やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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入隊式には色々ある(中編)

「えっと……何をあげるか……決めてない、というか……」

 

由比ヶ浜の予想外の回答に思わずズッコケてしまった俺は悪くないだろう。完璧に予想外だわ。

 

しかしそれも一瞬で俺は起き上がり口を開ける。

 

「アホかお前は?決めてないから礼をする云々言ってんじゃねぇよ!決めてから話しかけろよ」

 

今まで逃げたのが完全には無駄じゃねぇか!あの時に無駄に消費した俺のスタミナを返せ。

 

「う、うぅ……で、でも!元はと言えばヒッキーが逃げたのが悪いんじゃん!その所為で私はつい追いかけたんだし!」

 

ま、まあ確かにその点は否定出来ん。しかしだからと言って俺が全て悪いとは言えないだろう。要らないと言ったのに執拗に来るから逃げたんだし。

 

「わかったよ。俺が悪かった。てかお前は新規の訓練生なんだし持ち場を離れんな」

 

言いながら訓練室を指差すとこちらに注目が集まっている。まあ今日入隊した連中と正隊員が話していたら注目を浴びるのは仕方ないだろう。

 

「あっ……うん。じゃあまたねヒッキー!」

 

言いながら元の場所に戻るが他所であの挨拶はマジで止めてくれ。三上はともかく初めてヒッキーと言う呼び名を聞いた照屋は笑ってるし。

 

「照屋、笑い過ぎだ。そんなに笑えるか?」

 

「す、すみません。予想外に可愛い呼び方で……」

 

「そうかい……にしてもあいつ、まさか礼の内容を決めてなかったのかよ」

 

「あはは……それは私も驚いたよ」

 

三上は苦笑しているが同感だ。ただ逃げ損じゃねぇか。退院したばかりだというのにチームの結成だの、チームメイトの勧誘の為に沢山模擬戦をしたりだの、事故の後始末関係のいざこざなどでかなり疲れてしまう。

 

(とりあえず辻の勧誘に成功したら1日だけ一切働かない日を作ろう)

 

でないと精神的に限界が来てしまうだろうし。退院して直ぐに過労で入院とかマジで笑えない。

 

そんな事を考えながら訓練室を見ていると……

 

「おっ、次の女子は珍しく小さい女子だな」

 

3号室に入る小さな女子が目につく。見る限り小学生っぽいが珍しく思った。小学生の内に入隊する奴は少ないがいる。俺の同期だと巴がいるように。

 

しかし女子小学生が入隊するのは初めて見る。女子小学生の内にボーダーに入隊したのは玉狛支部の小南位だろう。まあ彼女の場合は旧ボーダー時代の話だけど。

 

少女が訓練室に入るとバムスターが現れて開始のブザーが鳴る。

 

と、同時に彼女はバムスターに向かって全力疾走をして、ある程度走ると思い切りジャンプする。小柄の身体が空高く飛ぶのに呆気に取られてしまう。

 

そして彼女はそのままバムスターの頭に飛び移り、間髪入れずに手からスコーピオンを出すや否や、バムスターの弱点の目がある口の方に手を向けてそのままスコーピオンを振るった。

 

それによってバムスターの弱点の目は真っ二つにされて、そのまま地面に向かって落ち始める。同時に少女がバムスターから飛び降りて地面に着地すると同時に、バムスターが倒れる音と訓練終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

『3号室、記録14秒』

 

少女の出した記録に辺りが騒めきが生まれる。

 

「凄いね……」

 

三上の感想は単純なものだったが、声音から驚きの色を感じる。しかし俺も同意見だ。14秒はこの訓練が導入されてから最高記録なので驚いても仕方ないだろう。

 

「アレは素人の動きじゃないな……もしかして仮入隊をした奴か?」

 

「そうかもしれませんね。動きの1つ1つの間にある繋ぎが短いでしたから」

 

「だろうな。しかしマジで勧誘したいな……」

 

あれ程の逸材を見逃すのは嫌だ。

 

「まあチームを作る人からしたら欲しいだろうね。彼女は女子だから……」

 

「辻がチームに入った場合がヤバそうだ」

 

女子である以上、辻のコミュ障が発揮するから厳しい。いっそ辻には女子3人と同じチームで我慢して貰うか?

 

内心辻に対して鬼畜な対応を考えていると遂に戦闘訓練が終了した。結局最高記録は例の14秒で次点が那須とやらの30秒だった。やはり毎回逸材は出るようだな。

 

そんな事を考えていると、嵐山さんと柿崎さんと時枝の元に訓練生が集まり、嵐山隊3人を先導に次の訓練がある場所に向かい始めた。

 

「私達も行きませんか。那須先輩にも挨拶をしておきたいですし」

 

「ああ、そうだな……」

 

俺達も訓練生の後を追いかけ始める。次の訓練室がある通路に向かうと最後尾に美人ーーー那須が歩いていた。

 

「那須先輩!」

 

照屋が話しかけると那須が振り向き微かに驚きの表情を浮かべる。

 

「文香ちゃん?文香ちゃんもボーダーだったの?」

 

「はい。お久しぶりです。さっき訓練を見ましたがバイパーでアレだけの記録を出すなんて凄いですね」

 

「どうもありがとう……ところでそっちの2人は?」

 

「はい。私が所属するチームの隊長とチームメイトです」

 

「あ、そうなの」

 

言ってから那須は俺と三上を見て一礼する。それだけの仕草なのに育ちの良さが簡単に理解出来る。それほどまで上品なのだ。

 

「初めまして。那須玲です。よろしくお願いします」

 

「比企谷八幡だ。それと照屋から聞いた話じゃ同い年らしいし敬語はいらねぇからな」

 

「私は三上歌歩。宜しくね」

 

「うん、宜しくね。文香ちゃんはもうチームに入ったみたいだけど楽しい?」

 

「はい。入ってから1週間ですが、2人とも尊敬出来る先輩です。そう言えば那須先輩はどうして入隊したのですか?先輩はお身体が……」

 

「ああ……それはね、私のイトコが『ボーダーで病弱な人間はトリオン体で元気に出来るのかどうかを研究しているから参加したらどうか?』って言われてね。折角だから入隊したの」

 

へぇ……そんなプロジェクトがあるんだ。まあトリオン体になれば人間離れした肉体になるし、元気になる可能性も充分にあるだろう。開発室の人は常に色々な事を研究していて頭が上がらないな。

 

そんな事を考えながら4人で他愛のない雑談をしていると次の地形踏破訓練を行う訓練室に到着した。さて、次はどうなるやら……

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「うーむ……やっぱりあの2人がぶっち切りだな」

 

俺はそう呟く。新入隊員の訓練は続いて、地形踏破、隠密行動を終えて、今は探知追跡訓練をしている。

 

既に終わっている訓練は、戦闘訓練で歴代最高記録を出した鶴見留美っていう少女が全て1位を取っていて、2位は全て那須が取っていた。

 

それもぶっち切りで。他にも優秀な奴がいたが、2人に比べたら霞んでしまう。

 

「そうだね。特に鶴見さんはもうB級でも通用すると思うな」

 

隣にいる三上も感心しながら頷いている。三上の言う通り鶴見はもうC級にいるべき存在じゃない。

 

そんな事を考えていると……

 

「そうですね。彼女は仮入隊での活躍の結果、3400スタートですよ」

 

いきなりそんな声が聞こえので声のした方向を見ると、入隊指導担当の嵐山隊の時枝がそんな事を言いながら近寄ってくる。

 

「マジで?3400スタートって歴代最高じゃね?」

 

「はい。次点で歌川の2950です」

 

「桁違いだな……やっぱり声をかけておくべきか?」

 

「それはチームに勧誘するって事ですか?でしたら無理ですよ」

 

「何でだ?」

 

「仮入隊の時に二宮さんが勧誘していて、彼女も誘いを受けたらしいですから」

 

マジか?!仮入隊は確か4月ーーー俺が入院している間にやっていたから全然知らなかったわ!

 

しっかし二宮さんが勧誘したのかよ……つまり二宮さんは新しいチームを結成するということだ。

 

「なら仕方ないな。ちなみに時枝、二宮さんは他に誰かと組んだって話は聞いてるか?」

 

今の二宮さんの立場は知らないが、4月前の二宮さんはA級個人だ。A級個人がチームを組む際。1シーズンに1人加えるだけならA級部隊として始まるが、2人以上加わるとB級からになる。

 

つまり二宮さんが鶴見だけを勧誘していたらA級のままだが、鶴見以外にも勧誘していたら二宮さんはB級となりB級ランク戦に出るのだ。

 

(太刀川さんの次に個人ポイントを持っている怪物とやり合うなんて真っ平御免だ。頼むから鶴見以外は勧誘すんな)

 

内心祈りながら時枝の返事を待っていると……

 

「はい。他に犬飼先輩と鳩原先輩がいますね。鶴見さんがB級に上がったらチーム申請をすると言っていました。……あ、そろそろ探知追跡訓練が終わるので失礼します」

 

そう言って時枝は嵐山さんの元に向かうが俺ね胸中には絶望しかなかった。

 

(……終わった)

 

つまり二宮隊はB級から始まる事になる。鳩原って人は聞いた事がないので狙撃手だろう。しかし犬飼先輩は知っている。マスタークラスの銃手でかなりの実力を持っていることで有名だ。

 

それに加えて大型ルーキーの鶴見。想像するだけでヤバそうだ。下手したらA級上位クラスのチームかもしれない。

 

(勝てるビジョンが全く見えねぇ……こうなったら当たらない事を祈ろう)

 

そんな事を考えていると探知追跡訓練が終わる。言うまでもなく鶴見が1位だった。まあ仮入隊で慣れているから当然だろう。

 

「探知追跡訓練はこれで終了だ。最後に個人ランク戦について説明をするから付いてきてくれ」

 

全員が訓練室から出て嵐山さんが歩き出すと訓練生もそれに続く。まるでカルガモ大行進だな……

 

「そういえば比企谷君。辻君とは今日のいつ頃ランク戦をするの?」

 

「12時から。つまり後15分くらいしてからだな。それと辻が来たらお前ら2人、俺から離れろよ」

 

でないと奴のコミュ障が発揮してしまうからな。見る限り結構不憫だし、試合前に女子を近付けるのは避けよう。

 

「「了解」」

 

2人も事情を理解しているので特に質問することなく頷く。しかしマジで入ってからどうしようか……いっそ三上と照屋のトリオン体の見た目を男にするか……?いや、噂じゃ見た目を大きく変えると生身との違和感が原因でトリオン体の操縦が難しいらしいからやめておくべきだな。

 

そんなアホな事を考えながら歩いている時だった。

 

「ヒッキー!」

 

そんな声が聞こえてくる。俺をヒッキー呼びする奴なんざ1人しかいないだろう。

 

「何か用か?由比ヶ浜よ」

 

顔を上げるとC級隊服を着た由比ヶ浜が前からやってくる。

 

「さっきのたんちついせき?訓練なんだけど、私順位が低かったの……だからお願い!アドバイス頂戴!」

 

アドバイスねぇ……そうは言われても……

 

「普通にレーダーを見て、レーダーが表示している箇所に行くだけ、としかアドバイスはないぞ?」

 

俺は訓練生時代特に訓練で梃子摺る事は無かったし。アドバイスの仕様はない。

 

「うー……」

 

何でそこでジト目で見る?アドバイスが下手なのは否定しないが勘弁してくれ。

 

「まあマトモなアドバイスが欲しけりゃ嵐山さんあたりに頼んでみるんだな」

 

「わ、わかったよ……それとヒッキー。さっきのお礼の件なんだけど……」

 

「何だよ?」

 

「お礼なんだけど……ヒッキーが欲しい物をあげようと思うんだけど、ヒッキーは何が欲しい、かな?」

 

「金」

 

そう言った瞬間、隣にいる三上と照屋がずっこけそうになっていた。何だその仕草は?

 

「先輩……」

 

「流石にそれは……」

 

2人は若干呆れた表情を浮かべている。お前らのその表情は止めんかい。何か変な扉が開きそうだし。

 

「そうは言ってもなぁ……俺がボーダーに入ったのもチームを組んでA級に上がろうとするのも金の為だし。欲しい物と言ったら本くらいだけど、どら焼きだけじゃ気が済まない由比ヶ浜が相手じゃ納得しないだろうし」

 

以前俺は入院に対する詫びをどら焼きで許すと言っても、由比ヶ浜は気が済まないと言ったのだ。本を要求しても由比ヶ浜は納得しないだろう。

 

「うぅ……あ!じゃあ私がヒッキーのチームに入ってヒッキーがA級に上がるのに協力するのはどう?!」

 

「いや、良い、要らん」

 

「即答?!もうちょっと考えても良いじゃん!」

 

当たり前だ。これ以上女子が入ったら辻のコミュ障が悪化するに決まってる。仮に4人目を入れるなら男子を入れるつもりだ。

 

仮に辻のコミュ障を敢えて無視して女子を入れるなら、それこそ鶴見のように桁違いの才能を持つ女子を誘うつもりだ。

 

それに……

 

「お前が訓練で使っていたトリガーは突撃銃でハウンドだろ?悪いが4人目の戦闘員を入れるとしたら攻撃手か狙撃手と決めているから諦めろ」

 

俺が4人目を入れるとしたら点取り屋の人間を入れるつもりだ。となると近距離で暴れる攻撃手か離れた所から攻撃出来る狙撃手を入れるつもりだ。

 

バランスタイプの照屋と辻が攻撃や防御や援護をやって、比較的攻撃タイプの俺が前線で暴れる、これが3人でチームを組んだ場合の戦術だ。

 

しかし俺はそれなりに才能に恵まれていると思うが、太刀川さんや風間さん、小南に比べたら霞むのは事実なので、B級ランク戦では火力が足りなくなるかもしれない。

 

そこでもう1人点取り屋が居れば大きく変わるだろうから、点取り屋になり得る攻撃手か狙撃手を4人目に据えたい……ってのが俺の考えだ。

 

閑話休題……

 

そんな訳で由比ヶ浜の提案を蹴った俺だが……

 

「うー……」

 

「だからジト目で俺を見るな。てかもう個人ランク戦のロビーに着いたからさっさと行け。でないと説明を聞き逃すぞ」

 

こいつ以外のC級は既に嵐山さんの近くにいるし。

 

「えっ?……あっ!」

 

こいつも状況を理解したのか慌てて嵐山さんの所へ走り出す。

 

「先輩、4人目は点取り屋を入れるつもりなんですか?」

 

由比ヶ浜が居なくなると同時に照屋が話しかけてくる。

 

「入れるとしたらな。お前や辻は安定して点を取れる為に声をかけた。その上で更に点を取りに行くには点取り屋が必須だ。まあ前提条件として三上の負担にならなければの話だが」

 

「私?」

 

「ああ。三上に負担がかかってオペレートのレベルが下がっちゃ話にならないし。お前に無理をさせるつもりはないから安心しろ」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

三上は俯きながら礼を言ってくる。マジで可愛いなコイツ。中学時代の俺なら告白して振られてる自信があるぞ。……振られるのかよ?

 

そんなアホな事を考えながら嵐山さん達の近くに向かうと、C級隊員が近くにいる者とペアを組み始める。恒例のペアを組んでそいつと個人ランク戦をするのだろう。

 

となると……

 

(やっぱり)

 

鶴見と那須相手に組む奴はおらず、鶴見と那須が組んでいた。まあ気持ちはわからんでもない。初試合が明らかにトップクラス2人とやるなんて絶対に嫌だろう。てか俺も避けられたんだよなぁ……

 

(懐かしいな……あん時俺は照屋と戦って、それ以降しょっちゅう戦うようになって、今は一緒のチームにいる……本当人生ってのは何が起こるかわからないな)

 

そう思いながらペアを組んでいる連中を見ると右側から肩を叩かれた。見ると照屋が……

 

「先輩、あそこにいるのは辻先輩じゃありませんか?」

 

そう言われたので見ると、今日戦う辻がランク戦のロビーに入ってくるのが見えた。リアクションをとってない事からどうやら向こうは俺達に気付いてないようだ。

 

「おっ。本当だ。んじゃちょっと行ってくるか、待っててくれ」

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

「負けたら2週間伊達メガネね?」

 

「待て三上。それは聞いてないぞ?」

 

「今言ったからね」

 

「この野郎……まあ良いわかった」

 

「え?良いの?」

 

「負けるつもりはないからな。それと俺が勝ったらお前が罰ゲームな?」

 

「ええっ?!」

 

三上は驚きの表情を浮かべるが、人に罰ゲームを要求するのだから必然だろう。それとも俺が非道な罰ゲームを要求すると思っているから驚いているのか?

 

 

だとしたらその心配は杞憂だ。

 

「肉体的、精神的に傷つくような罰ゲームを強いるつもりはない」

 

三上は大切なチームメイトだしそこまで酷い罰ゲームをするつもりはない。

 

「そう?じゃあ比企谷君が決めて良いよ……でも余りエッチな罰ゲームは止めて欲しいな」

 

「しねぇよ!」

 

てか照屋、ジト目で見てんじゃねぇよ。お前のジト目って変な扉が開きそうだから止めろ。

 

しかし三上に罰ゲームか……ノリで罰ゲームを提案しといてアレだが……特に考えてねぇ。

 

どうしようか?もちろん非道な罰ゲームを要求するつもりは無いが……

 

そう思いながら三上を見ると、不安そうな表情をしながら上目遣いで俺を見上げてくる。

 

それを見ると妙に保護欲をくすぐられる。小町とは違うベクトルだが、妹のような雰囲気を醸し出している。

 

(ヤバい……破壊力がヤバ過ぎる。三上に甘えられたい……)

 

そう思ったと同時に俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ三上、俺が勝ったら今後はお兄ちゃんと呼んでくれ」

 

………やっちまった

 

 


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