やはり俺が入隊するのはまちがっている。   作:ユンケ

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活動報告欄にアンケートを実施しました。

今後の方針について割と重要なアンケートですので、読み終わった方は是非回答してください


新学期早々、比企谷八幡は災難な目に遭う

「じゃあ小町、行ってくる」

 

新学期早朝、目が覚めるのが早かった俺は総武高の制服を着た状態で小町に挨拶をする。

 

「ほーい。でもこんなに早く出るの?」

 

小町の言うように俺はかなり早く起きた。今から学校に着いても入学式まで1時間くらいあるだろう。

 

「起きちまったもんは仕方ないだろ。じゃあな」

 

適当に返しながら玄関を出て庭にある自転車に鞄を乗せて漕ぎ始める。別に家で寛いでから学校に行っても良いがそれをやって遅刻なんてしたら笑えないからな。早く出るに限る。

 

 

 

 

 

風を感じながら自転車を漕ぎ、交差点で信号につかまったので自転車を止める。4月だからか朝の風も中々気持ち良い。俺はまだ深夜の防衛任務を体験したことがないから朝の風を浴びるのは久しぶりだ。

 

(そういや今日は午後から照屋と熊谷の3人の混成部隊の防衛任務だったな。憂鬱だ……)

 

オペレーターは混成部隊故に中央オペレーターの誰かとは思うが十中八九女だろう。ボーダーに入ってから、ある程度他人と交流するようになったし、照屋と熊谷が良い奴なのは理解しているが、男女比が1:3はキツ過ぎるな……

 

そこまで考えている時だった。

 

「あっ!!サブレ!!」

 

いきなり女子の叫び声が右から聞こえてきたので横を見ると、パジャマ姿の女子の手から犬が離れて車道に出るのが見えた。さらに運の悪いことに、そこにいかにも高級そうなリムジンが近づいてきた。

 

(おいおいマジか?しかもあのバカ犬、道路で止まってんじゃねぇよ!)

 

此処まで来ると、S級隊員の迅さんのサイドエフェクトがなくてもその後に起こる未来は簡単に想像出来る。

 

「ちっ!」

 

それを認識すると同時に俺は舌打ちをしながら自転車を投げ出してその犬の下へ駆け込み、犬を拾い投げて少し強引だが歩道に投げつけた。これで犬は無事だろう。犬は。

チラッと横を見るとリムジンは勢いを無くす事が出来ずに俺に突っ込んでくる。犬を拾う際に若干屈んだから今から回避するのは無理。トリガーを使ってトリオン体になろうにもトリガーは内ポケットにあって、『トリガー起動』が間に合わないのは言うまでもない。

 

結論を言うと……

 

ドゴォォォォォンッ

 

周囲に轟音が鳴り響き、衝撃が俺の体の中に走り、足から何かが折れる音を耳にしながら俺は宙を舞った。内心痛みに悶えながら下を見ようとするも身体が動かない。

 

そして車に突き飛ばされた勢いのまま俺は地べたを思いっきり転がる。同時にだんだん意識が薄くなっていくのがわかった。

 

薄くなる意識の中、辺りを見渡すとパジャマを着ている犬の飼い主は呆然としていて、視界の端からは……

 

「大丈夫ですか!?救急車呼びますから頑張ってください!」

 

女の人が叫んでいる声が聞こえる。声からして俺と同年代だろう。

 

そんな声を聞く中俺の胸中には3つの考えがあった。

 

見ず知らずの俺の為に救急車を呼んでくれる女の子に対する感謝の気持ち

 

入院したら防衛任務も就けない上、入院費もヤバいという危機感。

 

そして……

 

(足が痛え……)

 

メチャクチャ痛い。多分折れたのだろう。意識を失うなら早く失ってくれ。痛みから逃げたい。

 

そんな考えを最後に俺は視界を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると知らない天井が見えた。どこだここ?

 

それを認識すると意識が徐々に回復するので、周りの状況を確認しようとして体を動かそうする。すると全身から痛みを感じ、同時に俺はこの痛みの正体を理解した。確か俺は……

 

「犬を庇って車に轢かれんだっけか?」

 

「うん、そうだよ」

 

確認の独り言を呟くと返事がきた。不意に掛けられた声に思わずびくっとして、

 

「痛え!」

 

再度鈍い痛みが体を走るがそれを無視して横を見ると……

 

「無理しないで。右足と全身打撲だからね?」

 

ベットの横には可愛らしい女がチョコンと椅子に座っていた。総武の制服を身に纏っている。初めて見たが声に聞き覚えはある。

 

「もしかして……救急車を呼んでくれた人か?」

 

意識を手放す前に聞いた声に良く似ている。初対面な女子がわざわざ俺の見舞いに来るとは思えないし十中八九そうだろう。

 

「そうだよ。私は三上歌歩、命に別状はなくて良かったよ」

 

三上という女子は小さく会釈をしてくる。

 

「そうか。俺は比企谷八幡だ。救急車を呼んでくれてどうもありがとう」

 

言いながら頭を下げる。身体に若干痛みが走るも気にしない。わざわざ見ず知らずの俺に対して救急車を呼んで見舞いに来てくれるような人間に礼節を欠くのは論外だ。

 

「どういたしまして。比企谷君が無事で良かったよ。私から見たら凄い勢いで轢かれたしね。あ、それと比企谷君が助けた犬は無事だよ」

 

あ、犬は無事だったんだ。なら良かった。流石に轢かれたのに犬が死んだらマジで笑えないし。てか……

 

「そんなに凄かったのか?」

 

「うん。漫画みたいに派手に轢かれたよ。右足の骨折に全身打撲、全治1ヶ月の大怪我だよ」

 

三上はそう言ってくるが聞き捨てならない言葉が耳に入る。

 

「全治1ヶ月だと?!本当か?!」

 

「え?う、うん。そうだよ」

 

マジか……全治1ヶ月とは予想外だ。新学期早々これは痛い。何故なら……

 

「クソッ……4月の防衛任務は全部取り消しかよ」

 

全治1ヶ月、つまりは5月になるまで入院生活なので、4月の防衛任務は全てキャンセルだろう。その上入院費もあるので2月と3月に稼いだ金は入院費に消えるだろう。

 

内心頭を抱えている時だった。

 

「え?防衛任務って事は比企谷君もボーダーなの?」

 

三上が若干驚いたような口調で聞いてくる。これには俺も少なからず驚いた。まさか助けてくれた人がボーダーとはな。偶然にしては凄い。

 

「あ、ああ。B級個人だ。三上の事は基地で見た事ないからオペレーターか?」

 

「うん。私はトリオンが少ないから戦闘員じゃなくて中央オペレーターだけどね」

 

なるほどな。他所のチームと組んだ場合はそのチームのオペレーターと、混成部隊の場合は中央オペレーターと組むが、中央オペレーターは数が多いからな。知らないのも仕方ない。

 

 

しかし……

 

「三上。もし間違えたら悪いが、お前今日の午後3時から混成部隊のオペレーターをやるのか?」

 

思わず聞いてしまう。

 

「え?!何でわかっ……もしかして比企谷君って……」

 

「ああ。その混成部隊の一員だな」

 

何つー偶然だよ。救急車を呼んでくれた三上が俺と同じボーダーの人間で、しかも夕方に一緒に防衛任務をする人だなんて……色々な意味で奇跡じゃね?良い意味か悪い意味かは知らないが。

 

「ふふっ……凄い偶然だね」

 

それは三上もそう思ったのか小さく笑いだすが俺も似たような気分だ。

 

「だな」

 

ここまで偶然だと笑ってしまう。しかし救急車を呼んでくれた人が彼女なら都合が良いから助かる。

 

「なら三上。済まないが防衛任務に行く時に休みって熊谷……一緒に組む奴らに言っといてくれないか?」

 

「もちろん。それと上層部に比企谷君の4月の防衛任務のシフトの取り消しも申請しとくね」

 

「あ、いやそこまでは迷惑だろうし、後で自分が電話しとくぞ?」

 

救急車を呼んで貰った上にそこまでして貰うのは申し訳ない気がする。

 

「気にしないで。比企谷君は電話するのも大変だろうしやっとくよ」

 

三上の言葉に返すことが出来なかった。全身打撲だからか身体を動かすのは困難で、電話するの大変なのは間違いないだろう。そこまで見抜かれたら断れん。

 

「……済まん。じゃあ言葉に甘えても良いか?」

 

「もちろん。比企谷君は身体を治す事に集中してね」

 

三上は俺の頼みに対して嫌な顔1つしないで了承してくれる。この子優し過ぎだろ?

 

そこまで考えていると急にアラーム音が鳴り出す。三上がポケットから携帯を出して弄るとアラーム音が止まる。

 

「じゃあ比企谷君。今2時半で例の防衛任務があるから私は行くね」

 

「わかった。何から何まで済まなかった」

 

そう言って再度頭を下げる。ここまでして貰ったんだ。退院したら菓子折りをオペレータールームに持って行こう。

 

「私は当然のことをしたんだし、頭は下げないでよ。じゃあまたね」

 

三上は苦笑しながら病室から出て行った。それと同時に一息吐く。にしても三上か。あの子、マジで可愛かったな………優しいし天使の生まれ変わりか?

 

(しかし1ヶ月も動けないとはな。防衛任務も取り消しになって入院費もかかる……こりゃ一刻も早くA級にならないとな)

 

その前に5月の防衛任務の回数を増やそう。多少学校の授業を削って、土日の殆どをつぎ込めば4月の給料の補填は出来る。そして6月から8月の防衛任務を増やして入院費を稼がないとな……

 

働くのは嫌いだが文句は言ってられん。給料を稼ぐようになってからわかったが、生きるってのは大変だからなぁ……

 

そう思いながら俺はベッドに倒れ伏す。全身が痛いので身体は動かさずに休んだ方が良いだろう。

 

同時に睡魔がやって来たので俺は逆らわずに目を閉じて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よ。わざ……うね」

 

「……照…文…です。……先輩……」

 

「熊……です……よろ……す」

 

「三……。……にどう……」

 

暗闇の中、そんな声が耳に入る。

 

声の正体を知るべく目を覚ますと……

 

「あ!目が覚めましたよ!」

 

そんな声が聞こえてくるので横を見ると知った顔が4人。

 

内2人は同期の熊谷と照屋、次の1人は救急車を呼んでくれた三上、最後の1人は……

 

「目が覚めたな。新学期早々親に心配かけてんじゃないよバカ息子」

 

俺のお袋が呆れた表情を浮かべながら立っていた。辺りを見渡すと窓の外は真っ暗だった。その事から照屋達は防衛任務を終えてから見舞いに来て、その時にお袋と鉢合わせをしたようだ。

 

とりあえず……

 

「悪かったな」

 

心配を掛けた事を謝るべきだろう。

 

「全くだよバカ息子。今回は骨折程度で済んだから良かったけど、家族を2度失うなんてアタシはごめんだからね?」

 

お袋の言葉には重みがあった。下手をしたら死んでいたのは事実だし、俺がお袋の立場なら同じことを言っているだろう。

 

「……次からは気を付ける」

 

「なら良いけど。そっちの3人も心配してたようだし謝りなさいよ」

 

まあわざわざ見舞いに来てくれたんだし。恥ずかしいがその位はしないとな。

 

「わかってる……心配を掛けたようだな。済まなかった」

 

「いえ。心配はしましたが今回は仕方ないと思いますので謝らないでください。命に別状がなくて良かったです」

 

照屋が優しい笑顔を浮かべてそんな事を言ってくる。癒しになるなぁ……

 

「そうね、アンタは正しい事をしたんだし誇るべきでしょ?それにしてもアンタが犬を庇うなんてヒーローみたいな事をするとは予想外だったよ」

 

熊谷がニヤニヤしながらそんな事を言ってくる。若干イラってきてしまった。

 

「そのニヤニヤ笑いは止めろ。俺はヒーローなんて柄じゃないからな」

 

どっちかって言うとダークヒーローの方が似合ってる気がする。

 

俺はそう返すも熊谷がニヤニヤ笑いを消さない。

 

「と、本人は言ってるけど目撃者の歌歩本人からしたら比企谷はどう見えたの?」

 

「うん。躊躇いなく犬を助ける比企谷君は格好良かったよ」

 

三上ェ……

 

「だそうだよ比企谷」

 

「比企谷先輩は正しい事をしたんですから胸を張ってください」

 

「そうだぞヒーロー」

 

「止めろ。そんな目で見るな」

 

三上と照屋は優しい笑みを、お袋と熊谷はニヤニヤ笑いを浮かべて俺を見てくる。てかお袋も悪ノリしてんじゃねぇよ?

 

「ごめんごめん。にしてもアンタ、ボーダーではちゃんとやってるみたいで安心したよ。コミュ障のアンタが上手くやっていけるか心配だったしね」

 

お袋はそんな事を言ってくる。まあ確かにな。俺も自分がコミュ障だって事は自覚してるし、入隊当初は不安もあった。

 

しかし……

 

「生憎、コミュ障だとやっていけないからな。嫌でもコミュ障は改善されている」

 

個人の俺は他所の部隊の人やオペレーターと組まなきゃいけない。その場合必要最低限のコミュ力がないと冗談抜きで防衛任務に支障が出る。よってコミュ障の人間は防衛任務をこなしている内にコミュ障が改善されていくのだ。半年前までディスコミュニケーションだった俺も今じゃ、噛まずに女子と話せるようになったし。

 

「ふーん。そう言った意味じゃアンタがボーダーに入ったのは正解かもね」

 

言いながらお袋は視線を俺から照屋達3人に移して……

 

「まあこんな感じで余り他人と関わるのが苦手な子だけど、よろしくお願いね」

 

軽く頭を下げる。まるで出来の悪い子を気にかけてくれみたいな感じだが、実際に出来は良くないから文句は言えん。

 

一方の3人は軽く目を見合わせてから小さく「はい」と答える。同時に笑いが生まれているが俺としてはメチャクチャ恥ずかしい。わざわざ見舞いに来てくれて悪いが早く面会時間が終わってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私達はこれで失礼します」

 

「またね比企谷」

 

「ゆっくり休んでね」

 

「おう、またな」

 

お袋が照屋達3人からボーダーについて聞くこと20分、照屋達が一礼してから病室から出て行った。

 

「いい子達じゃない」

 

扉が閉まるとお袋はそんな事を言ってくるがそれについては賛成だ。照屋と熊谷がボーダーで1番付き合いが長いが良い奴なのは知っている。一方の三上も今日初めて会ったが、打算で優しくしてないのはわかる。ぶっちゃけ優し過ぎるし。こんな奴らが同中ならもう少しマトモな中学生活を送れたかもしれないな。

 

「まあな」

 

「アンタの事を第三者の立場から聞いたけど、楽しそうにやってて良かったよ……あ、それと八幡。アンタに聞いとくことがあるんだけど」

 

「聞いとくこと?何だよ?」

 

「実はアタシ、夕方にも一回アンタの見舞いに来たんだけど、そん時にアンタを轢いた車の人が来たの」

 

「え?もしかして車の弁償の要求か?」

 

だとしたらヤバい。あんな高級なリムジンの弁償なんて無理だ。この歳で借金するとか絶対に嫌だ。

 

「違う違う。その車の持ち主って雪ノ下家ーーー県議会議員の人で、入院費を払う代わりに事故の事を無かった事にして欲しいって取引をしてきたのよ」

 

なるほどな。県議会議員の持つ車が人を轢いたとなればマスコミにとってはそれなりのネタになるだろうから揉み消すつもりのようだ。

 

「それで?取引をしたのか?」

 

「いや、アタシはアンタの意見に従うって言ったからアンタに任せる。入院費はありがたいけど、会っていきなり高圧的な態度で事故を無かった事にしろって言ってきてムカついたからね。アンタが公にしたいなら止めないし好きにしたな」

 

お袋は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら予想外の返事をしてくる。なるほどな……取引するにしても上から目線でされたら誰も良い顔はしないだろう。それについてはわかる……が、

 

「じゃあ無かった事にして構わない。公にして向こうが叩かれたところでメリットはないからな。それ以前に俺が飛び出したのが原因だし」

 

俺は名より実を取る。入院費を払わずに済むならそれで構わない。重要なのは家計だからな。

 

それを聞いたお袋は考えるような素振りをしながら俺を見るも、やがてため息を吐いて頷く。

 

「アンタならそう言うと思ったよ。明日雪ノ下の家にそう伝えとく」

 

やはりお袋だけあって俺の判断を理解していたようだ。そんな事を考えていると……

 

『面会時間終了15分前です。面会に来ている方は速やかに退出の準備をしてください』

 

そんなアナウンスが流れだす。照屋達と話していたらいつの間にかそんな時間になっていたようだ。

 

「じゃあアタシはもう帰るけど大事にすんのよ。明日仕事の帰り際にまた来るから」

 

「おう、またな。明日は小町も連れてきてくれ」

 

「小町は今日は夕方に一度来たわよ。まあ伝えとく」

 

最後に挨拶を交わすとお袋は病室から出て行った。これで1日は終わりか……

 

チラッとお袋が持ってきた荷物を見ると、着替えの他にゲームやラノベもあった。流石お袋。俺の趣味がよくわかってるな。

 

(でもボーダーから支給されたタブレットはないな。明日持ってきて貰うようにメールをしとくか)

 

1ヶ月防衛任務やランク戦が出来ない以上腕は落ちるから、その間はデータを見たりとやれる事はやっておきたい。

 

場合によっては何処かのチームに入らず、自分でチームを作る可能性もあるのだから。

 

まあ今は寝るか。どうにも遊ぶ気にならないし。

 

息を吐いて身体をベッドに倒し、眠りにつく。まさか新学期早々入院とはな……ボーダーに入隊した事といい、本当人生は何が起こるかわからないな。

 

そんな考えを最後に俺は意識を手放した。


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