ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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統廃合予告という衝撃を前に、仰天する穂乃果たち。あきらめる意思などない彼女は早くも対処に動き出す。一方の真姫も思惑を胸に秘め行動を開始し……とまぁそんな具合の第一話です。プロローグと合わせ、各キャラの初期段階での立ち位置は言及できたと思えます。


第一話

 Ⅰ

 

 青天の霹靂は誰にでもありうる。

 

 人間にとって衝撃と感じる事象は誰にでも発生する。人間にとって予想外はいくつも発生し、往々にしてそれらは当人を大きく左右する。ただし、同じ突発時でも幸運となるか不運となるかはまた別である。一分一秒か、あるいはそれ以上に短いとっさの判断や、そこからためらわず実行に移す力量。何よりとっさをものにしようとする気概。古今東西成功を収めた人物は、こうした突発時を乱れることなく制し続けているのである。

 

 故に、人は動く。眼前の機会を制さんとするために。

 

 完全に寝耳に水となった展開であっても、ぶれることなく高坂穂乃果は動き出す。

 

 「いったい、なんでこんなことに!?」

 

 「さ、さぁ……で済ませるつもりはもちろんありませんよ。ただ、この時期にこのパターンは私もとっさにはわかりません。ことり、兆候はありましたか?」

 

 「ううん、全くないよ。防衛省・文部科学省・内閣府と電子情報はかなり調べたけど……セキュリティーを強化してる様子すらなかったし。紙媒体での極秘のやり取りか、あるいはUTX側に一任された大規模な動きか、そのどっちかだよ」

 

 「だとしてもさ、今年の四月に将来的統廃合通知なんて妙じゃないの!? 西木野ショックもそうだけど、現状音ノ木坂のレベルに支障が出たわけでもないじゃない! その証拠は、去年私たちがあれこれと証明したはずでしょ?」

 

 釈然としないとばかりに、穂乃果は海未とことりの言葉にそう返す。始業式翌日発表された統廃合通達は、母校を愛する彼女を心底動揺させた。事実失神するのではと感じるほどのめまいに彼女は通知用紙を見た瞬間、襲われたのである。だが昨年と、そしてそれ以前からの経験が穂乃果を踏み止まらさせた。衝撃に見舞われた己の意識を復旧させた彼女は、すぐさま傍らの海未とことりに声をかけ、事態の対処を開始したのである。

 

 「ただそれでも、ともかく今大事なのはUTX側の――そしてバックにある主流派の思惑を知ることだよ。そしてそこから得た情報をもとに、音ノ木坂を守りきること。二人とも、これに異議はないよね?」

 

 「ええ、もちろんです。まず初めに情報の整理ですが……UTX学院からメールは届きませんでしたか? 編入の誘いと付与される特権の数々などが記載されたやつです。あくまで私宛のメールには穂乃果やことりの処遇も同等のものを保証するとありましたので、二人にも届いていると思うのですが」

 

 「うん、こっちにも来てるよ海未ちゃん。それに生体技能で少し調べたんだけど、音ノ木はもちろん今回で対象になった魔法科設置校の主要生徒全員にこの種のメールは送ったみたい。それに……お母さんも含めて魔法科教員にも近い感じにメールはあるの」

 

 「有力どころを軒並み集めて、自前の設備で一括効率運用って感じかな? それにしても、やることが随分と今までに比べ迂遠じゃないの? 他校まで巻き込むにしてもUTXがほしがっているのは私たち三人だってこと、去年までの流れじゃ明白なのに」

 

 合点がいかぬとばかりに、穂乃果は海未とことりの問いにそう返す。魔法科高校同士の双璧としてしばしば対立することの多い音ノ木坂とUTXだが、これ以外にも競合する箇所がある。というのは双方とも国立高校なのであるが、統括すべき文部科学省に二つの派閥が存在するのである。魔法科学開発における急進派と穏健派という潮流は、前者が生体技能の高練度を追及するUTXに、後者が一点特化型でも積極的に許容する音ノ木坂に関与する流れとなった。現状主流が高練度派である兼ね合い柄、穂乃果たち音ノ木坂はしばしばUTX側より嫌がらせを受けていたのである。西木野ショックのような事態こそなかったものの、あの手この手の執拗な勧誘が続いたのであった。

 

 「あまりに露骨に私たちを狙うには不都合と判断したのではないですか? 西木野ショックは無論ですが最高の技能保持者ランク7の頂点――序列入りの確保には相当数の神経を有する。だからこそ、即座でもなく一年後の計画であり拝み倒す勢いの勧誘だと思います」

 

 「向こうからしたら、私たちの動きがとにかく怖いんじゃないのかな? メールが送られた人たちの動きや他校のことを調べると、明らかにこっちの出方で対処を決めるって感じだったな」

 

 「ここでの方針が魔法関係を揺るがす引き金になるともいえるのかぁ……」

 

 「もう承知だと思いますが、意表を衝いてUTXに殴り込むなんてパターンはナシですよ? 遺憾ながら私たち三人と現時点の人脈ではA-RISEの撃破は無理です。あの面々が私とことりよりも上位の序列入りだという事実、よく重視してください」

 

 「正面突破もそうだけど、あの三人を出されると私のからめ手からの動きも無理になると思うよ。上手いところA-RISEを一時行動不能にしたとしても……きついかな?」

 

 敵側の戦力を明らかにする意味合いを込め、ことりは海未に続き現時点での見通しを口にする。『技能保持者の健全鍛錬』という名目で発展の一途をたどるスクールアイドルは、規模の大小こそあれ魔法科高校には大概存在する。故にUTXにも所属するのだが、それこそが一番の曲者――というより当代最強の戦力として君臨している。序列入り一位、二位、三位から構成されるA-RISEは、直接戦闘はもちろんアピール・応用面でも頂点に常時立ち続ける怪物ぶりだった。そのため活動幅は学生どころか日本が保有する最大魔法戦力として、国内外多方面に活躍するほどである。

 

 「ただ、それでもいきなりA-RISEとぶつからないってのは救いだよね。向こうとしては正当性の確保のためだとしても、こっちとしては貴重な時間になるし。海未ちゃん、これを踏まえて考えるとするならさ、UTX側の正当性の根拠を私たちが潰しちゃえば何とかなるんじゃないのかな?」

 

 「ですからそれをしようとするならA-RISEを倒すしか――まさか穂乃果!?」

 

 「まさかを狙いたいんだけど、今はまだピースが足りないかな? けど、ちゃんとあるはずだよ。それ以前に、私たちの因縁以前の段階に音ノ木坂が好きな以上、なんとしても統廃合なんて白紙にしないとだめだよ! だから」

 

 「穂乃果ちゃん!? 今から始めるつもりなの? 時間、押すかもしれないんだよ!?」

 

 「大丈夫、もう構想自体は六割がた浮かんだ段階だし、あとは細部の進め方を詰めるだけだよ。海未ちゃん、用意してくれた資料全部渡して。ことりちゃんはノートパソコン十分だけ貸してくれるかな? ちょっと、計画立てるよ」

 

 何か考えが思いついたのか、穂乃果は海未とことりにそう依頼する。幼馴染の変化をとらえた二人はすぐさま品を渡すのだが、瞬間その当人はすさまじい行動を開始した。百近いページの資料を一気に読み上げると、返す刀でノートパソコン内の資料と文章データを見つつ計画書を打ち始めたのである。腕利きのハッカーと見間違えるような鬼気迫る勢いで作業を進めつつも、しかし穂乃果の頭脳はそれ以上に事後の展開を想定していった。そして宣言通り作業を始め十分後、タイピングを終えた彼女は一呼吸を置いたのち、よどみなく二人に宣言する。

 

 「結論するよ。統廃合を阻止するにはスクールアイドルの甲子園――ラブライブでトップに立つ。この方向に尽きるって穂乃果は見たな。もちろん、根拠も説明するよ。海未ちゃん、『現時点の人脈ではA-RISEの撃破』は無理なんだよね?」

 

 「ええ、確かにそう言いましたが……人材を音ノ木に集めるのですか?」

 

 「集めるっていうより、集まるよう誘導するのがどっちかというと、まず本筋だと思うね。元々魔法の名門校って音ノ木は通っているし、そのうえでライブやらスキルコンテストで実績を出していけば、嫌でも関心は集まるよ。そうしたら学校内の人材やってくるし、他校から来る可能性だって見込める。まず最初の段階として、華々しく勝つのが肝要だよ」

 

 「確かに真違いないと思うけど……私たちで勝てるの? 個人じゃなくて、チーム戦なり演出って前提で、だよ? 去年は個人部門でのスキルコンテスト出場だったから上手くいけたけど、ラブライブだと……」

 

 大方針を認めつつ、しかし不安げにことりはそう答える。方針立案に関し天才的なひらめきを持つ穂乃果の言葉を疑っているのではないのだが、それでも現段階では脆さを補えているとはいえないのである。特に彼女としては、戦力以上に連携での実戦に関して不安が強かった。強大な能力を持つものの、それ故に連携するには生体技能や戦闘規模がどうしても大きすぎてしまう。その状態でもPRは十分可能であるが、あいにく小鳥たちにはそのノウハウがなかった。しかし、持論の展開を想定済みである穂乃果は速やかに対応策を説明する。

 

 「ノウハウが、ない。でしょ? もちろん練習して何とかしようよってだけは言わないし、そもそもできないし、できても言っちゃいけないよ。だったら、誰かできる人に教えてもらえば良いじゃない。幸い、一人当ては見つけてるんだ」

 

 「当て? 不確定要素が多い企てにすぐ賛同してくれる生徒がすでにいるのですか? 話しぶりからして成功の見込みが大きいとにらんでいるとして――穂乃果」

 

 「お? 海未ちゃんは私の意中、もうわかったりするの? そうだとするならこれまでの流れからしていけると私は考えてるよ」

 

 「成功率は確かにありますし、効果も見込めるでしょう。ですが、ただで済むと思いますか!? 相手の立ち位置を思えば、何か協力と引き換えに要求を呑む必要だって」

 

 「そういうときこそ、穂乃果が対処するよ。それでこその旗振り役だし責任の取り方かな? 幸い、多少とっかかりは持っているからさ。話をつけられる自信はあるけど、失敗したときはまた、何とかするからさ」

 

 語尾を若干しんみりさせながら、穂乃果は何ら躊躇なく海未にそう返す。突飛でいてほぼベストアンサーに近い方針をしばしば組み立てる彼女だが、己のプランのもろさに関しても自覚があった。最適解であるがゆえに、実践には大きな負担を伴う結果が多いのである。それ故にこそ、穂乃果は自らで終える負担なら積極的に臨み対処するつもりだった。大胆かつ突飛とみられやすいこの少女は、実は相当繊細な部分を併せ持っているのである。

 

 「というわけで高坂穂乃果、計画第一段階の実行に移ります。海未ちゃん、ことりちゃん。その間プラン読んで戻ってきたら改善点を教えてくれないかな? やっぱり実行にはそっちが強い人の意見がほしいし」

 

 「ほ、穂乃果。まだ私は」

 

 「海未ちゃん、ああも動くって宣言した穂乃果ちゃんを今止めるのはかえって良くないよ? 私も穂乃果ちゃんが狙ってる相手の見当はついたけど、少なくとも取って食われる相手じゃないから大丈夫だって思うな」

 

 「そりゃ、そうですよ……大変になるのはこっちですし。とにかく穂乃果、やるからにはきっちり成功させてくださいね? いつでもどこでも、私たちの根幹はあなたなんですから」

 

 ことりに軽くたしなめられた海未は、観念したとばかりに空き教室を後にする穂乃果にそう告げる。とはいえ振り回されたはずの彼女には、例のごとく不快感を覚えなかった。強引で無鉄砲でいながら、もたらされる結果と過程がたまらなく面白いとこれまで思え、今回も期待できたのである。ならばこそかける価値があるうえ、それ以上となる自らの在り方のためにも戦える。結局いつもの形として、海未は苦笑交じりに幼馴染を見送り己の行動にことりとともに移るのであった。

 

 

 

 

 突発時を予測する人間はいる。

 

 それをある程度見越して動いたならば、当然ながら対案を設け人は臨むものである。ただし、突発時であるがゆえに当人の読みとは異なる事態の発生も往々にして起こりうる。選択一つで今後の明暗を分かつともいえるのだが、真に優れた人間はこのあたりの揺れを表に出さずやってのける。そしてまた、西木野真姫も試みださぬような威信を秘めながら、母校に生じた突発時の対処を考え始めた。

 

 <UTX側がアクション起こすとは呼んだけど……思いのほか大きく出たものね。音ノ木をピンポイントで狙うならともかく、これで争点のごまかしはかなりやれた形だし。そんでもって、私に対する拝み倒し。あいつら、随分焦ってるのね>

 

 穂乃果たちの作戦会議とほぼ同刻、やや騒々しい昼休みの教室にて真姫は統廃合の知らせを考察する。昨年のこともありUTX側の対抗があること自体は読めており、ある程度の対処ならすでに構築済みだった。ただ敵側の譲歩が予想外であったことと、さらに別の懸案が彼女に深い考えを起こさせる。

 

 <統廃合完了時に新理事長への就任要請。UTX側が保持する生体技能研究七件の譲渡。去年の襲撃犯主要陣の引き渡し。現在の経営陣はなりふり構わず私の歓心を買いたいらしいけど、これは政府側の意向かしら? こうも下手に出てるとなると奴らの動きは当面おとなしいとして……例の予言なのよね>

 

 ある種の気味の悪さすら感じる条件提示の数々に、真姫はひとまずそう推測する。前年の西木野ショックもあるためか、UTX側は嫌に丁重な具合で彼女の引き込みを合作しているのである。無論当人に応じる意思はないのだが、敵側の動向が知れたうえ適当に茶を濁す対応をつづければ当面捲けるものと読めて良かった。しかし真に真姫が気にすることは、朗報とはいえる情報と、あらゆる意味合いからして毛色が異なるものだったのである。

 

 「『赤き癒しの姫は伯楽を得て思いがけぬ功をなす』……ね」

 

 周囲に聞こえない程度の小声で、真姫は自らに下された予言を口にする。とはいえ西木野の頂点の割に彼女が迷信深いわけでも占い好きというわけでもない。故に少なくとも自ら占い師に占いを依頼するタイプではないし、星座等の簡易的な占いも気に留める質でなかった。そんな彼女がこうも意識する理由は、予言の出所が出所なのである。何しろ西木野一族にとって、あまりに縁深い相手だった。

 

 <それがよりによって東條の――それもアイツからの内密と報告となれば、嫌でも考えるわよ。生体技能の精度も、これまでのつながりからも、予言に悪意があるとは思えないし。ただ、だとすると伯楽が一体誰を指すかって話になるのよね。にこちゃんたち三人の誰かなのか、私が会おうとする人の誰かなのか、それ以外なのか。ホント、イミワカンナクなっちゃう>

 

 長身で柔和な一つ上の幼馴染からの報告を考え、真姫は内心独語する。千年以上前から独自のネットワークを構築し諸国の情報を掌握する魔法家系――東條家と西木野家は代々緊密な関係を保っている。その縁で東條次期当主と親しい彼女は、生体技能による未来予知含めた様々な情報の提供を受けることがあるのである。中でも今回は機密度を高くして送られたものであった。それ故にある種頭を抱えざるを得なかったのだが、一定より先に答えが出なかったことからやむなく真姫は意識を切り替える。

 

 <まぁ、東條はこの学校にも一人いるし、落ち着いたらちゃんと聞いてみようかな? そのためにも……私がしっかりしないと。とにかく、なるべく目立つことでにこちゃんたちを勇気づけなきゃいけないわ>

 

 改めて大方針を確認した真姫は、その具体策の検討に取り掛かる。統廃合阻止か誰かへの勇気づけという違いこそあるも、出力される行動は高坂穂乃果たちに近いものを取ろうとしていた。ただ、彼女の場合実施に際していくつかのためらいが存在するのである。逃げるつもりはないものの、意識せざるを得ない事態に対し真姫は懸念を整理する。

 

 <今回の統廃合につながる始まりが二年前につながるなら……やっぱりやるべきはスクールアイドルにすべきよね。最初に持ち掛ける相手も序列入り第四位と第六位にすれば大丈夫。けど……いけるのかしら? いきなりやってきた相手から『活動休止状態の部活を立ち上げましょう』って提案されて、応じてくれるか不安だわ。それに、応じてもA-RISEと勝負するには手札が足りない>

 

 「って、開始前からネガティブになってどうするの! やるって決めたしそもそも伯楽だってこっちが動かなきゃ出会いようがないじゃない」

 

 「にゃ!? も、もしかして凛たち悪いことしちゃった!? ご、ごめんなさい」

 

 「ヴェエッ!? ち、違うのよ。こっちがかなり考え込んでて、周りが見えなかっただけだから。あ、そのメモ拾ってくれたの? あなたは確か……」

 

 「星空凛にゃ。こっちは私の一番の友達でかよちんこと小泉花陽。西木野さん、このメモに一杯部活の名前書いてあったけど……もしかして入る部悩んでいるの?」

 

 独り言に仰天した少女――星空凛は、誤解を解消すると真姫にそう確認する。結果を見ればトップクラスの有名人とまともに会話することとなったので、声をかけるまで彼女はかなり動揺していたのである。ただ、意外にも普通に対応してくれたことから、凛は本来のペースで臨むことができた。そんな相手の様子を見てか、真姫も比較的自然な様子で眼前のクラスメートの問いに答える。

 

 「候補はある程度絞れたんだけど……正直微妙だから、いっそ新規に立ち上げた方が早いかなぁって思い気味なのよ」

 

 「にゃにゃ!? 考えてることが違うにゃ……凛たちも入る部活どーしよーかなーって考えてるけど、もし作ったとして入って大丈夫?」

 

 「そこは……いけると思うわ。私も考えなしに言ったわけじゃないし、どうにかするプランだって組み立ててる。だからええと、星空さんで良いわよね? そこの小泉さんとあなたもさ、もし良かったらだけど」

 

 「もし良かったら、入ってほしいんですか? 聞いた感じ何かすごいことやるみたいな響きがしますけど」

 

 口ごもった真姫の問いに、ちょうど凛の隣にいた花陽はそう尋ねる。彼女からすれば眼前のクラスメートの提案は、まさしく勧誘のそれだった。ただ同い年との付き合いがほぼなかった真姫にとって、何気ない提案に本人にとって想像以上の好感が返ってきたことは予想外だったのである。内心激しく動揺する心を何とか抑えつつ、彼女は確認に対し言葉を返す。

 

 「ま、まだ細部とか詰める必要があるんだけど、もし良かったら来てくれると嬉しいなぁって考えちゃったわけ。私、今までが今までだったから、こんな形で学校が良いってほとんどなかったのよ……」

 

 「そ、そうなんだぁ。ええと、まだ完全に構想が固まったわけじゃないんでしょ? 少なくとも私は興味が持てたし凛ちゃんも興味ありそうな感じだけど、まず西木野さんが完全に計画を固めてからで大丈夫だよ」

 

 「やっぱりそうなるわよね。ごめんなさい、少し舞い上がっていたわ」

 

 「序列入りのお嬢様暮らしって、やっぱり大変なのかにゃ? 少し凛は気になるにゃ」

 

 かなりきわどいといえる発言を、しかし凛は臆面なく真姫にぶつける。その様子に花陽は思わずハッとするも、言った当人は何の成算もなく選んだわけではなかった。直感的であるが、世間的でいう『日常的な生活』に眼前のお嬢様は憧れていると読めたのである。その判断を裏付けるように、やや考えるそぶりを見せたのち真姫は実情を語りだす。

 

 「広めの自室とお屋敷に研究所、あとは依頼を受けて各地の病院がだいたいの行動半径だった。窮屈って感じたわけじゃないし、西木野の役目柄責任だって信じてるし、私を必要としている人が多いのも嬉しかったわ。けど、それだけじゃ足りなくなってきたし、憧れてる人に追いつけないって今は信じてる。だから、ここでの高校生活を私は期待しているっていうのが……本音かな?」

 

 「こっちでいうのもあれだけど、結構きわどいこと言われたんだよ? 本当に平気だよね?」

 

 「何だろう、意外と気分がほぐれたのよ。ホント、不思議なものだわ。イミワカンナイ展開だけど、悪い気はしない」

 

 <といっても、さすがにこの子が伯楽になるとは……思えないけどね。私にとってそうなるとしたら、にこちゃんかお姉ちゃんみたいにぐいぐいしてくれる人だけど、こんなことがあるならきっといるかもしれない>

 

 当人が知れば失礼になることを意識しつつ、真姫は己の心理を分析する。だが目の前のクラスメートたる凛は想像以上に話しやすい相手だった。絶対日数が少ないとはいえ、クラスメートと長く会話をつづけられた経験は、彼女にとって新鮮だったのである。何事もなければしばらく会話を続けたいところであるが、なすべきことをいまだ残す身として真姫は離脱を申し出る。

 

 「ありがとね、二人とも。今の話でアイディアも見えてきたから、私はこれで」

 

 「うん、頑張ってにゃ~」

 

 「あの、頑張ってくださいね!」

 

 花陽が凛に続けてそう言うと、真姫はそのまま教室を後にする。彼女も幼馴染と同じく新たな出会いの引き金を得た形だが、こと時はまださして意識することはなかった。一方颯田真紀もまたのちにこの出会いの意味を考えさせられるのだが、懸案の解決を急ぐ当人に思考の余力は残されず行動を開始する。

 

 <ああいって離脱したけど……どこ行こうかしら? 二年生の教室とかも良いけど切り出し方が微妙だし。ホント、どうしよっか――ってあれは>

 

 当てが錯綜気味に廊下を歩く真姫は、不意にあるものに視線が向かってしまう。内装の充実があるものの特に代わり映えのない音楽室なのだが、彼女にとってそこは特に思い出深いものがあった。といっても彼女がかつてこの教室に入ったわけではない。音ノ木に進学した姉からしばしばこの部屋でピアノを弾いていたことを聞いたからだった。それでも話題として出てきた――それも姉が使っていた思い出の場所を目の当たりにして、真姫はどうしても惹かれてしまったのである。あたりをひとしきり確認したのち、彼女はそのまま音楽室のドアを開け内部へと入る。

 

 「お姉ちゃん、ここでピアノ弾いてたんだよね……」

 

 しげしげとピアノを観察し、真姫は感慨深くそうつぶやく。魔法はもちろん医術を含めた世にある大概の技術を生体技能により習得できる彼女だが、ピアノ演奏に関しては例外だった。一族や両親より数々の芸事を仕込まれる中、姉の演奏を目撃して以来自主的に覚えたいと申し出たのである。以降自力で練習を重ねコンクールでの入賞経験もしばしばとなるまでに腕を上げた。担当する研究が忙しくなった兼ね合い柄小学校卒業時点で離れたものの、その後も個人的な研鑽を続けたほどである。

 

 <誰かが近くに来る気配はないし、防音設備も良いみたいだから……一曲弾いても良いわよね?>

 

 しばしの逡巡を経て、真姫は気分の切り替えの意味も込めピアノの演奏を決意する。手早く腰掛け鍵盤に向かい、そのまま滑らかに弾く様子はまさしく熟練者のものだった。とはいえその良し悪しも誰かしらの目撃者があってこそ、判断可能なものである。音楽室にいる人間が彼女のみの現在、批評にこの演奏がさらされることはないはずであるが――

 「いやぁ、うまい、うまいよ! 少し聞いただけでもまた聞きたくなっちゃうぐらいだよ!」

 

 「ヴェエ!? それは嬉しいけど……弾いてるの、分かったの!?」

 

 「たまたま音楽室の中が見えて何やってんだろうなーって中に入ったら、すっごい良い曲が聞こえてきたって感じかな?」

 

 いつの間にか音楽室に入っていた女子生徒は、親しげな口調で真姫の演奏を好評する。これには当人も突っ込むよりも、まずは感謝の念が困惑混じりながらも先行することとなった。ただそうした中でも、真姫の理性は別の可能性をこの時導き出す。

 

 <あの茶髪サイドテールがどこかで見たことあるようなのは置くとして……リボンの色からして二年生よね? 第四位と第六位と同じ学年なら、もしかして知り合ってるかもしれないわ。だったら>

 

 「どうしたの? 何か考えてるみたいだけど」

 

 「ああ、はい少しだけです。ええと、リボンからして二年生の方ですよね? でしたら序列入り第四位と第六位――じゃない、南ことりさんと園田海未さんと知り合ってらっしゃるんですか?」

 

 「知り合いも何も、二人とも私の幼馴染だよ!? それよりもこんな場面で聞いても少し失礼かもしれないけど……入学式で新入生代表やった西木野真姫さん、ですよね?」

 

 「は、はいそうですけど……まさかあなたは」

 

 動転気味に応じる真姫だが、同時に女子生徒の正体と自らの目的へのカギが眼前に舞い込んだと確信する。相手も何らかの思惑をもってこちらを訪れた模様だが、度外視してでもつかむべき好機だった。意を決して話そうとする彼女を制する格好で、女子生徒は自らの名と来意を明らかにする。

 

 「私は高坂穂乃果。この音ノ木坂の二年生で海未ちゃんとことりちゃんの幼馴染をやっています。実を言うと、今西木野さんを探してて、初対面で申し訳ないんだけどお願いが」

 

 「ええと、呼び方は……高坂先輩か高坂さんか、さすがに下の名前はないわよね?」

 

 「そこはお任せするけど、私は穂乃果って呼ばれるのが好きかな?」

 

 「あーもー、いきなり心地良いぐらいフレンドリーすぎませんか!? イミワカンナイんですけど――じゃなくて、ひとまず穂乃果さん。私も実を言うと、あなたと幼馴染のお二人にお願いがあるんです。多少突飛かもしれないんですが」

 

 「おお、互いにお願い事とか珍しいじゃん。じゃあ、同時に言ってみる?」

 

 女子生徒――穂乃果はノリが良さそうに真姫からの提案にそう応じる。もっと交渉が難航すると想定していた彼女にとって、この展開は意外と同時にかなり好ましかったのである。だが、本当の意味での驚愕はこの直後訪れた。それは――

 「スクールアイドルのトップ、一緒に目指しませんか?」

 

 唐突な目標提示。

 

 しかも大概の人間が見れば大言壮語と処理される一言。

 

 だが真に驚くべきは、全く同じ言葉を穂乃果と真姫は口にしたのである。この結果を偶然か必然か見るか、あるいはその両方で見るべきか、解釈の幅は広い。だが当事者にとって、明白なのは仰天ただ一つだった。

 

 「え、ええ~~!?」

 

 防音材がなければまず外部に漏れるであろう絶叫が、音楽室中に響き渡る。とはいえ両者とも互いが望むカギを、ベストなタイミングで得ることができた事実に違いなかった。かくして少女たちは、新たな歩みに向けここにかじを切ることとなるのであった。

 

 

 

 

 望むものが唐突に手に入れば、人間はどうなるか?

 たとえば一等が億単位の賞金が手に入る宝くじと仮定しよう。大概の――高額当選の経験がない人間は当たったとして大喜びすると答えるはずである。事実、純粋な事象のみ評価するなら生涯賃金クラスの収入を得た以上、これ以上を見だすのが難しい幸運に違いない。だが少し考察すれば税金の問題や使用方法、そして金銭に群がるように発生する対人問題などリスクとなるべき懸案が無数にある。つまるところ、望外の幸運に巡り合った人間は、歓喜以上に驚愕と当惑の念が強くなる例が多い。

 

 そしてそれは、世間的評価で天才に該当する西木野真姫もまた、等しいのであった。

 

 <ええと……日を改めたいからオコトワリシマスって、言えた雰囲気じゃないなぁ>

 

 過半の達観と困惑、そしてある種の左隣に対する感謝を伴い、真姫は己の現状を分析する。とはいえ別段この状況が彼女にとって、必要な案件でありそもそも不利なものでもなかった。昼休みの音楽室で高坂穂乃果との共闘を決めた関係柄、その打ち合わせを放課後行うことは特に不自然なものでもないのである。加えて事前に渡された計画概要も、具体的な詰めは置くとして大方針としてかなり的確なものだった。にもかからわらず俎上の鯉のような状態にあるかといえば、同席者に原因があったのである。

 

 「目的は、いったい何なんです? 私なのかことりなのか、それとも穂乃果なのか。返答によっては」

 

 「海未ちゃん落ち着いて! なんにしたってそんなケンカ腰じゃ真姫ちゃんも話しようがないんだよ!? 考えがどうであれ、まずは協力を感謝しないといけないよ」

 

 「けど穂乃果ちゃん、万一があったら遅いんだよ!? 相手が私たちと同じ序列入りだし、もし何かあったら」

 

 「何かするつもりなら穂乃果はとっくにされてるよ。生体技能の性質からしてことりちゃんと同系統なんだから、やりようはもっといくらでもあるはずなんだって」

 

 打ち合わせ冒頭から不信の目で指摘する海未とことりを、同じく冒頭から穂乃果は説得を続ける。計画第一段階での必要な人物がそろっての会合だったが、経過は冒頭より険悪なものだった。とはいえ彼女としても、幼馴染二人の気持ちについてかなり深く理解できるのである。

 

 <ほとんど即決で連れ込んできた序列入りの子が何か思惑があるって疑うことぐらい、この状況じゃあ誰でも感じるよ。それも、昔からいろいろ抱え気味な海未ちゃんとことりちゃんならなおのことだし、あの二人だって妙な勧誘を何回も受けてた。そりゃ、勘ぐりたくもなるよ>

 

 当事者として同じ経験を有する人間として、穂乃果は海未とことりを分析する。単身での国家クラス戦力価値を有する称号である序列入りであるが、それによる負担もまた大きなものがあった。生体技能そのものが狙われることはもちろん、その特異さによりどうあがいたとしても周囲から浮いてしまうのである。事実、急激に生体技能を開花させた十歳前後の折幼馴染二人の状態は崩壊寸前といえた。その困難を当事者として臨んだ穂乃果は、二人が抱える周囲への不信感と自身への想いが痛切に共感できるのである。

 

 <ただそういう経験で見れば、真姫ちゃんだって同じと判断して間違いないよ。でたらめな性能と支えるだけの強い心。それだからこそ、些細なことで思い詰めたり助けも呼べない脆さ。特に調べなくとも、すぐに分かることだから>

 

 だが一方で、穂乃果は真姫の事情も本質的に把握し理解する。厳密に言えば()()()()より情報を得ているのだが、爆弾めいたそれを明かす意思はない。だが予備知識を抜いたとしても、現状の真姫は彼女から見て危ういと思えたのである。強力な生体技能とそれを使いこなすべく磨かれた当人の技量は、自他とも大概はやれると思わせるものである。だが同時に、負担に誰も気づかず壊れるまで抱えてしまう危うさと同義だった。過去の経験柄その意味を知る穂乃果は、到底座視することなどできなかったのである。

 

 「というかさ、いい加減真姫ちゃんにも話してもらおう? そのために集まったわけだし、ことりちゃんも海未ちゃんも一方的に言いっぱなしじゃどうにもならないよ。というわけで、真姫ちゃんどぞっ」

 

 「え!? そ、そうよね。私がだんまりじゃあまずいわよね。取り敢えず、私が穂乃果さんと全く同じ提案をした理由を話せば良いのかしら?」

 

 「うんうん♪ やっぱり一緒にやる以上、穂乃果としてもそこは気になるところでして」

 

 「三人は、二年前の五月にあった音ノ木の襲撃事件のこと、ご存じ?」

 

 場を明るくしようと努める穂乃果に感謝の念を覚えつつ、真姫はまずそう切り出す。ことが事だけにどこまで話すべきか悩んだものの、行動を共にする以上きちんとした内容は必要と判断したのである。切り出した話題がきわどいからか、三人が表情を真剣にしたのを見計らい、彼女は言葉を紡ぎだす。

 

 「有力魔法科高校にあった襲撃事件だけど、最終的には女子生徒一名のみの死で撃退成功。以降のごたごたはみんな知っての通りだけど……私にとってはお姉ちゃんの――誰よりも大切な姉代わりの人を喪う結果だった」

 

 「まさか……そのお姉さんを死に至らしめた犯罪組織への復讐ですか?」

 

 「違うのよ。その組織自体はそもそも壊滅したし、実行の構成員だってもう全員墓地か監獄だし。あの事件での死傷者はお姉ちゃんだけで済んだけど、被害はそれだけじゃなかったの」

 

 「それだけじゃない被害? 何か揉み消しとか行われたの!?」

 

 至極常識的な疑問を、ことりは真姫に対しぶつける。事件の舞台と性質柄、『被害はそれだけじゃなかった』と言及されたならば、何らかの理由で隠ぺいが行われたのではと踏むのは当然である。だが彼女の問いに、真姫は短く首を横に振るのみだった。合点がいかなくなった面々に対し、当事者は確信にあたる内容を口にする。

 

 「迎撃にあたったお姉ちゃんの友人三人の関係が……壊れてしまったのよ。お姉ちゃんと一緒に戦っていた一人の救援に、残り二人は間に合わず、一人はお姉ちゃんが命を捨てる瞬間に立ち会わされた。それも満身創痍で、何もできない格好で」

 

 「そ、その流れだと西木野さんは二人を恨まなかったのですか!? どのような経緯か知りませんが、お姉さんを助けられなかったこ」

 

 「恨めるわけなんてありえないのよ! 私もその二人が大好きなのよ!? 一人の方も含めて箱入り状態の私のところに遊びに来てくれた! お姉ちゃんと同じぐらい、かけがえなんてない大切な人たちなのよ! そんな人たちが、もう二年もまともじゃないんだよ!? 私にこれを、見てろっていうの! そうじゃないでしょ!?」

 

 「その人たちのこと、真姫ちゃんは助けたいんだね?」

 

 「思っちゃいけないの!? 大切な人がいるなら、助けようと思っちゃいけないの!? どんなことをしてでも、助けようと思える人がいるなら、動くしかないじゃないの! やってみるしかないじゃないの! だから……三人ともスクールアイドルやっていたからそこで活躍して勇気づけられればって、考えてたわけよ。そこで、提案を受けたわけ」

 

 爆発させた己の感情に恥ずかしさを最後覚えつつ、海未と穂乃果を超え言い切った真姫はそう締めくくる。行き過ぎた行為に反省の念こそ湧いたが、しかし彼女は自身の行動理念を否定する意思は毛頭なかった。優等生タイプが突然見せた激情に向かいの二人は呆然とするも、しかし彼女の左隣に位置する穂乃果は新たな言葉を口にする。

 

 「やっぱり、イメージしてた通りだったかな? 初対面でもわかるぐらい、人付き合いがあんまり得意そうじゃないタイプの子がああも必死になるケースって、よほどのことでないとありえないからね。取り敢えず、穂乃果が思ったのは」

 

 「何が言いたいわけ?」

 

 「その三人の人たち、()()()()()()()()()()()助けてくれることを望んでるの?」

 

 「そこま」

 

 「そこまでしようとしてでも助けるつもりになってるって、私には見えたよ? それくらい、お姉ちゃんとお友達の方を大切に思ってるって、嫌でもわかるぐらいに。けど、よく考えて? 真姫ちゃんがそこまで大切に思う人たちが、傷ついてでも何かをしてほしいって考えたりするの? 経緯も背景も知らないけど、きっといつも笑ってほしいって思っているんじゃないの?」

 

 言いかけた真姫を制する形で、穂乃果は本質を指摘する。絶句する当事者を見て、彼女はこれまで周囲からの留がなかったものと確信した。ただ、それもまた好機とも思えたのである。言下に否定するでも対話を拒否するでもなく、聴く態勢をとり続けているのである。ならば話をさらに進めることが可能であり、実際思惑通りの反応を真姫は見せる。

 

 「それでも……何かしないといけないじゃない。これはもう確率とか効率の問題じゃ私にはないの! だから」

 

 「話してみなよ、少なくとも絶対私は聞くよ? ううん、それだけじゃない。ここにいる海未ちゃんとことりちゃんはもちろん、もっといろんな人を巻き込んで解決できるように私は動くよ。そもそもラブライブで勝とうとするなら、メンバーはもちろんあらゆる人の共感を得ないといけないからね。そういう意味でも、真姫ちゃんの目的は果たさないといけないよ。それで海未ちゃんとことりちゃんは良い?」

 

 「良いも何も、こうなった穂乃果を止める術を私は持ち合わせていません。それに、今の話は私にとっても……とても人ごとに思えませんでした。先ほどまで疑ってかかってしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 「海未ちゃんと同じになるけど私の方こそ、ごめんなさい。やっぱりというか、私たちと同じで抱えていたんだよね? 穂乃果ちゃん、そうしたつらいことをよくわかってくれるから、こういう時はホントに頼りになるんだよ」

 

 「そんな……そんな至れり尽くせりで良いの? いくら目指す方向が一緒だからって、いきなり深入りしすぎてないの?」

 

 急展開すぎる事態に対し、真姫は困惑と動転交じりにそう返す。確かに長期的な共闘をする以上互いのすり合わせが必要だとしても、あまりにも穂乃果たちが踏み込んできたと思えたのである。まともな対面が初めての段階でなぜここまで言えるのか、どうしても真姫には合点がいかなかった。そんな彼女に対し、穂乃果はさらりと回答を提示する。

 

 「誰かと深くつながりたいときは、こんな風に思い切るものなんだよ。そうやって何回も思い切っていたらそれが自然になって、その誰かからも思い切られることも増えてくる。だから真姫ちゃんだって、つながりたいって思ったからこそ私たちに本心を話せたんじゃない。そうでしょ?」

 

 「そ、そうよね。やっぱり知ってほしかったから、私も話せたんだと思うわ。それとこれは提案なんだけど……呼び方、お互い下の名前にしない? 立ち位置超えたチームでやるなら、何となくそうするってお姉ちゃんたちから聞いているの。良いわよね、穂乃果さ――じゃない、穂乃果?」

 

 「おおっ、ナイスな提案だよ真姫ちゃん! ちゃんといえたじゃない」

 

 「冷静なタイプとみていましたがかなり初々しいとは……穂乃果風に言えばギャップ萌え、ですかね? ええと、真姫」

 

 「じゃあことりは真姫ちゃんということで良いかな? これなら楽しくなりそうだよ」

 

 ことりが海未に続いてそう締める形で、呼称に関する方針は帰結に至る。互いが強大な力を有するがゆえに、どうしても彼女たちは団結に至りづらかった。だがそれでも当人の意思と引き金さえあれば、確かな関係を気付くことができるのである。道理であると同時にありがたさを伴うこの実感を抱きながら、四人は引き続き打ち合わせに臨むのであった。

 

 

 

 

 無風の地帯は往々にして発生する。

 

 どれほど衝撃的な出来事がある地点で発生したとしても、その伝わり方はさまざまである。無論情報インフラの整備が進んだ現代においては、事態の拡散が爆発的に起こりうるケースも多い。逆に、情報の伝達が遅れる売屋あるいは伝達されたとしても動きを当初起こさない例も存在する。いずれにしても、いかに情報の制度と速度があったとて最後に動くのは人間だという証拠といえた。

 

 そしてここ音ノ木坂女学院にも、現在無風の地帯が存在する。

 

 「ではこれで、本日の定例会を終了します。皆さん、お疲れ様でした」

 

 「お疲れ様でしたっ」

 

 司会役の女子生徒の一声に応じる形で、列席する他生徒が一斉にそう返す。日常に該当しながらも、一般生徒にとってはある種憧れ混じりな高めの領域に該当する、生徒会定例会議の席だった。議題を一通りすませ、まず上場の終わりを迎えたこの一座は、必然的に参加者を撤収という答えに導かせる。結果生徒会室に残った者は、ごく限られた人物となった。

 

 「絵里ち、今日もお疲れ様。相変わらず良い司会ぶりやったね」

 

 「ありがと、希。まぁできることぐらいやらないと会長の名折れよ。いろんな意味で、今私がトップにいるんだから」

 

 「そやね。うちらもそうやけど、外でもいろいろ動きはあるみたいよ? 昨日の発表が発表やったし」

 

 「あれ、引き金は私たちなのよね。今更だけど……痛感するわ」

 

 金髪ポニーテールの少女は、愁いを帯びた音階でそう返す。白目の肌と蒼い目という外国系の特徴を色濃く見せる外見がかたどる表情は、はた目から見て絵になるともいえる域にあった。だがたとえそんな好評を知りえたとしても、この少女の悲しみはまず癒えてくれることはない。それほどまでに、彼女が味わった経験は重いものがあった。

 

 「そこは、うちも同じだよ。けど、あの時とは違うことだってある。エースが三人おるし、真姫ちゃんだって来てくれた。だからうちらも変わることだって」

 

 「二年もほったらかしにしたあげく、問題を真姫に丸投げしている私が!? 冗談よしてよ。あの子たちにケチをつける気も、真姫の頑張りを認めないわけじゃないわ。応援するし、助けたいとも思ってるのよ!? ただ、もう私じゃ無理なのよ。何かをするには、ボロボロになりすぎてる。実際希だって、二年前からにこと話せたの!?」

 

 「ううん。何回かやろうとしたけど、にこっちに全部避けられちゃった。結果が出てないのは絵里ちと同じ。けど」

 

 生徒会長の指摘に、関西弁風の少女は穏やかにそう返す。黒髪を二つに分け下げたグラマラスなルックスは、会長とは異なるベクトルで人気を醸し出すものだった。そんな彼女は、言葉をつづける代わりにタロットカードを一枚取り出し、そのまますっとかざすしぐさを見せる。

 

 「カードとウチの能力が告げるんや、好機到来って。絵里ちもうちの実家のことは知ってるでしょ? それに、似たような見解に聡もいたっとるみたいやし」

 

 「聡君が? あの子の予言なら精度はあるけど……どうなるのかしら? そういえばだけど、もうそろそろのはずだけど」

 

 「そやね。うちらが話題にしてた子が、もうやってくる約束やもの。って、噂をすれば」

 

 「失礼します、約束を入れている西木野真姫です。ご都合、よろしいでしょうか?」

 

 噂をすれば影が差すとばかりに、事前に予約を入れていた少女がドアをノックしそう確認する。何度も聞きなれた声なのだが、同じ学校の生徒として聞くとなると二人は感慨深いものがあった。そんな思惑を知ってか知らずか、声の主は二名の了承を受け中に入る。

 

 「真姫、久しぶりね! 入学式のスピーチ良かったわ」

 

 「私からも久しぶりなやね真姫ちゃん。それにしても、やっぱりこの髪形の衝撃は大きいかな? 昔は伸ばしてただけに」

 

 「お久しぶりです絵里さん、希さん。髪はまぁ……一種の願掛けってことで。ただお姉ちゃんの背中を見ていただけとはもう違うって意志を、ちょっと表したかったからですよ」

 

 「もう違う……か。本当に、強くなったわね」

 

 入室した真姫を前に、生徒会長――絢瀬絵里は本心より妹分を評価する。彼女と真姫の姉代わりは中学入学以来の親友であり、その縁でしばしば真姫とも会ったのである。姉妹双方の気質を知るものとして積極的な評価だが、同時に何もしていない自身への蔑みをこの一言は帯びていた。

 

 「能力だけやない、もうその気構えはお姉さんに匹敵するよ。スタイルは……後二、三年もしたら完成するってうちは見る。それで、今日は何しに生徒会室まで? 単純に挨拶するだけなら、もっと別の場所とか学校の外でもできるけど」

 

 「はい、ちょっと公式な形でのお願いがあるんです。魔法関係の、ですが」

 

 「魔法関係やとスキルコンテストとか? それとも」

 

 「それともの、方になります。もっと言ってしまえば、この学校で二年前からストップ状態になっている部活のことです。今回、活動再開の要望と活動計画の提出に参りました」

 

 「ま、そやろなぁ。課題提出する感覚で新発見の論文をポンポン作る真姫ちゃんが動くとしたら、これくらいしか思いつかんもん。それに、噂として結構スクールアイドル関係で動き出しとる生徒が数名って話も聞いてるし」

 

 独特の柔和な口調で副会長――東條希は真姫の説明に対しそう返す。彼女も絵里と同じく姉代わりの親友であり、妹分とも親しい間柄なのである。ただし気質でいえばぐいぐい通す一同の中で、一歩引き広い視野で思考するタイプだった。それ故最悪の事態となった二年前の事件にかかわる案件でも、比較的冷静に判断できたのである。そんな状態で計画書を手渡された希は、一読してこれの製作者が何者かをすぐに理解する。

 

 「方向性も具体案もええもんやし、うちも賛成で絵里ちも特に異議はないんやけど……これ作ったの真姫ちゃんじゃないでしょ?」

 

 「私も結構考えたんですよ? 実際は別のメンバーの方とかなり方向が重なったので合作みたいになりましたけど」

 

 「あのね真姫、別にケチをつける気はないの。ただね、この計画書の文体、私は結構見慣れてるのよ。何しろ去年さっそうと現れて、結構生徒会ともやり取りを交わした相手だから。高坂さんとそのお仲間が動いて、真姫はそれに乗っかったんでしょ?」

 

 「ゆ、有名なんですか!? スキルコンテストと魔法科目の成績はかなりすごいと私から見て穂乃果――じゃない、高坂さんは思うんですけど」

 

 慌てて一部を言い直し、真姫は絵里からの指摘にそう答える。情報をある程度集めつつあるものの、実態的な穂乃果の評価というものにどうしても彼女は現状疎いのである。そんな妹分の動揺をあえて聞きとがめず、希は詳細を説明する。

 

 「各クラス対抗やら学年対抗とか……とにかく行事という行事で高坂さんはクラスを勝利に導き続けたんよ。それも、かなーりとっぴかつ派手気味なやり方を使ってね。しかもそうでいながら根回しも相当上手いもんで、私たち含め受けがかなり良いっておまけつきや。最終的な成否はノーコメントさせてもらうけど、うちが見るに真姫ちゃんはベストな相手を選んだと思う。まぁ、巻き込まれた以上いろいろ振り回されると思うけどね」

 

 「振り回すって、たとえば何かあるんですか?」

 

 「予算的な寄付なり手続きを取り付けたうえで、行事の宣伝にアカウント作ったりとか学園祭に有名人呼んだりとか、テレビ局の取材を引き出したりとか。取り敢えず、希と私はもちろんお供の二人も目を回すレベルのサプライズを繰り出してきたわ。といっても、終わった後がなんだかんだで心地良いから、追認できちゃうんだけどね。毛色でいえばあの子の――お姉さんと同じ肌合いだわ」

 

 「お姉ちゃんと同じかぁ……あんな引き込む感じは確かに近いかも? ただ」

 

 真姫は絵里と希の説明を受けつつ、同意しつつも同時に違和感を覚えてしまう。確かに強烈な行動力に関する印象と逸話は、敬愛する姉と同系統といえるだろう。ただ彼女の場合、明るく快活ながらも立ち位置の都合上ある意味陰を抱えていたのである。それと比べると、穂乃果の場合そうした暗さが感じられなかったのである。無論当人の深い個所を知るわけではない。ただ真姫は彼女がもつものが暗さとは異なる、とてつもない何かを秘めていると思えてならなかったのである。もっともそんな印象は言葉として固まらず、もやもやとした感情のみだった。

 

 「ただ、これまで会ったどの人とも穂乃果は違う気がします。上手く言えないんだけど、規格外なのかな……? スクールアイドルのこととか抜きとしても、ずっと見て学びたい相手だって、私は思ってる。今のところ、そんな感じです。そして」

 

 「そして、何かあるん?」

 

 「そして、私がまた立ち上がってほしい相手はにこちゃんだけじゃない、目の前の二人もいるんです。今すぐ仲直りしてとも、手助けしてとも言いません。それでも――それでも、私が本当にすごいと思った人たちの中に絵里さんと希さんはいるんです。このこと、ちゃんと覚えてください」

 

 「にこに拒絶されて、A-RISEとの負けを引きずってる私でも? 真姫にとって、私は助けるに値する人間なの!?」

 

 いさめようとする希も、読み切れている回答も無視して絵里はあえてそう言ってしまう。歩みの足掛かりを得た真姫の話を聞けば聞くほど、止まってばかりの自らがみじめに思えてしまうからである。そうして具現化した負の感情を、しかし眼前の妹分は否定しなかった。暗い想いを包み超えるように、真姫は本心を口にする。

 

 「助けたいって本気で思えるから、ここにいて初めてのことでもできる。そう、私は信じています。お姉ちゃんはいないけど、お姉ちゃんが遺したモノは私を含めてこの世界に一杯ありますから。なんだか本筋からそれたことも話しちゃいましたけど……部活としてのスクールアイドルのこと、どうかよろしくお願いします。それじゃ、私はこれで失礼します」

 

 「うん、うちは賛成よ? 絵里ちもそれで良いん?」

 

 「そう、よね。特に異議はないわ。いろいろ苦労続きになるでしょうけど――頑張って」

 

 「やり抜くつもりです」

 

 希と絵里からの賛意を得た真姫は、そのまま生徒会室を後にする。静かに言い切ったその背中は、迷いを抱える二人にとってあまりに堂々としたものだった。そんな見送りを終え、すぐ気鬱そうな様子を見せ始めた絵里に対し希は話を持ち掛ける。

 

 「人間、きっかけさえあれば変わるってうちは思うよ? 真姫ちゃんもああして頑張っとるなら、うちらだけボーっとはあかんって」

 

 「そんなことぐらい、言われなくてもわかっているわよ。ただ、踏み出せる引き金が私にはないの」

 

 「だったらなんでさっきから、入学式の時の写真見っぱなしなの? あの頃みたいにワイワイできる日々、絵里ちも恋しいんでしょ?」

 

 「実姫……私って、どうしたら良いのかしら?」

 

 希に答えたわけでもなく、絵里は手元の写真に写る少女の名を呟いてしまう。ちょうど二年前の今頃撮られたその写真は彼女を含め四人の少女が写るものだった。左端に位置する自身右隣の赤毛トリプルテールの少女――西木野実姫に思いをはせ、絵里の思考は再び迷いに陥るのであった。

4/4

 




ストックまだあるのでもうちょい連日投稿モードです。

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