やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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入隊式には色々ある(前編)

5月9日、日曜日。今日は正式入隊日だ。

 

正式入隊日は1月、5月、9月と年に3回つまり4ヶ月毎に行われていて、その日に一斉に入隊するのだ。

 

入隊する人数は大体30人程度。その中で有力な新人ーーー例えるなら1ヶ月以内に正隊員に上がれる新人は、一度の正式入隊日で大体5、6人だ。

 

既に正隊員となっている人物の中には、チームを組んだり、新しい人材の追加の為に有力な新人を探す人間もいる。

 

俺としても辻をチームに引き入れる事が出来なかった場合に備えて正式入隊日に有力な新人を見に行こうと考えていたのだが……

 

 

 

「10時半……完全に遅刻じゃねぇか!」

 

現在全速力で自転車を漕いでいる。オリエンテーションが始まるのは10時。完全に遅刻だ。

 

何故遅刻をしたかというと理由は簡単。目覚まし時計の電池切れだ。そうとも知らず俺は目覚ましが鳴らないのを良いことに爆睡してたら、枕元に置いてある携帯に三上から着信が来て慌てて起きたのだ。

 

(てか何で正式入隊日当日に目覚まし時計の電池が切れるんだよ?アレか?今日だけ俺の右腕に幻想殺しが装備されたのか?)

 

そんな馬鹿な事を考えながらも自転車の速度を上げる。不幸中の幸いなのが辻とのランク戦は12時に約束してある事くらいだろう。こっちから勧誘しといて遅刻じゃ失礼極まりないからな。

 

それから自転車を漕ぐこと5分、遂にボーダー基地の秘密経路に到着したので自転車を専用の駐輪場に置いてから、懐からトリガーを出してセンサーに翳す。

 

『トリガー認証、本部への直通通路を開きます』

 

機械音声と共に本部への直通通路が開くので……

 

「トリガー起動」

 

トリオン体になり全力疾走で走り出す。ここはもう市民がいないし、直通通路は幅が広いから他人とぶつかる事はないし大丈夫だろう。

 

そのまま1分走り続けると漸く通路を抜けてボーダー基地の中に入れた。ここからは早歩きで行かないといけない。

 

(さて、まだ1番最初に行う戦闘訓練はやってると思うが……見込みのある奴はいるだろうか)

 

現在時刻は10時45分、戦闘訓練は大体1時間〜1時間半くらいで終わるし丁度半分くらい終わった所だろう。

 

そう思いながら早歩きで訓練室に向かうと、幸いな事にまだ戦闘訓練は終わっていなかった。

 

「良かった……戦闘訓練終了までには間に合ったみたいだな」

 

「完全に遅刻だけどね」

 

いきなりそんな声が聞こえたので横を見るとチームメイトの三上と照屋が立っていた。照屋は苦笑しているが三上はジト目で見ていた。

 

「いや待て三上。俺が悪いからそのジト目は止めろ。マジで目覚ましの電池が切れたんだよ」

 

「……嘘は吐いてないみたいだね」

 

「嘘じゃない。これはマジだ。ともあれ正式入隊日に新人を見に行くと提案した俺が遅刻したのは悪かった。何か2人には埋め合わせするから許してくれ」

 

「埋め合わせ、ですか?」

 

「うーん……」

 

さて、何を要求してくるのか?

 

昨日三上と一緒に食べた『味自慢らーめん。三門店』の豚骨ラーメン大盛りなら余裕、鹿のやの和菓子セットも文句はない。

 

ただし、ボーダー隊員御用達の『炭火焼き肉、寿寿苑』の焼肉セットはちょっと勘弁して欲しい。前に家族3人で行った結果、3人で食べると1万位飛ぶし。

 

さて、2人は何を要求するのか……

 

若干ビビりながら2人の答えを待っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、じゃあ明日から1週間、ボーダーでは伊達メガネをかけて過ごしてよ」

 

「あ、私もそれで良いです」

 

「は?」

 

三上と照屋は予想外の要求をしてきた。これには思わず素っ頓狂な声を出してしまう。今なんて言ったこいつ?

 

「済まん三上。聞き間違いかもしれないからもう一度言ってくれ」

 

俺が淡い期待を抱いて三上に尋ねてみるも……

 

「明日から1週間、ボーダーでは伊達メガネをかけて過ごしてって言ったんだよ」

 

聞き間違いではなかったようだ。三上は俺に1週間伊達メガネをかけて過ごせと言っているようだ。

 

「何でだよ?埋め合わせにしちゃ安いから構わないが理由を説明しろ」

 

『焼肉を奢れ』ってなどの金銭を必要とする要求をされずに済んだのは良かったが、せめて理由を知りたい。

 

「もちろんファンクラブの一員としてもう一度見たいからだよ」

 

「待て。今ファンクラブって言わなかったか?何のファンクラブだよ?」

 

「眼鏡をかけてる比企谷君のだよ」

 

「何でだよ?!何で俺のファンクラブがあるんだよ?!普通ファンクラブってイケメンに対して出来るもんだろ!」

 

思わず叫んでしまった俺は悪くないだろう。てか話から察するに三上と照屋も俺のファンクラブに入っているんだろうが、チームメイトが自分のファンクラブのメンバーってどうなんだ?

 

「そう?眼鏡をかけた比企谷君ってボーダーの女子の間では烏丸君、嵐山さんに次いで人気で、一部の人間は比企谷君にずっと眼鏡をかけさせる計画を立ててるよ」

 

「今直ぐその計画を立てている人間を全員教えろ。見つけてころーーーしばき倒す」

 

「今殺すって言いかけたよね?」

 

「気の所為だ。てか何で伊達メガネをかけた俺が有名になってんだよ?まさかとは思うがお前ら、ネットにupとかしてないよな?」

 

2人に限ってないとは思うが、念には念を入れて確認しておく。ここで頷いたら泣くぞマジで?

 

「いえ。比企谷先輩、あの時ボーダー基地を出るまで眼鏡をかけていましたよね?ですから先輩がボーダーで過ごしている時に色々な人が隠し撮りをして……」

 

「広まったわけだな……はぁ。事情はわかったがどうしてこうなったんだよ?」

 

普段の俺ならともかく、伊達メガネをかけた時の俺のファンクラブって言われても何とも言えない気分だ。

 

「まあまあ。これを機会にずっとかけてみたら?」

 

三上はそんな事を言ってくるが、俺が微妙な気分だというのに随分と楽しそうだな。マジで泣きたくなってきた。

 

「ずっとはかけねーよ。……だが、まあ……約束は約束だ。明日から1週間はかけてやる」

 

「本当?じゃあ明日から楽しみにするよ。ね、文香ちゃん?」

 

「そうですね。他の会員にも伝えておきましょう」

 

遅刻した俺が悪いんだしそれ位は甘んじて受けよう。焼肉を奢れとか言われるよりはマシだ。しかし……マジでどうしてこうなったんだよ?

 

「ついでに聞いておくがそのファンクラブの概要を教えてくれ」

 

眼鏡をかけているとはいえ自分のファンクラブだ。若干気になっている。

 

「えっと……出来たのは金曜日つまり一昨日で、会員数は中央オペレーターを中心に総勢31人ですね」

 

「31人って多いのか?」

 

ボーダーにある綾辻遥ファンクラブは総勢50名弱と聞いているが、よくわからん。ちなみに総武高の綾辻遥ファンクラブは、綾辻が入学して1ヶ月にもかかわらず総勢100名を超えているらしい。

 

「多いと思うよ?烏丸君のファンクラブが70名弱で、嵐山さんのファンクラブが40ちょっとだし」

 

烏丸人気あり過ぎだろ?まあ烏丸はイケメン+強いから納得っちゃ納得だけど。てか31人って多いな。

 

「ちなみに会長が宇佐美先輩で、副会長が三上先輩と綾辻先輩です」

 

「おい!何でお前が副会長なんだよ?!」

 

照屋の言葉を聞いた俺は思わず三上にツッコミを入れてしまう。

 

「あ、あはは……ファンクラブに入会したら『同じチームなら写真を撮れるチャンスがある』とか言われていつの間にか……」

 

「今直ぐ退会しろ!」

 

「え、えーっと……あ!今1分切った人が出たよ!」

 

三上はそう言って訓練室を指差してくる。あからさまに誤魔化しているのは丸分かりだが、今は新人発掘が重要だしこの話は後回しにするしかないようだ。

 

「……この話は後でじっくり聞かせて貰うからな」

 

そう言いながら訓練室を見ると、3号室の訓練室を使ったらしきそばかすの男子が56秒の記録を出していた。

 

「まあまあの記録だな……ちなみに俺が来ない間に1分切った奴は居たか?」

 

俺がそう尋ねる三上と照屋はさっきまでの雰囲気から一転、真剣な表情に変わる。ちゃんと切り替えているので、俺も一旦ファンクラブの件を頭の隅に退かそう。

 

「居たよ。あそこにいる2人の男子が50秒台だったよ」

 

三上が指差した方向を見ると角を模した髪を持つ2人の男子が駄弁っているのが見えた。あいつらか……

 

「使ってる武器は何だった?」

 

「2人とも弧月でした」

 

弧月か……実際の戦闘は見てないから何とも言えないな。とりあえず今言えるのは遅刻をするべきじゃかったことくらいだろう。

 

そんな事を考えながら訓練室を見ると、2号室に入った女子に思わず見惚れてしまった。

 

そこにいたのは儚げな雰囲気を醸し出す美人だった。ボーダーでも美人は沢山いるが、どちらかと言えば可愛いに近い女子が多い。あそこまで美しい女子はボーダーでも少ないだろう。

 

「あ、那須先輩だ」

 

すると照屋が軽く驚いた顔をして2号室の訓練室に視線を向けていた。どうやら照屋は彼女を知っているようだ。

 

「先輩っていうことは文香ちゃんの学校の先輩なの?」

 

「はい。先輩達と同い年です。しかし那須先輩がボーダーに入るとは思いませんでした」

 

「まあお前の学校の生徒ならお嬢様だろうし、大抵の親は反対するだろうからな」

 

「そうではなくて、那須先輩は生まれつき身体が弱く学校でも毎回体育の授業を見学してるんですよ。そんな那須先輩がトリオン体とはいえ身体を動かすボーダーに入るのはちょっと想像が出来ませんでした」

 

なるほどな……幾らボーダーの仕事はトリオン体でやるとはいえ、生身の肉体が弱い奴がやっていくのはキツいだろうし照屋の思考は間違っていないだろう。

 

「てかそんなに身体が弱いなら普通親は反対するんじゃね?」

 

「そこは私にもわかりませんが、ここにいるって事はご両親は賛成したのでしょうね」

 

まあ親の了承を無ければ入隊は出来ないかな。俺も入隊する時に親と軽く揉めたし、何らかの理由があるのだろう。

 

そう思っている間にも2号室……那須の訓練が始まった。

 

ブザーが鳴ると同時に那須の手からキューブが現れる。その事から那須のポジションは射手であることがわかる。

 

(さて……使うトリガーは何だ?)

 

若干楽しみに思いながら訓練室を見ると那須の手に現れたキューブは3×3×3の計27の小さいキューブに分割されてバムスターに向かって飛んでいく。一直線に進んでいる事からアステロイドかメテオラだろう。

 

そう思った時だった。ある程度弾丸が進むと、途中で傘のように広がったかと思いきや再度一直線に進みバムスターの弱点周囲に大量の弾丸が叩き込まれ、沢山の傷を生み出した。

 

(あの軌道……ハウンドに比べてかなり精密な動きだ。って事は那須の使うトリガーはバイパーか!)

 

これには俺も驚いた。

 

射撃系トリガーを使うC級の殆どは威力の高いアステロイドか命中させやすいハウンドを使う。

 

メテオラは強いが、爆風で自分の視界を封じるデメリットもあるので微妙な評価だ。

 

そして残るバイパーはボーダーでは人気が無いどころか皆無とも言える。その理由は簡単、扱いが難しく使いこなせないからだ。

 

バイパーは撃つ前に弾道を自由に設定できるが、制御することがとても困難なのだ。たとえ出来たとしてもそれは止まった的に集中した状態でのことで、常に動き回る実戦では殆ど使い物にならない。

 

 

正隊員の中でも三輪や烏丸はバイパーを使用しているが、使いやすい弾道を何パターンか予め設定して使用している程度だ。

 

毎回リアルタイムでしっかり弾道を引けるのは出水だけだが、初めて使うトリガーであそこまで出来るなら那須も出水同様リアルタイムで弾道を引けるタイプだ。

 

感心する中、訓練室を見ると那須がいる部屋のバムスターの顔面には大量の弾痕があるが倒すには至っていない。後一押しって所だろう。

 

すると那須は再度手からキューブを顕現して射出する。放たれた弾丸は再度傘のように広がりバムスターの弱点周囲を蹂躙する。それによってバムスターは目からトリオンを出しながら沈黙した。確実に当てる為に広範囲を攻撃するとは中々理に適った戦法だな。

 

『2号室 記録30秒』

 

機械音声が流れて周囲から騒めきが生じる。まあ俺の時も1分を切れば騒めきが生まれたからな。新人隊員からしたら驚くべき事だ。

 

「やるなあいつ。女じゃなかったら間違いなく勧誘したかった」

 

俺は思わずそう呟いてしまう。残念なのは女ーーそれも美人である事だろう。後でやるランク戦の結果次第では辻がウチの隊に入るが、奴は女子に対してコミュ障の男。

 

仮に辻がウチに入る事になっても、既に女子2人が入っているウチの隊に更に女子が増えたらコミュ障の改善以前に逃げ出しそうだから諦める。

 

俺の発言の意図を理解した三上と照屋は苦笑いを浮かべる。

 

「あー、そうかもね。ちなみに比企谷君と文香ちゃんの記録はどうだったの?」

 

「俺は確か30秒を切ってたな。照屋は確かギリギリ30秒を切らなかったんだったか?」

 

「はい。確か32秒だったと思います」

 

「へー。2人とも凄いね。私は戦闘員としては落ちたからね」

 

まあそれは仕方ないだろう。三上のトリオン量は少ないので防衛任務で活躍するのは厳しいと思う。

 

しかし……

 

「俺からしたら感覚支援や敵の位置情報の伝達、トリオン兵への警戒警報などの支援を簡単にこなしてるお前の方が凄いと思うがな」

 

既にチームを組んでから1週間、三上のオペレートによる防衛任務は何度かこなしたが、非常に助かっている。俺が欲しいと思った情報を直ぐに提供してくれる三上の腕は純粋に凄いと思う。

 

「え……あ、うん。ありがとう……」

 

すると三上は軽く頬を染めて俯く。可愛いなオイ。

 

内心ドキドキしてきたので三上から顔を逸らし訓練室を見る。那須が居なくなってからの新人を見ると……

 

 

 

『1号室、記録3分12秒』

 

『3号室、記録1分45秒』

 

どうにもパッとしない記録の新人しか出てこない。どうせなら10秒切る奴いない……ん?今3号室でやった奴……見間違いじゃないよな?あいつは……

 

「ねぇ比企谷君。3号室にいる人って由比ヶ浜さんじゃない?」

 

三上がそう言ってくるので確信を持った。あいつも入隊してたのかよ?

 

「あのピンクの髪の人ですよね?知り合いですか?」

 

「入学式の時に俺が庇った犬の飼い主」

 

「あ、そうなんですか」

 

「まあな。でもぶっちゃけ関わりたくない」

 

「先輩は彼女を恨んでいるんですか?」

 

「違う。恨んでる訳じゃないが、俺が退院した後にお礼がどうこう言って構ってくんだよ。俺は気にしてないって返してんのに、自分の気が済まないって言って聞かないんだよ。ぶっちゃけ面倒」

 

そもそも事故の件に関しては寧ろ感謝している。あの事故が無ければ三上という逸材を引き入れることは無かっただろうし。

 

「まあ自分の所為で他人が1ヶ月も入院してしまったら仕方ないと思いますよ。面倒って思うなら礼を受け取って終わりにすれば良いのでは?」

 

「そりゃそうだけどよ……ぶっちゃけ欲しい物って言われても……」

 

そこまで話してる時だった。訓練室から出てきた由比ヶ浜と目が合った。ヤバい、面倒な予感が……

 

その予想に違わず、由比ヶ浜は驚きを露わにしてからこっちにやって来る。遂に学校の連中にボーダーバレしちまったよ……

 

「な、何でヒッキーがここにいるし?!」

 

「そりゃ俺もボーダー隊員だからに決まってんだろうが」

 

後照屋、「ひ、ヒッキー……」とか言って笑うな。そんなにヒッキー呼びが面白いのか。

 

「そ、そうなんだ」

 

「まあな。って訳でじゃあな」

 

「あ、うん。またね……って待つし!」

 

チッ、この程度で逃げるのは無理か。

 

「何だよ?何度も言うが礼は要らないからな?アレは偶々起こった事だから気にすんなって言ってんだろうが」

 

「で、でも……」

 

あー、また平行線の会話になりそうだ。こうなったら選択肢は2つ。俺が礼を受け取るか逃げるかのどちらかだ。

 

いつもなら逃げているが正直今回は悩んでいる。大分こいつとのやりとりが面倒になってきたし、ボーダーってバレた以上ここで逃げたら今後ボーダーでも追いかけられるだろう。それは今より面倒な事になりそうだ。

 

そう判断した俺は……

 

「あー、わかったわかった。礼を受け取る」

 

逃げるのを止めた。てか逃げ疲れてこれ以上逃げるのは怠い。

 

「本当?!」

 

「ああ。だからさっさと寄越せ」

 

それで追いかけっこは終わりだ。これ以上逃げるのは非合理的だ。

 

俺がそこまで言った時だった。

 

「あ……やー、えーっと……」

 

急に由比ヶ浜が口をモゴモゴしながら愛想笑いを浮かべてきた。何だその表情は?

 

「どうした?礼は受け取るから早く寄越せ」

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……何をあげるか……決めてない、というか……」

 

思わずズッコケてしまった俺は悪くないだろう。

 

 


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