちなみに何回されたの?」
「えーっと、それは……」
され過ぎて数えてなかったです。多分200回ちょいだと思う。おかげで基地を出る前に頬に付いたキスマークを落とすのが割と大変だった。
「……数え切れない程って訳だね?」
「いや、それはだな……何というか「弟君」はい数え切れない程です」
思わず認めてしまう。マジで怖かった。てか何で姉さんは怒っているんだ?別に三上が俺にキスをしようと姉さんが怒る理由は……
(まさかヤキモチを妬いて……それはないか)
それはないだろう。てか事実だとしても口にはしない。して違ったら新たな黒歴史の誕生になるし。
そこまで考えていると……
「ふーん。弟君は随分とモテるんだ……ね!」
ちゅっ……
再度右頬にキスをしてくる。予想外の行動に驚いていると今度は左頬にキスをしてくる。そしてまた右頬に。
「姉さん?いきなりどうしたんだよ?」
いきなりのキスの雨に思わず声を上げる間にも姉さんは頬にキスをしてくる。耳には姉さんの唇から生まれるリップ音が耳に入る。
「別に。弟君がキスされるのが好きみたいだからしてるだけだよ……」
「いや別に好きって訳じゃ「数え切れない程されてるのに?」はい好きです」
ダメだ。姉さんには逆らえない。思わず本音を漏らしてしまう。ハッキリ言おう。つい最近知ったがキスをされるのは気持ちが良い。どんな時でも一瞬で幸せな気分になる。三上の時もそうだが、姉さんのキスも負けず劣らず幸せにしてくれる。
「やっぱりね。だから今日はナンパから助けてくれたし、いっぱいしてあげるね……?」
その言葉を最後に姉さんは俺の頬に一杯チュッチュッしてくる。ああ……もう良いや、どうにでもなれ。
俺は姉さんに50回キスをされた辺りで数えるのを止めて全てを流れに任せる事にした。
それから3時間後……
「じゃあ弟君。今日は楽しかったよ」
6時を過ぎたので俺は帰宅することにして、姉さんは玄関まで送りに来ている。結局俺は姉さんの家に来てから、姉さんのベットで抱き合いながら一緒に寝てずっとチュッチュッされていた。要するに朝三上とした事を殆どそのままやっていたということだ。
今考えると恥ずかしい。それは事実だが……
「まあアレだ。俺も悪くなかった」
幸せだと思ったのは否定しない。あんな風に思いっ切り甘やかされるのは気持ちが良かったし。
「なら良かった。じゃあまた明日ね」
「ああ。また明日」
最後に軽く会釈をして俺は姉さんの家から出る。さて……幸せな気分になったし家に帰るか。
そう思いながら暫く歩いていると……
「八幡先輩!」
横から話しかけられる。この声と呼び方から察するに……
「照屋か?」
チームメイトの照屋が笑顔を浮かべてこちらに走ってきた。ああ、ただ走っているだけなのに癒される。
「はい。先輩は基地に行っていたんで……す……か?」
途端に声が小さくなってくる。どうしたんだ?いつもはハキハキ喋るのに照屋らしくないな。
不思議に思った俺が話しかけようとすると照屋は笑みを消してジト目になり……
「先輩……そのキスマーク、誰のですか?」
低い声でそう言ってくる。
……姉さんの家で落としてくるの、忘れてた。
結果として全てを白状したが照屋はジト目を向けたままで、そのジト目を消すのに20分の時間がかかってしまった。その時には幸せだった気分は無くなり精神的に疲れていた。
その時に俺は思った
何でオフの日なのに平日より疲れてんだ俺は?