「あ、おかえり比企谷君」
辻との交渉を終えた俺が作戦室に戻ると、現在唯一のチームメイトの三上がオペレーターデスクに座ってパソコンをいじっていた。
「ただいま。お前は何をやってんだ?」
「私はトレーニングステージの製作の練習。中央オペレーターだった時はトレーニングステージの製作は説明はされたけど、実際にした事ないし今の内に慣れておきたいと思ってね」
随分と勤勉なオペレーターだ。やっぱりあの事故に遭って良かった。でなきゃ三上との出会いは無かったんだし。
「そうか。慣れたら色々試してみても良いか?」
チームランク戦の対戦相手次第ではトリガーのセットも変える可能性があるし俺としても色々試しておきたい。
「もちろん。そういえば比企谷君はどうだったの?辻君との交渉」
「とりあえず俺のことを知らないからあの場での返事は無くて、ランク戦で決めることになった」
「まあ殆ど初対面の比企谷君の交渉に即答しないのは当然だし、そう考えたら良い結果だよ。ちなみにランク戦の詳細は?」
「1週間後の正式入隊日の日に個人ランク戦の5本勝負。3本取れたら入ってくれる事になった」
「そっか、でも大丈夫?比企谷君ブランクがあるし……」
「何とかする。とりあえずあの人に1日じゃなくて1週間だけ指導するように頼んでみるか」
「あの人?」
「それは後で説明する。あの人今は基地にいないし明日にする」
元々ブランクを取り戻す為、手伝って貰おうと考えていて昨日電話したら、「翌日は朝から夜まで防衛任務があるから明後日以降なら構わない」って断られたし。
(まあ……その際に提示された条件はガチで面倒だけど)
しかし辻とランク戦をすると決まった以上、全力で勝ちに行かないといけないし、怠いが条件を呑むか……
「よくわからないけど比企谷君がそう言うなら任せるよ。じゃあこれからどうするの?今11時過ぎで照屋さんが来るまで30分くらいあるよ」
微妙な時間だな。その時間じゃ食堂に行って飯を食ったら12時近くになって照屋を廊下で待たせる可能性もある。それは失礼だから止めた方が良いだろう。
「じゃあ折角だし、トレーニングステージを作って貰っても良いか?今の自分の腕を確かめておきたい」
昨日はチーム結成とかのゴタゴタがあってランク戦が出来なかったが、来週辻と戦う以上早い内に自身の今の実力を把握しておきたい。
「いいよ。私としてもトレーニングステージを試してみたかったし」
「サンキュー。じゃあちょっと付き合ってくれや」
「わかった。じゃあ早速トレーニングステージに転送するね」
言うなり三上がパソコンを操作すると俺の身体が光に包まれた。これは個人ランク戦でも経験した事があるが、今俺は仮想フィールドに転送されているのだろう。
そして5秒もしないで俺は作戦室ではない場所に転送された。辺りを見渡すと一軒家が幾つも並んでいる。普段個人ランク戦で使用するステージと違うのは大きさと背景だ。大きさは普段使うステージと違って壁が見える事から小さいし、背景も白い壁で随分と殺風景だ。
(トレーニングステージというより実験場に近い雰囲気だな)
『比企谷君、三上だけど私の声が聞こえる?』
そこまで考えているとステージ全域に三上の声が響く。おそらく三上はパソコンで俺を見ているのだろう。
「大丈夫だ。しっかり聞こえる」
『良かった。じゃあ早速始めるね。とりあえず最初は初めからパソコンに入ってたトレーニングプログラムをやるけど大丈夫?』
「ん?その言い方だと自分でもトレーニングプログラムを作れるのか?」
『うん。だけどそれは時間がかかるから今はやらなくて良いよね?』
随分と便利なシステムだな。まあ今から作っても照屋が来るまでに完成するのは無理だろうし、今は実力の確認が目的だし作らなくても大丈夫だろう。
「ああ。じゃあ早速頼む」
『了解。初めはB級トレーニング、ステージ1からね。ルールはステージの各場所に出てくるターゲットを破壊する事。後ステージに出てくるターゲットを全て破壊したら新しいターゲットが出てくるからね』
「了解。開始地点とかはあるのか?」
言いながら軽く屈伸運動をして久々に使う自分のトリガー構成を確認する。
確か……
主トリガー
スコーピオン
シールド
ハウンド
グラスホッパー
副トリガー
バッグワーム
シールド
ハウンド
テレポーター
って感じだった。1ヶ月トリガーを使ってないし切り替え速度が遅くなっていたり、間違えたトリガーを使いそうだ。もしもそうなら今日の内に改善しておかないといけない。
『ターゲットはランダムに出てくるからどこでも大丈夫だよ。ターゲットはレーダーに映るから逐次確認してね。それじゃあ始めるよ』
「はいよ」
俺が了承すると顔面にカウントダウンの数字が現れる。3、2、1……
『B級トレーニング、ステージ1 開始』
機械音声が開始の宣言をすると同時に正面に人型の的が現れた。アレがターゲットだろう。
そう思いながらも俺は主トリガーのスコーピオンを起動しながらターゲットに詰め寄り……
「先ずは1つ」
即座に首の部分を刎ねて、レーダーを確認する。レーダーに映りターゲットは2つ。7時の方向と9時の方向にある。しかし横には一軒家があるのでターゲットがあるのは……
「屋根の上だよな」
言いながら左にある一軒家ジャンプすると、予想通りターゲットが2つあった。真ん前にあるターゲットは近いが、斜め左にあるターゲットは距離がある。だから……
「ハウンド」
副トリガーのハウンドを起動して射程重視で斜め左にあるターゲットに放ちながら正面にあるターゲットをスコーピオンで一閃する。
それから3秒後、物が砕ける音がしたのでチラッと左を見るとハウンドがターゲットを蜂の巣にしていた。
『次のターゲットが出るよ』
三上の声が聞こえたのでレーダーを見ると、新たに3つのレーダー反応があった。どれも俺がいる場所から100メートル位の場所と距離がある。
(テレポーターは大体30メートル位までしか飛べないし、長距離飛ぶとインターバルが長いしグラスホッパーを使うか)
方針を決めた俺はスコーピオンを消して足元にグラスホッパーを起動して、踏むと同時にターゲットがある方向に向かって跳ぶが、胸中には暗雲のように暗い感情が湧く。
(やっぱりトリガーの切り替え速度が下がってるな……入院前ならスコーピオンを消すと同時に飛べた)
昔より力が劣っているのを理解するとどうにも悔しい感情が湧いてしまう。一刻も早くブランクを戻さないといけないな。
そう思いながら空中でグラスホッパーを再度踏み、ターゲットとの距離を30メートル近くまで詰め……
(テレポーター)
副トリガーのテレポーターを使用することで一瞬でターゲットとの距離を詰めて、主トリガーのスコーピオンで目の前にあるターゲットを一閃する。
残り2つは左右真横にある。テレポーターは30メートル近く跳ぶのに使った為数秒は使えないので俺は先ず右の方を向いて、視界に入るターゲット目掛けてスコーピオンを投げつける。
一直線に飛んで行ったスコーピオンはそのまま人型のターゲットの頭に突き刺さり、ターゲットは消滅した。
そしてそれを確認すると同時に手を後ろに回して副トリガーのハウンドを放つ。ハウンドは名前の通り追尾するので、少しするとターゲットが破壊される音が耳に入る。
『次くるよ』
三上の声と同時に新たにレーダー反応がある。今度は4つか……
(上等だ)
そう思いながら俺は最寄りのターゲットに向かうべくグラスホッパーを起動した。
10分後……
『ターゲット全滅、トレーニングプログラム終了。記録12分54秒』
俺がターゲットに向けてスコーピオンを投げつけて粉砕すると、同時にブザーが鳴りトレーニングプログラム終了を告げる機械音声が鳴り響いた。
『お疲れ様比企谷君』
「おう。お前もお疲れ。ちなみにこのトレーニングプログラムの記録ってどの位なんだ?」
後半は改善されたが、序盤はトリガーの切り替え速度が鈍かったからな。ブランクは結構あるって所だが、今の記録は良いのか悪いのかわからない。
『ちょっと待ってね……えーっと、B級上がりたての人がやった場合平均が16分30秒で、マスタークラスになったばかりの人がやった場合の平均が10分50秒だね』
「つまり今の俺の実力はマスタークラスの二歩手前って所か?」
『多分ね』
マジか……やはり1ヶ月もトリガーを使わないと腕が落ちるな。辻の実力はマスタークラス一歩手前だし、来週の戦いは結構厳し戦いになりそうだ。
「わかった。とりあえず1回戻るから、今の記録を再生出来るようにしてくれ」
自分の動きを見る事で直すべきポイントを見つけたい。場合によっては新しい技術を身につけるきっかけになるかもしれん。
『了解。今から準備するから』
三上がそう言うと同時に俺の身体は光に包まれて、気が付いた時には作戦室のベイルアウト用のマットの上にいた。
やはり仮想フィールドの技術は半端ないな。この技術が世間に広がればマジでSAOが作れるかもしれん。トリオン技術は門外不出だから無理だけど。
そんな事を考えながらベイルアウト用のマットから降りて三上がいる場所に向かうと三上がパソコンを弄っているが、俺に気付くとチョイチョイ手招きしてくる。
「お疲れ様。さっきの訓練の記録を見れるようにしたよ」
俺が三上の後ろに立つと、三上はモニターに映るカーソルを再生ボタンに合わせマウスをクリックする。すると俺がターゲットを破壊する動画が再生されるが……
「うーむ……結構動きが固くなってるな」
改めて自分の動きを見ると結構恥ずかしい。ブランクがあるのもそうだが、俺自身まだまだ未熟だというのがわかる。1週間でブランクを取り戻し、更に強くならないと辻には勝てないだろう。
(この1週間は厳しくなりそうだし、今の内に気合いを入れておこう)
動画がありとあらゆる事を学ぶ為、穴が開くくらい動画がガン見している時だった。ピンポーンとインターフォンが鳴る音が聞こえてきた。
『こんにちは比企谷先輩、照屋です』
三上と顔を見合わせていると昨日会う約束をした女子の声が聞こえてくるので俺はオペレーターデスクから立ち上がり、ドアの前に立ちロックを解除する。すると照屋が視界に入る。
「呼び出して悪かったな。とりあえず入ってくれ」
「失礼します。三上先輩もお久しぶりです」
「久しぶり。あ、それとこれ食べて」
「わぁ……!どうもありがとうございます」
照屋が座ると三上は先程俺が買ったどら焼きを差し出す。すると照屋は顔をほころばせる。普段は割とクールな照屋だが、こういう時は年相応の顔を見せてくる。
そんな照屋に癒されながらも照屋の正面に座ると、三上は俺の隣に座る。その光景はあたかも面接会場みたいだ。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「まあいいとこのどら焼きだからな」
「はい。それと比企谷先輩は退院とチーム結成おめでとうございます」
「サンキュー。お前こそ何度も見舞いに来てくれてありがとな」
1ヶ月ーーー約30日入院していたが照屋はその内15日くらい来てくれたし。ちなみに一番来たのは三上。まあ三上の場合クラスが同じだからノートを届けるって理由があったからだけど。
「どういたしまして。それで何故私を呼んだんですか?」
照屋がそう聞いてくるが、いよいよか。辻の時もそうだったが若干緊張が走る。
しかし一度経験したからかそこまで焦る気持ちにはならない。俺は息を吸って……
「照屋、ウチのチームに入って欲しい」
ハッキリと要求を口にする。対する照屋は薄々予想していたのか特に驚きを露わにしてない。
「そうですか。ちなみに私を選んだ理由を聞いても良いですか?」
「もちろん。照屋の戦い方は攻撃、支援、防御、どれを取ってもバランスが良いからな。どんな状況でも点が取れるチームを作りたい」
A級に上がる為のランク戦に挑む以上、安定して点を取れるチームを作りたいし。
「なるほど……ちなみに私以外に声をかけた人はいるんですか?」
「さっき辻に声をかけた」
「辻先輩ですか……納得の人選です」
まあ安定したチームを作るなら辻はうってつけの存在だ。欠点としたら女子が苦手……あ、ヤベ、照屋の勧誘に成功したらチームメイトに女子が2人。奴にとっては厳しいかもしれない。
(だからといって辻を諦めるのは嫌だし……仕方ない。辻には女子恐怖症を治して貰おう)
俺もボーダーに入ってコミュ障を大分改善出来たので大丈夫だろう……と、信じたい、マジで。
「では最後に。目標は?」
「A級」
照屋と視線を交える。A級、それ以外は眼中にない。B級中位や上位で燻るつもりはない。何としてもあそこまで辿り着くつもりだ。
暫くの間、違いに視線を逸らさず交差していると……
「……わかりました。比企谷先輩のチームに入ります」
俺が望む答えを口にした。