ラブライブ! Belief of Valkyrie's 作:沼田
Ⅲ
黒幕の望みは何か?
わざわざ隠れて場合により長期間動き続ける以上、その望みは相当重いものであることが多い。しかも表舞台で動く当事者の想いからもえてして外れたものであることが多い。故に黒幕は表に出ることはなく、出たとしてすでに目的を果たした段階でのネタあかしのものでしかない。そうしたありようを突き詰めれば、思惑が当事者たちに知られてしまった場合、破たんを余儀なくされるからである。
しかし、あえて途中で明かすとしたら。
それも、自らの破滅となるものだとしたら。
黒幕はその身を代価に、表の役者たちへ何を伝えたいのだろうか?
「あららーご一同、茫然? そりゃあそうよねぇ、死んだと思った人物が、本物としてここにいるんですもの。まぁ、死んだのは嘘ではないんだけど」
「何者……なのよ。あんたは、なんで、実姫の格好をしてるのよ!? 消滅死じゃなかったの!? そうじゃないならなんであんなことにこに伝えたのよ!」
「何者も何もここで立っている女の子は紛れもなく六月四日に死んだ西木野実姫よ? 何なら思い出の確認でもしてみる? たとえばにこが音ノ木の入試で何点取ったとかさ。ぺ¬-パーが五科目410点で実技が450点でしょ? 他だと中学時代にこがもらったラブレターの総数とかだと252通だったわ」
狂乱気味に詰問するにこに、実姫はさらりと(穂乃果と真姫には驚愕の)思い出を答えとして提示する。きわどい記憶をぶつかられ、なおかつ事実であった彼女は沈黙という形で肯定の意を示す。だがそれでも、にこは眼前の実姫がわざわざ『本物』と但し書きをつけたことが気になった。故に彼女は驚愕をひとまず修め、仮説を質問する。
「仲間内にしか知らないことからして……死んだ実姫の直前の記憶でできているの? だから死んだのは嘘じゃなくて、本物っていったわけ?」
「そうよ。勘ぐられたくないから最初に明かすけどさ、記憶じゃないちゃんと肉体ある私は某所で保存中。今の私のリンクからして間違いないわ」
「実姫師匠が生きていて、何か伝えたいのはわかりました。けど、なんでこんなことそもそもしたんです? 死ぬことまでは想定外だとしても、そうまでしてやることは隠すつもりなんですか!?」
「言いたいのはわかるし、非常手段まで切った私が言うのもあれなんだけどね。隠す云々を言えば穂乃果だってそうなんじゃないの? みんなで叶える夢は目的としてあるとしても、それを足掛かりにして是が非でも果たす、大望をあなたは持っているじゃない」
<穂乃果の大望? 確かに視野が大きいとは思うけど……>
穂乃果を指摘する姉の言葉を受け、真姫はそんな疑問を内心で抱く。μ‘sのリーダーとして、そして一個人として穂乃果が語るμ’sと勝利への想いは付き合いが短いとしても嘘はないと彼女は考える。だが穂乃果個人の夢は語られず、何より勝利への入れ込みの強さが天真爛漫な性格とは裏腹に異様なまでに強く冷徹であった。勝負事が絡まない日常での明るさを知る真姫は、能力への評価とは別に違和感をぬぐえなかったのである。
「もうばらしても良いんじゃないの? にこも真姫も、ましてμ‘sのお仲間を利用するのでもないんでしょ? みんなでかなえたゴールの先の子、この状況じゃ出てくるわよ?」
「穂乃果の大望とかは知らないけど、お姉ちゃんはどうして私に明かさないの? 私じゃ、頼りないの!? にこちゃんや絵里さんでも希さんでも、穂乃果でもダメなの!?」
「頼って皆にすっごく迷惑になったら……嫌っていうのはだめかな、真姫? お姉ちゃんには真姫しか残ってなくて、それだけでも望外なのに親友が三人と弟子が一人できて。マイナスがゼロになって4になってそれ以上になった。ずたずたな器じゃもったいないぐらい、大切な中身なのよ」
「だったらその大切な相手にだって」
「つながりというつながりが全部悪意で壊されて、悪意でさらに押さえつけられて! 他人が当てにならなくて、それでも守りたい相手がいなきゃ! 私の気持ちなんてわからないわよ!!」
真姫も穂乃果も、そして地の状態を相当見たはずであるにこですら見たことのない激昂と共に、実姫は本心を暴露する。彼女たち三名は西木野実姫という少女が相当悩みを抱え、それでも前を向き明るくふるまい続けていると信じていた。そんな前提が一瞬で崩壊したといえる事態に、一同は言葉を失ってしまったのである。
「ごめんなさい、今のは柄じゃなさすぎるわ。ただ覚えておいて。今の段階のあなたたちに、西木野とそれに連なる闇は危険すぎる。あれはね、傷つきすぎた私でけりをつければ良いのよ。真姫が西木野を背負うのは、それからで平気だから」
「私が15歳で西木野当主をやることにしたの、にこちゃん以外にもお姉ちゃんにも追いつけるようになるためだったんだよ!? それ分かって、言ってるの?」
「そうよね、背負うものの重さだけ見たら、真姫が一番頑張ったわ。音ノ木に来てからもそうだけど、ある意味私と叔母様の仇を取ってくれたともいえることもしたんですもの。それに……私があの時死ななければ、ちゃんとみんなとい続けられたら、こうはならなかったわ。ひどいお姉ちゃんよね、私って」
「だったらなんで妹の想いに応えないのよ、あんたは! 実姫! 真姫ちゃんはねぇ、あんたが思うほどもう柔じゃないのよ!? こんな子を、いつまで放っておくつもりなのよ!」
家族を失った経験もある立場として、にこは実姫に激昂を示す。真姫の実姫への想いと、それ以上に実姫が示す真姫への想いを知るものとして、まるで逃げるような対応しかしない親友は許しがたかったのである。そんな激昂を前にしても、実姫は寂しそうな笑みを浮かべ、にこに確認をする。
「ねぇにこ、あなたは自分が詰め腹を切って死んで家族が助かって幸せになるなら、死ねる? その選択肢しかなかったら、死ねる?」
「死ぬって……なんでいきなりそこに飛躍するのよ!? 命云々以前に、そんなことしてこころやここあや虎太郎に、ママにまで負債負わせる事態を悲しむわよ!」
「そうよ、間違ってもベストなんかじゃない。私だってそもそも無駄死にも自己犠牲もしたくなかった。けどね、もう危険域なのよ。黒の神域を政府が抱えているとなれば、もうなりふりを構えないのよ!? 真姫と穂乃果が目覚めきれないと、支えられない」
「私と真姫ちゃんが目覚めるって、覚醒のことですか!? そうしないとどうにもならない事態って」
穂乃果は当然そういう反応をするのだが、その問いに応えは得られなかった。答えるべき実姫の姿が、金色の事象解析に次第次第に分解されていったのである。出現の限界時間ともいえる事態であったのか、消えつつある実姫はやや名残惜しそうな表情を見せたのち、最後のメッセージを三人に伝える。
「事象解析と魔力で同一体を仕込んでいたけど、このあたりの維持が限界みたい。三人とも、先を知りたかったら生身の私に聞いて。近いうちに会えるし、場所も身近だから。それと穂乃果、お目当てがもうすぐ来るわよ? このこと、ちゃんとみんなに話なさい。幼馴染の第四位と第六位以外の子はあなたとお目当ての絡みは知らないはずよ」
「ししょ――うっ!?」
眼前で消滅した実姫に言いかけた穂乃果であるが、その言葉は言い終えることなく途切れてしまう。通常の数倍に達する重力のごときプレッシャーが、一帯を一瞬覆ったからである。序列入りどころか、序列を超えたといえる真姫ですら上回る圧力が、こともあろうに彼女によって創られた空間に放たれた。異常に次ぐ異常だが、真の異常はその次に現出された。
「μ‘sの要がこんなにそろって、何の相談?」
有名人に該当する穂乃果たちであるなら、まずかけられてもおかしくない言葉だった。
「ま、でも絶句するわよね。こんな空間で第一位とご対面なんて。私の目的?」
しかし真姫の創り出した世界で動けるものが普通の筈もなく、まして闖入者が序列第一位では否応なく身構えるしかなかった。現に真姫とにこは、顔面蒼白になりながら魔法兵装を展開するありさまだった。かろうじて穂乃果は応じる姿勢を保てていたものの、彼女にとっての衝撃はこの後に訪れる。
「条件も整ったし、ある女の子に会いに来たの。これならわかるよね? ほのちゃん。綺羅ツバサじゃない私の本名、知ってるでしょ?」
「嘘……嘘でしょ!? 顔は似ていても魔力波長がまるで違うから空似って思っていたのに――本人なの!?」
「嘘言ってどうするの~? というかそっちのライバルの先輩と後輩ちゃんに私のこと説明してよね? これでも幼馴染カルテットの一人だし」
パニックすれすれの穂乃果を尻目にツバサは久闊を叙するようにすらすらと語る。何しろ当人からすれば、やっと訪れた再会なのである。話したいこと聞きたいこと、そして伝えるべき宣言。それこそ適当な場所を借りて延々過ごしたいほどであった。だが本筋のために穂乃果によるアクションを期待する彼女は、説明を促す言葉を送ったのである。
「穂乃果……綺羅ツバサと、ううん綺羅ツバサが偽名の子とどんな関係なの? 廃校を止めてラブライブで優勝した先の目的は、その子なの!?」
「話しなさい、穂乃果。中身だどうであれ、にこも真姫ちゃんも責めないし、応援もする。けど、こっちだって知りたいのよ。私たちが付くって決めたリーダーの本質を。渇望し続ける勝利の先にある実姫の弟子の本懐を」
「五年前――ちょうど今の日ぐらいに、突然行方不明になった親友がいたの。ことりちゃんと海未ちゃんと同じぐらい、私には大切な子でさ、いつも一緒にいたんだよ。けど、いなくなったその日、穂乃果は何もできなかった。悲しいし、それ以上に自分の未熟さが悔しかった。あの時のことは絶対に負けるべき勝負じゃなかったって」
「そこまで穂乃果に思わせて、そのためにお姉ちゃんに弟子入りしたのね。その名前は」
「秋空、ツバサ。勝ち続けててっぺんに立てたら、ツバサちゃんの行方がつかめるかもしれないって思っていたから」
絞り出すように、穂乃果は真姫の質問にそう返す。己が目指すべき真の目標を明かすことに、かなりの抵抗を彼女は抱えていた。害を及ぼすわけでないにせよ、自らが集めた仲間を利用するようなや利用に抵抗があったからである。そんなリーダーの告白は、にこと真姫にとって合点がいくものであり、大切な誰かを抱える身として共感できるものだった。そうしたμ‘s側の様子を見据え、ツバサはおもむろに宣言する。
「ほのちゃんにそう思えてもらえて、こっちとしても光栄だよ。そんなわけで今更だけど初めまして。秋空だけど故あって改名中の綺羅ツバサ、ここに参上っ!ってな感じかしら? 私とほのちゃんたちの間柄と、これまでのこともいくつか伝えたいから、ちょっと付き合ってよね」
平素の凛としたたたずまいから想像もつかないフランクな口調で、ツバサはそう宣言をする。神域に到達した序列第一位という怪物は、その内にある人間味を全開にし、本来の目的を果たそうとするのであった。
次がストックラストです。