「じゃあ三上、俺が勝ったら今後はお兄ちゃんと呼んでくれ」
………やっちまった。新しい黒歴史の誕生だ。それも過去最大クラスの黒歴史の誕生だ。
しかし時すでに遅く、俺の要求は口から放たれて三上の耳に入り……
「えぇぇぇぇっ?!」
三上の口からは驚きの声が放たれる。三上にしてはとても大きな声で辺りにいる正隊員や前からボーダーに滞在しているC級隊員、今日入隊したC級もこちらを見ていた。
「み、三上。声を小さく頼む」
俺がそう言うと三上はハッとした表情になって口を噤む。若干顔が赤い原因は、大声を出した事による恥じらいか俺のぶっ飛んだ要求を聞いた事による怒りかは判断出来ない。
「比企谷先輩、何があって罰ゲームを内容をそれに決めたんですか?」
照屋が訝しげな表情を浮かべながら聞いてくる。そこには侮蔑の色はなく、本当に訳がわからないと言った表情を浮かべている。顔を見る限りとりあえずドン引きはされてないようだ。
「いや……なんか三上を見てたら庇護欲を掻き立てられてな。小町とは違うが妹のような雰囲気を感じたからつい……」
「なるほど……確かに三上先輩って見てると守りたくなっちゃいますよね」
おおっ……照屋のお墨付きだ。良かった……キモいとか言われてドン引きされたら死んでたぞ俺。
そんな事を考えている中、三上は顔を俯かせている。もしかして怒っているのか?普段怒らない奴に限って怒ると怖いからな……ぶっちゃけビビってきたぞ。
若干……訂正しよう。メチャクチャ恐怖を感じながら三上の様子を見ると……
「……わ、わかった」
真っ赤になった顔を上げてから、コクンと小さく頷く。え?わかっただと?それはつまり……
「え?マジで?」
「うん……比企谷君が勝ったら今後比企谷君の事をお兄ちゃんって言えば良いんでしょう?別に良いよ……」
最後辺りは蚊の鳴くような小さな声だったが、俺の耳にはハッキリと聞こえた。
(マジか……?!良し、負けれない理由が1つ増えた)
勝てば辻がチーム入りした上に、三上が俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになる。負けたら辻はウチのチームに入らない上に、2週間伊達メガネを掛けて過ごさないといけない。
「わかった。じゃあ交渉成立だな」
「う、うん」
死んでも勝つ。人生には負けてはいけない戦いが幾つもあると思うが、俺の人生でこの勝負はまさに負けてはいけない戦いだろう。
辻を引き入れる為、2週間伊達メガネを掛けるのを避ける為、三上にお兄ちゃんと呼ばれる為……いかん。いつの間にか1番最後の為に頑張ろうとしている。
「さて……時間も時間だし、そろそろ行ってくるからここで待っててくれ」
こいつらが来ると辻が挙動不審になっちまうし。チームに入ってからの事も考えないとな……
「はい。頑張ってくださいね」
「えっと……頑張ってね」
照屋はいつもの笑みを、三上は若干複雑そうな表情をしながら俺を見送る。三上の表情が複雑なのは自分の中で辻の件とお兄ちゃん呼びの件の2つがせめぎ合っているからだろう。
そんな事を考えながら辻の方に向かって歩き出す。一方、視界の先にいる辻は三上と照屋が付いてこないのを理解したのかあからさまにホッとした表情を浮かべる。お前どんだけ女子が苦手なんだよ?
若干呆れながら遂に辻との距離が1メートルを切ったので俺は口を開けて話しかける。
「さて、約束の時間だしやろうぜ」
「ああ。それじゃあ最後に確認をするが、勝負形式は個人ランク戦の3本先取した方の勝ち。比企谷が勝ったら俺は比企谷のチームに入る……これで良いな?」
「問題ない。俺は106に入るからお前は107に入れ」
「わかった。だがその前に聞きたい事があるんだが良いか?」
「答えられることなら構わない」
「じゃあ聞くが、比企谷は本当にブランクを取り戻したのか?」
そんな質問をしてくる。これについては聞かれる可能性があると思っていたので特に問題ない。
「何故そんな質問をする?」
「今日まで比企谷の戦闘記録は毎日確認したが、退院してからの個人ランク戦の記録は更新していないし、個人ポイントも全く変化していないからブランクを取り戻したのか疑問に思っただけだ」
「そりゃそうだろうな。俺は作戦室の中でしか鍛錬をしてないから記録はないだろうな」
そう口にすると辻は軽く目を見開く。どうやら作戦室でコソ練しているとは思わなかったのだろう。
「今回は本気で勝ちに行くからな。手の内は見せたくなかったんだよ。それと先に言っとくがトリガーセットも若干変えたから入院前の俺のデータは役に立たないと思うぞ」
これは試合前の言葉による撹乱ではなく紛れもない事実だ。今の俺は入院前の俺とは全然違うだろう。戦闘スタイルも実力も。
1ヶ月のブランクなんて1週間の地獄で簡単に埋まり、寧ろ実力は大きく伸びたと確信している。
「っと、話が過ぎたな。時間だし始めようぜ」
「ああ。楽しみにしているよ」
言いながら俺達は互いに別々のブースに入る。ブース番号107を見ると『弧月 7458』と表示されている。マスタークラス一歩前の相手だ。遠慮も手加減も妥協もいらないだろう。
そう思いながら辻がいるブースの番号を押して3本先取を選択する。
と、同時にステージに転送させる。視線の先には辻がいる。距離にして50メートルだろう。
『対戦ステージ 市街地A 個人ランク戦5本勝負開始』
開始の合図であるアナウンスが流れると同時に走り出し……
(テレポーター)
数秒してから副トリガーのテレポーターを起動して即座に辻との距離を一気に詰める。
まさか開始早々テレポーターを使って奇襲してくるとは思っていなかったのだろう。クールな表情が若干崩れている。
そんな辻を見ながら主トリガーのスコーピオンを起動して斬り上げる。しかし向こうも切り替えが早く、驚きの表情を消して弧月を起動してスコーピオンを迎え撃つ。
両者の武器がぶつかる事で金属音のような音が耳に障るが無視だ。そんな事に気を取られている暇などない。
すると辻は弧月を構えたまま体当たりをしてくる。俺はこれを知っている。体当たりをして俺を弾き飛ばし体勢を崩した所に旋空弧月を叩き込むのだろう。
相手の動きを制限してから高威力の攻撃を確実に当てる。非常に理に適った戦法だ。基本に忠実な辻らしい戦法だ。
そう思いながら俺は辻の体当たりを食らって後ろに跳ぶ。と、同時に辻は弧月を構え直す。アレは間違いなく旋空の構えだろう。データで何度も見たから把握している。攻撃の合間の繋ぎも短く、まさに優等生らしい技術だ。
……が
「甘ぇ!」
辻が旋空を起動しながら弧月を振るうや否や辻の手元にグラスホッパーを起動する。
それを認識した辻は驚きを露わにするがもう遅く、辻の右手はグラスホッパーに当たり跳ね上がる。それによって弧月も跳ね上がるので旋空によって拡張された攻撃は上空を空切って俺には当たってない。
確かに辻の戦い方は基本に忠実だ。入院前の俺ならなす術なく斬られていただろう。
しかし……
(こっちは太刀川さんと500回、照屋と800回以上模擬戦をやったんだ。その戦法は飽きるほど見たんだよ……!)
思い出すのはあの地獄のような模擬戦。
太刀川さんの攻撃は1つ1つが一撃必殺で対処するのは至難だ。太刀川さんも鍔迫り合いの状態から体当たりをして旋空でフィニッシュの技を使っていたが、辻や照屋のそれとは次元が違い、対処出来るようになるまで50回は斬られたからな。
しかしそのおかげで辻の技に対して問題なく対処が出来た。辻の技も一流なのは否定しないが超一流の技を何百も食らった俺なら対処出来る。
そう思いながら俺は、グラスホッパーによって手を跳ね上げられた辻を見ながら……
(テレポーター)
再度テレポーターを使用して辻との距離を0距離まで詰める。と同時に辻は首の周辺にシールドを展開するので……
「残念だったな」
辻の右足を斬り落とす。
太刀川さんに「お前は首を狙い過ぎ。だからこそ対処し易い」と言われたから首以外に足も狙うようになった。しかしその訓練は記録に残ってないので辻は対処出来ないだろう。
辻の足が斬り飛ばされると同時に……
「グラスホッパー」
足元にグラスホッパーを起動して少し離れた場所にある一軒家に飛び移る。辻との距離は約20メートル。
それはつまり……
「ハウンド」
旋空の範囲外ーーー辻の攻撃範囲外である。
主トリガーと副トリガーのハウンドを起動して大量に分割するや否や辻に向かって放つ。
対する辻は弧月を消してシールドを周囲に展開するが、少しずつ削れていて辻の身体からトリオンが漏れ始める。
足を斬り落とされたので一軒家の屋上にいる俺の元には来れないだろうし、一方的に攻める事が出来る。
少々大人気ないかもしれないが今回は確実に勝たないといけないので、容赦なく攻めさせて貰う。
そう思いながら再度ハウンドの両攻撃をすると、遂に辻のシールドを破壊して辻を蜂の巣にした。それと同時に辻の身体は光に包まれて空に飛んで行き、気が付けば俺はランク戦のブースのマットに叩きつけられていた。
『先ずは比企谷の一勝だな』
するとパネルの横にあるスピーカーから辻の声が聞こえてくる。
「悪いな。随分と嫌らしい戦い方で」
端から見たら虐めに見えてもおかしくないだろう。てか新入隊員がこの試合を見ていたら引いてんじゃね。
『いや……ランク戦は何でもありの試合だ。確実に勝ちを取りに行く為に容赦しないのは当然だから文句はない』
辻が器のデカい奴で良かった。これで引かれてチームに入るのを辞退したらどうしようかと思ったが、そうならずに済むだろう。
「そいつはどうも……んじゃ2本目行くぞ」
言葉と同時に再度ステージに転送される。正面にはさっきと同じように辻が立っていて今度は辻の方から突っ込んでくる。
対して俺はスコーピオンを出して迎撃の構えを取る。グラスホッパーやテレポーターを使っても良いが、今回は真っ向勝負だ。オプショントリガーの乱発は向こうも対策をしてくるだろうし。
(最悪の場合『乱反射』を使えば負けはないだろう)
俺が唯一自信を持つである『乱反射』。アレを使えば時偶に太刀川さんからも勝ち星をあげた事がある。まあ500回以上戦って4本しか取れなかったけど。
しかしアレは余り使いたくない。理由としては偶に展開したグラスホッパーを踏み損ねたりするからだ。凡ミスで負けたんじゃ話にならん。まあ状況によっては使うかもしれないが。
そう思っていると辻が上段から斬りつけてくるので軽いステップで横に躱して返す刀でスコーピオンを振るう。しかしその程度の攻撃でマスタークラス一歩手前の男がやられる筈もなく、振り下ろした刀を振り上げて迎撃してくる。
これはマズい。そう判断した俺は攻撃を中止して一歩下がり、弧月の一振りを躱すな否や副トリガーのハウンドを放つ。
対する辻は弧月を出したままシールドを展開してハウンドを防ぐ。予想通りだ。
そのままスコーピオンを振るい弧月とぶつかり合い鍔迫り合いの形になる。さっき辻は体当たりをして俺の体勢を崩しに来たが、それをやって負けたので違う戦法を取ってくるだろう。それこそ俺が経験した事ないような戦法を取ってくるかもしれない。
そんな事はさせて溜まるな。勝ちを取りに行く為不確定要素は排除しないといけない。だから俺は……
「はっ……!」
辻に体当たりをする。違う戦法を考えていたら厄介なので、カウンターを狙うのは止めて一気に畳み掛ける。
枝刃による複数攻撃、ダメージが入ったかを確認する前に、足技によるバランスを崩す攻撃、スコーピオンを持ってない左腕からの掌底打ち、全身を利用した体当たり。
それら全てを隙を与えず放ちまくる。攻撃は最大の防御、弧月使いやレイガスト使いならともかく、耐久性の低いスコーピオン使いが守りに入るのは負けを意味するからな。
暫く攻め続けると辻の身体のありとあらゆる場所からトリオンが噴出する。この調子で行けば……
そこまで考えてながら再度体当たりをした時だった。妙に手応えがなく違和感を感じたので見ると、辻は早く体勢を立て直して突きの構えを見せてくる。
(あの野郎……自ら後ろに跳んで衝撃を少なくさせたな)
そう思うも時すでに遅く、辻の突きは放たれて……
「ぐっ……!」
俺の脇腹に突き刺さり、トリオンが漏れ出す。今の所は致命傷じゃないが、辻が弧月を動かしたら俺のトリオン体は即座に破壊されるだろう。
そう判断した俺は左手で脇腹に突き刺さる弧月を抑えて、右手を辻の腹に向けて、辻の腹を斬り飛ばしにかかる。
向こうも俺の意図を理解したのか手に持つ弧月に力を込め、俺の左手の拘束を無理矢理解除して……
俺と辻の身体は真っ二つになり、それを認識すると同時に身体が光に包まれて個人ランク戦のブースのマットに叩きつけられていた。
殆ど同時にベイルアウトしたが、どっちの方が早かったんだ?見た限りじゃわからなかったのでコンピューターの判断が頼りだ。
そう思いながらパネルを見ると……
比企谷 ◯◯
辻 ××
そう表示されていた。どうやら間一髪のところで俺の方が早かったようだ。
『比企谷の2本連続先取だ。後1本で俺の負けだが全力で行かせて貰う』
「そうでなくちゃ困る」
互いに一言だけ交わすと3度目のステージ転送を体験する。ここで勝てば3人目のチームメイトが手に入る。今の所俺が2本連続で勝っているので正に後一歩の状態だ。
しかし勝負に絶対はない。それは俺もよくわかっている事だ。実際現役ボーダー最強の太刀川さんも偶に、本当に偶にだが格下相手に勝負を取りこぼすこともあるのだから。
よって最後の一戦は確実に勝ちに行く為に切り札を切る。
ステージに転送されると同時に俺は辻に突っ込む。今回は手にスコーピオンを出さないで徒手空拳で。
それを見た辻は若干訝しげな表情を浮かべながらも何も言わずに旋空を起動して斬撃を拡張してくる。
それを見た俺は……
「グラスホッパー」
言いながら副トリガーのグラスホッパーを起動して旋空の攻撃範囲から逃れる。
グラスホッパーを使って上空に逃げた俺は再度グラスホッパーを使って空中から辻目掛けて滑空する。対する辻は再度弧月を構える。辻との距離は10メートル近くある。この距離で構えるって事は旋空を使う可能性が高いだろう。
だから俺は……
(やるか……両グラスホッパー)
言いながら主トリガーのグラスホッパーを自身の足元に、副トリガーのグラスホッパーを大量に分割して辻の周囲に展開した。
足元のグラスホッパーを踏んで辻との距離を一気に詰め、近くにある副トリガーが展開したジャンプ台を踏む。
それによって再度身体に浮遊感を感じ、跳んだ先にあるジャンプ台を踏んで、更に跳ぶ。
こいつが俺が太刀川さんから1本取る為に編み出した『乱反射』。
グラスホッパーを敵の周囲に多数配置し、3次元的に高速移動して相手を惑わす技。そして相手に隙が出来た時に攻撃を叩き込む技でもある。
しかも今回はトリガー構成を変えている。いつものトリガー構成なら……
主トリガー
スコーピオン
シールド
ハウンド
グラスホッパー
副トリガー
バックワーム
シールド
ハウンド
テレポーター
……って感じだが、今回は……
主トリガー
スコーピオン
シールド
ハウンド
グラスホッパー
副トリガー
テレポーター
シールド
ハウンド
グラスホッパー
って感じで、個人ランク戦では使わないバックワームを外して副トリガーにもグラスホッパーを入れたのだ。更に機動力を上げる為に。
両方のグラスホッパーを使って辻の周囲を回っているが、奴からしたら分身しているようにも見えるだろう。
しかしこの乱反射、強力だが欠点もある。
1つは大量にトリオンを消費する事。特に主トリガーと副トリガー両方にグラスホッパーを入れて乱反射をしたらアホみたいにトリオンが消費するのだ。
俺のトリオン量はボーダーでは平均クラスで以前試したら、4分間乱反射をしたらトリオンが切れた。
チームランク戦の制限時間は1時間弱と長時間だし、記録を見る限り試合開始から終了までかかる時間は大体30分位だ。チームランク戦では先のことを考えると開始早々に乱発出来ない技である。
もう1つの欠点はタイマンでしか使えない事だ。
乱反射はグラスホッパーを使って敵の周囲を跳び回り撹乱する技だが、その際グラスホッパーの設置場所を決める際に強い集中力が必要なのだ。
乱反射を使っている間は標的とグラスホッパーの設置場所以外の事を考える暇は無く、第三者からすれば格好の標的であり奇襲を食らったらなす術なくベイルアウトするだろう。
しかし今は大丈夫だ。まだ乱反射をしてから30秒も経ってないし、個人ランク戦だから第三者はいないし、邪魔は入らないからな。
そう思いながら俺は更にギアを上げて、辻の周囲を跳び回る。対する辻は辺りを見渡すが徐々に追いきれなくなっている。
しかしそれは仕方ないだろう。完成した乱反射は太刀川さんですら初見では見切れなかったんだし。
(……まあ、2回目には普通に見切られて跳び回ってる最中にぶった切られたけど)
あの人マジで何なの?人が一生懸命生み出した技を簡単に打ち破って化物だろ?2回目に破られた時なんてマジで心が折れかけたぞ。
閑話休題……
しかし辻は乱反射を初めて見るのだから、対処は出来ないだろう。このまま続けば……
「……っ……!」
遂に辻は俺がいる真逆の方を向いた。それはつまり俺を捉えきれなくなった事を意味する。
それを認識した俺は主トリガーの方のグラスホッパーを使うのを止めて、同時に副トリガーのグラスホッパーを使ったまま……
「せいっ!」
辻の右腕を斬り落とす。それによって弧月は右腕ごと地面に落ちる。
それを認識した辻は右腕に持ったままの弧月を消して左腕に新しい弧月を生み出す。腕を斬り落とされても慌てずに武器を再度準備する切り替えの速さは実に見事だ。
……が、
「悪いがもう終わりだ」
言うなり俺はグラスホッパーを使った勢いのまま、辻の脛に蹴りを入れて、バランスを崩した隙を逃さずに左腕も斬り落とす。
「詰みだ。両手を失った以上俺の勝ちだ」
言いながらスコーピオンの切っ先を辻に向ける。
「ああ、俺の負けだ。……しかし比企谷はどんな訓練をしたんだ?明らかに俺を知り尽くしている動きだったし、実力も1週間でここまで上がるとは思わなかったぞ」
「最強の弧月使いである太刀川さんと俺のライバルの弧月使いの照屋の2人を相手に1000回以上模擬戦をしただけだ」
俺がそう口にすると辻は明らかに驚きの表情を浮かべる。
「なるほどな……確かにこれでは入院前のデータは役に立たないな」
「そういう訳だ。おかげで弧月使いとの戦いには自信が出来た」
多分マスタークラスの弧月使いともマトモにやり合えると思っているくらいだ。何せあの太刀川さん相手にボコボコにされたんだし。
「さて……話はここまでにしよう。止めを刺して良いか?」
「構わない」
辻が潔く頷いたのを確認した俺は首を刎ねた。
『3本先取終了、勝者比企谷八幡』
アナウンスが俺の勝ちを告げると同時に個人ランク戦ブースに戻される。とりあえず目標は達成したな……
そう思いながらブースから出ると視線を感じるので辺りを見渡すと、ロビーにいる殆どの人間が俺を見ていた。その事から察するにさっきまでの俺達の試合を見ていたのだろう。
やれやれ……目立つつもりはなかったんだがな……
内心ため息を吐いていると隣のブースを使っていた辻もブースから出てくる。
「俺の負けだ。約束通り比企谷のチームに入ろう」
辻は一度息を吐くとチームに入る旨を伝えてくる。良かった……これで目標は達成した。
「そうか。んじゃこれからはよろしく頼むな」
「ああ、よろしく」
互いに挨拶を交わした時だった。
「先輩!」
横からそんな声が聞こえてくる。と、同時に辻の身体はピクンと跳ねる。あー……そういや辻は……
辻の弱点を思い出しながら横を見るとチームメイトの2人がこちらにやってくる。出来れば来て欲しくなかったが、遅かれ早かれ顔合わせはしないといけないので致し方ないだろう。
「あー……辻。悪いがチームには女子が2人いるから……頑張って慣れてくれ」
苦い口調になりながらもそう説明する。対する辻はガタガタ震えだす。済まんが耐えてくれ。
そう思いながら辻を見ると、辻はさっきまでのクールな表情は見る影もなく震えながらも三上と照屋の方を向く。顔を俯かせて目を合わせていないが。
今日の正式入隊日で新しい出来事が2つ生まれた。
1つは……
「あっ……え、えっと……つ、つ、辻、新之助、です……よ、よろしく」
1つは新しいチームメイトが出来た事。もう1つは……
「う、うん。よろしくね」
「は、はい。照屋文香です。よろしくお願いします」
「とりあえず顔合わせは終了だ。済まんが辻、大変だとは思うが少しずつ慣れてくれ」
「あ、ああ……」
「大丈夫かなぁ……」
「これについては勧誘した俺が協力して何とかしてみるわ」
「わ、わかった。頑張ってね。お……
お兄ちゃん……」
「ガハァッ!」
新しく義妹が出来ました。破壊力がヤバ過ぎる……