三門市の夜には2つの特徴がある。
1つは繁華街。大規模侵攻から2年近く経過して、ボロボロだった街は漸く復興して、夜の三門市を明るく照らしている。その光は今年度に入った辺りから大規模侵攻が起こる前に存在した繁華街と同じくらい明るくなったと考えている。
そしてもう1つは……
「良し……んじゃバムスターとバンダーは任せた」
『『了解』』
遠く離れた場所にある繁華街の光を浴びる警戒区域での戦闘だろう。
正面にいるモールモッドの目を斬り裂きながら指示を出すと、照屋と辻から了解の返事を貰う。
今日は土曜日で、今日から辻は比企谷隊として防衛任務に参加している。今回のフォーメーションは俺が前衛、照屋と辻が中衛で援護をしている。とはいえ辻はまだ女子に近寄るのが無理なので照屋とは距離を取り、俺を中心に置いたフォーメーションとなっている。
現時点では割と順調だ。照屋と距離を取っているからか辻はどんな状況でも安定した動きで援護をしてくれるし、照屋も俺の動きを読めているのか絶妙なタイミングで援護をしてくれる。
結論から言うとマジでやり易い。やはり三上の言ったように俺を軸にした攻め方は便利である。
(マジでチームメイトに恵まれたな……俺も隊長として頑張らないとな)
そう思いながら残りのモールモッドに突っ込み、全ての弱点をスコーピオンでぶった斬り動きを停止させる。同時に射撃音と地響きが聞こえてける。音から察するに照屋と辻が射撃トリガーでバムスターとバンダーが倒れ地面に倒れた音なのだろう。
『お疲れ様。時間だから上がって。トリオン兵の回収は次の生駒隊がやる事になってるから』
三上から通信が入る。今日は割とトリオン兵が来たにもかかわらず誰もベイルアウトしなかったので点数をつけるとしたら90点はかたいだろう。今回みたいに次の防衛任務も調子が良ければ良いんだがな。
そんな事を考えながら俺達は基地に帰還した。
「にしても報告書がダルすぎる……あむっ」
パソコンで文字を打ちながらどら焼きを食べて一息つく。
防衛任務を終え基地に帰還した俺達は作戦室で各々報告書を書いている。しかし俺は隊長だけあって他の面々より若干多いのだ。太刀川さんのレポートを手伝っているから報告書を書くことは慣れているがダルいものはダルい。
「頑張ってください八幡先輩」
言いながら隣に座る照屋がフキンを持って俺の口をキュッキュ拭いてくる。何事かと思って照屋を見てみれば……
「どら焼きの餡、付いてましたよ」
仕方ないなぁと言った表情で微笑みを見せてくる。瞬間、自身の胸が高鳴るのを自覚する。
(ここ最近どうも照屋が可愛く見えるんだよなぁ……)
柿崎さんが嵐山隊を抜けたと知り俺を名前で呼ぶようになって以降、照屋が凄く可愛くなっているのだ。
一緒に歩いているといきなり手を繋いできたり、三上の頭を撫でていると自分の頭も撫でてくれとおねだりをしてきたり、ランク戦が終わって作戦室で寛いでいたら隣に座って肩を頭に乗せてきたりと凄く甘えてくる。
三上はメチャクチャ甘えてきて、遥姉さんは結構激しいスキンシップを取ってくる。対する照屋は適度に甘えて適度にスキンシップをしてくるので慣れてないのだ。
「あ、ああ。ありがとな」
「どういたしまして。あと一息ですから頑張ってください」
「へいへい」
言いながらパソコンに引き継ぎの旨を記入して、本部長のパソコンに送信する。これで報告書の作成は終わりだ。
「終わりっと……んじゃ今日はここまで。お疲れさん」
そう言って俺はチームメイト3人に小さく頭を下げると、3人は差はあれど軽い会釈を返してくる。
「お疲れ。ところで比企谷。これから時間はあるか?スコーピオン対策として何度か模擬戦をしたい」
少し離れた場所にいる辻がそんな事を言ってくる。今ウチの作戦室には仕切り板はない。辻が少しずつ努力して仕切り板が無くても支障はなくなった。3メートル以上離れていれば目を合わす事を出来るくらい成長した。
……まあ3メートル以内になったら面白いほど豹変してキョドリまくるけど。
ランク戦が始まるまでに照屋と近接の連携は無理だろう。とりあえずランク戦が始まるまでの目標は辻が女子と2メートルまで近寄っても目を合わせるレベルだな。
閑話休題……
俺としてもやりたいのは山々だが……
「済まん……俺はこれから別の仕事があるんだ」
残念ながら俺は他の仕事があるんだ。投げ出したいのは山々だが、向こうが出した条件を俺が呑んだから拒否は出来ない。
「仕事?混成部隊の防衛任務か?」
「違う。防衛任務は関係ない」
「だったらお兄ちゃん。私も手伝おうか?」
三上が手を上げてそう言ってくる。本当に良い子だな。
「私も手伝います。八幡先輩のお役に立ちたいです」
「俺も出来るなら構わない」
残り2人も同じことを言ってくる。気持ちはありがたい。それについては感謝しかないが、呼ばれてるのは俺だけなんだよなぁ……
そこまで考えていると携帯が鳴り出す。見ると画面には『出水公平』と出ていた。
「すまん。ちょっと仕事先から連絡がきた……もしもし」
一言断って電話に出る。
『あ、比企谷?例の件なんだけど、太刀川さんが出れなくなった』
「あん?何でだ?あの人今日は諏訪さんと麻雀の予定はなかったんじゃないのか?」
『そうじゃなくてレポート。俺達に手伝わせたのが本部長にバレて拉致されたんだよ』
「何だと?パソコンでやったから足はつかない筈だぞ?」
初めてやった時は筆跡でバレて、以降はパソコンでしかやってないのに何故バレたんだ?
そこまで言うと三上達は頭にクエスチョンマークを浮かべながら俺を見ている。まあ麻雀とか足がつかないみたいに訳のわからない会話をしていたらそんな反応だよな。しかし俺達は真面目に話しているつもりだ。
『それが本部長がレポートを確認したら太刀川さんに「こんな丁寧な文章お前に書けるはずがない。誰に手伝って貰った?」って問い詰めて、太刀川さんが比企谷の名前をゲロしたって訳だ』
「そうきたか……!」
『まあ俺も改めて読んだら「あっ、これは太刀川さんにしては良い文章だ」って思ったし。お前の文才が仇になったみたいだな』
「ちっ……!太刀川さんの馬鹿さ加減も考えないといけなかったみたいだな」
『そんな訳で太刀川さんは不参加だ。って訳で誰か1人居ないか?』
「3人じゃダメなのか?」
『残念ながら柚宇さんは4人プレイを希望している。お前のチームメイトはどうだ?』
「ウチのチームメイトをあの地獄に誘うのは凄く気が引けるんだが……」
チームメイトと言ったからか3人が俺を注視してくる。まあ地獄なんて言葉が出たら気になるよな。
『一応聞いてみてくれ。槍バカは防衛任務でいないんだよ。頼むぜ!』
「あっ、おいっ!」
そこまで言うと通話が切れた。あの野郎……!
「あの、八幡先輩……何の話をしていたんですか?」
内心出水にキレていると照屋がチームメイト3人の心の声を代弁したような質問を聞いてくる。出来ることならこいつらを巻き込みたくないが……一応聞いてみるか。他にアテはいないんだし。
俺は息を吸って……
「お前ら……ゲームは得意か?」
「「「は?」」」
それから30分後……
「邪魔すんぞー」
「お、お邪魔します」
太刀川隊作戦室に俺と三上は入る。俺は何十と入ってるから特に問題ないが、三上は若干緊張しているようだ。
俺達は以前太刀川隊オペレーターの国近先輩からトレーニングプログラムを貰った報酬として徹ゲーをしにやって来たのだ。本来なら太刀川隊の3人+俺でやる予定だったが、太刀川さんはレポート関係で本部長に拉致されたので追加メンバーとして三上が選ばれた。
俺個人としてはチームメイトに徹ゲーをさせるのは酷だと思ったが、三上は「部下が隊長を、妹が兄を助けるのは当然」と言って乗り気だった。
照屋と辻の2人はゲーム経験がないので候補から除外されてしまった。しかし2人も、腕があれば参加していた、と言ってくれたので隊長としてガチで嬉しかった。
閑話休題……
そんな訳で弟妹とゲーム経験がある三上が参加することになったのだ。俺はそのまま部屋の奥に向かうと既に宴は始まっていた。
「おー、比企谷君にみかみか〜。今日はよろしくねー」
大乱闘で出水をボコボコにしている国近先輩がほんわかとした笑顔を見せてくる。相変わらず癒されるなぁ……てか前から思ったが、ボーダーの女子ってレベル高くね?
「どうもっす国近先輩。てか出水お前弱過ぎだろ?」
ストック勝負をやっているようだが、出水の残機が残り1機に対して国近先輩は4機。これはまさに詰みって奴だろう。
「うるせーよ!俺の土俵は乱戦なんだよ!」
「射手なのにか?」
「大乱闘に射手関係ねぇよ!」
言ってる間に出水の操る黄色いネズミは国近先輩の操るDKに吹っ飛ばされた。やっぱり弱いなこいつ……まあ前から知ってたけど。
「じゃあ比企谷君とみかみかは今から参戦ねー。みかみかはスマブラ出来る?」
「は、はい何度かやった事があります」
「よーし、やろう〜」
気が抜けるような声をしながら国近先輩は俺と三上にコントローラーを渡してくる。
「じゃあ三上。よろしく頼むわ」
「う、うん。頑張るね比企谷君」
今回は第三者もいるので三上はお兄ちゃん呼びはしない。チームメイトと姉さんと宇佐美以外には知られたくないからな。
「ああ。がんばろうぜ」
さて徹ゲーの開始だ。覚悟を決めてやるか……
1時間後……
『GAME SET!』
「うわぁぁぁん!」
「国近先輩!ちょっ?!胸!胸が当たってますから首絞めは勘弁してください!」
「うわぁぁぁん!」
「だ、大丈夫?!」
「無駄だぜ三上ちゃん。ああなった柚宇さんは誰にも止められないから」
「悟ってないで止めろや弾バカ!」
更に1時間後……
『メインターゲットを達成しました』
「良し良し。剥ぎ取りの時間だねー」
「おっ、天鱗来た」
「クソッ!急がねぇと剥ぎ取れねぇ……!」
「ごめんね出水君。私が爆弾を仕掛けたから」
「気にすんな。誰だってミスはある」
「お前が励ますなよ腐り目!爆弾仕掛けたのは三上ちゃんだけど爆弾に攻撃したのはお前だろうが!」
「安い犠牲だ」
「蜂の巣にするぞコラ」
更に2時間後……
『K.O!』
俺が使っていたキャラが国近先輩の使うキャラにノックアウトされる。
「やったー、私の勝ち〜」
国近先輩は楽しそうにはしゃぐ。時計を見ると既に日が変わってから1時間以上経っているにもかかわらずに、だ。それによって国近先輩のメロンがプルンと揺れる。凄い破壊力だ……!
「(いかんいかん!そんな事を考えるのはダメだ……)そうっすね、負けました」
自分の気持ちを顔に出さず負けを認める。煩悩を出すわけにはいかないからな。
「お前本当に格ゲーは弱いな」
「良いんだよ。大乱闘だけは強いから」
出水の言葉に適当に返す。大乱闘はともかく、俺余り格ゲーはやらないからな。こればっかりは経験がモノを言うし。
「じゃあ次は……ふぁ……私、だね」
そんな事を考えていると三上が欠伸をしながらコントローラーを手に取ろうとする。明らかに眠そうだ。
「おい三上。眠いなら寝ても良いぞ。俺や出水は良く徹ゲーに付き合わされてるから慣れてるが、お前は慣れてないだろ?」
そもそも今回三上は無理に来なくて良かったのだから。無理をして明日に響いたら可哀想だ。
「え?でも……「寝ろ。国近先輩。悪いんですけど仮眠用ベッドを貸してやってくれませんか?」……お兄ちゃん」
俺が三上の意見を却下して国近先輩にベッドを貸してくれるように頼むと、三上は寝惚けているのかお兄ちゃん呼びをしてくる。
最悪な事に出水と国近先輩にも聞かれたようだ。2人はニヤニヤした笑みを浮かべている。
「良いよ〜。それにしてもお兄ちゃんか〜」
「噂では聞いていたが、お前マジでお兄ちゃんって呼ばれてんだな?」
噂って……マジか?確かに偶に食堂やランク戦のラウンジで呼ばれた事はある。一応周りに気を使っていたが……壁に耳ありってヤツか?
「ほっとけ。それよりも国近先輩、ベッドを借りますよ」
言いながら俺は三上をおぶって仮眠ベッドがある部屋に向かおうとした時だった。
「んっ……お兄、ちゃん……」
三上の声が背中から聞こえる。とはいえ限界なのかメチャクチャ小さく蚊の鳴くような声だ。
「どうした?」
俺が尋ねると……
「お兄ちゃんも……いっ、しょに……寝よ?」
とんでもない爆弾を投下してきた。