ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 予想外の結末を迎えた指揮優先をめぐる決闘の末、逃げたした真姫を追う希。彼女が切り出す言葉とは……? 一方活発に動くのはμ’sのみならず――

 とまぁそんなこんなで多忙気味ですが、のぞえりメイン回完成いたしました! 他にもA-RISEの面々も初登場もあり(一部は設定公表されても物語の都合上こちらのプロフィールを優先させることも)、割合いろいろ入れた次第です。



第六話

 

 火消し役という属性が存在する。

 

 トラブルという火を消し止め事態を収拾する役目であるが、これが意外と目立つものではないし、目立つべき立場でない。そのため、労多く功少ない役回りの癖に、高度な能力を問われるものである。しかし、組織が組織として回るには、こうした裏方の存在が必要不可欠といえた。まして、トップが万人を心服させてしまう強烈なカリスマの持ち主であるならば、一層に地固めは欠けてはならないのである。

 

 幸いにして、μ‘sは件の火消し役に最適の人材を有していた。そして該当する人物はというと――

 「あかんわぁ……見失ってもうた」

 

 捜し、火を消し落ち着かせるべき西木野真姫を見失い、東條希は音ノ木坂学院校舎内廊下でそう呟く。身体能力以上に、かの赤毛の少女が本気で身を隠そうとした場合、生体技能の地力から補足は相当困難となるのである。これは序列入りの技能保持者でも困難な域であり、平均的なランク4でしかない希では魔法で対処は無理があった。

 

 ただし――

 

 「けど、()()()()()()()()()行先は見え見えなんやけどね」

 

 小さめに独語し、希は迷うことなく再び歩み出す。繰り返すが、彼女は魔法も生体技能も、そして探索技術そのものも平均的でしかない。ただし、それをもってあり余る強みを物心ついて以来発揮し続けた。それこそが、東條希という少女の価値を絢瀬絵里や矢澤にこに比肩させる最たる理由なのである。無意識の域まで洗練された技を駆使し、彼女は迷うところなくある地点へと歩み出す。

 

 <さぁ~て迷子のお姫様はどちらにおわしますかなぁって……おったおった♪>

 

 数分校舎内を進み屋上へ至る階段の踊り場で、希は数歩先にいる目指す少女を目撃する。施錠された屋上のドアノブに触れんとしているところだが、生体技能で開錠できるはずだった。ごく簡単な行為を行おうとする彼女に対し、一気に希は近づいて――

 

 「迷子の姫様、みぃ~つけたっと♪」

 

 「ヴェエアアアッ!?」

 

 「あ~、そんなパニックにならんでも平気やで?今のワシワシの主が真姫ちゃんに分かるなら問題ないし、こんなお悩み相談ってうちの得意分野なんよ。まぁうちとしては、ピッキングなんてせずに一声かけてくれれらフリーパスできたのにって思うけどね」

 

 「ののの、希、さん!?なんでここがわかったんです!?事象(アテーナ)解析(ライズ)で探知不能にしたのに」

 

 希特有の胸揉み――通称『わしわし』を受けつつ、至極当然な疑問を真姫は発する。確かにとっさの離脱であったため、展開した事象解析に穴があったかもしれなかった。だがそれを差し置いたとしても、背後にいる姉の親友は自らを探知するすべはないはずなのである。にもかかわらず、さして苦労した様子もなく探り当てた様子というのは、まさしく意外だった。はた目には意外な事象のネタあかしを、満を持した様子で希は口にする。

 

 「あんなぁ真姫ちゃん、うちの得意分野分かるやろ?東條一族とか日本単位じゃあれやけど……少なくとも音ノ木坂所属で一番うちが強いモノ。それさえあれば、別に魔法使わなくとも真姫ちゃんの行方ぐらいお見通しやで」

 

 「心理分析……ですよね?私の行く先が分かった――というより読んだのって」

 

 「せや。これがあるからうちは戦えるし、絵里ちとにこっちたちをサポートできる。それにスクールアイドルプロジェクトのメンバーで、一番真姫ちゃんとの付き合い長いのってうちなんよ?あんまりにも見慣れた妹分の心ぐらい、暗唱レベルでうちには見える。今やったら、『自分でも突然のことで訳も分からなかったから、お姉ちゃんゆかりのところまで避難した』って感じでしょ?」

 

 当人以上に当人の心理に踏み込む形で、希は真姫の心理を説明する。魔法的な素養が平凡であるはずの彼女の価値が高い理由――それこそが心理分析なのである。この要素のみならば、一定以上の練度ある技能保持者は軒並み備えるものだった。しかし、『予言に基づく国内勢力の平和への誘導』を生業とする、東條一族の中でも一二を争うほど彼女は長けているのである。緊密な相手はもちろん、面識のない相手でも情報を広い完璧な心理的対処法を編み出すほどだった。かくのごとき心の読み合いにおいて、いかにそれ以外を優っていたとしても、経験値の少ない真姫では希に圧倒されるのである。

 

 「ともあれ立ち話もあれやし、にこっちの秘蔵写真と新作トマトジュース缶を渡すから、話してくれへん?」

 

 「トマトジュースと……にこちゃんの写真!?それなら、じゃなくてそれ以前で話しますね。希さん、こういうことは昔からちゃんと相手してくれますから」

 

 「フフフ、交渉成立やね。それじゃ、出張希式お悩み相談室、レッツオープン♪」

 

 真姫から賛同の言質を取って、希は掛け声とともに手持ちのカギで屋上への扉を開きその先へ向かう。初夏らしい心地良さと日の長さを感じさせる空は、幸いにして雨の降る気配ない快晴だった。適当な日向を見つけ直接座るのもあれなのでシートを広げた彼女は、そのまま真姫をいざない品を渡す。

 

 「ジュースはともかく写真は後後堪能してもらうとして……真姫ちゃん、最初に一つ伝えるね。にこっちと穂乃果ちゃん、そしてμ‘sを救ってくれて、ありがとう」

 

 「ヴェエ!?わ、私はあの時割って入ったんですよ!?にこちゃんと穂乃果か戦っているのに、本気で想いを貫こうとしてたのに。それを、私は邪魔したのに」

 

 「だとしても、二人を止めることが正解だったのは間違いないよ。でなかったら……二年前の絵里ちみたいなことになってた。真姫ちゃん、そのはずやよね?」

 

 「絵里さん以上にひどいことになりかねませんでした。二人に渦巻いて暴走寸前の魔力は、序列入り並みに一時的に上がっていましたので。そんな魔力をあそこまで消耗した身体で使おうとすれば……」

 

 希の確認に、専門家たる当事者として真姫は端的にそう返す。直接的な負傷と内臓への負荷もさることながら、あの時点で穂乃果とにこが真に受けた打撃は過剰な魔力だったのである。魔力量は無論のこと、質や制御難度の面でも暴走すれば二人の命どころか訓練場を中心に一帯がクレーターと化しかねなかった。そうした緊急事態故に彼女は介入したのだが、本当に正しいふるまいか否か疑問を残してしまったのである。

 

 「二人とも暴発で死ぬとか、訓練場が吹き飛ぶとかなんだよね。だからこそ真姫ちゃんは手を出した。その意味で真姫ちゃんの判断は間違いじゃないよ。それにな、これはさっきよりももっと大事なことになるんやけど、聞いてくれる?親友としてにこっちを見てきたうちの実感なんやけど」

 

 「にこちゃんが何かを抱えているんですか?」

 

 「抱えているといえばちょっと語弊があるんやけど……当たらずとも遠からずかな?うちが話すんはにこっちの本質。誰よりもあの子に憧れている真姫ちゃんだからこそ、知ってほしい大切なこと。うちは真姫ちゃんがこれを知って、にこっちを助けてくれるって、信じてる」

 

 「にこちゃんの本質で、私が何かできるんですか?」

 

 「平たく言うとな、にこっち――だけじゃなくて穂乃果ちゃんの二人は一のために十を投げ捨てられるんよ。信じた想いのために、あらゆる手と覚悟を尽くす姿は真姫ちゃんならよく分かると思うけど、ホンマにカッコイイ。うちもそうやし、他のみんなもそう思えるから、あの二人は自然と輪の中心から人の上に立てる。そうして想いを叶えてくれるけど……二人が間違った時止められない。輪のみんなは気づかないし、気付いても違うと言い出せない。その人のことが本当に好きで、否定できないから」

 

 主人公(ヒーロー)と呼ぶに値するにこと穂乃果の本質を、希は端的に説明する。人間は相応にかなえたい想いを持つものの、多くの場合はさまざまな要因が原因でそれらは断念されてしまう。だが、数多の困難をものともせず、想いに向かいそれを叶える者もまた存在する。そうした芸当をやってのける気概と才能に恵まれた人物こそ、人の輪の中心に立ち主人公と謳われる者たちである。強烈な個性で人を束ねる人種といえるのだが、それ故に彼らが間違えた時の対処も難しい。輪の者たちが主人公を否定せず、間違いに気づいても惚れた弱みに近い格好で強く言えないのである。

 

 「にこっちの心を一番知る親友として、本来ならこうなることも考えなきゃあかんかった。けど、結局うちはまたしてもにこっちの危険に手を打てなかった。絵里ちも、穂乃果ちゃんたちの方も多分同じ感じなはず。そんな中で、真姫ちゃんは動いてくれた。なんでやと思う?」

 

 「ええと……それは、とっさだったんで。ただ、おかしく思えたんです。穂乃果もにこちゃんも、本気の想いがあるのに、自分の身体まで傷つけ始めてました。想いをかなえる過程での困難で傷ついても、こんな風に自分から傷つく理由なんて、ないはずなのに。そんな気持ちでいっぱいになってたら、気付いたら事象解析を使ってました」

 

 「うちの見立てやけど、多分真姫ちゃんはうちらの中で一番にこっちと穂乃果ちゃんに魅かれたと思う。そうやからこそ、二人の違和感に気が付けた。それは誰かに言われたことやないし、二人の影響だけやない。あの時あなたが動いたことは紛れもない真姫ちゃんの根底に根差してるものだよ。だからうちは言いたい。今ここにいる西木野真姫は、自分の意志で立ち位置を決められたんだって」

 

 「私の根底があって、立ち位置があったとして、大丈夫なんですか?私だって、失敗するかもしれないんですよ!?少なくとも、穂乃果やにこちゃんより強いって自分じゃ言えません」

 

 希の指摘を受け動揺しても、それでも真姫は内容に対する確信が持てなかった。確かに彼女の指摘の通り、あの時自分は二人とは異なる理論を出せていたやもしれない。そしてとっさの局面での発露なら、本心より求めたとしてでも間違いないだろう。だがそうであるなら、自らとて穂乃果やにこと同じく盛大な失敗をするとも限らないのである。万一そうなれば、己の憧れほど強くないと思う真姫にとって、大いに不安だった。ただし、それを見越してか明白な回答を希は提示する。

 

 「それでこそ、九人がまとまる意義があるんよ。真姫ちゃんも失敗するし、にこっちたちも失敗する。もちろん、それ以外のうちらだって失敗する。けど、九人が九人ともトップを張れるものを持っている。その意味じゃ、リーダーの才能だって不可欠やけど絶対やないんやよ?真姫ちゃん、失敗するからこそ誰かに頼ればええ。でもって、真姫ちゃんも誰かの失敗しそうな時で頼りになれば問題ない。今なら、それが絶対できるから。そもそも」

 

  「そもそも?」

 

 「そんなどこにでもある当たり前を、真姫ちゃんは求めているんでしょ?なら、何ら問題なんてあらへんて。もうちょっと言えば、今回の後始末についてうちはいい考えがあったりするんよ。ちゃあんと、すぐできる準備は絵里ちと一緒に整えたから」

 

 「後始末って、私でも何かをやれるんですか?」

 

 当然のことながら、真姫は希のプランにそう質問する。穂乃果のような派手さはないが手回しの良さなら匹敵する彼女を知るだけに、次の展開を予測できなかったのである。無論、満を持して備えた回答が希にはあった。そしてその効果も折り紙付きではあるが、誤算だったのは提示と同時に赤毛の少女を絶叫させてしまったことだった。それは――

 「うちらの総意として、真姫ちゃんにアイドル研究部副部長をやってもらうこと♪」

 

 「ヴェエエエエエエエエエッ!?」

 

 独特な悲鳴は、無人の屋上一帯に大きくもむなしく響き渡る。そうした妹分のかわいいリアクションを堪能しつつ、希はともあれ、μ‘sのタヌキは無事に火を消し、それをもって一座の字を固めてのけたのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 踊らされるという概念がある。

 

 他者の明白な思惑の下、それに気づかされずその通り動いてしまうという意味合いである。通常ならばされて好ましいものではないし、見抜くべき振る舞いでもある。言葉の意味合い柄悪意ある要素において使われるが、その逆であればいかなるものか。煮え切らぬ案件を抱えた者を動かすべく、友人がひそかにレールを敷いたとするならば?

 アイドル研究部部室にて絢瀬絵里が実感したことは、六名の同志からの期待の視線と親友に踊らされた己であった。

 

 <希のシナリオ通りに、事態は動いたわけね……>

 

 提案を一通りした絵里は、今更ながら内心そう考察する。化かし上手なタヌキの親友との付き合いはかれこれ五年を超えるものがあり、化かされ乗せられたことは幾度もあった。そういう意味で慣れはあるものの、しかし今回は殊の外強烈な印象として記憶された。なぜなら彼女が打った一手は、穂乃果とにこのみならず自身の懸案をも解決させるものだったのである。

 

 「絵里、新生アイドル研究部完全稼働のデビュー劇として、プランを進めるのね?」

 

 「そうね。私よりは高坂さ――じゃなくて穂乃果さんが言うと様になるけど、やるからにはとにかく派手かつ徹底的よ。『音ノ木のμ‘sは文武両道』だってことを外向きにも使えるスコアで見せつける。生徒会にも提出された計画書のプランをとる形だけど、構わないわよね?」

 

 「生徒会ちょ――じゃない絵里先輩がそこまでアグレッシブとは意外でしたけど、穂乃果としては問題ありません。学年別全国模試と前期スキルコンテストの参加、妥当だと思います」

 

 「妥当性と成果が見込めるとして……設定目標が高めではないですか?特に前者の場合、一部に不安が残るものがあります」

 

 提唱者の内心を知らない海未は、堂々とにこと穂乃果に応じた絵里に対しそう質問する。真姫の逃走で残された面々に対し、彼女は動揺を鎮めるや否やこの案件を受けての打開策を提示した。要の一つは希の動きであり、絵里の提案も計画の流用とはいえ、確かに十分な実効性と成果の見込める内容だった。魔法運用技術の高さはもちろん、それの基盤をなしているともいえる頭脳でもこの一座は優秀なのである。だが、その条件をもってしても前者の模試について海未は懐疑的にならざるを得なかった。なぜなら――

 「校内順位全員総合トップテン入りと都内トップ100入り、私なりことりはまだしも全員平気なのですか?学力レベルに関していえば音ノ木も東京都もかなりのものなんですよ?」

 

 「似たケースで今より難度が高いことなら、私はこなしたのよ?ねぇにこ」

 

 「中二の時にあったあれのこと?クラス全員に学年トップ席巻と都内トップランクもかっさらおうとした奴。中学と高校の違いはあるけど、それ思えば確かに楽っちゃ楽ね」

 

 「そ、それって凛も学年トップ並みにできなきゃいけないんだよね?」

 

 明らかに動揺が見られる口調で、凛は事実を確認する。壊滅的というわけではないが、ひいき目に平均以下の学力の彼女にとって、筆記試験点数上位入りは悪夢に近い夢物語なのである。だが不幸にして――μ‘sの面々には幸いにして、具体案はすでに成立済みだった。特段の悪意など全くない安心感ある口調で、絵里は回答を提示する。

 

 「星空さん、真姫には及ばないけどペーパーも私はそこそこやれるのよ。荒っぽい手法も混じるけど問題なく一夜漬けじゃないレベルまで完成するわ」

 

 「にゃああああ……」

 

 「凛ちゃん?生徒会長にコーチされてるって聞いたけど、何か関係があるの?」

 

 「あー……確実にしごかれたわね。実力も指導法も一級品だけど、才能あって努力するタイプだからとにかくスパルタになりがちなのよ、絵里は。あの子も結構仕込まれたって見て間違いないわね」

 

 怪訝そうな花陽に対し、にこは事態を読んでそう答える。腕っぷしも頭脳も優秀なロシアンクォーターは、それゆえにやや加減を知らない面があった。もちろんきっちりと定着させるだけの丁寧さを有しているが、その過程はかなり苦行なのである。にこも彼女から中学時代定期テスト対策を教わったことがあったが、学年トップ20入りの代償にトラウマに残る程度の地獄だった。ともあれその点に同情しつつも、しかし対策もまた提示されているので言及する。

 

 「えーとさ、凛。指導が絵里だけならまだしも、今回はもう一人いるのよ?にこも初めての経験だけど、荒っぽくないのは保証するわ。その子のやる気具合も、説得をやるのが希なら保証できる」

 

 「つかぬ事を窺うのですがにこ、先輩。真姫と副会長が親密だとして、そうそう上手くいくのですか?親しい相手には心をどんどん開くタイプですが、それだけに繊細な方だと付き合いの浅い私でもわかります。今回みたいなとっさのこと、短時間で何とかなるのでしょうか?」

 

 「あのねぇ園田さん――じゃない海未、あんたは巫女ダヌキの本領を知らないだけよ。生体技能以上に心理学に強い希は、それだけで社長室とか首相官邸でアドバイザーができるレベルだし、不定期で呼ばれてもいるわ。こっちが知る限りでも、職員会議中に全会一致で反対された案件を一回で逆の全会一致にしたこともあるわ。話術もアプローチもうまいし、それ以前に真姫ちゃんとこの中で一番付き合いの長い希が動いたなら、もう決まりなわけ。後は主賓が――って」

 

 「ただいまぁ~、真姫ちゃん連れてきたでぇー」

 

 噂をすれば影が差す形で、にこの話題とほぼ同じタイミングで希が部室に帰還する。当然ホクホク顔の彼女の後ろには、しっかりと赤毛の少女が控えていた。希の着席を確認し当事者九名がそろった形を見計らい、真姫は一堂に確認する。

 

 「全員合意済みだって話を聞いたうえで確認するわ。私が副部長をやるの、みんなは異議ないの?」

 

 「にこは賛成ね。今回のことでこっちも暴走するってことが改めて思い知ったし、そもそも校則として一名以上次席役の設置は義務付けられているのよ。そうなればにこと穂乃果、どっちにも偏らないで縁も深くある、真姫ちゃんになってもらいたい。希から説得されたと思うけど、こちらからもお願いするわ」

 

 「穂乃果もにこちゃんに同じく。一つ付け足すと、スクールアイドルプロジェクトの立ち上げメンバーの一人でもあるんだし、縁の深さでも不足はないかな」

 

 先陣を切る格好で、穂乃果はにこに続いて積極的な賛意を示す。副部長設置は早期の構想にはなかったものの、部長との対決とそれを受けた絵里からの説得により意義はなかったのである。無論この結論はにこも同じであり、真姫との付き合いもある以上その気持ちはより強いといえた。要二名から賛意を得てひとまず安心するものの、なお不安が残る彼女に対し、残りの面々が口を開く。

 

 「穂乃果との縁以前の段階で、私は生徒会お二人の提案に賛成します。あんな事故めいたことがあったのに、セコンド役の私が何もできなかった時点でトップの隣はふさわしくありません」

 

 「穂乃果ちゃんがやる企画の二番手は張りたかったけど、海未ちゃんに近い感じです。μ‘sは穂乃果ちゃんのものでも部長――にこちゃんのものでもない。だったらフラットな真姫ちゃんに賭けるのがベストかなって次第です」

 

 「とっても急展開に凛はびっくり続きだけど、だからその中で動けた真姫ちゃんはすごいと思う。能力とか立場とか以前で、こっちより先に進んでいる気がするにゃ」

 

 「異例かもしれないけど、今のアイドル研究部が事実上新規の部活っていえるから、その意味でも違和感ないと思うよ?それでなくとも、有力な新入生を獲得したスクールアイドルチームがその子を初手から使う例は多いです。賛成した以上及ばずながらだけど、そんな知識とかで花陽も真姫ちゃんをサポートしますから」

 

 「そんなこんなで全会一致状態だから、結論だけ伝えるわ。思い描いた正しいことを、やりたいようにやって大丈夫よ真姫。あなたの想いも事象解析も支えるから、そっちも力と想いを存分に使って私たちを助けてね。不安あるなら、この絢瀬絵里が蹴散らすわ」

 

 残留組の総意を表す格好で、絵里ははっきりと結論を述べる。至らぬところだらけを味わった彼女であるが、なればこそ己を含め至るところを持つ仲間と組み、大事をなそうという答えに至れたのである。その概念で考えれば、真姫もまた多くの至らぬところと補って余りある十分な至るところを持つ、一人の少女にすぎなかった。回答のボールは投げられた形だが、しかし赤毛の少女にとって決定的な回答までには至らなかった。

 

 「みんなは、不安じゃないの?今言った言葉が、自分の意志によるもの以外の力でなされているって、不安じゃないの!?ほぼすべての人間を思いのままにいじれる怪物がみんなを仕切って、不安じゃないの!?私は……怖いのよ。何か不安になれば、みんなを何もかも操れちゃうことがさ、怖いのよ」

 

 「真姫ちゃん、今真姫ちゃんが怖いとして、この展開は望んだものなの?にこ達を操って、言ってもらいたい言葉を言わせているの?」

 

 「そんなことないじゃないの! にこちゃんも、穂乃果も、他のみんなも、私にとってすごく大事なのよ! まともにつながりだして間もないのに、誰一人だって欠けてほしくないのよ! けど私は……強く、ないから。何かの拍子で、心に手を出すかもしれないの」

 

 「人間自由自在にいじるのをためらわないやつが、今にも泣きそうな表情で震えながら話すわけ? それこそ魔法の鏡みたいな対応になるわよ。そうじゃない時点で、真姫ちゃんは善人よ。人間不信抱えまくりの実姫が、呪われた因縁超えて守るって誓うぐらい、あなたは優しいのよ」

 

 不安げに声を荒げる真姫に対し、にこは逃げず本心から彼女を肯定する。彼女たち三年生組のムードメーカーとして明るく快活な西木野実姫であったが、容易に見せない根底はある種真逆のものだった。親友として知りえたが面喰うと同時に、近似の経験を持つ者として心底理解できたのである。その点を思い出させようと、にこは言葉を選び真姫に語り掛ける。

 

 「実姫のご両親が当時の西木野一族本家派との抗争で亡くなられて、あの子自身も随分たらいまわしにされたのは知ってるでしょ? 真姫ちゃん付きを命じられた時は、西木野本邸でテロでもやるか首でも吊ろうかって大まじめに考えてたって話じゃない。どす黒さでどうかしてた実姫が見つけた底抜けて優しい子が、真姫ちゃんだったのよ?これこそ信じられるだけの根拠じゃないの。だから、はっきり伝えるわ。これから先どんなことがあっても、矢澤にこが西木野真姫の正しさとして基準であり続ける。そう誓うわ」

 

 「にこちゃん、私……お姉ちゃんみたいに正しくできるよね?」

 

 「できるわよ。そんなわけで、ちょいと呪い解かせてもらうわ」

 

 「呪い?」

 

 反射的に真姫はそう返すが、それ以上の言葉を告げられなかった。というよりは、思考そのものが吹き飛んでしまったといっても良いやもしれない。なぜならにこの挙動は完全な想定外であり、彼女のみならず他の七名をも絶句させるものだった。それは――

 

 「実姫以来だけど、吸っちゃうにこ♪」

 

 「ヴェエエエエエエエエエッ!? キキキキキ」

 

 「唇じゃあないけど、右ほっぺにキスはしたわ。言っとくけど、こいつはかなりレアなのよ?今のところまともにしたのって実姫くらいしかいないし。けどま、古今東西呪縛されたプリンセスを解き放つのは、王子様の役目だから。そこんとこよろしくっつ♪」

 

 「あうあうあうあうあう……」

 

 「あかん、あかんわぁにこっち。ショック療法も悪くはないけど、キスは刺激強すぎるで。もう真姫ちゃんのフラグ高層建築並みに立った形やん」

 

 呆れの色も明白に、希はにこの暴挙じみたショック療法を批判する。とはいえ一同の中で最も思考回復が早かったからか、一応の妥当性は認めていた。ただそれをもってしても、あまりに今回の振る舞いは性急さを覚えざるを得なかったのである。至極当然の指摘に対し、にこは若干肩をすくめ返答する。

 

 「だからこそやったわけよ。つぅか、マウストゥーマウスじゃないし、それくらいならあんたも絵里としてたでしょ?どうあがいたって真姫ちゃんは今回の件を考えざるを得ない以上、あの子の憧れとして同じ責任を負うことにしたのよ。正しさの基準としての義務なら、道理でしょ?」

 

 「え、絵里ちとのキスはほぼ事故みたいなものやで!?それにしても正しさの基準かぁ……にこっち、ホンマに難儀になるよ?」

 

 「上等じゃないの、こっちから超えてやるわよ。ま、ともあれ今回のミーティングは方がついたってみて良いの?ともあれ、最終決定権はにこよりもリーダーにあるんだけどね。どうなわけ、穂乃果?」

 

 「こっちも仰天な展開だけど……大方針そのものは決したし良いと思うな。たださ、にこちゃん。気付けめいた目的だから今回は良いけれど、部活中は自重してよ?一応穂乃果も海未ちゃんなりことりちゃんなりにしたりされたりはあるけど、キスシーンって刺激強いんだから」

 

 現状を一通り追認したうえで、穂乃果はにこにくぎを刺す。彼女の性格からしてほぼないとは踏むのだが、それでも事態が事態だけに言わずにはおけなかったのである。そんな気持ちを察してか、すんなりとにこは首を縦に振った。いまだ思考不全の真姫を除き一応平穏になった状態を確認し、穂乃果は締めの言葉を告げる。

 

 「以上を持ちまして、本年度第一次アイドル研究部ミーティングを閉会といたします。最初から最後までゴタゴタ続きでしたが、明日に備えてコンディションを整えてください。 後にこちゃん、真姫ちゃんのケアよろしくね?」

 

 「任せときなさい。真姫ちゃんのスペックまではね上げてやるんだから」

 

 名指しを受けたにこは、いつも通り自信満々にそう返す。そんな様子を早くも慣れてきた面々は微笑という形で追認し、次々その場を後にし始める。かくて波乱だらけであった一日は、暴風雨を越え強固な地盤を生み出し、九人のアイドル研究部を高めた終わりと相成ったのであった。

 

 

 

 

 Ⅲ

 

 トップとは孤独を帯びるものである。

 

 常にとまではいかぬにせよ、一分野の第一人者として最終決定権を彼らは有している。事故の意志が第一に反映されるといえば聞こえが良いが、裏を返せばそこに他人へ委ねが存在しないのである。それ故に決断は重いものであるが、悪いことに真に共有ができる同志も存在しない。故に、一陣営のトップはしばしば敵方の代表に親近感を覚える例が多かった。

 

 そして、この事例は現在の序列第一位もまた、例外ではなかったのである。

 

 「つまらないなぁ……」

 

 とある地方都市の中心駅駅前で、一人の女子高生はそんな感想を漏らす。白を基調としたブレザータイプの制服姿は、端正な容姿と相まってこの場所ではやや浮く未来的な光景を周囲にもたらした。事実、彼女の所属校は東京都千代田区にあるのだが、そこからの指示による派遣なので何ら問題なかった。ただの女子高生が地方都市の中心でアンニュイに佇むのみならば、ドラマのワンシーンに収まる程度の常識的な絵面となっただろう。しかし、もし彼女の周辺を見渡せる者がいたとすれば、悉くが否と答える筈である。なぜならば――

 「一騎当千の四倍をしても、たった五秒で終わるなんて拍子抜けよ」

 

 死屍累々とばかり倒れる人間四千人と、無数に散らばる建造物の残骸広がる駅前にて、無傷の女子高生は不満を漏らす。言うまでもなく魔法戦闘によるものであり、勝者ゆえに少女は感想を口にできている。ただし、当人の主観では『魔法戦闘』と呼ぶには大分怪しいものを含んでいた。

 

 <生体技能でも切り札の魔法でもない、普通の魔法の一発で片の着く案件が、戦闘なのかしら?これで済むなら縛りプレイじみたこともしたくなるわよ……>

 

 惨劇の被害者なり目撃者からすればただ憤慨にしかならない不満を、女子高生は分析する。所属校――というよりはその上にあるスポンサー役の日本政府から依頼を受け、彼女が始末した案件はとある蜂起計画だった。立場柄荒事や裏の案件を数多く対処することの多い身であるが、頭数のこともあり先頭には期待していたのである。にもかかわらず、ふたを開ければ五秒での鎮圧だった。平均技能ランク5.2――魔法兵装の質も考慮し陸軍二個師団に匹敵する戦力であるが、彼女にとってあまりに物足りない質なのである。

 

 「今のところ、私と同じ()()()()の持ち主は限られてるのよねぇ……って?」

 

 「異質な、力だと……!?序列第一位が、第二位と圧倒的な質差があるというのは、本当らしいな」

 

 「へぇ、あの攻撃ともかくも耐えたんだ。すごいじゃないの、後でサインでも渡してもいわよ?」

 

 「何事もなければ、ねだりたいがな……」

 

 息も絶え絶えで全身至る所から流血している青年は、それでもよれよれながら歩み続け少女の背後からそう返す。義憤を根源としながら、それだけに慎重に慎重を重ね決起を待ったこの男は、決して弱小ではなかった。序列入りではないがランク7であり、一地方全体に広範な戦力的人脈を築けるだけのカリスマを有しているのである。それでもなお、彼女に対し彼とその戦力は無力であった。もっとも、彼以上の存在である序列入りを動員したとしても、結果は怪しいものかもしれないのがせめてもの救いである。

 

 「もう終わりにしない?一応決起の趣旨みたいなものはつかんでいるから私が動けば一応始末はつけられるわよ?」

 

 「我々を襲撃した相手を、無条件に信じろと?」

 

 「その襲撃者に雇い主がいて、ある程度フリーに動けてる現実を理解した方が良いんじゃない?ただ、これをあなたがこれから先覚えていられるかどうかは怪しいけれどね」

 

 「どうやら……選択肢はないらしい」

 

 「正解♪」

 

 至極明るく、少女は青年にそう返す。そして言葉のごとく、彼女の意志は現出された。眼前の惨劇を生み出した異質な力――薔薇色をした巨大な翼が彼を叩き潰したのである。無論条件に抵触しないのでほどほどに肉体を破壊するのみに抑えた形だが、それでも防ぎの利く代物でなかった。かくしてあっけなく反乱未遂を鎮圧した少女の聴覚を、記憶ある着信音が刺激する。

 

 ――ヒトマルヒトマル。ツバサ、始末はついたのか?

 

 「あっけなく終わったわ。後は支援班と隠蔽班に任せて、私は散策して良い?英玲奈」

 

 ――構わないが、あまり野試合ばかりするなよ?お前がまともに戦えば、勝利と引き換えに自治体一つが消し炭になる。

 

 「やるのはあくまで観光よ、もうちょっと具体的に言えばご当地のパン屋巡り。認識阻害とか諸々掛けるから、序列第一位が街中をうろついてるなんて夢にも悟られないわ。それじゃね」

 

 白に銀の本体カバーのスマートフォンの通話の締めを、少女は気楽に応じてそう締める。口調そのものは気楽な様子で終わった通話だが、内容と話者はどう解釈しても日常ではなかった。何しろ事務レベルで済むはずとはいえ反乱劇の後始末であり、話者もまた序列第二位なのである。桁外れの非日常を、だがそれ以上の非日常的存在価値を有する序列第一位は意に介さず休日を謳歌する。

 

 <パンといえば、あの子もパン好きだったのよねぇ……あー違う。今も好きじゃないの。μ‘sのWebサイトを毎日覗いているし、それ以前に一番深いつながりだったじゃない。うぅ、しがらみさえなければ今すぐにでも『穂むら』で突貫するところだよ。今のところ、難儀よねぇ>

 

 スマートフォンの地図アプリで位置を確認し、少女は件のパン屋へ向かう道中そう考える。現在相当な交友関係を持つ彼女だが、五年前までは特に自慢できる親友が三人いた。思い込みが強烈だが温和な子、おろおろしやすいが礼儀正しい大和撫子系女子、そして太陽張りに輝きあたりを照らしてくれる少女。幼い頃の願望に過ぎないやもしれないが、少女はいつまでも四人でまとまれると信じていた。しかし、幸せな日常は、唐突に終わりを迎えてしまう。しかも悪いことに、およそ常識的な別れでない結末というおまき付きだった。

 

 「『秋空邸襲撃事件――発生満五年を経ても糸口見えず』、ねぇ」

 

 一瞬視界に入った通行人が持つ新聞紙面に移った文字を意識し、少女は思わずそう漏らす。東京都内中心部で発生した魔法襲撃事件は、被害の残忍さから大きな衝撃を与えたものだった。一般住宅に平均生体技能ランク6オーバー二十五名が襲撃を行い、救援戦力との交戦の末住宅街一帯を焦土と変えたのである。にもかかわらず、犯人逮捕はおろか手掛かりに至る情報すらまともにつかめない有様だった。かくも大規模な割に迷宮入りという、フィクションじみたこの事件の真相を、少女はほぼ全容を知る当事者として振り返る。

 

 <そりゃそうですもの。一つの国家権力が最高機密の作戦で実施した案件で、死人に口なしのありさまじゃあどうにもならないわ。ま、死亡扱いされた事件の被害者が実は生き延びて、敵方の中枢深く潜り込んだ時点でどうこう言う資格はないんだけどさ>

 

 収支の勘定だけ見れば決してマイナスではないものの、それでもあまりに始まりの悪い案件を顧みて、少女は内心独語する。五年前の三月、事件の舞台秋空家の一人娘であった彼女は、標的として死亡するはずだった。しかし幸いなことに襲撃者と異なる勢力が少女を保護し、襲撃側の主目的をとにかくも挫いたのである。とはいえかなりの強硬策をとった襲撃側――日本政府内魔法関係強硬派がこのまま大人しく終わらないという、彼女の保護者には確信めいた予感があった。そこで先手を打つ形で襲撃の要因となった少女に眠る力を最大限高め、敵方の懐――UTX学院に送り込むという策を講じたのである。結果は日本政府そのものが誇る最高戦力としての価値に少女は到達し、当人としては別のかけがえのないつながりを得たのだった。

 

 <UTXの日々も、A-RISEと仲間の関係も本気で良いものって思ってる。けど、私が元々あって、今だって戻りたいと思う立ち位置はそこじゃない。といったって、お忍びでもそうじゃなくても、今の私が音ノ木坂まで顔を出しても意味がないのよね。あの子が率いるμ‘sが、A-RISEに挑んでくれないと。ま、私がどうこうするわけでもなく向こうから動くし、こっちにしたって負ける気もないんだけどね>

 

 かつての親友率いる今のライバルチームを思い、少女はそう考察する。スクールアイドルとして後発のμ‘sであるが、所属校と構成員の関係柄その注目度は高かった。圧勝を現出した初ライブ以来、勝利とポイントを稼ぎ続ける姿は、宣伝の良さも加わり相当な評判となったのである。それでも現時点ではA-RISEの優勢を妥当とする評価が主流であるも、動向次第で覇者の陥落もありうるという憶測さえ流れた。強敵の勃興という事態を、彼女は現トップとしてのみならず、一個人としても歓迎している。

 

 「あの瞳は、私を見据えているって思えるから」

 

 誰かが聞けば自意識過剰といわれかねないセリフを、聞きとがめられることなく少女はこぼす。μ‘sのトップたる親友と、彼女は五年来一切接していない。それにもかかわらず――むしろそれゆえに少女は親友の行動から根底に潜む想いを感じ取れるのである。なぜなら親友が動く動機には常に他者の要素が絡み、意図的な華々しい行動は己も含めた外へのメッセージに他ならなかった。

 

 だからこそ、確信が持てる。()()()()()()()として、自身もまた少女と同じようにあろうとしているのだから。

 

 <誕生日が同じ、生まれた病院も同じ、好きな食べ物だって同じ、幼稚園も学校もクラスがずっと同じ。性格も異質な力を扱う生体技能だって、私とあの子は同系統。生まれてからずっと隣にいるあなたを、これまでもこれからも私は大好きだって確信できる。だから、音ノ木の仲間たちから離されたのは身を割かれる想いだけど、そのおかげで見えたものだってある>

 

 親友の根幹を捉え共鳴を踏まえて、少女は己が根幹を改めて意識する。他者に対して最大限の評価を親友に送る彼女だが、その事実から出力される気持ちは独特のものだった。一切の掛値を抜き誇るべき存在の親友だが、それほどの相手を前にして()()()()()()()()()()()()のである。無論、もう二人の親友の在り方を彼女は尊重しており、強烈なカリスマが世間にもたらす付き従いたくなる魅力を心得ていた。しかし、同系統の存在の上離れた位置から客観視を可能とした少女は、これに満足しかねたのである。では己のすべきは何であるかと定義できるのだが、そんな思索を中断する格好で新たな着信音が鳴り響く。

 

 ――ハロ~♪ ツバサ、散策中だよね?

 

 「当面続くって展開は、分かるでしょあんじゅ?こっちとしてはパン屋巡りってかなり大事な案件だから」

 

 ――その点は承知せてるけど、今μ‘sのメンバーが面白いことをやり始めてるみたいなの。片が付き次第、偵察出向いても見れそうなくらい規模があるから戻った方が良いんじゃない?

 「気になる情報ね。こっちでも把握次第動いてみるわ、それじゃ」

 

 先ほどとは異なる序列第三位のメンバーからの情報を受け、少女はそう締めてスマートフォンから事態を確認する。見れば案の定、μ‘sメンバーが複数名とあるイベントに参加するとのスレットが立っていた。親友が選んだ仲間の動きを感心しつつ、彼女は第一の目的を果たすべく歩き出す。

 

 <最初は事故から立ち上がった先輩……となればあの子のライバルと赤毛のお姫様も動くのかな?何にしても、半年以内にμ‘sとA-RISEは激突する。私は新興のライバルを撃破して、ことちゃんとうみちゃん含めたあの子が選んだ仲間たちと巡り会って>

 

 「勝利して征服して、お持ち帰りするんだから。本気には本気をもって超えにかかるのが、流儀でしょ?早くこっちに来てよね? ほのちゃん、こっちは随分待ちわびたんだから」

 

 きわどいセリフを、優しくも楽しげな声音で序列第一位――綺羅ツバサは口にする。そしておもむろに彼女は制服の内ポケットから写真を取り出すと、懐かしそうにこれを眺めはじめた。襲撃事件の前日に、自身と穂乃果、海未とことりの四人の記念写真が現像されるとはある種皮肉なものだった。だが、苦さの意味を帯びてもこの一枚はかけがえのない思い出の象徴であり、再会してしまえば何ら問題ない。再会後の展開はいささか荒っぽいものとなるにせよ、同等の土俵で激突するならばフェアーといえたのである。なればこそ、不要な心配は本気である彼女たちの迷惑にすぎなかった。穂乃果とその仲間たちとの対決による凌駕を心待ちにしつつ、ツバサは写真を丁寧にしまい行動を再開するのであった。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間が各々基本と考えている物は、続くものである。

 

 相当な訓練や、それに類する強烈な意識の変化により修正や追加が可能であるとしても、存在する基本はそう変わるものでもない。当人が矯正したと思っていたとしても、何かの拍子に地がおもむろに顔を覗かせる事例はざらである。故に良くも悪くもあるのだが、些細な引き金で人間は基本を元に戻す生き物といえる。

 

 そしてそれは、悲劇にとらわれていると思い込む絢瀬絵里もまた、例外ではなかった。

 

 <煽りに煽った割には、糸口が見えないのよねぇ……>

 

 A-RISE達のやり取りから少し時間のさかのぼる午前中の都内にて、ランニングの最中絵里はふとそう考える。相当数を希の筋書きに乗ったものだとしても、混乱するμ‘sに方針を提示し主導したのは自身なのである。口下手ではないものの、こうした人心掌握めいた役回りはそれこそ彼女か実姫の領分の筈だった。柄にない立ち回りを請け負った反動も理由であるが、現在絵里が抱える悩みの根源はもっと深いものなのである。

 

 「私はしたいこと、どう向き合えば良いんだろう……」

 

 宙ぶらりんな気分のままに、絵里は小声でそう呟く。前に進もうとする妹分の力になりたい気持ちに嘘はない。傷つけてしまった親友と再び歩みたい気持ちも本気である。何よりも、魔法戦闘に燃えた己の想いも変わりない。だが、どれだけ意欲があったとしても、二年前の失敗がもたらした反動は消えないのである。だからこそ、ケリをつけねばならぬと思うのだが、一向に糸口が見えずルーティンのトレーニングと今回至ったのである。

 

 <物心ついてから大概なんでもそつなくこなせて、バレエから魔法戦闘移ったのも挫折じゃないのよね。小学生時代にロシアのトップ昇った産物だし。今振り返れば希もにこも、それに実姫も物心ついてから理不尽にさらされっぱなしで挫折だらけだったんでしょうね。あの三人は、どうするんだろう?>

 

 己の過去と親友たちの想いを振り返り、絵里は改めて考える。手前味噌な考えを承知でいえば、親友たち三人と比べ良い方の経歴だと自身思えるのである。発火能力(パイロキネシス)の生体技能の父と、氷結能力(ファーゴキネシス)を扱うロシアハーフの母を親に持つ彼女は、双方の能力を宿す形でこの世に生を受けた。特段の思惑なく派手な恋愛結婚の末成立した絢瀬家の家庭は、物心両面で絵里を育むには十分役立ったのである。物心ついて以来大概のことを高水準でこなす少女は、一番のめりこんだバレエ含め十二歳までに悉くトップ級であった。ただそれだけに生じてしまう虚無感も、絵里はまた抱えていたのである。

 

 <そんな物足りなさを抱えていた十二歳の誕生日から、祖父母に勧められて魔法戦闘にも手を出したのよね。魔力も生体技能も良い方だったから腕は上がりやすかったけど、ルーキーだから黒星も多かった。けど、負けても爽快で燃えてくれるなんて経験、この時初めて味わえたのよね。本気で好きなバレエ含めて、あのころまではとにかくできなきゃいけないって気持ち強かったし>

 

 己の転機に思いをはせ、絵里はしみじみと鑑みる。気だるげな気分を抱え祖父母の提案に乗った彼女だが、結果は歓喜という衝撃の連続だった。勝利の喜びもさることながら、自分を軽々上回る存在がおり、なおかつ努力で追い抜きが可能であったからである。戦えば戦うだけ青天井に登れるフィールドで、彼女は水を得た魚のごとく精力的に動き回った。開始数か月で一線級の能力を得た絵里は、両親の転勤に伴い日本へ帰国しその地に手ある出会いに恵まれる。

 

 「にこも希も、それに実姫も。出会いがちょっとしたケンカだったってこと、周りに話せば大体驚かれるのよね……」

 

 得難い親友たちとの馴れ初めを、小声で漏らしつつ絵里は思いにふける。闘気横溢していた中学入学当初の彼女にとって、同級生たちはどうしても物足りなく見えていた。故に言動もとげとげしくなりがちであり、周囲とのトラブルも相応に起こったのである。そうしたケンカ沙汰の一つとして、絵里は小柄な黒髪ツインテールの女子と交戦し、仲裁に入った西木野一族と東條一族の少女と繋がりを得た。当初は日常的な一幕として冷めた感覚で受け止めた絵里であるが、次第にそれでは収まらない濃さを覚えていくこととなる。

 

 ――競い合う味方って間柄も、面白いものでしょ?

 

 ――いつまでふんぞり返ってるのよ!?にこは将来の宇宙ナンバーワンアイドルなんだから、私以外に負けるんじゃないわよ?

 

 パフォーマー兼ムードメーカーの親友とやたら負けず嫌いな親友との馴れ初めが、不意に絵里の脳裏をよぎる。出会いよりしばしばケンカめいた衝突が続いたのだが、にもかかわらず彼女は絡む三人を嫌いになれなかった。ただその原因が分からず悶々としていた折に、向けられた言葉が回答となったのである。生ぬるいと思いこんでいた環境で見つけた競い合える仲間として、絵里は三人を受け入れ行を共にした。

 

 <中学部門のスキルコンテストの出場と、スクールアイドルもこの頃始めたのよね。でもって生徒会選挙にも出馬した。盛り上がるだけ盛り上がって、楽しむだけ楽しんで、高めるだけ高めて……音ノ木にやってきた>

 

 騒がしくも楽しく、それが故に充実した中学時代を総括し、絵里は内心そうつぶやく。明白な四人組としてまとまったのち、絵里たちは状況許す限り学業以外の分野に手を出し続けた。魔法技能絡みはもちろんであるが、それ以外にも校内行事や郊外の活動にも打ち込んだのである。結果として履歴を飾るスコアを得る格好となったにせよ、勢いに乗っての産物でその過程こそ楽しいものだった。そんな公私共にある楽しさが、高校進学で加速すると、絵里は信じていたのである。ただし、そんな展望は実姫の死とともに瓦解してしまう。

 

 <にこに縁を切られ、家族と希にものすごく心配されて、真姫に尽力されて実質生き返ったけど……半分抜け殻だったわ。どうしようもなくバカやらかして、その後の反動でどうかしてたから。けど、そんな曇りも変わりつつある。だから、私が本当に進むために――昔と今の仲間たちとμ‘sとして進むために、熱量操作(カロリーマネージャー)をもう一度>

 

 進む覚悟を確認するさなか、不意に絵里は足を止めてしまう。結構な距離と時間を走り続けた彼女だが、決して疲労による停止ではなかった。正にも負にも因縁のある舞台が、絵里の意識を釘づけとしたのである。ただ幸いに、今回の場合は正の方面から彼女を刺激する情報がもたらされた。

 

 「バトルパートの戦闘かぁ……」

 

 広場の中心部に設置された大型モニターの映像を見て、絵里は感慨深く印象を口にする。今いる地点が日本有数の多目的スポーツ会場『アキバドーム』前である以上、魔法技術関係のイベントがあってもおかしくなかった。事実チャリティーマジックフェスタと称する、中高生スクールアイドルを対象としたライブイベントがこの時行われていたのである。ついでに言えば、彼女含めた四名の同志は比較的敷居が低くも名のあるこの大会に参加し、四年連続好成績を収めた。そして――

 

 <私が統堂英玲奈と戦って撃墜されたのも……この時だった>

 

 最悪の結末を改めて意識した絵里であるが、意外なことに彼女の想いはそれほどマイナスに傾かなかった。消しようもない自業自得はそのままとして、今の絵里には立ち直る余力が残っていたのである。過去の好成績もさることながら、年度初めからの周辺の動きが、迷いにとらわれている彼女の背を推しつつあることも大きかった。

 

 そんな好条件がそろう中、一つの偶然が絢瀬絵里に発生する。

 

 半ば封じられたはずの、生体技能の発露という、最高の形で。

 

 「良い試合よね……私も――ってあれ?炎!?」

 

 「へぇ~、純粋な発火能力系統じゃない生体技能でその火炎……良いわね」

 

 「優木、あんじゅ!?何しにここにっ!」

 

 「今度は冷気を瞬間展開。けれど右腕にともった火炎は消えず……二年前の試合の時じゃそこまで同時展開は上手くなかったはずだけど。というか、綾瀬さんって冷気寄りだったかしら?」

 

「こっちもいろいろあったのよ。なんにせよ、A-RISEの序列第三位に注目とは光栄ね……」

 

  突発的なライバルとの遭遇を前にして、絵里は臨戦態勢で観察を続ける。体内及び周辺の熱量を操作する熱量操作は、発火と氷結の二つを併せ持った生体技能と表現できる。ただし、純粋な発火能力や氷結能力と比べ最大出力で劣る上、ある理由により体力消費が激しい能力でもある。故に技能保持者の応用力が特に大きく問われる代物であり、保持者ごとでどちらかに傾く傾向があった。絵里の場合、眼前の序列第三位――優木あんじゅの指摘通り火炎よりであったが、事故からの復帰後逆となったのである。実際は逆どころではないのだが、現状が現状だけにそれ以上彼女の意識は及ばなかった。

 

 「個人的な用事で外出してたら、見知ったライバルの姿を見たからね。声を掛けただけよ? あなたとここでぶつかるつもりもないし、そっちも太陽焔姫(アルティフレイム)とまさかケンカするつもりもないじゃないの。事故より前のあなたなら野試合ぐらい仕掛けてきたかもしれないけどね」

 

 「怪物といきなりエンカウントで勝負はあの頃の私もしないわよ。それで、その用事って何なの?」

 

 「今アキバドームでやってるチャリティーマジックフェスタの参加よ。団体でも個人でも挑めるし、当日参加可能種目もあるからいろいろ廻ろうって感じなわけ。というか、腕試しで綾瀬さんもエントリーしてみたら?復活のPRにはちょうど良い気がするけど」

 

 臨戦態勢の絵里に全く動じることなく、あんじゅはさらりとそう提案する。序列第三位を誇る彼女にとって、脅威となる対象がごくわずかという意味合いもさることながら、純粋に大会と眼前の他校生に対し好意的だったのである。高レベルの技能保持者として公式大会の参加は心躍るものであり、加えて有名でありながら敷居の低いこの大会は自由な方向にあった。そう返されれば絵里も生体技能の発動を解除し、参加の是非について考え始める。

 

 「個人飛び入りで参加となると……パフォーマンストーナメントが早いかしら?」

 

 「そうなるわねぇ。ちなみに私はシードで大きめのトーナメントに入る予定。ステージで対戦できることを楽しみにしているわ。もちろん観戦しても良いけどね」

 

 「煽り気味なセリフ言われて、炎熱も出せた私だったらさ、この後どうするかぐらいわかるでしょ?」

 

 「ふぅん、これがうわさに聞く音ノ木坂の」

 

 「おっとおっと、それ以上話しっちゃったら、ガブリよ?」

 

 平素の姿を知るものからすれば想像もつかない挑発的なセリフを、楽しげに絵里は口にする。能力を解いたとはいえこの『平素』という意味合いを彼女に当てはめた場合、むしろこの状態こそ本来と呼ぶべきものかもしれなかった。あんじゅの後方に一瞬で回り込み、左手の手刀を首に右拳を背に当てる。一瞬で大概の人物を詰ませるだけの早業を受けてなお、序列第三位は綽々と言葉を口にする。

 

 「音ノ木坂最強の狂犬、復活ってやつね。もっとも、ここでガブリしても逆に返り討ちなるわよ?」

 

 「だったら今ここで試す?てな話にはなるけど、今は遠慮するわ。野試合でA-RISE相手に手札をさらす真似はしたくないし、ちゃんと私の因縁にけりをつける意味でも正式な試合で戦いたい。そんな具合ね」

 

 「長いこと続いたトラウマ解決なんて個人的には意外だけど、新しいお仲間や東條一族の子と第五位がいるって前提で見れば妥当ね。ともあれ、後はステージで会いましょう?その方が技能保持者らしいし、ね。じゃ、スィーユー」

 

  「ええ、その時は存分に勝たせてもらうわ」

 

 「おお、これはおっかないおっかない」

 

 自然と絵里から離れたあんじゅは、最後にそう答えてドーム内部へと入っていく。最高クラスの技能保持者として揺らいだわけではないのだが、その身から見ても迷いを切った狂犬は侮れなかったのである。見送る形となった絵里だが、挑発的な行動を終えた割に落ち着き始めた内心は冷や汗まみれだった。二年前の試合と至近距離での対峙で感じた圧倒的な実力を、しかし彼女は恐れと同時に武者震いとして感じられたのである。かくてμ‘sの狂犬は、己が心に再び火を灯し燃え盛らせるべく行動を開始するのであった。

 




 ストック少ないがもうちょっと連投予定。

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