「……わかりました。比企谷先輩のチームに入ります」
照屋の返答によって、俺の胸中は歓喜に包まれる。
(良かった。これで第2目標である三上以外のチームメイトの確保は達成出来た)
まだまだ目標まで遠いが確かな一歩を踏み出した感覚はある。……っと、先ずは礼を言わないとな。
「そうか……先ずはどうもありがとう」
「ありがとうね」
俺に続いて三上も礼を言うと照屋は笑顔で頷く。
「いえ。元々チームに入る事は考えていましたので。それに……」
「それに?何だよ?」
疑問に思いながらも照屋に問うと……
「比企谷先輩って何というか……放っておけないというか……支えがいがありそうですし」
待て。何だそれは?支えがい?それはつまり「お前ダメっぽい」って暗に言っているのか?だとしたら泣くぞ多分。
すると……
「あ、私もそう思った」
三上も同意してくる。マジで?俺の予想が当たってたらガチで泣くぞ。
「そ、そうか。とりあえず話はわかったし、今から時間あるか?あるなら本部長の所に行って申請しておきたい」
善は急げって言うからな。早めに申請するに越した事はないだろう。
「大丈夫ですよ。では行きましょうか」
「あ、私も行って良い?」
「ああ。大丈夫だ」
そんな感じで3人で行くことが決まり、俺達は作戦室を後にした。
「まさか2日連続で本部長の執務室に入るとはな……」
「だよね。チーム結成が上手くいってる証拠だけど緊張するな……」
執務室の前に着いた俺と三上はつい愚痴ってしまう。幾らチームメイトが決まったからとはいえ執務室に入るのは緊張します。
「2人は良いじゃないですか。私は初めてですから凄く緊張してますよ」
まあそうだろうな。俺も昨日入った時メチャクチャ緊張したし。まあ何時までもここに居てもアレだから入るか。
「じゃあ行くぞ……」
言いながら昨日と同じようにノックをする。
『入ってくれ』
昨日と同じように忍田本部長の声がドア越しに聞こえてくる。
「失礼します」
「失礼します」
「失礼します」
ドアを開けて3人で執務室に入ると忍田本部長が執務机に向かっていた。しかし昨日と違う点がある。それは……
「おっ、比企谷じゃねぇか。1ヶ月ぶりだな」
「治ったのか?怪我は」
「誰っすか?」
本部長以外の人もいたのだ。B級12位荒船隊の荒船さんと穂刈さんと、帽子を被った知らない男子がいた。その事から察するに……
「お久しぶりっす。荒船さん達がここにいるって事はチームメイトの追加っすか?」
頭を軽く下げてから帽子の男子をチラ見しながら聞いてみると荒船さんが頷く。
「ああ。半崎はお前や照屋と同期の狙撃手でな。目に入ったから引き入れたんだよ」
「どうも。半崎義人っす」
帽子の男子ーーー半崎は軽く頭を下げるが、どうにも怠そうだ。理由はないがこいつとは仲良く出来る気がする。
「比企谷八幡だ。よろしく。ーーーそんで荒船さんは手続きを済ませたんですか?」
「まあな。つーかお前が昨日チームを組んだのは知ってたが、やっぱり照屋と組んだんだな」
「やっぱりって……照屋と組むのを予想してたみたいっすね?」
荒船さんの言い方はあたかも照屋と組む事は必然のように言っている。
「ああ。だってお前って照屋と過ごしてる時が一番楽しそうだし、その逆も然りだし」
言われてみれば……
「まあ……ボーダーに入って最初に知り合ったからかもしれないですけど、照屋と戦う時が一番楽しいですね」
「そうですね。私も同じですね」
「だろ?」
今はブランクがあるから俺の方が弱いと思うが、入院前は実力もそこまで離れてなかったし照屋との戦いは楽しいと思ってる。
「そっすね。じゃあ今度は照屋と協力してB級ランク戦で荒船さんを倒しますよ」
「はっ!生意気な後輩だ。逆にぶった切ってやるから楽しみにしてな」
荒船さんは不敵な笑みを浮かべながらそう言ってくる。この人に不敵な笑みは絵になるな……
「うむ。ランク戦が始まる前からやる気なのは結構な事だ。私も楽しみにしているから全員頑張るように」
『はい』
俺達のやり取りを見ていた忍田本部長はそう言ってくるので、この場にいる全員が了承の返事をする。
「んじゃあなお前ら」
「よろしくな、ランク戦では」
「どうもっす」
荒船隊の3人は執務室から出て行った。つーか前から気になっているんだが、何故穂刈さんは毎回倒置法で喋るんだ?
まあそれはともかく今はチームメイトの追加申請だ。
「すみません本部長。今荒船さんと話していた事なんですが……」
「わかっている。照屋隊員をチームに入れるのだろう?」
言いながら本部長は執務机から紙を複数枚取り出す。見ると内一枚は昨日俺が提出した部隊申請書だった。
「はい。よろしくお願いします」
「うむ……では照屋文香に告げる。本日5月2日をもってボーダー本部所属、B級15位比企谷隊への加入を承認する。今後も頑張るように」
「精進します」
言いながら本部長は認可の判を書類に押すと照屋はペコリと頭を下げる。これで照屋がウチのチームに入った事になる。
「これで比企谷の部隊の戦闘員は2人になったが、3人目は考えているのか?」
本部長は判を押された書類を執務机に仕舞いながらそんな事を尋ねてくる。
「そうですね。6月からのランク戦は3人の参加を目指してます」
2人なら2人でも構わないけど。
「そうか。もし3人目を決めてないなら来週入隊してくる人から探すのも良いと思うぞ」
まあ実際風間さんは1月に入隊した歌川と菊地原をスカウトして2月のランク戦に参加したからな。その方法も正しい手段だ。
でも……
「それはまだ考えてないです。自分達は今、3人目に交渉中なんで。来週入隊してくる連中から選ぶとしたら交渉が失敗してからですね」
まあ失敗するつもりは微塵もないが。断わられるだけならともかく、辻が敵に回ったら厄介極まりないし、勧誘は成功しておきたい。
「そうか。ならば私は交渉が成功するよう祈らせて貰うとしよう」
「ありがとうございます。そういや照屋がチームに入ったのは良いんですが、その場合シフトってどうなるんですか?」
既に5月のシフトは全隊員が提出しているだろう。しかし照屋の場合個人として提出しただろうから比企谷隊のシフトとは齟齬が生じるだろう。
「その場合は、とりあえず1週間、つまり正式入隊日までは提出したシフト通りにこなしてくれ。その後照屋隊員のシフトを比企谷隊のシフトに合わせる。その際に照屋隊員が比企谷隊のシフトに異議がある場合、3人で話し合って決めてくれ」
「了解しました。じゃあ早めに決めたいんでシフト表を貰って良いですか?」
今週は仕方ないとして来週の予定は早い内に決めておきたい。
「わかった。少し待て」
言いながら本部長は再度執務机の引き出しに手をかけていじり始め、少ししてから俺に2枚の紙を渡してくる。
「確かに渡したぞ。可能なら今日中に提出してくれるとありがたい」
「了解しました。とりあえず話は終わりのようですし、失礼しました」
「「失礼しました」」
3人で頭を下げて執務室を後にする。と、同時に息を吐いて照屋と向き合う。
「んじゃ照屋、これからよろしく頼む」
「よろしくね」
「はい。未熟者ですがよろしくお願いします」
3人で挨拶をして、改めてチームメイトになった事を実感したのだった。
「それで、辻先輩を引き入れる方法はあるんですか?……あ、シフトの変更終わりました」
作戦室にて、照屋は自身のシフトを変更して俺にシフト表を渡してくる。ラッキーな事に比企谷隊として俺が提出したシフトと殆ど被っていたので、そこまでシフトを変えることはなかった。
「サンキュー……んで、辻を引き入れる方法だが、来週の正式入隊日の時にあいつと個人ランク戦をする事になった」
「勝ったら入ってくれるんですか?」
「ああ。5本勝負で3本勝ったらな」
「ブランクのある先輩には厳しいとは思いますが頑張ってください。私に出来る事なら何でもしますので」
マジか……三上もそうだが、良い子だな。前からわかってたけど。
「そうか……じゃあ後でトレーニングルームで模擬戦に付き合ってくれ。ただし条件としてお前は銃型トリガーを使わないでくれ」
「つまり私を仮想の辻先輩として練習をするって事ですね」
「そうだ」
照屋の弧月技術も辻と同じように基本に忠実だから参考にはなるだろう。
照屋とは何度も戦っているがB級に上がってからだと、照屋は銃型トリガーを使うようになって、弧月だけ使う照屋とは久しぶりに戦うからな。勘を戻しとかないといけない。
「わかりました。シフトの変更も終わりましたし、今からランク戦のブースに行きますか?」
「いや、作戦室でやるぞ。トレーニングステージを使えば問題ないし、個人ランク戦をやったら俺のデータが流出されるからそれは避けたい」
辻も戦うと決まった相手の戦闘データを見るくらいはしてくるだろう。わざわざ個人ランク戦をやってデータを渡すつもりは毛頭ないからな。
「それは便利ですね……わかりました。今からやりますか?」
「お前が用事がないなら」
「5時には家に帰らないといけないので4時半ぐらいまでなら大丈夫ですよ」
時計を見ると丁度1時を示していた。帰りの支度とかを計算に入れても最大3時間くらい出来るだろう。
「そうか……じゃあ先ずは1時間位付き合って貰って良いか?その後休憩を挟んで再開って感じで」
「大丈夫ですよ」
「助かる。三上」
「了解。ステージはどんな形にする?」
「建物とかの障害物は一切無しで頼む」
今回は剣の腕を取り戻すのが課題だ。よって小細工を仕掛けるのに適した障害物はいらない。
「わかった。じゃあ始めるね」
三上がそう言って立ち上がりオペレーターデスクに向かって歩くので俺と照屋も立ち上がり、所定の位置に立つ。
すると間髪入れずに光に包まれ、気が付いたら先程いたトレーニングステージに転送されていた。前回と違うのは障害物になり得る建物が一切ない事と俺以外の人間がいる事だ。
「これがトレーニングステージ……聞いたことはありましたが凄いですね」
俺以外の人間ーーー照屋は驚きを顔に表しながら辺りを見渡していた。
「まあな。俺も初めて入った時は驚いた。それより準備は良いか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ頼む。三上。仮想戦闘モードにしてくれ」
『了解』
仮想戦闘モードはトリオンの働きをコンピュータ上のデータに置き換えて再現するーーー要は格闘ゲームの中で戦う感じだ。実際はトリオンが消費されないので何百回戦っても大丈夫って事だ。まあ精神的な疲れとかはあるけど。
『準備OKだよ』
三上の声を聞くと同時に俺はスコーピオンを出して構えを取ると、照屋も同じように弧月を出して構えを取る。
互いに武器を持って見つめ合うと……
『模擬戦開始!』
機械音声が流れる。同時に俺は照屋に突っ込み袈裟斬りを放つも、予想していたようにバックステップで回避される。
「ちっ……」
「やっぱりブランクがありますね。前より遅いです」
舌打ちをすると、照屋はそう返しながら弧月を上段の構えから俺目掛けて振るってくるので、スコーピオンで弧月の横っ腹を斬りつけていなして再度スコーピオンを照屋の首を刎ねようとする。
しかし振るおうとした直前に嫌な気配を感じたので咄嗟に後ろに下がると、さっきまで俺がいた場所に弧月が通っていて、回避し切れなかったのか俺の右腕から微かにトリオンが漏れていた。
どうやら照屋の弧月をスコーピオンでいなした時に直ぐに横に振るって反撃したのだろう。これは俺のいなし方が下手だったのか照屋の対応が早かったのかわからんな。前者なら早めに何とかしないといけないが、後者ならチームメイトとして頼もしく嬉しい。
とりあえず仕切り直しだ。俺は息を吐いてから更に後ろに跳んで再度スコーピオンを構えようとした時だった。
「旋空弧月」
照屋の声と共に弧月が振るわれ、伸びる斬撃が俺に襲いかかってくる。マトモに食らったら間違いなく負けるのでスコーピオンでさっきの様に横っ腹を叩いていなそうとするが、その前に照屋が旋空をOFFにして此方に向かってくるのでスコーピオンを照屋に向ける。が、照屋は予想以上に早い。スコーピオンの迎撃は無理だ。
だから……
「ハウンド」
副トリガーのハウンドを弾速重視で適当に分割して放つ。
「シールド」
すると照屋はシールドでハウンドを防ぐ。予想通りだ。こんなんで倒せるなんて微塵も思っていない。ハウンドはあくまで牽制だ。
放ったハウンドが全て照屋のシールドに防がれると同時に俺は……
(テレポーター)
即座に照屋の真横に瞬間移動する。ハウンドは照屋にシールドを使わせて目眩しをする為に放ったのだ。
「………っ!」
もちろんこれは俺の十八番である事は照屋も知っているので反応が早い。即座に横を向いて弧月で守りの態勢に入る。しかし……
「甘い」
「えっ……きゃっ!」
俺はスコーピオンを出さずに照屋の膝に蹴りを放つ。すると照屋の足は地面から離れて俺の方にゆっくりと倒れてくる。同時にスコーピオンを照屋の心臓目掛けて振るう。
俺は入院中、他人のデータだけでなく自分のデータも調べていた。その結果、俺はテレポーターを使うと直ぐにスコーピオンで攻撃する癖がある事が改めてわかった。
それを確信した俺はテレポーターを使った後直ぐにはスコーピオンで攻撃しないで相手を揺らがせて防御を外す戦法を考えた。テレポーターを使って直ぐに攻撃だけでは上位の連中相手にはやってけないからな。
即座に攻撃しないで様々な方法で揺らがせれば、スコーピオンの攻撃が生きてくる。トリオン体には耐久差がないし、1発でも攻撃が通れば戦局が有利になる。
まあもっとも……
(外したか……)
理論は生み出していたが、実践するのは今日が初めてなので上手く決めるのは無理なようだ。
照屋が身体を倒しながらもズラしたので、俺の振るったスコーピオンは照屋の心臓を仕留める事は出来ずに右腕を斬り落としただけに留まった。
しかし弧月使いの腕を斬り落としたのは大きい。戦局は一気にこっちが有利になった。このまま一気に仕留める。
そこまで考えながらスコーピオンで照屋の胴体を斬ろうとした時だった。
「まだです!」
照屋の叫びと同時に俺の足に若干の痛みを感じて俺の身体は後ろに倒れ始める。チラッと下を見ると照屋の足が俺の足に当たっていた。おそらくやり返したのだろう。お嬢様の癖に勇ましいな、おい。
そんな事を考えながら下を向いていた視線を上に向けると絶句してしまった。
視界の真ん前には照屋の身体ーーー具体的に言うと女性特有の膨らみが俺に迫ってきているのだ。
よく考えたらそれは必然だろう。照屋は足に蹴りを食らって俺の方に倒れていて、俺は照屋に蹴りを食らって背中から地面に倒れているのだから……って!これはマジでヤバい!下手したらセクハラじゃねぇか!
俺は横に跳んで逃げるべく慌ててグラスホッパーを起動しようとする……が、それより一歩早く……
「むごっ?!」
膨らみが俺の顔に当たってしまう。それによって俺の顔には柔らかい感触が伝わり、熱を生み出してくる。
そんな状況の中、グラスホッパーを起動する事など出来るはずもなく……
ドンッ……!
俺達はそのまま地面に倒れこむ。背中には鈍い痛みが、顔には柔らかい膨らみが襲いかかる。
「んっ……んんっ……」
視界は真っ暗だが照屋の艶かしい声が聞こえてくる。この体勢で妙な声を聞いたら妙な気分になってしまいそうだ。
しかし何時までもこの体勢はヤバいので照屋には早く退いて貰わないと……
「むぐ、うむっんむむむっ(照屋、早く退いてくれ)」
「んんっ……!せ、先輩っ……くすぐったいですぅ……!」
しまった。この体勢で喋ったらそうなるよな。マジで済まん。
内心照屋に謝罪していると照屋は俺の上から退いて、顔を赤くしながらウルウルした目で俺を見てくる。右腕は俺に斬り落とされたので左腕で自身の胸を隠すような仕草をしていて、それを見ると更に罪悪感が湧いてくる。
すると……
『トリオン漏出過多、照屋ダウン。……何やってるの2人とも?』
三上の呆れ声と共に、照屋の右腕が再生する。仮想戦闘フィールドの効果が発揮したのだろう。それと三上、その呆れ声は心に来るから勘弁してください。
その後俺は照屋に土下座をして誠心誠意を込めて謝罪した。照屋は訓練中の事故と言って気にしてなかったが、俺の気が収まらなかったので帰りに照屋の好物の高級プリンを奢ることにして話は終わった。
話が終わった後は照屋が帰る時間直前まで模擬戦をやった。序盤は負けが続いたが、後半は俺が巻き返したので大分ブランクは取り戻せただろう。
何時間も戦ってくれた照屋、何時間もオペレートしてくれた三上には感謝しかないので、帰りには謝罪のプリンに加えて、2人にはケーキを奢った。昔の俺なら他人に奢るなんて絶対に嫌だったが、その時は嫌な気分が一切なかった。
やはり大規模侵攻やボーダーは色々な意味で三門市の街や人を変えるのだろうと改めてわかったのだった。