ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 来る初ライブに向け、最終的な調整に励む穂乃果たち。そんな動きは一度挫折の者達も注目できるものであり……とまぁやや改定作業ごたつきましたがμ’s初陣回なお話です。


第三話

 

 嵐の前には静けさが存在する。

 

 本格的な大事件の前には前兆として異様なほど平常であることを指す事例がある。無論その裏面では重大な動きが生じているのだが、少なくとも表面上は平穏無事である。故に表立つ動きはごく平素なはずなのだが、それもまた陽動を兼ね大きな意味を持つ場合も存在する。

 

 スクールアイドルプロジェクト開始から一月ばかりの園田海未は、まさしくそれに直面しつつあった。

 

 「ややや、やっぱりやるのですか!?」

 

 「延べ八回目だけど、やることに意味があるんだよ海未ちゃん。魔法戦闘じゃない私たちを盛大かつ華々しく見せる――というか魅了する字の魅せるかな? それをやってのけるためのきっちりとした予行演習。大丈夫、お客さんっておっかなくないからさ」

 

 「それはまぁ――そうですし意義も私における必要も認めますが……」

 

 「よし聞いたことりちゃん!? 海未ちゃんがやる気だしてくれたよ!? チラシ二十部がすぐ消えるよ!」

 

 「うわぁ~、海未ちゃん凄いじゃん! 初めて数分でそこまでやるなんて大胆だよ♪」

 

 穂乃果に続く形で、ことりは動揺しっぱなしの海未を無視しそうあおる。放課後学校近辺にて宣伝用チラシを配る彼女たちだが、これには相応の理由があった。ライブ宣伝という意味もしかりだが、それ以上に重視すべき点が内在しるのである。その理由たる当人は、見事に嵌められたと思い知らされても、なお抵抗を試みつつあった。

 

 「も、もちろんやりますし――私が大会以外で人目になれる必要も、あるのも事実です。ですが、その手のことはメンバー全員で行うべきではないのですか? せっかくグループ名が決まったのに、真姫抜きで進めるのは」

 

 「その真姫ちゃんは対戦校との調整で現地入りして、調整任せるって決めたの海未ちゃんでしょ? ことりは知ってるよ? 西木野一族の生徒が向こうのスクールアイドルにいるって理由でさ」

 

 「一緒になってやりたいって希望してた真姫ちゃんをあえて抜いたんだったらさ~、その分もっと頑張らなきゃだよ海未ちゃん。そもそもバニーガール姿でトラメガ片手にプラカード宣伝するわけじゃないんだから、ちょろいものだよ」

 

 「もっとダメに決まってるじゃないですか! そもそも、穂乃果もことりもチラシを渡せ」

 

 何とかチラシ配りにあらがおうとする海未だが、すぐに己の論拠が破たんしていると悟らされてしまう。散々にあおりながらも穂乃果とことりは、初期手持ちのチラシをすべて配り終え、新たなストックを取り出そうとしていた。見事なまでに謀られたと悟った彼女は、ほとんどやけ気味に行動を開始する。

 

 「わ、渡せてるなら私だって……やりますよ! 生体技能使いますね!?」

 

 「良いけど海未ちゃん、そしたら殺到のレベルで人来るよ? 平気?」

 

 「穂乃果だってできたんですよ!? なら、私だって……やれます! 天候覇者(ウェザーロード)好機流来(ラックウィンド)!」

 

 「う、海未ちゃん!? 穂乃果ちゃんにあおられたからって、いきなり好機流来はしなくても良いんだよ? もう人が――多い!」

 

 あおられた形で希少技能を発動させた海未を見て、ことりは思わずそう漏らしてしまう。天候・海洋事象一切を創造制御する海未の生体技能――天候覇者は非常に強力かつ応用幅の広い代物である。直接戦闘や戦闘補助はもちろん、天候全般への干渉による天候操作・気流海流干渉・静電気の制御と多岐に及ぶ。それゆえに能力を応用すれば気流干渉による周辺空間の酸素濃度操作によって、効果範囲内の人間をある方向に誘導させるという芸当も可能だった。宣伝における能力の使用は自分たちの立場柄避けたかったのだが、欠点の克服ならばことりは追認できたのである。

 

 ただし、克服のための荒療治は、当人はもちろん傍目から見てもすさまじいものと化した。

 

 「みなさーんっ! 機たる五月第二月曜日、音ノ木坂に新たなスクールアイドルがデビューいたしますのでよろしくお願いしまーすっ!!」

 

 「あ!? 序列第六位の園田海未!? うっそぉー、ライブに序列入りでるの?」

 

 「あ、ライブ見に行きますんでサイン頂けませんか!? 私、園田さんに憧れて魔法兵装を日本刀型にしたんです!」

 

 「同じ序列入りになる南ことりさんも出たりするんですか!?」

 

 音ノ木坂の生徒はもちろん、他校生や地元住民と思われる人間が次々海未にそう問いかけながら、渡されるチラシを受け取っていく。生体技能による効果もさることながら、それを行う人物が序列第六位であることが大きかったのである。魔法関係でもトップに該当するスキルコンテストエースが、積極的に街頭で動く。さらに音ノ木坂生にしてみれば、昨年度の躍進中心人物が、物静かさをかなぐり捨ててPRする。否が応でも注目の度合いは高まらざるを得なかった。みるみるうちにチラシは予備分も含め消えていったのだが、しかしその代償として海未の精神は深刻な摩耗を余儀なくされる。

 

 「押さないで、あわてないで、大声にならずとも! チラシもサインもストックは十分ですよーっ! 当日は応援、よろしくお願いしますっ!」

 

 「あわわ、これはまずいよことりちゃん。海未ちゃん限界無視してはげみすぎちゃってるって」

 

 「穂乃果ちゃん、一回海未ちゃん後退させよう? このままじゃ海未ちゃん潰れちゃうよ。ただ能力解除しても落ち着いて下がらせるのは……」

 

 「ん~、そういう時はなぁ、いわゆる『続きはウェブで』ってみたいなキャッチコピーが必要なんよ。現状よりも魅力的な情報を、こっち側の領域においておく。対象が人気度の高い場合かなり効果が見込めるとうちは踏むね」

 

 「列解体の広報と誘導、気を付けてやってよ? 救護のことは私がいればなんとでもなるけど、何が起こるかわからないのがイベント終了時の撤退時だわ」

 

 人集りを前にやや困惑気味の穂乃果とことりの聴覚を、関西弁風の声と聞き慣れた理知的な声が刺激する。二人は振り返るのだが、そこには当然声の主たる真姫と、その同行者と思しき黒髪二つ下げの女子生徒がそこにいた。どちらとも見覚えがしっかりあるはずなのだが、始めてみる組み合わせに思わず穂乃果は質問をぶつけてしまう。

 

 「真姫ちゃんと……生徒会副会長さん!? 確か生徒会の方も他校との折衝であちこち動いてるって聞きましたけど」

 

 「うち個人も音ノ木坂生都会としても、スクールアイドルプロジェクトの成否は大注目やからね。だから協力できるところはできるだけするようにしとるんよ。けどなぁ高坂さん、このままやと園田さんファンの洪水におぼれてまうで?」

 

 「あ、そうでした! みなさーんっ! ライブ直前の私たちの意気込み模様は、チラシ記載のアドレス先にしっかりと掲載します! なので本日はどうもありがとうございましたーっ!」

 

 「慌てず、落ち着いてお帰りくださーいっ!」

 

 穂乃果に続く格好で、ことりは生体技能による意識介入も多少行いながらそうアナウンスする。人気物販ブースも真っ青な混み方をした音ノ木坂学院校門付近の人集りは、徐々にであるが撤退へと移りつつあった。そうした状況を見計らい、よれよれになりながらも、海未は何とか脱出を果たし穂乃果たちへと合流する。疲労困憊と化した幼馴染を前に、まず穂乃果はその功をねぎらった。

 

 「お疲れ様海未ちゃん。ほら、やれば結構あっけなくできたでしょ? 天候覇者まで使ってあれなら、本番も大丈夫だよ」

 

 「去年のスキルコンテスト決勝の方が楽に、思えましたよ……けど何とかやれました。そして気づいたのですが、なぜ真姫と副会長が一緒に?」

 

 「同じ学校の所属やからルートが同じなのと、そっちの活躍がどうだか気になったからかな? 随分宣伝盛んにしてくれとるし、生徒会としてもこの目で見ときたいかなーって」

 

 「その割に、随分真姫が気を許しているように見えますが……付き合いが深いのですか?」

 

 当然といえば当然の疑問を、海未は副会長――東條希に問いかける。自らの立ち位置柄観察力の鋭い彼女は、箱入り娘のメンバーが彼女と接して親しそうな様子を、すぐ見とがめたのである。指摘された希としても、状況と相手との兼ね合い柄話すことそのものに異議はなかった。ただ切り出した場合、彼女にとって重い案件を明かさねばならなくなる以上慎重に言葉を選び説明する。

 

 「その前にこっちから園田さんたちに質問。うちのこと、真姫ちゃんから何か聞いた?」

 

 「え? 初めてだからこそこうして尋ねたのですが……」

 

 「話すこと自体はうちも異議なしやし、そっちに真姫ちゃんがいる以上絶対必要よ? ただ、うかつにどんどん広げていくと、うちの方でちょっと困ることになる。もちろん園田さんたちのせいやないよ? ウチの大親友が結構……深刻な心の傷を抱えているから。だから取り敢えずいえるのは、名前で呼び合える程度に真姫ちゃんと近いことと、うちの友達の問題に目途がついたら話すってことかな? それとライブに真姫ちゃんのこと、いろんな意味で応援するで」

 

 「す、すみません。変なことを聞いてしまい」

 

 「ええって、ええって。誰だってこんな組み合わせ見たら聞きにくるのが自然やし、それでも話さなかったうちの方が珍しいもん。それじゃ、うちはこれでお暇――って!?」

 

 海未の謝罪に微笑で応じた希だが、次の瞬間言葉を失ってしまう。穂乃果たちの様子を窺いに動いた彼女だが、想定外の遭遇が発生したのである。固まる希と同じく呆然とする真姫と、二人の様子にあっけにとられる穂乃果たち三人を前にして、件の人物はスタスタと歩み寄る。

 

 「ここでライブの宣伝やってたのね? あの人ごみの中、なかなかやるじゃないの」

 

 「ええと、もしかしてライブ興味があるのですか? でしたらチラシ」

 

 「いらないし、そんなもの貰わなくともこっちから出向くわよ。実績十分だからって油断なんかしないでよね? そっちのプリンセスが」

 

 三年生のリボンをつけた小柄黒髪ツインテールの女子生徒は、穂乃果に言い終え一度真姫へと視線を向ける。穂乃果たちの様子を窺おうとした彼女だが、表にこそ出していないものの希との遭遇は想定外だった。だが本題を果たしていない以上、まだ引き下がるわけにはいかなかったのである。故に短くはっきりと、女子生徒は本筋を口にする。

 

 「あんたたちに本気で賭けているんだから、しっかりとやりなさいよ? 結末がどうであれ、見届けるわ。そこから先は、こっちの勝手にさせてもらうけどね」

 

 「そちらの望みになるかどうかはわかりませんが――ライブ、勝ち抜きます。それだけじゃない、勝って勝ってトップまでその後も、絶対に!」

 

 「その気概、どんな時でも持ちなさいよ? たとえ仲間倒れても心折れかけても、何度だって立ち上がれるぐらいずっとだからね。期待させてもらうわ」

 

 女子生徒はそこまで言い終えると、そのままこの場を後にする。小柄な体躯にかかわらず、ブレのないその背中は残った者全員に大きく映った。そうして訪問劇は幕を閉じたのだが、彼女を知る希と真姫は思わず本心を口にする。

 

 「にこっち、動く気になったんだ……」

 

 「やっぱりいつ見てもにこちゃんの背中、カッコイイなぁ……私もいつか」

 

 「ええと真姫ちゃんと副会長さん? さっきの三年生の人の下の名前、『にこ』ってことで良いんだよね? 見るからに仲良さそうだったけど」

 

 「希さんの方はまた別だけど……私にとっては欠かせない人だわ。何しろ、この学校に来ることとなった理由ですもの。ううん、そうじゃない。ここにいる西木野真姫の引き金になった人っていうべきかしら?」

 

 「真姫ちゃんの音ノ木坂入りの理由で原点となったってことは……まさか」

 

 真姫の言葉を受けた穂乃果は、言いかけて脳裏に答えがよぎる。眼前の赤毛の少女は、どれほどの困難を伴おうとも助けたい相手がいて、その人物の背中から多くを学んだといった。それでもって、先ほどの引き金と入学理由という言葉。正解には十分すぎるヒントを得た状態で、彼女は真姫からの端的な事情を説明される。

 

 「あの人の名前は矢澤にこ。お姉ちゃんの親友で、二年前の事件で一番被害を受けて、その少し前私にあり方を示してくれた人。世界で一番カッコイイ、私の王子様ヒーローです」

 

 「ええと真姫……その方同性」

 

 「海未ちゃん! それ明らかに野暮だよ!? 同性でも格好良い人は穂乃果ちゃんとかみたいにいっぱいいるんだから」

 

 「それよりも、そこまで真姫ちゃんに言わせているのが純粋にすごいよ。どんな事情かまでは分からないけど、とっても大切なんだね真姫ちゃん。参った参った、ある意味託されちゃってる状態だけど……なおさら頑張らないとね」

 

 「ありがとう、っていうには私も当事者だから適切じゃないわ。だからみんな、これからもよろしくね。私だって、にこちゃんにカッコイイところを見せなきゃならないんだから」

 

 穂乃果の意気込みに応じる形で、真姫もまた己の本心を言葉として表現する。思いもかけない遭遇と、それに伴う衝撃に直面した彼女だが、結果として己の目的を再認識したのである。言葉にこそ出さなかったものの、ことりと海未も意識を新たにし現段階で直接の関係者でない希もまた、決意を新たにした。この半年後あたりから、『音ノ木坂のダブルエース』と称される高坂穂乃果と矢澤にこの対面は、様々な副産物を残し終わったのであった。

 

 

 

 

 タヌキという生き物とは何か?

 生物学的にはイヌ科の動物で、印象的には愛らしい野生動物で、比喩表現としては他者を気付かれぬうちに知略で制していく存在。まとめてしまえば、周辺から胡散臭がられながらも評価を得て愛される存在といえるだろう。なぜなら彼らはつかみどころがなくとも憎めず、それでいて要所で役立ってくれるのである。人間の性格に色々な例があるが、集団にこうしたタイプがいると潤滑油として大いに機能してくれる。

 

 こうした意味合いを知る立場として、東條希は物心ついて以来、徹頭徹尾タヌキであり続けた。

 

 「今日もみんな練習盛況やな……」

 

 特に誰かから聞きとがめられぬことのない小声で、希は夕暮れ時の階段先に視線と意識を向ける。とはいえその先にいる人物たちにすれば、生体技能なり魔法による感知で自身の存在を認知しているはずだった。ならば尾行まがいに隠れるような真似をしても意味をなさないはずなのだが、あえてそうするには相応の理由があったのである。

 

 <スクールアイドルプロジェクトは順調、にこっちは立ち上がってくれて、真姫ちゃんのクラスメートも関心高め。物語の配役とシナリオは確実に動きつつある。うちもそこに入りたいし――というか、二年前の決着のためにもやらなきゃならん。けど、今のうちにそれの選択をできる状況にない……>

 

 現状を整理しつつ、希はそうまず定義する。生徒会副会長として、また東條一族分家の個人としてすでに彼女は穂乃果たちグループの支援を行っている。校内でのフォローはもちろん下校時間後の神田明神内地下訓練場のレンタル、さらには宣伝や方針へのメールフォームでの提言。およそ外部から打てる支援策がほぼすべて講じられる中、当人の想い入れが強いとなれば正式参加に至るはずだった。だが、そのアクションを希はある切実な理由により今に至るまで取れないでいるのである。

 

 <今ここで――絵里ちの心が定まらんうちに入ったらあかん。最後に残った大親友を追い詰めたのは、他ならぬうちやから>

 

 金髪碧眼の親友の姿を脳裏に描き、希はそう内心独語する。彼女と絵里の関係は緊密な親友といえるのだが、意識の理由はそれのみでなかった。二年前の事件は希たち四名を崩壊させるに十分な打撃を与えたものの、悲劇に更なる続きが存在したのである。そのことこそが、彼女をして絵里を置き去りにするという選択肢を消すに至っていた。

 

 <事件が終わってうちたちアイドル研究部も何とかかどうか脳までに落ち着きだした頃から、絵里ちはおかしくなりだした。ううん、そうやない。あの子はみっきーとにこっちの抜けた穴を必死になって埋めようとしただけ。だからこそ、うちが止めなあかんかった。生き急ぐように折衝にあたりながらオーバーワークで訓練に臨むし、何より心が焦りに焦ってる。ガタがくることなんて……わかっとったのに>

 

 悔やんでも悔やみきれない破局を――ラブライブ地区予選決勝での絢瀬絵里撃墜の光景を脳裏に描き、希は改めてそう悔やむ。親友二人の死と絶縁通告に遭いながらも、少なくとも傍目において事件以降絵里は以前に増して精力的に動き続けた。目に見えるスコアとしてアイドル研究部の再建と公式戦での連勝を挙げる彼女を、誰もが立ち直ったものとしてみなしたのである。しかし希から見れば親友の動きは、破滅衝動ともいえる強迫観念にとらわれたものとしか思えなかった。にもかかわらず、結果として同じ痛みを抱える彼女は絵里に対し強く諌められなかったのである。

 

 故にそのつけは、生命の危機として絢瀬絵里に降りかかった。

 

 <二年前のラブライブ東京地区予選決勝でうちら音ノ木坂はUTXにストレート負けしてしまった。主力二人いない状態であるから結果はしゃあないとしても……藤堂エレナとの対戦中、絵里ちの身体は限界を迎えた。生体技能と身体増強系魔法の制御崩壊による魔力内部暴走。格上との戦闘で限界以上に出力を上げられた大量の魔力は容赦なくぼろぼろの体内を破壊していった。生死の境を文字通り、三か月もさまよう程度に、あの子は破滅しかけた>

 

 二年前の敗北がもたらした絵里の破滅を、勤めて冷静に希は振り返る。とはいえこの件は立場柄客観的かつ冷静な思考パターンを有する彼女であっても、恐怖するしかない代物だった。何しろ治療を担当したほぼ全ての医師が、絵里の死亡ないし植物状態を宣言したほどである。幸い事態を知った真姫による手術と治療で無事回復できたものの、彼女でさえ高い確率で後遺症が残ると判断するほどだった。非常にきわどい経緯であるにせよ、後遺症なく絵里は復帰に成功する。ただしその代価は、決して小さくないものだった。

 

 <後遺症が残らんかったとはいえ、絵里ちは半年のリハビリに戦闘含めたスクールアイドルに対する微妙なトラウマ。バリバリの近接格闘で戦闘狂のあの子が、生体技能のほぼ半分しか使わずに中・遠距離戦闘に変わった。周りは丸くなったってゆうても、あれはちゃう。絵里ちの賢さは、元々あるガンガン走る本音をベストに活かすために作ってきたものなんや。なのにこの一年以上そっちがないのはどう考えて良くはない。そして、そうさせた原因は>

 

 「希ー、さっきから話しかけて反応ないんなら……わしわしするわよ?」

 

 「言いながらわしわしされとるんやけど!? そんなこといきなりされても」

 

 「あなたねぇ、双方合意を大義名分にどれだけの子の胸をもみ続けてきたのよ? いくらちゃんと補てんをしたとしても、ほぼ全員希に丸め込まれたようなものじゃないの。そもそも、私にもにこにも、実姫にだってもみ続けてたじゃない」

 

 背後から迫りそのまま胸をもみ続ける絵里は、やや呆れ気味に親友へそう返す。生徒会の業務を終え下校した彼女だが、その帰りがてら希を発見したのである。当然彼女は声を掛けたものの、まるで反応を示さない様子を受けてその得意技を持って対応したのだった。自分がもむのは良くとも自らがもまれるのには脆い希は、同意しつつももみ終え離れた絵里に抗議の声を発する。

 

 「女性特有の魅力的な二つの身体特徴、フェアーに利用しない方なんてないやないの!? ついでに言えばうちのわしわしはバストごとのツボを的確に抑えることによって相手の血行を良くしたりなんかのおまけもあるんよ」

 

 「はぁ……相変わらずその手の理論武装は巧みよね。それで、神田明神近くにいるってことは、真姫や高坂さんに助言した帰りなの?」

 

 「そういうわけやないけど、何となく気になったんよ。うちらが希望を託してるグループの練習、少しでも感じられたらなぁって」

 

 「つかぬ事いうようだけどさ希、助言に留まらないでスクールアイドル活動を再開させても良いんじゃないの? 現状休部状態にしても組織としてはあるし、あの子たちがアイドル研究部を引き継ぐ形なら万事収まるわ。それに、ああいう勢いある集団にこそ、希みたいなアドバイザーは絶対必要よ」

 

 「入るとしても、絵里ちと一緒じゃなきゃうちは嫌や。もう絶対、絵里ちを見離さないって決めてるから」

 

 平素のはんなり風の口調でいて、誰にも譲らせない根幹の意志を希は口にする。撃墜事件以来、ただ一人隣にいる親友を彼女は何としても守り助けようと心に決めているのである。冷静に考察すれば、西木野実姫の死以来の流れ全てに希が責任を感じる必要があるわけでは決してない。むしろ被害者ともいえる立場で親友の死と絶縁宣言に加え、事後処理に冷静にあたれた姿勢は敢闘ものさえ言える。だが当事者としての立場からすれば、彼女は親友たちの崩壊を述べ三度も短期間のうちに目の当たりにさせられたのである。しかもただ見ることだけしかできないという格好であり、そのため残された絵里への想いはひときわ強くなった。

 

 「覆水はね、盆に返らない。しかも私は返らないまま何もしてないのよ? そんな私が……進む意味ってあるの!?」

 

 「水は方円の器に従うんよ絵里ち。意味ならある、うちらは確かに何もしなかった。みっきーに託されたのに、こっちで何とかするべきなのに、真姫ちゃんに泣きつく形までなった。けど、うちたちはみっきーと違って五体満足でここにいる。真姫ちゃんやにこっち、高坂さんたち、何より学校のみんなと必要としてくれとる人たちがいる。分かる? 絵里ち、力や実績より以前にみんながみんなうちら個人を必要としとるんよ」

 

 「分かるわよ、けど怖いのよ。あの時みたいに――私が事故で死にかけた時みたいに、また何も周りを見ず失敗するのが。被害が私だけにとどまらなくても、みんな良いの!? 大好きなものを私のヘマで台無しにしても良いの?」

 

 幾度も煩悶しつづけた感情を、思わず絵里は口にする。実姫の死に端を発するにしてもとてつもない過ちを犯した彼女にとって、疾駆はどうしても恐怖が生じてしまうのである。ただしこの言葉は計らずも、今なお絵里がスクールアイドルへの強い関心を有していることを表していた。ようやく大きく見えてきた本音を前に、希はさらなる言葉で対応する。

 

 「うちも含めてみんな、絵里ちと同じような失敗をしたかもしれへんし、これからするかもしれない。だから、みんな同じなんよ。高坂さんたちも真姫ちゃんにしてもそう。あの子らは、経験って面でまだまだ不足や。せやかからこそ、うちらみたいな上級生が入用やないかな? いきなり参戦せずともまず顔だしてみるのもありやと思うな。少なくとも、真姫ちゃんだけ孤軍奮闘させるわけにはあかん」

 

 「そう……よね。真姫だけ頑張らせるわけには、どう考えてもいけないじゃない。一歩でも二歩でも、やれることはちゃんとやらないと」

 

 「それに、うちは知ってるで。音ノ木坂の狂犬――ううん、()()()()()()は今でも続いてるってこと。意外やもしれへんけど、まだ無敗なんよ? A-RISEとの試合も審判陣による中止命令やし、校内でも他校戦でも絵里ちは一敗もしてへん」

 

 「たとえそうだとしても……今更私が名乗るにはまず過ぎるわよ。それこそ今のスクールアイドルが名乗るべきだわ。現に高坂さんたちは、『認められない』の一言じゃ絶対に済みようがないんだもの。本人たちには申し訳ないけど、そうじゃなかったら楽かもしれないわ」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべ、絵里は希の指摘にそう返す。親密とは言えぬまでも一定域穂乃果たちを知る彼女は、その力量を高く評価しているのである。行動力や説得力もさることながら、己ができると自負する戦闘技能すらも、圧倒してくると思わせるほどだった。その言葉を嘘でないと認識しながらも、しかし希はさらなる言葉をもって刺激する。

 

 「そうはいっても去年の手合わせの時絵里ち、生体技能の半分やったろ? 高坂さんも状況柄全力やないにしても、絵里ちもカードをすべて切ったわけやない。だったら、最強の全力見せるべきやないやろか? うちらがどんなアクションをとるにせよ、それがあの子たち――μ’sのプラスに違いないんだから」

 

 「その口達者……今回は乗っても良いかしら? 初ライブ、真姫は本業でライブパートに出られないとしてもバトルパートには出るんだし、見る価値はあるわね。直接出向けば今の私でも、多少答えぐらいは見える気がする」

 

 「その意気やで絵里ち♪ さぁ、その日の準備とか二人でがんばろな」

 

 「ちょっと希ぃ!? いくとは決めたけどいくらなんでもそのあと早すぎじゃないの?」

 

 肯定の返答を受けるや否や嬉々とし行動を開始する希を見て、思わずそう返してしまう。だが表情と内心は、意外にも不快の色を帯びていなかった。中学以来の親友を信頼しているともいえるのだが、おぼろげでも何らか心の傷をいやす引き金を無意識ながら感じた産物なのである。かくて無風状態の二名もまた、一歩を踏み出すべく動き出すのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 初陣はとてつもない緊張を伴う。

 

 命の獲り合いか、さもなくば全身を傷つけてでも行う闘争の違いあれど、基本的には妥協なき勝負を初めて行うものである。当人にどれだけの実力があれど、不測の事態で正にも負にも大きく化けてしまう。だからこそ、戦人(いくさびと)は初陣を絶対勝てる戦いにするよう古今東西努めつづけた。ただし、どれほどの布石をもってしても臨む若武者の緊張のみは如何ともしがたいものである。

 

 そうした初の大一番に、西木野真姫は臨もうとしつつあった。

 

 「ここまでで平気よ。後は、自分で何とかするわ」

 

 「では御武運をお祈りいたします」

 

 「祈り終える前に、こっちで勝ってみせるわよ。じゃあ、私はこれで」

 

 外見としては高級車の助手席より、真姫は運転手にそう告げるやシートベルトをはずしそのまま外に出る。音ノ木坂学院スクールアイドル初ライブの日であるが、現在の時刻はすでにライブの開始中に該当するものだった。μ‘sの一員たる彼女がなぜ途中参加の形かというと、いくつかの事情が存在するのである。

 

 <研究会と海外での要人手術っていうことももちろんだけど……もっと言えばまだ私がダンススキルに追いつききれてないのよね。備蓄してるダンススキルを使えば確かに踊れるし教えられたけど、それは本当の意味で私のものじゃないわ。大事な勝負時に不完全さがあっちゃ、それこそどうにもならないもの>

 

 学院内部を移動しつつ、真姫は現状をそう考察する。彼女が持つ事象解析は確かに他者の技能を最適解で再現することができる。だがその技能がオリジナルと常に同じ域に達するかといえば、必ずしもそうとは言えないのである。なぜなら最適な動かし方を知り可能としても、動かす当人はコピー元でない西木野真姫なのである。故にその動かし方なり思考パターンが彼女の理解に追いつかねば、技能の再現は不完全にならざるを得なかった。もっとも、技能への理解がオリジナルより優った場合、コピーされた技能はオリジナルを超える場合も存在する。

 

 <だから、ライブパートで私はまず作曲の方に力を入れた。元々私の方向性はそっちだし、それを踏まえて連携がうまくいき始めた段階でダンスにも参戦。ともあれこの方針も、まずは勝ってナンボね>

 

 自らの意思を再確認し、真姫は改めて勝負の舞台たる講堂へと急ぐ。ダンスに加勢できない己の立場を悔やむ彼女だが、客観的に見た場合μ‘sにおける貢献度は相当域に達していると評価できる。生体技能と戦力はもちろん、渉外活動――何より矢澤にこたち有力者への影響度は大きなものだった。だが間接的な役回りが多いがために、真姫は表舞台での活躍を切望していたのである。そのような気持ちは極力表に出さないよう努めているのだが、油断なく見とがめるものに彼女は道中出くわしてしまう。

 

 「な~んでかったいの? 真姫ちゃん」

 

 「初陣なのよ!? それもスクールアイドルとしての! こうなっても当たり前――ってにこちゃん!? なんでここに」

 

 「ライブパートとバトルパートの休憩時間中だし、少しぶらついてたのよ。なかなかすごかったわよ? グループ名……μ‘sだったわよね、相手の地区ベスト3相手に僅差でもライブパートで勝つなんて相当なものだわ。ベースが真姫ちゃんのコピーした絵里のダンススキルだったとしても、そもそも難度高い以上使いこなせる相手も相手だって証拠ね。で、良いもの見た私としてはさらに良いもの期待して真姫ちゃんを探していたら、出会えたって寸法よ」

 

 「そっか……穂乃果たち勝ったんだ。なら次のバトルパート、初戦私だから頑張らないと」

 

 「頑張るのは良いとしても、はた目から見てガチガチじゃダメよ? アイドルは辺りを笑顔にさせて何ぼなんだから、初陣でも余裕の一つぐらい持たなきゃいけないわ」

 

 答える真姫の様子を見て、にこは軽くたしなめる意味合いでそう返す。能力的に十分申し分のない赤毛の少女でも、経験という面できたす緊張は如何ともしがたい。だが如何なる状況においても結果を出すのがアイドルであり、加えてにこは真姫の成功を心底望んでいた。故に彼女は現時点で最適の助言を、餞として託しにかかる。

 

 「といってもこのにこに~すら、デビュー戦はかなり焦りまくりだったのよ? けどそれでも無事勝てた。その頃は何でうまく行けたかわからなかったけど……今振り返れば憧れの人と同じことをできてるってイメージがあったからだと思うの。だから真姫ちゃんも、勝負中どうにもならないくらい緊張したら、私が闘ってるところをイメージして。目標と同じようになろうって思えたら、勝手に体が動いてくれるわ。それくらい私も真姫ちゃんも、憧れへの思いは強いんだから」

 

 「にこちゃんでもやっぱり……緊張するんだよね? あんまりイメージができなくて」

 

 「あのねぇ、実姫の脚色だか希のリップサービスだか知らないけど、にこも完璧じゃないのよ? 二年前含めて何度も失敗はやらかすし、品行方正ってキャラじゃない。ただ、それでももっと良くなろうって気持ちは持ち続けた。個人的に、肝はそこかなぁって思うのよ」

 

 「前に進もうとする、気持ちなのかしら? そういえば、お姉ちゃんもそんなことよくいってたわ。人間、やってみて何ぼよって、ね」

 

 姉の言葉を思い出し、真姫はしばし緊張を忘れ感慨にふける。どれほど緊張しようがにこたちが自らを見ようが、彼女の本来の目的と意思に変更はなかったのである。なら本心を発揮できる状態を外部が作れば、最大のパフォーマンスを発揮するのは至極道理といえた。決意を新たにした真姫は、左腕につけた時計の時刻を確認し、離脱時と判断する。

 

 「にこちゃん、もうそろそろ時間だから……私行くね」

 

 「行ってきて、そして勝ちなさい。真姫ちゃんならやれるって、私は信じるから」

 

 「了解っ!」

 

 短く真姫はそういうや、会場たる講堂へと足を進める。標準的な建物ながらスクールアイドル用設備も充実したこの施設は、無論のこと魔法戦闘フィールドも完備されており、周囲防御や観戦精度の面で高い評判をとるほどだった。裏口から内部に入った彼女は控室にてメンバーの出迎えをさっそく受けることとなる。

 

 「お疲れ様真姫ちゃん! こっちは何とかいけたよ」

 

 「僅差でダンスパートは抑えたんでしょ!? 後は何とかできるじゃない。ちなみに穂乃果、オーダーは当初通りで行くの?」

 

 「この中で公式での戦闘記録がないのが真姫ちゃんだけだからね。『生体技能はすごくても戦闘向けじゃない』って子が初戦去年スキルコンテストの実力者に勝ってごらん? 与える衝撃はぶっ飛んだものになるよ。自慢になっちゃうかもしれないけど、去年私と本気で競り合った相手だからね」

 

 「とはいえ、勝てない相手ではありません。近接戦闘以外なら、確実に真姫は対戦相手に勝る上、近接にしても一気に崩れるほど脆くない域まで仕上がっていますから。何より……私も思い知ったのですけど、西木野真姫という物差しはまだ知られていないアドバンテージも存在します」

 

 控室にて穂乃果に続く格好で、海未は真姫にそう話す。本格的戦闘経験がない眼前の少女に戦闘技能を指南した彼女だが、その伸びの良さに心底驚いたのである。事象解析による産物では決して説明しきれない当人の技量と意欲を、海未は数週間のうちに真姫から感じ取った。自信を持って送り出す形ともいえる場面で、彼女はさらに言葉を発する。

 

 「案ずるより産むがやすし、です。私たちはダンスパートも含めて打てる手は打ちました。集客もインターネット配信の視聴率も上々であれば、間違いはなかったともいえるでしょう。後は穂乃果じゃないですが……当たって砕けろです」

 

 「意外と海未ちゃん、フランクな表現混ぜてくるんだよ? 今回は参戦形式の兼ね合いで私は出ないけど、予定通りの二勝ストレートで決めてよね?」

 

 「そのためには真姫ちゃんだけじゃなくて私も勝たなきゃいけないけど、なんとでもなるよ。真姫ちゃん、今回バトルパートに出ないことりちゃんの分も私たちで魅せよう?」

 

 「言うまでもないじゃない! それじゃ、行ってくるわ」

 

 穂乃果たちの激励に、真姫は短くそう返し戦闘フィールドへと向かう。ある程度歩き抜けた先にある勝負の舞台は、旗下場で見るとなかなかに迫力を感じさせるものだった。フィールド内のみ証明がともされる中、舞台を上った先で待ち構えた対戦相手は、快活そうな様子で声を真姫へと掛ける。

 

 「あなたって梨姫が話題に出してきた当主の子ね? テレビと写真で見たことあるけど、やっぱり尋常じゃない雰囲気じゃない」

 

 「勝負の前だけど……ありがとう。けど、負けないわ」

 

 「そりゃお互い様よ。統廃合騒ぎのあおりを受けたのは、音ノ木だけじゃないんだよ? この東神田第一校も、序列入り抱えてるそっちを倒して名をあげなきゃいけないんだから。そんなわけで、東神田第一アイドル部副部長三熊綾香、推して参るっ!」

 

 対戦相手の細い茶髪ツインテールの女子生徒――三熊綾香はそういうや、手持ちの魔法兵装を起動し、技能装束姿に変わる。へそ出し赤茶ベースセーラー服風のその姿に薙刀型の魔法兵装を構えた様子は格闘ゲームにも登場するかのような風貌だった。相手の臨戦態勢を受けて、真姫も意を決し、魔法兵装を展開する。

 

 「アスクレピオス、行くわよっ!」

 

 使い手のコールに対し、両刃剣型魔法兵装――アスクレピオスは彼女を臨戦形態へと変貌させる。赤のボディースーツをベースに白と黒のドレス風スカートと背部に家紋を入れた白衣風コート、黒のブーツとグローブは現代医療科学とファンタジーをバランスよくまとめた具合だった。素人目から見れば接近戦型を思わせる彼女の姿は、意外にも熟練者から見ても様になるらしかった。

 

 「公式初戦闘の割に隙がない……こりゃ、面白くなりそうじゃないの! それじゃあ、行くわよぉっ!」

 

 「こっちだって、負けないんだから!」

 

 試合開始のブザーとともに、真姫はほぼ同時に突っ込んできた綾香と斬り合いを開始する。元来の性能と海未による指南のおかげか、近接巧者の対戦相手でも五分にわたり合いつつあった。だが序列第五位を相手取ることを念入りに計算した三熊綾香は、読みの的中を確信しさらなる行動に移る。

 

 「やっぱり近接でのネガを潰したつもりだけどさぁ……もっと速くなっても平気かしら!?」

 

 「急に速く――って強いっ!」

 

 「私の身体加速(アクセルボディ)、事象解析ほどじゃぁないけどいろいろできるのよっ!」

 

 綾香は挑発的にそういうや、速度のみならず自らの肉体がなすすべての機能を加速させる。彼女の持つ生体技能――身体加速は保持者の肉体を加速させるという効果のみならばいたってシンプルな代物である。その名の通り高速移動を可能とするように思われがちだが、字面とは裏腹の汎用性を対峙する真姫は思い知らされる。

 

 <移動速度だけじゃなくて、身体機能全てが加速されてるの!? 攻撃も反応も魔力展開もかなり速いわ。予想よりも手強い感じがするけど……>

 

 攻撃を捌きながら、事象解析を用い真姫は相手の戦術を分析する。身体加速は移動速度上昇以上に、攻撃や魔法戦闘時の反応速度の上昇がむしろ主流なのである。戦闘技能全般が加速される以上、汎用性が極めて高いものであり、生体技能での干渉を主体とする彼女にとって相性が悪いといえた。ただし、種が割れ加えて対処法が見えているならば話は別である。そうとも気づかない三熊綾香は、速攻での決着を果たさんとすべく、さらなる加速を発揮する。

 

 

 「解析しようにもさぁ、本人も内部魔力も早かったら狙えないでしょ!? 加速全集中、音斬り舞!」

 

 「衝撃波付の、連続斬撃くらいなら!」

 

 「ぶっちゃけて、それだけじゃあないんだけどぉっ!?」

 

 ヒットアンドアウェイの要領で切りつつ魔力人を連射する三熊綾香は、ある程度真姫の対処が鈍った隙を衝き、一気に必殺の突撃を敢行する。加速はもちろん限界まで穂先に集中させた魔力刃の威力は、各上の実力者であっても一撃で仕留めきれる域だった。事実、単純な対応のみでは真姫の回復能力をもってしても大打撃が見込めたのである。ただし、この事実は真姫当人も自覚しており、その対応も構築済みだった。しかもそれは、彼女自身の勝利につながる王手の一撃でもあったのである。

 

 「もらっ、た――て、体が、うごか、ない!? ま、麻痺なの!? それとも事象解析で何かされた!?」

 

 「何かしたのは事実だけど、そうして突撃直後に倒れた原因は私の魔力じゃないわよ? 実際、事象解析でこっちの魔力を送るには速過ぎたんだもの」

 

 「ゆ、有効な手を打てたとしても……このざまだけどね。なんなわけ? こっち、どうやっても動けないんだけど」

 

 「人体ってさ、魔力による増強に限界があるのは知ってるでしょ? 許容量を超えた魔力が入ると身体機能って程度の差こそあれダメージを受けるのよ。倒れた理由だけ言うなら、あなた自身の魔力暴走が答えよ」

 

 王手から相手を詰ませた真姫は、ネタあかしとばかりに答えを説明する。超高速での突撃を崩した決め手は、意外にも三熊綾香自身の魔力が原因だった。無論彼女の自滅ではなく真姫による反撃によるものであるが、少しでも考察すれば恐るべき要素をこれは含んでいた。案の定、気付いた綾香は驚愕もあらわに質問を重ねる。

 

 「事象解析でも、魔力波長のあわせは、かなりきついのよ!? それを初見の相手で、高速かつ一瞬でなんて……やっぱりでたらめじゃないの」

 

 「でたらめでもなんでも、これが今の私なのよ。今までの自分になかった、μ‘sの一員で憧れの人みたいに戦うって決めた西木野真姫ならこれくらいやるわ。ともかく……この勝負、私の勝ちで良いかしら?」

 

 「動きようも、まぁないし、あなたのことを単純に『序列第五位』ってだけ思っていたことが敗因かな? ギブアップさせてもらうよ」

 

 麻痺による不快感が残るものの、初陣に戦士として臨んだ真姫の立ち振る舞いを見て、三熊綾香はそう返す。敗北感は相応にあるものの、こうも一瞬に高等技能を見せつけられたことにある種のすがすがしさを覚えたからである。審判の勝利宣言と沸き立つギャラリーの声援の中、勝者たる真姫も落ち着き払って勝ち星を受け入れた。かくて赤毛の少女の初陣は、想定の通り観客を沸かせる快勝として無事幕引きと相成るのであった。

 

 

 

 

 勝負時は臨むことが難しい。

 

 緊張が過ぎても逸する危険は大きいが、到底緊張なしには成功できぬ局面である。そもそも、一定以上のパフォーマンスには緊張が適切に必要であるのだが、その加減も難しい。ただし、勝負師と呼ばれる人間たちは、かくも複雑なさじ加減をしっかりとこなしことを成功させるのである。その方法はさまざまであるのだが――

 

 「いやぁ、予想通り――というか予想外の奮闘! 真姫ちゃん、さすがだよ! 配信動画のコメントや視聴数も予想値よりも大きいよ♪」

 

 「そ、それは嬉しいし褒められるのも悪くないけどさ……なんで私が抱き着かれてるのかしら? 悪い気はしないけど、どういうことなの!?」

 

 「真姫ちゃんから真姫ちゃん分もらってるだけってことで良いかな?」

 

 「ヴェエエ……海未、この場合私は穂乃果を回復させるべきなの?」

 

 「特に何かする必要は現状ありません。真姫からすれば随分衝撃的かもしれませんが、穂乃果の癖ということで処理してください」

 

 困惑気味に話を振った真姫に対し、若干達観気味に海未はそう返す。彼女としても、眼前の赤毛の少女が試合での勝利後控室に戻るやいきなり穂乃果に抱き付かれたとなれば、ただ困惑することも道理といえた。その点で共感し親友に代わり謝罪する用意もある海未なのだが、しかし譲れない点を彼女は解説する。

 

 「勝負師高坂穂乃果が行う、プリショット・ルーティーンが抱き着き褒めなんです。本人曰く、『ものすごく勝負事って緊張するから、人肌のぬくもりをその前に補給したい』だそうなので、割り切ってもらえると幸いです」

 

 「海未ちゃんの引き締まった感じとも、ことりちゃんのふわふわした感じとも違う、あったかさと良いにおいが売りかな? さすが穂乃果が見込んだ真姫ちゃんだよ」

 

 「もうくどくど言える状態じゃないんだろうけどさ、ちゃんと勝ってよね?」

 

 「それこそ、当たり前だよ。メンバーを集めて協力者も募ったのなら」

 

 真姫の確認に対し、穂乃果はそう返して彼女から離れる。先ほどまでの至福の時を過ごした緩めの表情は、見慣れたはずの幼馴染二名すらはっとさせる鋭いものへと変わっていた。臨戦態勢に移行したμ‘sのリーダーは、短くもはっきりと、己が異議を宣言する。

 

 「勝つことを、誓って実行するものだよ。それでこその仕掛け人でありリーダーだからね。後は、私に任せてね?」

 

 「はい、今回もよろしくお願いします」

 

 「穂乃果ちゃん、頑張ってね」

 

 「ショック収まってないけど……お任せ、させてもらうわ。ここまでぐいと魅かれた言葉なんて、お姉ちゃんとにこちゃん以外初めてだもの」

 

 ぎこちないながらも、海未とことりに続く格好で真姫は穂乃果に後を託す。つい先ほどまでの人懐っこさとは対極でありながら、心引き込む言葉を見せつけられた彼女は率直になれたのである。そうしたエールにありがたさと、同等な域での緊張感を主役は感じていた。だが内心の葛藤が不安につながりかねないと理解する彼女は、一切出さず悠々と控室を後にする。

 

 <さて、今回の対戦相手は……真姫ちゃんと同じ西木野一族だったよね。前に公式戦での対戦経験はあるけど、やっぱりスタイル変えてくるかな? あっちだって負けられる状況じゃあないし>

 

 戦闘フィールドに向かうがてら、対戦相手の情報を最終確認の意味合いで改めて穂乃果は吟味する。西木野一族分家にあたる彼女の実力は、今年の二月の公式戦でほぼ把握済みだった。だがそこから三か月の時間と、何より状況柄自身の分析は徹底的に進んでいるといわねばならなかったのである。ただし、そうであってもなお穂乃果は『圧勝』を算出できるだけの論拠を有していた。

 

 <真姫ちゃんとことりちゃんから手にした情報があるし、そもそも対西木野の戦術は前々から経験済みだからね。問題は、判定含めた勝利自体は難しくないけど圧勝しようとするとリスクが大きいってこと。ただ、スクールアイドルライブがリーグ式ポイント制だと、稼げるところで稼がないとまずいし>

 

 己がプランの成功根拠とリスクを天秤にかけ、穂乃果は状況をそう分析する。『生体技能保持者の多価値的な育成』を題目に掲げるスクールアイドルライブは、単純な勝敗で勝負を決するものでなかった。無論、ライブパート・バトルパート双方での勝敗の意義は大きい。だが勝敗の線引きが項目ごとのポイント制によるものであり、状況によっては質の高い試合の場合敗北しても獲得ポイントで優る場合すらある。故に臨むスクールアイドルは、勝敗以上にポイント獲得を意識するものなのである。

 

 「たださ、ポイントに目を奪われて負けちゃあ意味ないんじゃないの?」

 

 「それもそうだよねー、ってあなたは!?」

 

 「あー驚く? といっても高坂さんに会ったのは偶然だよ。まぁ対戦相手がふらりなんて面食らうよね?」

 

 「だよねぇ。西木野さ――真姫ちゃんがいるから違くて、梨姫さんも実は驚いてる?」

 

 「実は結構やられてますって。勝負に影響は出させないようにするけどさ」

 

 真姫と同じ赤毛ながらツーサイドアップかつ黒ベースのセーラー服で彼女より高めの身体の少女――西木野梨姫はフランクにそう返す。真姫という規格外を前には相対的に劣るものの、十二分に優秀といえる実力者だった。双方のチーム代表が試合直前対面する形となったものの、しかし意外にも和やかに事態は推移する。

 

 「時間も時間出し状況も状況だから話すのは後にして……私も負けないよ? 西木野の戦いはいろいろあるし、真姫様には負けるけど私だっていろいろ鍛えてる。続きは、試合で味わってね」

 

 「こっちこそ、勝つんだから」

 

 「相変わらず、勝負師してるじゃない」

 

 短くそう言った梨姫は、穂乃果とほぼ同時にその場を後にする。決戦を前にして、偶発的であったが両者は適度なレベルで気をほぐせたのである。賭すラバ続きは、真剣勝負によりなすものとなる。二人の戦士は一切の迷いをなくした状態で戦闘フィールドに立ち、試合開始とともにぶつかり合う。

 

 「マジックオン、グアータ!」

 

 「アンサラー、行くよっ!」

 

 グレーと青のパイロットスー痛風の魔法装束に銃身の下半分が刀身と化した大型銃を構えた梨姫と、白とオレンジのドレスに半袖エメラルドブルーコート、ガントレットに金属製ロングブーツに大剣型の魔法兵装『アンサラー』を手にした穂乃果はそのまま激突を開始する。双方基本的にバランス重視型の近接戦闘が主体であり、早くも激しい斬り合いが勃発した。武器の形態柄果敢に攻めを加える穂乃果だが、梨姫の側も座して崩されるわけでもなく、冷静に隙を窺う。

 

 <案の定刀身に強めの魔力コーティングを施しているけど……こっちは干渉なんて狙わないわよ? 乱戦での魔力掌握なんて真姫様クラスじゃないと、とてもまともに決められないしね。大体、西木野の戦いなんて他にもあるんだし>

 

 「押されっぱなしじゃ、私に勝ちを譲るだけだよ!?」

 

 「懐に引き込んで、一気に巻き返すのも勝利の戦術だよっ!? 証拠に、こうさっ!」

 

 「こっちの動き、もう読んできた!?」

 

 攻撃の対応速度を上げ、銃口からの射撃まで交え出した梨姫を見て、回避しつつも思わず穂乃果はそうこぼす。とはいえ彼女はこの展開を――事象解析により己のモーションが割り出されることを予測していないわけではなかった。ただし、こうも序盤に機会を制されるとまでは想定していなかったのである。態勢の立て直しをともかくも図ろうとするが、させじとばかりに追撃を梨姫は開始する。

 

 「変な隙なんて与えないんだから! ダウニングショット!」

 

 <神経含めた人体機構を内部から破壊する射撃魔法! ここはよけなきゃ!>

 

 「バージョン、ホーミングスプレット! 私も前回の教訓意識してるんだよ!?」

 

 「これ捌ききるの、結構きつ――い!?」

 

 間合いを取ると即座に繰り出されたりきの射撃魔法の弾幕に、穂乃果は対処が遅れてしまう。過半を剣捌きで切り裂いたものの、数発の誘導散弾の被弾を余儀なくされたのである。その被害は直接攻撃力もさることながら、事象解析の効果による内部機能の損害がより重い形だった。痛覚と神経・筋肉のダウンにより動きを鈍らせている穂乃果に対し、梨姫は満を持して必殺の一撃を放とうとする。

 

 「いくら高坂さんでもさぁ、手持ちの手段でこの一撃って対処無理でしょぉ!? ダウニング・ジャッチメント!」

 

 「二月の私じゃまず無理で、今の私でもひとたまりもない、かな? けど、今にあるのはそれだけじゃあない」

 

 「最大出力の事象解析乗せた、上段切り迫ってるけどぉ!?」

 

 「止めれば、問題ないよね?」

 

 穂乃果はさらりとそう告げるのだが、その意図と説得力を梨姫はもとより会場のどの面々も理解できなかった。現に至近距離での高速斬撃を前にすれば、強力な生体技能でもない限り対処は不可能であり、穂乃果はそれに該当しないのである。この点は当事者である彼女自身もよく心得ていた。ただし、該当させる方法を、彼女は三か月ばかりのうちに身に着けたのである。

 

 故に、現出される結果は、高坂穂乃果意を除くすべての目撃者を侠客させるに十分すぎた。

 

 「そ、その力……ランダムじゃあなかったの!? 偶然私との戦いで出てきてくれたんじゃなかったの!?」

 

 「最近になってだけどさ、桜花光翼(ルーウィング)の出し方を多少理解できたんだ。肉体ないし、精神状態が、一定以上の危機と能力の必要性があるって……覚悟できたときにこの力は出力できる。だから、今は白い大翼として梨姫さんの攻撃をしのいだ。保持者のイメージで能力の形が決まるなら――」

 

 「刀身に乗せて、一撃を放つこともできるわけね。けどそれだけで私は」

 

 「倒してみせるのが、リーダーだから! ルーアブソリュート、エッジ!!」

 

 背中より顕現した魔力とは異質のエネルギー状の大翼で梨姫の一撃をしのいだ穂乃果は、対処の暇など与えんとばかりに翼すべてをアンサラーにまとわせ斬りつける。事象解析による無力化許容量をはるかに超えた一戦は、一撃をもって梨姫をフィールド場外へと吹き飛ばし、意識を奪わせるに十分だった。真姫と同じ一撃必殺の決着にして、劣勢からの逆転劇は、μ‘s初勝利として観客たちは大いにこの勝利に沸いたのである。小野が描いたシナリオの通りに勝ちを収めた穂乃果だが、ギャラリーに微笑と手を振って応じつつ、きわどかった対潜を冷静に振り返る。

 

 <こっちの危機的状況が生体技能の発動条件だとしても、それまで持ちこたえられなきゃ意味がないからね。あるいは、能力を発動させてもそれで勝負がつかなくてもまずかった。こっちの一撃で決着がつく劣勢を何とか作れたけど……本当にきわどかったな。けど>

 

 ――やっはり勝ちって嬉しいものだよ。

 

 綱渡りじみたパフォーマンス要素と己が計画を意識しつつ、それでも穂乃果は勝利の味をかみしめる。同じ目的のため力を尽くしてくれる仲間や協力者への想いに偽りはないにせよ、勝負師の二つ名を持つ者として純粋に勝ちは嬉しく思えるのである。自己と他者双方の意味で祝えてこそ、勝利に意味はあるものだと彼女は改めて持論を意識した。かくてμ‘sの初陣は、勝負師の計画通り世間を沸かせる白星をもってその始まりを無事終えたのであった。

 




 次回も二日以内で投稿します。

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