やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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比企谷八幡は報酬を払いに行く③

午前9時40分。新弓手町駅前のロータリーにて、俺はボーダーから支給された端末でランク戦の記録を見ている。今は今月入隊した超大型ルーキーの鶴見留美の記録を見ているが……

 

(ヤバいこいつ……半端ねぇ)

 

画面では鶴見がNo.4攻撃手の影浦雅人先輩と嬉々とした表情でやり合っている。結果は9ー1で影浦先輩の圧勝だが、鶴見の入隊時期を知っている人がこの記録を見たらマジで笑えない。

 

鶴見の奴、乱反射を殆ど完全にモノにしてるし、グラスホッパーを相手にぶつける戦術もガンガン使っていて完全に俺と同じスタイルだ。

 

しかも最後の10本目の試合では影浦先輩が考案したスコーピオンを2つ繋げて鞭の様な一撃『マンティス』も使ってたし。

 

入隊した日にB級に上がり、1ヶ月もしないでNo.4攻撃手から1本取れる鶴見。才能だけなら太刀川さんや風間さんも上回っていると思う。現時点では俺の下位互換だが、年が変わる頃には間違いなく俺の上位互換になるだろう。

 

(マジで俺も強くならないとな……A級を目指す以上、俺もA級クラスのエースにならないといけないし)

 

A級予備軍と言われるB級上位には基本的にA級クラスのエースがいるからな。俺自身もA級で通じるレベルにならない限り上位相手とやり合うのは無理だし。とりあえず俺も師匠を探すか……

 

そこまで考えていると……

 

「弟君!」

 

横からそんな声が聞こえたので端末をポケットに入れて顔を上げると待ち合わせをしていた人がこっちに走ってきて……

 

「おはよう弟君!」

 

そのまま元気良く抱きついてきた。勢いに若干気圧されながらもしっかりと受け止める。それによって自然と抱き合う体勢となる。

 

「おはよう姉さん……早速で悪いが離れてくれない「もうちょっと」……何故だ?」

 

「昨日は会えなかったら弟君成分の補給をしたいから」

 

いや、弟君成分って何だよ?!俺の成分って体力向上能力でもあるのか?!

 

そんな事を考える間も遥姉さんは抱きしめている。三上にも散々抱きしめられたが、三上とは違う魅力を感じる。しかし気持ち良さは三上のそれと同レベルだ。

 

そうして5分位抱きしめられていると、漸く姉さんは離れてくれた。

 

「うんっ!弟君成分も補給完了したし今日は宜しくね!」

 

それはもう良い笑顔でそう言ってくる。そんな笑顔をされたら文句を言えなくなっちまうな……

 

「はいよ。てか姉弟ごっこって何をするんだよ?」

 

要求された時から思っていたがマジで何をするんだ?俺が三上にやられているような事を、姉さんにするって感じか?抱きついたり頬にキスをしたりするのか?

 

だとしたら何としても拒否しないといけない。やられるならまだしもやる側に立つのは嫌だ。

 

「午前中はお姉ちゃんとデートして、午後はウチに来て貰うつもりかな」

 

アレ?普通じゃん。てっきり激しいスキンシップを要求してくると思ったが、普通の姉弟がするような事じゃねぇか。

 

(いや、普段激しいスキンシップをしてくる姉さんの事だ。油断は出来ないな……)

 

しかし拒否権はないので覚悟を決めないとな……

 

「わかった……そんじゃ行こうぜ」

 

「うん。じゃあ先ずはショッピングモールに行こっか」

 

言うなり姉さんは自身の腕を俺の腕に絡めてくる。俺は姉が居ないから知らないが普通腕を絡めるのか?

 

疑問に思うも、姉さんはガッシリと腕を絡めているので、腕を解放するのは無理と判断して口には出さない事にした。

 

どうせ聞いて貰えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?何処に行くんだ?」

 

ショッピングモールに入るなり俺はそう尋ねる。今日の予定は午前にデート、午後に姉さんの家に行くらしいが俺としては早めに姉さんの家に行きたい。

 

これは姉さんの家を楽しみにしているからではなく、人目につかない場所に行きたいからだ。

 

何故かと言うと……

 

現在の状態→超絶美少女の遥姉さんと腕を絡めている

 

場所→ボーダー隊員を含め大量の人が来るショッピングモール

 

結論、明らかに目立ちます。

 

今の俺は姉さんの強い、それはもうメチャクチャ強い要請により眼鏡をかけているが、ボーダー隊員は眼鏡をかけた俺の存在を知っている。

 

つまりもしもボーダー隊員に見られたら『比企谷八幡は綾辻遥と付き合っている』と勘違いされる可能性もゼロではない。それは避けたいからな。

 

「えっと……予定としては本屋行ってから下着を買って、カラオケに行ってから私の家に行く感じかな?」

 

「待て姉さん。途中で下着を買うとか聞こえたが、気の所為じゃないよな?」

 

「気の所為じゃないよ。最近ちょっと胸がキツくなっちゃって」

 

言われてつい姉さんの胸を見てしまう。うん、高1にしちゃ割とデカいな。

 

「あ、そう……でもそれって俺はいらないだろ?」

 

「いやいや、弟君には見繕って貰いたいんだよ」

 

「いや俺の意見なんか参考にならないだろ」

 

普通は女子の意見を参考にするだろう。俺の意見なんか参考にならないに決まっている。

 

「そうでもないと思うよ?私が弟君に見せる場合……」

 

「なっ?!」

 

姉さんの発言に顔が熱くなるのを実感する。姉さんの下着姿を?!ヤバい、顔が熱くなってきた。姉さん呼びしているが、三上同様実際は血は繋がってない。つまり他人、それも姉さんみたいな美少女の下着姿を……

 

そこまで考えていると……

 

「ふふっ……弟君照れちゃって……可愛い」

 

姉さんが不意にそんな事を言ってきて頭を撫で撫でしてきた。優しくて柔らかな感触が俺の頭に伝わり、顔の熱の温度が少し下がる。てか同級生に撫で撫でされるって……

 

(思ったより悪くないな。三上を撫で撫でして気持ち良いと知っていたが、撫で撫でされるのも気持ち良いな……)

 

そんな事を考えながら撫で撫でされている中、姉さんは苦笑しながら口を開ける。

 

「冗談だよ。流石に弟君でも下着を買うのは刺激が強そうだし、それはまた今度にするから安心して」

 

「待てコラ。今度って何だ?今度って」

 

「それじゃあ先ずは本屋から行こうか。新しい小説を買いたいんだ」

 

まさかのスルーですか。って事は次に行くときは下着を買うのに付き合わされると?もしそうなら次から姉さんの誘いは絶対に断らないといけないな。

 

そう思いながら俺は姉さんに引っ張られて本屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弟君はどんな本を読むの?」

 

本屋に着くなり姉さんはそんな事を聞いてくる。ここの本屋はかなりデカい上、割と古い物を売られているので三門市ではかなり人気の本屋だ。

 

「普通の日本文学や漫画だな……あっ、ちょっとあの漫画買って良いか?」

 

「それはもちろん弟君の自由だけど、少女漫画を買うの?」

 

「俺じゃなくて三上が読むやつだ。あの漫画、三上がウチの作戦室に持ち込んだ漫画なんだけど、最新刊は今日発売なんだよ」

 

「あ、そうなんだ。良いよ。でも歌歩ちゃんには連絡を入れときなよ。歌歩ちゃんも買ってたら被っちゃうし」

 

「了解」

 

言いながら三上にメールをする。すると1分もしないで『お願い。お金は明日渡すね』とメールが来たので漫画を取り姉さんの元に戻る。

 

「姉さんは欲しい本があるのか?」

 

「私も日本文学かな。弟君と同じ趣味で嬉しいよ」

 

言いながら頬をプニプニしてくる。表情を見るとニコニコしている。毎回思うが姉さんのスキンシップって激しいだろ?

 

(いや……今日の三上に比べたらマシか)

 

今日の三上、太刀川隊の国近先輩のベッドで一緒に寝た時に俺に抱きついて、クンクンしたりスリスリしたりチュッチュッしてきたし。アレは幸せだったが、同時にメチャクチャ恥ずかしかったし。

 

「そいつはどうも……てか買うなら早く買おうぜ」

 

さっきから周りの視線ーーー特に男からの視線が痛いし。マジで刺されそうだ。

 

「あ、うん。そうだね」

 

言いながら姉さんは頬をプニプニするのを止めて再度腕を組んで歩き出すので俺は引っ張られる形でそれに続いた。にしてもスキンシップって恐ろしいな……

 

 

 

 

 

 

「あー、良い買い物出来た!」

 

本屋を出ると姉さんは元気よくそう言ってくる。声には出してないが俺自身もそう考えている新刊を3冊も買えたし、まあ良い買い物だろう。

 

「で?次は何処に行くんだ?」

 

「うーん。ブラブラしながらカラオケに行くつもり?弟君はカラオケに行った事ある?」

 

「1回もねーな」

 

行く相手がいないし。中学の時に文化祭の打ち上げでカラオケに行く話になっても俺だけ誘われなかったし。

 

「私もあまり無いんだ。中学時代に文化祭の打ち上げでカラオケに行ったんだけど、その後は何故か誘われなくなったの」

 

意外だ。姉さんの場合、メチャクチャ美人で性格も良いから毎日遊びに誘われているように思えた。カラオケなんてそれこそ週一で行っているイメージがあったんだが、違うようだ。

 

「(姉さんに限ってないと思うが虐められていたのか?だとしたら聞くのは野暮だな……)意外だな。まあ今日は思いっきり歌えよ」

 

「うん!ありがとう弟君!久しぶりだし楽しませて貰うよ!」

 

姉さんは満面の笑みを浮かべる。その表情を見た俺は思わずドキッとしてしまう。俺は今まで女子に満面の笑みを浮かべて貰った事は少ない。殆どの女子は大した理由もなく蔑んだ目や、嘲笑を向けてきたし。

 

しかし姉さんの満面の笑みは、今まで俺に満面の笑みを浮かべてくれた女子ーーー三上や照屋のそれに匹敵する笑みだった。

 

今この場において姉さんの笑顔を独り占め出来ている俺は間違いなく幸せ者だろう。それほどまでに姉さんの笑みは魅力的だった。

 

しかし……

 

(何だ?理由はないがドキドキと共に嫌な感情も湧いてきたぞ?)

 

何故か胸の内に嫌な感情が湧き出て、脳裏に誰かから逃げろと命令される。何なんだこの気持ちは?

 

自身の中に生まれた感情に戸惑っていると、姉さんは俺に近寄りいつものように腕に抱きつき……

 

「それじゃあ行こっか。弟君♡」

 

そのまま引っ張るので、俺はいつものように引っ張られる形で姉さんに続いた。

 

未だに脳裏に妙な警告を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

そんな嫌な感情に対して警戒しながら歩くも、特に問題なくカラオケ店に到着した。

 

普通ならショッピングモールにカラオケは余り無いが、この新三門ショッピングモールは大規模侵攻以降、集客率を上げる為に、カラオケやボウリング、大規模ゲームセンターなどアミューズメント施設を大量に取り入れたのだ。

 

結果として目論見は成功。今では三門市の外からも客が来るようになった。大規模侵攻があった三門市が今でも活気に満ちているのはボーダーに対する信頼だけでなく、このショッピングモールを始め様々な店が市外からも人が来るように工夫を凝らしているからだ。

 

閑話休題……

 

カラオケ店に着いた俺と姉さんは受付で部屋の予約をする。すると受付のお姉さんが俺達に妙な機械を渡してくる。

 

「姉さん、それなんだ?」

 

「これはデンモクって言って、これを使って曲を選ぶの」

 

へぇ、そんな機械でやるのか。初めてだから色々知らない事がありそうだ。

 

「じゃあ行こっか。私はドリンクバーで飲み物を用意するから先に行ってて。弟君何が飲みたい?」

 

「MAXコーヒーで」

 

「了解」

 

そう言って姉さんはドリンクバーの方に向かったので俺は受付のお姉さんに言われた部屋に入る。すると中は畳にして約8畳位の部屋でソファーが2つとテーブルが1つ、奥にはテレビがあって最新曲のコマーシャルが流れていた。

 

「お待たせ。はいMAXコーヒー」

 

すると姉さんが部屋に入ってきてコップを渡してくるので一口飲む。うん、やっぱりMAXコーヒーは最高だな。

 

「サンキュー。そんじゃ歌うのか?」

 

「うん。じゃあ先ずは弟君からで良いよ。何か歌いたい曲はある?」

 

歌いたい曲ねぇ……てか歌える曲が少ない。歌えるのなんて有名歌手の有名な歌や最近テレビのミュージック番組でやってるような歌、後はプリキュアの歌位だろう。前2つはともかく、最後の歌はドン引きをくらいそうなので止めておこう。

 

とりあえず……

 

「じゃあ……×××の◯◯◯で」

 

1番始めの選択肢、有名歌手の有名な歌を選択した。

 

「おっ、いきなり有名な曲だね。じゃあ入力するから見ててね」

 

言うなり姉さんはデンモクを操作するのて見てみると、曲名のボタンを押して俺が言った曲の名前を打ち込む。そしてデンモクをテレビに向けて予約ボタンを押す。

 

するとテレビに映っていたコマーシャルが消えて、画面には曲名や作詞者、作曲者の名前が映り、音が流れ出す。

 

「じゃあ弟君、テレビ画面に歌詞が出たらそれに合わせて歌ってね」

 

姉さんがマイクを渡してくるので、それを受け取った俺はスイッチを入れて画面を見る。歌を歌うなんて中学校の合唱祭以来だ。あの頃は歌ってない奴が多く、俺はちゃんと歌ったのにサボり扱いされて後ろ指を指されていたなぁ……

 

(いかん、黒歴史が蘇ってきた。忘れろ。どうせ殆どの連中とは2度と会わないんだし覚えていても意味が無い)

 

一度深呼吸をして調子を戻した俺は画面を見ると歌詞が出てきた。音の流れからしてそろそろだろう。さて、やるか……

 

「あー……」

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜……ふぅ」

 

それから3分ちょい。フルで歌った俺は一息吐く。隣では姉さんがパチパチと拍手をしてくる。

 

「お疲れ弟君。結構上手いね」

 

「それはどうも……んで点数は……」

 

テレビを見ると審査画面に切り替わり……テレビでよく聞く発表のBGMが流れ……

 

 

「76.752点か……」

 

良くも悪くもない点数だった。まあ初めてのカラオケでこの点数なら問題ないだろう。

 

そこまで考えている時だった。

 

「嘘?!凄い?!」

 

姉さんはそんな事を言って携帯を取り出して写真を撮る。その行動に思わず首を傾げる。

 

「済まん姉さん。今の何処に凄い要素があるんだ?」

 

100点や90点以上ならともかく、この点数で凄いと言われる理由がわからん。

 

「凄いじゃん!全国平均を見てみなよ!」

 

全国平均?えーっと、全国平均は76.752。ほー、俺と同じ点数って……え?

 

「マジで?」

 

思わず二度見してみる。しかし俺の点も全国平均も変化が無く、どちらも76.752と表示されていた。

 

「全国平均と全く同じなんて凄いよ!ある意味100点より珍しいよ!」

 

確かにそうだ。点数は小数第3位まで表示されるのだが、それを含めて全く同じ、狙ってやった訳じゃないが姉さんの言う通り100点を取るより難しいだろう。ある意味凄いのは否定出来ない。

 

しかし……何というか微妙な気分だ。そりゃある意味凄いけどさぁ……

 

「(何か釈然としないな。まあ良いか)そんで?とりあえず俺は歌い終わったし次は姉さんだろ?」

 

「あ、うん。そうだね。写真も撮れたし頑張らないと」

 

姉さんはそう言って握り拳を作り、えいっ!……って仕草を見せてくる。マジで可愛いな……

 

姉さんの子供っぽい仕草にドキドキしていると音が流れ出すと。画面を見ると姉さんも俺と同じで有名歌手の有名な曲を選択していた。さて、姉さんの歌の実力はどうなんだ?

 

期待を持って姉さんを見ると、姉さんは息を吸って……

 

 

「ボエ〜〜〜〜〜」

 

物凄いダミ声で歌い始めた。

 

予想外の破壊力に意識が飛びかけた。何だこれ?!思わず姉さんを見るも、姉さんはそれはもう楽しそうに歌っていた。様子を見る限り姉さんは真剣に歌っている。真剣に歌っていてこれなのだ。

 

(や、ヤバい……加古さんの外れ炒飯とは別ベクトルのヤバさだ……!)

 

ベクトルは違うが破壊力そのものは大差ない。並の精神力の人間が聞いたら気を失うかもしれん。言っちゃ悪いがマジでジャ◯アンと思っちまったぜ。

 

(中学の連中が姉さんをカラオケに誘わない理由はコレかよ……!とにかく耐えないと……)

 

俺は気絶防止の為に舌を噛んで、姉さんの歌を耐え続けた。その中で思ったことはただ1つ。

 

何でカラオケに行って耐える行為をしないといけないんだろうか?


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