ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 己があるべき意志を見定め、ついに再び立ち上がる矢澤にこ。スクールアイドルプロジェクトの主導をめぐり決闘を申し入れる彼女を、高坂穂乃果は受け入れ開戦する。エース対エースの激突に、西木野真姫が下した決断は……とまぁpixivよりいくつか手を入れ完成させたお話です。


第五話

 吊り橋効果という概念がある。

 

 不安や恐怖などを感じている際に出会った人間へ恋愛感情を抱くという意味だが、それゆえ一過性になりやすい。なぜなら突発的な不安が引き金であり、それゆえ対象の人物なり行為が相対的に目立つという面が強いのである。ただし、必ずしも一過性だけというわけではなかった。印象への残り方が強ければ恋愛感情は持続するし、まして人物が当人にとって重要な存在であればなおさらである。よって、吊り橋効果による好感度の上昇が、決定打となることもままあった。

 

 すなわち矢澤にこの緊急参戦は、西木野真姫にとって彼女への評価を改めて決定的なまで高めたのである。

 

 「に、にこちゃん……どうして助けてくれたの?」

 

 「出会ったあの時みたいに――ていうかそれよりもずっと頑張ってる女の子を、このにこに~は守りたかったのよ。これまでの付き合いとか、実姫の妹とかって意味よりも先に、不安でおろおろしても一生懸命になって真姫ちゃんはやってる。そんな子が誰よりも私を必要としてくれた。一応今回用の段取りとか準備もしたんだけど、入った瞬間真姫ちゃんが見えたから全部すっ飛ばして駆けつけたわけ。取り敢えず、質問の答えはこれで良いかしら?」

 

 「ヴェエエ!? そんな、私にこちゃんやお姉ちゃんに比べたらまだまだだよ! 今やってるスクールアイドル絡みだって穂乃果がいなければ無理だったし、知識だって新しく入ってきた花陽の方があるよ。私は……誰かに手を引っ張ってもらってるだけだわ」

 

 「そうだとしてもさ、引っ張りたいって思ってくれるからみんな真姫ちゃんにそうするのよ。それに、今まさににこをあなたは引っ張ってくれてる。考えを変えろって言えるほど私に偉ぶる資格はないけど、それだってれっきとした事実だから覚えてよね? 真姫ちゃん、あなたにも純粋に個人の意味合いで応援したくさせてること、自信の根拠にして問題ないわ」

 

 顔を赤らめしどろもどろの体で反応する真姫に、にこは穏やかにそう返す。経験不足から自らを卑下するきらいのある赤毛の少女だが、しかし傍目より考察するなら相当踏ん張ったというべきだった。いかに周囲が好意的であっても、踏み出したのは真姫自身であり、常識的に判断するなら阻む枷も多いのである。そんな状況下においてもこの少女は踏み出し仲間を得たのであり、二年も無為に過ごした以前の段階でにこは心より喜べた。

 

 「結論だけ話すけど、三日後をもって私も真姫ちゃんたちが主催しているスクールアイドルプロジェクトに参加するわ。時間かかっちゃったけど、私もちゃんと前に進めるようになれたのよ。まずは、よろしくね?」

 

 「ほ、本当!? 良かったぁ……けど、どうして三日後なの? 何か都合があるの?」

 

 「完全に個人の問題になるんだけどさ、参加前にどうしても済まさなきゃならないことがあるのよ。もちろん真姫ちゃんに負担を強いるものじゃないし、やること自体は単純なの。それに、どんな結果が出たとしても引きずらずに一緒にやるって約束するわ。幸い、このこと頼む相手はこの場に今いるんだし」

 

 「私以外のメンバーに頼まなきゃいけないの? そうすると……」

 

 次第に見えてくるにこの希望に対し、真姫はそう言い思案を開始する。確かに相当のブランクと悲劇を経てスクールアイドル再開となれば、相応の整理は必要といえる。ただし、そうだと仮定した場合、彼女の次の手が読めなかった。にこ個人で済むものなのか、あるいは誰かも関わるものなのか? 相手が相手だけに真姫は非常に気を揉まざるを得なかったのである。そんな心境を察してくれたのか、にこは穏やかかつ端的に説明する。

 

 「大丈夫よ、幸いもう来てくれたみたい。真姫ちゃんたちμ‘sの代表者が、ね。ロマンチックな対面は区切りつけたから、のぞき見なんて野暮しないで出てきなさい。高坂穂乃果」

 

 「突然乱入しといてケンカ腰はちょっとなんだけど……まずはようこそというべきかな? 音ノ木坂学院アイドル研究部部長、矢澤にこ先輩」

 

 「いかにもにこがアイドル研究部部長よ。初めに宣言するけど、どう結果が出ても参加はするし、積極的に臨むわ。ただし、その前に済まさなくちゃならないことがある。二年も何もしなかった私が言うのもおこがましいって気持ちは――もう捨てた」

 

 「捨てて、何をお望みで?」

 

 口調こそ穏やかだが標的をとらえる目線で、魔法装束姿の穂乃果はそう返す。にこの登場柄必然ともいえるのだが、同時にこの勝負師は油断なく彼女を観察した。小柄で平素ならあざとくも愛らしい部長が、それと対照的なぎりぎりまで研ぎ澄まされた静かな闘志を放っているのである。これと構えのみでも、彼女が練達の技能保持者だと穂乃果は思えた。そんな様子を知ってか知らずか、にこはさらなる意思を表明する。

 

 「決闘よ、スクールアイドルプロジェクトの采配を誰がとるべきかをね。いやしくも一軍の大将なら、堂々と売られたケンカぐらい堂々と買うものでしょ?」

 

 「根拠は? そちら個人の都合じゃない、私たち全員に通じるレベルのですけど」

 

 「現状あんたたちμ‘sは、()()()()()として活動しているわけじゃないわ。それでも規定として活動に支障があるわけじゃないけど、これが部になればいろいろと違ってくる。公式大会統括やっている『スクールアイドル協会』から支援が入るし、過去の積み上げがあるうちの部のノウハウも入る。何より、結果がどうであれここにいる腕利きがあと二人仲間引っ張って合流するわ。メリットは読めたかしら? 高坂穂乃果だけじゃなくて、真姫ちゃんたち他のメンバーも含めてだけど……質問あるなら受け付けるわよ」

 

 「メリットは読めましたが、それがどうして決闘につながるので? 身びいきを除いても、穂乃果の采配にこれまで問題があるとはとても思えません」

 

 「第六位――じゃない、園田海未。切り出しからして、にこの嫉妬めいた主張であることは否定しないわ。ただね、どうであれアイドル研究部と一本化する以上、指揮系統の問題は発生せざるを得ないのよ。なぜならにこは、アイドル研究部の部長だから。いざライブって時に上に立つのが部長かμ‘sリーダーかって割れたら、シャレにならないでしょ?」

 

 二年も休部状態にしていた情けない奴って批判は甘受するわと付け加え、にこは海未の質問にそう返す。切実な彼女個人の事情を除いたとしても、部活単位でスクールアイドルプロジェクトが進むとなれば、筋をつける案件が多いのである。経験者だといい募る意思はないものの、指揮系統はしっかりさせるべきとにこは思っていた。一定の客観的妥当性を持たせた自己主張に対し、今度はことりが確認する。

 

 「実際決闘を受けるかどうかは穂乃果ちゃん次第だけど……仮に受けたとして審判はどうするの? というより、決闘のルールはどうするつもりなの? 明らかにあなた有利の土俵だったらお断りしたいけれど」

 

 「第四位――違う、南ことり。普通にバトルパートの勝負形式で構わないわ。審判だけど……にこにもあんたたちμ‘sにも縁がある相手として、真姫ちゃんを希望したいけどどう?」

 

 「なるほど……悪くはなさそうだね。そもそも私たちはもっと上に目標があるなら、ここでの決闘ぐらい超えないといけないし、穂乃果以外のメンバーにも絡んできてる。ということでさ真姫ちゃん、この申し出受けるかどうかどう思う? 穂乃果としては異存ないけど、事態が真姫ちゃんの目的に関わってるとなれば話は別だよ」

 

 「ヴェエエ!? わ、私に振られてもいきなりじゃ……」

 

 急変が続く事態に対し、思わず真姫は動転してしまう。とはいえ内容のみ見れば、確かに結果は彼女の目的に合致する。新たな環境におろおろしながら、それでも進むべき理由がにこ達の回復だった。そのゴールが唐突かつ急速に提示されれば確かに喜ばしいものの、ある点が彼女の気がかりとなったのである。そのため真姫は、ある点をにこに対し確認する。

 

 「にこちゃん……戦わないと、やっぱり駄目なの? 年下の下につくのが気に入らないとは思うけど、穂乃果ってすごいんだよ? ううん、穂乃果だけじゃない、海未たちだってみんな頼れるんだから」

 

 「ちゃんと自信持って思えてるわ。真姫ちゃんが信じてるこのメンバーが、すごいし頼れるってね。だから、私としてもボスの本気が見たいし、にこも見せたいのよ。それに、心配しなくても平気よ? 実姫や絵里と仲良くなるきっかけだって、散々やった模擬戦がきっかけなんだしどうにでもなるわ。それに」

 

 「それに?」

 

 「一番本気を見せたい相手が、見届け人を請け負ってくれるのよ? 意地でも成功させる気になるじゃない。真姫ちゃん、それにμ‘sのメンバー全員。ちゃんと目に焼き付けてよね? この矢澤にこ、人生最高の戦いを見せつけるんだから」

 

 気取っていると自覚しながら、だからこそ形にしたい思いを込めて、にこは真姫を含めた面々にそう語る。一気呵成にここまで進んだならば、我ながら予想外と思いつつ決意を言葉にしたのである。ともあれ急展開が続く具合であるが、ひとまずの落ち着きを見たことで穂乃果が最終確認を行う。

 

 「一気に話が進んで穂乃果としても置き去りにされそうになったけど……三日後決闘ってことで良いんですよね? 勝負の後はその時話すとして」

 

 「そうなるわね。というか、いきなりなのに助かるわ。実質こっちが言いたいこと言いまくっていたに近い状態だったし――ともかく、いざ勝負となったら別よ? 全力でてっぺん分捕ってやるんだから」

 

 「そうでなきゃ困ります。というか、そうであるからこそ迎えたくなるんですよね。真姫ちゃん云々以前から、私の経験・・・・にもにこ先輩の名前は入っていたんですから」

 

 「そいつはありがとだけ、この場じゃ答えておくわ。それじゃ、三日後勝負の場で会いましょう。最高の状態で、お互いね」

 

 「期待して、お待ちしています」

 

 にこのあいさつに対し、穂乃果も端的かつ丁寧にそう答える。強烈な自己主張をする相手であるが、不思議と不快どころかある種の爽快さをもたらした挑戦者へ好意的になれたのである。そんな穂乃果と仲間たちに手を軽く振って、にこはその場を後にした。かくしてダブルエースの初対決は、いよいよ秒読みと相成るのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 待ち人が不意に現れればどうなるか?

 

 普通人間は良きにつけ悪しきにつけ、忘れる生き物である。いかに固く再会を約したとしても、その時期が不定ならば時の流れとともに意志は薄れていく。別段非礼というわけでもなく、記憶による負荷を考えれば進まぬ過去より進む現在に感覚が向くことは、妥当といえる。ただし、そうであるからこそ過去からの待ち人は衝撃を与えるともみなせる。

 

 よって矢澤にこの訪問は、これを待つ東條希と絢瀬絵里に対し、最大級の破壊力をもたらす事態と相成った。

 

 ――16:00に生徒会室訪問予定。忘れず待っているにこ♪

 

 タイトルのみとなる件のメールは、記された時間の十五分前に二人の生徒会メンバーに送られた。アドレスを変更していない(というよりはとてもする余裕がなかった)彼女たちは特に齟齬なく受信できたものの、発信者の名前があまりに因縁深かったのである。何しろ二年前決裂したはずの、親友だった仲間のメッセージだった。これには内心の答えがまだ落ち着いていない絵里はもちろん、理性的な希ですら動揺にさらされたのである。

 

 「ねぇ希、このメールって実は悪質ないたずらとかじゃ……ないわよね? 誰かがにこのアドレスを乗っ取ったとか、たまたま迷惑メールが届いただけとか」

 

 「にこっち使ってうちらを傷つけたいならもっとやりようがあるし、真姫ちゃんからもメールあったやろ? 本物よ、本物。パニック気味なのはうちも同じなんだけどね」

 

 「なんてにこは言ってくるのかしら? 私、恨まれることばかりしかしてないわ……」

 

 「それもうちだって同じ。一緒に怒鳴られるかなじられるか、まぁもっとかもね。けど、それでもうちは進みたい。絵里ちやにこっちと一緒に、スクールアイドルプロジェクトの面々と一緒に、そして真姫ちゃんと一緒に進みたい。こんな夢みたいな機会、うちはためらいたくないんよ」

 

 「夢みたい、そうよねぇ。本当にここ最近、変わりつつあるわ」

 

 予想よりも強く表明された希の意志に対し、絵里もまた感慨深く賛同する。いまだスクールアイドルプロジェクト参戦を明言していないものの、それも秒読みに近い域になっていた。匿名でμ‘sサイトに提言をすることはもちろん、個別に関係を結んだ星空凛を通じ様々な助言をするようになったのである。その上、彼女にも自らの戦闘技能やダンステクニックを仕込んでいることもあり、嫌でも絵里は己の接近具合に自覚的だった。ただし、それでもなお決定的な一歩に踏み切れないためらいを、彼女は口にしてしまう。

 

 「何もかも投げて構わないほど大切な人がいたから、真姫もにこもμ‘sの面々も変われたと思うの。けど、私にその資格……あるのかわからないのよ。やりたいことなら、星空さんのおかげで見えているんだけどね。情けない話よ」

 

 「うちじゃあ、不足なん? 絵里ちと多分一番付き合いの深い他人になる、東條希じゃ不足なん?」

 

 「希だからこそ私はこんなに悩んで」

 

 「あのねぇ、二年ぶりまともにやってきたと思ったらそこから変わってないワンパターンな夫婦漫才なわけ!? あんたたちいい加減婚約しなさいよ。あー……年齢的にもう入籍もできるんだし結婚したら? 式での司会役なら請け負うわ」

 

 言いかけた絵里の言葉を遮る形で、第三者の声が生徒会室に響き渡る。声の主は『変わっていないワンパターンな夫婦漫才』と評したが、彼女の対応もまたかつてと変わらぬお約束のものだった。当然のことながら新たな声に反応し二人は振り返るのだが、誰よりも待ちわびた親友がそこにたたずんでいたのである。

 

 「久しぶりね絵里、希。ここまで散々突き放すだけ突き放して……本当にごめんなさい。咎ならいくらでも受けるし、そもそもこうして二人と向き合える資格があるかどうかも怪しいわ。けど、それでも私は進みたい。どんな理由を並べても、それしきでにこが持つアイドルと真姫ちゃんへの想いは消えちゃくれなかったから。だから、にこがもう一度進むため――親友と新しい仲間と正しく進むために、今日はやってきたわ」

 

 「にこ……本当に、本当にごめんなさい! 私がもっとしっかりしてれば、実姫に目の前で死なれたあなたをつなぎ留められたのに、希や真姫にも迷惑を掛けなかったのに! 私は、バカバカしいぐらい、自分のことしか見てなかった。謝るなり咎を受けるべきは私なのよ、あなたじゃないのよ、にこ!」

 

 「ううん、そうなるべきはうちやった。みっきーがいるときから何かあった時、フォローするのやうちの役目やった! なのに、なのに……なんもできんままここまでなった。にこっち、本当にごめんなさい」

 

 「ちょっと!? 実姫から直接託されたのにここまで何もしなかった私が……ってノリですませるわけにもいかないわね。それよりも、頭あげてよね? 私にしたって、親友をひざまずかせる趣味は持ち合わせていないんだから」

 

 あまりの事態にやや面喰いながら、にこは己も含めた謝罪合戦をひとまずそう打ち切る。誰もが互いを大切に思い、自身の責任を痛感しているからこそであるが、それだけに流れのままであれば収拾がつかなった。そうして流れを整理した彼女は、己の今後にかかわる本題を口にする。

 

 「もしかしたら真姫ちゃんから連絡があったかもしれないんだけど……今さっきまでμ‘sの面々と会っていたのよ。にこも合わせたアイドル研究部と一本化して、スクールアイドルプロジェクトを本格稼働させるためにね。そんな具合だから、三日後私も正式に参加することにしたの」

 

 「すごいじゃない、ついににこもまた進み始めたのね……ってなんでわざわざ三日後? 魔法兵装が壊れたとか負傷したとかなら真姫に頼めば問題ないけど」

 

 「その日、決闘するって宣戦布告してきたの。スクールアイドルプロジェクトのトップの座を賭けて、今の代表高坂穂乃果とね。あいつの実力もやり口も実績も、それに気概も本物だって思ってる。上に戴いて戦える相手だし、二年も何もしなかったにこがあれこれ主張する立場にないとも思ってる。けどね、それでも勝負がしたいのよ。にこもスクールアイドルとして戦った身だし、何より真姫ちゃんがアイツのところにいるんだから。だから、それに絡んで二人に確認があるんだけど、構わない?」

 

 「ええけど、なんなん?」

 

 絵里に続く格好で、希もにこの質問にそう返す。とはいえ読心術に優れた彼女でも、親友の次の言葉を予測しかねていた。自身と絵里にかかわることなら推測がしかねたし、それ以外μ‘sに関することでは深入りしているとはいえなかったのである。だが幸か不幸か、にこの疑問はある意味必然的といえる端的なものであった。

 

 すなわち。

 

 「真姫ちゃんを抱き込んで、高坂穂乃果は何をしようとしてると思う? 真姫ちゃんが何か吹き込まれてる可能性、二人はどう見てるの!?」

 

 己が愛すべき強大な西木野真姫プリンセスを手中に収めた高坂穂乃果ライバルに対する、根本的な疑念。

 

 「あいつの力量と気概、真姫ちゃんの本心からの頑張りを、にこは決して否定しない。けどね、どんな言いつくろいをしたとしても、私たちの妹分は第五位にとどまらない西木野すべての統括者よ? 強大でも組織の所属じゃない第四位と第六位と、仲間にした意味が違うのよ!? 二人のつながりは、まず間違いなく学生生活以上続くはず。スクールアイドルプロジェクトの時は大丈夫でも……その先高坂穂乃果が真姫ちゃんを悪用しない保障なんてどこにもないのよ!? にことは比べ物にならないぐらい、あの子が使える要素はとてつもなく大きいんだから」

 

 「気持ちはわかるけど……真姫が一番信頼を寄せているのはにこに違いないでしょ? 何かあったって聞けば答えてくれるはずよ。たとえ隠したとしても、相手が相手ならじゃその兆候ぐらい読めるはずだわ」

 

 「確かにそうともみなせるわ。けど、ここ最近の時点で高坂穂乃果が真姫ちゃんに明かしていないとしたら? あれだけ緻密な計画練り上げる奴が、スクールアイドルプロジェクトの後を見据えてないなんてありえないじゃない」

 

 「せやなぁ……確かにそうおう考えているとは思うよ。良いか悪いかうちにもわからへんけど、あの高坂さんなら先々の布石として真姫ちゃんに接近したって面もあると思う。けどなにこっち、どのタイミングでも真姫ちゃんの悪用はあり得へんってうちは確信しとる。カードとかじゃない、うちらのよく知っとる相手からの証言でね」

 

 剣呑な雰囲気のにこに対し、希はおっとりながらも確信を込めた口調でそう返す。まったくの傍目から見れば、一族郎党悉く西木野を統括する真姫の立場は他の序列入りと一線を画していたのである。本業以外で、政界では文科・厚労の二省を軸に一族出身の政治家・官僚を多数輩出し、財界では有力多国籍企業が二十二社存在するのである。単独で強大であっても結合に乏しいこれら要素を、しかし真姫はこれらすべてを上回る事象解析アテーナライズの利益をもって、束ねている。下手をしなくとも先進国と対等以上に交渉可能と判断できる実力を、西木野真姫という少女は有しているのである。それほどの切り札が悪用の事態に遭わないという根拠を、端的に希は提示する。

 

 「実はなにこっち。二年前の事件の少し前、うちはみっきーが高坂さんと本格的に話し込んでいるところを目撃したんよ。後でみっきーにそのことを尋ねたんやけど、中学入学した時から知り合って個人的に鍛えてる弟子みたいなものだって答えてくれた。だから、うちは確信できる。みっきーは真姫ちゃんを託せるって判断して、高坂さんを鍛えてたってこと。妹を守るためにどこまでも戦える覚悟と準備をするみっきーが、あの子をカギだって認めてるに等しいんや。これで、大丈夫でしょ?」

 

 「あの実姫が……私たちが仲良くなり始めた時期から準備したていうの!? そんなこと――あいつなら確かにやるわね。元々用意周到に動くタイプだし、それ以上に真姫ちゃんのためなら本当に何でもする人間だったわ」

 

 「私からも良いかしら? にこ、あの事件がなかったら……私たちは何をしてたと思う?」

 

 「絵里!? 何を言ってるって……そりゃあ、よほどまずいことなければスクールアイドルしてたでしょ? あんたが墜とされたA-RISEとの対決では多分勝てなかったとしても、それしきじゃ実姫も揃ってるし諦めないじゃない」

 

 「ええ、多分諦めなかったでしょうね。私たちだってさらに特訓するし、実姫も実姫で次につながる新戦力を集めようととしたはずよ。たとえば、個人的に付き合いのある子を誘うとか」

 

 希に続く格好で、絵里はにこに根拠を説明する。断片的ではあるものの、彼女もまた亡き親友が備えた布石について、思い当たる節があるのである。何事かとばかり視線を向けるにこに対し、絵里は詳細を口にする。

 

 「事件の少し前に実姫の計画書を見せてもらったんだけど……来年度勧誘する部員候補の中に高坂さんの名前があったの。あの時は単なる優先候補かなって思ってたけど、希の話のことを思えばそれ以上の意味合いで誘ってくると見て間違いないわ。にこ、あくまで私の読みなんだけど、事件がなくても私たちは部活で高坂さんや真姫たちと出会うことになったとも思えるのよ。実姫がそうなるように、動き続けていたから。その意味でも、私は高坂さんを信じて問題ないって睨んでる」

 

 「確かに順当に推移すれば、そうなるわよね。最初面喰うにしてもあの実績と性格で実姫が連れてきたら、ごたついてもいずれ私も認めたわ。何事もなかった時でもそうなるはずなのに、今の状態じゃ口をあれこれと出せる立場じゃないって、にこだって承知済みよ。けど――違うわね、だからこそ、戦う理由がまたできたわ」

 

 「にこっち? まだ何かあるん?」

 

 「希、さっき絵里は事故がなくても高坂穂乃果とにこは出会うって言ったわよね? 多分そうなってもすぐあいつを認めると思うし、それだけの実績をきっと出す相手だわ。けどね、そうならなおさら逃げちゃいけないのよ。こっちだって実姫に託されて、真姫ちゃんには……引き金になったって思ってくれてるから。どれだけ無様に映ってもでも、どれだけこっちがつらくても、あの子が憧れる存在でなきゃにこはいけないの。こんな理由抱えてる以上、意地でもこっちは高坂穂乃果を倒さなくちゃならないわけだわ」

 

 敵意とは異なる前向きな闘志を、改めてにこは自覚し言葉にする。歴戦の生体技能保持者として、彼我の実力と気概の差は十分彼女は心得ていた。ただそれ故に我が身を傷つけようとも、強者(穂乃果)との勝負を逃げたくなかったのである。信念とライバルと、誰より自らが愛する者の為に、にこは決闘に身を投じつつあった。

 

 「とはいえねぇ、限界があるのも承知してるわ。いざとなれば真姫ちゃんを頼れば済んだとしても、無駄な心配をあの子にさせるわけにもいかないし。そのあたりできるだけ心得るつもりよ。つかねぇ、決闘の日あんたたち二人も見に来なさい? 特に絵里、必ず見とくべきよ。にこ並みにグダグダしている割に、外の訓練場まで顔を出しているなら答えのヒントになるわ。というか、私たち四人で一番戦いまくってたあんたが、いざ戦闘って時に無反応気味なことが異常じゃない」

 

 「にこっち、絵里ちもいろいろ」

 

 「良いのよ希……事実だし、書類上でもまだアイドル研究部を抜けたわけじゃないから。迷いっぱなしで答えまで至れてないけど、ちゃんと見に行くわ。私だって――私だって続きたいのよ、続き方がまだわからないけど」

 

 希の弁護を制する形で、迷いまみれでも絵里は本音を口にする。根幹の決着がついていないにしても、次第に彼女も奥底に抱く気持ちがスクールアイドルへの復帰だと理解できるようなったのである。後はそれを明確な前進として出力させる名分があれば良いのだが、絵里はにこと穂乃果の対決を引き金にするつもりだった。二年ぶりに親友たちとつながれた心地良い感覚を抱きつつ、好転した空気に常時にこは締めの言葉を告げる。

 

 「なら、にこも気合入れていきますか♪ 相手は本物の天才で勝負師、こっちは遅まきだけど立ち上がったヒーロー、でもって獲り合うは赤毛のお姫様。燃える構図じゃないの。ま、最高に笑って真姫ちゃんを迎えるのはこのにこに~だけどね」

 

 「久しぶりやなぁ、にこっちお得意の煽り文句聞くの。ホンマに元気出たんだね」

 

 「あらゆるもの出して勝ちを分捕るわよ、真姫ちゃんが絡んだとなれば絶対にね。それじゃ、続きは戦場でみせるとするわ。またね、希、絵里」

 

 さよならではなくまたねと告げて、にこは生徒会室を後にする。かつて何気なくも一等大切であった繋がりを、彼女はもとより絵里と希もこの瞬間取り戻せたのである。親友のどことなくさわやかなあいさつに、部屋の二人も笑顔でまたねと返し送り出す。かくて二年前から時を止めたままだった三人は、こうして動きを取り戻すのであった。

 

 

 

 

 

 人の意志を伝えるものは何か?

 

 統計すれば言語以上に、非言語の声色や表情の割合が多いとされている。しかし実際のところ、音という明白な形となりうる言葉は、しばしば大きな印象を与えるものである。ただこれらは言葉を主体とした演説なり対話におけるケースであり、意志の伝え合いは他にも存在する。すなわち――

 

 「極限の果し合いが、一番この場合は適切のようですね……」

 

 激突、決闘。世間に通りよく表現するならば、真剣勝負。

 

 相応の下準備を要するにせよ、双方が死力を尽くし行われる闘争は文字通りすべてをさらけ出すものである。言葉よりもはるかに鮮烈な情報をさらす戦いは、その片鱗のみでもあたりの気配を変えるものだった。練達の技能保持者として、そして一方の当事者の親友として園田海未はひしひしと気配を感じていたのである。

 

 「戦闘技能はほぼ五分五分で、尋常な気迫の相手じゃありません。文字通り喉首を命尽きるまで食いちぎろうと襲い掛かる相手、なんですよ!? 穂乃果、聞いてますか? 矢澤にこは、多分私たちがこれまで戦ったどの相手よりも結果に飢えた挑戦者です」

 

 「そんな未知のチャレンジャー相手前の最終調整だからこそ、海未ちゃんのコンパクトな胸部装甲を堪能しちゃいけないんだよ?」

 

 「時と場合をわきまえて……ますね、遺憾ながら。そして胸への感触からして、強敵だとちゃんと認識しているみたいですし。おかげでかなりむずかゆいんですけど」

 

 「まぁね、いざ戦うこととなったらまともな五感なんて多分イカれるから入念になるんだよ。もっとも、これから先戦う相手は今回以上に恐ろしくなるはずだけどね」

 

 両手から伝わる触感を堪能しつつ、それ故に相当真面目に穂乃果はそう返す。現在彼女と海未は目前に迫った矢澤にことの対決のため学院内訓練場控室にいるのだが、お約束の動作を当然実施した。とはいえ毎度こうした接触になるのではなく、勝負の内容によってかなり変えているのだが、同時に穂乃果の好みでもある。ついでに言えば揉まれる海未も周囲に人目がないこともあり、満更を通り越しかなり嬉しくあった。

 

 「随分、彼女を評価するのですね。真姫の憧れだからですか?」

 

 「それ抜きにしてもにこ先輩の戦歴は尋常じゃないよ。魔法戦闘経験は小学二年から始まって、個別任務成功率もほぼ九割。その中でも単独戦闘系に強くて、撃破したランク6以上は252人とこの年齢で序列入りを除けばトップスコア。厳密には生徒会長も同率であるんだけど、それにしたって本物に違いないね」

 

 「出力も応用範囲も優秀な生体技能と、強烈な勝利への執念がこれに加わりますからね。二年前の事件がなければ、精力的に部長を務めていたのではないのですか?」

 

 「多分そうだろうね。あのキャラクターで実績も出てるなら、その状況でも穂乃果は好きになれるな。真姫ちゃんじゃないけど、いろいろカッコイイのは確かだし。だから」

 

 絶対、負けたくないんだ。

 

 対戦相手が間違いなく思う感情も、寸分たがわず穂乃果は意識し言葉を区切る。単に決闘そのものの重要性のみではない。事前に知り得た情報と直接接した印象から、彼女もまたにこをかなり買っていたのである。加えてかつて自らを鍛えた人物との兼ね合いも、穂乃果の戦意を鋭く研ぎ澄ませつつあった。常とは異なる反応に対し、海未はあえて追求せず落ち着いて応じる。

 

 「私も負けてほしくありません。どれだけ優秀な相手でも――それこそあなたより上だとしても、私が引っ張ってほしいと思う相手は高坂穂乃果、ただ一人です。月並みかもしれませんが……必ず勝ってください」

 

 「了解海未ちゃん。それじゃ、行ってきます」

 

 リズムを整えた穂乃果は、手を海未の胸から離しそう言い控室を後にする。雰囲気を一気に臨戦態勢のそれに代えた背中を、今更ながら海未は頼もしく思いつつ見送った。嵐の前の静けさを無事すませた穂乃果たちであるが――

 

 「あんた、お得意のワシワシは遠慮なわけ!?」

 

 「フフフ、にこっち。それはうちのワシワシをご希望って認識でええん? 異様な空気じゃ止まらへんかもしれんよ?」

 

 「できれば手控えてもらいたいところだけど、それで止まった試しにこは知らないわよ?希、そもそもあんたは空気ごときでぶれるような、柔な心の持ち主じゃないじゃないの」

 

 「ん~、にこっちに久しぶりにほめてもらうのは嬉しいけど、うちかてとっさの衝動に乗りたいときはあるんよ? だって目の前の女の子が、長いこと音信不通の親友だったらなおさらやん」

 

 「ふざけた会話にしっかりと本音を混ぜてくる、歩き巫女の親友が変わっていないという事実は読めたわ」

 

 呆れ気味な言葉を、しかし安堵の念強くにこは希にそう返す。彼女たち二名も穂乃果たちとは反対の控室で開始直前の調整を行っていたのだが、とりとめもない会話となったのである。何気なく、そして久方ぶりに行われたこの流れを、親友同士は激戦前しっかりと味わっていた。もう少しこのまま浸りたいとも思えたのだが、あまりそれるわけにもいかず一番の案件をにこは口にする。

 

 「この段階で口にするのもあれだけど、真姫ちゃんに酷なこと押し付けたかもしれないわ。にこがいくら見せたいっていっても、あの子にしてみれば大切な相手同士が戦うことでもあるんだから」

 

 「真姫ちゃん特に嫌がらんかったようにうちには見えたよ?」

 

 「一番尊敬している相手から頼みこまれたのよ? 後後嫌になったとしてもなんとか応じようとするじゃない。まぁ、今になるまで真姫ちゃんが逃げなかった時点で、あの子もちゃんと本気になってくれるんだろうなぁってにこには思えるのだけどね。つか、本気で戦いたいって気持ちと同居して遠慮まで入る経験、こっちは初めてよ」

 

 「そんだけ高坂さん――ちゃうかな? ファーストネーム呼びのアイドル研究部の伝統にのっとり穂乃果ちゃんを買っとる証やと思うな。東條の事情とか諸々抜いて、にこっちとは別の方向で天性のリーダーって感じやし。だったら、ここは特に気負わずぶつかって問題ないと思うで?」

 

 にこの本心を証明する格好で、希は高坂穂乃果というトップをそう評する。東條分家という特殊なフィルタが存在するとしても、それ抜きで彼女はこのカリスマを親友同様に評価しているのである。側面支援という形で穂乃果と関わってきたのだが、事態が進んだ現状となれば一刻も早く直接混じりたいと希は思いつつあった。そんな心理はにこも同じなのか、軽い肯首ともに返答が返ってくる。

 

 「ま、にこ達の考えすぎってやつね。そろそろ時間だし、ぶつかってくるわ。審判役の真姫ちゃんには絵里がついてるし、万一あっても――というか、物理的被害だけなら序列入りのあの子なら平気じゃない」

 

 「せやな、後はしっかり行こう? にこっち、行ってらっしゃい」

 

 「ええ、行ってきますとだけこの場では締めるわ」

 

 一言にこはそう告げて、控室を後にする。すでに訓練場には魔法装束姿の穂乃果が待ち構えており、審判用スペースには真姫と絵里が控えている。貸し切りのためがらんどうとなっている客席には凛・花陽・ことりが張り詰めた空気がいつはじけるのか注視するように視線をフィールドへ注いでいた。決選直前の気配に乱れることなく、にこも魔法兵装を起動し、フィールド中央で先客の穂乃果と対峙する。

 

 「言うべきはこれから示すとして、にこの申し出を受けてくれてありがとね」

 

 「こちらこそ、真姫ちゃんが一番尊敬する人とこうして戦える機会を得られたんですよ? その点、感謝します」

 

 「フン、良い返しね。だからこそ」

 

 ――勝ってやる!

 

 互いの気合と魔法の発動音が混ざった轟音が、瞬間訓練場一帯に響き渡る。あっという間に魔力弾と剣戟の応酬が高速で繰り広げられるのだが、意外にもその構図はにこが穂乃果に接近戦を挑むものだった。二丁拳銃型のアンタレスであるなら初動は中距離より戦うものであるが、あえて原則を崩した彼女は効能を実感する。

 

 <案の定、攻撃速度そのものはにこと比べて遅いのね。攻撃一つあたりの威力と精度は尋常じゃないけど、返しに間があるわ。とにかく、ここから突き崩せば……>

 

 自らの被弾のリスクを顧みず、にこは至近距離から魔力弾を魔法と多弾製造で繰り出し続け、そう考える。直接攻撃力はもちろん、ブラックボックスじみた生体技能でも劣勢と判断した彼女がとった戦術は、間合いを詰めての速攻だった。攻撃速度で優位にある点を活かし、切り札を切る前に勝負をつける。相手の得意な間合いでの戦闘によるリスクを甘受しても、にこは果敢に攻勢に出たのである。

 

 「多弾製造・拡散弾(マルチパレット・スプレット)!」

 

 「弾速と散弾範囲が広い――」

 

 「だけじゃないわ、つなぎやすいのよ! 音速弾・集針式(ソニック・ホーネット)!」

 

 「貫通きの、うっ!?」

 

 最小の被弾で散弾型の魔力弾を避けた穂乃果は、しかし動きを一瞬鈍らせた隙を衝かれ高速魔力弾を食らってしまう。しかも防御貫通性能を高めているのか、強固であるはずの魔法装束を無視し打撃を与えたのである。重く入った一発に熟練の戦士たる穂乃果もよろめくが、なお闘志衰えず反撃の一手を分析する。

 

 <こっちの嫌な攻め方を受けているけど、それにしたって穂乃果が決定打を食らったわけじゃない。よろめかせるのが精々で、本命はある程度隙のできる一撃を撃ってくるはず。向こうもそこを承知で仕掛けているんだから、付け目はあるよ>

 

 先ほど以上にて数を増やした魔力弾の弾幕を、穂乃果は得物のアンサラーで的確にさばきつつそう考える。戦闘開始から先ほどの被弾まで押され気味の彼女であるが、受けたダメージそのもので見ればさほどではないのである。魔法装束はもちろん彼女の使う防御魔法の出力が高いこともあり、被弾と引き換えでにこの攻め手を分析できてもいた。そこから割り出された仮説は、メインでない戦法をとっているとみなせたのである。ならばそれによるぼろが出る瞬間まで粘り、叩く。実行となれば決して一筋縄ではいかない一手を、しかし穂乃果は楽しさを感じつつも冷静に待ち構える。

 

 「ジャブを何発も繰り出すだけじゃ、穂乃果は墜とせないよ?」

 

 「へぇ、だったらこのまま墜として」

 

 「そっちを逆に、倒すから! シャイニング・ストライク!」

 

 「アガァッ!?」

 

 多弾製造を繰り出そうとしたにこは、しかし一気に懐へ繰り出されたアンサラーの突きをもろに受けてしまう。刀身に光の魔力を帯びた一撃は、高密度の貫通魔力として彼女に少なからずダメージを負わせたのである。それで倒れるというわけではないが、これまでと異なりにわかに動きを速めた穂乃果が第二撃をすかさず繰り出す。

 

 「シャイニング・スラッシュ!」

 

 「やば、回避――がっ!」

 

 「やっぱり穂乃果の読み通りか。そっちの生体技能、使用時の脳負担が大きいんでしょ? さっきまで至近距離からやたら目ったら使ったせいで、動きが鈍ってるじゃん。だから、隙にもなる」

 

 「ご名答。さっそく見抜いてきたのね……」

 

 突きと水平斬りを応急的に回復させつつ、にこは穂乃果の指摘にそう返す。彼女の多弾製造含め、生体技能という能力は保持者の肉体を基軸に魔力を動力として発動する。とすれば必然的に能力行使は魔力と同時に体力を消耗し、脳を初め全身ないし一部の肉体部位に負担をかける格好となる。多弾製造の場合、保持者のイメージで生成される魔力弾の効果が決定される関係柄、特に脳への負荷が大きいのである。

 

 故にこの欠点を自覚するにこがとるべき対処は、至極シンプルなものだった。

 

 「じゃあ、こいつでチェックメイトと行きましょうかね? 多弾製造・時限式(マルチパレット・ピリオドシフト)……」

 

 「時差式で発動する射撃魔法でも仕込ん――で!?」

 

 「その程度の驚きじゃ、まだまだ足りやしないわよ? 何しろ展開予定の魔力弾発射スフィアは合計160基。発射する魔力弾も特殊だし、発射スフィアは魔法で賄ったから時間は食ったけど……当てれば問題ないわよね。重力弾(グラビティパレット)っ!」

 

 「ウッ! これは……重力負荷弾!?」

 

 直接打撃よりも命中対象に平時の十倍以上の重力負荷をかけると思しき魔力弾を食らい、穂乃果は見事に不意を打たれてしまう。そうこうするうちにも発射スフィアは彼女を包囲する格好で続々と展開され、魔力弾を生成し始める。激痛をこらえていると傍目にわかるほどつらさをにじませながら、しかし勝利を確信した笑みを浮かべにこは告げる。

 

 「今のでとっさにはもう動けないでしょ? それに、デビュー戦でみせた生体技能でもこのラッシュは防げないわ。魔力密度に比例して分解炸裂する層と、高密度魔力の層をセットに五重までした、切り札ですもの。理論上なら真姫ちゃんの回復速度を超えてダウンをとれるこの攻撃、味わいなさい。徹甲弾・斉射(ヘヴィーシェル・フルファイア)!」

 

 斉射を冠した技の名の通り、延べ160のスフィアから一斉に放たれた大型魔力弾は、寸分違わず数の暴力をなし穂乃果に炸裂する。にこが扱う多弾製造の中でも特に威力の高い徹甲弾は、当然ながら負担も大きいものである。それを150以上展開し、まして時差式での発動にしたということは、以降の戦闘を事実上不可能にするものだった。加えてこれまでの戦闘での負荷もあり、もう立つことも怪しい彼女だが、眼前に広がる爆風と爆音を見分し心底安堵したのである。

 

 <やば、意識飛びそうだけど……とにかく勝てたかしら? あいつが神髄出す前に勝負をつけられたみたいだけど>

 

 「さすがに今のは……穂乃果でもきついよ? というか、昨日ぐらいまでだったら倒れてたし。けど、間に合った新しい能力のおかげで何とかなれたかな? ともかく、これでこっちが王手になれたけど」

 

 「徹甲弾をあれだけ食らって、戦闘ができるの!? そもそもあれは防御魔法で防げるものじゃ、ないのよ!?」

 

 「防ぐでも弾くでも切り払うでもなくて、吸収したとしたら?」

 

 右のガントレットと半袖コートの袖が吹き飛び、全身至る所の魔法装束が破損し血を流す穂乃果は、しかし余裕をもってそう返す。確かににこが繰り出した徹甲弾は防御不能というべき代物であり、回避ままならず瞬時に150発以上食らえば致命的に違いなかった。しかし、うっすらと彼女の全身を覆っている桜花白翼が、一見の不可能を可能としてしまう。なぜなら穂乃果の生体技能は、決して攻撃一辺倒の能力ではなかったのである。

 

 「避雷針のシステムって知ってる? あれは落雷を意図的に地面に流して回避するものだけど、魔力でも再現は利くんだよね。だから、穂乃果はそっちの技に対して、魔法と桜花白翼でアースを構成して、対処したの。それでも、大分食らっちゃったんだけどね」

 

 「でたらめじゃない……」

 

 「勝つための最善手に、でたらめも何もないでしょ? 穂乃果にだって、譲れないものがいっぱいあるんだから、勝たせてもらうよっ!」

 

 <負けるの!? ここで、希と絵里が、真姫ちゃんが見ているこの場で、矢澤にこが負けるの!?>

 

 迫りくる巨大な桜色をした大翼の刃をまとった穂乃果の一振りを前にして、しかしにこは確定的な敗北の認識を拒否してしまう。どれだけ対戦相手を評価し差を理解しても、結局彼女の本質は強い負けん気であり、命ある限り抵抗するものなのである。ただそうであるとしても当人を含め敗北は覆らないと現場の誰もが確信していた――筈である。

 

 「ふざけてんじゃ、ないわよ」

 

 だが件の確信は、あっけなく覆される。奇跡でも突発的な事態でもない、己に課した禁忌を、矢澤にこが破ることによって、激変してしまう。亡き親友より託された、巨大な力を解き放ち、攻撃を受け止めることによって。

 

 「背負う情熱とか仲間とか、まして真姫ちゃんのため以前に、あっちゃいけないのよ! 手を残して敗北なんて馬鹿なこと! そんなことやらかしたら、何より自分に顔向けができないのよ! にこの在り方を決めるルールの方が、あいつの遺言を果たして真姫ちゃんのためにつながるのよ! だから」

 

 穂乃果の止めの一太刀を、突如自らの背から噴出した黒い回路式や科学式状の翼でにこは受け止め吠え続ける。親友を目の前で亡くしたあの日、彼女は件の友からある能力を託された。実際に発動するのは初めてであり、発動のタイミングもその時受けた言葉とは異なるのだが、諸々の要素をにこは一切弾いたのである。故に具現化された激情として顕現される翼は、託した親友――西木野実姫の思惑を上回る出力を発揮する。

 

 「力貸しなさい、実姫ぃいいいいいいいいいっ!!」

 

 翼で穂乃果の剣を弾くや、にこは絶叫し噴出を限界まで高める。文字通り己がすべてを燃やすまでして発動されたジョーカーは、眼前の強敵を上回る力を拡大しつつ示していた。かくしてスクールアイドルプロジェクトの今後を定める決闘は、常識を超えた血戦と変容し、第二幕を始めるのであった。

 

 

 

 

 天災とは人には対処できない脅威である。

 

 厳密には科学と扱う人間の進歩により克服しえた面も相当あるが、それでも異常気象や地震にたいしいまだ脆い。故に過去にはこれらを鎮める祈祷や自然信仰――人知の及ばぬものとし畏れ敬うという概念すら発生した。科学の進歩著しい現代においても、ひとたび大規模な自然災害に巻き込まれ、トラウマになる例も存在する。つまるところ、いまだ人間は自然に対し、適い切れていないといえる。

 

 それほどの脅威。

 

 のみならずそれが一つどころか二つ存在し、意志まで併せ持ち激突する。

 

 人間にとって悪夢と形容すべき案件が、不幸にして勢いを増しながら、現出される。互いの切り札を切った高坂穂乃果と矢澤にこの決闘は、戦闘を通り越した意志を持つ災害同士の激突と化したのである。

 

 「何なのよ、この戦いは……」

 

 主審スペースで試合を観戦する絵里は、眼前で繰り広げられる災害同士の戦闘を評し、本能的にそう呟く。真姫による増強と各種魔法により堅牢なはずの訓練場が、至る所で轟音と爆発にさらされ傷つく様子はそれのみでも破滅的だった。しかし()()()()のみならば、彼女は恐れなどしなかった。自身はもちろん序列入り等の実力者は該当するし、それらを物理的にねじ伏せる戦闘スタイルが絢瀬絵里なのである。彼女が根源的に恐れる要素というと――

 「異質、ですね。穂乃果もにこちゃんも。お姉ちゃんは、こんなことを望んでいたんですか?」

 

 「実姫の望みとか以前に、平気なの真姫!? 高坂さんの全力も、にこから出てきた別の生体技能も、物理的な領域の代物じゃないわ! あんな能力、綺羅ツバサぐらいの特殊な代物じゃないの。それににこから出てきた翼」

 

 「事象解析(アテーナライズ)、ですよね」

 

 異常の一端といえる要素を、絵里とは対照的に淡々と真姫は口にする。同じ生体技能保持者として、何より身近にかの翼を扱う人物を知る身として、彼女はいち早く事態を察したのである。そして大まかではあるものの、その経緯も読み取れた。意表を衝く言葉が出てきたこともあり、絵里は反射的に質問をぶつける。

 

 「あれが事象解析だとして、どうしてにこから出ているの!? 発動媒体が身体になる以上、人間が持てる希少技能って基本的に一つだけなのよ!?」

 

 「二年前の事件で、お姉ちゃんが最期の力で回復と同時ににこちゃんに仕込んだものになる筈です。かなり準備を必要としますが……人間に生体技能を移植することは可能ですから。お姉ちゃんがなんでああしたかはわかりませんが……」

 

 「そうよね。私の記憶が間違いじゃなかったら、にこの翼ってかなり危ないんじゃないの? あなたならともかく、ほとんどの西木野一族にとってバカみたいな負荷でしょ!? 実際、実姫だって使った戦闘の後は倒れてたじゃない」

 

 「はい。お姉ちゃんの切り札でにこちゃんも使う理想勝翼(イデアスウィング)は、極限まで出力を高めた事象解析を噴出させ、翼として用います。元来の解析や無力化はもちろん、飛行能力や純粋威力も高いし、噴出の形態の応用がききやすいです。だからこそ、絵里さんのいうようにあの技は……西木野一族にとって負荷の意味で諸刃の剣です」

 

 淡々と、しかし内心ににこへの不安を抱えながら、真姫は件の翼を説明する。直接攻撃の生体技能でない事象解析であるが、相当の修練を積めば絶大な攻撃手段としても機能するのである。しかし、効果発揮のため極限の出力を長時間強いる理想勝翼は、代々事象解析を有する西木野一族であってもとてつもない負担だった。まして西木野ではないにこが使用したとなれば、命の危険に直結しかねなあったのである。

 

 <媒体のおかげで普通に理想勝翼が使えるとして、理想強化(イデアスプラス)理想強化まで発動しているのはどいうことなの? 保持者の意識が続く限り、魔力と身体能力を上昇させ続けるあの技は、理想勝翼以上に危険なのに。にこちゃん、あなたは自分で何をしているのかわかっているの!?>

 

 事象解析の最高保持者として、さらに踏み込み真姫はにこの異常を考察する。遠目であるものの彼女の全身に回路図状の事象解析が展開されており、すぐに正体がつかめたのである。最高の攻撃と最高の強化の併用は、異質な力を振るう穂乃果であっても互角の戦闘を可能とするほど強力だった。しかしその代償は、力に比例した破滅への驀進なのである。このリスクを理解しているはずなのに、あえて力を使い続けるにこを思うと、真姫はあらゆる意味で不安覚えてしまう。

 

 <師匠の――実姫師匠いう通りの『本物』の技能保持者だよ。能力の発動もいきなりなのに、平然と使いこなしてこっちに肉薄してくる。気を抜けば負けるし負けられない一戦なのに……燃えてくるな?>

 

 また一方の当事者として、穂乃果もにこの猛攻を迎え討ちつつそんな感慨を抱く。希の目撃通り実姫に師事した彼女は、師の親友が実力を改めて評価したのである。現在に至るまで高速戦闘を続け、大負荷であるはずの生体技能も積極的に用いる姿勢。現在に至るまで見せ続ける高度な戦闘技能。何より強靭な勝利への執着。これほどの相手なら下についたとて喜んで戦える相手と、手放して穂乃果は思えたのである。ただし、これら肯定的な評価は、別の方向に向かうものだった。

 

 「譲る道理じゃ、決してないんだよねっ!」

 

 気合とともに桜花白翼を乗せたアンサラーの一太刀を、一切の躊躇なく穂乃果は繰り出す。実力も気概も評価に十分値するからこそ彼女はひくべきではないと思えるし、如何なる相手でも止まるつもりはなかった。世間は矢澤にこを挫折から這い上がった叩き上げと評し、高坂穂乃果を天駆ける天才と評するだろうが彼女の認識は違う。かけがえのない存在を眼前で失い、奪還の手段としてあらゆる策をいとわぬほどの狂気じみた覚悟をこの少女は有していた。この狂おしいまでの一念こそ、生来天真爛漫な穂乃果がその良さを損なわず対極な合理的思考パターンを会得する理由となったのである。故に、たかが所属校内での戦闘程度で音を上げるつもりなど、さらさらなかった。

 

 「あなたを叩き潰して、穂乃果は先に進むからっ! 桜花半月斬(ルーハーフムーン)!」

 

 「こっちのセリフでしょうがっ! 多弾製造・幸運弾(マルチパレット・イデアスシェル)!」

 

 半月状に前方一帯をまとめて切り裂く桜色の斬撃と、事象解析の効果を加えた大型魔力弾激突し、爆発と金属同士の激突のような轟音が鳴り響く。一撃の身でも強力な代物であるが、穂乃果の繰り出す斬撃波は第二第三と続き、にこも都度強化徹甲弾で迎撃する。小技や技巧の化かし合いを通り越し、必殺の一撃の応酬と化した戦局を、猛烈な負荷にさらされつつにこは勝機を確信する。

 

 <スピードと技量は五分で、攻撃力そのものはこっちが現状少し上。負担がやばいけど、逆を言えばそれまでに勝負をつければ問題ないわ。見様見真似だけど、実姫の能力なら今のところ……何とかなってるし>

 

 多弾製造の銃撃と、理想勝翼での打撃と突風を繰り出しつつ、にこはそう考える。実姫が最期の力で行った自身の治療と『切り札』の授与は知っているものの、実際に切った結果は予想を超えていた。初めて展開される能力、異質な力とも撃ち合える効能、そして多大なる負荷。親友として隣にあり続けたのに、初めて思い知らされる事象解析が持つ真相の力に驚くも、にこにとって些末だった。たとえ一時的であれ、怪物と対等に戦えているのなら、この場において後は軽微なのである。故ににこは、限界の近さを訴える肉体を無視し、更なる能力を発動する。

 

 「多弾製造・理想虹弾(イデアスレインボー)!」

 

 「魔力弾の雨あられ程度じゃ――ってあの種類は!?」

 

 「あんたの翼、たいていの魔法なり生体技能に対応して防御が適応されてるみたいだけど、六十種類分の攻撃ならどうかしらっ!?」

 

 <弾速も威力も効果までばらけてくるとつらいけど……!>

 

 火焔や氷結、電撃など一発ごとに性質の異なる魔力弾六十発の接近を前に、穂乃果は思わず焦ってしまう。桜花白翼の対魔法防御の性能は折り紙付きではあるが、基本的には特定攻撃ごとに対抗魔力を展開しての形なのである。故に複数種同時の攻撃に対して本質的な難があった。それでも練達によりこの点は補いが聞くものの、ここまでの同時攻撃では対処も間に合いきれないのである。

 

 「だったら、直撃より早くこっちが攻撃をっ!」

 

 「知っちゃあいるのよ! |理想破撃・弾式《イデアスインパクト・タイプパレット》!!」

 

 「実姫師匠の、切り札っ!?」

 

 「残念だけど、あんたの師匠に親友が改良を加えたバージョンよっ! 墜ちなさぁいっ!!」

 

 魔力弾の雨から逃れるように接近した穂乃果めがけ、にこは左右のアンタレスから超高密度に圧縮した事象解析の弾丸を発射する。限界まで高めた事象解析の打撃と内部破壊による大技――『理想破撃』は本来打撃ないし斬撃として繰り出されるものだった。しかし実姫の隣でこれを観察し、今また事象解析を扱える彼女は、射撃形式として繰り出したのである。完全に虚をつく形で繰り出された二撃と多数の弾丸は、一切の対処を許さず穂乃果に直撃し、大いに後方へ吹き飛ばす。これによる勝利を確信したにこであるが、しかし同等の一撃が次の瞬間迫ることまで気づけなかった。

 

 「まだ、まだ攻撃は……あるんだからっ! 桜花処刑斬(ルーエクスキュージョン)!!」

 

 「この――ってあああああッ!!」

 

 「流石、さすがですよ……予想よりもずっと強いけど、それでも穂乃果は立ててますから。とどめ、さしますよ!?」

 

 「にこより血まみれしてるやつにあれこれと――いわれるまでも、ないじゃないっ! そいつは、こっちのセリフよっ!」

 

 <あれだけダメージを受けて、あれだけ生体技能の負担が入って、まだ二人とも戦うの!?>

 

 魔法医療の第一人者として、二人に縁深い審判として、何より同じ仲間の西木野として、真姫は眼前の戦闘に内心悲鳴してしまう。その闘志も繰り出さんとする攻撃力も衰えるどころか最大に増す穂乃果とにこであるが、両名の肉体は危険域に達していた。戦闘による肉体被害もさることながら、それ以上に数瞬のうちに暴発しかねない過剰な魔力が肉体にたまっているのである。奇しくもそれは、絵里が生死の境をさまようこととなった体内魔力暴走と、酷似する展開だった。真姫ほど見識がない他メンバーであっても、一瞬で双方危険になりかねない。誰も望まぬ――しかも物理的にも論理的にも止める術などないと思われる悲劇への激突が、今まさに起きつつあったのである。

 

 ただし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 「長く続いたけどにこ先輩、これで」

 

 「そうよねぇ高坂穂乃果、終わりに」

 

 「なんて、私がさせないんだからっ!!」

 

 必殺を繰り出そうとする穂乃果とにこを上回る大音声と魔力が、訓練場一帯に解き放たれる。瞬間二人が纏う生体技能よりもはるかに巨大な白い翼が、両者を拘束し効果を発動させる。一見なら生体技能の解除だが、魔法医学に心得がある者が見れば非常に高度な危険域魔力に満ちた体内治療と魔力除去と読めるのである。あまりの事態に発動者を除いた面々は事態をつかみかねるも、発動者はまるで意に介さずさらに吠える。

 

 「何で……何で、二人はここまでして戦うの? 戦う相手は、これからの仲間なんだよ? 憎み合ってる、敵じゃないんだよ!?」

 

 治療を行う声の主は、しかし行為と同じくセリフもまたとっさのものとして紡がれる。本来の彼女の意識では、本気をぶつけ合う者たちを止める根拠というものは存在していないのである。しかし、眼前の破滅的な戦闘と、それ以上に二人から学び落とし込んだ正しさが彼女を突き動かしたのである。故に少女は、本能ともいえる深層から出る激情を、言葉に変えて語りだす。

 

 「戦いは、想いをぶつけて分かり合ううためのものでしょ? 自分を自分で傷つけてまでするものじゃ――尊敬しあった相手とするものじゃ、ないでしょ!? 答えてよにこちゃん! 答えてよ穂乃果! こんなこと、こんな悲しいことμ‘sじゃあっちゃ、いけないのよ!!」

 

 涙ながらに叫ぶ少女――西木野真姫の絶叫は、狂熱の巷にあった訓練場すべてを、一瞬にして冷水を浴びせたがごとく鎮めさせる。穂乃果もにこも、そしてそれ以外観戦の面々も、事態に追いつき切れていないものの常ならぬ真姫の強烈な意思は理解しつつあった。だが件の当事者といえば、絶叫と治療を終えるや明らかな動揺と驚愕の色を示したのである。よって出力の結果は、年頃の少女としてある意味順当なものであった。

 

 「ちょ――ちょっと、真姫!?」

 

 「真姫ちゃん!? って、回復されてもあの激戦の後じゃ」

 

 「真姫ちゃん、にこ達も勢いに乗りすぎたけど」

 

 「みんな落ち着きぃ! 細かいことも複雑になりそうなことも全部後回し! 今やることは一つ、この場を収めてくれた真姫ちゃんを今度はうちらみんなでフォローすることやで! うちがプラン出すから、とにかくみんな合わせて!」

 

 とっさの事態に訓練場から逃走した真姫に面喰う一堂に対し、控室から出た希は一喝と同時に対処案を提示する。心理学のプロたる彼女には、現状真姫は精神的に非常な危機に陥っているとすぐさま見て取れたのである。かくもとっさの状況故、反応を待つことなく希もまた訓練場を脱兎のごとく後にする。かくて手合わせ程度の意味合いだった決闘は、μ‘sの要三名が抱える本質と欠陥を浮き彫りとする形で終わりを迎えたのであった。

 




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