やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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退院してから比企谷八幡は目標に向かって動き出す(後編)

「しっかし作戦室か……今までは他所の作戦室で過ごしてたからな。自分の作戦室となると変な物にならないか不安だな……」

 

「でも私は楽しみだな。作戦室に入るのは初めてだから」

 

忍田本部長から部隊申請書の受理をして貰った俺とチームメイトの三上は執務室を後にして、廊下を歩き割り当てられた作戦室に向かって歩いている。

 

 作戦室とは名前の通り、部隊が作戦を練る場所である。ランク戦のミーティングや防衛任務の打ち合わせ、待機任務の待機場所など多種多様な使い方が存在している。俺は未経験だが、ボーダーには深夜任務もあるので場合によっては泊まり込みで利用する機会もある。

 

しかしそれと同時に、チームの憩いの場ーーー第2の自宅と評される場所でもある。

 

ボーダーで作戦室を持つチームの大半は自身の作戦室に色々と手を加えている。子供っぽい言い方をすれば秘密基地みたいな場所でもあるので、学生からすれば隣を歩く三上のようにワクワクしてもおかしくない。俺自身も若干楽しみにしている。

 

「ん?お前は作戦室に入った事がないのか?てっきり同年代の綾辻や小佐野がいる嵐山隊や諏訪隊の作戦室に入っていると思ったが」

 

「遥ちゃん達部隊オペレーターが中央オペレータールームに来る事はあっても、その逆は余り無いんだよ。それで私は作戦室に入った事がないの。だから作戦室って初めてだから楽しみなんだ」

 

「なるほどな……っと、ここか」

 

本部長に言われた場所に辿り着くと機械の扉がある。まさに近未来的な扉だ。まあトリガーやボーダー基地そのものが近未来的だけど。

 

そう思いながら扉の横にあるロックを解除すると……

 

「おおっ……」

 

「わあっ……!」

 

そこには畳三十畳くらいの大きさの部屋があった。

 

とはいえ中にあるのはオペレーター専用のデスクと、壁を挟んだ先にある緊急脱出用のベッド4つだけで、ソファーや机などの調度品はない。

 

しかし自分達だけのプライベートスペースが手に入ったと考えると、嬉しい気持ちが舞い上がっているのがわかる。

 

「なるほど……始めの作戦室はこんな感じなのか。他の部隊の人達は改造し過ぎだな」

 

予想はしていたがどの部隊も大半が未成年だけあって好き勝手改造しているようだ。

 

「え?他所の部隊はそんなに凄いの?」

 

「ああ。作戦室に徹夜でゲームをする為の仮眠ベッドを置いてる部隊もあれば、麻雀卓を置いてる部隊、筋トレマシンや謎の石像や大型スクリーンプロジェクターを置いてる部隊とかあるぞ」

 

「そ、そうなんだ……私達もそこまで改造するの?」

 

三上はそう言ってくるが、俺個人とはそこまで改造するつもりはない。今挙げた部隊の作戦室はどれも汚いからな。あそこまで汚くなるならハナから改造するつもりはない。

 

とはいえ……

 

 

 

 

 

「とりあえず三上。今から開発室に行ってソファーやテーブルなど最低限の調度品を用意して貰うように申請しに行くぞ」

 

本部長から作戦室を与えられた時に、開発室に申請すれば作戦室にトリオン製の机や椅子などを設置して貰えると教えて貰った。

 

俺自身作戦室の改造にはそこまで興味ないが必要最低限のものは用意したい。現時点での作戦室は殆ど丸裸だし。

 

「あ、うん。そうだね」

 

それは三上も賛成のようで小さく頷き作戦室を出たのでそれに続く。作戦室のドアが閉まると同時に俺は歩き出す。

 

「比企谷君は開発室の場所はわかるの?私はオペレータールーム以外の場所は余り詳しくないんだよね」

 

「ああ。B級に上がった際に開発室でトリガーチップを入れるんだよ」

 

まああの時はチームを組むなんて微塵も考えてなかったけど。本当ボーダーに入ってから予想外の道ばっか歩んでんな俺。

 

「とりあえず必要最低限の調度品以外は自分達で調達するんだが、お前はなんか作戦室に入れたい物はあるか?」

 

本棚やクローゼットならトリオン製の物を作ってくれるし、ランク戦を見る為のモニターやデータ収集に使うパソコンは開発室が支給してくれるが、それ以外の物ーーーそれこそ麻雀卓とかは自分達で調達しないといけないからな。

 

「うーん。特にないな。比企谷君は?」

 

「俺?俺としては冷蔵庫とかだな」

 

そして中にはMAXコーヒーを入れたい。MAXコーヒーが売ってある自販機はボーダーには少ないし買いだめをしておきたい。

 

「あ、冷蔵庫は私も欲しいな。ある程度落ち着いたら買いに行かない?」

 

「だな。にしても高校生が冷蔵庫を買うって普通はあり得ないだろうな」

 

「あー、そうかもね。大規模侵攻は三門市や三門市の住民を大きく変えたよ」

 

だよな……未成年の人が簡単に人を殺せる武器を持って異世界からの侵略者と戦ってるし、あの大規模侵攻は三門市を大きく変えたのは間違いない。

 

(まあ俺自身もコミュ障を改善されたけどな……)

 

そんな事を考えながら三上と駄弁っているといつの間にか開発室の前に到着していた。

 

「んじゃ入るぞ。失礼します」

 

「失礼します」

 

言いながら扉を開けて開発室の中に入ると、そこには先客がいた。

 

「ん?」

 

「あ、どうも比企谷先輩」

 

「げ、比企谷先輩だ」

 

「おー、ハッチ君に歌歩ちゃんじゃん!久しぶりー」

 

開発室にいたのは先日A級に昇格した風間隊のメンバー4人だった。しかし以前あった時と違って隊服が違った。B級自体はジャージタイプだったが、今はSF映画に出てくる宇宙スーツのような隊服を身に纏っていた。

 

そんな事を考えていると風間さんが近寄ってくる。

 

「比企谷か。後ろにいるオペレーターや開発室に来た事から察するに、新しくチームを組んで、その際に貰った作戦室の改良をしに来た所か?」

 

……流石風間さん。会って数秒でここまでわかるとはな。恐れ入る。

 

「そうっす。オペレーターの三上で、車に轢かれた時に救急車を呼んだのが彼女だったんです」

 

「は、初めまして。三上歌歩です」

 

「よろしく」

 

隣に立つ三上が小さい体を縮こまらせて頭を下げ、風間さんはそれに応じる。

 

「退院して直ぐにチームを組むという事は既にチームの構成についても考えているんだな?」

 

「ある程度は。風間さんのおかげで。あの時は説教をしてくれてありがとうございます」

 

そう言って頭を下げる。風間さんのおかげで自分の甘さを認識出来たんだ。感謝しかない。

 

すると風間さんは口にほんの少しだけ笑みを浮かべる。笑うんだこの人……

 

「……どうやら入院中に遊んでいた訳ではないようだな。お前がどんなチームを作るか楽しみにしているぞ」

 

「ええ。いつか絶対にA級に上がります」

 

「僕より弱いのに?」

 

「おい!」

 

菊地原の毒舌を歌川が咎める。相変わらず歌川は良心の塊だな。実際ブランクのある俺は間違いなく菊地原より弱いし、別に気にしてないのに。

 

「歌川、俺は別に気にしてない。寧ろ口の悪くない菊地原なんて、剣のない太刀川さんみたいなものだからな」

 

「何それ?つまり口の悪くない僕はダメ人間って事?」

 

「おい!仮にも先輩の事をダメ人間呼ばわりするな!」

 

「いや、剣のない太刀川は正真正銘のダメ人間だから気にするな」

 

「風間さん?!」

 

話題を振った俺が言うのもアレだが太刀川さんェ……まああの人、dangerをダンガーって読む人だからなぁ……大学もボーダー推薦を使ったみたいだし。

 

そこまで考えていると風間さんのポケットから電子音が聞こえる。

 

「時間か。悪いが俺達はこれから防衛任務だから失礼する」

 

「あ、はい。どうもっす」

 

「ああ、またな」

 

「失礼します」

 

「次にランク戦をする時はボコボコにするんで」

 

「こーら、きくっちー。じゃあまたね2人とも。6月からのランク戦頑張ってね」

 

風間隊の4人はそのまま開発室から出て行った。次に菊地原とやる時までにブランクを取り戻さないとな……

 

「何か……凄い人達だね」

 

風間隊が去った後三上は苦笑しながらそう言ってくる。まあ確かに漢気溢れる風間さんを筆頭に毒舌キノコの菊地原、良心の塊の歌川にメガネ教の法皇の宇佐美、全員癖が強いのは否定出来ない。

 

「まあな……それよりも作戦室の申請をしないと」

 

「あ、そうだね」

 

三上から了承を貰ったので俺はチーフエンジニアの1人である寺島さんの元に向かい作戦室改造の申請をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、作戦室に戻ると……

 

「おぉ……マジで出来てやがる……」

 

「トリオン技術って凄いんだね」

 

寺島さんにリクエストしたトリオン製の巨大テーブルと椅子6つ、ソファーに本棚2つが作戦室に配備されていた。これには思わず感嘆の声を出してしまう。

 

(マジで開発室の技術は凄えな。次に開発室に依頼するときは指を鳴らしただけで地面から出てくるテーブルや椅子を作って欲しいものだ)

 

「とりあえず座ろっか?」

 

そんなアホな事を考えていると三上がそう言ってくるので、俺が椅子に座ると三上は向かい側に座る。

 

向かい合って三上を見ると、三上に対する感謝の気持ちが改めて生まれてくる。チームも組めたし一言くらい言っておくべきだろう。

 

「三上」

 

「何?」

 

「これからよろしく頼む」

 

頭を下げる。一度チームを組んだ以上余程の事がない限り直ぐに解散する事はないし、挨拶をしておくべきだろう。

 

頭を上げて三上を見ると、向こうも真剣な表情を見せて……

 

「こちらこそ。不束者だけどよろしくね」

 

同じように頭を下げる。三上は優しい奴だし俺がバカをやらかさない限りは上手くやっていけそうだ。

 

「ああ。そんじゃ早速今後の予定を立てるが大丈夫か?」

 

俺が三上に確認を取ると三上は顔を上げて頷く。

 

「いいよ。今後の予定って言ったら他のチームメイトの勧誘の話?」

 

「他にも防衛任務の予定を組んだりとかだな。これはさっき本部長から貰ったシフト表だが空いてる日にチェックを頼む」

 

言いながらシフト表とボールペンを渡す。

 

「あ、うん。でも比企谷君は書かないの?」

 

「後で良い。俺は毎日暇だし入院したツケもあるから殆ど毎日入れるつもりだ。あ、でもだからって俺に合わせなくても大丈夫だからな?お前の予定がある日は混成部隊と組むから」

 

俺は金の問題があるから文句はないが、それを三上に押し付けるつもりはない。てか無理を強いてチームから抜けられたら困る。

 

「……防衛任務をどう入れるのは自由だけと無理はしないでね」

 

「安心しろ。日曜日は絶対に休むから」

 

金の為とはいえ、休む為に存在する日曜日には働きたくない。この考えはボーダーに入って色々改善されている俺でも変わらないだろう。

 

「なら良いけど……はい、書いたよ」

 

三上が用紙を返したので見てみると31日中16日マークを付けていた。しかも俺が日曜日は絶対に休むと言ったからか知らないが日曜日には1日もマークされてない。

 

(気遣いが上手すぎだろ……三上を勧誘したのは大正解だな)

 

やっぱりあの事故は起こって正解だっただろう。犬を助けられて、三上との縁も出来たのだから。

 

「サンキュー。んじゃ俺も……」

 

俺もそのまま書き始める。先ずは三上が書いた欄16箇所、次に三上の名前が書かれてない欄に数7箇所、計23箇所の欄に俺の名前を記入した。今までは月に16回〜20回ぐらいだったので今月はかなり疲れるだろうな……

 

「よし。これで大丈夫っと。後で提出しとくぞ?」

 

「うん。防衛任務の予定を立てたし、次はチームメイトの勧誘?」

 

「ああ。入院中に個人隊員は調べまくったからな。組んでくれる可能性のある人間はピックアップした」

 

「あれ?でもボーダーのネットで隊員募集はしないの?」

 

ボーダー独自のネットでは隊員募集をしている時もある。例を挙げると現時点では諏訪隊が攻撃手を、影浦隊が狙撃手を募集している。

 

しかし……

 

「しない。した所でネームバリューのない俺の元に来るとは思わないし。だから自分から進んで行くことにした」

 

新人王を取っていれば話は別だが現時点の俺が隊員募集をしても集まらないだろう。

 

風間さんは行動は早くと言っていた。ネームバリューのない俺が隊員募集という名前の待ちに徹しても、有力隊員は見向きもしないでネームバリューのある隊員の募集に応じるだろう。それだったら自分から行く方が合理的だ。

 

「そんな訳で俺達は隊員を集める。目標としては来シーズンのランク戦が始まる2週間前の5月18日までに2人引き入れる。4人目の戦闘員を入れるかどうかは三上のオペレートを見てから決める」

 

ボーダーのチームはオペレーターを合わせて最大5人だが、5人編成の部隊は、旧東隊、嵐山隊、片桐隊、生駒隊と極めて少ない。

 

以前聞いた事があるが、戦闘員が5人編成つまり戦闘員が4人だとオペレーターの負担がデカくなって充分な情報支援が出来ず隊員が落とされやすくなり易いとの事だ。

 

だから6月からのランク戦は戦闘員3人で挑み、4人目を入れるなら次のシーズンからにさせると考えている。

 

「引き入れたらランク戦が始まるまでチームの練度を上げるんだよね?それは良いんだけど、もしも18日まで隊員を集められなかったら、もしくは1人しか引き入れなかったらどうするの?」

 

「1人も集められなかったなら6月のランク戦は捨てて、その間を鍛錬と勧誘に注ぎ込む。1人集められたらランク戦に参加しながら勧誘をする感じだな」

 

流石に未熟な俺が1人でランク戦に参加してもリンチされるのは目に見える。それなら鍛錬と防衛任務と勧誘をしてランク戦を次に回した方が良い。

 

「わかった。それで問題の勧誘する2人は決まってるの?」

 

「一応な。だが1人はそこそこ関わりがあるからともかく、もう1人は難しい」

 

「難しい?性格に問題でもあるの?」

 

「いや違う。そいつとの接点が殆どないんだよ。前に1回ランク戦をしただけだし」

 

それも俺がBに上がったばかりの頃だし。向こうは多分覚えてないだろう。俺自身もチームを組むと決めてデータ収集をするまでは忘れてたし。

 

「とりあえず今日はチーム結成の際に生まれた雑務をこなして、明日から勧誘に動くぞ。お前の力を貸してくれ」

 

「もちろん。全力でサポートするからね、隊長」

 

「それはありがたいが隊長は止めろ」

 

「ふふっ……ごめんごめん。ところでその2人の名前は何て言うの?」

 

ああ、そういや言ってなかったな。これは俺のミスだ。

 

内心反省しながら鞄からタブレットを取り出し、集めたデータの中から勧誘する隊員の情報をモニターに映し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が勧誘したいのは照屋文香と辻新之助、この2人だ」

 

三上に見せる。そこには見知った顔の女子とイケメン男子が映されていた。


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