「ねえ…ハリー。私たちヴォルデモートがニワトコの杖を手にした前提で戦略を組んだほうがいいと思うの」
ハーマイオニーが手にしたスリザリンのロケットをぎゅっと握って決心したように言った。
ハーマイオニーはダンブルドアから貰った死の秘宝と3兄弟の物語を読んですぐにヴォルデモートの真の目的を見抜き、天才的頭脳により魔法省でも見事アンブリッジらを出し抜いた。
しかし頭脳だけで切り抜けるには敵の数や力が圧倒的に多く、ハリーたちは拠点であるブラック家の屋敷を失い辛酸をなめていたところだった。
ロンも姿くらましに失敗しばらけてしまい、今は森の中でテントを張って療養に専念している。
今もロンの沈鬱そうなうめき声がテントの奥から聞こえる。
「うん…そうだね。僕たちには今のやつを止める手段がないし、むしろ今のうちに分霊箱を全部壊して力を蓄えるべきだ」
「そう、私が言いたいのはそれよ!力を蓄えること。分霊箱よりそっちが大事だわ」
「え…分霊箱よりかい?」
ハーマイオニーの言葉にハリーは思わず聞き返した。
「僕を除いて作戦会議か」
不機嫌そうなロンが奥のベッドから出てきた。
「違うわ!ちょうどいいからロンも聞いて」
ハリーとロンはハーマイオニーの正面に座って次の言葉を待った。
「魔法省への潜入で私たちわかったでしょう?私たちには力が足りないわ」
「たった三人だったしね…確かに僕らはまだまだあの人にかないっこない。でも、そんなのわかってたことだろ」
ロンは日に日に僻みっぽくなっている。おそらくスリザリンのロケットのせいだろう。
「人数なんて関係ないわ。いい?よく聞いて。私たちに足りない力っていうのはね…筋肉よ」
「は?」
「ん?」
ロンとハリーは思わずほうけた声を出した。ハーマイオニーは呆れたようにため息をつく。
「だから筋肉が足りないのよ私たち。筋肉をつければ失神呪文の一つや二つ食らったってはね返せるじゃない。そもそも私たち、たった三人なのよ?全ての呪文を避けきる気?」
「正気かよハーマイオニー…」
「天才的だ!ハーマイオニー。なんで今までそんなことに気づかなかったんだろう!」
「ハリーまで何言ってるんだい?!いくらマッチョになっても筋肉は呪文を跳ね返さないよ?!」
「その考え方がすでに間違ってるのよロン。可能不可能じゃないわ。いい?経験や知力は一気には上げられないわ。でも筋肉は違う。魔法を駆使すれば一ヶ月で誰にも負けない体になれるの。魔法は結果にコミットするの」
「そりゃ筋肉はつくだろうさ!けど筋肉が魔法を跳ね返すなんて僕は聞いたことがない!」
「誰も試してないからだわ。筋肉もりもりマッチョマンの魔法使いなんて見たことないもの。でも筋肉が魔法を跳ね返すいい例が私たちの身近にいるでしょ」
「わかった!ハグリッドだね?!」
「その通り!五年生のころアンブリッジたちの失神呪文を食らってもハグリッドはピンピンしてたわ。それは筋肉のおかげだったのよ」
「なるほど。数の劣勢を筋力で補うなんて思いつかなかったよ。もっと早く気付いていればロケットも楽々だったのに」
「そうと決まれば早速鍛えましょう」
「ああ、そうだね!…まずはこの森の大木を素手でなぎ倒せるようにならなきゃ」
「さすがわかってるわね、ハリー。ロン、あなたは体が治ってからでいいわ。でもできれば毎日このダンベルは持ち上げて欲しいの」
ハーマイオニーは例のハンドバックから3キロのダンベルを取り出した。
「め、滅茶苦茶だ…」
ロンは唖然としている。
しかしハリーとハーマイオニーは意気揚々と森へ出かけてしまった。
それから二人は何かに憑かれたようにトレーニングに勤しんでいた。
出される食事も生卵ばかりでロンは辟易したが、二人は平気で口の中に直接卵を割り入れていた。狂気の沙汰としか思えなかったが、体が万全でないロンは何もできなかった。
やっとばらけた腕が完治した頃、ハリーとハーマイオニーは見違えるようなマッチョに変わっていた。
「一ヶ月でここまで変わるなんて!見てよロン!この上腕二頭筋を!!」
ハリーが丸太より太く黒々と健康的に日焼けした腕を見せつけてくる。筋肉がつきすぎて冬にもかかわらず上半身裸だ。
ロンは力なく笑うことしかできなかった。
「ロンの腕もそろそろ治ったわね。今日は私たちのチートデーで、あなたのトレーニング前の最後の晩餐よ。好きなだけ食べてね」
ハーマイオニーは三十キロはあるダンベルを片手で持ち上げながら先ほど素手で仕留めた鹿を石を砕いて作った大包丁で解体していた。
最早原始人のような格好の二人は、その膨大な筋肉の発するエネルギーによりいつも湯気が立つほど熱かった。
大雪の中彼らの後についていけば自然と雪が溶けるほどに。
ハーマイオニーの言うとおり、彼らは一ヶ月で最強の肉の鎧を手に入れてしまった。
「そろそろ、ね」
「そうだね」
2人がじっとロンを見つめた。ロンは反射的に肩を抱いて怯えた目で二人を見た。食われる、と本能が警告していた。
「怯えないで!ロン」
「獲物は君じゃない」
2人の目はギラギラと輝き血に飢えた獣を思わせた。ぬうっとハーマイオニーの腕が伸びてきて、ロンの首から下がっているロケットをむしり取った。
ゴツゴツの大きな手に握られるロケットは子供のおもちゃくらい頼りなさげだ。
「ハリーがやってみてよ」
ハリーはハーマイオニーからロケットを受け取ると、徐にそれを握りしめた。
ぎち、ぎち、と金属が軋む嫌な音がした。
ロンがぞっとしながらその様子を見た。普通に握ってるようにしか見えない拳だが、ハリーの額には青筋が立ち、目は虚ろで歯を食いしばっている。
修羅か般若か、鬼か悪魔か。
地獄から這い出してきたような顔をしていた。
額にある稲妻の傷跡も筋肉と青筋により節くれ、引き連れ、薄れている。
この姿をホグワーツの同胞に見せてもきっとハリーだとは気づかないだろう。
ややあって、ハリーの拳から断末魔のような破壊音がした。そしてもわっとした黒い霧が立ち上ると、ハリーがようやっと拳を開いた。
そこには金色の金属片と黒い焦げ跡のようなカスがこびりついているだけだった。
「やっぱり筋肉はすごい!ほら、傷ひとつないよ」
「熱湯と氷で鍛え上げられた拳は闇の魔術をも防ぐ…!この調子なら他の分霊箱も壊せるわね」
「ええ……」
「さあロン!もうロケットで気分が憂鬱になることもないよ」
「明日から鍛えましょう。そして次の分霊箱を探し出すのよ」
つい先ほど邪悪な魂の破片を握り潰したのをまるで忘れてしまったかのようにきらめく笑顔で二人はいった。
彼らにとって分霊箱など夕食前のトレーニングですらないのだ。
筋肉により極限まで防御の上がった2人にとって、防御と攻撃の区別はない。
筋肉が触れるものすべてからその身を守り、筋肉が触れるものすべてを攻撃する。
攻守最強の武器にして防具。
それが筋肉なのだ。
己が肉体こそすべて。
ヴォルデモートが、ダンブルドアがたどり着けなかった境地に今二人は立っていたのだ。
もちろんそこまでの筋力を手にできたのは一重にホグワーツ始まって以来の秀才、ハーマイオニーの才能全てが筋トレに向いたことと、ハリーのグリフィンドールの血筋による筋肉の質のおかげだ。
そう、かつての魔法使いは魔力の他に筋力が力の源であったのだった。
圧倒的筋肉。
ゆえにグリフィンドールはスリザリンに打ち勝った。
歴史書にも書かれていない事実を、二人は本能で嗅ぎ取ったのである。
二人の次なる行き先はゴドリックの谷。
新たなる力を手に入れた二人とロンははじまりの森と名付けた深い山奥に別れを告げた。