日曜日は好きだ。働かなくて良いからだ。学校も休みだし。昔は土曜日も休みだったが、中学に上がると土曜日も学校があり苦痛だ。
そんな中、日曜日は基本的に予定がないから思い切り休める。この日だけは防衛任務も入れてないし完全な休みだ。日曜日は昔から寝て過ごすのが基本だ。
しかし……
「ご馳走様。紅茶飲んだら基地に行ってくる」
俺は至極忙しいので寝て過ごせない状態にある。
退院してチームを組んだ翌日の朝9時半、俺は最愛の妹の小町の作ってくれた朝食を流しに置き、小町の淹れた紅茶をテーブルに運び飲み始める。
「ほーい。日曜日は寝て1日を過ごすお兄ちゃんがチームメイトを確保する為に外に出るなんて……小町嬉しいよ」
小町はよよよっ……と泣き真似をし始める。若干ウザいが我慢だ。今までは小町の言う通り、日曜日は寝て1日を過ごしていたからな。
「まあアレだ。積極的に動かないと目的を達成出来ないからな。嫌でも頑張るだけだ」
今日はチームメイトの勧誘をする為10時半に作戦室で三上と待ち合わせをしている。
本音を言うと今直ぐベッドに飛び込みたいが、チーム結成をするまでは私情を挟まずに頑張るつもりだ。
「お兄ちゃん本当に変わったね」
「変わらなくちゃ生きていけないからな」
ついでに言うと風間さんにケツを引っ叩かれたからな。マジであの時風間さん病院で会わず説教を食らわなかったら、今頃ベッドで爆睡していただろう。
「そっか。まあ頑張ってね。ちなみに勧誘する人って女子?」
「あん?男女1人ずつだけど」
まあ男子の方は殆ど接点がないから厳しいと思うが。
「ほうほう。お兄ちゃんが女子を誘うねぇ〜」
「そのニヤニヤした笑いは腹立つからやめろ」
言いながら紅茶を一気飲みして身体を温める。5月にもかかわらず今日は妙に寒い。俺が風邪なのか千葉の気温が寒いのかは知らないがしっかりと温めないとな。
「とりあえず三上を待たせると悪いし俺はもう行く。帰りは4時くらいだと思うが何か買ってくる物はあるか?」
カップを流しに置いて、トリガーをポケットにしまい、小説やボーダーから支給されたタブレットが入った鞄を肩にかけて行く支度を済ませる。
「うーん……あったらその時間にメールするよ。チーム決めるの頑張ってね。歌歩さんに嫌われないようにね?」
当たり前だ。てかメチャクチャ優しい三上に嫌われるって相当屑なことをしないと無理だと思う。そこまでの屑になるつもりはない。てかなったら色々な意味で終わるだろう。
「努力はする。じゃあまたな」
そう返した俺は家を出て自転車に乗ってボーダー基地に向かって漕ぎ始めた。
暫く自転車を漕いでボーダー基地に近づくにつれて辺りに巨大な店が目に入る。大規模侵攻が起こってから3年弱、ボーダー基地に関してもそうだが三門市の復興は思ったよりも早い。侵攻直後ならともかく今三門市に住んでいる住人は、ボーダーの頼もしさから三門市を離れずにいる。
(まあもう一度大規模侵攻が起こったらどうなるかはわからんがな……)
大規模侵攻が起こって市民から死傷者が出たら、三門市を離れる人も出るだろうし、マスゴミはボーダーを叩くのが目に見える。大規模侵攻直後もボーダーの事を『子供に兵器を持たせる危険組織』とか『トリガーという力で三門市を牛耳ろうとしている』とか好き勝手言って、今でも叩いてる記者もいるし。
本当に馬鹿馬鹿しい。そんな風に叩くならテメェらが近界民から市民を守れよ。自身の生活の為にありとあらゆる事に対して叩いてんじゃねぇよ、ってのがマスゴミに対する俺の気持ちだ。
(って、らしくもねぇ事を考えても仕方ないな。ったく……嫌な気分になったし甘いもんでも買ってくか……)
三上との集合は10時半。今は10時丁度で、寄り道しないで基地に向かえば10分で着くし、多少ーーー10分くらいなら寄り道しても大丈夫だろう。
そう思った俺は自転車の向きを変える。自転車のハンドルの先には和風の建造物ーーー『和菓子 鹿のや』があった。
「うぃーす」
10時20分、つまり集合時間10分前に俺は作戦室のドアを開ける。すると……
「あ、おはよう比企谷君」
私服姿の三上が可愛らしい笑顔で迎えてくれる。三上の服装は白いワンピースだが涼しそうだ。
「よう三上。遅れて悪かったな」
「ううん。集合時間前だから大丈夫だよ」
「なら良かった。それと基地に行く途中でこれを買ってきたから食いながら話すぞ」
言いながら持っている紙袋をテーブルの上に置き中を取り出すと、三上は子供らしく目を輝かせる。
「あっ、いいとこのどら焼き?」
「ああ。妙に甘いものが食いたくなったから買った」
まあそれ以外にも目的はあるけど。
「どうもありがとうね。これでお茶を淹れられたら良いんだけど……」
「残念ながら給湯室はA級部隊の作戦室にしかないから今は諦めろ。A級に上がったら淹れたら良い」
「えっ、そうなの?」
「ああ。A級の作戦室はB級のそれより少しだけ広くて、給湯室と小部屋が付いてくんだよ」
太刀川隊は殆ど使ってなかったけど。てかやりっぱなしで汚いから使ってないだけだと思うが。
「まあそれは今は関係ない。それより例の勧誘の話をするぞ……あむっ」
言いながらどら焼きの入った袋を開けてパクリとかぶりつく。同時に上品な餡の甘味が口の中に広がる。マジで美味すぎる。ボーダーに入る前は高いからと忌避していたが、給料を貰っている今なら不満なく買える。
「うん、やっぱり美味しいね……それで?照屋さんと辻君を勧誘するのは良いけどどうやって勧誘するの?」
三上もどら焼きを食べながら質問してくる。何でも良いが三上の食い方、小動物みたいで可愛いな。
「照屋は今日の朝6時から11時半まで王子隊と防衛任務があるから、12時に作戦室に来てくれとメールをしたからそん時に話す。一応どら焼きは6個買ったけど2個残しとくぞ」
「了解」
勧誘する相手を作戦室に呼ぶんだし、もてなしの準備もしとかないといけないからな。どら焼きを買った目的は俺の欲求以外にもあるのだ。
「問題は辻なんだよなぁ……俺あいつの連絡先知らないし。お前知ってる?」
「ごめん。知らない」
「だよなぁ……」
しかもあいつ誰かと連んでるの見たことないし。
「うーん。やっぱり個人ランク戦のロビーに行ってみるのはどうかな?チームを組んでないなら作戦室はないんだし」
「ま、それが一番だな」
仮に辻が居なくても辻の連絡先を知ってる奴が居れば聞いてみれば良い話だ。
「じゃあ早速行く?」
「だな。善は急げって言うし行くか」
言いながら残ったどら焼きを飲み込んでゴミを丸めて立ち上がると、三上も同じような仕草をして立ち上がる。
さて、可能なら居れば良いんだが……
そう思いながら作戦室を出て個人ランク戦のロビーに向かうと……
「おっ、丁度やってんじゃん」
「ラッキーだね」
丁度個人ランク戦のモニターでは俺が目を付けている辻本人がランク戦をしているのが見えた。まさか着いて早々見つかるとは実にラッキーだ。
対戦相手は生駒隊攻撃手の南沢だが、辻が押している。
南沢がグラスホッパーを使って辻を翻弄させようとしているが、辻は焦らずに南沢を注視して、南沢が斬り込んだ瞬間に自身の弧月を南沢のそれとぶつけ鍔迫り合いの形に持ち込む。
しかしそれも一瞬で辻は鍔迫り合いの状態のまま体当たりをして南沢を弾き飛ばし、間髪入れずに旋空を起動して南沢を真っ二つにした。
『10本勝負終了 勝者辻新之助』
同時にブザーが鳴り機械音声が勝者を告げる。結果は7ー3で辻の勝ちだ。
「私、戦闘は詳しくないけど辻君の戦い方は綺麗だね」
三上が感心しながらそう言っているが、俺が辻を勧誘しようとした理由はまさにそれだ。
弧月使いはゴロゴロいるが辻の戦い方はどれも基本に忠実なのだ。弧月の振るい方、回避や受け太刀などの防御の仕方、立ち回り方などそれら全てがお手本のように綺麗なのだ。
だからだろうか辻は格下との戦いでは余り黒星を生まない。入院中にランク戦の記録は山程見たが、格下の奇策を殆ど無効化していた。
あそこまで基本に忠実ならば弧月による援護能力も期待が出来るし、メンタルも強いだろうからチームの支えにもなると、判断して俺は奴を勧誘すると決めたのだ。
「ああ。だからこそチームに入れたい。って訳で奴が出てきたら交渉を始めるが協力を頼むぞ」
「うん。頑張ろうね隊長」
「だから隊長呼びは止めろ。明らかにからかってるだろ?」
三上の奴、中々茶目っ気があるじゃねぇか。その程度では怒りはしないが恥ずかしいから止めて欲しい。三上に負担がかかるから隊長をやったんで俺自身は隊長の器じゃないし。
「ふふっ、ごめんごめんって、辻君出てきたよ」
見ると辻がドリンクを飲みながらブースから出てきた。ドリンクを飲んでいるだけなのにイケメンオーラを出していて、若干気遅れしかけている。
(いや、気遅れなんてしたらまた風間さんに怒られるし、そんな事を言っている場合じゃないな)
俺は一度自身の頬を叩き気付けをする。A級を目指すと決めた以上コミュ障なんて言ってられん。
「良し。じゃあ行くぞ」
「了解」
三上から了解の返事を貰ったので俺達は辻の元に向かって歩き出す。辻との距離が3メートルまで近付くと、向こうも俺達の気配を感じたのかこちらを見てくる。
しかしその後の仕草が奇妙だった。さっきまではクールな表情だったのに俺達を見ると若干目を見開き驚きを露わにするも、直ぐに俯いて俺達と目を合わせないようにし始める。いきなりどうしたんだ?
「なぁ、話があるのだが、お前が辻で合ってるよな?」
俺が話しかけるも……
「あっ……えっと……」
顔を上げずにしどろもどろになっている。さっきまでのクールな辻とは別人のようだ。
「えっと……体調が悪いのかな?」
三上が心配そうに辻に近寄るも……
「なっ……!えっ……あっ……!」
しどろもどろな口調のまま辻は後ずさる。その際にチラッと表情が見えたが怯えの色があった。
同時に俺は辻が急に変わった理由を理解した。
(こいつ……多分女子限定のコミュ障だ)
昔の俺も辻ほどじゃないが女子と目を合わすのを苦手だったし簡単に予想が出来る。
しかしこうなるとは思わなかった。とりあえず三上をこの場から離さないと交渉は無理だろう。
そう判断した俺は三上の耳に顔を寄せる。少し、いやメチャクチャ恥ずかしいが我慢だ。
「(三上。済まんがお前は一回辻の視界から出てくれ。こいつ多分女子限定のコミュ障だからお前がいるとコミュニケーションを取れなそうだ)」
「(これ女子が苦手だからなの?!)」
「(俺も似たような経験があるからな。とりあえず一回作戦室に戻っててくれ)」
「(りょ、了解)」
三上は戸惑いながらも俺の指示を聞いて、辻から距離を取り個人ランク戦のロビーから出て行った。
同時に辻は安心したように息を吐く。ビンゴだ。やっぱりこいつは女子が苦手のようだ。
「さて、これで話せるか?」
「……ああ、済まない。彼女には悪いが女子は苦手でな」
「別に三上はその程度の事で怒らないから大丈夫だろ。それより話がしたいんだが、時間はあるか?」
「時間はあるが、その前に名前を聞いて良いか?」
「ああ、悪い。B級16位比企谷隊隊長の比企谷八幡だ」
「比企谷?ああ……君が例の」
「何だ例のって?」
嫌な予感しかしないが妙に気になってしまう。
「ウチの高校……総武の入学式当日に事故に遭って1ヶ月入院して新人王争いから脱落した……」
「ああ。それは間違いなく俺だな」
「そうか。それで俺に何の話が?」
辻に問われる。いよいよ勧誘をするが思った以上に緊張してしまう。
(落ち着け……落ち着いてハッキリと用件を伝えないと……)
俺は一度深呼吸をして……
「ああ。単刀直入に言うが、ウチのチームに入って欲しい」
ハッキリと伝える。噛まずに言えて良かった……!
対する辻は軽く目を見開き驚きを露わにするが、それは一瞬のことで直ぐにクールな表情に戻る。
「チームに入れ?俺と君は接点がないが、何故俺を?」
即座に否定しないならば交渉の余地はあるだろう。これからは慎重に……!
「俺は入院中に色々な奴の記録を見たが、お前の戦い方がシンプルーーー安定した戦い方だった。どんな状況でも落ち着いて対処する戦い方を持つメンバーが居ればチーム全体に安定感をもたらすからな」
照屋を誘った理由もそれだ。安定した戦い方を持つメンバーが居ればチームそのものがどんな状況でも揺らぐ事は無くなるだろう。
「……なるほど。ちなみに目指す場所は?」
「当然A級」
その為にコミュ障を改善してチームを組むと決めたんだ。ここまで来たら最後までやり切ってやるつもりだ。
「………」
俺の返事に対して辻は考える素振りを見せる。直ぐにOKを貰えるなんて都合の良い考えはないが、僅かに希望を持ってしまう。さてさて、どうなるやら……
内心祈る中、辻が顔を上げて口を開ける。
「……話はわかった。俺も何処かのチームに入る事は考えている。……が、俺は君の実力を含めて何も知らないから今この場で決めるのは無理だ」
「だろうな」
当然の回答だ。一応一度だけ戦ったが、それは3ヶ月前だし互いに名乗ってないから覚えてないだろう。俺も記録を見るまで忘れてたし。
「だからボーダー隊員らしくランク戦で判断したい。君が俺の隊長に適しているかどうかを」
まあ予想の範疇だ。会ったばかりの人間の誘いなんて大抵は断られるし、そう考えたら辻の返答はかなり良いものだろう。
そう考えている中、辻の口が開く。
「そうだな……1週間後、5月の正式入隊日があるからその日に俺と個人ランク戦をして比企谷が勝ったら君のチームに入る。それでどうだい?」
「それは構わないが、何故1週間後なんだ?」
「比企谷はつい最近まで入院していたんだろ?ブランクがある中やってもフェアじゃないし」
これはありがたい提案だ。確かにブランクのある俺がやっても負けるだろう。となるとこの1週間が勝負になる。
「そうか……じゃあ、ありがたくお前の提案に乗らせて貰う。それと勝負は一発勝負じゃなくて運が絡まない複数勝負にして欲しい」
もしも戦闘直前に転んだりして呆気なく勝敗が決まったりしたら双方納得しないだろうし。
「……わかった。じゃあ5本勝負で3本取った方の勝ちでどうだ?」
「それで構わない。じゃあまた1週間後に」
「ああ。その時に比企谷の熱意を確かめさせて貰う」
言うなり辻は立ち上がり去って行った。とりあえず最初の勧誘としては合格だろう。これから1週間、実に忙しくなりそうだ。
そう思いながら俺は三上のいる作戦室に向かって歩き出した。