やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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比企谷八幡はオフの日でも休まらない③

ブースから出ると今直ぐ回れ右したくなった。

 

何故なら正面には先程までランク戦をした女子ーーー鶴見留美の隊長の二宮匡貴さんが鋭い目でこちらを見てからこっちにやってくる。

 

「1ヶ月ぶりだな、比企谷」

 

「……そうっすね。お久しぶりです、二宮さん」

 

久しぶりに会うが、互いに顔に笑顔を浮かべず仏頂面に近い表情で挨拶を交わす。

 

二宮さんの表情はデフォルトだが俺は自分で表情が固くなっているのを実感する。

 

理由は簡単。俺自身、二宮さんの事は苦手と思っているからだ。

 

悪い人ではないのは知っているが怖いので苦手だ。理由としては何度か防衛任務で組んだ事はあるが、メチャクチャ怖く一度ミスをしたら罵倒に近いアドバイスを受けて恐怖対象となった。

 

ただの罵倒だけなら昔から浴びていたのでスルーするが、罵倒と共に言ってくるアドバイスの内容は的確で合理的なのでしっかりと聞いてしまう。すなわち必然的に罵倒も耳に入って心にクるのだ。

 

「二宮さんは鶴見のランク戦の見学ですか?」

 

「そうだ。というよりお前がランク戦のブースに入るのが見えたから比企谷に挑んでこいと指示を出したのが正確だな」

 

「……それは俺の技術を盗ませる為ですか?」

 

「そうだ。お前と戦闘スタイルが似ている鶴見は早めにお前とぶつかるべきだ。昨日の辻との試合を見た時に入院前に比べて実力が大きく向上しているのがわかったからな」

 

やっぱり二宮さんの差し金かよ?!そして昨日の試合は予想以上に注目を浴びていたようだ。まあ乱反射は俺が初めてやった大技だから仕方ないか……

 

そんな事を考えていると俺と同じように鶴見がこちらにやってくるのが見えた。そして二宮さんの前に立ち口を開ける。

 

「……終わった。全敗だった」

 

「それは予想していたから問題ない。それで?何か盗めたか?」

 

「うん。色々と便利で覚えたい技が一杯あった。来月までのランク戦までにはマスターする」

 

うわ断言しやがったよこの子。鶴見の才能から本当に出来そうで恐ろしい。

 

しかし1番恐ろしいのは……

 

(こいつ二宮さんにタメ口を聞いてやがる……恐れを知らないのか?!)

 

二宮さんに敬語を使ってない事だ。しかも二宮さんを見る限り特に怒っているようには見えない。

 

小学生だから大目に見ているのか?

 

違う、二宮さんは小学生だからって遠慮はしない筈だ。

 

内心怒っているが顔に出してないのか?

 

違う、二宮さんの性格からハッキリと口にする筈だ。

 

そうなると考えられるのは……

 

(実力があれば文句はないって事か?)

 

二宮さんならあり得そうだ。この人才能のある人間が好きだし。

 

「いや、ランク戦の1週間前に物にしろ。最後の週はマスターした技を連携に組み込む時間にしたい」

 

そして二宮さんはスパルタだ。目が「絶対にやれ」と語っているし。マジで怖い。俺二宮さんのチームは合わないな。

 

「わかった。1週間前にマスターする」

 

そして鶴見本人は乗り気である。二宮さんの命令に躊躇いなく従うって……マジでこいつ小学生なのか?

 

「なら良い。それよりも今日のランク戦はここまでにして連携の練習をするぞ。作戦室に来い」

 

ヤベェ……二宮さん小学生にも容赦ねぇ。わかってはいたが生粋のドSだこの人。

 

「わかった」

 

「じゃあ行くぞ。今日は部下に付き合って貰って悪かったな比企谷」

 

そこまで言うと二宮さんは俺を見てそんな事を言ってくる。

 

「いえ……ランク戦で当たったらよろしくお願いします」

 

「ああ。じゃあ行くぞ」

 

「うん……次は負けない」

 

鶴見は最後に鋭い目で俺を見ながらそう言って、二宮さんと一緒にランク戦のロビーから出て行った。余りのオーラに周りにいたC級隊員はモーセの海割りの如く、二宮さんと鶴見に道を開けた。

 

2人が見えなくなるまで見送っていると、三上がこっちにやってくる。

 

「お疲れ様お兄ちゃん。はいこれ」

 

そう言って三上は笑顔でMAXコーヒーを渡してくる。この子良い子過ぎだろ?

 

「マジかサンキュー。今金渡す」

 

言いながらMAXコーヒーを受け取り、ポケットから金を取り出そうとするが、その前に三上が俺の手を掴んで止める。

 

「お金は良いよ。代わりにお兄ちゃんに頭を撫でて欲しいな」

 

三上のおねだり……ダメだ逆らえん。

 

「はいはい……よしよし」

 

「えへへ……ありがとうお兄ちゃん」

 

あ、ダメだりマジで可愛過ぎる。三上の奴、頬を染めながら小さくはにかんでるし。兄としてこの笑顔は是非守りたい。血は繋がってないけど。

 

出来れば1時間くらい撫でたいが、人目につくので止めておこう。今のところは知り合いがいないが、長時間撫でて他の人に見られたら面倒臭いし。

 

名残惜しく思いながらも三上の頭から手を離して残ってるMAXコーヒーを一気飲みする。

 

「これで良いか?」

 

「ありがとうね。お兄ちゃんは今からもう一度ランク戦?」

 

「いや……少し考えたい事があるから作戦室に戻る」

 

「考えたい事?さっき二宮さんと話していた事に関係あるの?」

 

「無くはないな。実はさっき……」

 

そう前置きしてから俺は鶴見が俺とランク戦を挑んだ理由はデータ収集であることを話した。

 

「そんな訳で来シーズンのランク戦では鶴見も要注意って訳だ。奴の才能からして乱反射は完成してるだろう」

 

下手したら独自で新しい技を開発してくる可能性もゼロではないし、注意は必要だ。

 

「それはわかったけど何で作戦室に戻るの?」

 

「トリガー構成について改めて考えるからだ。今は辻とのランク戦の為にバックワームを外しているが、ランク戦では装備しないといけないからな」

 

今の俺のトリガー構成は……

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

って感じになっているが、副トリガーにはランク戦までにバックワームをセットしないといけないからな。

 

入院前は……

 

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

バックワーム

 

って感じで、入院前と同じように戻すパターンという選択肢もあるが……

 

(太刀川さんや照屋との訓練で乱反射を生み出した結果、グラスホッパーを主トリガーと副トリガー両方に入れたくなったんだよなぁ……)

 

一応グラスホッパー1つでも出来ない事はないが、強敵を相手にする場合は2つのグラスホッパーを使いたいと思っている。

 

「そっか……じゃあ私も手伝うよ」

 

「良いのか?」

 

「だってお兄ちゃんトリガーチップを変える事出来ないじゃん」

 

ぐっ……そういやそうだった。そういえばバックワームを外してグラスホッパーを入れる時も、トリガーケースを開いた瞬間に匙を投げて三上に任せたな。

 

「……悪いな」

 

「気にしないで。部下として、義妹として助けるのは当然の事だから」

 

三上は笑顔でそう言ってくる。俺は本当に良い部下に恵まれたな。

 

それについては本当に嬉しいが気になる点がある。

 

「なぁ三上。気の所為かもしれないが……お前お兄ちゃん呼びしてる時に楽しんでないか?」

 

昨日や今朝は恥ずかしがりながら俺をお兄ちゃんと呼んでいたが、今は特に恥じらうことなく、寧ろ楽しそうにお兄ちゃんと呼んでいる気がする。

 

「え?うーん……そうかも。初めは恥ずかしかったけど、お兄ちゃんに甘えてたら恥ずかしさは無くなったかな」

 

「そうか……変な質問をしてる悪かった。行こうか」

 

「あ、うん」

 

そう言って俺達は作戦室に向かう。しかしどうしよう……自分から提案しといてアレだが、妹属性を持つ三上はヤバ過ぎるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……そんじゃトリガー構成を考えるか」

 

所変わって比企谷隊作戦室。俺はソファーに座りながら隣に座る三上に話しかける。隣にて俺の肩に頭を乗せて甘えてくる攻撃に耐えながら。

 

「そうだね。そういえば前からお兄ちゃんに聞きたかった事があるんだけど良いかな?」

 

「聞きたかった事?何だよ?」

 

「うん。何でお兄ちゃんはスコーピオンを主トリガーだけにしか入れてないの?スコーピオン使いの戦闘記録は何度か見たけど、風間さんとか影浦先輩はスコーピオンを2つ入れてるし」

 

「ああそれか。別に大した理由はねぇよ。Bに上がった当初は二刀流に自信が無かったからスコーピオン1本で戦っていたんだが、それに慣れちまったからだよ」

 

一応チームを組む前に何度か二刀流も試してみた。が、一刀流に慣れたからか余りしっくり来なかったのだ。結果として俺は二刀流より一刀流+スコーピオン以外のトリガーのスタイルと思うようになったのでスコーピオンを入れてない。

 

「あ、そうなんだ。答えてくれてどうもありがとう」

 

「別に大した質問じゃないから構わない。それより本題に戻るが……副トリガーのどれを抜こうか?」

 

言いながらトリガー構成を頭の中でイメージを浮かべる。

 

今、俺の副トリガーにはテレポーター、シールド、ハウンド、グラスホッパーが入っている。この内1つを外してバックワームを入れないといけない。

 

「やっぱりハウンドじゃないの?シールドは言うまでもなく重要だし、テレポーターとグラスホッパーはお兄ちゃんの十八番だし」

 

三上の言っている事は正しい。普通に考えたらハウンドだろう。

 

「それはそうなんだがな……そうなると中距離戦が弱くなるのが嫌なんだよ」

 

ウチの隊で射撃系トリガーを使うのは俺と照屋。俺はメインとサブにハウンドを2つ、照屋はサブにアステロイドとハウンドをいれている。

 

この時点なら十分中距離戦が出来ると思うが、そこから1つ外すと少々心許なく思ってしまう。

 

「じゃあ照屋さんや辻君の空きトリガーに射撃系トリガーを入れて補うのはどう?自動追尾性能があるハウンドなら直ぐに使えるだろうし」

 

「なるほどな……」

 

確かにハウンドは勝手に敵を追尾するから簡単に使える。これなら攻撃手の辻でも簡単に出来るだろう。

 

しかし今この場に照屋も辻もいないし、2人のトリガーに追加するのは無理だ。

 

「……わかった。この件は明日2人に相談する。俺のトリガー構成を決めるのはその時にするわ。明日は初めて4人でミーティングをするしな」

 

「それが良いよ。そういえば辻君は大丈夫なの?」

 

あ、そうだ。ランク戦に備えて訓練をしまくっていたから忘れていたが、辻は女子が苦手だったんだ。ミーティングをするにしても何かしら対策をしないとミーティングにならないだろう。

 

「うーむ……とりあえず作戦室のテーブルの上に仕切り板を立てて顔が見えないようにするのはどうだ?」

 

「……それ、刑務所の面会所みたいじゃない?」

 

「気にしたら負けだ」

 

それは俺も思ったが他に方法が思いつかないので仕方ないだろう。

 

「まあいずれ辻には女子に対するコミュ障は何とかして貰うが初めは

こうするしかないからな。とりあえず明日は仕切り板を使う」

 

無理矢理女子をぶつけても悪化するのが目に見えている。だから最初は仕切り板を使う。その後少しずつ慣らしていく方向で行くつもりだ。とりあえず目標はランク戦が始まるまでに三上と照屋相手にマトモに話せるレベルまでコミュ障を改善するつもりだ。

 

(しかしコミュ障だった俺が他人のコミュ障改善に動くとはな……)

 

そんな事を考えていると……

 

ギュルルー

 

キュル、キュルル

 

俺と三上の腹から空腹を告げる音が鳴り出す。瞬間、三上は顔を真っ赤にしながら上目遣いで俺を見てくる。

 

「えーっと……とりあえずご飯食べない?」

 

三上の言葉に俺は無言で頷き、一緒に作戦室を出て食堂に向けて歩き出した。

 

「んで三上。お前は何が食いたいんだ?」

 

「うーん。あんまり食堂には行かなくてメニューは覚えてないから向こうで決める。お兄ちゃんのお勧めは?」

 

「俺も余り行かないが、マグロ丼は美味かったな。てか加古さんの炒飯が食いたくなってきたな」

 

「加古さん?加古さんってA級個人の?」

 

「そうそう。以前一度防衛任務で組んだ後に食堂のキッチンを使って炒飯を作ってくれたから食べたらそれがガチで美味かったんだよ」

 

アレはマジで美味かった。今まで食べた炒飯は腐っているのかと思える位美味く、食べ終わった後に思わず財布を出して金を払おうとしてしまったし。

 

「そうなんだ。私も是非食べてみたいな」

 

「あら?それならご馳走してあげよっか?」

 

いきなりそんな声が聞こえたので振り向くと、ちょうど話題になっていた加古さんが笑みを浮かべていた。相変わらず美しいな……ボーダーでは可愛い女子が多いが美しい人は加古さんと月見さんくらいだろう。

 

「どうもお久しぶりです加古さん」

 

「ええ。随分前だけど退院とチーム結成おめでとう。そっちの子はオペレーター?」

 

「そうです。三上って言って事故から生まれた縁でウチのオペレーターになって貰いました」

 

「は、初めまして。三上歌歩です」

 

「よろしくね。それで話を戻すけど、私の炒飯が食べたいなら作ってあげるわよ」

 

加古さんが本題を口にする。マジで?加古さんの炒飯を食べれるのか?

 

一瞬ガチで喜んだが、直ぐに冷静になる。

 

「いえ……気持ちは嬉しいですが迷惑じゃないですか?」

 

「大丈夫よ。太刀川君や堤君も誘って元々作るつもりだったのよ」

 

あ、そうなのか?てか加古さん優しいな。色々な人にあんな美味い炒飯を振る舞うなんて。

 

「じゃあお言葉に甘えて。三上も良いか?」

 

普段なら女性の誘いをホイホイ受けないが、加古さんの炒飯の誘惑には勝てん。もう一度食べたい。

 

「じゃあ私も良いですか?」

 

「もちろんよ。それじゃあ行きましょう」

 

そう言って加古さんは歩き出すので俺はそれに続いた。

 

いやぁ……まさかこんなところで加古さんの炒飯を食う機会を得れるとは……今日はツいてるな。


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