アークライトと魔法の剣 無許可の異世界憑依は犯罪です   作:よもぎだんご

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妖精博士と狼さん

「まったく困った奴だな、君は」

 

 そう言いながら、月明かりを頼りに夜の妖精の森を闊歩するのは狩人と魔術師を合わせたような恰好の壮年の男だ。彼はフェアリードクター、妖精と森の専門家である。けっこう長い付き合いだが、名前は知らない。何度聞いても「私は誰彼構わず名前を教えてやるほど、尻軽ではないんでね。ドクとでも呼ぶと良い」と言って教えてくれない変わり者だ。

 

「いきなり呼びつけてすまないとは思っている」

 

 肩をすくめて一応謝っておく。奇妙な悪霊について相談した途端、「現場を見なければ始まらないだろう」とか言って、危険な満月の夜だってのに、最低限の装備だけして森に駆けだした彼には言われたくないのだが。その点を指摘してみる。

 

「だがいきなり森に向かって駆け出したのはあんただぞ。夜の森は……」

「危険で溢れかえっているなんて言わないでくれよ。そんなことは他ならぬ妖精博士である私が一番分かっている」

「まあ、そうだろうな」

 

 今日は満月、月と闇の女神の民が最も力を得る夜だ。人狼、妖精、精霊、魔女、吸血鬼などなど、“いわゆる魔族”としておとぎ話に悪役として出てくるような物騒な連中が今夜は活性化する。カボチャ色の月があたりを照らしてくれるおかげで、視界には困らないが、そんなことは人間にとって何の慰めにもならない。夜の森への人が立ち入ることは冥府の門を潜るのと同じだと言われている。

 

 だが、そんな森も同じ夜の民であり、妖精と森の専門家である妖精博士にとっては庭みたいなものらしく、ドクはすいすいと進んでいく。俺も剣士として目と足腰は鍛えているから夜の森も沼も大した障害足りえない。俺が森の入口から割りと近いところで悪霊に出会ったこともあって、目的地にはあっさりと到着した。

 

「ドク、なんか分かったか」

 

 ドクはしばらく目を閉じていたが、首を振った。

 

「ふむ、少々準備がいるようだ」

「そうか。一応篝火を焚くか」

「ああ、頼む」

 

 俺は背負ってきた良い妖精を呼び悪霊を退ける呪のこもった薪と石で手早く篝火を組んだ。指を鳴らして着火の魔術を使い、着火。ドクの方も背負っていた背嚢からひょいひょいと実験器具を地面に置いて、光る粉で魔法陣も書いていく。

 

「あんたが魔法陣まで引くのは珍しいな。たしか妖精博士は楽器が主で、頭でっかちな魔術師が使うような魔法陣は補助的にしか使わないって言ってなかったか」

「その通りさ。だが、どっかの誰かさんが問題の幽霊をきれいさっぱり消滅させてくれたおかげで、より慎重に調査を行わないとならなくなったのさ」

 

 さりげない皮肉にはさりげない皮肉で返してくるドクに俺は笑った。こういう風に返してくれるから、俺たちは割と遠慮のない関係を築けている。

 

「なら動けないあんたをしっかり守ることで、せめてもの罪滅ぼしでもするかな」

「ふむ、暇なら手伝ってくれても構わないんだがね」

 

 ドクは俺をしらっと見た後、背嚢から竪琴をそっと取り出した。妖精博士は笛や竪琴などの楽器を使って妖精や霊と交信するのだ。

 

「妖精博士の演奏を手伝えると思うほど自惚れちゃいないさ。それにあいにく暇じゃない。問題児のご到着だ」

 

 振り向きながら手首をスナップさせて袖の下に仕込んでいたダガーを投げた。

 刺突と投擲に特化したナイフであるダガーは狙い過たず、背後から高速で迫っていた黒い獣の影たちに向かい飛翔する。

 黒い獣の一方は風に溶ける様に躱し、もう一方は目に当たる寸前に“一瞬で”ダガーを前足で払い、再び突進してきた。大人の男二人分の大きさの黒い狼が凄まじい勢いで突進してくるのは常人には耐えられない恐怖だろう。

 だが、その一瞬で十分だった。

 生憎常人でも素人でもない俺は素早く踏み込み、愚かにもタガーに気を取られて一瞬足を止めてしまった黒い獣の鼻っ面を鋼の剣で力いっぱい殴打する。

 

「ふぎゃっ」

 

 情けない声を上げて吹き飛んだ獣を踏み台にして、もう一方の獣が襲いかかってきた。篝火を反射して鈍い輝きを放つ両爪が突き出される。剣を振るった直後を狙ったのだろうが、剣を振った直後に隙を作っているようでは人斬り稼業なんてやっていられない。

 俺は地面に飛び込むような前傾姿勢で爪を躱すと、第二波が来る前に大きく踏み込み、首元目掛けて剣を振るう。俺の剣が狼の首に吸い込まれるように入っていく。

 

 相手が普通の狼ならこれでお終いなのだが、生憎相手も普通の狼ではなかった。

 

「まだまだぁ!」

 

 清冽な声と共に黒い獣の姿が一瞬で縮み、齢17,8程度の人間の少女のものとなったのだ。顔は黒い帽子とマスクで隠しているが、体つきからして女であることはまず間違いなかった。

 

 巨大な狼が急に少女になったものだから、俺の剣は何もない空間を切っただけになった。その隙に少女は四つん這いのまま地面を叩く様にして小さく跳躍、地面を這うように放った俺の剣を再び回避した。空中で一回転して、背負っていた反りのある片刃の剣で斬り掛かって来る。

 

 頭の天辺からつま先まで真っ二つにしてやると言わんばかりの両手唐断ち割りは、いっそすがすがしい程に隙だらけだが、その分決まれば一撃必殺だ。

 

 当然俺は食らってはやらない。前に突っ込んだり横から迎撃しようとすると、もう一度人狼に変身して力で押しつぶされる可能性があるので、バックステップを選択。後は再び変身される前に踏み込んで制圧しよう。

 俺がバク転で頭を剣の範囲から逃し、続けてバックステップで剣と人狼の腕の間合いの外まで下がった。だがそれを見て、少女がニヤリと笑い、俺は背筋に悪寒を感じた。

 

「これで、どうだぁ!」

 

 再び人狼に変身した少女の片刃の剣が人狼の霊力を吸って急速に巨大化する。人狼が振るうには小さすぎた刃は、人狼の巨躯に相応しい見上げる様な大きさに成長し、その牙のような白い刃で俺を叩き切ろうとする。回避は間に合わない。かといってこのまま防御すれば潰れたカエルみたいになってしまう。俺は片手で印を切り、エンチャント霊剣を発動、超特急で霊剣を組み上げた。俺の剣は蒼い炎か波のような霊気を纏い、霊的なものに対する特攻武器となる。

 

「やあああああっ!」

「っ!」

 

 気合い一閃。お互いの切り札同士のぶつかり合いは、辛うじて俺の勝利に終わった。霊力を根こそぎ切り裂かれ、吸い取られた人狼と大剣は元のサイズに戻ってしまい、俺に届くことなく、地面に大穴をつけるだけに終わる。

 その隙を俺は逃さなかった。

 大きく踏み込んで、人に戻った人狼少女に袈裟懸けに斬り掛かる。切り札を破られた形になった人狼少女は一瞬呆然としていたが、俺の突撃を見て心を切り替えたのか真剣な顔に戻って、剣を上段に構えて踏み込んでくる。

 

 大技を撃ち合った先程と違い今度は乱打戦になった。お互いが相手に一撃を与えることを至上命題にして、一瞬でお互いの技をいくつも消費し合う。

 俺が袈裟懸けに斬り掛かれば、彼女は半身になって躱して、弓の様に引き絞った剣を首に突き入れてくる。肩の鎧に掠らせるように躱して、お返しに横薙ぎをプレゼント。

 対して彼女は防御を選択するが、人間状態の時の膂力では俺の方が強いので防ぎきれず、弾き飛ばされる。だが彼女は自ら踊る様に回転することで俺の剣を受け流しつつ、遠心力の乗った逆袈裟懸けを放ってきた。俺も対抗して踏み込みからの袈裟懸けを放ち……狙い通り見事に鍔迫り合いになった。

 

 鍔迫り合いになってしまえば、片刃で薄く軽い剣を使う人狼少女より、両刃で厚みのある重い剣を使う俺の方が有利だ。

 俺は鍔迫り合いをしながら、相手に聞こえるように呟いた。

 

「で、仕事中に押しかけて来て、いつまでやるつもりだ、馬鹿弟子」

 

 少女はビクっと体を震わせた。

 

「な、なんのことか分からないけど、私を動揺させようったって無駄だよっ! さあ尋常に勝負を続けよう!」

 

「ほう、なんのことか分からないか」

 

 まだそんなことをぬかす覆面少女の逃げ道を断つため、俺は片手で鍔迫り合いをしながら、すばやく足を相手の足の間に踏み込んで逃げ足を塞ぎ、もう片方の手で袖から出したダガーを彼女の顔をかすめるように動かした。

 

「あっ!」

 

 とっさにのけぞって避けた彼女はさすがだったが、完全には避けきれずその顔から覆面と帽子が切れて落ちる。帽子の中に纏められていた紫紺の髪がふわりと風に靡き、覆面で隠されていた大きな紫の目がぱちくりと瞬いた。

 

「ア、アハハハ……」

 

 鍔迫り合いを解いて頭を搔きながら乾いた笑いを漏らす少女は、半年前に武者修行に出て行ったきりだった我が弟子、ミアであった。俺は再会を喜ぶ気持ちと仕事を邪魔された怒りを抑え、あくまで平淡に質問した。

 

「我が弟子ミアよ……一応聞いておこう。何で俺に襲いかかって来たんだ。俺を殺せという依頼でも受けたのか」

 

 傭兵にとって受けた依頼は絶対だ。だからあまり考えたくはないが、ミアが俺を斬るという依頼を受けたのなら、殺し合わなければならないだろう。傭兵稼業の辛いところだ。

 

「いや、そんな依頼はなかったし、あっても受ける気はないんだけど……」

「じゃあなんだ?」

「……えと、怒んない?」

 

 ミアは上目遣いで俺を見上げた。

 ミアは本人の裏表のない明るい性格、アメジストにも例えられる美しい目と髪を中心に整った容貌、肉食獣である人狼らしい無駄のないすらりとした骨格と筋肉を持ちながら、色白で出るべき所は出ている女性らしさが合わさったスタイルを併せ持つ反則気味な美少女である。

 

 世の男たちはもちろんのこと女たちでさえ、彼女にねだられたら、自分の死刑執行書とてサインしかねない。実際彼女にはそうさせた前歴がある。

 だが、俺は男であると同時に教育者である。駄目なことは駄目といわねばならない。

 俺は肩をすくめた。

 

「理由によるな」

「……実は新しい必殺技を編み出したから師匠に使ってみたかったんだあだだだだだだっっ!」

 

 実に駄目な理由だった。

 不穏な気配を感じたのか、そろりそろりと剣士として人狼として鍛え上げられた忍び足で俺から逃げようとする馬鹿弟子の腕を捻り上げ、そのまま関節技に移行する。

 犯罪者を生かしたまま捕まえるために磨いた逮捕術、そのうちの一つである関節技は痛くしようと思えばかなり痛い。

 

「は、外れない!? なんで!?」

「弟子に負ける程、俺は甘くはない」

 

 彼女も外そうともがいている間に言っておくべきことを言っておこう。またふらりとどこかに行ってしまうかもしれないしな。

 

「ミア、戦士としてその気持ちはよく分かる。己がどれほど強くなったか試したいというのは戦士として当然の感情だ。でもな、仕事中に私闘を仕掛けるんじゃないといつも言っているだろう。仕事とプライベートはある程度分けないといつか命取りになる……」

 

「ギブっ、師匠、ギブっ! 手とか腕とか脚とか曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃってるからあ!」

 

「大丈夫だ。人間には関節が260個以上あるらしい。人狼のお前ならもっと多いだろう」

 

「それがどうして大丈夫になるのかさっぱり分かんないよっ!」

 

「260個もあるなら……そのうちの10や20、外れても誤差だとは思わんか」

 

「思わない! 全然ちっともこれっぽちも思いません!」

 

「少なくともお前の必殺技とやらで、頭かち割られるのに比べたら軽いと思うが」

 

「そうだけどっ、だって師匠なら絶対なんとかしてくると思ってたし! 弟子からの信頼が厚い証拠だと思って、ね!?」

 

 言い訳しながら関節技から必死に抜け出そうとしているミアだが、残念ながら彼女に関節技やその対処法を教えたのも、俺である。逃げられはしない。

 

「お前の信頼は嬉しいが……だからと言って任務中の私闘は認められんな。任務外ならいくらでも相手になってやるが」

「場所とか時間とか細かいことを気にすると、禿げるよ師匠!」

 

 

「ミア、なにか言い残すことはあるか」

 

 俺の本気を感じ取ったのか、ミアはさあっと顔から血の気をなくした。

 これだけ言っても未だ反省の色が見られない。それどころか年々薄くなる頭髪をひどく気にしているドクの前で言ってはいけないことを言うとは、いい度胸だ。

 

「アーくん、それ、だめえ! 壊れる、壊れちゃうよお!」

 

「誰がアーくんだ、誰が。あと人狼はこの程度で壊れないから安心しろ」

 

 逮捕術の中でも逮捕者の精神制圧用のやつだ。あまりの痛みに顔を真っ赤にして昔ただの幼馴染だったころの呼び名が出ている。ま、こんなもんで無断欠勤と私闘とその他諸々を許してやるか。10秒程で解除して耳元で囁く。

 

「ドクの前で頭の髪と天の神と家のカミさんの話はするな。仕事をしてくれなくなる」

「う、うん、わかった……」

「それと無断欠勤と任務中の私闘は金輪際止めろ。いいな」

「え、それは……」

「…………」

「わ、分かったよ! 分かりました! もうやんない! だから無言で魔術の用意するのやめてってば!」

「よし、いい子だ」

 

 ぐったりと体をこちらに預けてくるミアの頭をぽんぽんと叩いてやる。

 闘争本能の旺盛な人狼たちは生まれながらにして戦士だが、だからこそ本能の手綱を握れる様にしっかりと調教、もとい教育しなければならない。さもないとこの子は早晩味方の手によって命を落とすだろう。俺はそんなこいつを見たくないのだ。

 

「ところでお師匠、私の変装いつからばれてた?」

 

「最初からだ。お前俺を騙すつもりならもっと真面目にやれ。馬鹿弟子」

 

 満月がゆっくりと漂う中、篝火を背に俺たちは改めて再会を喜ぶのであった。


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