やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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比企谷八幡は朝から疲れ果てる

晴れやかな朝、俺は陰鬱した気分で登校している。自転車の後ろは軽いが俺の気分は重い。

 

内心ため息を吐きながらチャリを漕いでいると知った顔が2人、登校しているのが見えた。

 

同時に顔が熱くなるのを自覚する。よりによってあの2人かよ……

 

決して嫌いって訳じゃないが昨日色々あって話しかけるのが難しい。

 

内心悶々としていると向こうはこちらに気付いたようだ。1人は満面の笑みで大きく、もう1人は頬を染めながら小さく手を振ってきた。

 

(……これはスルーするのは無理だな。したら失礼だし)

 

内心少しだけ辟易しながらも2人に近寄り自転車から降りる。

 

「おはよー比企谷君。朝に会うのは奇遇だね」

 

元気良く挨拶をしてくるのは嵐山隊オペレーターの綾辻遥。学校でもボーダーでも5本の指に入るくらい可愛い女子で、ボーダーでも学校でもファンが多い。

 

オペレーターとしての腕も良く、容姿端麗、成績優秀、品行方正と絵に描いたような完璧美少女だが、(眼鏡をかけた)俺のファンクラブの副会長という残念な面もある。

 

「お、おはようお兄ちゃん……」

 

恥じらいながら挨拶をしてくるのはウチの隊のオペレーターの三上歌歩。綾辻同様ボーダーや学校でトップクラスに可愛い上、見た目も成績も性格も最高クラスの女子である。天は二物を与えずという言葉があるが、アレは絶対に嘘だと思う。

 

2人とも凄く優しいが、今の俺としては余り会いたくなかった。

 

理由は簡単。恥ずかしいからだ。

 

俺は昨日三上にお兄ちゃん呼びされている事を綾辻と宇佐美にバレ、口止料として眼鏡をかけさせられて様々なコスプレをさせられたのだ。

 

それだけならまだ良いが、俺が騎士の格好をした時、綾辻は俺の腕に乗ってお姫様抱っこの形となり、物凄く甘えてきたのだ。あの時に感じた綾辻の髪の匂いや柔らかな胸、華奢な身体の感触は一生忘れないだろう。

 

そして三上には昨日頬にキスを……いかん。思い出しただけで顔が熱くなってきた。とにかく今は挨拶を返さないと。

 

「あ、ああ。おはよう。お前らが一緒って珍しいな」

 

俺は基本的に朝は三上と一緒に登校しているが、その際に綾辻も一緒にいるのはなかったからな。俺の中で2人が一緒に登校しているのは割と珍しい光景だった。

 

「まあね。私は防衛任務上がりで登校してたら歌歩ちゃんと会ったの。ところで比企谷君、少し疲れてるようだけど大丈夫?」

 

「あ、私もそう思ったな。大丈夫お兄ちゃん?もしかして眠れなかったの?」

 

2人が心配そうな表情を浮かべて詰め寄ってくるので思わず一歩下がってしまう。幾らしょっちゅう顔を合わせているとはいえ、美少女2人に迫られたら緊張してしまうのが男だからな。

 

「いや、昨日少し妹と喧嘩しただけだ」

 

嘘は吐いてない。メチャクチャ省略したけど。

 

「へー、比企谷君妹いたんだ。でも何で喧嘩したの?」

 

「そうだよね。お兄ちゃんと小町ちゃん仲良いし」

 

「あー…….昨日帰った時にうっかり小町のプリンを食べたんだよ」

 

これは嘘だ。本当の理由は昨日俺の自爆によって三上にお兄ちゃんと呼ばれていることがバレたからな。

 

それで小町は臍を曲げてネチネチ嫌味を言ってきたのだ。普段の俺なら文句1つ言わずに嫌味を受け入れていたのだが、加古さんの炒飯を2杯食べた所為か、精神的に疲れていた俺は嫌味を受け入れられず……

 

ーーー別に俺が三上にお兄ちゃん呼び頼んでも俺の勝手だろ

 

言ってしまったのだ。その後は予想出来るだろう。案の定小町はキれた。

 

ーーー実妹がいるのに赤の他人にお兄ちゃん呼びを頼む事自体おかしいでしょ。そんなんだから中学時代に虐められるんだこのゴミいちゃん、と。

 

今冷静になって考えたら紛れもない事実なので否定は出来ないが、昨日の俺は精神的に疲れ果てていたので逆ギレをした。

 

ーーー退院してからは色々なイベントがあって疲れていて癒しが必要なんだよ。大体三上からは了承を貰ったんだし問題ないだろうが。家でならともかく学校やボーダーでの俺の行動に一々茶々入れてんじゃねぇよ。ハッキリ言ってウザい、と。

 

それから俺達はお袋が帰ってくるまで喧嘩をした。小町と喧嘩をするのは生まれて初めてではないが、あそこまで下らない理由で揉めたのは生まれて初めてだろう。

 

仕事から帰ってきたお袋は何事かと俺達に事情を聞いてきたので俺達が説明すると……

 

『下らない事で喧嘩してんじゃないよ!』

 

俺達の頭に拳骨を振り下ろして風呂に向かって行ったのだ。我が家では親父が居なくなってからはお袋が首領なので逆らう事は俺にも小町にも出来なかった。あの拳骨はマジで痛い。

 

そんな訳で俺と小町の喧嘩はお袋の拳骨によって終了した。終了しなければ再度お袋の拳骨が唸るのはわかっていたので俺も小町も矛を収め再度抜く気はなかった。

 

しかし腹の中に燻るものが残ったのは事実だ。今日になって大分冷静になったが何となく小町と話したくなかったので、今日は小町を送らずに登校したのだ。

 

しかしそれを馬鹿正直に言うつもりはない。言ったら三上は間違いなく気に病む。三上が俺をお兄ちゃん呼びしてるのは俺が要求したからだ。最近乗り気でお兄ちゃん呼びをしているとはいえ1番の元凶は俺だからな。

 

そう判断した俺は2人に嘘を吐いた。

 

「あー、それは怒るよお兄ちゃん。女の子にとって甘い物は大切だから」

 

「そうだね。今度プリンを買って仲直りしなよ」

 

一方の2人は俺の嘘を疑う事なく信じてくれた。2人が純粋で助かったぜ。

 

「まあそうするよ。とりあえず学校行こうぜ」

 

2人の言う通り、今日の帰りにでも謝罪の品を買っとこう。

 

言いながら自転車から降りる。いつもなら三上を乗せているが今日は綾辻もいるのだ。流石に三上だけ自転車に乗せるのはアレだし偶には歩くか。

 

自転車から降りると2人は頷き俺の横に並ぶ。それによって辺りにいる他の総武の人からは視線が集まる。まあ1年トップクラスのルックスを持つ綾辻と三上と一緒に歩いているんだ。仕方ないっちゃ仕方ない。

 

「そういえば比企谷君達は今日は本部に行くの?」

 

「ああ。今日初めて4人が集まれるからな。今後の対策をしたい」

 

A級に上がる為に必要なB級ランク戦の対策や、辻の女子対策などチームを組んでからもやる事が山積みだ。

 

「そっか。結成当初は結構大変だと思うけど頑張ってね」

 

「うん。そういえば遥ちゃんの時も大変だったの?」

 

「私の場合嵐山さん達が優秀だったから連携とかはそこまで苦労しなかったよ。ただ結成当初、私が4人に支援するのが大変だったな」

 

まあ戦闘員4人を支援するのは難しいだろう。俺は一応4人目の戦闘員を入れる事も視野に入れているが、三上の状況次第では戦闘員を増やさないつもりだ。

 

「大変そうだね」

 

「ああ。とりあえず出来ることからやって行くつもりだ。三上の力を借りるかもしれんが、そん時はよろしく頼む」

 

俺は隊長として未熟だし、頼りになるチームメイトに頼らせて貰う。少なくとも三上はオペレーターとしても人としても信用出来るし。

 

「うん。お兄ちゃんの為に一緒懸命頑張るね。妹の仕事はお兄ちゃんを助けることだから」

 

三上は満面の笑みでそう言ってくる。いつもならドキドキしてしまうが、今はしていない。昨日三上のお兄ちゃん呼びが理由で喧嘩したし。

 

本来なら三上に昨日の事情を説明してお兄ちゃん呼びを取り下げるのが筋だろう。しかし……

 

(い、言えねえ。こんなキラキラした目を見たらお兄ちゃん呼びを止めろなんて言えねえ……!)

 

初めの頃は恥じらっていたが、既に三上は俺をお兄ちゃんと呼ぶ事に対して恥じらいを捨てていて、寧ろ俺にメチャクチャ甘えていて俺の前では完全に妹と化しているのだ。俺でもわかる。今の三上はこの状況を心底楽しんでいる。

 

そんな状況でお兄ちゃん呼びを止めろなんて言ったら、顔に出さずとも三上は間違いなく揺らぐだろう。

 

「そ、そうか。ありがとな」

 

俺はそう口にすることしか出来なかった。済まん……

 

「2人って本当に兄妹みたいだね。そういえば2人って誕生日はいつなの?」

 

「何だ藪から棒に?」

 

「だってもし比企谷君か歌歩ちゃんより遅生まれなら……」

 

あー、確かにな。俺の誕生日は8月だが、もしも三上が6月や7月生まれなら俺が三上をお姉ちゃん呼びしないといけないな。

 

「私は2月23日だよ。お兄ちゃんは?」

 

「俺は8月8日だ」

 

「じゃあ比企谷君の方がお兄さんだし呼び方は変えなくて良いね」

 

良かった……三上が7月生まれとかだったら、知らなかったとはいえ早生まれの奴にお兄ちゃん呼びを強要する変態って扱いを受けるところだったぜ。

 

「ああ、そうだな」

 

「良かったよ。そういえば遥ちゃんは何時誕生日なの?」

 

「私?私は5月4日、丁度1週間前だね。だから2人よりお姉ちゃん……あっ」

 

すると綾辻はハッとした表情を浮かべて俺を見てくる。何だろう、理由はないが物凄く嫌な予感しかしない。

 

「ねえ比企谷君。今さ、伊達メガネは持ってるかな?」

 

「一応あるが。それがどうかしたのか?」

 

昨日から1週間、ボーダーでは伊達メガネを掛ける罰なので肌身離さず持っている。しかしここで眼鏡の存在を尋ねるって事は何かしら要求をしてくるのだろう。

 

「あのさ……眼鏡をかけてさ、私の事をお姉ちゃんって呼んでくれない?」

 

「……はい?」

 

こいつは何を言っているんだ?俺がお前をお姉ちゃん呼びしろと?

 

「私って一人っ子なの。それについては不満はないんだけど、偶に兄や姉、弟妹が欲しいって思う時があるの」

 

「だから俺にお姉ちゃん呼びしろと頼んだのか?」

 

「うん。ダメかな?」

 

ダメに決まってんだろうが。三上を妹扱いしたかと思えば、綾辻を姉扱いするだと?高校生にもなって姉弟ごっこや兄妹ごっこをするって……三上を妹扱いしている俺が言うのもアレだがヤバいだろ?

 

「いや、悪いが綾辻それは「お姉ちゃん」……おい」

 

「お姉ちゃん」

 

「いや、だからな「お姉ちゃん」……ちょっと待て」

 

「遥お姉ちゃん」

 

ダメだ。お姉ちゃんしか口にしなくなったよ。しかも名前呼びしろと?綾辻の奴マジで「遥お姉ちゃん」心の中を読むな。

 

しかしこうなった以上俺が眼鏡をかけてお姉ちゃん呼びしないと止まらないだろう。……やれやれ。

 

内心俺はため息を吐きながら鞄から伊達メガネを取り出し、掛けると同時に……

 

「は、は……遥姉さん」

 

顔に熱を生みながら姉さん呼びをする。クソ恥ずかしい……三上が初め俺をお兄ちゃん呼びするのを恥ずかしがっている気持ちがよくわかった。

 

「うん、何かな弟君?」

 

言いながら綾辻は「遥お姉ちゃん」……遥姉さんは満面の笑みを浮かべて俺の頭を撫でて良い子良い子してくる。マジで何をやってんだ俺達は?てかマジで心の中を読むな。

 

「い、いや……呼んだだけで用はないからな?」

 

「えー?つまり弟君は私をからかったの?」

 

そう言いながらも綾辻「遥お姉ちゃん」……遥姉さんは楽しそうな表情で頬をプニプニつついてくる。何なのマジで?眼鏡を掛けると俺の顔ってそんなに変化するの?!

 

「お姉ちゃんをからかうなんて弟君はいけない子だなー」

 

今度は顎クイをして、キスをするくらい顔を近付けたかと思えば……

 

「ふぅ……」

 

「うおいっ!」

 

「ふふっ……弟君ったらかーわいい」

 

顔をズラして耳に息を吹きかけてくる。それによってゾクゾクしてきた。あや……遥姉さんって絶対にドSだ。ヤベ……若干興奮して……違ぇ!

 

「み、三上!ヘルプヘルプ!」

 

言いながら三上にヘルプを求めるも……

 

「頑張って、お兄ちゃん」

 

満面の笑みで手を振るだけだった。おい!お前さっき妹の仕事はお兄ちゃんを助けることだから、とか言ったよな?!今こそ助けろよ!

 

三上にヘルプの目を向けるも助ける素振りを見せない。薄情者め……

 

結局俺は暫くの間、あや……遥姉さんにからかわれまくった。義妹問題が生まれたと思ったら義姉が出来ちゃったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は瞬く間に過ぎて放課後……

 

「んじゃ行くぞー」

 

「うん。でも大丈夫?」

 

何時ものように帰りの支度を済ませて席から立ち上がると三上に心配そうな表情で見られる。

 

「大丈夫だ。昼休みに姉さんにからかわれた事によって溜まった疲れは体育をサボって回復した」

 

「いや授業をサボるのはダメでしょ……」

 

仕方ないだろ。昼休み、俺は駐輪場の近くで飯を食っている。三上はクラスメイトと食べるので基本的に1人で食べている。そこは放課後になるまで人が殆ど来ることがなく、風も気持ち良く中々良い場所なのだ。

 

しかし今日は1人ではなかった。ベストプレイスに行く前に飲み物を買おうとしたら遥姉さんに捕まって一緒に飯を食う事になったのだ。それだけならまだしも食ってる最中に眼鏡を掛けさせられ、撫で撫でされたりと甘やかされた上に、耳に息を吹きかけられたり脇をくすぐられたり膝の上に乗ってきたりとイタズラをされまくったのだ。

 

昼休みが終わった頃には精神的に疲れ果てていたので、体育は体調が良くないと休ませて貰った。男女別で本当に良かった。でなきゃ真面目な三上がサボりを見逃してくれなかっただろうし。

 

「終わっちまったものは仕方ない。行くぞ」

 

そう言いながら教室を出ると……

 

「「あ」」

 

丁度同じタイミングで辻が廊下を歩いていて鉢合わせした。本当に偶然だな。

 

そんな事を考えていると急に辻がピクンと跳ねる。おそらく後ろからやってきた三上にビビったのだろう。

 

「あれ?辻君?」

 

「あ、いや……」

 

途端に俯きしどろもどろな口調になる。コイツマジで女子と交流するの苦手だな!

 

「よう、今から基地に行くのか?」

 

さりげなく辻の前に立つと、辻は顔を上げていつものクールな表情に戻る。お前変わり過ぎだろ?

 

「ああ。今日は初めてミーティングに参加するがよろしく頼む」

 

「こっちこそ。そんじゃ一緒に行くのは……無理そうだな」

 

「済まない……」

 

明らかに三上にビクビクしているし一緒に行くのは無理だろう。

 

「わかった。じゃあ俺達は先に行って準備しておく。4時までに来いよ」

 

「わかった。それまでには必ず行く」

 

「ああ。行くぞ三上」

 

「あ、待って」

 

俺は三上を連れて早歩きで校舎を出る。そして自転車に乗っていつものように三上を後ろに乗せて漕ぐ。

 

「やっぱり辻君は女子が苦手みたいだね」

 

「まあな。あいつに悪気がある訳じゃないし、何とか付き合ってくれないか?」

 

俺としても優秀な隊員を手放すのは避けたいし、三上と照屋には少々付き合って貰いたい。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん。私は気にしてないから」

 

三上は優しい声でそう言ってくる。本当に出来た子だなぁ。将来はこんな子と結婚したいな……

 

そんな事を考えながら俺は自転車を漕ぐ力を強めて基地に向かった。

 

初めて4人で訓練をやるが……上手くいきますように。いや、マジで。

 

 


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