アークライトと魔法の剣 無許可の異世界憑依は犯罪です   作:よもぎだんご

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久しぶりの投稿です


異世界憑依失敗!

 俺が俺じゃなくなる。

 そんな恐怖を感じたことがあるだろうか。

 

 ないならあんたは幸運だ。そのまま健やかに生きていけることを願っている。

 

 もし、あるんなら奇遇だな。今俺もちょうどそいつを味わっている。

 

 俺の名はアークライト。竜騎士の国アスターテ王国ノルン地方在住の誇り高き傭兵剣士だ。アスターテ大陸出身じゃない人は、どっか知らない国のド田舎在住の誇り高き無職一歩手前だと思ってくれ。だいたいあってる。

 

 今日は人の味を覚えた大熊がいるらしいので、妹のスレナと共に討伐に来た。幸い大した怪我もなく倒せたので、今はそれを担いで帰っている途中だった。

 

 こういった依頼は田舎で暮らしていれば珍しくない。

 いつも通りの行き道、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。妹も首尾よく仕事が終わったからか、あるいは温かい春の陽気につられてかご機嫌で、鼻歌なんか歌っていた。

 

「とっーおいとおいむーかしのある国でー、小さな姫さまおりましたー」

 

その時だった。突然背後から鈍器で殴られたかのような衝撃が俺を襲った。同時に見ず知らずの人物の記憶が入ってくる。

 

 獣の様に襲いかかる目眩と頭痛で足を止め、目を閉じた俺の瞳の裏に、別の男の人生の記憶が走馬灯のように映っては消えていく。

 

『学校、高層ビル、自動車、電車、アニメ、映画、ニュース、日本、アメリカ、世界経済、ワームホール』など意味の分からない単語とそれに伴う記憶が濁流となって押し寄せてくる。見た事も聞いた事もないはずの他人の記憶が次から次に溢れて来て、まるで質の悪い酒で酔っぱらったかのように気分が悪い。

 

 ともすると『俺じゃない俺』に乗っ取られてしまうのでは、そんな恐怖に駆られすらする。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 気付くと魔女見習いでもあるスレナが、霊を清め精神と魂を安定させる呪文をかけてくれていた。

 彼女は俺の父が再婚相手との間に作った娘であり、俺はスレナからすると腹違いの兄に当たるのだが、そんなことは関係ないとばかりにスレナは俺に良く懐き、俺も彼女を大切に思っていた。いなくなった親父も俺も恥ずかしいので口には出さないが、目に入れても痛くない程可愛いと思っている。

 

 兄貴としては最低限、そんな妹に心配を、ましてや迷惑をかけるわけにはいかない。俺は全意思を動員して意識の底にダイブする。暗く冷たい湖の底に潜ったような心地がした。

 

 これでも肉体を乗っ取ろうとする悪霊との戦いは経験がある。ここまで強力なのは久しぶりだが、ある程度のノウハウはあった。俺は俺に取り憑き肉体の主導権を奪おうとする記憶を叩き伏せ、捻じ伏せ、組み敷いていく。

 

『……#$セ、カラダを、オレニ、ヨコセ』

 

 悪霊と取っ組み合っているうちにその思考が途切れ途切れに伝わってきた。やはり俺の体が欲しいらしい。そうはいかん、とファイトを燃やす。

 

『テイコウはムダダ。キサマの、ケンも、カゾクモ、ナカマモ、スベて、オレノ、モノダ』

 

 謎の記憶からは邪な意思が伝わってくる。

 俺の体を奪い、俺としての立場と信頼を利用して、小さな妹や大事な仲間に対して不埒な真似をしようとする潜在的な欲求だった。

 

 たとえどんなにすごい神や悪魔でも、魂と魂が触れ合えば嘘はつけない。

 どんな虚飾も飛び越えて、あらゆる想いや願い、欲求が、相手に使わってしまうからだ。

 

 相手の隠しておきたい本音がダイレクトに伝わってくるということは、俺たちはやはり魂同士がぶつかり合っている状態のようだ。

 

『オマエの、スベテヲ、ササゲヨ』

 

『ふざけるな……』

 

『オオ……?』

 

『貴様なんぞに、この体も魂もくれてやるものか! ましてや俺の妹を、大切な家族や仲間をやるなんぞ論外だ! ぶっ潰してやる!』

 

 職業柄、人に乗り移る悪霊との戦いには慣れている。力強く大声で叫ぶのは結構有効だ。アンデッド、特に幽鬼の類は生きた感情をぶつけられると脆い。

 俺に憑依した記憶は、否そこに宿る人格は、しばらく俺の意識の下で蠢き抵抗していたが、やがて抵抗力を失い、俺の魂の重さに耐えかねて、黒い血と共に口から排出された。

 

「……黒い……魚?」

 

 スレナの呟き通り、そこに浮かぶのは魚に近い異形の霊だった。

 頭は人の男、カラダは鯉に似た黒い魚、トカゲの足が八本蜘蛛のように分かれている。頭は肥大した脳みそが頭蓋骨を突き破って外にまで露出している。控え目に言っても妹に見せたくないおぞましさだ。明日ベッドに水たまり作りかねない。

 

「ササゲヨ……オマエノ、スベテヲ……」

 

「断る! お前こそ、この世にへばりついてないで、とっとと地獄に行くんだな」

 

 霊力を込めて大声で否定することで衝撃波を発生させ、異形の霊を吹き飛ばす。悪霊は吹き飛んだ先ですぐに体勢を立て直したが、俺や妹の中に入ってくるのを防げた。

 その隙に俺は腰の鞘から愛用の長剣を引き抜き、素早く印を切って剣腹をなぞる様に指を動かす。物理的な干渉が出来ない霊や幻想生物を切るためのエンチャントだ。仕事柄、悪霊やアンデットなどを相手にすることもある俺にとって、もはやこの動きは呼吸するのと同じように自然と、そして瞬時にこなすことが出来る。

 

 エンチャントした剣が薄っすらと青白い炎のような光を纏うと同時に俺は踏み込んだ。悪霊の方も大きく嘶き、周囲に黒いドロドロとした不気味な球をいくつも浮かべ突進してくる。

 

「お兄ちゃん、アレは脳を破裂させる呪いの塊だよ! 援護するからそのまま行って!」

 

 ソーラーボム! というスレナの声と共に、光の玉が俺を避ける様に曲線や螺旋を描いて次々と飛んでいく。スレナが日の光を固めて作った魔法の球だ。陽光の塊は、軽く数百個はあった黒い球に当たっては炸裂し、その周囲を温かな光で浄化して呪いを消し去ってしまう。さらに悪霊にもぶち当たり、盛大に爆発する。

 狼狽えたように悪霊は動きを止め、残っている呪いを俺に向けて射出した。呪いは悲鳴のような声を上げて高速で突っ込んでくる。

 いや悲鳴のような、ではない。あれはあの呪いを受けて脳が破裂して死に、魂を呪いに囚われた人々の悲鳴なのだ。呪いを間近で見た俺は確信してしまった。遠くからでは球体にしか見えなかったが、近くで見ると落ち窪んだ目のやせ細った亡者たちが球体の牢獄の中からこちらに手を伸ばしているのが見えるのだ。

 

 仲間を求めるそれらを俺は最小限の動きで避け、火花を散らしながら霊剣で叩き払い、動きを止めることなく素早く接近していく。その様を見てついに悪霊は踵を返して、逃走を図った。

 

「逃がすか!」

 

 死霊やアンデット、神々や悪魔、ドラゴンにペガサスなど、肉体より精神や霊魂に重きを置く存在に対する俺の持ちうる最上級の特効武器となった剣で、俺は躊躇うことなく悪霊を切り裂いた。

 

 悪霊は文字通り魂を震わせて絶叫し、あたりに衝撃波をまき散らして、落ち葉を巻き上げたが、それだけであった。俺が二撃目を振るうと今度は悲鳴を上げる間もなく、真っ二つになり消滅した。

 

「ふう……」

 

 静まり返った森で、俺はそっと息を吐き出した。

 

「お兄ちゃん、勝ったの?」

 

 木製の杖を握りしめたセレナが張り詰めた顔で聴いてくる。

 

「ああ。俺の勝ちだ。セレナも良くやってくれた」

 

 その言葉にセレナはあからさまにほっとした顔になった。

 

「よかったぁ。お兄ちゃんが取り憑かれたらどうしようかと思ったよ」

 

「俺はあの程度の敵に負けたりはしない。大丈夫だ」

 

「うん。あ、でも一応お祓いと回復しとくね」

 

「ああ、頼む」

 

 見習い魔女セレナに基礎的な霊的な浄化魔術と回復魔術を受けながら、俺は今さっき倒した悪霊について考えていた。

 

 中々の敵だった。同時に奇妙な霊であったとも思う。

 奴の記憶をみて分かったのだが、記憶やその核となる魂自体の純度や執着、霊格はたいしたことはない。見たことのない物ばかりだが、あの男の人生はどこまでも一般人だった。だというのに常人なら即死するような呪いをぶっぱなしてくる。

 霊の格は名のある悪魔やドラゴンどころか、そこらの徘徊霊や地縛霊程度だ。悪霊としては低級も低級、本来なら乗り移るどころか、霊障すら起こせないだろう。ここまで無害だと悪霊というより、もはやただの幽霊である。本来ならわざわざ退治するまでもなく時間と共に勝手に昇天するはずだ。

 

 だというのに、俺が常日ごろから張っている霊的な障壁を掻い潜って乗り移り、一応は悪霊の類との霊的な格闘戦になれている俺に抵抗を示し、あまつさえ高位の呪いを放った上でソーラーボムや霊剣の攻撃に一発は耐えて見せた。こいつは尋常じゃない。

 特にソーラーボムや霊剣の一撃はただの幽霊や悪霊程度に耐えられる程弱くない。少し大げさに例えるならただの村人がドラゴンに本気で殴られて生きているようなものだ。本来なら余波だけで消し飛んでいるはずなのだ。まずあり得ないと言っていい。

 

 本来は低級の霊が示した異常な力……こいつは何か嫌な予感がする。

 強大な死霊使いか怨霊の末端だったのか、あるいは神々や悪魔の加護で守られていたのか。

 いずれにしてもここでは何もわからない。状況を保存し、専門家に聞くしかないだろう。

 

 俺は腰のポーチから霊水の入ったガラス瓶を取り出した。

 霊水は見た目こそ少し粘度の高い無色透明の水だが、実際は霊的な処理が施されている特別な水だ。水の持つ神秘性と受容性を人工的に高めたもので、魔女の秘薬にも教会の聖水にもなりうるある種万能な素材である。

 本当は手に負えない霊と遭遇してしまった時に、そいつを一時的に封印するためにフェアリードクターから買っといた物だが、今回はその何でも受け入れる性質を利用して、悪霊の奇妙な記憶の受け皿になってもらおう。

 

 鼻で大きく息を吸い込んで、あの霊が持っていた記憶を、銀色の吐息に変えて瓶の中へ吹き込む。霊的な処置を施された水に霊の記憶や形状が溶け込み、記録されていく。

 悪意のある魂が抜けた空っぽの記憶に害はないはずだが、用心するに越したことはない。どんな力があるか分からないし、記憶力の良い方でもない俺は忘却してしまう可能性もある。この際だから記憶は全部吐き出してしまうことにした。

 

「ほんとに大丈夫なんだよね?」

 

 ふーふーと記憶を吐き出していると、スレナが再度気遣わしげな顔で裾を引っ張ってきた。顔に「私、心配です」と書いてあるようで、相変わらず心配性な子だと俺は苦笑してしまった。

 

「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かったなスレナ。行こう」

「ホントに大丈夫? 休憩した方がいいんじゃ……」

「いや、早く森を抜けてしまおう。早く家に帰らんと、折角の獲物が駄目になったと母さんが悲しむ」

 

 そう言って俺は戦いの中で落としてしまっていた熊の刺さった丸太を担ぎ直した。スレナはなおも心配そうにしていたが、俺が彼女の手を引いてやると、安心したように笑ってくれた。

 

 


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