ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 初ライブを終え、次なる戦力増強へと動き出す穂乃果たち。そんな折一年生各員は各々のやりたいことを徐々に見出していく。その果てにあるものは――? とまぁ予定よりやや遅れましたが、沼田式ラブライブ!再動と相成りました。まきりんぱなとユ~具合な最新話です。


第四話

 

 勝利ははた目にどう見えるか?

 

 たとえその過程でどれほど損害が出たとしても、微細に見れば戦果が些末であったとしても。勝ちには違いないのである。故にそれはどれほどの言葉にも優り、説得力を帯びて影響する。歴史においても、一回の局地戦が大勢を決するような価値を帯びる例すらあった。

 

 そうした勝利をつかみ取った穂乃果たちは、慢心することなく最大限利用し次の手を打ちつつあった。

 

 <ええと、私ってどうしてここにいるんだっけ? まだ正式なメンバーのはずじゃあないんだけど……>

 

 今更ともいえる案件を、眼鏡アイドルマニアの小泉花陽はふと考える。だが傍目から見るなら、彼女の現状取る立位置はかなり明確なものになりつつあるのである。加えるならば、件の現状にそのまま身を委ねたとしても自他双方問題なく推移する確信もあった。ただそうした明白なレールが引かれているがゆえに、ただの十五歳にすぎない花陽はためらわざるを得なかったのである。それは――

 

 「ねぇねぇ、今度使う予定のダンスプランだけど、小泉さんどう思う?」

 

 「ええと……露骨なテーマの打ち出しは慎んだ方が良いと思います。皆さんとも強烈な素材としての属性を持っていますし、さりげなさ重視の積み上げで行くのが良いかと。何より、バトルパートでの点に売りを出す面が強いなら、あっさりとしたライブパートも手だと」

 

 「今更ですが、スクールアイドルへの造詣は本当に目を見張るものがあります。魔法なりダンスなりは、私たち自身や真姫の事象解析で進められますが……目の肥えた観客と審査員を魅せるのは別ですからね。本当に、感謝の限りとしか言いようがありません」

 

 「そんなことないですよ~。私なんて先輩たちや西木野さんに比べたら、ほんのエキストラみたいな立ち位置にすぎませんって。実際、ごく軽くした私の提言がとんでもない質になってライブに表れたじゃないですか」

 

 心底から褒めるような海未の言葉に対し、若干照れ気味に花陽はそう返す。昼休み時彼女は空き教室にてスクールアイドルメンバー四人と過ごしているのだが、その席でライブの相談を受けたのである。ファーストライブ以降彼女はしばしば穂乃果たちの誘いに応じ、がアイドル関係の話題で重宝された。通常なら同じような雑談と考察がしばらく続くはずであるが、この時ばかりは常と様相が異なった。

 

 「謙遜している割に、毎回顔を出して嬉しそうに乗ってくるのも珍しいって感じるのは、私だけかしら? ほぼ箱入り状態だった私だから言えるけどさ、人付き合いって疲れる面もあるのよ? それも有名人クラスとなら、余計そうじゃない。にもかかわらず、足しげく通うには相応のわけがあるって踏むわ。そうでしょ? 小泉さん」

 

 「それって……遠回しの勧誘ってことですか?」

 

 「そういい返すあたり、自分でも自覚があるんじゃないの? その上で聞くけど、勧誘だとしてどうしたいの? 取り敢えず、アイドル関係の知識と魔法技術全般だけ見るなら、加入と同時に即戦力になりえるわ。ソロでのスキルコンテストじゃない、チームでのスクールアイドルはさまざまな要素があった方が強いんですもの」

 

 「チームでのスクールアイドル……かぁ。だったら私だけ今加入するには、ちょっとはばかりがありますね。ええと、誰かと一緒じゃなきゃ不安とかじゃなくてですね」

 

 「加入によって……その相手が抱える傷を何とかさせるつもりなの?」

 

 近い事例を身近に抱えている真姫は、察したようにそう確認する。これまで彼女たちは花陽に対しそれとなく加入勧誘を行ったのだが、決定的な合意に至れていなかったのである。ただ、それでも加入とスクールアイドルへの関心について、かなりの熱意を持っているとは感じられた。それだけに、踏み込めない理由に届いた真姫としては、あらゆる意味で身構えざるを得なかったのである。

 

 「ありていに言えばそうなる……かな? やっぱり自分が原因になったことでもあるから、筋をつけたいって気持ちがありまして。すっごく変なこと聞くかもしれませんけど、西木野さんは私が小学生のころ、アイドルオーディションに通ったって言ったら意外ですか?」

 

 「運動神経以外は魔法技能もルックスもかなりの域でしょ? スクールじゃないプロのアイドルでも魔法技能による演出もメインになりつつある現状だと、どこか採用ってケースも違和感はないわ。ともかく、すごいことじゃないの」

 

 「そのすごいことで少し舞い上がったって言っても、ですか?」

 

 「過去の小泉さんの事情は存じ上げていないので何とも言いかねますけど……オーディションに合格したことをクラスに話したら、妬みを買ってしまった格好でしょうか?」

 

 ひとまず穏当であろう推量を、海未は口にする。あたりさわりをできるだけ避けたつもりであるものの、同時に現状において妥当と判断したのである。その読みはおおむね正解だったらしく、問われた花陽はまず首を縦に振った。ただし、続く内容は彼女の想像を超えたものとなる。

 

 「クラス過半数から無視されるは教科書破かれるは、机に花瓶置かれるわって……要するにいじめられちゃいました。それも大分参っちゃう具合ですけど、一番つらいとこは解決の時だったりします」

 

 「解決の時? ニュースでマスコミに追いかけられたとか?」

 

 「いじめの主犯格のクラスメート八人から魔法含めて暴力を受けていた時……駆けつけた星空凛ちゃんが――私の幼馴染が助けてくれました。いじめ相手を、生体技能を使って瀕死近くまで追いやって」

 

 早々表に出せる沙汰でない事態の肝を、静かに花陽は口にする。幼心に血生臭く、そして一番の親友に大きな傷を残したこの事件の結末を説明することは、誰であっても彼女は苦痛だった。しかし、穂乃果たちの誠意をこうも前にし続けている以上、引くわけにはいかなかったのである。茫然とする四人を前に、さらに花陽は詳細を話し出す。

 

 「結果だけ見れば死者とか後遺症とかがあったわけでもないし、凛ちゃんも事態柄お咎めなく終わりました。もちろん、私も後遺症どころか傷跡も残らず元気になれましたし。ただ、事件以来凛ちゃんは心に傷を負いました。自分の生体技能があそこまでの惨禍になったことと……泣きながら私が止めに入るしかなかったことに」

 

 「生体技能の暴走とも取れる自体ですけど……確かにそれはトラウマになりますね。良かれと思ってやったことが、最悪すれすれともなれば、確実に」

 

 「このあたり私と海未ちゃんに比べたらかわいいっていうわけにも……いかないか。穂乃果ちゃんを傷つけるなんてこと、絶対嫌だもん」

 

 <私が口に出せる立場じゃないけど……これってスケール的に大丈夫なの? あの二人の詳細まではわからないけど、七年前のごたごたってかなり危ないものだったわ。どうするのよ、穂乃果>

 

 衝撃を受ける海未とことりを尻目に、内心で真姫はそう考える。確かに二人も眼前の花陽と同じく能力に伴う失敗をやらかし、今なお苦い記憶として残っている点では共通する。だがランク4,5ほどの彼女とは異なり最高位たる序列入りとなるとどうしても規模が異なってしまう。情報隠ぺいあるにせよ、第四位が終末戦争を引き起こしかけたとか、第六位が超巨大台風を起こしたという話は一時出回った。そうした規格外がいくら親身に助言したとしても、花陽にどこまで響くか怪しいものがあった。

 

 「厄介で長引きそうなことだよね……私も似た事例が身近にあるから、共感できるよ。ところでさ、そんな小泉さんの気持ちって星空凛ちゃんにどの程度伝えたの?」

 

 「え? それは何というかええと……ぼかして言ってるのかな? 直球でどうこうにはチョットしかねる話題でしたから」

 

 「当事者じゃない私があれこれというのもあれだけど、案外星空さんってこれだから動きをとりかねてるんじゃないのかな? 今の小泉さんと同じで、迷惑をかけてしまって申し訳ない以上どうしようもないって。ぼかされてるとなると、トラウマは相当なものだって思えるんじゃないの?」

 

 「あの元気系の凛ちゃんに限ってそんな……けど、まさか」

 

 「ただね、これも当事者じゃない私が言う形でもあるんだけど、狙い目の状態でもあるんだ。私が調べた限りの星空さんって」

 

 ハッとする花陽に対し、意味ありげに穂乃果はそう告げる。自身の毛色としては正面突破を好む彼女であるが、同時にそこに至るまでの綿密な理論も並行して構築するのである。そのためもたらされる言葉は常に、相手にとって明確かつ妥当なプロセスをもって成立する代物だった。加えて自身に近似の事例を抱えていたこともあり、常と比べ丁寧さをまし穂乃果は説明を開始する。

 

 「小中時代の星空さんの運動系大会出場記録を調べたんだけど、全部生体技能併用部門だったよ。魔法関係にトラウマあるなら純粋な身体能力部門で出場するし、素の身体能力も高い。なのに今も魔法に一定以上手を出し続けてて、内申の兼ね合いもあると思うけどスキルコンテストにも出ている」

 

 「た、確かに凛ちゃんは結構生体技能絡みの大会にも出てますが……もしかして」

 

 「もしかしなくても、魔法に対する強い関心は持ち続けてるよ。それに、個人技だけじゃない、他人のために魔法を使うこともかなり好んでる節もあるしね。小泉さん、これ分かる?」

 

 「ええと、凛ちゃんと私が参加した地域ボランティアの記事で……あ、この時凛ちゃん表彰されたんですよ! 確か参加回数と成績の方が良くて」

 

 穂乃果の指摘にうなずきながら、懐かしい過去について花陽は言及する。自身にもかかわる事情を知られていたのは驚きだったが、思い出そのものはかなり良いものだったのである。だが同時に、ふと眼前の彼女が何を意図しているのか読めてしまった。ある種乗せられたともいえるのだが、しかし事ここに至れば腹をくくるしかないと判断した花陽は、意を決して答えを口にする。

 

 「もしかして……高坂先輩。私が凛ちゃんに魔法は誰かのために使えるんだって実感させれば勧誘できるって、睨んでるんですか?」

 

 「正解♪ 細部の判断を改めてしないといけないにしても、それがベストな選択肢だと私は思うよ。この場の五人でこれから増えるμ‘sの誰にとってもね」

 

 「私もカウントされてるんですね、けど嬉しいかな? なんだかいけそうなお話ですし、こっちもやる気が出てきます。ただ、私のやる気が上がっても凛ちゃんの負ってるトラウマは」

 

 「割り込む形になるけど、一言良いかしら? 多分、私の領分になりそうだわ」

 

 懸念を示す花陽に対し、おもむろに真姫はそう口をはさむ。勧誘交渉は穂乃果の領分と判断した彼女であるが、内容にナイーブさが出てきたとなれば話は別である。求められる答えは少なくとも海未とことりでは不適格であり、穂乃果であっても満たせるか怪しいものに彼女は思えた。部活勧誘という不慣れさに伴う不安を、己が得意分野での自負で補い、真姫は改めて言葉を紡ぐ。

 

 「小学校時代のあなたたちの事件、とてつもなく重いって私でも理解できる。それを踏まえれば勧誘でも、その先の活動でも衝突だって起きるはずよ。もちろん、直接乗り越えるのは当事者同士でやらなくちゃならない。けどね、これだけは絶対に保証するわ。二人がどれだけ傷ついても、もしくは誰かに傷つけられても、西木野真姫が全部守って治してみせる。生体技能でもたらされる力が決して不幸だけじゃないってこと、見せてあげるわ。だから、気になるところだらけだけど……私たちを信じて? ()()

 

 「そんなに真剣に言われたら、信じるしかないじゃない。それにしてもええと――なんで花陽って呼んだの?」

 

 「ヴェエエ!? いや、その、これは――にこちゃんだったらこう締めるって気がしたから言ったのであって。ってなんでにこちゃんの話題こっちから出してるのよ! そもそも、そうじゃなくて……気を悪くしたらごめんなさい。とっさに、近かったから」

 

 「これから仲間になる赤毛のお嬢様が意外と抜けてるところもあるってわかって、花陽としてはシンパシーが持てました。そんなわけでこちらこそよろしくね、真姫ちゃん」

 

 最高峰の天才の意外すぎる一面を垣間見た花陽は、しかし咎めることなく仲間として微笑をもって受け入れる。己とはあらゆる意味で次元の異なる彼女であるが、親しみをこれならば強く感じられると思えたのである。無論、その直前に真姫が宣言した言葉を信じられたのも大きかった。当事者二名が合意に至る中、衝撃の展開から回復した穂乃果たちも話し出す。

 

 「盛大にやらかしたって感じてるけどね真姫ちゃん、なんだかんだで新メンバー勧誘の決定打につながったんだよ? そこは誇っても大丈夫だよ」

 

 「世の中結果オーライって言葉もあるしね。穂乃果ちゃんはもちろんこの手の失敗は海未ちゃんもするんだよ? ついでに言うと、はた目にはすごくかわいかったんだ」

 

 「ことり、余計なことはと……いえそうにないですね。ある種、腹をくくるような感覚をお勧めします。最初は身構えますけど、見れる範囲は広がりますからね。真姫もそうなりますよ」

 

 「うぅう……ああもうっ、そのあたりはもう決めてるってば! でなきゃ、ここまで積極的になりはしないのよ!? とにかく、決めちゃいましょう。新メンバー勧誘作戦の具体的な流れ。やってやろうじゃないの」

 

 穂乃果・ことり・海未と三者三様にフォローされながら、赤面気味に真姫はそう宣言する。予想外の事態とペースにさらされ混乱する彼女であるが、同時にそれを心地良いとも思い始めるようになったのである。かくて流れは星空凛勧誘の具体策に至り、五名の結束は雨から地固まりへ至るのだった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 道具の性能は使い手に左右される。

 

 いかに優れた性能の道具雖も、使いこなせなければ意味がない。無論腕さえあればすべて事足りるわけでは断じてないにしても、一定レベル使い手の技量なり応用力でカバーリングが可能という証座なのである。ただし、逆説的に使い手の技量が同程度であったとするならば、道具の性能によって結果が左右されるという証明につながる。万物に当てはまるこの法則は、現代の基盤ともなった魔法と生体技能にも、恐ろしく端的に当てはまっているのである。

 

 そしてそれは、星空凛にもしっかり該当するのであった。

 

 「よぉ~し、今日も良い感じだにゃ!」

 

 穂乃果たちμ‘sの会合から数時間後の放課後午後四時ごろ、話題の人物たる星空凛は元気良くそうつぶやく。現状彼女は音ノ木坂学院からやや離れた多目的総合運動場にいるのだが、半ば退避的な意味合いがあった。魔法関係施設に充実のある音ノ木坂であっても――むしろそれゆえに施設使用率が非常に高く、個人での利用がしづらいのである。さらに言えば、彼女の場合いささか切実な事情も含まれていた。

 

 <生体技能対応の運動場で全力疾走なんてしたら、凛目立ちすぎちゃうもん。馴染みのここで訓練するのが一番じゃ。そろそろ入部する部活決めなきゃいけないし>

 

 内心そう独語して、凛は自信の事情を顧みる。序列入りクラスの桁違いは別枠にせよ、彼女の持つ生体技能と運用実績はかなり優秀なのである。小中学生時代の公式大会での実績は無論、最近では音ノ木坂で推薦入試の際披露した生体技能使用短距離走記録が際立っていた。何しろ入試時最速記録を更新したうえ、それを踏まえ伸びしろ代と判定されたのである。もっとも当人としては、全力疾走をしたことと無二の親友である花陽と三年間過ごせるようになった結果が大きく記憶されている。

 

 「さて、最初から使ってみよう!」

 

 短く凛はそういうや、クラウチングスタートの構えでトラックのレーンに待機する。一見すれば赤いジャージ姿の明るい茶髪の少女が、長ズボンタイプの裾を膝までまくっているのみであった。しかし次の瞬間、彼女はいろいろな意味で非日常な要素を帯びて全力疾走を開始する。

 

 「いっくにゃあっ!」

 

 独特の掛け声とほぼ同時に、星空凛は生体技能を発動させ疾走する。瞬間彼女のまくった個所に炎が展開されるや、時速百キロオーバーまで加速した。四百メートルトラックをわずか十二秒弱で走り終えた凛であるが、しかし傍目にかなりの結果も日常的なものでしかなかった。

 

 <受験勉強で大分ブランクできたんじゃないかなーって思ってたけど、思いのほか本調子にゃ。最初で百二十キロなら数をこなしていけば自己ベストの百五十キロもいける。よし、頑張るにゃ!>

 

 おおよその目算を意識しつつ、凛なひとまずそう考える。魔力も生体技能も軽く一分程度しか使っていない状態であるが、それでもってこのタイムは上々といえるのである。少なくとも、受験期当時は下半身すべてに生体技能を発動させないとつらい数字だった。故にこの結果は予想よりはるかに好ましかったのであるが、そう感じたのは彼女以外にもいたのである。

 

 「ハラショー、相変わらずすごい走りね。一度見たはずなんだけど、ある意味見惚れそう」

 

 「そんな、凛をほめたって何か出るわけじゃ――って生徒会長さん!? なんでここに? もしかして凛何か校則に引っかかったとか?」

 

 「そんな校則とか規則絡みじゃないし、ほとんど偶然なのよ? 最近はだいぶ無沙汰だけど、生徒会の仕事終って下校がてらここの運動場のトレーニングルームをよく使ってるの。で、今回使って帰ろうとしたら、『生体技能で走ってる子がいる』ってスタッフの話を聞いて覗いたらこうだったってわけ。星空さん、あなたが推薦入試でうちに来た時、生体技能の計測やったの、私だって覚えてる?」

 

 「にゃ、にゃあ……あ、確かそうだったにゃ! 会長さんがストップウォッチとパソコンを使ってて――ええと、驚いてたんでしたっけ?」

 

 トラックのベンチから出てきた格好の生徒会長――絢瀬絵里の不意な質問に、記憶する限り凛はまずそう答える。推薦雖も無試験の入学ではない音ノ木坂は、合否判定として魔法科では面接と実技披露が設定されている。当然この形態で入学を果たした彼女は試験のため現地入りしたのだが、言われると確かに見かけた記憶はあった。とはいえも『目撃した』程度の印象でしかなく、少なくとも自ら話しかけた覚えはないのである。ならばどうして覚えているのかと考える凛であるが、あっさりと回答が絵里より提示される。

 

 「実技披露で星空さんが出した四百メートルのタイム、歴代最速だって言われたでしょ? そんな瞬間に立ち会ったから嫌でも印象に残ったのもあるんだけど、私としては自分の記録が塗り替えられたのが衝撃だったのよ。ああもちろん、恨み妬みじゃなくて好意的な意味でね」

 

 「そうだったんだぁ……けど会長さん、それって入試の時のタイムでしょ? 二年以上もたっているなら会長さんの今のタイムはもっと早いんじゃないかにゃ?」

 

 「ええ、そうなるわ。自慢できるほどじゃないんだけど……何だかんだで鍛えているのよ。入学直後も、あの事件と事故の後も、欠かさなかった」

 

 「あの事件とあの事故?」

 

 「ああごめんなさい、ちょっとしたこっちの事情なの。ところで話は変わるんだけど、せっかくの機会だし確認と助言をしたいんだけど良いかしら?」

 

 危うく妙な方向に流れかけた展開を制し、絵里はひとまずそう提案する。凛との遭遇は完全に偶然なのであるが、同時に彼女はこれを好機と感じていた。何しろ現状眼前の後輩のポジションは絵里にとってかなりの関心事だったのである。あまり露骨にならないよう意識しつつ、彼女はおもむろに質問する。

 

 「私の知る限りじゃ星空さんって……真姫とクラス同じよね? あの子、あなたから見てどんな感じかしら?」

 

 「西木野さんのことですか? 例のスクールアイドル絡みじゃ頑張ってるし、かよちん――幼馴染の小泉花陽って女の子のことですけどあの子とも仲が良い感じです。凛としても悪くないなぁって印象かな……。けどどうして会長さんが気にかけるの? 呼び方も名前の方だったし」

 

 「あの子のお姉さんが私の親友だった縁で、結構長く付き合いがあるのよ。その兼ね合いで仲良くなったから、音ノ木に真姫が入学するって聞いた時には喜ぶのと同時に心配になったわ。何しろここに入学するまで、箱入りに近い状態で過ごしてたんですもの」

 

 「箱入りっていうと、中学までお嬢様学校育ちとかだったんですか? ああでも研究所とか病院って前に話してたから違うのかも」

 

 事前の情報にのっとって、凛は絵里への質問にそう返す。多少ではあるにせよ序列第五位の過去を知る格好であるが、しかし言いつつも彼女はこれのみでは到底ないと思えたのである。案の定、金髪碧眼の生徒会長から告げられた内容は一般人にとって衝撃的だった。

 

 「おおむね間違いでないとしても、実際のところはだいぶ衝撃的よ? 七歳でランク7認定されてから親元から西木野本邸に移されて、そのまままる二年かけて医療技術と生体技能技術の徹底研鑽。結果が西木野一族歴代最速の医師免許取得と序列第五位認定。後は史上最年少ノーベル賞と特許メーカー状態での医療・科学技術の大量生産ね。同族であっても比較的バラバラになりやすい西木野一族が、真姫のデビューで宗家の下結束した格好になるわ。去年真姫が家督を継いでからは、関連相手も含めてあの子が西木野全部を従えてるといえるわね」

 

 「そ、それってもうお嬢様ってレベル超えてるにゃ……けどそれじゃどうやって会長さんが接点を? それにニュースとか聞いた限りじゃ西木野さんにお姉さんがいるって話聞いたことがないし」

 

 「正確には一族の従姉の子なのよ。修行中の真姫のサポート役としてつけられたんだけど、親元から離されたあの子にとっては実の姉以上に慕ってるからそんな言い回しに落ち着いたの。で、その従姉――西木野実姫と私は中学校に入学して知り合って仲良くなって、引き合わせてもらったわけ。入り方が『お姉ちゃんの親友』って形だったから、自慢じゃないけど結構なつかれたわ。それに、私にとっては命の恩人でもあるしね」

 

 「命の恩人っていうと、交通事故とかがあった時に西木野さんに治してもらったとか?」

 

 「これも、おおむねそれで間違いないわ。それもあって色々私としては真姫に頭が上がらないというか、少なからず心配だし応援したいのよ。あの子が自分の意志で外に出て繋がりを作ったのなら、私としてはできるだけ手助けしたいって思ってる。そこでなんだけど、星空さん」

 

 さらなる掘り下げがあるのではと不安を隠しつつ、絵里は本筋へと話題を転換する。現状未行動たる彼女だが、真姫はもちろん穂乃果たちμ‘sメンバーや親友たちの想いに応えたい気持ちは本気なのである。にもかかわらず過去の案件で動けないという現状を、彼女は心底申し訳なく思っていた。故に今の自分であってもできるサポートを行うべく、絵里は言葉を口にする。

 

 「決めるべきはあなただし、無論できる範囲で構わないの。けどもし星空さんの都合が良いとするなら、真姫のことをどうか助けてくれないかしら? 私が真っ先にすべきなんだけど……学年差もあるし事故のこともあってすべてはしきれないの。もっとも、本来なら私と希――今の副会長ともう一人で何とかしなくちゃならなかったことを、いきなり会った新入生に頼み込むのもどうかと思うんだけどね」

 

 「そ、そんな改まらなくてもかよちんが仲良くしてるし、私も気になるからこっちもやりますよ? けど、その言い回しだと会長さんは何かあったんですか? 多分事故で西木野さんに命を救われたことともつながると思いますけど」

 

 「情けない話なんだけどさ、二年前の六月に文字通り私は死にかけたのよ。スクールアイドルライブのバトルパートでA-RISEのメンバーとの対決中に、体内魔力と生体技能が暴走して三か月生死の境をさまよったわ。一応後遺症もなく回復できたんだけど、盛大に失敗した私が果たして昔みたいに真姫にあれこれ指図して良いのかって思うのよ。負傷の原因自体その一月前から続いてたオーバーワークが原因だったし。それにオーバーワークだって……実姫の死を受け止めきれなかった私が悪いんだから」

 

 「事件ってまさか音ノ木坂であった二年目の襲撃事件のことでそこで亡くなった女子生徒が……」

 

 当初の予想よりもあまりに重い回答に、凛は思わず言葉を失ってしまう。自分も花陽のいじめに関して失敗してしまった身であるが、この生徒会長の場合はそれよりも質が悪かったのである。まだ何かあると感じ彼女はさらに聞こうとするのだが、悲しそうに沈黙を保つ絵里を見てとてもそうするわけにはいかなかった。衝撃と困惑により動揺する凛を見て、絵里は自虐的ながらも微笑を浮かべ言葉をつづける。

 

 「あくまでこちらが知る限りだけどさ、私に比べて星空さんは随分状況が良いと思うわよ? 同じ推薦で一緒にいた親友の小泉さんとも仲が良さそうだし、それ以外の人付き合いだって悪くない。何より魔法のセンスも十分ある。これなら、本気になればどんなことに手を出しても高校三年間で成功できるわ」

 

 「会長さん、凛だって全部が全部成功じゃないんですよ!? かよちんとは」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()、失敗があっても取り返しがつくのよ。私はもう、それができないの。逃げ続けた私に、そんな資格なんて……ないんだから。当然の報い、だわ」

 

 資格がない。

 

 当然の報い。

 

 事故以来己を縛り続ける言葉を、今更ながら絵里は自覚してしまう。希がどれほど気にかけてくれても、真姫がどれほど挑み続けても、穂乃果たちがどれだけ結果を残しても止まってしまうのである。我ながらあまりに情けなく、無念が続く事態を当然と処理してしまっていることも彼女は悲しかった。そうであるのに口を出す自己矛盾もまた覚えつつも、もう一つの本題を忘れず絵里は話題を切り替える。

 

 「随分いっちゃったけど、こっちのことはこっちで何とかするわ。でもって、もう一つの助言なんだけど、星空さんの高速移動って改善できるっていえば信じてくれる?」

 

 「にゃ!? うーん、いきなりですけど本当かなぁって気がします。会長さんって音ノ木坂最強を張ったって評判をよく聞きますし。どのあたりなんですか?」

 

 「まだ慣らしの段階って面もあると思うけど、生体技能の発動箇所を絞りすぎてバランスの悪さが目立ってるのよ。発動箇所を膝下ぐらいまで絞れば確かに制御に割ける意識を減らせるわ。けど、そうすると必然的に加速は技能に頼りっぱなしになってしまう。それに、生体技能による変化が全身に及んでいないから動きの無駄が出てくる。今回は魔力だけにしても、安定した広く薄い状態が使えるとこんなこともできるのよ?」

 

 「それは凛としても気になるにゃ――って速い!?」

 

 絵里の説明に興味を抱いた凛であるが、しかし言葉は途中で途切れてしまう。動体視力の良さで視認こそできたものの、先ほど自らが出したほぼ同じスピードで件の生徒会長がトラックを疾走したのである。これだけでも驚きであるが、その速度はさらに増し自身を追い抜くほどだった。あらゆる感情に先んじ驚愕のみが主を示す凛に対し、走り終えた絵里は少し自信ありげに解説する。

 

 「単純な魔力加速でも、全身の内側からまんべんなくふるえば、巡航でこのペースは余裕で出せるわ。訓練はそれなりに必要だけど、できるとなかなか面白いわよ? それに」

 

 「それに――ってにゃぁあっ!?」

 

 「背後もあっさりとれるものだから、あらゆる意味で狙い目のスキルだわ。それじゃ、トレーニングすることがあればまた会いましょう」

 

 「か、会長さん! ってもう行っちゃってるにゃ……けど重い話をした割にそのあと随分明るかったかな? 多分あれは」

 

 凛はそこまで言い終えすらっと後にした絵里を改めて思い返す。直に接した機会こそ今回が初であるが、彼女は生徒会長が見せた二つの面がどちらも本物に思えたのである。盛大な失敗とそれでもなお抱く魔法への強い気持ちという要素は、奇しくも凛自身の経験と重なるものだった。故に凛は絵里への興味と加えて自信の事情を改めて振り返る意識が起きたのである。

 

 <本音で想いをぶつけあえる……そうだとしたら凛の本音は一体何なのかな? それだけじゃない、かよちんの本音や西木野さんたちの本音だってちゃんと知らなきゃならない。それに難しいかもしれないけど、会長さんの本音も凛は知りたい。全部知ってちゃんと想いをぶつけ合えたら、きっと良いことがある気がするから。そうと決まれば>

 

 「行動開始にゃあッ!」

 

 自身らしからぬかなり深めの考察を終えた凛は、気合を改めて入れるや運動場を後にする。あれこれと考えることも悪くないのだが、自身の性分として何か動く方があっていたのである。かくして意外な方面から引き金を得た少女二人は、各々の最善をつかむべく動き出すのであった。

 

 

 

 

 どんな人物にも役割はある。

 

 個人もさることながら、組織単位で動くとなれば、構成員たる面々が何かしらの役割を負うのは道理である。その際当人の希望が反映される場合もあるが、そうでない場合もまた往々にある。ただし、望まぬ役割をあてがわれても有効に働く場合も、その逆もありうる。故に構成員の性質を見抜き適切な役を見つくろうことこそ、組織のトップに問われる資質なのである。

 

 そうして見抜きによって選ばれた西木野真姫は、しかし己の役割を図りかねていた。

 

 <この場に私が呼ばれる意味って、どの程度あるのかしら……>

 

 これからの行動を意識しつつ、真姫は己に与えられた役目を吟味する。花陽の勧誘成功から三日後の放課後、彼女は穂乃果の指示により、星空凛勧誘作戦を実施すべく動き出したのである。とはいえ真姫の主観では、ターゲットの説得は自身よりも、むしろペアーを組むもう一人の領分であると考えた。故に本筋から少し離れて背景についての思索を行うのであるが、そんな彼女の内心を知ってか知らずか相方が声を掛ける。

 

 「何か考え込んでるようだけど……真姫ちゃん緊張してるの?」

 

 「それもあるっちゃあるけど……今回私が呼ばれた理由を考えているのよ。相手を思えば花陽が出向くのは当然として、私に何の意味があるのかなぁって。万一があった時に、一番対処がしやすいのは確かなんだけど」

 

 「そこは言えてるねぇ。ただ、穂乃果先輩――じゃない、穂乃果ちゃんのやり方からして絶対考えあってのことじゃないの? 今回のことだってかなり調べでたし、この人選で行くって話を出された時もWord睨みながら計画書をいじってたから」

 

 「無鉄砲に傍目に見えて、その実恐ろしく緻密に鉄砲も弾薬もターゲットも、そして環境まで最適を見繕うのが穂乃果なのよね。あの徹底ぶりは恐れ入るものだわ。だからこそ安心できてありがたいんだけど……」

 

 「考えの背景とか全体が見えてこないのが玉に瑕って、考えてるとか?」

 

 真姫の心理を代弁する格好で、今回の相方小泉花陽はそう返す。μ‘sの面々で現状新参の彼女であるが、トップたる高坂穂乃果の特徴はすぐつかめたのである。破天荒かつ緻密という彼女の二面性は、次々指示を下す中、傍らのメモ帳をせわしなくめくることに表れていた。一度花陽は件のメモを覘かせてもらったのだが、その詳細具合に驚かされたのである。二ページ程度見たのみで自身はもちろん凛や真姫、その他注目すべき一年生の情報が記されていたのだった。改めて衝撃を振り返っていると、真姫がかねての不安を口にする。

 

 「そんな感じ。あそこまで丁寧にやっていて申し訳ないんだけど――というか丁寧だからこそ、逆に不安もあるのよ。私も知らない何かが、穂乃果に見透かされてるんじゃないかって。付き合い短いけど、彼女がそのことで私に害になることをしないって確信は持てるわ。けど、やっぱり知らないところで動かれるのって、どことなく踊らされてる感じにもなるのよ」

 

 「けど問題がないんだったら、踊ってみるのも悪くないんじゃないのかな? いろんな経験を、最適な形でとれるって意味で。付き合い短い花陽が言うのもあれだけど、初めて会った時と比べて真姫ちゃんって印象が柔らかくなった気がするんだ。なんかこう、無駄に張りつめていた感じがなくなったというか」

 

 「ヴェエ!? ま、まぁ確かに張りつめすぎた感覚は……減ったかな? けど私ってそういうところ出やすいのかしら? 付き合い短い花陽でも読まれちゃうぐらいって相当よ」

 

 「それは真姫ちゃんが友達付き合いの経験がほぼゼロだからだよ。けど、悪くないんじゃないの? 私にはよくわからないけど、多分真姫ちゃんはあんまり感情を表に出せない状況にあったから出せる今の生活ってかなりプラスだと思うな」

 

 「そう、よね。そのあたりも踏まえて、穂乃果はもっと私に経験積んでこいって感じなのかしら? チームで動くならこうしたやり取りは必要不可欠だし」

 

 花陽の指摘を受け、真姫は納得がいったようにそう返す。確かに少し現状を振り返れば、彼女が得つつある経験は心地良いものなのである。基本年上とのやり取りがほぼ全てを占めていた真姫は、常に一定以上の緊張を強いられてきた。それ自体は必須であるものの、どうあがいても精神的な負荷につながっているのである。そうした要素から解放され、人生で初めて同年の友人を得たことは、彼女の在り方を劇的に変えたのである。何しろ初めて対等に気持ちを表せるようになったのだから、その表現が大きくなるのも道理だった。

 

 「私が言うのもあれだし、真姫ちゃんがどうなるかもわからないけど、花陽としては今の気持ちを忘れないでいてほしいと思うの。自分で作った繋がりって、とっても大切なものだから、続けたくもなるんだよ」

 

 「花陽と幼馴染みたいな間柄か……私で、できるのかしら? 友達はできても、にこちゃんたちが戻ってきても、それは今から始まるのよ? それなのに長い時間かけての関係は」

 

 「真姫ちゃんが望んで、そこまで至れるよう頑張っているのなら、絶対できるよ。現に、花陽がそうなりたいと思っているのだし」

 

 「ヴェエエエエ!? ほ、本気として……なんで私なわけ? 自慢じゃないけど第五位の西木野当主、なのよ!? 下手に巻き込まれたら」

 

 「会って間もない相手でもすぐに助けてくれるぐらい優しいクラスメートの部活仲間って、私は信じていますから」

 

 一番の幼馴染と同じぐらいの意識を込め、花陽は真姫にそう告げる。とはいえこれは、決してリップサービスによりモノではなく、彼女を観察して得た答えだった。強大な能力とそれを正しく扱える責任感を持っていながら、意外にも隙だらけの仲間。ギャップの印象以上に、様々な出来事にひたむきに臨もうとする真姫の姿勢に、花陽は好感を持てたのである。故にこのセリフへとつながった次第であるが、立て続けの刺激的な言葉は当人にとって想定以上の威力をもって影響する。

 

 「そんなツヨイセリフいわれたらさ……私、本気になるわよ? 少なくとも、海未かことりの最大出力を食らっても一発で花陽を治せるぐらいの回復は請け負うわ。大船に乗った気になりなさいよね、うん」

 

 「いざって時はじゃあ真姫ちゃんを頼りにしますから。って、凛ちゃん! 早いじゃない」

 

 「大事な話があるなら、さすがの凛も早く動くにゃ。当然ながら西木野さんも一緒で……この教室なら大丈夫かな?」

 

 空き教室で待っていた凛は、来訪した花陽と真姫に対しそう返す。大概の人間から見れば平素の猫チックな女子高生に思えるのだが、しかし花陽が受けた印象は違った。相当な真剣さを帯びた表情と空気は、明らかに尋常ではないと思えたのである。案の定、彼女から降られた話題は相応に重いものがあった。

 

 「それじゃ二人に……ってよりは西木野さんがメインになるんだけど、凛の生体技能って知ってるよね?」

 

 「確か焔狩豹(フレイムチーター)、でしょ? 空想上含めた特定の生物に肉体全てないしその一部を変化させる獣化型の生体技能で、スピードが優秀だと聞いたわ」

 

 「そう、全身メラメラ燃えてビューンって速く走れる凛自慢の能力にゃ。元々足は速かったけど能力に目覚めてからはもっと速くなって、猫アレルギーも治ったの。これ初めてかよちんに見せた時、すっごく喜んだんだよ……」

 

 「生体技能はわかったけど、それがこれからの話とどう繋がるの? 確か、本心を見せるとかだったわよね?」

 

 感慨深くも嬉しそうに語る凛を見て、ひとまず真姫はそう返す。花陽からの話で生体技能へのトラウマがあると知らされているのだが、この話のみならばそうとも思えなかったのである。それ故次の言葉をどうすべきかと考えるのだが、当事者から告げられた内容は衝撃的だった。

 

 「けど、五年前みたいなことは嫌かな? いくらかよちんが男子八人から襲われていても、リアルスペアリブにして相手を食い殺しかけたんだから。後悔はしなくても、かよちんをあんなに悲しませちゃったことは……反省してる」

 

 「凛ちゃん、もう昔のことで誰も死ななかったから良いんだよ? もっとやりたいことをやって良いんだよ?」

 

 「そう、凛はやりたい。かよちんと西木野さんと本気で一緒にやりたい。スクールアイドルの先輩たちと一緒に何かやりたい。それ以上に、もっともっといろんな人を巻き込んで何かやってみたい! だから」

 

 一気に凛はそこまで言うと、不意に焔狩豹を発動させる。ただしその発動範囲は以前のような二の足のみならず、全身に設定されていた。全身変化に伴う変化と連動した魔法装束の展開は、黄緑ベースの忍者装束姿かつ橙色の鬣と体毛が印象的な猫型肉食獣の獣人姿へ至らせたのである。事態の急変に仰天する花陽と真姫を前に、委細構わず凛は己が意志を口にする。

 

 「何かをやるために、凛は本心を知りたい。かよちんも、西木野さんも、他のみんなも、教えてくれる会長さんも、何より凛自身も! だから、ずっと迷って止まってたことをちゃんとぶつけるね? まずはかよちんの本心が見たいから、今から出すこっちの最大出力、ちゃんと止めてね?」

 

 「り、凛ちゃん……その後は、どうするの?」

 

 「花陽!? 本気であれを受けるつもり!? いくら私がいるからって、あの攻撃を食らうのはあなた自身なのよ!?」

 

 「やっと動いてくれた凛ちゃんに、私が何もしなかったら申し訳ないよ。元々防御には自信あるし、いざとなれば真姫ちゃんがいますから。だからさ――凛ちゃん、遠慮なくやって。ディアマンシュロッス、マジックオン!」

 

 花陽はそう言い放つや否や、待機モードの魔法兵装を起動させる。コールと同時に閃光が彼女の身を包み晴れると、そこには橙色ベースの和装風ジャケットに白インナー、同じく橙ベースのギャザードレススカート姿と化していた。フィクションでありがちな魔法少女ともいえる外見だが、得物として持つ巨大な琥珀色のハンマー型魔法兵装――『ディアマンシュロッス』が強烈な自己主張をしつつある。臨戦態勢になった親友の姿を見て、最後の確認を凛は行う。

 

 「これ終わったら凛もちゃんとかよちんに本心を見せるけど……大丈夫?」

 

 「大丈夫じゃなきゃ、この場にいないよ。それに大丈夫じゃなくても私は凛ちゃんを受け止める。私たち、いつもそんな感じでしょ?」

 

 「それもそうにゃ、これで凛も思いっきりぶつかれるよ」

 

 「何なのよ、下手したらじゃなくてもどれだけ被害が出るかわからないよ!? あの二人は……」

 

 盛大なぶつかり合いを前にある種晴れやかともいえる凛と花陽を見て、訳が分からないとばかり真姫はそうつぶやく。ただ、理性的な思考パターンとは異なる根源の部分で、彼女は二人の対決にある種のうらやましさを感じていた。言葉以上の想いを分かり合うために、言葉以外の手段でぶつかり合う。かつて姉やにこ達がやっていたであろう繋がりの確認を、当事者として目の当たりにすることができる。あこがれの光景をこの瞬間拝める感動と、直接の当事者でない立ち位置へのもどかしさで、真姫の心は一杯だった。故に彼女もまた、言葉以上の本心の発露をもって、二人に報いることを選ぶ。

 

 「調和宮(ハーモニパレス)、あたりを静謐にして」

 

 生体技能による技の名が告げられた瞬間、真姫の足元から回路図とも数式ともいえる文字列が高速かつ大量に伸びわたる。教室中をに展開されたそれらは、そのまま蒼白く発光し幻想的なまでに染めていった。非日常的とたんに言うには美しすぎる自体を前に、花陽と凛は思わず固まってしまう。そんな彼女たちの反応を見越し、真姫はからくりを説明する。

 

 「この教室一帯を、事象解析の力で三人がそろった時の状態に固定したのよ。だから、あなたたちがどれだけぶつかっても、被害も騒音も魔法効果も外には一切漏れない。もちろん、どっちかが怪我しても私が治すわ。ちなみに……強度としては理論上だけど序列入りの大技ぐらいまでなら持ってくれる恰好ね」

 

 「でたらめにゃー……」

 

 「世間一般から見てでたらめをしようとしてるのはそっちでしょ!? だからでたらめを上回るでたらめがいなきゃいけないのよ。このこと、絶賛燃えてる野獣だけじゃなくて花陽も同罪なんだからね?」

 

 「アハハ……穂乃果ちゃんのプランにそれてないとはいえ反省はします。ただ、真姫ちゃん。後の調整はよろしくね?」

 

 世界最高峰のでたらめから道理な指摘を受ける格好で、花陽はひとまず謝ったのち後事を託す。いくらすさまじいサポートが存在するとはいえ、こうした手法は元々己のやり方ではないと彼女は自覚していた。しかし、凛が最も望むやり方こそ一切の飾り用のない本心がわかる以上、花陽は受けて立つ覚悟なのである。そうした意識を形にすべく、彼女は自らの得意分野たる魔法を発動させる。

 

 「今も昔も私はこんなことしか人に誇れないけど……やってみるから! ディアマンシュロッス、地中国主(グランドデューク)! ディアマンウェンデ!」

 

 「いっくにゃあっ! バーンインパクト!」

 

 花陽がハンマー型の魔法兵装の石突で床を突き三重の防壁を発生させると、それを破壊すべく凛が全速力で高温の炎をまとった右手の突きを繰り出す。火焔と鉱石の衝突は、巨大な爆発を伴い、たちまち教室中を覆い尽くしていく。しかし、臨戦態勢が解除された当人たちはもちろん、真姫や教室の備品等に逸し被害が及ばずただ爆音と閃光をまき散らすのみだった。

 

 「予想よりも威力が大きかったけど……なんも問題なかったでしょ? ついでに言えば、音漏れも光漏れも外部には起きなかったわ。取り敢えず伝えるけどさ星空さん、花陽はあらゆる意味で本気よ。過去あなたの事件も、それ以外のなにもかもひっくるめて、あなたと共に歩もうとしているわ」

 

 「ハハハ……かよちんが予想外に頑丈で驚いたにゃ。凛、分かったよ。かよちんの本心と西木野――じゃない、一緒に動くなら真姫ちゃんの本心が。このまま入っても凛はきっとうまくやれるって確信できたにゃ。ただ、正式参加前に凛の本心も見せたいけど、良いかな? 二人だけ見せて私だけ何もなしじゃ不公平だし」

 

 「呼び方地味に変わったけど……良いわ。ちゃんとその手の調整ができるよう私から穂乃果に取り計らって」

 

 「その要望、聞き入れたーっ!」

 

 すっきりとした雰囲気の下会話が続くはずだった真姫と凛の聴覚を、突如第三者の大声が刺激する。二人はもちろん花陽も反射的に辺りを見渡すが、声の主はあっけなく見つかった。何しろごく普通に鍵を開け入室したうえ、彼女たちのいずれも極めてなじみのある人物だったのである。あっけにとられる一同を前に、闖入者――高坂穂乃果は歯切れよく事態を説明する。

 

 「想定よりも結構荒っぽかったけど、真姫ちゃんと花陽ちゃん、勧誘ナイスだよ! それからええと、星空凛ちゃん。あなたが言った本心を見せる舞台、私たちはちゃんと用意しておきました。ご希望ならすぐにでも実行に移せるけど、どう?」

 

 「こ、こんなとんとん拍子に!? けど……かよちんに真姫ちゃんがあそこまで信頼しているんなら、凛も乗っかってみるにゃ。だから、この提案星空凛は乗ります!」

 

 突然の穂乃果の登場に面喰いながらも、しかし凛は己の直観を信じ即座に賛意を示す。十五年ばかりの人生で最速にもなる急展開であるが、それ以上に最高の楽しさを見いだせたのである。かくしてこのしばらくの後名をはせることになるμ‘s一年組は、初の共同作業をもって始まるのであった。

 

 

 

 

 言葉の意味は、正確に伝わらない。

 

 人間が人間として生き続ければ、良くも悪くも人付き合いなる行為が発生する。それは綿密な準備や明白な意思を定めたとしても、程度の差こそあれ誤差というイレギュラーが等しく発生する。故に十全な意思を言葉地して表せずとも、人間同士繋がりを保たねばならないのである。かくも当たり前であるゆえに厄介に事態を、現在進行形で星空凛は味わい続けつつあった。

 

 覚悟の表現が、暴風雨の中小泉花陽を抱えての逃走劇であるということに。

 

 「り、凛ちゃ~ん!? なんだかいろいろ激しいよ!? 大丈夫だよね?」

 

 「大丈夫にゃ! かよちんは凛が絶対守る……からぁっ!」

 

 「なんかかまいたち来てる!? 雷落ちてくる!」

 

 「かよちんのためならたとえ火の中嵐の中にゃーっ!」

 

 暴風雨と呼ぶにはあまりに矛先が向きすぎる状況下で、凛は花陽を背負い疾走する。生体技能を発動せずとも高い身体能力を有する彼女は、迫る暴風と電撃を巧みによけつつあった。だが件の悪天候は衰えるどころか、勢いをますます盛んにし二人へと襲い掛かっていく。明らかに尋常ではない事態であるが、これに至る経緯もまた尋常といえるものではなかった。

 

 <危機は人間の本質をさらすもの……とは言いますが、実際にごく局所で生み出すなんて芸当、普通はしませんよ?>

 

 暴風雨の現出役の一人――園田海未はいささか複雑な感情を抱きながらも、淡々と役目を遂行する。とはいえ彼女はこれを渋々請け負ったというわけではない。真姫及び花陽からの報告に基づき発動された星空凛勧誘作戦として、当人の本心に筋をつける必要は大だった。それが『危機でも花陽を守りきる』という状況での訓練であり、穂乃果主宰のプランなら異存はないのである。故に海未も真剣になるのだが、ある理由により若干の気鬱を生じさせてしまっている。

 

 「海未ちゃん、そこまで落ち込まなくても大丈夫だよ? 計画の進み具合も予定より順調だし、あと一週間もしたら私たちも全力戦闘をやれるよ。あの穂乃果ちゃんが、私たちを大和ホテル扱いするなんてありえないじゃない」

 

 「その点は信頼してますし、毎度私たちがバトルパートで出張ればワンサイドゲームにしかならずよろしいとは言えないでしょう。ただ、魔法で戦う――いえ、穂乃果の為に剣を振るう身としてストレスを感じないといえば嘘になります。むやみやたらと破壊を生み出す意思など毛頭ありませんが、大切な相手の前で華々しく戦いたいと時折思います」

 

 「だったら私とこの後模擬戦する? 結構派手になるけど真姫ちゃんがいるなら何とかなるよ」

 

 「何とかなるとしても、最小に見積もって市街地一つを確実に消し飛ばす勝負の後始末を何度も真姫に押し付けられますか? 次善ですが……私も出てみることにします。豪雨の中の勝負というのも面白いものですし」

 

 「凛ちゃんならまだしも、この状況じゃ真姫ちゃんまで出てくるよ? 事前に難度が上がった時は参戦するって取り決めだったし」

 

 訓練場の屋根付きチームベンチに手天候操作を行いつつ、ことりは海未にそう返す。凛が望み、穂乃果が提示した本心を見せる機会は、危険下における逃避訓練だった。内容そのものだけならば、保護対象役である花陽を抱え、多数の障害を切り抜け訓練場を一周という、単純なものだった。しかしその内実となると悪天候はもちろん、トラップや自立機械兵器など並以上の魔法戦闘の局面を再現しているのである。加えて状況に応じ、二人は直接参戦も許可されているのである。もっともこの方法をとった場合、凛たちの援護として真姫の参戦も発生する格好だった。

 

 「構いませんよ、それに負けるつもりもありません。同じ序列でも私とことりとは違って医療方面に真姫は伸びた以上、戦闘経験はどうあがいても見劣りします。事象解析による際限もあるにしても、その本人が動きを信じられていなければ意味がありません。第六位の本領、少々見せに参ります」

 

 「油断はしないでよ? 真姫ちゃんだって海未ちゃんが出たとなれば、それなりの対応策だってあるんだし」

 

 「それも踏まえ、仕掛けます。刃舞一乃型、雨斬舞あまきりまい!」

 

 ベンチから飛び出しフィールドに入った海未は、魔法兵装を起動し臨戦態勢となるや、そのまま初撃を凛たちへと放つ。愛用の大太刀型魔法兵装――『村雨』の一閃から放たれる高圧水流の斬撃波は、プロからでもかなりの速度で凛へと迫った。威力の調整はしかるべくしても、クリーンヒットは間違いない一太刀は、高速で標的へと迫っていく。

 

 「これくらいなら、凛でもよけられるにゃ!」

 

 「生憎、よけさせると思いますか? 刃舞二乃型、風斬舞(かざきりまい)!」

 

 <風の衝撃波!? 速い攻撃だけどこれでも凛ならちゃんとよけられる!>

 

 せまりくる真空波を分析しつつ、凛は速やかに回避に移る。剣型の魔法兵装を扱わない自分から見ても精度の高い斬撃は、なおも彼女にとって対処可能なものだった。速度と威力こそかなりであると読み取れたが、斬撃ゆえなのか比較的攻撃範囲そのものは狭かったのである。放たれる段数も一発であり、これならば対処可能と凛は楽観視した。

 

 しかし。

 

 「種も仕掛けもないとしても、後後に種なり仕掛けをセットすることは別に難しくないんですよ?」

 

 「何が言いたい――って!」

 

 「例えば、弾数が増える展開ぐらいすぐ起こせます」

 

 回避されたはずの真空波から別の真空波を発生させ、海未は一言そう語る。通常何らかの術式を施さない限り、遠距離攻撃タイプの魔法が発射後増えることはない。事実、彼女の真空波は直接分裂を命じる術式は施されていなかった。ただし、周辺空間に魔力や必要物質があれば、話は別である。それらを取り込むことで魔法の構成要素は拡大し、必然的に分裂を可能とする条件も成立する。悪天候という環境を、海未は最大限利用し、次の矢を繰り出したのである。

 

 「それでも、まだよけられるっ!」

 

 「それでも、まだ増やせると返しますよ? もっとも」

 

 「ああっ! 攻撃が……って当たってない? 凛ちゃんいったい何が」

 

 背負われる格好の花陽は、三発目の真空波が直撃寸前に消滅する瞬間を目の当たりにし、思わずそう漏らす。本来なら自身も防御で参加するものの形式柄それがかなわない彼女としては、先ほどの芸当はかなり気になるところなのである。もっとも彼女の考察はそれ以上進むよりも早く、件の人物が戦闘に介入することとなる。

 

 「解析完了、食らいなさい! 調和剣(ハーモニブレイド)!」

 

 「あの斬撃は――ガードじゃ危険、ですねっ!」

 

 「真姫ちゃん!? 凛とかよちんがメインだから参加はしないんじゃなかったの?」

 

 「海未が出てきた以上、もうそんな余裕なくなったわ。私が抑えに回るから、二人はゴールに向かって」

 

 魔法構成破壊効果を持つ斬撃波を放った増援――真姫は端的にそう告げる。フィクションのヒーローじみたセリフという格好の彼女だが、不思議と違和感は覚えなかった。自身の基準たる矢澤にこと同じアクションが取れていることも無論、今回守るべき凛と花陽へ素直に賭けられたのである。それも西木野としての責務でない、西木野真姫個人にできた友人に対してのものだった。

 

 「良いセリフと気概ですが、じゃあどうぞお先ですませるほど」

 

 「甘いと海未を思ったことはないわよ! 調和鎖(ハーモニチェイン)!」

 

 <魔力分解だけではない、身体機能掌握付きの拘束魔法ですか。しかし、その程度が当たるほど私は柔じゃありません!>

 

 得物たるアクレスピオではない、真姫の軽い一踏みで地面より放たれる半透明の鎖を見て、海未は回避しつつそう推測する。戦闘では支援タイプの序列第五位であるが、それが必ずしも近接戦闘の不得手に該当するわけではなかった。当人の経験値こそ発展途上にしても、治療により獲得した『接近戦の経験』を利用すればこれのみでもかなりができるのである。加えて、バトルパートに伴う戦闘訓練で海未より指南を受けたことも、この局面でプラスになった。それら油断ならぬ要素を持ちながらも、しかし第六位は動じることなく、反撃を開始する。

 

 「雨斬舞・五月雨!」

 

 「さっきと同じ斬撃じゃ――ないっ!?」

 

 「やはり、解析による無力化といっても魔力攻撃と物理攻撃では異なるようですね。回避の様子から見るに、大威力の物理攻撃の解析は不得手ですか?」

 

 「ベッツにそう言うわけじゃあないんだけどね……」

 

 否定を口にするも早いタイミングの回避と沈黙によって、真姫は海未の言葉を事実上肯定する。確かに事象解析は魔力の関わる事象により強く、それの及ばない物理的事象への作用が遅い面がある。ただ彼女クラスの実力者であれば、それでも特段問題になるわけでもなかった。それでもなお回避につながったのは、相手も海未という序列入りであり、一分でも隙を見せれば突き崩されかねなかったのである。敵側の得意分野で格上の戦いという事態に陥った真姫であるが、しかし彼女の手札はいまだ尽きていなかった。

 

 「たださ、訓練の兼ね合いでこんな設定にしたけど、私の得意な状態にしても別に平気でしょ? ルール違反じゃないんだし」

 

 「何が言いたいんです。この状態、私とことりが生み出したモノなんですよ?」

 

 「だったらこう返すわ。第五位の本気、舐めないでよねっ!? 万物解析(オールズライズ)……」

 

 真姫がそう言い生体技能を発動させるや、彼女の足元から回路図にも似た半透明の魔力鎖が地面一帯に無数に伸びていく。訓練場をあらかた覆い尽くすと、今度は上へと鎖は伸び、多数の情報を使い手にもたらしていく。これだけでも彼女の狙いをあらかた海未はつかめたが、それによって彼女は混乱してしまう。

 

 「まさか……訓練場すべてを解析するつもりですか!?」

 

 「まさかじゃなきゃ、こんなことしないわよ! 理想回帰(イデアスターン)!」

 

 真姫は技の名を叫ぶと、防風雷雨の訓練場は一瞬にして元の照明の状態まで回帰する。強力な生体技能――それも序列入り二名により発生させられた空間の消失は、侮ったわけではないにせよ海未にとって衝撃的な展開であった。しかし彼女は至高をつづける間もなく、別の衝撃に直面してしまう。なぜならば、真姫が繰り出した手はその続きが存在しているのである。

 

 「な、なんですかこれは――体が動かなっ……い!?」

 

 「理想回帰はね、解析と同時に解析対象の魔力なり生命活動なりを逆算して、干渉することができるのよ。今みたいに、魔法の術者の動きを一定時間とれなくさせるぐらいにね。序列入り相手に、拘束なんて芸当普通はできないけど、私の接近戦強化に海未が付き合ってくれたから、仕留めるぐらいの時間は稼げたわ」

 

 少なからず息を切らせながら、それでも真姫は目の前で村雨を落とし身動きが取れずにいる海未へそう告げる。序列入りへの能力干渉のみでも相当な芸当だが、それ以上の術者拘束となれば恐ろしい難度に化けてしまう。だが、短期間であるにせよ彼女は戦闘時の第六位についてかなりの情報を得たことが幸いした。魔力量及び質と流れ、そして生体技能発動時の身体機能の情報を有した真姫は、二十秒海未の動きを完全に止めてみせたのである。あまり長い代物とは言えないが、標的を戦闘不能にするには十分な状況下であった。

 

 だがそれも。

 

 「んふふ~、戦ってるのは海未ちゃんだけじゃないんだよ?」

 

 海未とは異なる序列第四位(電界女帝エレクトロンエンプレス)の介入によって。

 

 「焼き鳥になっちゃえ♪」

 

 高密度の白い電気の砲撃の前に、脆くも崩されるものでしかなかった。

 

 「このタイミングで電撃は――無理じゃないっ!」

 

 「ん~~、無理っていう割にとっさでも回避して回復を展開するなんてなかなかできないよ? それでも私の攻撃を解析するんじゃなくて、被弾箇所の集中回復に回すあたり、真姫ちゃんの余裕がない状態なのはわかるんだけどね。なんにしてもさ……序列第四位の本気、舐めないでよね?」

 

 左足をかすって引きずる真姫に対し、白と緑ベースのドレス風スカートに白と薄ベージュの長袖ジャケット姿のことりは、微小交じりにそう告げる。一見すればフィクションに登場するような魔法少女風の外見であり、実際彼女の戦闘スタイルは後衛かつ手に持つ魔法兵装も長杖型だった。ただし、強大な生体技能と、何より能力行使に伴う瞳の光彩消失は相対する者に絶望的な恐怖を与えるものでしかないのである。同等の序列第五位である真姫の場合、戦意喪失こそなかったものの内心の危機感は一気に跳ね上がり、次の手を思考する。

 

 「それでも……今の私は、引かないわよ!?」

 

 「だとしてもさ、今この場で私が二人を狙い撃つって言ったろどうするのかな?」

 

 「させるもんですか! 調和鎖!」

 

 「ス・キ・ア・リ・エ・ラー・ナ・シだよっ! 電獅子吼(ライガーブレス)!」

 

 生体技能でからめとろうとした真姫に対し、それより早くことりは標的と逃走する凛と早嫁掛けかざした腕から電撃の砲撃を放つ。獅子をかたどった一撃は威力と攻撃速度からして解析も回復もとても間に合うものではなかった。ダメージを覚悟する真姫であったが、しかし電撃の獅子は自らに命中することはなかった。なぜならば――

 「多弾製造マルチパレット、狙撃弾スナイプス!」

 

 <今の弾丸は――ってことりの腕に命中させて砲撃をそらさせた!?>

 

 「ちょっと何なの!? 私たちの訓練中にいきなり入ってくるなんでどこの」

 

 「序列入りってのは加減を知らないわけ!? あんな相当補強されてる天井に大穴開けるやつを、食らったら真姫ちゃんでも危ないわよ。まぁ、だからこそ通りすがりでも宇宙ナンバーワンアイドルが駆け付けたんだから」

 

 どう聞いても大言壮語に該当するセリフを、しかし誰もを安心させる堂々さをもって闖入者は真姫たちへと向かいつつそう語る。黒のライダースーツ風の魔法装束と小柄な黒髪ツインテール姿は、当事者いずれにも衝撃を与えた。だが真姫の場合、奇しくもある出会いと状況が酷似していたのである。それを踏まえてか、彼女の前に躍り出た闖入者は同じセリフを新たな決意とともに話し出す。

 

 「二年前の病院の時とだぶっちゃうけどさ――遅くなっちゃってごめんね。真姫ちゃんが私に言いたいことも、私が真姫ちゃんにきちんと言わなきゃいけないことも一杯ある。けどさ、今この場にはあなたが何よりもやりたいことがちゃんとあるでしょ? だったらきちんとやり遂げなさい。そのための力なら誰よりも真姫ちゃんは持ってるんだから。それでも難しい時は」

 

 淀みなく語る闖入者であるが、内心の一部で随分こっぱずかしいセリフであるとも感じていた。加えて真姫とは異なり、あの時と同じ内容を使うにしても二番煎じではないかと気が気でなかったのである。だが――というよりそれが故に、彼女は自らの言葉を疑う気が不思議となかった。地に墜ち無為に這いつくばっていた己にとっては再出発であるし、足りなければ背中で補えば片が付く。故に、彼女は締めの一言を高らかに宣言する。

 

 「このにこに~が、切り拓くっ!」

 

 ライダースーツの少女――矢澤にこは、吠えると同時に改めて両手に持つアンタレスを構え、臨戦態勢に入る。序列入り三名がひしめく異常な戦場であっても、その雄姿は強烈な雰囲気を放つものだった。かくて新メンバー勧誘訓練は、新たなメンバーを結果的に招き寄せる展開へと推移するのであった。

 




 連投したい……

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