「そういえば昨日のランク戦、見たわよ。中々面白い戦い方をするじゃない」
ボーダー基地の廊下にて俺はチームメイトの三上とA級個人の加古さんの3人で歩きながら雑談をしている。
今俺と三上は加古さんの炒飯を食べるべくボーダーの食堂に向かって歩いている。前に一回だけ加古さんの炒飯を食ったが、アレはマジで美味い。店で売ってるなら1000位は出しても構わないと思える位美味い。それをわざわざ作ってくれるとは感謝しかない。
「グラスホッパーで相手との距離を縮めたり離したりするのは飽きる程見たけど、相手の手にぶつけて攻撃の軌道を変えたり、相手の周囲を跳び回るなんてやり方は初めて見たわ。入院前に比べて桁違いに強くなったけど何かあったの?」
「いえ。実は辻を勧誘する際に条件としてランク戦で勝てと言われたんですよ。そん時にブランクを取り戻す兼実力を向上する為に太刀川さんと模擬戦を500回以上したんですよ」
「その中で太刀川君に勝つ為に色々考えた、って感じ?」
「はい」
アレは地獄のような訓練だったが有意義だと思える。おかげでグラスホッパーを使った新しい戦術も生み出せたし、弧月との戦いにも自信が出てきた。現時点でNo.1攻撃手の太刀川さんにはまだまだ勝てる気はしないがマスタークラスになりたての弧月使いには負けないだろうし、太刀川さんの次に強い弧月使いの生駒さんともある程度戦いにはなると思う。
「そう……比企谷君は入隊した頃から知ってたけど化けたわね。これで頭文字がKならよかったんだけど……」
「は?なんですがそれ……って、何で上のボタンを押すんですか?食堂は一階ですよ?」
加古さんが頭文字とか良くわからないことを言ったかと思えば、加古さんはエレベーターの上ボタンを押していた。
「知ってるわよ。今日はウチの作戦室で作るのよ」
すると加古さんは予想外のことを口にした。
「え?加古さんもチームを作ったんですか?」
三上が驚きながら加古さんに質問をする。まあ元A級1位部隊の隊員が新しく部隊を作ったのだ。気になっても仕方ないだろう。現に俺も気になってるし。
「ええ。と言ってもまだオペレーターだけで戦闘員は私だけだけど」
「マジすか?あれ?でもA級の作戦室にキッチンってありましたっけ?」
給湯室はあるがキッチンはなかった気がする。
「開発室の人に作って貰ったわ♡」
満面の笑みでそう言ってくる。この笑顔で開発室の人を虜にして作って貰ったのだろう。前に聞いたが開発室の人は女に飢えていると聞いた事があるし。
「そうっすか……とりあえず作戦室に行く理由はわかりました。それじゃもう1つ聞きたいんですけど俺の頭文字がKだったら良かったってのは何すか」
俺の頭文字は比企谷ーーーひきがやだからHでKではない。
「ウチの部隊は全員頭文字をKで揃えるつもりなの。それで頭文字がKで才能のある人を探してるんだけど、比企谷君の頭文字がKじゃなくて残念ってわけ」
今俺の中では加古さんに対して2つの感情が生まれている。
1つは、元A級1位部隊のメンバーである加古さんに才能があると評価された事による嬉しさ
そしてもう1つは……
(何言ってんだこの人は?)
純粋な戸惑いだった。才能のある人を探すのはわかる。俺も照屋や辻など将来性のある奴に声をかけたし。ちなみに三上は人徳から声をかけ、結果オペレーターとして優秀である事が判明した。
しかし頭文字もチームメイトの基準に入れるとか予想外だわ。天才は少しズレている所があると言われるが、加古さんもそうなのだろう。
「良く分かりませんが頑張ってください。というか今目を付けている奴はいるんですか?」
エレベーターが来たので俺達は乗って上の階に行く。
「少なくとも今期の新人には居なかったわね。前期ーーー比企谷君が入隊した時は菊地原君に1番目を付けていたんだけど、風間さんに取られちゃったし」
そういやあの毒舌野郎も頭文字がKだな。あいつも仮入隊で2800位ポイントが加算されたし才能はあるだろう。
「では熊谷さんはどうですか?」
三上が俺達の会話に入ってくる。確かに熊谷もボーダーでは数少ないカウンタータイプの攻撃手だし加古さんの目に入ってもおかしくないだろう。
「熊谷ちゃん?一応くらい前に声をかけたんだけど、新しくチームを作るかもしれないからって良い返事は貰えなかったわ」
新しくチームを作るかもしれない?あいつもチームを作る事を考えているのか?
そんな風に頭に疑問符を浮かべているとエレベーターが止まってドアが開くのでエレベーターから降りる。この階は行った事がないな……
暫く歩いていると正面から知った顔がやって来る。
「あら太刀川君に堤君。丁度いいタイミングね。こっちにいる比企谷君と三上ちゃんも一緒に食べる事になったから」
やってきたのは先週俺を500回以上ぶった切った太刀川さんと諏訪隊の銃手の堤さんだった。
「そ、そうなのか……」
「は、ハハ……」
しかし2人は何故か目が死んでいた。まるで俺のように目が腐っていて不気味極まりない。顔もやつれていて例えるなら刑を待つ被告人のような表情だ。何でそんな表情をしているんだ?加古さんの炒飯を食べるってのに何でそんな表情なんだ?
微妙に嫌な気分になっていると加古さんが自分の作戦室らしき前立ち、ドアの横にあるコントロールパネルを操作してドアを開ける。
見ると加古隊の作戦室は家感がある作戦室だった。太刀川隊も家感はあるが、それとはベクトルが違う。新しく入るメンバーにとって居心地が大丈夫なのか不安だ。
「じゃあ今から作るから適当にかけといて」
加古さんはそう言って奥の部屋に入って行った。同時に太刀川さんと堤さんが勝手知るように椅子に座って両手を合わせて祈りだす。
「当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い……」
「俺はまだ死にたくない……」
2人の口からは祈りの言葉が出てくる。表情は鬼気迫っていて俺も三上も気圧されてしまっている。
「あの……何故炒飯を食べるだけでそんなに必死なんですか?アレ美味しいじゃないですか?」
思わず尋ねると2人は死にそうな表情を向けてくる。マジで怖いです。三上なんて震えているし。
「比企谷は加古の炒飯を食べた事があるのか?」
「一度だけ。あの時食べたガーリックビーフ炒飯は最高でした」
「そうか。ならお前は知らないと思うがな……
加古の炒飯には外れがあるんだよ」
「………はい?」
太刀川さんの言葉に思わずほうけてしまう。外れ?外れってなんだ?
「えーっと……もしかして外れにはタバスコとかが入ってるんですか?」
だとしたらちょっと勘弁して欲しい。加古さんの腕から察するに美味いとは思うが俺は辛いのが嫌いだからな。
しかし……
「いや、そんな温くない。4〜5回に1回外れがあるんだが、外れにはお菓子関連の食材が入る」
「「………は?」」
太刀川さんの言葉に俺と三上は思わず声に出してしまう。お菓子関連だと?
流石に嘘だと思うが、太刀川さんの表情はマジな顔だった。目の中に恐れが見える。
「え?嘘ですよね堤さん?」
太刀川さんの冗談だと淡い期待を抱きながら堤さんに尋ねるも堤さんは沈痛な表情で首を横に振る。
「残念ながら本当だ。俺は以前いくらカスタード炒飯を食べた事があるからね」
………
「俺はこの前チョコミント炒飯を食べて気が付いたら医務室にいたな」
………ヤバい、全身から冷や汗が出てきて止まらない。2人の表情から察するにマジだ。
隣にいる三上も同じように冷や汗が出ている。
これは何とかしないといけない。そう思った俺は三上の手を掴んで逃げようとするが……
「お待たせ〜」
一足遅かった。加古さんが奥の部屋から湯気が上がっている皿をお盆に乗せて持ってきた。来てしまったか……
(いや待て。話を聞く限り4〜5回に1回外れがあるなら確率は2割前後。当たりが出れば問題な……い?)
俺はそこまで考えた所で思考を停止した。何故なら……
「ブルーベリートマトタバスコ炒飯の完成。どうぞ召し上がれ!」
視界には何とも形容し難い不気味な炒飯があるからだ。
(何だよブルーベリートマトタバスコ炒飯って?!タバスコ炒飯ならわかるぞ!トマトタバスコ炒飯でもまだ我慢出来るけど、何でブルーベリーを入れるんだよ?!)
どうやら太刀川さんと堤さんの話はマジだったようだ。そして俺達は外れを引いてしまったようだ。
(てかマジで食べるの?食うまでもなく不味いのが丸分かりのこの炒飯を?)
未来視のサイドエフェクトが無くても、食ったらゲロを吐く未来が見える。てかゲロで済む気がしない。気絶するかもしれない。
今直ぐ全力疾走で作戦室から逃げたいが、食べ物を粗末にしない主義であるので逃げるのを躊躇ってしまう。
それに……
(何で加古さんはそんな美しい笑みを浮かべてんだよ?!あんな笑顔を見たら食べないって選択肢はないだろうが!)
俺達4人の正面には加古さんが頬杖をつきながら満面の笑みを浮かべ俺達を見ている。あたかも俺達の反応を期待しているように。
これは食べるしかない。それは三上も太刀川さんも堤さんも同じ考えのようで……
(南無三……!)
炒飯を一口食べる。瞬間……
(ま、不味い……!)
口の中にタバスコの微妙な辛味やトマトの酸味、ブルーベリーの純粋な甘みが混ざりカオスな世界となる。
感想文を書くとしたら原稿用紙3枚は書けるくらい不味い。今直ぐ吐き出したいが……
「どう?美味しい?」
当の加古さんは純粋無垢な笑顔で味を聞いてくる。これはある意味凶器な笑顔だ。
「(ダメだっ逆らえん……!)お、美味しいです……」
「あ、ああ。中々個性的な味だな」
「そ、そうだね……加古ちゃんらしい料理だよ」
「は、はい。初めて感じる味ですね……」
俺達4人は笑顔(目は死んで頬を引き攣らせながら)でそう返す。どうやら全員加古さんの笑顔には逆らえなかったようだ。
「そう?なら良かったわ」
加古さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。この笑顔を無くす訳にはいかない……
そこまで考えている時だった。
pipipi……
いきなり電子音が鳴り出したので辺りを見回すとテーブルの上にある加古さんの物と思える端末が鳴り出していた。
加古さんが端末を開いて見ると、あちゃーとばかりの表情を浮かべる。
「ごめんなさい。20分位席を外すわ」
「どうしたんですか?」
「大学の友人に中央オペレーターがいるんだけど、貸して欲しい資料があったの。わざわざ来て貰うのも悪いし取りに行くの。もしも食べ終わって帰るならお皿はテーブルに置きっ放しで良いわよ」
言いながら席を立ちあがりそのまま作戦室から出て行った。残ってるのは俺達4人と恐ろしい炒飯が4つ。全員一口しか食べておらずまだまだ量は残っている。
どうしたものかと悩んでいると太刀川さんと堤さんは慣れた様子で炒飯を食べるのを再開する。
「え?食べるんすか?」
俺はてっきり逃げると思っていた。てか2人が逃げるなら俺も便乗するつもりだった。
「逃げたいのは山々だが、逃げたら面倒な事になりそうだからな」
「俺や太刀川は大学も殆ど加古ちゃんと同じ授業を取ってるからね。ここで逃げても明日に持ち越しだからね」
どうやら2人の胸中には逃げても無駄という考えが定着しているのだろう。そうなると俺も逃げたら面倒な事なるだろうし逃げれない。
それに……
「うぅ……」
俺の隣で涙目になりながら炒飯を食べようとする三上を見捨てる訳にはいかない。
(そもそも三上は完全なとばっちりで、炒飯を食う必要が無かったんだよな……)
今三上が地獄を見てるのは紛れも無く俺の責任。にもかかわらず三上は俺に恨み言を言わずに炒飯を食べようとしている。
全部食べたら三上は死ぬだろう。それだけは許されない。俺の所為で大切なチームメイトが、義妹が死ぬのだけは阻止しないといけない。
そう思うと俺は三上の手からスプーンをひったくり……
「お、お兄ちゃん?!」
三上の前に置いてある炒飯を口にかっ込む。隣では太刀川さんと堤さんも信じられない表情で俺を見ている。堤さんなんて目を見開いているがイケメンだな……
そんな事を考えながらもスプーンを持つ手は止めない。炒飯が口に入ると同時に口の中が地獄になるがそれを無視して食べる。吐き気も催してくるが無視する。
三上にこれを食わす訳にはいかない。こうなった責任を取る為にも……
(俺の分と三上の分……2杯食ってやる!)
そのまま三上の炒飯を食べ切った。そしてそのまま自分の炒飯に手を掛ける。気分は悪いが我慢してかきこむ。ここで休む選択肢もあるが、休んだら休憩が終わってから躊躇う可能性もある。
「おい比企谷!無理すんな!」
「一度に2杯も食べたら危険だ!」
「良いから!私が食べるからもう止めて!」
3人が必死になって止めるが無視。確かに俺は無理をしている。2杯も食べたら間違いなく倒れるだろう。
しかし三上に食べさせない為にも止まる訳にはいかない。その為なら……
(この命、惜しくない……!)
俺はそのまま3人の制止を振り切って……
「ごちそうさまでした……」
その言葉を口にして空皿とスプーンをテーブルの上に置いた。
同時に限界を超えたからか、頭がクラクラしてそのまま地面に向かって倒れているのを実感する。
「………!」
「………!」
「………!」
3人が何かを言っているが今の俺に3人の声を聞く力は無かった。俺はそのまま地面に倒れ伏し……
(うん、やっぱ2杯はキツイな……)
その考えを最後に意識を失った。
(知らない天井だ)
目が覚めると真っ白な天井が目に見える。意識はまだ朦朧としているが、何があったかは不思議と覚えている。
夕飯に加古さんの外れ炒飯を、それも自分の分と三上の分の2人前を食べて意識を失ったのだろう。自分で言うのも自画自賛かもしれないが、アレを食べて良く生きてたな俺。
そんな事を考えていると……
「お兄ちゃん!」
横から話しかけられたので頭を動かすと、チームメイト兼義妹の三上が横にいた。
「お兄ちゃん大丈夫?!私が分かる?!」
まさに鬼気迫る表情で迫っている。それによって思わず身体を引いてしまう。
「ああ大丈夫だ。義妹の三上だろ?」
「良かった……ごめんねお兄ちゃん。私の分も食べたから……」
初めは安堵の表情だったが、話すにつれて顔を曇らせる三上。その顔は止めろ。お前は悪くないんだから。
「気にするな。元はと言えば外れ炒飯を知らなかったとはいえ俺が加古さんの誘いに乗ったのが悪いんだから」
少なくとも三上が謝ることはない。ついさっき地獄を見たが後悔はしてない。
「……でも」
一方の三上は表情が曇ったままだ。全くこいつは……
「三上。さっきの事は本当に気にしなくて良い。俺は隊長として、義兄として当然の事をしただけだ」
言いながら三上の頭を撫でて甘やかす。すると三上はハッとした表情で俺を見てからくすぐったそうに髪を揺らす。
「だからこういう時は「ありがとうお兄ちゃん。今の小町的にポイント高い」って言っときゃ良いんだよ」
「いや私小町ちゃんじゃないからね……でも、ありがとうお兄ちゃん」
「それで良い」
義妹に謝られたても困るだけだ。それなら礼にして欲しい。俺としてもそっちの方が気が楽だし。
そう思いながら俺と三上は暫くの間穏やかな時間を過ごした。
それから1時間後……
「じゃあまた明日な。学校が終わったら作戦室に集合して4人でミーティングをする。その時にトリガー構成も決めるから助言よろしく」
「うん。わかったよお兄ちゃん」
医務室を出た俺は三上を家まで送った。丁度今三上の家の前に着いたので三上は自転車から降りる。
「じゃあまたな」
「うん。さっきは本当にありがとうね」
「だから気にすんなって。俺は当然の事をしただけだ」
「それでもだよ。だからお兄ちゃん……お礼をしたいから目を閉じてくれない?」
「目?別に構わないが」
そう言って目を閉ざす。すると真っ暗の中、三上がこちらに近寄ってくる気配を感じる。まさかとは思うがイタズラを企んでるのか?
若干三上に対して警戒していると……
ちゅっ……
小さなリップ音と共に頬に柔らかい感触を感じる。こいつまさか……!
反射的に目を開けると、三上が磁石の反発の如く俺から離れる。
「あ、あのね……!この前読んだ漫画で主人公の女の子が義理の兄にお礼をする時にこうしてたから……!お、お休み!」
三上は真っ赤になりながらも一礼してそのまま自宅に入って行った。
俺は暫くの間その場から動くことが出来なかった。
「うぅ〜!漫画だと主人公は恥ずかしがって無かったけど凄く恥ずかしかったよ〜」
「何が恥ずかしかったのよ?」
「お、お母さん?!な、何でもないよ!」
「何よその反応は?もしかしてボーダーで彼氏でも出来たの?」
「かれっ……!ち、違うよ!私とお兄ちゃんはそんな関係じゃ……!」
「ヘェ〜、お兄ちゃんがいるんだ。これはお父さんにも聞かせないとね〜」
「待ってお母さん!誤解だからね!」
「ただいまー」
「あ、おかえりお兄ちゃん。お疲れ様……って、何それ?!」
「あん?何がだよ?」
「頬だよ頬!何で頬にキスマークがあるの?!」
「あっ……!いやこれはだな……!」
「彼女?!ボーダーで彼女が出来たの?!」
「彼女じゃねぇよ!義妹からだよ!」
「………は?義妹?ねぇお兄ちゃん、義妹ってどういう事?」
「あっ、やべ……」
「ふーん。お兄ちゃんボーダーで義妹を作ったんだ〜?実妹がいるのに?」
「いや、それはだな……」
「へー、そうなんだー、義妹ねぇ」
「誤解だぁぁぁぁぁぁっ!」