戦闘民族は迷宮都市の夢を見るか   作:アリ・ゲーター

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9.空と戦と

 気というものは不思議な性質を持っている。

 単純なエネルギーにもなればその質を……それこそ無駄を考えなければ炎や光、風そのものにも出来るようだ。

 ただそれはモノを動かす、運動させるという事は出来ても、停滞させる、冷やすという方向にはどうあっても行かないらしい。

 体内で循環させ、渦を巻くように練り上げた気をさらに体表に移す。

 そのまとまった気をさらにそのまま右手から左手へ体表をなぞるように移動させ、感覚が馴染んできたところで掌からその気の(かたまり)を分離させた。

 気塊(きかい)が浮いているのではない、体の周囲に纏っているというイメージだ。

 そのまま体の周囲に沿ってぐるぐると気塊を動かす。

 また右手にそれを戻し──

 

「ふッ」

 

 投げた。

 流星のような残光を残し飛んで行き、岩に大穴を開け、大きなカーブを描いて戻る。

 それをまた手でつかみ取り、もう少し複雑な動きはできないかと繰り返す。

 修行の成果と言うべきか。

 俺は普通の気弾とか放出技のかめはめ波とかが出来る前に繰気弾もどきが出来てしまっていた。

 ……ヤムチャなのだろうか。ヤムチャの性質でもあるのだろうか。ヤムチャしなきゃいけないのだろうか。

 独学って難しい。

 もっともこれは繰気弾というより気で作ったヨーヨーのようなものだ、おそらく操作のやり方そのものが違う。少なくとも気の操作に関しては自分に近ければ近いほど精度が増し、遠くなるほど制御が甘くなるようだった。

 もしかしたらこれは俺自身の性質に基づくものかもしれない。

 最後に全力で気を解放し、その状態であっても気に無駄が無いよう動くための鍛錬をする。

 これはさらに難しかった。

 肉体の動きの無駄なら省き方は判っている。

 だが問題は存在自体ひどく曖昧な『気』だ。

 これは気の総量が多くなればなるほど扱いが難しく、無駄が出過ぎてしまう。

 気を高める事によって風が巻くなどは、ひとえに制御しきれていない気が勝手にそういう現象を起こしているだけだ。

 かつての知識を思い出す。

 超サイヤ人状態を平常時であるかのように自然体にもっていく。

 そんな修行を悟空がしていた事があった。

 そういう事なのだろうか?

 気が強くなり過ぎ、生み出す気の総量が制御をはるかに上回った。

 それを肉体の内に込め、単純な破壊力としたのがベジータで、普通に扱えるように、制御の限界を高めようとしたのが悟空という事だろうか。

 

「いずれにせよ……遠い話……ッッかあ!」

 

 当たり前だが超サイヤ人とかどうすりゃいいのってレベルだ。

 気を絞り出し、力を使い果たしてばったりと仰向けに倒れた。

 他人事のように荒くなった自分の呼吸を聞く。

 全力疾走で長距離走を走ってしまった時のような苦しさと脱力感が体を襲う。

 集中していた時は流れなかった汗が一気に噴き出し、顔を流れて地面に落ちた。

 なんでこんな苦しい事わざわざしているのだろうかと思う時もたまにある。

 ただ、鍛えれば鍛えるほど強くなる実感があり、どうにもやめられない。中毒者(ジャンキー)みたいなものだろうか。

 それに──

 

「ヴォアアアアアアアアアッ!」

 

 日が翳ったと思いきや、そんな雄叫びと共に襲いかかってくるバグベアーの巨大な爪を体を捻って躱す。

 熊に似てるがモンスター、美味そうなのに狩っても食えないので困る奴だ。

 熊との違いはもう一つ。

 片手で地を叩き、体を回転、勢いで身を起こす。

 逃がさないとばかりに繰り出された毛むくじゃらの太い腕。

 ()()()、そのまま接敵、胸部に蹴りを入れて魔石部分ごと心臓部を潰すと、うめき声を上げ、後ずさるように倒れ伏した。

 素早く好戦的だが熊より打たれ弱い。

 ダンジョンにいるものならいざ知らず、地上のバグベアーなら神の恩恵(ファルナ)を授かったばかりの戦士でも対応可能なモンスターだった。

 早くも灰化を始めるモンスターを見て、魔石が残ってるうちに肉囓ったら食えるのだろうか、なんて思いを覚えなくもない。やらないが。

 まばらに木が生える岩場を眺め、周囲にモンスターらしい気配がないのを確認すると再び腰を下ろした。

 力を絞り尽くした状態での戦い。

 こういうのも面白い、今度もっとやってみよう。

 

「さて……」

 

 息も落ち着いた所で青い空を見上げ独りごちる。

 運動したら腹が減ってしまった。

 本物の熊でも狩りに行って来よう。

 

 □

 

 どんな動物でも焼いて食うなら肋の肉が一番美味いものだ。

 リブ肉とも呼ばれている部分、骨付きのそれをじっくり炙り焼いたもの。これが美味い。

 味付けは塩のみ、探したら山ワサビがあったので、そぎ切りにして肉と一緒につまむ。

 滴った脂が燃え、煙となり鼻をくすぐる。

 熊肉は猪よりもずっと肉質がしっかりしていてかみ応えがある。

 獣臭さが気になるかといえばそうでもない、印象よりもずっと上品だ。

 一頭分の肋肉はあっという間に食い終わってしまい、口の回りの脂をぬぐいながら、麓で熊の毛皮と交換した酒を飲む。

 ジャールとか言っていたか、麦とか稗とか雑穀で作るらしい、酸味が強いが口の中がさっぱりする。

 良い気分になり、肉焼き用に落ち着かせた火に薪をくべ、火勢を大きくした。

 ゆらゆら大きくなる火を眺めつつ、明日はどうしようかと考える。

 天に突き立つ剣の山(ルチヤバル)とこの付近では呼ぶらしい。

 噂ってのは大抵あてにならないものだが、本当にあてにならないものだった。

 確かに凄まじい難所だ、崩れやすい岩肌に、断崖絶壁としか言えない峰が連なる。雪すら深く積もる事ができず、ある程度溜まっては雪崩として落ちてゆく。

 足場になるのはわずかな岩の割れ(クラック)やちょっとしたでっぱり。

 確かに難所だった。

 ただモンスターすら住処にするにはあまりに環境が悪いようで、噂に聞いた飛竜(ワイヴァーン)の姿などどこにやら。ゴブリンの一匹すら麓に行かないと居ないような山だ。何かと話が混ざってしまっていたのかもしれない。

 もっとも、せっかくここまで来たので登ってきてしまったのだが。

 気を極力抑え込み、指一本、爪先の引っかかりのみで全身を持ち上げる。

 オーバーハング、屋根のひさしのように突き出た壁面などはまた極端にアーチの強いものがあり、難儀させられた。壁面も石灰質で剥がれやすい、ようやくかかったと思ったクラックが崩れるなどはざらだ。

 腕一本、指一本で体を全て支えるハメになり、脆い岩肌だけに反動もつけられない、そんな場面もあった。

 登り切った時はロッククライマーとして一回り大きくなったような気がした。空気が美味い。次の瞬間何をやっているのかと我に返ってしまったが。

 

「やっぱ一人で何とかするしかないか」

 

 飛竜(ワイヴァーン)を探していたのはただ戦いたいってだけじゃない。空中戦の相手が欲しかった。

 舞空術、という技がある。技というか、あれは技なのだろうか?

 空を飛ぶ、という言葉にすればシンプルなものだが、普通の人間からすれば夢のような技だ。

 ある程度以上の気を使え、コントロールができればおそらく出来るはずなのだが、やはりこれも完全に我流でやるしかない。

 空を飛ぶ、といっても方法には迷った。気というものがあまりになんでもできる曖昧なものだからこそ、幾通りもの方法が考えられてしまう。

 もっとも、色々試してみた結果、浮くという事には成功した。

 感覚でいえば気で体を支えているっていう感じだろうか。

 ただの気の放出による反発ではなく、もっとこう……波長を変えた、絞った感じの気だ。ふんわりしすぎて何とも困る。多分フリーザ軍の訓練施設とかにはこういうものを解析したマニュアルもあるのだろうが、少なくとも宇宙ポッドから教育(インプリント)された知識には含まれていない。

 あるいは一度目にする機会さえあれば、どう気を運用しているかが判りそうなのだが……

 頭を振る。無いものねだりをしても仕方がない。

 浮く、という事ができても自在に動けるかは別問題だ。

 その状態を維持したまま気を放出すれば一応単純に飛行するって事はできる。

 方向を変えるなら気の放出する向きを変えればいい。

 ただ、それだけでは駄目だった。

 ──地上に意識が縛られている。

 空での戦いは地上での戦いとまるで違うのだ。

 支えがない、蹴り一つするにも軸足というものが作れない。踏み込みなんてものも当然無く、五体で戦うためにはそのたびに細かな気の放出による姿勢の維持が必要になる。

 そしておそらく、攻撃に対応するための構えも必要がなくなる。あるとしても構えのない構え、即座に動けるよう体を緩めておくというくらいだろう。

 

「あるいはやっぱ、遠隔攻撃かー」

 

 ドラゴンボールの戦闘では一番の華だろう。

 気弾、気砲、気円斬その他もろもろ。

 繰気弾もどきだけでなく、一応極東で過ごした二年で気弾っぽいのやかめはめ波もどきの気功波を出す事はできるようにはなった。ただ、どうも拡散しやすい感じがある。気の収束が苦手なのか、性格的にぴんとこないのか。

 ……血筋的にはどうもナッパの従弟にあたるらしいし、気でもって広域攻撃をする分には得意なのかもしれない。

 ふと心配になり、頭を触る。

 

「……変な遺伝子が無いといいけどな」

 

 結構な長さのある髪だ、短くはできるが、これ以上長くなる事もない。そしてふさふさだ、良かった。

 サイヤ人の顔はそんなにバリエーション豊かじゃないのだろう、今のところ目つきの悪い悟飯君って感じでまとまっている。そう見た目を気にするわけじゃないが──毛根は大事にしよう、うん。

 

 □

 

 天に突き立つ剣の山(ルチヤバル)、その最も高い峰、尖塔にも見える頂上に立つ。

 とても眺めが良い。麓に広がる針葉樹の森林、その向こうにはまた山々に囲まれた盆地にひっそりと集落が見える。静まりかえった岩山と雪の世界。くしゃみ一つで雪崩が起きそうだ。

 

「よっし、行くかっ!」

 

 気合いを入れ、山の頂上から断崖絶壁となっている場所を飛び降りた。

 呻りを上げる風が喧しい。

 迫ってくるのこぎりのような岩肌、当たらぬよう、気の放射で微調整。

 崖下の、猫の額ほどの平かな地面が迫る、ぎりぎりまで粘り、舞空術を使い、同時に下方への気の放射でブレーキをかける。

 急減速の衝撃が身を震わせ、止まった。

 鼻先と地面まで指二本と言ったところか。

 ……もう少し攻める事ができそうだ。ただ一度などはタイミングを粘りすぎて頭から岩に突っ込んでしまった。誰かが見ていなくて幸いだった。頭を埋め込んで逆さまでじたばたしている姿とか見せられたもんじゃない。

 幾度か同じ事を繰り返し、制御を完璧なものにするべく練り込んでゆく。

 普通に飛ぶ分にはここまで細かい制御は必要ないのだろうが、何となくだが判ってきた事がある。

 舞空術ってのは基本にして奥義だ。

 鶴仙流やるじゃねーかと思う。地球外の戦闘員は大体習得していたりもするが。

 舞空術というのはいわば地上戦における『身のこなし』のほとんどを気による制御に依存するという事だ。

 ただ攻撃を受け流す、というだけでも舞空術の細かな制御技術があれば、受け流しただけでなく、カウンターの一撃も入れられる。さらに言えば慣性に対しても応用が効く、いわばものすごい重いハンマーを振り回したとしても、体が振り回される恐れがない。

 そして最大の利点は足場を考える必要がないという事か。

 ある程度以上の力で戦う事になると足場の方が持たないという事が多い、その解決になってくれるのだ。

 これは極めないとだろう。応用の仕方によっては地上戦でも十分活用できる。

 山岳でしばらく訓練し、次は麓の森、杉が立ち並ぶ木々の合間を縫うように飛んだ。

 なるべく複雑に、じぐざくとした進路をできるだけ速く。

 気を纏っている状態でぶち当たるとよほどの巨木でもない限りへし折ってしまう。

 最初のうちはやはり折ってしまったものだった。

 次第に動きを変化させる。

 木を曲がって回避し、その動きに合わせて横からの蹴り。

 バレルロールを描くように動き、合間に幾つもの連撃。

 急加速から急減速、下方へ木の葉が落ちるように流れるように動き、地上すれすれで左右に回転しながら移動。

 途中から曲芸じみたものになってしまったのはどうしたものだろう。多分そのうち役に立つに違いない……と信じたい。

 

 しかし、改めて思う。

 この星ってなんなのだろうと。

 まず悟空達の居る『地球』とはかけ離れているのは間違いない。

 飛ぶ事が出来るようになって何が便利かと言えば、空からの視点を手に入れた事だ。

 細長い島国の極東、複雑な海岸線を描く大陸の東部、広大な海、北方の氷河に覆われた地域。

 制御も良くなり、舞空術の持続時間が長くなってからはとりあえずは、と世界を鳥の視点から見て回った。

 違いは多々あるものの、どちらかと言えば地形はかつての知識にある地球、ユーラシア大陸とかがあるそれに近いものを覚える。

 文化や技術レベルって部分だとどうだろう。

 魔石を使った技術がかなりあちこちにまで普及している、単純に科学技術が発達していないから未熟とも言えない。それに少なくとも普通の火薬や長距離航海を可能にする造船技術もある。銃があまり発達していないのは、モンスターとの戦いが多く、人同士の戦いが少ないとか、神による恩恵(ファルナ)の影響だろうか。

 ラキアあたりで内燃機関や鉄砲を用いた集団戦闘の可能性を示唆したら凄い事になる気も……しないな。変人が訳の分からない事を言っている、なんて思われるだけだ。

 魔法大国(アルテナ)で仕入れた世界地図、その描かれていない部分や間違っている所にちょこちょこと書き加えながら、そんなとりとめのない事を考える。

 どうもふとすると考えが物騒な方向に向いてしまって困る。

 それに近代兵器を使われたところで、今の俺でも十分に対抗できそうだ。

 ただ──

 

「まだまだ、だよなあ……」

 

 こんな(モノ)ではまだまだベジータ王子にも数多くいる戦闘員にも及びもつかない。

 知識としてだが、なまじ知ってしまっているだけに。そして気を扱い実感の沸いた今でこそ力不足がよく判ってしまう。

 そして『届かない』という事がどうも許せない。これはもう戦闘民族のプライドがとかそういうのでなく、男は仕方無い部分だろう、多分、きっと、おそらく。

 

「いつか、挑めればな」

 

 心の奥にある熱いモノを感じながら呟いた。

 手元でばきりという音がする。

 

「あっ……」

 

 鉛筆、といっても黒鉛を木の板にはめ込んだだけのものだが、粉々になってしまっていた。力んでいたらしい。

 長持ちするものなので替えも買っていない。

 視界の下で俺の間抜けぶりを笑うように、渡り鳥たちの群れが悠々と飛んでいた。

 

 □

 

 一年の間、そうして修行をしては人里に出て、適当に依頼をこなし、あるいは傭兵として戦った。

 誕生日はよく判らないが、15歳になっている事は間違いない。身長も少しは伸びた……指一本分だったが。

 偽名として使っていたナッシュの名前も最近はそこそこ有名になってきてしまった。【ファミリア】に属してるわけでもなし、神様達につけられるらしい二つ名なども無縁だったが、最近では妙な通り名が付けられてしまっている。

神出鬼没(エルシーブ)』とか、あまり捻りもない通り名だ。多分、迷宮都市(オラリオ)でやっている事が段々外でも普及してしまったのだろう。名前の通った傭兵や冒険者は二つ名で呼ばれる事が多く、周囲が勝手に付けるものもあれば、自分で名乗ってしまうのも居る。

『爆砕☆鉄拳』とかにならずに済んだのをよろこんでおくべきか。ネーミングセンスまでもオラリオは輸出してしまっているようで、もう慣れたは慣れたのだが、今でも酒場で油断している時に不意打ちされると、おぅふ、となる事は無くも無い。

 そして先日、二つ名がもう一つ増えてしまったようだった。

 堅城ドロストレア、かつてラキアに滅ぼされた王国に所属していた南方の山国、その要所である城だ。

 ラキアの戦争時に独立を計り、その後何度となく攻められたが、未だに独立を保っているのはひとえにこの城塞都市と言っても良い堅城が盾になっているからだった。

 中心を囲む旧い城壁から、都市が拡大するにつれ何度も何度も囲み直した城壁。不落の城という名前に釣られて安定を求める人の流入もあり、これだけ大きくなったものらしい。

 頑丈で硬い岩盤の上に建てられている迷宮都市(オラリオ)に匹敵する高い城壁、地下水が豊富で水の手は切れず、通常郊外に作るはずの畑を城内に作ってしまう念の入れ用、真っ当に力で攻めるしかないが、城壁にはダンジョンで採掘された超硬金属(アダマンタイト)すら用いられており、ドロストレア相手の戦いはいかにして城内の相手をおびき出すか、あるいは壁を越えて切り込むかの二択を強いられる事になる。そしてドロストレア側もその二択に対しては十分過ぎるほどの用心を重ねており、築かれてから500年、未だ不落と名高い城だった。

 請け負った仕事は、若い貴族の救出だった。ドロストレアのさらに南に位置する王国、黒い弓が旗印の新興国の貴族だ。

 どうも不落のドロストレアを相手に功を焦り突出しすぎ、あっという間に生け捕られてしまったらしいのだ。

 先代の王の子息であり、禅譲の形で王位を譲られた現王にとってはわが子のように大事にしたいらしいのだが、本人は過保護に過ぎると憤っていたようで、自らの力で座る席を得ようとした結果だそうだった。

 ──気持ちは分からないでもないが、と依頼主である総大将が頭が痛そうに言っていた。

 俺にこんな話が来たのは理由がある。傭兵としても身軽な格好──もっとも傭兵の中にはアマゾネスなども居て、もっと身軽な格好をしていたりもするのだが、戦場での戦い方と最近名前が知られているのでお鉢が回ってきたものらしい。

 俺にとって傭兵稼ぎは修行の場でもある、神の恩恵(ファルナ)持ちだと判断されれば最前線に回された。気を抑えた状態で一対多の戦い、あるいは矢の雨の中を触れる事無くくぐり抜けるのは良い鍛錬になるのだ。

 ドロストレア内に潜入する。

 軍に相対していない、断崖と接地している側、東側の一部は警備も手薄で潜入しやすかった。

 気を探りながら慎重に探索を進め、中央の大きな建物に向かう。

 大体こういうのは()()()の人間が集まっているものだと相場が決まっている。案の定二、三人も気絶させると目的の監禁されている部屋が判った。鍵も奪っておく。

 濡れ羽のごとき髪、憂いに満ちた目、白貌に朱の濃い唇。

 囚われのお姫様か、と突っ込みたくなるような王子サマだった。別の意味で何もされていないか心配してしまう。

 普通にドアから入っていった俺を最初は敵方だと思っていたらしい。キッと睨まれた。

 

「あんたの救出に雇われた傭兵ですよサイモン侯、手早く抜けてしまいましょう」

「おお、おお! 本当かい、失態を晒した僕を助けに!?」

 

 秘密裏に。依頼(オーダー)ではそう言われている。王の大事にしている人間を捕虜にされたなどと報告しては大将の首が危ないって事だ。救出任務なのに少数どころか俺一人に事を任されたのは逆に言えば他に手立てがなかったという事でもあるのだろう。

 いざという時には俺を裏切り者という扱いで切り捨てる、という思惑もあるいに違いない。傭兵ってのはそういうものだ。

 対象は無事見つけたし、五体も満足、身代金目的に監禁されていただけだ。後は逃げ出すだけなのだが、それが難しかった。

 一度失敗してしまったからには功績で替えるしかないと思っていたのかもしれないが、城内から門を開けてしまおうと言い出したのだ。

 止めたが止まらなかった。無理に止めるなら大声を出すとか、何とも言えないような事を言われてはこっちも黙らざるを得ないというか、抗弁する気もなくなる。

 ちなみに7層あるうちの内側から3層目の城壁で追っ手に捕まった。

 壁際に追い込まれ、サイモン侯はレイピアで敵兵を威嚇しながら「再び虜囚の屈辱を飲むくらいならば貴様らを冥府の道連れにしてくれよう」などと気分を出している。

 

「もう、ええわ……」

 

 どこの寒い漫才に巻き込まれたのかと、ついそんな言葉が出た。

 気を込めた足で踏み込む。盛大な音と共に入る亀裂。動揺する兵士達を尻目に城壁に向き直った。

 

「サイモン侯、俺の後ろに。兵士の兄さんらは破片に注意な」

 

 案外機敏な動きで背後に動くサイモン侯を確認し、右手に気を集め、城壁を殴り壊した。

 爆音に驚き、何が起きたのかと集まってくる市民、兵士達は呆気にとられているようだ。

 救出対象もぽかんとしているので、腕を叩き、今のうちに行こうと声をかけた。

 そこまではっちゃけてしまえば、もう後は同じ事をやるだけだ。城壁全てに穴を開け、力ずくで押し通った。最後の分厚い城壁が破れた時には背中側のドロストレアからは悲鳴、正面の自軍からは盛大な歓声が上がる。

 いつの間に調達したのか、馬に乗ったサイモン侯が未だ土煙の舞う中、穴から飛び出て自軍に向かい大声を放った。

 

「諸君ッ! ドロストレアの城壁は全てが陥落した! 難攻不落を謳われた城を落とすには今だ! 諸君一人一人が英雄たる事を見せるのは今だ! 500年の歴史に幕を引いてやろう!!」

 

 台詞を考えていたようには見えなかったが……アドリブだろうか? よくそんなに咄嗟に台詞がでてくるものだと感心してしまう。

 その美貌もあり、芝居がかった台詞がよく似合っていた。

 軍の志気は最高潮に高まり、拳が上げられ、喚声がこだまする。

 大将も突発的な事態にありながら、この機会を逃さなかったようだ。戦鼓の重い響きが鳴らされ、進撃の合図が出される。

 

「いざ行くぞッ! 我が名はサイモン・クラーノ・アンテノシア! 続けぇーい!!」

 

 再び馬を巡らせ、自軍で奪い取るように持ってきた戦旗を掲げて先頭に立ち突貫する。

 ノリノリである。どうしよう。

 

「とりあえず……死なせたら任務失敗だよな」

 

 救出任務とか秘密裏にとかもうぐたぐたになってる気がしないでもないが。動揺している様子ながら任務に忠実な、サイモン侯を狙う弓兵を倒していった。

 

 翌々日の戦勝祝い、接収されたドロストレアの中心、要塞にも見える館で行われたそれで、ひとまずの戦功褒賞、主立ったものへの内示のようなものが行われる。

 ──サイモン侯が知略を働かせ、わざと捕虜となり、強力な傭兵を手引きし内部から城壁を破壊した。

 そういう事にしたらしい。サイモン侯が捕まったのを隠せないならもう英雄に仕立ててしまえという事だ。

 本人もノリノリだしこれでいいのだろう。

 俺も多額の謝礼、口止め料も含んでいるだろうそれを受け取り、頷いておく。

 そしてこの一件以来、500年の堅城に終止符を打った英雄サイモン侯と共に、推定Lv.4以上の小人族(パルゥム)『壊城』のナッシュという名前が広まってしまったのだった。

 


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