戦闘民族は迷宮都市の夢を見るか   作:アリ・ゲーター

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5.国の終わり

 梢の狭間からまたたきする星が見える。

 月は雲に隠れ、闇夜はいつになく深い。

 なるべく音を立てないよう、用心し森を縫うように進む。

 先行するローレンが止まった。

 森が切れる、街道のある開けた平野に出た。

 王都へと結びつく連絡道路でもあり、普段は荷を積んだ馬車がひっきりなしに行き来している。

 ただ開けた場所という印象しかないそこには陣幕が張られ、幾つものテントが並んでいる。

 闇に慣れた目にはまぶしいとすら感じる篝火が置かれ、兵が二人。

 ラキア軍はよく訓練されている方なのかもしれない。軍事関係の知識などまったく無かった俺には比較対象も無い。それでもこれほど有利な状況下で、見張りが油断している様子もない。

 俺はひどく抑えた小声でローレンの背中に声をかけた。

 

「それで、どういう作戦で行くんだよ」

 

 呆れた事にまだローレンは『敵を何とかするための策』とやらを明かしてくれていない。

 敵陣を見るまでは判らないと、はぐらかすばかりだったのだ。

 ローレンはわずかにこちらを振り向き、口の端を上げた。

 

「いいか、ラキアって国はそれなりに強さに飢えてる。わざわざ住民の居ない地域のモンスター狩りに繰り出すほどな」

 

 判りやすい能力の底上げ、【基本アビリティ】の熟練度を上げるには【経験値(エクセリア)】が必要で、それを得るには日常の訓練、あるいは俗な言い方をすれば修羅場をくぐる経験が必要だ。

 それを得るために大規模な国家系【ファミリア】であり、オラリオのようにダンジョンを抱えていない以上、地上のモンスターを相手どるか、人同士の戦争でもするしかないだろう。

 

「だからな、Lv.1程度に見える恩恵持ちが相手になった時は、大体Lv.2連中は出てこない。下っ端の良い訓練になるからな」

 

 何か。

 凄い嫌な予感がする。

 ローレンは優しげな目でこちらを見て、ついでにがっちりと俺を掴んで言った。

 

「だからな、きっちり騒いで大勢おびき出せ」

 

 Lv.2の力で思い切り放り投げられ、宙を舞った。

 ──やっぱりかああああああ!?

 心の中で叫びつつ姿勢を制御する。体をよじり、尾を使いバランスを取る。

 だん、と街道の石の路面に着地した。

 真っ正面。

 そう、見張り達の真っ正面だ。

 おのれローレン。終わったら絶対仕返す。

 ただ、それよりも先に──

 

「らああああああっ!」

 

 叫ぶ。叫びながら驚く見張りに突っ込んで行く。

 ローレンが具体的に何をやるのかは判らないが、引きつけてやろう。思い切り暴れてやろう。

 勢いのままの跳び蹴りで篝火もろとも吹き飛ぶ見張り。

 陣幕に火が移り、敵襲だという声と、人のざわめきが聞こえた。

 

 □

 

 二、三人を吹き飛ばし、意識を刈り取った頃だろうか。連中の戦い方が変わってきた。

 連携を取り、常に二人一組で攻撃してくる。

 後ろでは腕を組んでいる軽装の男がいる。周囲を囲んでいる連中が命令を仰いでいる所を見るとLv.2、部隊長クラスの一人なのだろう。

 

「くそ、やりにくいっ!」

 

 俺の体格は小さい。

 逆にこれを生かして懐に飛び込んで一撃というのが得意なパターンだった。

 長柄の重い獲物など相手にするのは得意だったのだが、早々に見切られたらしい。俺の相手をしているのは速さのあるナイフ使い。体術も織り交ぜ、トリッキーな動きをかましてくる。

 もっとも速さならこちらが上だった。

 蹴りを躱し、踏み込み、ナイフを持つ拳ごと裏拳で弾く。

 そして入る横槍。

 そのまま文字通り横から突き入れられた槍だ。投げるにも適した短槍を振るわれ、躱す。躱した時にはナイフ使いの崩れた姿勢はすでに戻っていた。

 ──武器でも持ってくるべきだったか。

 一瞬思うが、思っただけだ。どうも武器は苦手意識があってまったく訓練していない。土壇場で使い物になるようなもんじゃない。

 攻撃の切れ間を縫い、バックステップ、距離を置いた。

 息を細く吐く。

 足先で地面を探り、石畳を均等の力で踏む。

 乾いた喉に唾液を送り、飲み込んだ。

 やりにくいのは相性の問題だけじゃない。

 どうやら俺は命のやりとりに緊張しているようだった。

 考えてみれば、初めてだ。命を獲ろうとしてくる人間相手の戦闘は。

 最初は俺の姿を見て加減したようだが、軍人らしく意識の切り替えも早いのだろう。数人やられた後はこっちを殺す気満々で攻撃してきていた。

 モンスターや野生の動物の殺意とは違う。

 知恵を持って絡みつく、油断も隙もない、独特な感覚。

 ──迷うな、と自分に語りかける。相手がどういうつもりだろうと、こちらのやる事は変わらないはずだ。

 ナイフ使いと三度目の応酬、槍使いの援護を受け、回転しながらの大振りな肘。

 コメカミを狙うそれに、こちらから額をぶつけてやった。

 

「ォらああッ!」

 

 押し出す。体全体を使ったような頭突きでナイフ使いは吹っ飛んだ。寸瞬、突き出される短槍。だが遅い。

 意表を突かれたのか一瞬の間があり、十分に対応できる。

 肩をかすめる槍、体を戻し距離を詰める俺。

 相手のブーツを思い切り踏み、骨の砕ける感触を感じるより早く、脇腹を殴り抜いて悶絶させる。

 うげえ、と大きな声を上げ転がる男。

 次は──と警戒するも、囲んでいるもののうち動く者はいない。

 

「俺がやる。しかし見誤ったな。この坊、Lv.2って所だったか」

 

 やり過ぎた、かもしれない。

 奥で腕を組んでいた男がその腕をほどき、出てきてしまった。

 しかし、こんな状況で手を抜けるかとも思う。

 軽装だ。防具は何かの皮甲で作った胸当てと手足の小手のみ。だが、その獲物は身の程もある大剣だった。

 

「子供に見える……が、もしかして小人族(パルゥム)混血(ハーフ)だったりするのか?」

 

 涼しい顔つきでその大剣を振る。風を切り裂く音と共に篝火が揺れる。

 火に劣らぬ赤い髪を揺らし、男はこちらに剣を向けた。

 

「一応聞いておくが投降しないか? こちらには死者は出ていない。今なら助けられるぞ」

「へっ」

 

 鼻で笑う。

 自分だけ助かれば良いというなら手段なんていくらでもあった。そうも行かないからこうやって面倒臭い事になっている。

 そうか、という言葉と共に降ってきた斬撃はローレンの槍より速かった。

 だが見えている。集中力は高まっている。

 皮を切らせ、躱す。

 だが──

 次に繋げられない。

 技の入り、戻りの速さが段違いだ。

 体さばきと共に剣を振りかぶり、打つ。その動きが一定ではない。一定でないながら、そこには一分の乱れもない。

 奇策に頼らない技量。神から与えられた恩恵(ファルナ)ではない、ただ日々の反復した修練だけが可能にする動き。人体の持つ反射をねじ伏せ、斬る事に特化した、本来不自然な動きを体にすり込む『剣術』。

 おいおい、と思う。

 達人、なんて言葉も浮かんだ。そんなもの単語として聞いた事しかない。本当にそんなものなのかも判らない。ただ、その技量、明らかに格上だ。

経験値(エクセリア)】が得にくい、昇格(ランクアップ)の機会が極端に少ない地上だからこそ、こうもなるのか。

 一撃、一撃ごとに傷が増える。

 攻撃の機会が無かった。

 回避以外の行動をすれば潰される。

 攻撃は最大の防御、きっとそれを突き詰めようとしたのだろう。

 実直で無骨、小手先の技など出す前に潰される。これを覆せるのはおそらく、同等以上の技量か、力。

 くそったれだ。

 どちらも持ち合わせがない。

 

「グッ」

 

 熱が走る。声をかみ殺した。

 肩を削られる。躱しきれなくなってきた。

 多少の希望を込めて見るも、やはり相手の目に油断は無い。消耗も無い。

 詰みか?

 

「ヅッ!」

 

 かろうじて胴の払いを躱すが足を斬られた。

 浅手だが、力の入りが効かない。

 追い打ちが。大剣の突きが迫る。

 回避、否、後ろに──

 死?

 サイヤ人とか二度目の人生とかそんなのを全部無にして。

 そうだ、そんなのは全部無関係に押しつぶされる。

 そんな圧倒的なのが死。

 殺される。『俺』もこの強い『体』ももろともに。

 

 ──え?

 強い違和感があった。

 

 そしてぶづりと体の奥で何かが切れ、潰れる感触。

 後ろに逃れても、間に合わなかった。

 腹に大剣が突き刺さり、引き抜かれる。

 

「ガ……ぐ、ぁ」

 

 だが、立てる。背骨が絶たれていないのは体重の軽さのおかげか。

 血が足りない。視界が暗くなったり明るくなったりする。

 しかし、やれる。

 やらないと。

 やっと分かった。

 俺はまだ()()()()()()

 体はボロボロ、だが精神は加速している。

 敵は初めて油断を見せている。

 だから踏み込む。

 ──一歩。

 敵が気づいた。驚きの顔、そして表情とは裏腹に剣を構えるのは速い。

 ──二歩。

 振り下ろすより速く懐に入り込む。

 地を蹴り、全力で、驚愕のままの顔を打ち抜いた。

 

 □

 

 夢を見ているような気がする。

 あるいは酒に酔い続けているような気がする。

 それなのにがっちりと歯車は噛み合い、意識はこれまでにないほど研ぎ澄まされている。もやもやとどこかで燻っていた怒りとか、妙な濁りめいたものはもう無い。

 俺は俺である事が多分初めて出来た。

 血まみれの右手を眺める。

 開き、閉じ、握りしめる。

 敵を殴り抜いて、頭蓋が砕け、柔らかいものを潰す感触がまだ残っていた。

 は、と笑いが出る。

 安堵も幾分か混じっていた。

 俺は別に殺す事を楽しむタイプではないらしい。ただ戦いの結果として殺しても、それはそれと思う程度だ。

 

「分からないもんだな」

 

 サイヤ人の『体』と『俺』という存在、どこか別のもののように考え、自覚せず境を設けてきたが、それは必要がない事だったのだろう。

 俺は俺以外に主は無く、体も心も一つしかない。

 それが理屈でなく、直感として染み渡った。

 その対価は人の命一個。そして代償として、死にかけた。

 いや、現在進行形で死にかけている。

 腹部をでっかい剣でえぐられ、それでもなかなか死なない10歳児。笑ったりしてる。

 シュール過ぎてホラーだ。

 そう、笑い事でもない、とどめを刺しに、敵を討とうと他の兵が動き出した。

 突きを避け、払いを止め、打ち下ろしを打ち軌道を曲げる。

 見えなかったものが見える。というより、感じ取れる速さが増している。

 こんな窮地だと言うのに楽しくなってくる。いよいよ壊れてきたのかもしれない、あるいはこれこそ──

 視界が飛ぶ。

 コマ送りに近い。消耗しすぎた。

 送られてくる攻撃への反応が鈍る。

 逸らしきれない──斧の一撃を、大槍が防いだ。

 金属を打ち合わせたとは思えない、重い音が響く。

 

「使いな」

 

 小瓶が放られた。

 割って入ったローレンはLv.1とはいえ六人を相手に悠々と立ち回る。

 かがり火に照らされ濃紺の液体が揺れる。回復薬(ポーション)だろうか?

 

「なけなしの一本だ、飲むなよ? そういう時は傷にぶっかけろ」

 

 言い終えるや、ローレンは舌打ちをした。

 大槍がしなる、いや、そう見えるほどの高速の三連撃。

 敵の攻撃を弾き、戦闘に空隙を作り出す。

 同時に俺の襟首を掴み、凄まじい勢いで後方に距離を取った。

 

「よう、追いかけっこはこの辺にしておこうか」

「最大戦力がのこのこ出張り、ただ掻き回しただけか?」

 

 現れたのは全身鎧(プレートアーマー)を纏ったいかにも重厚そうな男だった。

 それだけではない。

 俺とローレンを逃がさぬ、とばかりに赤髪の傷だらけの男が、金髪のどこか優男風の男が姿を見せた。

 気で計るまでもなく、見れば一目で分かる。

 Lv.2──【ステイタス】を一段階昇華させた戦士達だった。

 窮地だ、どこからどう見ても窮地だ。

 だが、ローレンはどこか困ったような笑いを見せ、言った。

 

「最大戦力……最大戦力ね、確かにな。だが俺じゃないんだ」

「……何?」

 

 訝しげな男はそこでようやくこの場の状況に気づいたようだった。

 

「おい、グレンは、グレンの奴はどこに行った?」

 

 へたり込む兵士の襟首を持ち上げ、そう詰問する。

 兵士は震える指先で示した。

 20(メドル)は飛ばされた、首から上の無い死体を。

 

 沈黙がその場を支配する。

 くく、とローレンの笑いが聞こえた。

 

「アウル、ズレは治ったみたいじゃねえか。あれがお前の本気か?」

 

 俺は答えず、ごぼ、と喉からせり上がった血の塊を吐き出した。鉄の味に顔がしかむ。

 ポーションで腹の傷は塞がっても、既に出た血はそのままらしい。内臓が変な風にくっついていないと良いのだが。

 

「ローレン、聞くけど、あんたの言ってた考えってのは?」

「お前さんの本気を引っ張りだして力ずく」

「……ひでえ」

「ま、生きるか死ぬかの瀬戸際でこそ人間、本性が出るもんだ。出せたろ本気?」

 

 どうも騙されたような気分だ。

 無言でじっとりと見ていると、ローレンは冷や汗を一筋垂らし、頬を掻いた。

 

「まあほれ、俺も他のLv.2を陽動して目が向かないようにしてたしよ、ハイ・ポーションだって結構高いんだぜ?」

 

 傷の治りが早いと思ったらハイ・ポーションだったらしい。

 ため息を一つ落として切りをつける。

 ──俺は死にかけ、生き返ったのだろう。

 身のうちにこれまで以上の力が猛っているのが分かる。

 恩恵(ファルナ)を受けた者のランクアップもこんな感じなのだろうか。

 試しに、と警戒をし武器を構えて包囲している敵の一人に接近し、足を引っかけ転ばす。

 

「……なるほど」

 

 速い。それにとんでもなく体が動きやすい。

 俺自身の中の問題が片付いたからなのか、死にかけたせいなのかは判らない。

 だが、これなら。

 

「確かに、何とかなりそうだ」

 

 その言葉に反応したか「舐めるな!」とか「くそガキが!」とか怒りの声が巻き起こる。

 そして俺は戦争に飲まれようとしている現状を何とかするための、当初の目的を力ずくで実行した。

 

 □

 

『神時代』なんていう現代では量より質と言われている。【ステイタス】がLv.2の戦士が一人いれば、その下のLv.1が10人居ようと、場合によっては100人居ようと勝ち目がある。それほどに昇格(ランクアップ)、器の昇華は劇的な差を生む。

 それが戦争においてどういう事になるかといえば、人質の価値が高くなっている。

 もっともこれはかつての現代の知識を持っているからこそ、そういう比較が生まれただけであって、こちらではごく当たり前の事でもあったのだが。

 ローレンと俺の夜襲によって、ラキアの部隊84名を捕縛し、Lv.2の三名以外は全て解放した。

 全員を人質としなかったのは、Lv.2が三人も居れば価値としては十分だったという事と、当たり前だが農場の側にそれだけの人数を拘留する施設も力も無かったからだ。

 ラキア王国の動きは速かった。解放した兵に書簡を持たせてからわずか三日で、人質の解放にあたっての交渉、そのための一団が訪れていた。

 ヨーゼフやローレン、他開拓地の主立った者は中央の館に集まって目下交渉中だ。

 俺はといえば、牢屋の前でひたすら暇をしていた。

 

「だ~る~い~ぞ~」

 

 間延びした声を出してみるも、答えてくれるのは空を陽気に飛ぶ小鳥くらいなものだ。

 牢屋とはいえ中身も外見もそう悪く無い。堅牢な石壁で作られた家があったので、急遽鉄格子がはめ込まれ、捕虜を入れている。しかし、何せ捕虜が捕虜だ。万が一逃げ出した場合、俺かローレン以外に止められる者がいない。

 そのため二人で交代しつつ牢の見張りをしていたのだが、とにかくやる事がないのだ。

 

「いっそ逃げ出してくれねえかなー」

 

 などと不謹慎な事を口にする。

 そうすれば追いかけて捕まえる仕事ができるのだけど、と半ば本気でそう思っていると、ふと人の気配を感じた。

 神の恩恵(ファルナ)を受けている者の気配だ、一般人より強く濃い。

 見れば灰色の髪をオールバックにした、柔和そうな男がこちらに向かって歩いて来る。

 年齢は4、50代だろうか、武装はしておらず、普通の服の上にローブを羽織っていた。

 俺が気づいた事に相手も気づいたらしい。こちらの警戒心を解くように両手を軽く上げて近づいてくる。

 やや距離を置いて止まると、やあ、と声を掛けてきた。

 

「君がノーザンホーク君ですか?」

 

 養父の姓名(ファミリーネーム)を出され、微妙な気分になる。

 

「アウルでいいですよ、そちらはラキアの方で?」

「ええ、交渉の使者殿と一緒に来た者ですよ」

 

 使者の護衛なのだろうか? それにしては妙な物腰だ。

 何か違和感でもあるかのように額をさすり、男はまじまじと俺を見た。

 はて、とどこか不思議な様子で首を傾げる。

 俺から何か有利になりそうな情報を掴もうとか、その手のやり口なのだろうか?

 そうも思ったが、どうもその後は当たり障りのない会話、歳はいくつかとか、友達は、とかそんな事を聞き、最近の天気がどうの、子供が出来すぎて困るだの、他愛のない事を話して去って行った。

 

 交渉は想定通り、ヨーゼフにすればそれ以上に上手くまとまったようだった。

 開拓地は戦時中の安全が保証された。戦後はラキアとの戦争に対して自領に引きこもり中立を保っているシモン伯爵家の物とする旨が決まり、戦後の混乱を考慮し、税の優遇も与えられた。もちろん、それもシモン伯爵家がラキアに恭順すればという条件付きではあるが──間違いなく恭順を示すだろうというのがベッジフ翁の近くで仕事をしていたロイの考えだ。現在ヨーゼフが直に説得に向かっている。

 そして人質の三人は即座に解放され、ラキアの使者達と共に出ていった。

 こういう時は裏切られないように、代人としての人質か何かをとっておくのではないかと思い、また同じく考える人はいたようで、何人かヨーゼフに食ってかかっていたが「大丈夫だ、今は私を信用していてほしい」と言われて引き下がっていた。よほど信頼できる根拠でもあったのだろうか。

 

 二週間が経ち、最初は緊張がほぐれなかったものの、あの後ラキアからも王都からも何も接触が無く、いつしか人々の気もゆるみ始めた頃。

 ヨーゼフが戻り、帰還のささやかなパーティが行われたらしい。

 もっとも、俺は当然ながら招かれておらず、ローレンから聞いた話だったのだが。

 予想通りシモン伯爵はラキアへの恭順を誓った。そしてそれだけでは恭順の姿勢としてはよくないと考えたのか、自らも兵を出し、ラキア軍の味方として立った。

 それはいわば王都を西からラキアが、東からシモン伯が挟撃する形となり、形勢を見た日和見の貴族達も次々と寝返り始める。

 雪崩が起きたかのように崩壊してゆく国の基盤。

 辺境は一日一日と領主の寝返り、そしてさらに僻地では独立の宣言が起こり、西の守備の要であった城もついに陥落、王都を残すのみという話だった。

 

「国が滅亡するなんてあっという間なんだな」

 

 ローレンはそう言い、祝いで出された酒だと言い、俺にも一瓶よこしてくれた。

 考えてみれば、この体になってしっかり飲むのは初めてかもしれない。

 10歳児が飲んでいいものだろうか、まあいいや飲んじゃえ、と勢いで栓を抜き、ワインを口に含む。

 結構酸味がある、ただ苦さはなくフルーティ。飲みやすくはあるけど、ワインとしては美味しくないかもしれない。

 子供向けのジュースにアルコールが入ったような……ああ。

 一応のローレンの配慮らしい。

 一口飲んで、様子を見る。もう一口を飲んで頷いた。

 

「うん、どうも俺はいける口っぽい」

 

 そこそこに気持ちよく酔うけども、顔が赤くなるほどじゃない。うまし。

 

「へえ、言うじゃねえか、よし瓶を上げな」

「む……?」

 

 ローレンが俺の上げた瓶に自分の瓶をぶつける。乾杯というには豪快な音がした。

 

「お前の初勝利に乾杯だ」

「ん、初勝利……か?」

 

 モンスター相手には散々戦ってきたつもりだったが。

 そう思って首を傾げるとローレンは酒精が回ったか、からからと笑った。

 

「勝利ってのは勝ち取る事だ、今回お前は自分と二人の自由、ついでにここの安全を勝って取ったんだよ」

 

 なるほど、と思う。勝って利を得る。だから勝利か。

 そういう意味ならば、と俺は頷き、瓶を上げて言った。

 初勝利に乾杯だ、と。

 瓶だけど、というツッコミを頭で思いつつ。


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