やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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比企谷八幡は入院中、色々と考える。

「ふーん……やっぱりこいつは安定してるな……」

 

俺はタブレットを弄りながらそう呟く。

 

入学式の日に犬を助けて車に轢かれ、入院してから2週間が経った。俺は今ベッドの上でタブレットを弄っている。

 

理由は来シーズンのランク戦に備えてだ。俺がボーダーに入隊した理由は家計を助ける為。しかし固定給のあるA級と違って、B級はトリオン兵討伐の出来高払い故に安定しておらず、現時点では余り家計の助けにはなっていない。

 

となると防衛任務を増やすかA級に上がるかの2パターンだ。前者は学業に支障が出る可能性もある故に、俺が取る選択は必然的に後者となる。

 

A級に上がるにはA級部隊からスカウトされるかB級ランク戦で勝ち上がる必要があるが、前者は今の所芳しくない。他の部隊から勧誘を受けた事はあるが、どれもB級部隊からだった。

 

つまり現時点の俺が取れる方針はB級ランク戦で勝ち上がる以外ないのだ。だから俺は入院してから既存の部隊のB級ランク戦を見たり、俺同様チームに所属していない個人の隊員のランク戦を見ている。

 

(俺が既存の部隊に入るか新しく部隊を作るかは不明だが、勉強しておくに越した事はないだろうな……)

 

そう思いながらタブレットを操作する。現在俺同様個人の隊員の戦闘データを調べている。

 

(新人発掘は重要だからな。チームを作るかはまだわからないがやっといて損はない)

 

風間さんが良い例だ。あの人、俺が入隊した時に直ぐに同期の歌川と菊地原をスカウトして、今シーズンのランク戦で勝ちまくってる。現在の風間隊はB級1位でA級入りは確実と言われてるし。

 

その事を考えたら退院したら5月に入隊する新人にも目を通しておくべきだろう。

 

このデータ収集は入院してから本格的にやり始めたが案外楽しい。他人の戦闘スタイルや実力を見ると色々と考えるからだろう。

 

入院してから一週間、既にメモ帳には沢山の名前が表記されている。これは全部フリーの隊員だ。

 

その記録を再度見ようとしたが……

 

「比企谷さーん。検査の時間ですよー」

 

残念だが一旦中止のようだ。俺は立ち上がり松葉杖を使って病室から出て若いナースに会釈をする。

 

入院してから一週間も経ったので漸く外に行くのも慣れてきた。身体を動かす度に若干痛みを感じるがこればっかりは仕方ないだろう。

 

そう思いながら俺はナースに連れられて検査室に向かった。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「失礼しました」

 

医師に一礼して松葉杖を使って立ち上がり検査室を出る。予想以上に順調に回復していると判断されたので良かったものだ。

 

検査の結果に満足しながら病室に向かうべくエレベーターの元へ歩き、待っているとエレベーターが俺のいる階に到着する。

 

同時に扉が開いたので中に入ろうとしたら見知った顔が目に入る。同時に向こうも俺に気が付いたようで眉を動かしてこちらにやって来るので俺は頭を下げる。

 

「どうもっす、風間さん」

 

そこに居たのはB級1位風間隊隊長の風間蒼也さん。俺の同期の中で2トップだった歌川と菊地原をスカウトしてステルス部隊を作り上げた凄い人だ。何度か防衛任務や個人ランク戦をしたが、この人を前にするとどうしても緊張してしまう。

 

「比企谷か。そう言えば噂で車に轢かれて足の骨折と全身打撲、肺に肋骨が刺さって入院したと聞いていたが大丈夫なのか?」

 

「いえ。足の骨折と全身打撲は合ってますが肺に肋骨は刺さってないです」

 

ボーダーではどんな噂が流れてんだよ?てか肺に肋骨が刺さってたら集中治療してる気がする。

 

「そうだったか。まあ見る限り快復は順調みたいだな」

 

「はい。今の所は順調です。風間さんはどうしてここに?」

 

見る限り風間さんは健康そうだが、誰かの見舞いか予防接種あたりか?

 

「俺は大学の友人が3日前にお前同様車に轢かれたから見舞いに来たんだ」

 

なるほどな。それなら病室に居ても納得だ。

 

そこまで考えた時だった。この人ならチームに関してアドバイスをくれるんじゃね?

 

「あの、風間さん。今時間ありますか?」

 

尋ねると風間さんはピクリと眉を動かしてから時計を見て口を開ける。

 

「今から1時間後に防衛任務がある。基地に行く時間も考えたら2、30分位しか取れないが、それで良ければ構わない」

 

「それで充分です。えっと、その……チームについてなんですが……」

 

俺は一息吐いてから風間さんに説明を始める。B級の給料だと生活が不安定だからA級を目指している事、その為にB級ランク戦に参加する腹積もりである事、その際に既存のチームに入るか自分でチームを作るか悩んでいる事について話した。

 

風間さんは偶に相槌をうちながら話を聞いてくれて、俺が話し終えると一息吐いて口を開ける。

 

「……なるほどな。話はわかった。それで比企谷。お前は今までに勧誘された事はあるのか?」

 

「ええ。3、4チームからありますね」

 

「そこでチーム入りしないという事はピンとこなかったわけだな」

 

「……まあ、そうですね」

 

「じゃあ次に聞くが、お前は何処か「絶対にこのチームに入りたい」と思うチームはあるか?何が何でもと思うチームだぞ」

 

絶対、か。入りたいと思うチームは幾つかあるが何が何でもってチームは……

 

「……ないですね」

 

ないだろう。というか既存のチームって大半が既にチームとしての空気が出来上がってるし。

 

「なら新しいチームを作ったらどうだ?何が何でも入りたいチームがないならその方が良い。中途半端な気持ちで既存のチームに入るのはお前にもそのチームにもメリットはない」

 

すると風間さんは即答する。風間さんの意見は間違ってないが……相談してから5分以内に悩みの答えを出すとは予想外だ。

 

「随分と結論早いっすね……」

 

俺がそう口にすると風間さんの目が鋭くなる。アレ?何か怒らせたか?

 

「当たり前だ。A級になりたい奴は俺を含めて腐るほどいるんだ。そんな人間が多い中、早い行動を取らなくてどうする?」

 

「それは……」

 

「決断を下すのが遅ければチーム以外にも、防衛任務や大学生活、社会に出てからも苦労するぞ。だから今の内に改善しておけ」

 

正論だ。確かに俺は行動が遅い。大分改善したが、コミュ障とか言ってそこまで積極的に動いてない。動いてる奴は既存のチームに売り込みをしたり、チームを作るからとメンバーの募集をしているだろう。

 

「……すみません」

 

「俺に謝るのではなくて行動で示せ。言っておくがチームを組む場合急いだ方が良いぞ。噂で聞いただけで確証はないが二宮と加古はそろそろチームを作るとの噂も出ている」

 

その言葉に少なからず驚く。元A級1位の東隊のメンバーである二宮匡貴さんと加古望さん。東隊が解散して今はA級個人として活躍しているがチームを組む場合フリーの隊員をスカウトするが、間違いなく才能のある奴をスカウトするだろう。

 

俺?残念だが現時点ではあの2人に認められる可能性は低いだろう。当真先輩とか烏丸とか俺より優秀な個人隊員もいるし。

 

「お前が既存のチームに入るか新しくチームを作るかは知らんが、遅ければ何も出来ずにグダグダになる可能性が高い。退院するまで行動出来ないのは仕方ないが、退院した後直ぐに行動出来るようにしておくんだな」

 

そこまで言うと風間さんは持っているコーヒーを一気飲みして立ち上がる。

 

「俺が言えるのはこれ位だ。俺としては絶対に入りたいチームがないなら新しくチームを作るほうが良いとしか言えん。……が、最終的には決めるのはお前だ。後悔しないように妥協しないでしっかりと考えろ。時間だから俺はもう行くぞ」

 

「……助言、ありがとうございます」

 

そう言って俺は風間さんに頭を下げると、風間さんは小さく頷いてから空き缶をゴミ箱に捨ててから去って行った。

 

風間さんが見えなくなるまで頭を下げて、見えなくなってから頭を上げて息を吐く。説教は食らったが自分が甘い事を認識した。コミュ障がどうたらなんて言ってられない。形振り構わず行くしかないようだ。

 

「やれやれ……大規模侵攻は色々な意味で人を変えるな……」

 

まさか俺が形振り構わずなんて言葉を使用する機会があるとは予想外だ。もしも大規模侵攻が無かったら俺は間違いなく適当な日々を過ごしていただろう。それは楽かもしれないが、今の俺からしたら色々と思う所がある。

 

(まあ、たらればの話を言っても仕方ないし病室に戻るか)

 

俺は再度息を吐いてから松葉杖を使って立ち上がり、身体に若干の痛みを感じながらエレベーターのボタンを押して自分の病室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室に戻ってから1時間、再度タブレットで個人ランク戦を見ながらノートに試合や隊員のデータを記入しているとノックが聞こえてくる。時計を見ると4時前。同時に誰が来たのか理解する。

 

「どうぞ」

 

「失礼します……こんにちは比企谷君」

 

入ってきたのは三上だった。総武の制服を着た彼女はベッドの近くにやって来て鞄から紙を取り出して渡してくる。

 

「はい。今日の分のノートとプリント」

 

言いながら近くの机に置く。俺と三上はクラスが同じなようで、三上は授業で作った自分のノートをコピーして毎日放課後になったら俺に持ってきてくれているのだ。

 

しかも三上のノートはガチで凄い。読みやすい綺麗な字で書いてある事は当たり前で、今日あった授業のことが細かく記されている。その上、教科書には載っていない先生独自のオリジナル問題に関しても、細かく書いてあってわかりやすい。具体的に言うと数学の嫌いで苦手な俺でも三上のノートを見れば多少マシになるくらいだ。

 

「いつも悪いな」

 

「だから気にしなくて良いって。授業で作ったノートをコピーして持っていくだけでそこまで手間はかかってないよ」

 

三上はそう言って苦笑しているが毎日病室まで持ってきてくれるのはありがたい。この三門総合病院は総武高やボーダー基地から割と離れているから間違いなく手間だろう。

 

「だとしてもだ。お前には何度も世話になってるし感謝しかねぇよ」

 

言いながら頭を下げる。ノートだけでない。事故に遭った時も救急車を呼んで貰った事や、ボーダー上層部に4月の防衛任務の予定のキャンセル手続きをして貰ったりとこの2週間、三上には何度も世話になっているからな。マジで退院したら菓子折りを持っていくつもりだ。それも割と高級のヤツを。その位しても文句はないくらいだ。

 

「も、もう!わかったから頭は下げないでよ。同い年の人に頭を下げられても困るよ……」

 

しまった。恩人を困らせるつもりは無かったんだがな……

 

「悪い、困らせるつもりはなかった。許してくれ」

 

「べ、別に怒ってないけどさ……それよりも身体は大丈夫なの?」

 

空気が気まずいから話題を変えようとしてるのは丸分かりだが、俺のこの空気は好きではないので乗らせて貰おう。

 

「今の所は順調だ。このままなら予想より早く退院出来そうだ」

 

担当医は入院直後は5月の初め辺りに退院と言っていたが、今日の検査の結果、早ければ4月の終わりに退院出来ると言われたからな。

 

「なら良かったよ。早く元気になってね」

 

「ああ。そんで急いでブランクを取り戻さないといけない。1ヶ月の入院で防衛任務もランク戦も出れないからな」

 

「比企谷君は入院したから新人王争いから脱落したしね」

 

新人王とは新入隊員でそのシーズンに1番個人ポイントを上げた隊員だ。今シーズン、つまり2月から4月にかけて個人ポイントを稼いだ新入隊員が新人王の座を手に入れる。

 

俺は3月の終わりまでは照屋や歌川、奈良坂に菊地原と首位争いをしていたが、事故に遭った為新人王争いから脱落してしまったのだ。

 

しかし……

 

「それについてはそこまで気にしてない。俺としては防衛任務に就けない事と腕が落ちる方が気にしてるな」

 

新人王になった際に貰えるものは個人ポイントであって金じゃないからな。貰えりゃラッキーくらいにしか考えてない。

 

「そっか。もしも困ったら私に出来る事なら力を貸すよ」

 

ヤバい、優しさが身に染みる。こんな優しい子が存在したのかよ。

 

「……ありがとうな」

 

「どういたしまして」

 

三上は軽く笑いながら手を振る。そこには含むものは一切ない。純粋な善意でそう言っているのがわかる。

 

こんな優しい子がオペレーターになってくれたら……いや、それはないか。言っちゃアレだが彼女は優れてる人間だ。頼んでも断られ……

 

 

(いや、さっき形振り構わずに行くって決めたしダメ元で聞いてみるか)

 

そう思うと同時に俺は一度深呼吸をする。決心したとはいえ結構緊張するな……

 

「比企谷君?」

 

三上が訝しげな表情をする中、

 

「なぁ三上。実はさーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の窓の外の景色に夜の帳が下りる中、俺はペンを動かして数式を解いている。普段なら匙を投げているが、とある理由から諦めず三上が作ってくれたノートを参考に頑張っている所だ。

 

一通り終わった所で次のプリントをしようとしたら扉がノックされた。誰だ?今日の検査は終わったし、ボーダーの誰かか?

 

とにかく誰かを確認しないとな……

 

「どうぞ」

 

「邪魔するぞー」

 

すると入ってきたのはお袋だった。これは予想外だ。お袋は昨日着替えを持ってきたから今日は来ないと思っていた。入院してからも仕事の関係で来ない日もあったし

 

「ん?アンタ何か機嫌良さそうだけど、良いことでもあったの?」

 

「あー、まあな」

 

今の俺は割と機嫌が良い。数学をやっていてもそこまで不快な感情が湧いてこないし。

 

「ふーん……って、アンタが数学をやってるなんて意外ね。明日は雨か?」

 

そんな俺の考えを他所にお袋は失礼な事を言ってくるがこれには理由がある。

 

「好きでしてる訳じゃねぇよ。ボーダー提携校に所属してると定期考査の結果がボーダーに送られるんだよ。それで成績が悪いと防衛任務の回数を減らされたり、最悪減給らしい」

 

「うわ……それは大変だね」

 

これも給料の為だ。我慢してやっている。三上のノートはマジで助けになるし、定期考査の前には借りよう。

 

「てか何でお袋はいるんだ?昨日着替えを持ってきたから今日は来ないと思ったぞ」

 

「ん?実は今日、ウチに例の犬の飼い主がアンタにお菓子を持ってきたから……ほれ」

 

そう言ってお袋が渡してきたのは鹿のやのどら焼きだった。鹿のやは三門市にある和菓子屋でオペレーターを中心にボーダーで大人気だ。俺も偶に食べているが甘くて最高だ。割と高いから余り手を出さないが。見舞い品に鹿のやのどら焼きとは中々良いチョイスだな。

 

「何か彼女は総武の生徒らしく、アンタが退院したら学校で礼を言うって言ってたわよ」

 

それはわかったが礼を言うなら普通病院に来て言うんじゃないのか?何で学校で言うんだ?

 

(……いや、もしかしたら例の雪ノ下の家の示談が関係してるのかもしれないし、突っ込まないでおこう)

 

「わかった。ついでにそいつの名前は?」

 

しかし名前くらいは聞いといても良いだろう。

 

「ん?そいつの名前はーーーー」

 

 

由比ヶ浜結衣だって。

 

それを聞いた俺は思った。随分変わった苗字だな、と。

 

しかしそれ以外の感情は浮かばない。あの事故は俺が勝手に助けただけだ。彼女に対してそこまで思う所はない。強いて言えばリードの管理はしっかりしろって思ったくらいだ。

 

そう判断した俺はその話を切り上げ、面会時間終了までお袋と他愛のない雑談をしてその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後の5月1日

 

遂に俺は退院した。

 

 


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